鋼鉄のガールフレンド事件アンコール
 
 
 
<いきなりの補足>
本文は、七つ目玉の十四話「第三新東京市立地球防衛オーケストラバンド」のおまけ「鋼鉄のガールフレンド事件」のそのまたおまけである「鋼鉄のガールフレンド事件コーラス」のおまけ・・・というともはやなにがなんだか分からないので「ふろく」ということにしておく。とにかく、いきなりこれを読んでもおそらくワケが分からないので、まずは先の三つを読んでおくことをおすすめする。
 
 

 
 
「おらー、逃げてんじゃねえこの車!潰れろ!潰れろ!蹴飛ばし!蹴飛ばし!!チョコマカと・・・やる気あんのか!!全勝優勝予告はどーしたよ!ああ?天下の険たる箱根代表の名がなくぜ?おらおらおらーーー!!」
 
 
それは、大事なリモコンを悪漢に奪われた鉄の巨人のごときふるまい。
 
 
突進するエヴァが使徒ではなく逃げまくる一般車両を追いかけ、その桁違いの重量とパワーをもって蹴り飛ばしにかかるなどと・・・人類の天敵・使徒と戦う最後の砦、武装要塞都市たるここ第三新東京市であってはならぬはずの悪夢のようなその光景を・・・
 
 
「・・・・・」
 
エヴァ零号機操縦者、ファーストチルドレン・綾波レイは深紅の瞳で凝視している。
小揺るぎもしないその厳しい視線は上下左右に忙しく走行を続ける車に向けられていた。
黒く巨大なエヴァ参号機のその姿に比べて、あまりにも儚い戦う力もなくただ逃げ走るだけの平たく小さな物体を。
 
 
とんとんと;んとん:とん・ととととと・ととと:んとん・とんと・んとん:とんととととと・・・・!
 
 
表情はぴくりとも動きがないが、それを補ってありあまるのは指の高速振動。ピアノの打鍵ともキーボードの高速タイピングともまた違う、指先の動きの多彩さ圧力加減の絶妙においてそれらを凌駕し震動数もまた。アスファルトを切り刻み複雑なコースをなんぴとたりとも前に抜かせず攻めて攻めて遠心力と慣性の魔法を操る超一流のレーサーの高速ギアチェンジにも似て・・・!
 
 
スーパーカー消しゴム(たぶんランボルギーニ・カウンタック。巨匠の手で映画にもなったロボットに変形する車ロボットではない)が土俵を縦横無尽に駆け続ける。
 
 
第一の取り組み 綾波レイ 対 鳩屋ヨイフロウ
 
 
取り組み順は綾波レイの強い希望によりまずは箱根代表から他地区代表への順当たりとなった。手の内のさらし具合、手先の疲労などを考えると明らかに不利な条件であるが本人が言い出したことであり地元に敬意を表して、という飾り文句をつけながらもそのような運びとなった。この条件で良いことは、次から次へ取り組みを消化してこれで全勝すれば
最速で優勝が決定する、ということだった。というか、それしかなかった。
もともとの手持ちの力士がない綾波レイとしては、よりよい力士を探すためにも時間があったほうがよいのだが、焦ったのかヤケになっているのか、「これでいいわ」とすぐそこにあったスーパーカー消しゴムを掴むと、それを土俵に乗せた。そして「一番に土を食べるのは誰」淡々と挑発。そんなものにのるのは、決まっていた。さい先のいい明らかに楽勝をゲッツしようとした、と言い換えることもできようが、他の者に異論もなく第一の取り組みは決まり、あとは適当にくじ引きで決められた。気の早い者はすでに己の勝敗帳に白星をつけている、か、もしくは完全に箱根代表・綾波レイとの対戦に興味を失ったようによそを向いてしまっている。
 
 
勝負事はやってみなければ分からない。が、確かにこの時点で箱根代表・綾波レイに己が負ける、苦戦するなどと考えている者は一人もいなかった。勝負にならぬ、と言い切ってしまった方が早いか。それは勝負師として油断であろうか。安全牌を見切る能力もまた勝負師の眼力のうち。まあ、無理もない。相手はなんせEVANGERLION SERIESですらなく、シャープペンのバネ弾力でも走るほど軽いスーパーカー消しゴムなのだ。
その軽さ、背丈の低さではどうやっても押し勝つのは不可能であるし、相撲としてほとんど攻め手がなく、逃げるしかなくなる。力余って土俵から出てしまう、など相手の自滅を待つしかない。が、そんなことはよほどのパープーでもすぐに分かる。追わなければ負けることはなく、綾波レイと違って他の12人は思う存分とんとん相撲やる気で来ているのだ。負ける危険を選ぶことはない。これほど不利な条件を言い出すほどに時間に追われているのは相手だと知っているのだから。何より、ここに集ったのはとんとん相撲全国区の猛者ばかり。己の力士がかかっていることもあり、見え透いた自滅罠などにはまることはない。しかも。自滅狙いなのだとしても、速度小回り優先のスーパーカー消しゴムなどと・・・あまりに奇手がすけすけで。駆け引きにも読み合いにもなんにもなっていない。
 
 
いかに、最初のやられキャラ認定されていそうな鳩屋ヨイフロウであろうとも
 
 
「そんなんでひっかかるか!!そんなのでやられてたまるか!!バカにするな!バカにするんじゃねえええええーーーーー!!オレは伊東代表!鳩屋の4・1・2・6でヨイフロウだこのヤローーー!!負けてたまるか・・・負けてたまるか・・オレはお手軽なやられキャラじゃねえ!!とんとん相撲をなめきった箱根代表・・・てめえにだけは負けてたまるかよーーーー!!」
 
 
吠えた。吠えるしかない。重量コーティングとはいえただゴテゴテと金属パテを塗りたくればいいというものではない。そこには苦労と苦心を重ねたバランスへのこだわりがあり研究錬磨の日々があったのだ。素人が一目みてあざとい自滅を誘うようなちんけな策を実行してきたことに、彼は怒っていた。現在の風潮では、自分のような若い男となにも知らぬげな美少女がゲームで競えば、なんも知らぬ美少女がなんとなく勝ってしまうことが美徳になるのだろう・・「だってヤローが勝ってもあまり前でつまんないじゃん?」などと言われて。そうではない、そうではない。大人になればABC、「あたりまえのことを びしっと ちゃんとやる」・・・これである。奇をてらわずこつこつと日々の努力を積み重ねた者だけがあとで笑えることになっているのだ。べつに人を喜ばすために生きているわけではない。それが幸薄そうな美少女ならともかく、誰が同じヤローの為になど!
 
 
「・・・・・・」
綾波レイは無言。ひたすらに忙しく台を叩いている。聞いていないようでも無視しているようでもあり、冷静に勝負師どもの目を欺き通す秘策を宿しているようでもあるが、実のところ、返す言葉がないのだった。まったくもって、その通り。葛城ミサトであれば「ゴメン」して柏手でも打っていたところであろう。そんなことが出来るはずもないが。
 
 
この手が悪手であることは分かり切っている。対戦の時間も出来るだけ先延ばしにするべきだったのだ。時間が稼げればまだ、勝機がある。というか、勝機はそこにしかない。
それなのに、やってしまった。自分が好戦的だと思ったことはないのだが・・・・
待機の指示があればいくらでも待つことが出来るが・・・・・つい、戦い切り抜けることを選んでしまった。最速で全勝するための手段を、迷いもせずに選択してしまう・・・
目的よりも、手段を優先したその愚。もう少しだけ、その場で考えていれば。
それは反省せねばならない。が、どうにも・・・・
 
 
負けたく、ない
 
 
そう思ってしまう。頭に血が上る・・・などということは自分にはない、と信じていた。
自分の心の内にあるトリガーが引き絞られる感覚・・・・・まずいな、と認識した時にはもう遅く、それは微細な感覚を連続で使用している指先の動きに如実に反映した。
力み、または、汗のすべり。それは深い水たまりにつっこむレースタイヤの悲鳴を呼ぶ。
 
 
モノホンの参号機と違って手足がのびるなどというギミックはなかった。
 
が、怒りの気合いでハートの炎で鳩のビームで、女豹のごときトリックステップでかわそうとした綾波レイのスーパーカー消しゴムに・・・「おりゃ!!何度もひっかかるか!」ズドドドドド!!・・・・EVANGERLION参号機が追いついて車体の横っ腹にケリを食らわした!!重量差にひとたまりもなく宙を舞うカウンタック。
 
 
「!!」
これで車体の腹をみせて落下してしまえば、そこで負けである。天気を占う下駄のようにくるくると回転しながら・・・・・宙に浮くこの状態になれば、いかに神速の指先を使おうと関係ない・・・・ただひたすらに祈るだけである・・・・「やったぜ!勝ったぜ!ざまーみそしる!味噌はやっぱり手前味噌に限るぜ。オレはやられキャラなんかじゃねえ!そうだ、勝因はやっぱり相手のこざかしいステップを読みきったという・・・」幸い、対戦相手はもう勝利後のインタビューのことを考えており、念をいれて落下寸前でもう一発ぶちかましをいれて土俵の外へ確実に落とし込んでいれば間違いないのだがそれをやらなかった。確率は二分の一、そこでそれをやるかどうか、勝負は決まった。
 
 
かろうじて
 
 
態勢を保った綾波レイのスーパーカー消しゴム。だが・・・・・・
 
 
「・・・・」重量のあるEVANGERLION 参号機のケリをくらったせいか消しゴムのボディに亀裂が走っていた。これではもう、今までのような華麗にして幻惑の回避ステップは踏めない。踏みながらボロボロとスーパーカー消しゴムは崩壊していくだろう。
もとから勝負はついていたようなものだが、これはトドメであった。鳩屋ヨイフロウの余裕もその手応えを掴んでいたためなのかもしれない。「ふふん・・・」そして鼻で勝ち誇った。
 
 
「おっと、ボディに傷がついちまった・・・・・まあ、もちろんこれを選んだのはお前さんだし、こっちが遠慮するギリは当然ないわけだが・・・それでもまあ、消しゴムごときにちょっと本気をだしちまったことにはオレのプライドも傷ついちまったわけだ・・・そこでだ」
そこを攻め立てるわけでもなく、完全に余裕のよっちゃん状態で綾波レイに話しかける。
そのふんぞりかえった余裕をついて思い知らす余力も当然、あるはずもない。
瀕死のスーパーカー。これがもし、キン肉マン消しゴムであったら、愛する友のまなざしさえあれば、倒れるたび傷つくたびに立ち上がり火事場のバカ力で強くなったかもしれないが。まあ、そもそもプロレスではなく相撲なので倒れたら負けなのだが。とにかく。
 
 
「取り替えてもいいぜ。その変形もできないボロ車。今度は問題なく土俵の外に弾き飛ばしてやる。別にオレはやられキャラでも外道でもねえから、その代わり頭さげて泣いて頼めなんていわねーけどな!だが、二分以内に選べよ。ここで店の奥から超レアな一品が見つかるなんつー出来すぎありえねー展開にはならねーだろうけどよ。ぽっぽっぽ!」
最後のアレは笑ったらしい。別に相手の神経逆撫でするつもりではなく、ナチュラルの地でこんな笑い方なのだ。それなのに
 
 
「・・・・必要、ないわ」
強情炸裂/綾波レイ。
 
 
「は?なんだって?・・・・ははーん、いや、あのな?箱根代表さんよ、泣いて頼めってのは別に遠回しのイヤミじゃなくてそのまんまの意味で、いわなくていいんだ。自分の愛用の力士ならともかく、現地調達のスーパーカー消しゴムなら傷入って取り替えてもルール違反ってわけじゃねえし、そこでプライドもねえだろう?つまんねえ強情はってないでさっさと取り替えろよ?今度はスーパーカー以外でもいいぞ、キン肉マンでも怪獣でもバイ菌軍団戦車付きでも、なんだったらハンデつけてそこの超合金でも・・・」
自分の笑い方に問題があったかもしれない、と思い返して説得を続ける鳩屋ヨイフロウ。
 
 
「これで続けるわ・・・最後まで」
けなげや潔さを通り越してこれではタダの頑固オヤジ・・・というか、娘である。
 
 
「・・・いいのか?まー、本人がいいのならいいけどよ?マジに泣くなよ?いるんだよなーこういう奴。ウチの妹も強情はってあとで泣くんだよなー、泣くくらいなら強情はるなってんだ。損得計算ができないのかねえ・・・・そんなだと人生負け組になっちまうぞ?」
 
 
「あなたもそうなるでしょうね・・・・・敵に情けなんかかけてる時点で、いいとこブービー賞でしょうね」
言い返したのは綾波レイではなかった。退屈そうに観戦していた次の対戦相手だった。上諏訪代表の小学生の女の子。綺麗な顔立ちだが、つまらん取り組みさっさと終われと書いてあり、言うこともかなりきつい。
使用力士はランドセルから取り出したEVANGERLION 乙型。
 
「低レベルの取り組みはさっさと終わらせて?ほんとはこの綺麗な乙型を磨いていたいんだけど次の対戦だと待ってるしかないし!あなたたちの底は見えたし。つまんない取り組み見せられる身にもなってほしいわ・・・・・・早く負けなさいよ」
 
「なんだとチビジャリ!!・・・・・・って、そりゃ乙型か!?噂には聞いてたが、ほんとに造形されてたのか・・・・・・へー・・・ほー・・・・これが乙型・・・・って!今日は品評会じゃねえんだ、珍しけりゃ勝つってわけじゃねえ!!そのいかにもなスタビライザーぶっちぎってやるから覚悟しやがれ!上諏訪代表」
 
「その鈍重な参号機では無理でしょうね・・・土俵で睡死することになるわ」
 
「けっ、名物よろしく噴いていやがれチビジャリが・・・・・・・さ、待たせたな箱根・・・・・・お前もよくのんびりこの状況で待ってたなあ・・・・普通、ここ攻め時だろ?」
完全に視線を土俵から外していた鳩屋ヨイフロウの参号機にここぞとばかりに綾波レイの亀裂カウンタックは襲いかからなかった。万一の勝機があるとしたら、ここだったろうに。
 
 
「そんなのは・・・見たことがないから」
 
 
使徒戦であれば相手の不意を打とうと弱点をねらおうと平気の平左の綾波レイであるが、必要であればどんな手でも使うが、これは。それは違うだろう、と思った。ただ、それを説明する長い言葉を赤い瞳の少女はもたない。変化の乏しい白い顔とあわせて解釈はひどくむつかしい。哲学のように聞こえる。音だけ符号し意義の異なる昔日の言語にも。
 
「なるほどな・・・」
ゆえに、伊東代表、鳩屋ヨイフロウの返答はひとつしかなかった。
「・・・・ケリをつけるか」
 
 
参号機の高速の寄り身である。多少のステップではかわしきれない。綾波レイの白い指が雷と化して震えるが、傷ついたスーパーカーはもはや必要な駆動をしない。
 
 
どーーーーーーーーーーーーん
 
 
突進。そして、土俵に響く不自然なほどにでかい音。「なんだ!?」この取り組みに興味がなかった者たちもさすがに集まりそこに注視する。そして、驚愕する。「こ、これは・・・」
 
 
参号機が倒されていた。その上にのしかかる巨体の影。皆、己の目を疑った。
一様に浮かべる表情は”こんなところにあるはずのないものがここにある”、と。
土俵の光景をまんじりともせず、無言のまま見つめ続ける・・・・・・
 
 
綾波レイとウグイスの法被の少女と勧進元老婆の目は別のところに
 
 
閉じていたはずの扉が、わずかに開いている。開いた者が、そこに、立っている。
そこから、土俵めがけてその・・・「特別の力士」を投げつけたのだと理解するのに一秒。
お部屋の方が・・・・・太刀を・・・・持って行く・・・・・聞かされた謎のセリフがリフレインするのが二秒。そして、すべての事情が符合するのにあと三秒。
 
 
 
おまえか
 
 
 
深紅の瞳が自分をこんな状況に陥れた「その者」を正面から睨みつけた。