怒っていたのである。
 
 
かつてなく怒っていたのである。
 
 
誰のことかというと、時田氏のことであった。
 
 
時田シロウ。いろいろと肩書きがあるが、この業界においては
 
 
JA連合の時田、といった方が通りがいい。連合、の部分はともかく、JA、の部分とは切っても切り離させない。JAの時田、だけでもいいかもいしれない意味は通じる。
 
 
「ふざけるなネルフめ!!」
 
もともと基本路線がそんな感じではあるのだが、今回という今回は、そこに十階建て蒸気機関でも爆走させようかという勢いであった。だいたいネルフは気にくわないのだが、それにしても今回のはひどすぎた。
 
 
勝手に(さすがに自分の許可をとってからやれ、などと妄想ではなく勢いの表現である)自滅的組織改編をやらかしたあげくに(立場上、喜ぶところかもしれないがそこが時田氏なのだ)そのまま腐食分解することもなくなんとか耐えきり(そのあたりは組織を率いる者として同情と評価をしないでもない)使徒と戦う・・・・・のは連中の業務であるから細かいことをいうのは勘弁してやろう(JAでもアレに勝てる気は全くしないので)。
 
 
にしても、その後の、エヴァ同士の争いになんでこっちが巻き込まれねばならないのか!
 
公言すれば「ふざけてんのはあんただろ」という目で見られるので黙ってはいるが。
 
あれは、好きで乱入したのではない。そりゃ、準備というか介入タイミングは計っていたしスタンバっていたのも確かだ。使徒を倒すよりネルフ自体を潰すような機会を窺っていたような気もしていたのだが、どうも竜尾道から帰ってより少し記憶がハッキリせぬところがあり、その辺もモヤモヤと。「それでこそ社長」とか真田女史に冷静に言われても。
いやまあ、確かにそういうやり方は自分とJA連合らしくはない、と自省はするのだが。
 
 
しかし!!
 
 
そんな都合のよい仲間になったライバルキャラ、なんて立ち位置に納まる気など全くないのだ。大人げない?知ったことではない!2番目ではいけないに決まってるだろう!!
黒崎玄剛や荒巻多作的ポジションなど、まっぴらごめんなのだ!!主役機をいつか倒す!!・・・・・・そんな、宿命なのだ。JA電王クライマックスFW(フォーゼウィザード)は。ようやくその片鱗を見せたエヴァ同士を喰らい合わせる救いようのない業界の闇機構。だれかが地に落ちた正義を拾わねばなるまい・・・・・子供には重すぎるそれを。
 
 
それなのに・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
「いい大人が瞬ギレするな、とは言わないけど、手が止まってる」
 
注意する声は子供のもの。確かに時田氏はいい大人であるが、
 
 
「あ、ああ・・・」
 
素直に従うのは、器が大きいというより単純に声の主が神速で手を動かして働いているからだった。てめえはなまけて子供だけ働かして正義もなにもない。瞬ギレとは”瞬間思いだしプッツンキレ”のことであり、あまりやりすぎると脳の血管にも悪いし周囲が迷惑。
かといって一人内部に溜め上げていても健康によいわけもない。難しいところである。
 
 
「に、しても・・・・分かるだろう、私の気持ちも!」
 
子供、それも幼女に近いオレンジの髪の少女に同意を求める時田氏。それでいいのか、と自戒することもないらしく、大人の手は忙しく動き出した。JA操作盤。連動して巨大ロボットJAが次の作業エリアに移動を始める。むろん、周囲に影響を与えないようやさしくやわらかーく歩いている。ビルの街にガオーなどとやってる場合ではない、仕事だ。
 
 
煙突の煤払い、ならぬ、要塞都市の氷払いが、JAの仕事だった。
 
 
どんな仕事なのかといえば、・・・・・字の如く、市街にこびりついたしつこい雪氷を除去していくのだ。氷の強度は一律ではなく、人の手でもなまなかの機材でも取り除けないものもあり、その中でものんびり溶けるのを待っていられぬ、兵装ビルやら射出口やらシェルターの入り口やら、巨大ロボットJAでなければ、中の人に機械設備の知識が十分すぎるJAに任せた方が遙かに安心な、鉄腕アトムが誕生していれば喜々としてやってくれたに違いない、そんな仕事であった。しかも、範囲が広大であり、連合旗下のレプレツェンなども参加してはいるが、JAの負担が減るほどではない。ネルフからはJAに何を期待しているのか、FWになっていなければとてもこなせないだろう処理量を要求してくる。
時田氏も仕事人であるから、その点については先ほどの言霊を吐くことはない。
腹も立つが、確かにやらねばならぬ仕事なのだ。おそらくJAのファンも増えただろう。
 
 
 
「まあ、竜尾道に行ってたのは、時田、あんたと私の二人だけだからねえ・・・・」
 
分かるとも分からぬとも。とにかく外見通りの幼い少女のセリフではなかった。
 
 
「けど、しょうがない。どっちにしろ、JAだって身動きとれない、どころかいいように接収されちまうところだったんだから。冷凍倉庫の魚みたいに忘れた頃の切り売りかね」
 
 
「むむ・・・・・・・そ、それはまあ・・・・・」
 
14分間の冷凍刑。
 
戦闘などと言うものではない、あまりにも一方的な刑罰。業界の闇には底というものがないのか、第三新東京市まるごと、凍らせた七つ目玉のエヴァ。闇に底がなく突き抜けてもはや神罰の世界に通じているのか・・・・・使徒とどこが違うのか。
 
やり口自体は知恵の実を口にしたとは思えぬ、何もないのっぺらぼうのような、単純。
 
しかし、複雑多様であることを赦さぬ強大な、単純。おそらく時をかけ必要な部分だけを段階的に切り出していくようなことを考えていたのだろう。その意味でまさに冷凍倉庫。
 
だが。
 
もし、七つ目玉のエヴァが解凍の時期なり術を忘却してしまったらどうなっていたのか。
遙かな未来に、アイスマンならぬアイスキャッスルなどとして注目を浴びただろうか。その中にJAも、いたかもしれんのだ。
 
 
巻き添えもいいところだ。それは、ネルフの連中も同じ目にあわされたのだから怒るのは筋違いなのだろう・・・・・・・・理性はそう判断するのだ。しかし、巻き添えは間違いない。巻き込んだのが連中であるのは間違いない。担ぎたくもない片棒を担がされたのだ。
 
 
「ふざけるな、ネルフめ!!」
 
もう一度、怒りの言霊を。自らの健康のためと、自ら語れぬJAを代弁して。
 
 
「にくまれ組織、世にはばかる・・・、と。あ、そこ注意して。門の”流れ”がある。踏んでいいのか判断つかない。もう回避した方がいい」
 
「むむ・・・・・そうしよう」
 
この女がそういうのなら、と即従う時田氏。門、というのは、天災転送門とかいう、その地に発生した天災を何割か、他の地に転送してしまえる、というとんでもない代物だ。
 
する方はいいだろうが、される方はたまったものではない・・・・・・人間の絆のような。
 
ともかく、どういった原理でそんなことが可能なのか・・・・・謎の物体であり、その効果をこの目で見てJAを通して実感していなければ、鼻で笑って信じもしなかっただろう。
 
どのようなハッピーオカルトなのか、と。相互確証破壊の、天逆。
 
一時期、新司令の影響か、すっかりオカルト都市になってしまったが。これは、別物。
とにかく、現時点の学会科学では分からぬものだ。避けろというなら避けるべきだろう。
 
この女・・・・・東方賢者、赤木リツコ博士の帰還まで、断じて何者の電脳侵入を許さないと決めている・・・・門を守るお仕事をしているオレンジ髪の魔女が言うのなら。
 
ちょっと遠回りになるが。「・・・・ついでに、ココとココのサーバーが電力不足だから」「ああ分かった」皆まで言わずとも分かる。こういった点、いかにやる気があろうとも鈴原トウジの参号機では足下にも及ばない。ネルフ副司令が逃がさなかったのも道理。
 
 
 
「しかし、いつまでもこんなことはできんぞ・・・・」
 
武装要塞都市の環境メンテナンス・・・・・・・・それなりの金額ももらってはいるが。
 
だが、もう一度、あの七つ目玉がやってきて、また同じ氷雪、いやさ今度は溶岩でも降らせてきたらどうなるか・・・・・やったと思った相手がぬけぬけと生きていたら、もう一度やりにくるものではなかろうか?普通・・・・・そのあたりは神話的に適当なのか。
エネルギーをためるのに、あと一千年かかる、という話ならばいいが。
 
反省がないとみると、しつこく徹底的にやる・・・・・聖なる書物にはそんな記述もある。悪魔は割合、飽きっぽくズボラだったりするが。
 
 
とにかく。
 
ネルフと心中する気など毛頭ない。頃合いのタイミングでお暇するとしよう。
 
 
どのタイミング、といえば・・・・・・・やはり、あの機体次第だろう。
 
 
其は、力の中心
 
 
エヴァ、初号機。大きな雪玉にかじりついている・・・・・・その内実を知れば、ダムの決壊を一人その身を埋めて防いでいるかのような悲壮の姿なのだが、見た目だけでいうなら・・・・・やめておくか、武士の情けだ。これも通常科学の及ばない世界のこと。
 
 
彼の機体が、もし、この狂える冷気を完全抑制することができたなら・・・・・・
 
そのような都合のよすぎる機能を期待をしてもいいのか・・・・悩むところだが
 
 
 
「”フウ・・・・・つかれました。今日はもう、おしまいです”」
「”・・・・・あー・・・シンジ、もう少しがんばれんか?1日三分って。時田はんのロボットもああしてがんばってくれとるし、な?”」
「”トウジさん”」
「”な、なんや”」
「”おしまいといったら、おしまいです。ほら、シンクロ率も・・・”」
「”・・・・うわ、この下降。ホンマ、どないしたんかいな・・・ま、その分、ワイらが働くか。綾波もまだ起きてこんし、さんづけやめろっちゅうてもやめんし・・・・やれやれ”」
 
 
作業用の共有ダイヤルであるから、盗聴しているわけではない。聞く気はないが聞こえた、といったところだ。中心パイロットの状態というのも最高機密になるかもしれないが。
 
 
 
実作業、1日三分間の冷凍気吸収で、都市の気温はだいぶん温んできている。
 
 
その因果関係。14分の冷凍刑から一番早く覚醒したのが彼の少年らしい。碇シンジ。
目覚めるものが誰一人いなければ、14分どころか14年くらい眠らされていた・・・かもしれない。
 
JAの記録装置もその間のデータが飛んでしまっていた。覚醒も中間くらいだと。
長く続けた方がいいものなのかも判断つかないわけだが、参号機のパイロットが発破をかけたくなる気分もわかる。
 
 
どうも・・・・・初号機パイロットは、本調子ではないようだ・・・・・なにか口調も。
あんな悪役宇宙人みたいな口調だったか・・・・・まあ、三分間しか保たない、とかいってるのは有名巨大宇宙人っぽくはあるが。
 
 
まあ、あの調子の不完全でも、驚異というべきだろう・・・・・・
 
 
しかし、三分しか保たない、というのがこうした単純作業限定のことなのか、それとも、
戦闘時にもそうである、というのなら・・・・いかんいかん。こんなことはネルフの連中が考えればいいことだ。決着をつける時は、三十分でも六十分でも無制限でも構わない時。
 
 
なんにせよ
 
 
この都市が彼の巨人ごと封印されていたら、業界の流れが一気に変化したのは間違いない。
このギリギリでも耐えきった、という事実は、この先、どう転ぶか・・・・・
まあ、JAも封印されていたら、もはや世界にこの先未来も光もないのだがね!!
 
「ふざけるなネルフめ!!」
 
三度目。そろそろ打ち止めにしたい。隣のナオミからも無視されているし。
 
 
そんな、怒りの曜日である。
 
 
分量で言うなら、ハルマゲドンの半ドーン、といったところであろうか、とにかく怒っていた。
 

 
 
 
もちろん、業界内で怒っているのは時田氏だけではなかったわけだが・・・・