玩ばれているのではあるまいか、
 
 
弄ばれておるのであるまいか
 
 
もてあそばれているのではなかろうか
 
 
そう考える碇シンジである。中学二年の分際でなにを物々しく大げさにこましゃくれた悩み事をしているのか、と彼の近くに兄貴分の遊び人のだめなおじさんなら「あのなあ」と鼻で笑ったであろうし、昭和風味になつかしい頑固親父なれば「空き地で野球でもしとれ!」カミナリのひとつでも落としたかもしれない。時間はFMラジオを聞いたとしてもAMで午前一時。つまり、夜更かしで夜も眠れていないわけであった。己の部屋に一人。
携帯電話や音楽プレーヤーのお供もなしに薄い闇を過ごす。
 
 
物思ふ対象は、やはり年上の女性(ひと)
 
 
水上左眼のことであった。
 
 
これでもう「ちゃお!スタンミ・ベーネ」脳内だめなおにいさんも「盆栽に水をやる時間じゃった」脳内カミナリオヤジもどっかに強制退去せざるを得なくなる。男と女という括りの話ではなく。色気も色目もなく。猫とネズミというか。でもトムとジェリーではない、もっと不平等な話であった。
 
 
ここ最近の使徒2連戦。自分にとっては最近、ではあるが、ヒメさんにとってはどうなのかよく分からないが、とにかく自分の知る限り、水上左眼の竜号機は使徒に一対一で(これも真実であるかどうか知らない)立ち会って、つまり正々堂々一騎打ちして一撃で勝利を収めている。それもほとんど被害を被ることもなく(その裏の経済的損失もどうなのか知らない)ダメージらしいダメージもなく、涼しい顔してその後、”本来の”仕事をこなす。
 
 
めでたいことだ、と思う。素直に喜んでいいところだと思う。
 
 
のだが。
 
 
こうして夜中、眠れもせずに心にひっかかるのは、そこに自分が介入する、させられているからだった。釣り針にかかった魚の心境。そのくせ釣り人は糸を巻き上げようとはしないのだ。まるで針にかかったのが魚ではなく、鯛焼きであることを知っているかのような。
こんな思いをするくらいなら、いっそ釣り上げてもらっておいしく食べてもらった方がいい・・・・そこまでは考えないが。また使徒が現れたらまた自分が呼ばれるとなると・・・・・・いろいろと思い悩む。別段、水上左眼は無理して使徒を倒すことはない。もし使徒がここらを通過せずに大回りのルートで第三新東京市に向かえば放置するだろう。今まで黙って見ていたのがその証拠で、使徒戦で絡みたがるJAとはそこが異なる。
 
なんらかの貸しを作るつもりでいるのだとしても・・・・その相手が分からない。
 
無力化した自分たち親子ではなかろうし。裏で新体制ネルフ本部と相談でもしているのか。まあ、そのあたりは自分がいくら考えても答えの出ることのない問題だ。だからいい。
答えを出さねばならぬ問題について考えた方が時間を有効に使える。と、思う。
 
夜は短し、ファイナルアンサー作成中、と。
 
 
自分は何者か。水上左眼、ヒメさんのあの明らかにヤバい隻眼に映る自分は何者か。
人の目に自分がどう映るかなんて、どうでもいいじゃん!というわけにもいかない500マイルくらい離れた青春ディスタンス。海風のせいか湿気ている真実のレジスタンス。
そんなにポップにはなれない。そんな風にポッパーに生きれる日はくるのだろうか
 
 
軍師、だと相手はいうのだが・・・・・冗談ぽいである。
 
 
アドバイザーとかいうのも気恥ずかしいくらいであるのに。いいとこ、何気ないひとことでインスピレーションを引き出す伏線キャラだろう。同じ伏せても臥竜どこではない。
結局、知識はとにかくそれを選ぶ決断力は経験の切り貼りなのだから。知恵という言葉も本来は<選びとる>ということなのであるが。まあ、それはいい。自己完結しよう。
 
 
問題は、またというか、三たび使徒が来るとして、また・・・?自分が呼ばれることだ。
これは三顧の礼とか全然関係なく、強制的に三回連れ出されるというだけですから。
とにかく、ヒメさんの竜号機の強さはある程度分かったけれど。それでも。
 
 
それを凌駕する強さインフレーションな使徒が襲来してきたら、どうするか、だ。
 
 
だいたい、自分に直接現物を見せてまで物を聞こう、というその発想が恐い。それはどんな手段を用いようと完璧な勝利を得ようとする油断無き歴戦の大将の態度であろうし、あれだけ戦力を積み上げれば慢心してもおかしくないのだけど。目が眩む、ということがないのか。
 
 
正直言って、どうしようもない。白旗をあげるしかないのではあるまいか。
増援の手配とか出来るわけでもないし。諦めて、ネルフに任しとけばいいのか。
新体制ネルフに。現在の戦力は・・・・・エヴァ零号機と綾波さん・・・・だけ
 
ってことに、なるのか・・・・・
 
 
ヒメさん駆る竜号機 VS 綾波さんのエヴァ零号機
 
 
人ごとであれば胸が燃え燃えてくるバーニングにして背筋も凍りつくようなフリージングな地獄極楽な一戦になるであろうカードであるけど、なんせ人ごとでないので!ないから!そうだったらどんなに気楽か!・・・・まあ、実現してほしくない。どちらも冷静なようで本性はアスカよりもよほど・・・・・・であるから、模擬戦でもやばすぎる。
格闘ゲームくらいかなあ・・・プレイヤーは別の人で。
 
それはともかく。何が言いたいのかというと、ヒメさんがインフレ的に負けるような使徒の場合、綾波さんの零号機が勝てるのだろうか?ということであり。
 
 
オノで一撃、使徒爆散
 
 
オノで葡萄ブーだ
 
 
ブー、ブー、葡萄ブー!
ブー、ブー、葡萄ブー!
 
(※繰り返し)
 
 
葡萄っ、ブーーーーーーー!!!
 
 
あの光景が思い返される。ヒメさん、ハンパないです。武器の隅々どころか・・・こう、発生する衝撃にまで殺意がギッチリこもっているというか。職人芸というか。持ち上げられなかったというエヴァ十一号はとにかく、自分たちが使ってもああは多分振るえないと思う。ザ・重い女というか。葡萄ブーの部分は、「元祖高木ブー伝説」の節回しで。
鋭いだけじゃ、なかったんですね・・・・・夜で分かりにくいが碇シンジの顔色も少し紫色になっている。
 
 
でも、まだ二体だし。インフレにはちょっと早すぎるでしょ、とも思う。
相手に応じて武器を変えてしかも空を飛べて場所を選ばない、頭も決して悪くない・・・悪くないどころでないけど言葉の綾として。そして何より。まずいようなら相手の追って来れない自陣に確実に逃げてこられる・・・第三新東京市と違い、これが大きい。
 
 
そんなに心配しなくても、ヒメさんなら大丈夫だよ・・・・・
 
 
軍師うんぬんとかもこっちを持ち上げて、こっちの「本来しごと」を停滞させておこう、ってハラなんだろうから。
 
 
けれど・・・・・
 
 
こうだろう、ああだろう、なんてアグラをかいているやつは敗れる。
使徒の方が、人間をよく知っている。その本性を、見通している・・・・
 
 
<そのとおりゼル>
 
 
左腕からひさかたぶりの声がした。
幻聴なのか寝ぼけているのか、朝になってみれば分かる。
 
 
<まだ夜ゼル>
 
 
反応しない碇シンジ。「人の精神の中で鳴り響いている”音楽”、テーマソングを奪うことで相手の戦闘意欲を失わせるとかいう使徒ならなんとかアドバイスできるんだけどなあ・・・ちなみに名前はBGエル・・・むにゃむにゃ・・・」
 
 
<腹を出して寝ると風邪をひくゼル>
 
 
「ZZZZ・・・・・」
ゼータカルテットとかいう新しい機動戦士のシリーズが開始されたわけではなく。ほんとに寝てしまった碇シンジである。左腕の声は何回か同じ事を告げたが、”体”が動かないので腹の上にタオルケット等をかける行動はとれなかった。警告をさらに続けようと思ったが、やめた。その必要が無くなったことを感知したからだ。
 
 
<ラニエルが来るから人竜は撃ち殺されるゼル>
 
 
「ZZZZ・・・・・」
 
 
<人竜が崩命すれば、安心して寝ていられるゼル>
 
 
それきり声もやみ、碇シンジの寝息だけになる。夜の風たちがその体をなでていく。そのほとんどは夜具もかけずの迂闊な姿をくすくす笑って通り過ぎるのだが、その中の唯一つ、竜の翼に裂かれた風だけは、それを為した者の思いを代弁するようにぴしりと頬を打った。
もちろん、碇シンジは気づかない。
 
 
孤独の支配者の駆る竜が、今。
天の猟師が用意した罠のど真ん中に飛び込んだことも。
 
 

 
 
やはり、ニセモノをつかんだのはあるまいか。
どうも、ニセモノをとらえたのではなかろうか。
 
 
まともでない、のは、この目で見ている。
まともでない、とうのむかしにまともでなくなった、まともでないことをのぞんだ己が
いうのもなんだが。
 
 
ああ・・・
 
 
今日も激務の水上左眼はようやく城に戻ってきて、一風呂浴びながら考えていた。
もはや何も考えたくない状態ではあるのだが、思い浮かぶのはしょうがない。
半自由時間たるこの入浴時間くらいしかそれに用いる時間がないせいもある。
けっして器用な性質ではない、一つ一つの仕事の折には入魂してやらねば芯を外す。
その程度の才であるから。撓みも歪みも許せない。許せば誤る。
 
 
碇シンジのことである。
 
 
その父親の碇ゲンドウに関して思考するのはもはや完全に業務に入る。油断も隙もない。
おそらく、あちらにしてみればこんな僻地に興味も用事もなく、頭の奥ではネルフ本部組織を取り返す算段でもしているのだろう。新体制がああも駄目駄目であると碇ゲンドウならば自由な行動さえ出来ればあれよあれよと返り咲いてしまうに違いない。
 
それに必要なのは、自分の首か。もしくは、姉と、ヘルタースケルターか。
 
 
うーむ・・・・コンクリ詰めにして海に沈めてしまえればどんなに気が休まるか。
たいていの毒物悪鬼魑魅魍魎には慣れた自分だが、あの方は別格だ。さっぱり読めない。
太陽をもってしてようやく朧に輪郭をあらわすレベルの・・・・隠者。筋金入りの。
元来、表舞台に立つはずのない、という意味では自分と同じ。そして。
「けせら」さえ無事なら、他の何を壊滅させてもかまわない、という点で。
とても目を離せない。
 
 
それにひきかえ・・・・・
 
 
碇シンジは、油断してると、見失ってしまう。見張っておかねばまずい、と思っているのだが。あの外面は外面だけだ、と知っているはずなのだが。どうしても。
碇ゲンドウに対するように、業務用の脳が働かないのだ。いたって鈍くなる。もやがかかったように。仮性ではない、真性のばけものとはそうしたものかもしれない。
確かに、化け物には、政治も、陰謀も、関係ない。無理に学校に通わせたりもしたが。
そのような目では、見えない。試験も蓄財もなにも関係ないとしたら。ああ・・・
 
 
綾波の人間もずいぶんと気にしているようだが・・・・・あの写真、あの撮影機材。
魔性の道具にも捉えられない・・・・娘の実力はとにかく機材の悪名は聞いている。
 
 
妖怪・福音小僧・・・・・・とか、そんな感じか。
コンビである一つ角の大鬼を失っているが、その言葉に耳を傾けると、天使を討てる。
 
 
まるで、ラストハルマゲドンのように・・・・とかは水上左眼は思わない。そんな大昔のパソコンゲームのことなど知らないからである。そして、女系変化して福音小娘。とか、全てのチルドレンに適用するつもりもないようだ。この場に日向マコトがいれば。しかし風呂場にいたらいくらナイスな指摘をしても肉体的にも社会的にも抹殺されていたであろう閑話休題。
 
 
それをいうと、その母親であるユイ様はなんなのか、ということになってしまう。
 
 
水上左眼はしばし考え、風呂がぶくぶく”沸いてきた”のであがることにした。
 
 
顔を出さねばならぬ仕事は片付けてあり、今夜は書斎で書類仕事を片付けるだけでいい。
竜号機の夜間稼働がここのところ”緊急”を含めて続いていたので楽なものだ。
苦あれば楽あり、と。そういうことで楽としたのであろう書類は膨大なものだったが水上左眼はそれを確認し処理していった。どこかの副司令と違って他の誰かを呪うことも愚痴ることもなく淡々とバサバサと静かに高速で。
 
 
 
こっ、こっ・・
 
 
小さなノックがした。「ミカリか。もう帰れと言ったはずだが。茶の支度くらい自分でやる」処理速度も落とさずに、構うなというのに城に通いでやってくる女中に返答する。
その叩き方で用件は分かった。もう少し早めに帰しておけばよかった、と思うが遅い。
書類仕事を中断する。刀を腰に差し、戦闘用のコートを羽織る。
 
 
「あの・・・左眼さま・・」
 
 
また、来たのだろう。
使徒が。
 
 
行かねばなるまい。行って帰って書類を片付けねばならない。
竜尾道が正常に稼働し続けるために必要な手続きであり、使徒を殲滅するよりよほど。
 
 
「ああ、今開ける」
 
 
たったひとりの城女中から物見の連絡内容を受けとる。一瞬、隻眼が鋭くなる。
第一陣がショートケーキで第二陣が葡萄で次はリンゴでも来るかと思っていたが。
 
 
円錐
 
 
整合性も関連性もないその姿かたち。旧尾道上空に出現し、現在の所移動はなし。
まあ、ここを狙うためにやってきたのであろうから横流れを期待もできない。そして。
真に警戒すべきは空ではなく山に潜んでいる、ケタ外れに強力な個体だ。使徒と呼んでもいいのかどうか。あれはもう相手にできない。その沈黙が不気味であるが、先の使徒二体があの個体につながる発動の導火線のようなものであったら・・・そんな恐れがある。
じっとこちらを覗いながら、しかし単なる偵察役でもない。見聞ではなく検分役とでもいうか。碇シンジにそのあたりを尋ねても「?」の顔をして。とぼけているのか真実か。
 
まあ、化け物同士の確執など遠く理解に及ばない。
 
 
城から竜号機のドックにつながるロープウェーの中から夜景の中のひとつ、大林寺を見下ろし、碇シンジをたたき起こして助言を求めるかどうか、一瞬、判断に迷った・・・・が、やめておいた。
 
 
竜号機で出撃する。
 
 
いつものように、これまで何千とやってきた、裏と表への”斬り換え”作業。
これがあるから、竜尾道を保っていられる。文字通りの生命線。それを扱う折はやはり全身が震え、慣れる、ということがない。いつも恐れを畏れを覚える。とおりゃんせと違うのは帰りだけでなく行きもこわい、ということだ。己がそれに慣れてしまえば畏れを忘れれたならこの街は、途切れてしまう。
 
 
 
それを誰より分かっていながら
 
 
理解し、それを信頼しているために。・・・・本能的、もしくは盲目的に
 
 
自動的に生じる「隙」を
 
 
外で待ち受けている狩人たちは見逃さなかった。知恵比べですらなく、習性を読まれた。
マーカーがついていたことも獲物は気づかなかった。
 
 
竜尾道から旧尾道から「抜ける」刹那を、そのタイミング、その空間座標を、人界にあるいかなる計算機も計算できるはずもないそれらを、正確に、防御する間も与えず
 
 
円錐の使徒の発射した光線が
 
 
竜号機を撃ち抜いた。