「来たか・・・・」
 
 
さきほど立てた光馬天使駅の看板の前でパイプをふかしていたヤニが向こうからやってくる人影を見て、言った。その者こそ、ここで銀鉄に乗るべき、乗せるべき、乗客。
 
 
長い髪を風になびかせ、衣服こそズタボロでほぼ全裸の有様だが、堂々と胸を張ってこちらにやってくる、誇るがごときその歩法。
 
 
「フム・・・」
ヤニはパイプを仕舞って迎える。ススキノはすでに乗り込み発車準備を行っている。
車掌も副車掌も売り子さえいないから、運転手である己が切符もあらためる。この場所で薩摩の守というのであればいっそ天晴れだが。
 
 
「切符を拝見・・・・・・フム・・・確かに。最後の乗客だ、急いでくれ」
 
 
やってきた人影は、確かに銀鉄の片道切符をもっていた。「ああ、ご苦労さん。・・・それにしても、なんてえか、ほんとにあったんだな・・・。道行き頼むぜ」鷹揚な笑顔の中に苦笑を挟んでそう告げて、軽やかな足取りで客車に乗り込む。
 
 
そして、光馬を発つなまえのない銀鉄。
その列車がこれからどこへ向かうのか・・・・・
 
 
 
それはひとまず、おいといて
 
 
 
第二支部着陸におけるあらゆる意味での衝撃が、おさまりかけた地上世界は第三新東京市、ネルフ本部に目をむけてみよう。
 
 
本来は外国にある第二支部が本部の近くに降りてきたことで、特務機関ネルフ全体に大幅な組織の再編成が行われた。それを最も端的に知らしめたのは、総司令碇ゲンドウの解任である。竜尾道なる日本政府にも従わぬ、まつわろぬ反抗地域に幽閉されて未だ帰還ならず・・・これでは特務機関の長として仕事になるまいというシャレにもならんような理由で「リストラ対象もやむなし」、とクビである。リストラとは再構築のことで首切りのことではないのだが、この竜尾道が初号機や零号機の武装、零鳳や初凰を製造し碇ユイやゲンドウと浅からぬ関係にある以上、その地に引き隠りよからぬ策謀をコネコネしてるのではないか、と疑われてもやむをえなかった。反逆者、裏切り者のレッテルを貼られないだけまだましだが、それも冬月副司令の必死の説得工作あってのこと。碇ゲンドウを叩きつぶしたい人間や組織はなんぼでもいるのである。
 
 
その割に、というか、そのためか、というべきか、総司令の座は空席のままで、後任はまだ決まっていない。そのまま冬月副司令が上にあがるのが当然というかスジであろうが、なんとしてもそれはイヤな人間も数多く、冬月副司令もそれを代償に話を進めたこともあった。ネルフ総司令、というポストが美味しいかどうか・・・・これは非常に難しい、微妙なこともあった。それは知恵の実の味がするのだ、いやさ、それをそそのかした蛇の黒焼きの味がする、などと敬遠警戒し合い、後任が決まるのはしばらくかかるだろうと見なされていた。
 
 
冬月副司令は副司令のまま、この再構築の衝撃を1人耐え、見ていくことになった。
 
 
第二支部は、まことに信じられないのだが、人間も設備も再起可能な衝撃で抑えられていた。耐えきった、などという表現は使えない。何者かの何かの加護があったのは明瞭で、本来は粉々に爆発して誰にも分かる形でその終焉をさらすはずだった浮遊島は、エヴァ四号機と渚カヲル・・・実在証明も不確かであるが、碇シンジ・・・・それらを、彼らだけを欠いて、多少の傷物になったとはいえ、十分今後の稼働に耐えるかたちでこの世に地上に現存する・・・その事実は、奇跡以上で、まさに夢のよう、と称されてかえってその真実を追究する気を人々から失せさせた。一夜にして大地に膿んだ傷跡たるN2沼に巨大な研究施設群が現れたのは、逆バベルなどといわれ、観光可能な神話のようでもあった。
 
 
真に、分かりたくはなかった、というのが人々の本音であろうが。
 
 
真実の断片を確実に持っているだろう者たちも、この混乱期にはそれについて何も言わずただ黙々と働いた。墜ちたラピュタをこの地に根付かせるために。
その途中、応援にやってきた各国スタッフのリーダーに「奇跡的な軟着陸だった」という非常な感嘆が込められてはいるが便利かつ適当な表現を使われて、現場監督にあたっていたギョロ目の元・作戦部顧問があたり一帯が静まりかえる大喝をやったのをのぞいて。
 
 
総司令碇ゲンドウの解任と同様に、ある意味それ以上に本部スタッフを驚かせ憤らせたのが、作戦部長葛城ミサトの放逐である。放逐、これはクビ以上にえげつない処遇だった。
今回の第二支部降下作戦(この名称は事態が終わったあとにつけられた)においての指示指令全てにおいて批判非難され、指揮者の資格無し不的確者の烙印を押されて作戦部長職を解かれた。この後任もまだ決まっていないのだが、葛城ミサトの次の仕事だけは早々に決定されていた。「チルドレン探索」・・・12人のエヴァを起動しうる子供たちを新たに探し出してくること・・・放浪認証パスポート・ゼルダなる、ゼーレの管轄する・・・事実上世界中どんな施設どんな機関にでも立ち入り可能な万能許可証を貰って・・・チルドレンをゲットし終わるまで、チルドレンマスターになるまで彷徨う、彷徨い続けることを義務づけられた。全てを見ることができるが、なんの力もなくなった。
「こんなの許せるわけがないでしょう!」という日向マコトらを自ら抑えて葛城ミサトはそれをあっさりと受け入れた。そうなれば、家は必要もなくなる、戻るアテのない旅をする旅人に家は必要ない。寝床という以上の価値のある家は。子供を見守り育てていく家は。
 
 
 
その子供、葛城ミサトの家にいた、もう1人の子供、惣流アスカは・・・・・
 
 
独逸の第二武装要塞都市計画のために弐号機とともに日本を発つことになった。
ネルフ・独逸支部所属となって新本部とは縁が切れる。組織再編の混乱の中、表に出ていたのはほとんどラングレーだった。「正直な話、戦闘じゃないのに出たくないのよ・・・・・つまんない雑務ばっかりで新しく来る奴らはうさんくさいのばっかだし・・・・・でも、アスカが、もうつかれた・・・・とかいって出てこないしね、この状況でバカみたいに呆けてるわけにもいかないでしょう」見分けのつく数少ない人間に愚痴をこぼしながら。
その召還が、最も早かった。
 
「家は売るの?そのまま?・・・まー、なんにせよ、荷物とかそのままにしたから、処分するときは連絡して。アタシにはいらないものばっかりだけど、アタシの意思で隠したモノがあるからねえ、まんま処分するのもフェアじゃないしね・・・・って、アタシはこんなキャラじゃなかったような・・・・むーん」
 
 
その他、発令所のオペレータたちもその半分かた、移動させられることになった。名目上は、葛城ミサトに対する評価と反転した、「あの困難な状況でよく耐え忍んだ優秀な君たちが欲しい」ということだが、その人間の飛ばし方をみるに・・・彼らは見て聞き解析するのが商売の者たちだ・・・指揮者の意思を受けて組織に熱い血を流し込み生き物のように動かしていく・・・確実に連鎖連結統一する自分たちの意思行動が、お気に召さない上位組織の判断であろうことも。それが多少、処理速度を落とそうが構わない何者かの。青葉シゲル、伊吹マヤ、日向マコトのオペレータ三羽ガラスもそれぞれ分かれる。
 
青葉シゲルは「北欧支部」に
 
伊吹マヤは「上海支部」に
 
日向マコトは「新本部」に。
 
ちなみに、本部と第二支部で同一のものとみなし、「新本部」なる名称がしばらくの間、使用されることになった。さらにいうと、三人の中で一番忙しいのは日向マコトで、本部と第二支部の間を往復させられる、というなんとも過労死でも狙っているのではないかという、階級はひとつあげてもらったが、全然割に合わない立場に追いやられた。伊吹マヤも赤木リツコ博士と離れることになり、世界中の青絵の具を集めたよりももっと重たげなブルーになった。「先輩・・・・」
 
「オレに、スナフキンになれっていうのかよ・・・・・・・くそっ!ギター弾きまくってやるぜ」冬月副司令の下が必ずしも楽しかったわけでもないが、このように露骨な政治的パワーバランス優先の組織革新などロンゲの求めるところではない。
 
 
 
赤木リツコ博士はそのまま新本部の技術部の頂・・・・なのだが、それはもう人を近寄らせない峻厳な冬山のそれ。第二支部で渚カヲルが発見されなかった報を受けてより、ほとんど他人としゃべらずに研究室にこもっていた。鉾のこと、初号機のこと、解明するべき、されるべきことはいくらでもあるのに、動かなかった。それを動かせるのは碇ゲンドウしかいなかったが、第三新東京市にいないのだからどうしようもない。第二支部の技術部の長が挨拶に来ても体調不良を理由に会わなかったのだから、今後の協力関係も信頼関係もへちまもない、もうどうしようもない。会えば何を言い出すのか自分でも分からずにそれを恐れたのだが、そんな腹の底を見抜いてくれる親友でさえもここからいなくなろうとしている。赤木リツコ博士の方こそ転地療養させたほうがいいのだが、それが人事の政治というものである。所有エヴァが一気に減ったことで技術系の人間の流れも大きく乱され裁断された。特に、初号機の左腕無断爆砕の件で整備棟梁こと円谷エンショウは業界永久追放に近い扱いで職を解かれた。当然、その跡目を襲名する者などおらぬまま。
 
 
大改造を加えられて見えない血をドバドバと流し大事な臓器を切り裂かれ体力はガツガツと削られほとほと弱り切って、こんな調子で使徒が来たら戦えるのか?という切実な疑問に対して、ひとりで答えようとするのが、綾波レイであった。
 
彼女は変わらない。それどころか、存在感を増したようでさえある。もはや学校などにいかずに、本部にいるか第二支部を視察するか、あとは・・・・捜し物をしている。
その護衛兼足になっているのが加持ソウジである。綾波レイはあの夜、天から墜ちたあるものを探し、揃えつつあった。その作業に関して誰にも手の出せない、出させない。
その行動率たるや、体力勝負のスパイである加持ソウジが驚くほどである。なんせ寝てるのは第二支部に向かう車の中でだけ。あの幽霊マンモス団地の家にも戻らない。
 
 
ただ、ひたすらに。
 
 
無言のままに、切実の問いに答えようとしているようでもある。
だが、その姿は無表情を通り越して、無感情であり、ほとんどの人間の同情をひかないし、感情移入もさせなかった。ただ、恐れられるだけ畏れられるだけ。
前総司令、碇ゲンドウのように。
 
 
あの夜以前に本部にいた者たちは少女の無感情に違和感と疑念と見当違いの納得を
あの夜以後にやってきた者たちは少女の無感情に反感と不信と理由のない恐怖とを
 
 
わずかに、少女の本心を感じ取れる鋭い者たちはいなくなっている。
 
 
それでも。綾波レイは。誰からも護ってもらえなくとも。もう、笑えなくても。
あたたかく、まぶしい、あの感情の光をうけることがなくても。
 
 
新たな戦いの準備を、備えを止めることはない。
戦い慣れた者が去り、戦い慣れぬ者が来る。その時に現れる戦場は、ある意味、初陣であるより、不利かもしれない。そう思う。予想する予測する。最強の使徒が現れ消えようと。あれが最後ではない。
 
 
零号機一体の戦力、そしてエヴァを全力全能で動かし得ることのないパイロット、弱い・・・往時と比べてあまりにも。それは儚い。光と影、世を逆さまにも写しかえてしまえるあの圧倒的な雷の力と比べて、蛍よりも薄い光。導くこともならずかえって迷わずだけかも知れない。その光の透過は何も残さないかも知れない。それでも。
 
 
 
「第二支部の連中が潰れずにすんだ理由かの?」
 
 
野散須夫妻と別れ際に、元・作戦顧問にして「根付け」とあだ名された第二支部整地作業の現場監督であった野散須カンタローに別れの挨拶もせずに、それを問うた。このギョロ目の老人もまたネルフ本部を去る。もともと葛城ミサトを補佐するために呼ばれた人材である。その葛城ミサトがいなくなればその存在意義を失う、という話ではあるが、鵜呑みにする愚か者は誰1人としていない。降下作戦中の身勝手な休憩、リタイヤが原因であるという話もあるが、それならば確実に内部の9割の人間が衝撃に耐えきれずに死んで、それもどのように奇々怪々の死に様をさらしているか分からぬ現場に、この人物が一番先に入って確認した、なおかつ第二支部の全生存者から、生涯の恩人、身を投げ出すほどの感謝を捧げられながら厄介危険極まる整地作業の現場監督を務めたのはなぜ?ということになる。なんとしても新本部から排除されなければならない理由は、ない。現場には。
 
 
赤い瞳に感傷は要らず、真相だけを求めた。礼儀も何もない少女のその態度は、遙かな年長者を激怒させるに十分であり、他の見送りの人間を震撼させたが・・・・
 
 
「まあ、この面子ならしゃべってもよかろうの」ニヤリ、と老人は笑い、にわかには信じられぬ真相を語った。「年寄りの苦労話を聞いてもらおうかの・・・・」
 
 
9割どころか、ほとんど全員の身体がグシャグシャに潰れておったよ。
まあ、詳しい描写は省かせてもらうが。記録もあえて残さんかった。
首がもげたもの、胴が裂けたもの、手足がちぎれたもの・・・・・まあ、人形の破壊工場かと一瞬思ったくらいでの。獄卒は見あたらんかったが、ここは地獄かと。
 
これで生きておったらどうかしておるが、予想はしておったから、さほどには驚かなかった。はじめから、というか、儂らが到着するまで、この連中は生きてはおらんかった。
 
これは断言できる。
 
なんというか・・・・・もうすでに顔を顰められておるから、遠慮はいらんのう。
魂を、抜かれておったわけじゃの。すでに。言うてみれば抜け殻じゃ。魂は・・・儂が引き連れておった。沼の近くで大勢たむろしておったのを、どうも危ないんで知り合いの寺まで連れて事が落ち着くまで避難させておった・・・・正直、落ち着かなかった場合、そのまま成仏させてやろうか、という腹はあったがの。
 
そして寺から率いて現場に戻った・・・・魂の連中はおのおの己の身体を見つけては入り込む・・・・・まあ、その時の光景たるや・・・・凡百の映画など消し飛ぶの。
どういう理屈かはしらんが、魂が入り込むと身体の方も元に戻る作用でもあるのか・・・首がもげたような奴でもとりあえず、元にもどったからの。中には後ろ前逆さにつけてしもうたり・・・少々手伝ってやったりもしたが。
 
まあ、どういう理屈なのか儂には死んでも理解はできんだろうが・・・・これをやった者はその作用を分かっておったのか、どうか・・・・なにはともあれ、九割死んで残りもおそらく再起不能であったのを、十割生かしたわけじゃからの。儂には文句はない」
 
 
 
「わたしには、あります」
 
 
こう返答した綾波レイに、野散須カンタローは、手を伸ばして、空色の頭をごつい手でなでた。楽しげに笑い「そうか、そうか」と。他の者たちにはなんのことか分からない。
その非科学的な話を否定したのか、とも思ったが。それくらいなら無言でいるだろう。
 
「じゃあね、レイちゃん。身体に気をつけて」
「ではな、綾波のお嬢。忙しいだろうが、儂の葬式にはきてくれよ」
 
 
「はい」
 
 
そうして最後に残った理解者も見送った。しばらく、夜のホームで残された風を見る。
あれが最終でもう来る列車はない。待合室では加持ソウジが煙草を吸っている。
 
 
綾波レイの視点が上に、天を、星空を見あげる。あまり、星は見えない。当然、その間の闇に線路など「見えない・・・・」見えるわけがない。そして、ホームに背を向け歩き出す。「もう、いいのかい」ファーストチルドレンは新体制より孤立化を望まれている。それは平安ではない孤立。己の立場でつきあえる時間も短いが、せいぜいやろう。
 
 
「はい」
 
 
人形めいたその少女の短い答えに己の次にやるべきことを己に任じて加持ソウジは、煙草を消しゆっくりと立ち上がる。二人が乗った車が駅を出て、少し後に。
 
夜空に一筋、星が流れた。
 
おそらく、それを見たとしても綾波レイは、
願うことなど、しなかっただろうけれど。
 
 
 

 
 
「お二人で熱愛のところすまねえが、向かいのこの席はいいか?」
 
 
なまえのない銀鉄・・・はまだ正式営業以前の実験車体であり、客車も間に合わせで無理矢理スペースをあけてつくったものだが、それでも乗客の数からすればガラガラでわざわざ他の客に断ることなく、空いた席を選べただろうが、長い髪の乗客は他の乗客がすでに座っている席にやってきて、声をかけた。ちなみに、嫌がらせでも因縁つけでもない。
元々、その席に座っていたのだが、居眠りこいてるうちに寝転がって隅の方まで転がっていた。どのくらい寝ていたのか、気づくと元の席には他の乗客が二人、並んで座っていた。
別に、他の席でも良かったのだが、あえて声をかけたのは・・・・
 
 
「ええ、どうぞ。存分に、目の毒を楽しんでください」
「あーん・・・・少しは気を使えばいいのに・・・」
 
 
声をかけられるまで、大いに二人で楽しんでいたらしい、うっすらと桜光を放つ若い・・少年と少女が応じた。声をかけた方も、かけられた方も、実は、顔見知りであった。
 
 
「・・・話がすみゃよそにいくから心配すんな。いくらなんでもそこまで野暮じゃねえよ」
笑いながら、すいと、向かいの席に腰をおろした長い髪の乗客。
 
 
「それにしても・・・・ずいぶんと手ひどくやられましたね」
光る乗客の少年の方が長い髪の乗客の様子を見て言った。
 
 
「あー、完全にキレてたからな。おまけに、あのバイ状態のゼルエル初号機・・・・なんだありゃ完全に反則じゃねえか。最強×最強・・・って勝てるか、んなもん!!」
声はでかいが、表情に怒りはない。長い髪にも隠されない瞳は楽しげに光っている。
 
「最強の鉾と最強の盾・・・・というか鎧か、そんなもんくれてやってたとは・・・こっちの攻撃がきかねえきかねえ、あげくにバラバラにされちまった」
 
 
「文句いいにきたわけなの?こっちにだっていいたいことがあるんだけどねー」
光る乗客の少女の方が、長い髪の乗客に笑みかける。「まさか、やられるなんて思ってなかったし」
 
 
「あれでパイロットが乗っていたらまだ強くなるんだけど。あなたの戦闘法則も完全じゃなかった。どうしても共闘性能が・・・・・まあ、目的はそんなことじゃないしね。とりあえず世界の目から隠してしまわないとね。・・・シンジ君を消されてしまう」
光少年が微笑みながら、最後の一言にくるとその笑みを消して、言った。
 
「なるほどな・・・・やる気を出させるためシンジにはああいったが、お前らがシンジを利用するだけしようってんなら今もう一度ここで身体を今度は真っ二つに裂いてやるつもりだったが・・・・まあ、いいか」
 
「それこそ矛盾なような気がするけど。気が済んだ?じゃあ・・・・」
光少女がいいたいことを言おうとする前に長い髪が続けた。
 
「もうひとつだ。お前らは・・・・・どこへ行くんだ?確かに手応えはあったんだが、よく考えたらお前らは・・・人間じゃねえんだから首はねたって特に困らねえんだよなー」
 
「困ったわよ!あれで予定がぜんぶパーだし!!ああ、レイちゃん・・・かわいそう。そういえば、あなただってレイちゃんをかなり利用してんじゃないの!」
 
「・・・まあ、否定はしねえがな」
 
「あなたに見事に返り討ちにされて叩き落とされたぼくたちは、崖の家、っていうところで、”その先”に行こうとしたんだけど・・・・・」
 
「断られちゃったんだよね。なにかパレードやってたけど・・・・あの話、ほんとうだったね」
 
「そう、ぼく達のようなケースは想定されてなかったみたいでね、その先にいくことができなかった。十年ぶりくらいに”先にいける門”が開いた記念パレードはぼく達のためじゃなかった。通用門から顔を出した老人も困った顔でね、駅から列車に乗るように教えてくれたんだ・・・・パルワイムってところでも同じような感じでね・・・とりあえず、次は銀鉄本社にいくつもりだよ。この列車の次世代機について少し意見を言わせてもらおうかとね」
 
「名前ももう考えてあるんだよね・・・魔法陣銀鉄」
 
「369」
 639
 963」
 
「これをいくつか組み替える・・・・要研究だけど」
 
 
「お前らにはまだ天国も地獄も、まだ、ないわけか・・・・・・あ、いっとくが、二人でいればどこでも極楽でしゅ〜とかバカップル発言したら殴るぞ・・・・なんにせよ、議定心臓を失いまだ生きている元使徒に、使命なく存在する現使徒・・・・なんなんだ、お前ら」
 
「その答えをもう少しゆっくり静かに考えたいね。両親の残した理論の統合にももう少し時間がかかるし・・しばらくは誰にも介入されない空間と時間で考えていたい・・・・新婚旅行もかねてね」
「そうそう」
 
 
「はあっ!?今、なんて言った?」
 
 
「「そうそう」」
 
 
「く、くだらねえ・・・・が、完璧なハモり攻撃だぜ、今のは。あやうくベロ呑み込んでくたばるところだった。で、新婚旅行って・・・お前ら結婚したのか?いつ?二人の馴れ初めは?いや、こんな芸能レポーターみてえなこと聞きたかねえが、しょうがねえ」
 
 
「?なんのために光馬に天主堂を造ったと思ってるのよ」
 
 
「・・・・お前らもしかして、自分たちを祝わせるためにシンジ達を呼びつけたのか」
 
 
「・・・そうしてもらえたら、嬉しいね。欲しいものすべては手に入らないけど」
 
 
「うーむ。シンジとお前達を会わせてやった方が面白かったかもなあ・・・・だがまあ、やっぱりこれで良かったんだろうな。過ぎたことだ。堕天貴公子に魔神小僧か・・・・何でお前ら仲良かったんだろうなあ」
 
 
「シンジ君が好きだからさ」
 
 
「そして、シンジもお前が気にいっていたと。既婚者のくせに堂々といいやがるなあ・・・・おい、そこの嫁、ヒジ鉄砲でもいれてやれ。オレが許す」
 
「べー、だ。だーす・べー、だ。そんなことするわけないでしょ!暗黒面に誘うな!」
 
 
「け、つまらねえ。それじゃ約束どおり、オレはこの席からおさらばさせてもらうぜ」
長い髪はそういって、立ち上がると隅の座席に消えた。
 
「あ、まだ逆襲してないのに。復讐してないのに。攻撃してないのに」
「まあ、いいじゃないか。愛すれば得られるものを、力で奪うこともないよ」
怒る光の少女に少年は、分かったような分からぬようなことをいい、肩を抱きなだめる。
 
 
 
「カヲル君は、ぜんぶ、なくしちゃったね・・・・・・ほんとに、よかったの?」
その腕の中で、ふと、気弱な表情をみせて、少女が言った。
 
 
「人でいれば、そのまま得られる膨大なこと、所有していた膨大なもの、ぜんぶ捨ててここにきて、もらったけど・・・・ほんとに、よかったのかな・・・・感情が無くなったレイちゃんに聞いてみたの・・・カヲル君のこの行動を、なんでカヲル君は使徒になることを決めたんだと思う?って。ほんとに、ほんとに、それが知りたかった。レイちゃんの答えは「知らない」で、それを聞いたとき、嬉しかった。「わからない」じゃなかったから。もし、感情でそれを決めたのなら、感情の無くなったレイちゃんは、わからない、って答えたはず。レイちゃんはわたしたちに、わたしに、最も近い人間だから」
 
 
「感情は、信じる証にはならない?」
 
 
「変化するものだからね、感情は。それで決めたのならカヲル君がかわいそうだと思った・・・・それと同時に、これもまた議定心臓の命じるところなのかもしれないって思うと。わたしたちは何かのテストをさせられているのかもしれない・・・・・異形の可能性、ただ、それだけなのかもしれない。それとも、カヲル君はこの姿が、実はレイちゃんが好きなのかなーって、なんて思ったりも、する。改めて考えてみると、好き放題に現れたり消えたり、好きになってもらえるようなことはした覚えがないし・・・・・そういえば、お菓子のごみを片付けてなかった時も・・・あったかな」
 
 
「うん、あったね。ぼくが片付けた」
 
 
「うわちゃー・・・・・で、ベタな質問だけど、カヲル君が使徒になった理由は何?一番、超人になりたかった、2番、知的好奇心、三番、人類を裏切り敵に寝返ったと見せかけて内部崩壊工作をしかけようと思った、四番・・・・」
 
 
「君の話が楽しかったから、かな」
 
 
「へ?・・・そ、そんなことで?決断したんですかいっ?」
 
 
「君がいうと、そんな語尾すら萌えるね」
 
 
「ほんと!?」
 
 
「それは冗談だけど・・ね。その点では君には誰も、シンジ君も、当然、綾波レイも敵わない。リアクション、リターンでいえばまだシンジ君が勝るけれど・・・」
 
「そうなの?じゃ、じゃあ、鍛えて!いや、鍛えてください、コーチ!!」
いつの間にか、少女の瞳が燃えている。
 
 
「では、さっそく」
 
 
「うわ、もうですか!!さ、さあ、どうぞ!なんでもきてくださいっ!」
 
 
「君は、ぼくのどこが好きなのかな?」
 
 
「うわ、なんですかその猛サービス!!エースねらいですよ顔面ねらいのツイストサーブですよ・・・・・・意地悪だよカヲル君。ちょっと邪悪だよ裏で猫とか締め殺してないよね、そういうことは頬を少し赤らめて言うとか・・・・いや、それじゃカヲル君じゃないようなよもや邪道?みたいな」
 
 
「さて、どうなのかな」
 
 
かなり糖分高く終わりそうもないそんな会話をするふたりの乗客と、車窓の外を見ながら無表情でそれを聞く長い髪の乗客。「共に死ぬこともならず・・・・似ているようで生命の本質が決定的に異なる・・・連理の枝にも比翼の鳥にもなれずじまいの・・・いつかは離れる轍かな、と。ま、心配する義理でもねえがな・・・・長い目で見りゃ誰しも同じか。いつかはひとりで旅を続けることになる・・・」
 
「だがまあ、それでも暗い道を1人でとぼとぼ行くよりゃ、よっぽどいいか・・・・・・この銀鉄ってのは。だが、オレが乗っても良かったもんか?帝会でたいていのことはやってきたわ、トドメに半分も覚悟が決まってなかった弟分をぶち殺そうとしたわけだしなー
・・・・」
 
 
「あなたは、シンジ君に甘くないですか?」
「そうよ。気にするならむしろわたしたちの方じゃないの」
向こうの席からふたりの乗客の声。
 
「うるせー!お前らは待ち伏せなんかしやがるからだろうが。プロメテウスの肝臓つつくハゲタカみてえにしっつこく。おまけに本質的にかわいげがねえんだよ!いい気味だこのピカピカ夫婦!」
 
 
なまえのない銀鉄は走る。同じ轍を踏むこともなく。夜の星の世界を走り続ける。
常の客とはあきらかに異なる行く先。客車のランプに影もつくらぬ異形の客たちが、これまでの己らの行程について語り合う。求める駅に着くまでまだかかる。その間、長いような、振り返れば刹那より短い、交差する時間を。
 
 
・・・・楽しむ。