「君がいかなるかたちをしていかなるこころをもっていようと・・・・・」
 
 
「はっきりしたことがひとつある」
 
 
「明確なそのひとつ以外のことは正直、私のような凡人には荷が重いしな、どうにかしようとは思わない。そこまでは関われない・・・・いいだろうか」
 
 
「君がユイ様のお子様であることは、これは確かにまちがいない。ああ、さしたる思い入れがあったり深い事情や機密を知っているわけじゃない。ご本人がそう言われたから信じているだけのことだ・・・・・・詳しい君の正体は知らない。興味もない。そこまで立ち入られても君も迷惑だろうしな」
 
 
「わたしにとって君は、ユイ様のお子様、という一点で意味があり繋がりが生じてる」
 
 
「・・・あまり深く考えなくていい。単に君がこれから何をやりたかったとか、やるつもりでいたことを私は全て刈りとった。君にとっては私は死神と同様の存在だ」
 
 
「義務なのだ」
 
 
「私とこの街は・・・・・ユイ様にとてもお世話になった。そのように簡単に言葉にしていいのか迷うほどの巨大な恩義だよ。あの方は、奇跡を起こしてくださった。まるで聖書の中の出来事のように・・・いや、それ以上だな。モーゼは海を割ったけれどそれは自分たちが通る間だけのこと・・・・ユイ様は」
 
 
「海に沈んでしまうはずだった消えてしまうはずだったこの街と居残ったわたしたちの前に現れた巨人・・・・打ち上がったばかりだという孫六殲滅刀を備えたその雄姿。突然のことだったから、なんとも衝撃的・・・・・・人生が変わった、変えられた、ということに喜びを感じていては人としてどうかと思うが、事実は事実だからな・・・・・」
 
 
 
「ただ一刀のこと・・・・・光の孔雀が翔ぶような、薫る風のような・・・」
 
 
 
「どのようにそれを成したのか、未だによく分からない。研鑽を重ねたつもりなのだが、どうすればあのようなことが出来るのか・・・必要だから編み出した、とあの方はあっさり言われたが・・・・孫六殲滅刀もその衝撃に耐えられず粉々に砕け散った」
 
 
「力ではない・・・・・巨人であるゆえの破壊力などではない、それよりももっと幽かな、力では届かぬところへゆく・・・・・認めたくないがあの姉の領分なのか・・・・足取り・・・・飛ぶ力を手に入れて結局、奥へ分け入る歩き方を忘れてしまった・・・・山の奥に魅せられる子供のようなそれ・・・・・もう、わたしにはそんな景色すら見えない」
 
 
「わたしの進化は間違っていたのだろう。が、いまさら振りかえることすら出来ない。
空を飛び炎を吐き十の刀剣を振るえるようになっても・・・・
それがなんだというのか。なんだったというのか・・・・・・
それを思うと、まだあの姉の方が望みがあるのか・・・・・・骨を使う気もないだろうが」
 
 
「・・・頼ることしかできない」
 
 
「従わねばならない・・・・・」
 
 
「あの方の言われることには全て」
 
 
「お心のうちなど、分からないが。この街を救ってくださったのと同様に」
 
 
「あの方がやれ、といわれるなら私はどんなことでもする」
 
 
「鎧の都に捕らわれた君を逆に捕らえてこいと命じられればその通りに」
 
 
「その結果、どのようなことが起きようと、な」
 
 
「・・・・・・・・」
 
 
「まあ・・・・無責任ではあるのは承知している。だから、最後まで見届けることを約束しよう。この目で」
 
 
「これから・・・・・我が子に対して、あの方は」
 
 
 
「たぶん、君は・・・・・・ユイ様に・・・・・」
 
 
 
片割れに裂けた、般若の面が浮かび上がるもそれは一瞬、観る者とてない深奥の薪能。
 
 
「聞こえているか知っているかいるかも分からないが、ちょうどいい機会だった」
 
 
竜尾道、この街が沈む前、まだ、ただの尾道と呼ばれていた頃からの名物・・・いわゆる坂道、車なんぞ逆立ちしたって通れない半車線もないゆえに自転車でキコキコといったノスタルジーとかいうよりスパルタン、歩兵戦力の侵攻を想定しているのではあるまいかという戦国自衛隊感覚なルートを碇シンジを担ぎながらゆく水上左眼が一方的に話した。
 
 
夜はまだ明けず暗い。
 
 
「あー、こりゃまたずいぶんとお早いな、左眼よ」
暗いのだがもう朝刊を配り始めているエンジン付き竹馬「グンマ」を駆る配達員のおっちゃんに会ってしまう。自分で今配っているそれ、地元紙「ほぼ日刊竜尾道スポーツ」の社長でもある。名は宮武ナンピ。愛称は”ほぼ竜”。そのあとに”水上新聞”と続く予定だったのが左眼の激烈反対にあって除かれた。ちなみに竜尾道の一般家庭に配布される紙媒体としての新聞はこれ一紙しかない。連合町内会回覧板としての機能がある日もあればない日もある。
”ほぼ”のゆえんである。
 
 
「早いというか徹夜だった」
傍目には「つい殺ってしまった相手をこれからどこかに隠しますよ」的ムチャクチャ怪しい姿であるが、答える左眼もおっちゃんも平気の平左の日常のあいさつであった。
 
「担いでいる小僧さんと二人で夜のやっとうならぬ彼方でしっぽり・・ってわけじゃないよなあ。グッタリってえかほぼ死にというか・・・・水上左眼ともあろう者が」
うまくやらなかったのか、とからかっている風でもある。笹の匂いのする竹馬エンジンの排気が先に坂をおりてゆく。促すように。
 
「彼の名前は碇シンジ。私の客人だ。この街に慣れていないので夜の散歩に迷ったらしい。坂から落っこちて気絶していたようだ。職業はピースメーカー。縄張りに大事変が起きぬように処理してくれる凄腕だ」
 
「なるほどねえ・・確かに完全にKOされて用心棒のお役もねえな・・・・にしてもさっそく事件を起こしている気もするが、それは聞かなかった方向で、と。・・・わざわざ差し替えるほどのことでもねえなあ。そういえばウメのやつが珍しく夜に橋渡って来てたが・・・橋を戻るキング・カブの音もずいぶんと楽しげだったがな」
情報交換に思い切りガセを渡されても、とぼけた顔でそこそこのネタをくれる。何がいいたいのかは分かる。ほかの年寄り連中と同じことを、それもいつもいつもおなじことを飽きもせずに言うつもりなのだ。
 
「暴走族などを組織する愚姉が何をしようが私の知ったことではない」
 
 
「・・・・たったふたりの姉妹じゃねえか、仲良くしろよ」
 
これだ。でっかいお世話だ。仲良くなどできるはずがない。率先して力を貸すべき者が率先して足を引っ張っているこの現状。無責任な放埒者、それ以上の「怠け者」。ちょろちょろ動き回るだけでじっと支えることをしない。現状を維持するだけで精一杯なのだ。
その苦労も知らないくせに・・・・・いや、それを苦労とも感じないのかもしれぬ。
姉に舵を渡せばどうなるか・・・・・・
 
 
あの目で何を見ているのか、もう長いこと知らない。
 
 
「最近、お前さん顔色が悪いからな。心配して見に来たんじゃねえのか。なんのかんのいいつつ兄貴だの姉貴だのはそういったモンに敏感なんだ。普段いくらパープーに見えてもな」
 
「まさか。それはない・・・・が、顔色は最近、仕事続きだったからそのせいだろう」
 
「目の色がなんか違った、と思ったんだが・・・まあ、そりゃいいか。水上左眼がそう言うんだからな。お前さんに重圧かけられる奴なんぞいやしねえだろうしな。ウメの奴も含めて・・・ああ、そういえばウメの奴は最近、精進に凝ってるとかであちこちの寺でゴチになってるらしいぞ」
 
「接続が苦しいが、愚姉の愚かぶりはよく分かった」
この竜尾道全域が家、とばかりに水上右眼の居場所は掴めない。好きなところに好きなように現れる。城もちの妹とこんなところでも正反対であった。
「成敗してやりたいところだが、今はそれどころではない。・・・さらに忙しくなる。では」
「じゃあな。適当に身を憩えよ。この里はお前さんでもってるんだ」
 
 
答えず歩を進める。竹馬エンジンの音もすぐに遠くに。この坂道なら車どころか忍者よりも速い。姉のキング・カブはこれよりもまだ速く坂を上り下りするらしい。天下のバイクメーカーが一台きり製作したカブの中のカブ。「キング・カブ」どこでどうやって手にいれたものか。まあ、それは特異なケースで、ふつうは熟練したグンマ乗りの方がはるかに速い。自分も乗り方を習ってみようか、と考えたこともあったがイメージというやつがある。女なのだ。自分には竜号機がある。まあ、それはいいとして。
 
 
 
「聞いているか・・・・聞こえているか」
碇シンジに声をかけてみる。ここでぱっちりと目をあけて照れ笑いのひとつでも浮かべてみせて情報収拾ダウンロードがひそかに完了していたことを示すのがお約束である。
 
 
「・・・・・・・」
 
へんじはない。ただのしかばねのようだ。
 
 
一応、そのあとに「まるで」をつけておく。担いだ少年の意識も未だ戻らず、というか、生命の気配も未だ微弱であり、もしかするとやりすぎたかもしれなかった。
 
 
道はまだ明けず、暗い。