「何もなかったわけじゃないが・・・・結局、なんだったんだあの夜は、というかお前んチの寺は」
 
 
端から見ると恐喝しているようにしか見えない、決してデレ期に入って愛や恋を囁いているようには見えない昼休み中の弁当タイムにおける生名シヌカと碇シンジ。
 
 
クラスにおける他の同級生の友人は出来ずにいつもの面子に包囲されるようにして食べている。教室内の異境としてもはやその光景は馴染み認知されてしまっているので、よほど親切なクラスメイトもあえてその結界を破ろうとはしない。
蘭暮アスカも介入しようとはしない以上、誰も。
 
 
というより、碇シンジさえ登校してこなければ、そもそもその人員配置もありえないのだからクラス内の温度がどうのと指摘のしようがなかった。どう見ても一番割を食っている生名シヌカの反応も怖いし。
 
 
「いえ、僕に言われましても・・・・・イヤミ先生が勝手に出歩いて電撃トラップにひっかかったとしか。トイレの場所が分からなくなったとか言ってましたけど」
そのハクリキと申し訳なさがかけ算して、地位もないのに責任だけ負った格好で、ここにはいない師匠をタネに話を逸らそうとする碇シンジ。いまさら襲撃事件にびびるようなタマではない。水上左眼の魔人ぶりというか竜神ぶりが突出しているが、それに守られているだけのねむたさがここの住人には一切ないというのが今回、よく分かった。
綾波党の支配するしんこうべによく似ている。マンパワー高すぎる。
 
 
「心臓くらい停止するはずなんですが。体質なのでしょうか・・・・」
悪びれも後悔も微塵もなく同情すらなく、導体テストの結果報告でもしてるような弓削カガミノジョウ。露骨な逸らしにあえて乗ったのは別に碇シンジにシンパシーを感じているわけではない。生名シヌカが聞いているのはもっと根の深いことだが、場所柄時間柄さらにいうなら向ミチュもいる、ということを考えると口にしていい話題ではない、と考えるからで、さらにいうならどうせ正直に口を割るはずもないしその必要もない、と。
個人的な興味は別として。
 
 
「そうそう!!ちょっと肌が黒くなって髪がアフロヘアになるだけで済むんだから、たぶんそういう体質なんだよ。イヤミ先生にも困ったものだよね!でも、あんな時はあのポーズじゃないんだよね、それは意外だったけど・・」
碇シンジの方はなぜか弓削カガミノジョウの方に微妙にシンパシーを感じていた。向こうが感じているからこっちも感じようとしているだけかもしれないが。ややこしいが。
ともあれ、助け船にのってさっさと危険水域から離れてしまおうとする。
 
 
「ははは、そうだーなー。たぶん、つぎの師匠のじかんは、たぶん、お前、今度は洗面器じゃなくて、アフロもじゃもじゃのカツラをかぶせられるーぞう」
 
あまり他意はなさそうなのだが、大三ダイサンのような者にこういうことを言われると矢的を砲丸で突き破られたような非常にショッキングな碇シンジ。洗面器もかなりトラウマだったが。というか・・・・あのチョビ髭ならやりそうだ。助け起こした時のあの目つき・・・必死に笑いはこらえていたのだが。いやでもあのビジュアルは笑うよ!それでも僕はガマンしてたのに周りの生名さんたちは大笑いしてたけど!ガマンしてたのに!
 
まあ、心の中でちょっと楽しい気分がなかったといえば嘘になるけど。
いい気味でナイスエッグ!とか。
 
 
 
「まー、そうかもしれないなあ。アフロかあ・・・・意外と似合うかもしれないなあ・・・アフロな碇シンジ・・・・略して」
狼か鮫のように獲物を諦めそうにない生名シヌカであるが、さきほどのは本当のさわり、だったのだろう。それともいささか険呑ではあるが、会話の火口のつもりだったのかあっさり追求をゆるめた。かといってその返し槍が甘くなったわけではなく碇シンジ的にはさらにキツかった。完全にいじめだと思った。かっこわるい、と思ったがまさか口答えもできない。「略して、なんだろうなあ〜?」グラサンを斜にして眼力で「言え」と迫ってくる。しかし。
 
 
アフシン!
 
 
口に出してしまえば負けなのだ。
 
 
アフロなシンジでアフシン!!
 
 
こんなネタを披露してしまえば、もはやクラス全体「鼻から牛乳」状態になるのは間違いなく、いろんな意味でやばい。よくもまあ、こんな極悪なことを考えつくものだが生名シヌカの立場も相当にさらしもんであり、天女であってもストレス解消は必要なのだから。
おまえのせいでやられてるんだからやりかえしてやる、としたら言い返しようがない。
碇シンジの心のどこかを強く刺激する、断れないオーラが出ている。激・高圧で。
 
こんな時、アスカがいてくれたらなあ・・・・と思ったりするが、おそらくいてもなんの助けにもなるまい。綾波レイも以下同文であろう。蘭暮アスカはここにいるが。
 
 
「碇せんぱい・・・・じゃなかった、碇くんに、そんな髪型似合わないと思います。それより、そんな髪型、しちゃいけないと思います!」
 
神女が降臨した、と碇シンジは思った。王道を越えて神の道。神ロード・ドットコム。
同じ強制でもどうしてこうも違うのだろう。伝統か格調か。はたまた・・・・・趣味か。
思わずそちらの方角を額づいて拝む碇シンジ。向ミチュ。べつだん委員長キャラでもないのだが、最年少委員長を拝命している、建前上、この面子の中で一番えらい少女。
一番えらいので、従うのにやぶさかでは全くない碇シンジである。
 
 
「はい、その通りです!その通りにします!碇シンジ、約束します!・・・・・・・・じ、じぶんの魂ソウルと。はい」
 
途中で約束の相手を変更したのは、思い出すことがあったのと、周囲の目の色が強く変わったからである。強制力の混じった警戒色に。変更後はすぐに元に戻った。おそらくは向ミチュに気づかせぬように。
 
 
「あ、そ、それから・・・・・ついでに言いますけど・・・・・いろいろ、お家の用事があったのかもしれ、ませんけど・・・・学校も休んじゃ、いけないと思います。学校の時間に、商店街を散歩してたとか、あの・・・いけないと、おもいます・・・」
 
 
明らかに”何かある”、のだけれど、彼女はほとんど事情を知らない。言葉は悪いが、年齢通り外見通りの知能や判断力しかないのだろう。間違った情報を吹き込まれてもそれを疑いもしないし情報の比較検討をやって真相を浮かび上がらせるなどという芸当もまあ無理。なんでここにいるのか?碇シンジにはよく分からない。生名サンだけでもう十分すぎるほどにハードラックなんですけど。この面子に混じることは彼女にとってもあまりよくない影響を与えているような・・・・ありていにいえば不要な苦労でかわいそうな。
 
 
実際の所、こうして再登校を許されている方がなんぼかおかしいのだ。
 
時間だけでいえば子供の家出レベルの「父帰る」の一幕であったけれど、あとから聞くそれに伴う騒ぎを考えれば今まで通りの仕置きで済むはずがないのだが、済んでしまっている。何よりこの街を重要視する、というかこの街のことしか見えていない節ありありのヒメさんにしてみれば磔獄門さらし首・・・は行き過ぎだとしても今度こそ完全にどこぞの水牢にでも放り込むくらいはやりかねない。
その騒ぎの真の原因がヒメさんの胸中にあったとしても。
 
 
水上左眼のさじ加減でどうにでもなる、その盲目的な竜眼が映し出す蜃気楼の街。
そのくせ、こうしてほっておかれるのは、支配者の器量というものか、それとも。
 
 
父さんも黙って(建前上は城に事前報告したということになっているが)ここを抜けたペナルティも食らわずに(パチンコや賭博場への出入りを禁じられたが)町歩きは許されている。今のところ、閉じこもっているが。親子ともども禁門を命じられたのは三日間。ヒメさんの訪問もなかった。当然のことながらその間、他人との接触も禁じられた。
 
おそらく城の方でもいろいろと考えていたのだろう。その相談というか密約の様子を探れれば良かったのだけどさすがにそれはできなかった。そんな技能もないし。
 
禁門が終わってもヒメさんの返答も訪問もなく、買い出し等の出歩く許可が出たから学生のいそうもない時間帯に買い出しと、それとは反するけど目を惹くように街歩き。
 
誰の目を惹くのか、こちらにも分からないのだから、ナンパ待ちに近い。けど空振り。
 
 
 
破壊工作の跡などなく、変わりない平穏の時がすぎゆく竜尾道の姿がそこにあった。
 
ああいうことになれているのか。緊張の残滓、警戒感の後腐れ、殺気の胃もたれ、興奮の後ろ髪、騒動の千切れ端布、そのようなものがない。ヒメさんが騒ぐほどには大事になっていなかったのか、それとも綺麗に処置してしまえる自浄能力がこの街にあるのか、それは分からない。小道に入れば途端に饐えた匂いと壁に打ち縫いつけられた首無し死体が・・・なんてこともない。大きな道が叫んでくる先へ先へと生き急ぐ感覚ではなく、こうやっても生きていけるのだな、という安心感。才能を食べて稼働する工場ではなく、人の血を育てゆく己の背中をいとしくさせる故ノ郷というか・・・・・こころもち猫背になってつい目をカメラにしてしまう。記憶する必要もないくらいに馴染んでくる空気ではあるのだけれど。水道を渡る時に感じたあの視線がなければ、そのまま観光客になれたのに。
いつまでも残しておきたい気持ちも分かるけれど。
 
 
やらねばならない
 
 
あの竜の役目を終わらせねばならない。
 
 
父親と二人きり・・・・・僕は、ちょっと、そんな父さんが、うっとうしかったわけで・・・、などと言っている余裕などあるはずもない。
 
 
これからの作戦打ち合わせと事情の説明である意味自由時間はあっという間に終わった。
 
 
 
結婚式うんぬんというのは「罠」だった。
 
 
 
隠れに隠れて引っ込んでいる「黒幕」を引きずりだすための。文字通りの結婚詐欺。人を騙したりハメたりするのは非常に、らしいんだけど、その晴れやかさがどうも父さんに似合わないけど、ここまでやらねば引きずり出せない・・・。ここまですれば、必ず、出てこないわけには、いかない相手・・・・・。
 
もっと穏当に影っぽく仕事人っぽく片が付けばいいな、と父さんも思っていたに違いない。
父さんでも捕捉できない相手。ヒメはヒメとはいえ、世間知らずのお姫様とはワケが違う。これまでどう揺さぶっても尻尾一つ掴ませない・・・・けれど、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。時間は有限。解決に進められるのならば博打も打とう・・・・そんなわけでこんなけったいというか奇怪な手段を(無断で)持ち上げてきたわけだけど・・・・・・三日間、けっこうしゃべってもらったけど、父さん、まだ僕に話してないことがあるよね・・・・。なんというかあの人は秘密成分多すぎというか・・・お墓に入ったらお墓が爆裂するんじゃなかろうか。
 
 
そんなわけで、相手は誰でもいいわけで・・・・・・いいから逆に、こちらから指名するのはヒメさんしかいなかった。極端なことを言えばまあ、人型パソコンとか、イタリー風に海とか、不可侵的に死人とか、ぶっちゃけ特殊に男同士とか、でも構わないわけだ僕が構うけど。
 
たとえ詐欺であろうとも、または詐欺であるからこそ、相手が不快になると知れているのにその役を探すのはままならない。一方、99,9%ないと思うけれど、ヒメさん、もしくは右眼さん、ウメさんとやらにどう間違えてマジになられては非常に困るというか怖いのだけど。逆に言えば、0,1%なわけだからヒメさんがアマゾンの半魚人と結婚するよりもあり得ないわけで、すごく安心。ま、まあ最後は法律・・はともかく、良識とか好みの砦がある。ウメさんは知らないけど、ヒメさんはとにかく頭の良さげな冷静沈着軍師タイプが好みらしいし。今までで十三遍それらしい相手がいて全員それタイプとなると。言うことに実があれば毒舌でもいいらしいけど眼鏡は必須らしい。伊達に今までバカシンジ呼ばわりされていない!バカじゃないけどバカでよかった。・・・・いや、まあ、ヒメさんの男性遍歴の末路を考えると笑い事にできた話ではないのだけど。本当に。前半は黒星が続いてたけどここ最近は白星続きで負けなし・・・いや相撲の話ではないの。主婦とか想像できませんよ絶対あの人。とにかく人の上にたつ人間が未成年をまともに相手にしちゃあまずいでしょう。楽勝楽勝、余裕ですよ・・・・・・・たぶん。
 
何にせよ、逃げられない義理事にかこつけてターゲットを狙おうっちゅうのだからプライドも格調もなにもあったものではない。とはいえ、地に落ちる評判もいまさらないわけで。
ゴッドファーザーならぬデビルファーザーと呼ばれようと。
 
となると、僕はデビルマンならぬデビルサンか。額に殺とか。あれはクラウザーさんか。
 
 
そんなわけで
 
 
またこうして学校行けるとも思っていなかった。
 
一週間ぶりに城の方からヒメさんではない人から命令が来たのだ。
「シンジ殿は学校に行くように・・・・そのようにお伝えせよと」と。
それだけだと。
 
例の件についてはまだ考慮中らしい。父さんはお籠もりだけど。
 
花嫁衣装とか嫁入り道具とか真剣に見繕ってたりしてたりしたら・・・・・恐すぎるなあ。と言うわけで、この件は向こうが公表すれば思う壺であるしこちらは黙っている。
秘密秘密だ。田舎の秘密は秘密にならぬというけれど、こればかりは秘密にしてもらわないと困る。相当に事情に通じているはずの生名さんが「アフロのシンジで略して」とか言ってるあたり、それは大丈夫と見ていいだろう・・・・なんかくやしいが。
 
 
それと。
 
自分が登校しない間もこの面子はこうして同じクラスに揃えられていたのだろうか・・・・・・かなり悪い気がする。してくる。自分が悪いわけではないのに。行けと言ってみたり行くなと言ってみたり・・・・・とはいえ、このくらいの権力行使で済んでいることに感謝すべきだろうか。
 
 
「そう、そうだね・・・・・・ありがとう。そうするよ」
 
 
とりあえず、感謝は。捧げねばならぬひとを優先に。碇シンジは年下のクラスメイトに微笑んだ。たとえあさって向いた言葉だろうと、それがこちらを案じてくれたものならば。偽善も偽悪もこの場合、意味がない。蘭暮アスカさんからちらほら来る視線も同じく。
 
 
「あっ・・はい!そ、そうっ、そうしてくださいっ!明日も学校きてください」
天使のような、べつにうがった意味でも何でもなく、おもちゃのかんづめ的な意味での、ラッキーを呼ぶハッピーな、ハッピーを招くラッキーな、笑顔が見れるならばなおさら。
キラッ☆、とか聞こえるはずのない擬音が聞こえたような気もする。碇シンジのIPSグループの火薬臭さもこれで半分救われている。和む以上に、照れる。
 
 
「あ、もうすぐ休み時間終わっちゃいますよ。皆さん」
だからどうなのだ、昼からの授業たりーなあー、というのが中高感覚であるが、向ミチュ的小学感覚では違う。午後の授業にそなえて、きっちり準備しなくてはならない、ということであり、各自それに向けて怠りなく教科書をそろえたり鉛筆をけずったり水筒を洗ったりトイレに行っておかなくては、ならないのだ。照れる以上に、思い知らされる・・。
 
 
「そ、ソウデスネ・・・・」
言われるままに各自備える。次の時間は英語。金髪美女で明らかに外人であるのにここの永住権をもっているという英語教育への情熱に燃えたサンデー先生だった。ちなみに既婚。子供と教育のことしか眼中にないような盲目ぶりが水上左眼に気に入られたのだろうか。避難のタイミングや警護のことなども考慮しいしい授業していたふしのある第三新東京市の学校ではあまり見られないタイプだった。会話中心でテストすら対話で行う徹底ぶり。男子は非常に嬉しいらしい。碇シンジはまだテストを受けていないので嬉しいかどうか分からないなあ、などと。ともあれ、情熱あふれる先生なのでそれに応えられるようにしなければなるまい。学校に来ている以上、いかにも僕、謎の中心ですよ転校生ですよ、みたいな面で校庭を見ていたりしてはいけまい。先生の姿を、いや方をしっかり見なければ。廊下から教壇に立つ間の歩き方、ウォークというか、どう見てもデルモというかモデルというか教師というよりもうちちょっと大勢の目に映る職業をセレクトされた方がいいんではないかと思うけれど、この学校の野郎はほぼ全て出会いのミラクルにサンキューしている。藪からスティック、寝耳にウォーターって、ここまでくると訳が分からない。
チャイムが鳴って、授業はスタート。プリーズリッスンヘルプミー。
 
 
 
GARARI
 
 
開けるのが外人でもやはりモノが日本製であるから、擬音もローマ字どまりなのである。
 
 
ざわざわ・・・・・
 
 
教室の扉を開いてサンデー先生が入ってきた途端にざわめく。野郎も女子も。
いつものとおりに華麗なサンデーウォークにそこまで動揺するはずもない。今日はいつもの緑のスーツの代わりに武者鎧を装備していた、とかそういうこともない。
 
 
ただ、予想外だったのは
 
 
もう一人いたことだ。教室に入ってきたのが。サンデー先生の後ろについて。
 
 
髪は長い、腰まである空色の髪、よそのブレザー制服、白すぎるほど白い肌、けれど歩みにエネルギーがある、にこにこ愛想が良く・・・それを差し引いても十分に、美少女といっていいだろう・・・赤い瞳は室内を隈無く観察しているようで・・・どこを弄れば一番楽しくなるか・・・大人には分かりづらいが同年代にはすぐに分かる・・・これは、それを探す悪戯者(トラブルメーカー)の目だ・・・石をひそかに握りこんでアンダースローで投げ込んで、どれだけたくさん波紋ができるか・・・噂ピッチャーの視線・・・・
大人からすれば、小悪魔、ということになろうか。子供の中にいれば、24に足らずとも今そこにある危機、ということになる。標的にされた者にとっては特に。
遠慮は一切無用にして不要、自分はそういうカタチでこのクラスの中に混じり溶けこんでいく、とその赤い瞳は宣言していた。弄られる方ではなく、弄る方だと。
 
 
つまりは、転校生。
 
 
見た感じでは同年代であり、たいした腹の据わり具合であった。他のクラスならばまだしも、このクラスで。サンデー先生の隣で教壇に立ち、正面を向くと碇シンジなどはギョッとした。髪型が綾波レイによく似ていたのだ。纏う雰囲気が別なだけに、意図を感じる。
 
 
しかも来るなら来るで朝イチで来ればいいものを、昼イチのこの時間である。どんな重役転校生なのだ、と糾弾されるべきなのだが、あまりの緊急着陸ぶりにおののく方が先立った。高圧電線、もしくはレーザーにも似た視線が何種類か教室内を交差する。のんびり口笛などを吹いているタワケはさすがにいなかった。顔かたち個性よりも重要視されるのは、この場合・・・・・ここで教室の一点、「ある生徒」のもとへ視線は集中する・・・・・・ちなみに蘭暮アスカではない・・・・彼との関わり具合であろうから。
 
 
「急な話ですが、わたしの授業時間を少し使って皆さんに新しい友人となるでしょう転校生を紹介します。世界の言葉はマクドナルドではなくてエスペラント、笑顔は世界の共通語、異邦の言葉を学ぶ真の目的は、心の交流にありとみつけたり・・・ファーストコンタクトは何より大切な実践教育、ですので、皆さん今は彼女の言葉を素直に受け取ってください、頭の片隅で英訳などをしなくてもいいですのよ。では・・・
さあ、ビューティフルにどうぞ」
 
その美しい日曜日のような笑顔は輝いており、自分の授業時間を担任でもないクラスの転校生紹介に割かねばならぬ怒りなど微塵も感じられない。美人であると、毎回が「最後の授業」であるような気合いを込める熱情もいい感じに相殺されて暑苦しくないのである。
それはともかく、サンデー先生の笑顔に促されそれに続くように、色の白さも病弱さとはなんの関係もないらしい、元気よく赤い瞳の少女は口を開いた。
 
 
「しんこうべから参りました。綾波コナミと申します。おーなみこなみ、綾波コナミと覚えてください。兄は児童文学で綾波サザナミの名で何冊か本を出版しておりますのでもし読者の方がいらっしゃればぜひよろしくと」
 
 
「はい!」と向ミチュが元気よく手をあげたから皆おどろいた。目がキラキラ輝いている。
「わ、わたし、わたし!よ、読んでます。サザナミせんせいの本!”ぶっかけ三人組”とか”名どろぼうドロリ”とか”バッチャリー”とか!だいすきです!」
「あー、いましたか読者さん。どーもありがとうございますっ」
「もしかして、サザナミ先生もこっちに来られてるんですか?」
「いえ、兄は地元で執筆中ですのでこちらには。離れると書けない人なんですよー、元・新聞記者なのにもう書斎派になっちゃって・・・ほうっておくと一月もでてこなかったり」
「へえ・・・そうなんですかあ」
 
小学生の間では大人気らしい。のか、それとも向ミチュの好みが特殊なのかはよく分からないが、このクラスの中の明らかな異質部分にさっそくくちばしを突っこんだ形だ。
 
いかにも碇シンジに直接めがけててっとりばやく急襲かけて来るようなオーラであったのでクラスの半分はアテが外れたような顔をした。もちろん、碇シンジとその周辺は油断しない。
 
 
特に碇シンジは油断しようがない。出来れば今すぐトンズラしたかった。精神安定剤代わりに蘭暮アスカの反応をさっと見てみたりするが、特別な動きはなく、にこりともしないが黙ってその話を聞いている。向ミチュとの話を聞いていればだいたいの事情は分かった。
 
一応、建前としては「楽器とクラシックカメラ一式の修理に来た父の付き添い」ということらしい。水上左眼が一時期、金にも物にも糸目をつけずにあちこちから技術者を連れてきたためか、竜尾道内部にはとっくに失伝するはず・したはずの技術が生き残っていたりする。技術の出張が不可能な以上、それを求めて札を手に入れてここにやってくる者もいないでもない。そんな道楽者のわがままで子供が付き合わされることもあるだろう。
だが、わざわざこのクラスにこの時間にこの時期にやってくる必要は全くない、どころか、避けるだろう。普通。
 
 
つまり、普通ではないのだ。外見がどうのこうのではなく。しんこうべ出身というのも。
つまりは、綾波者というわけだ。赤目血車党、じゃなくて綾波党の党員の可能性も十分。
好印象は望むべくもないしいきなり「死ねやオリャー!!」とこられても不思議はない。
 
 
「もし、この学校に光画部があれば、写真部でもいいですけど、そちらに参加してみたいです。自己紹介は以上、綾波コナミでしたっ!」
 
 
空色髪赤色瞳白皙肌の純正の綾波顔であるのに、語尾に小さな「っ」がついても違和感がない。喜んでいいのか悲しんでいいのか複雑な碇シンジであった。訝しむべきだろう。
妙なことに教室内特異点のひとつ向ミチュの心にフックしたせいか、異質感ミックス効果で教壇から下りて対話の間に用意された自分の席に辿り着くまで、足取りに遠慮も迷いもないせいか、アクア柑橘類的に馴染んでいる転校生・綾波コナミである。別に教室内の誰も(向ミチュをのぞく)この怪しさ満点の転校生を迎え入れることに同意したわけではないのだが。来てしまったものはしかたがない。この竜尾道、いずれ札もちのよそ者は去ってしまうのだから。必要以上に恐れ入ることもない・・・・。そのはずだった。
 
 
その席は、碇シンジを中心に封じ込めた委員たちによる席陣・皆既日食にも似たデンジャラスゾーンと輝ける青い星である蘭暮アスカの高踏乙女領域、おおよそその中間にあり。推移を見なければなるまいが、どうもそのどちらにも所属しそうにないな・・・というのがおおかたの予想であった。強く輝くこともできるが、一方好きにその痕跡を消してもしまえるさながら変幻する銀月のような・・・・・語尾に「っ」をつけてもどうにも近寄りがたい。とはいえ興味は掻きたてられるのは間違いなく、最初に接触しようとする勇者または生け贄は誰かもしくはどいつにするか・・・・室内の空気は穏便にはほど遠く。
 
 
「それでは授業をスタートしましょう。いつものように、ここからはドイツ語もフランス語もスペイン語もスワヒリ語も韓国語も中国語もノーグッドです。破った人には厳しいペナルティを例外なく与えます」
容赦なく厳しいサンデー先生の授業が再開した。その厳格さは向ミチュが「ゲシュペンスト」とか「ジュテーム」とか「祝健康弟兄、壮揚兵馬!」とか口にしてもペナルティを与えるであろうくらいに厳しい。ちなみにサンデー先生は大真面目なのだ。
厳しいが、優しい先生でもあるので、ペナルティとはいえ命をとられるようなことはない。
そのため、せっかくの昼イチの授業であるが他のことを思案する碇シンジ。ペナルティ上等、サンデー先生とのサンデー授業もそりゃもうこの場合仕方がないでしょう。もちろん碇シンジも大真面目であり、ふざけてもいなければ下心もない。葛城ミサトで耐性がついていることもあるが。そんなわけで、転校生のことを考える。100%生存権かけて。
 
 
目的が全く読めない。口にしたとおりの観光ではあり得ない。偶然は昼に起きないのだ。
昼休みの直後に起きてはいけないお約束になっているのだ。朝イチならば運命もあるが。
学びの園とはそういうものではなかろうか・・・・・祈るようにして碇シンジ。
 
 
綾波のモンがなにしにきやがった・・・・・・・さては!?てめえ?!ちきしょう!!こんにゃろう!!!うりゃー!!どりゃー!!どきゅーん!ばきゅーん!!うっ・・・やられた・・おじき!おじきいい・・・なめとったらあかんぜよ!たまとったるでわれー!
 
 
と相手が男であれば(!)マーク大増量でこのようなことを考えるわけだが、この場合、おじき、というと副司令にことになったりするのかな・・・多少の脱線も含み。
で、女性であると。
 
 
綾波のひとが、どうしたのかな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
(・・・・)マーク増量くらいで済む。小馬鹿にしているのではなく、血圧があがらないのだ。体温もなぜかさがってくるし手も震えてくるしもう全てを放り出して全面的に白旗あげたくなる。得体の知れぬ恐怖に襲われるのだ。ひたすら逃げてしまいたい。
けど、逃げられない。ひたすら畏まっておかなくてはならぬような義務感。そんな檻に閉じこめられて制限されている場合ではないのに。どうも悪事を働くパワーが抜けていく。・・・そんなこと、しないで・・・と頼まれると、どうしてもやらねばならぬことであるのに、遂行する力がハタから抜けていく・・・・ファムファタルどころではないそんな危険さ。悪獣の牙を抜く聖なる面影・・・とでもいえばいいのか。儚いからよけいに響く。胸が軋む。
 
 
こういう時は、なぜ胸が軋むのか、その理由を考えると痛みがやわらぐ、とかいうが。
そんな余裕もない。考えるのは、単純なパワーのことだ。これだから男はいつも、とか、女のひとは言うのだろうか。
 
 
はて・・・・女の人といえば、ここの政治的軍事的最高パワーの持ち主たる水上左眼のヒメさんはどうだろう?・・・こんなことを考えるのかな、と。いやさ・・・待てよ。
 
 
これは、ヒメさんの、ヒメさん側の「返答」なのかもしれない・・・・
一方的にやられたままではすまさないぞ、という反撃の烽火。ごく内密に、内密にするほかない「身内の祝い事」の話を、あろうことか・・・・
 
 
綾波レイにチクるぞ、と
 
 
それがこちらへの”脅し”になるとでも思っているのだろうか、フフフ水上左眼、フフフ、恐れるに足り足り足り足り足り・・・・・百足の足は百本だから百足っていうんだよ、おかしいねヒメさん♪たりらりらーんのこにゃにゃちわ・・・・って
 
 
wahaha
wahahahaa
wahahanoha
wahahahahahahahahahahahaha!!
 
 
大怪笑
 
 
の碇シンジである。一応サンデー先生の授業中であることを考慮してローマ字風に笑う。
が、万国共通して何の前触れもなくいきなりこのボリュームで笑い出す奴はホモサピエンスとしておかしい奴だと決定づけられる運命にある。進化の分岐点でさよなら追放処分、ダイアモンドクレバスから出稼ぎに這い出て来た地底人ではないかと疑われても文句はいえない。
 
「おい碇シンジ!お前・・・」
「碇せんぱい?ど、ど、ど・・・どうしたんです・・か」
「(毒物とかではない・・・・この人は・・・自分で・・・)」
「なに笑ってるんだよう・・こいつ・・ねえ、シねーちゃん・・・」
仕事としてはこの怪行動を停止させるなりしなければならないのだが、さすがに生名シヌカたちも手を出しかねた。さすがにウスっ気味悪かったのもあるし、もはや周りを避難させた方がいいか判断がつきかねたのもある。このカブキはよしこさんにして欲しかった。
 
さんざん笑った後に、意識を失っていきなりぶっ倒れた。周りの生名シヌカたちの言うことには、倒れる瞬間に碇シンジの目から星が飛び出て、頭の周りには土星とか火星とかが回っていたそうである。担ぎ込まれた先の保健室の保険医・我馬津(がばつ)チヨ先生によると「こどものころはそらをとべたよ」とか「きみをあいしたとき、わすれてたつばさがもういちどゆめのそらとぶことをおしえた」とかキャプテン・フューチャーのオープニングを口ずさんでいたとか。「どっちを向いても宇宙」「どっちを向いても未来」とかいって心を閉ざしてしまったという・・・・・
 
これが水上左眼の逆襲であるとしたら、あまりにクリティカルヒットであった。
威嚇どころか必殺の。結局、碇シンジはそのまま40度以上の高熱が出て篭屋で大林寺に運び込まれた。