スーパーロボット七つ目大戦γ
 
 
 
<黄雷のガクトゥーンルート5>
 
 

 
 
その一報がくるまで、旧英国大使館のお屋敷こと思弁的探偵部、ニコラ・テスラの充電拠点は、学園都市で最も安全な場所のひとつだった。なにせマスター・ニコラ・テスラがじきじきに手配した<護衛>が強力無比だった。
 
 
<秘密兵器>ウェポン・エックスこと ジョセフィン・マーチ
<高位計算貴族>ことエミリー・デュ・シャトレ
 
 
強力な異能をもった統治会の中枢メンバーが二人も。ネオンとドロシーを一対一で守れる。
信じられないような贅沢な人材の使い方であるが。ビジュアル面においても。
華やかさに惹かれてもなまなかの野郎ではとても。噂の怪学生(ヴィラン)でさえもおいそれとは手出しができまい。花にして鉄の布陣。最初はこの贅沢さに「なにをかんがえてるんですか、マスター・テスラ!」と内心大いに愚痴ったものの。「とは、いえ・・・」安心度では言うまでもない。この二人が来てくれたのなら、なんの心配もいらない。
こんな無茶な頼みを聞き入れてくれるのだから、時間軸的には「シャイニングナイト」準拠なのかしら、とか考えながら、お菓子とお茶の大盤振る舞いするネオン・スカラ。
「おかまいなく」とは二人はいうけれど、そうはいくまい。
 
 
マスター・ニコラ・テスラが戻るまで。そう、なんの心配もいらない、はず。
 
 
「はー、そうなのかい。そのロジャーってえヒトも大変だねえ」
 
若草物語のジョウお姉ちゃんっぽいと、つとに有名なジョセフィン・マーチの屈託のなさは、アンドロイドのドロシーの文字通りの鉄面皮もまったく問題とせず会話していた。
 
 
だけど、遅いな・・・・・・・連絡くらいくれてもいいのに・・・・・・
まさか、あのマスターが苦戦なんてするはず、ないけど・・・・・・
 
 
じょぼぼぼ
 
 
「あの、ネオン・・・・・カップからこぼれて、いるけど。それは、そういう淹れ方なの・・・?」
 
「え?あ!あわははっっ」
遠慮がちなエミリー・デュ・シャトレ、モノホン大貴族の声に、はっと気づくネオン。
お茶のおかわりをいれようとしていたのだった。そのタイミングでぼーっとしたから、むちゃこぼれてしまっている。むろん、そんな流儀でもなんでもなく、エミリーの注意も皮肉ではなく天然ともいいがたく、単に大貴族ゆえのこと。厨房にまで様子を見に来たのは、やっぱり顔に出ているのかなあ・・・・・。二人に来てもらって心配顔って無礼だよね。
 
「違うのでしたら、手伝うわ」
大貴族でも、最近はネオンについて料理修業なども行っている密やかな恋する乙女でもあるエミリー・デュ・シャトレは手際よく動き始めた。実家のメイドたちが知れば仰天するような光景であろうが。
 
 
「難しい案件なのでしょうけれど・・・あの方なら、きっと大丈夫。わたしたちを呼んだのも、あなたがとても大事だから」
「でも、できれば、ついていってそばにいたかったです・・・・・・・」
 
こんなことを子供みたいに手伝ってもらいながら、恥ずかしいやら、でもそんなことを尊敬もする大事な友人にいわれて嬉しいやら、ちょっと情けないやら。そのついでにもう、愚痴のようなこともこぼしてしまう。二人のような強い異能があれば、自分もマスター・テスラの危地についていけたのに。手助けもできたのに。そんなことを考えると、双眸黄金瞳にうっすらと涙が浮かぶ。当人の自覚がないものの、それは最上級の異能のひとつ。
 
 
「それでは、あの方の助けにはならないと思うわ。・・・依頼人のドロシーさんを誰が落ち着かせてさしあげるの?」
いろいろと乙女心は複雑なのだ。以前の自分であれば、単に叱責で終わらせたかもしれないけれど。今は。自分も進行形でそれであるから。あまり言えた義理ではない。ルイ・・
 
「は、はい・・・・・そう、そうですね。ドロシーさんを守らないと。それが仕事ですし」
 
ここで、”ドロシーさんなら超落ち着いているじゃないですか”、とかいらん突っ込みをしないから彼女は皆に愛される。もしくは、本当に彼女には本心が見えるのかも。
 
実際のところ、呼ばれたところで未来から来たという機械の少女の存在にはかなり驚いた。
 
それでも、マスター・ニコラ・テスラがネオンともども守ってくれ、というのならば否やはない。それはジョセフィンも同じだろう。蒸気文明ではない、というあたり、ドロシーさんの属する未来というのは、異世界に近いのだろうが、やはりそこでも彼女のような存在は貴重、ということなのだろうか・・・・大量生産などはできないオンリーワン。
 
 
ニコラ・テスラが無事に戻らぬ限り、ネオンの復調はありえない、わけであるから
 
なるべく早く事件を解決して戻ってきてくれればいい、と思う・・・・
怪学生などに遅れをとるはずもないけれど、それが異世界の怪人であるのなら・・・・
 
 
そんなことを計算しだすのが自分の悪い癖だと思いつつ・・・・
 
 
ガチャーン!!
 
 
当然に窓ガラスの割れる音。反響計算。ドロシーとジョセフィンのいる居間からだ。
投石や銃弾にしては妙な・・・・・あえていうなら、ガラスなど破れぬはずのものが割った、ような異能がらみの
 
 
「大丈夫だ!そっちは!」
「こちらも!」
 
解析はしながらも体はすでに動いている。それが陽動であれば、ネオン狙いという可能性もある。ネオンを守る体勢に移行。居間のジョセフィンも同様であるのは声でわかる。
2撃目は、ない。通常であれば、ジョセフィンは二人の護衛をこちらに任せて自分は犯人を追跡にかかっただろうが、それをしなかったというのは投げ込まれたものがよほどにやっかいな代物であったか・・・・
 
 
「新聞・・・・・・?」
「ああ、ただの新聞紙さ。それは間違いない・・・・けど」
 
居間のガラスをぶち破って投げ込まれのは、新聞だった。石ころを包んだ、とかそういった細工もなく、ただの紙がガラスを割ったというのは・・・・そして、それ以上に
 
 
「なに・・・・これ・・・」
 
その内容。一面トップが「ニコラ・テスラ氏、誘拐される!」であり、巨大な水槽の前に椅子にぐるぐる巻きにされて目隠しされたニコラ・テスラの写真がでかく掲載されていた。赤い本のようなものが膝の上に置かれていた。なにかのシャレでもこんな姿をさらすニコラ・テスラではない。本当にやられた、と見て間違いない。このタイミングに、この異能。ただの悪戯の可能性は限りなく低い。
 
 
それだけでは、なかった。
 
 
一面トップはニコラ・テスラのことであったが、誌面のほかには統治会メンバー、ここにいるジョセフィン・マーチとエミリー・デュ・シャトレの、秘密の弱点が暴露されていた。
それが真実であるかどうか、本人たちの顔を見ればわかる。どんな人間にも弱みはある。
雷電魔人のニコラ・テスラにもあったくらいで、異能をもつとはいえ人間にあるのは当然。
 
 
脅迫であるのはいうまでもない。ニコラ・テスラの救助に動けば、どうなるか・・・・
ただの一個人であればまだよい。しかし、二人とも統治会という個人以上の権能を担う領域でもある。それが庇護すべき学生でもない身分の異世界住人のためにどれほど動けるか。
むろん、この学生都市すべての恩人であるニコラ・テスラのためとなれば別の話だが。
 
 
「マスター・・・・・・」
「ネオン!」
 
あまりのショックで、ふらついたネオンをジョセフィン・マーチが支えた。確かに無敵の雷電魔人のあんな姿はショックが大きすぎるだろう。しかし、実際問題、マスター・ニコラ・テスラをこんな目に合わす相手にどう立ち向かってよいものやら・・・闘志がわかぬわけではないが、かなり迷うところである。自分たちの弱点のガードも含めて。
 
 
「とりあえず、情報の分析を・・・」
 
悪い予感が的中した。こういった局面もある程度予想したからこそ、自分たちにガードを依頼してくれたのだから、最低限、それには応えなければならない。エミリー・デュ・シャトレは思い人に降りかかる災禍のヴィジョンを振り払いながら、ジョセフィンから新聞を受け取ろうと、した。
 
 
 
 
新聞は他のものが、横からかっ攫った。乱暴、というよりは素早すぎる動き。
ドロシーだった。この期に及んでもやはり彼女は無表情。状況を理解していないのか?
 
 
「貴方・・・!」
「おいおい・・・」
反射的に怒りの声をあげようとするが、なだめにかかったジョセフィンともども機械の少女の次の行動にあっけにとられた。
 
 
バン!!
 
 
一瞬、発砲されたのかと思い身構えたが、それは玄関ドアの音。疾風の速度で屋敷を出て行った機械の少女は影もない。なんの断りもなく。涙や怒りの言葉があればまだ分かるが。
それさえもなく。無表情のまま・・・・だったと思われる。
 
 
「ドロシーさん!!」
そうではないことを、黄金の瞳で見て取っていたネオン・スカラが叫んだ。
 
 
犯人は、この世界にはなんの興味もない。おびき出すために、誘い込むために。
 
目的は、自分。それに連なる、ロジャー・スミス。
 
自分がいけば、なんの関係のないニコラ・テスラは無傷で解放されるに違いない。
それに連なる、ネオン・スカラをはじめとする人々も。心配事から解放される。
 
新聞は、そういったメッセージ。赤い本は自分たちにしか分からない暗号。
 
 
シュバルツバルト
 
 
自分が対決するしかない。ロジャーを差し出す気も毛頭ない。自分が、守る。
 
第四の精神コマンダー・ゼロなどになるわけには、いかない。
それは、対ドロン・ベル、ロボ・クラナド用。彼らの精神コマンドも使えなくなる。
そうなれば・・・・完全に詰む。刈られもせず悪党の豊作はいつまでも続く。
 
 
そうはさせない。この身で特攻自爆しようが、こんなふざけた真似をするあの三角アタマは抹殺する。決めた。絶対に完遂する・・・・・・やるといったらやる。
 
 
表の顔にはなんの揺らめきもさざ波もないが、これほどの感情のマグマが煮えたぎっている・・・・ネオン・スカラの黄金の瞳はそれを理解する。そして。
 
 
そんな馬鹿な特攻が通用しないことも、双眸黄金瞳は教える。
それは、無駄に終わることを。完全に向こうの手のひらなのだ。百戦錬磨・黄金の雷マスター・テスラですらあの有様なのだ。犯人に手傷のひとつも追わせずに、自爆して終わり。
もしくは。それが、それこそが、犯人の狙いなのかもしれないが。
 
 
「困ったな・・・・」
「困りましたね・・・」
まあ、双眸黄金瞳を持っていなくとも、この展開そうなるだろうなあ、と予想はつくジョセフィンとエミリー。あまり表だって非難できない我が身の過去であるだけで。このまま放置、ということはないが、実際、動こうにも情報が少なすぎる。相手はこちらを調べ尽くしているようだし対抗策の準備はもちろん・・・・ドロシーが向かった先すら見当もつかない、というのは。
 
 
 
「こんな時に・・・・・」
 
こんな時にこそ頼れる、無敵の雷電魔人が、いま、ここにいない。
悲しくて、悔しくて。心配で心配で心配で。ネオン・スカラの瞳から
 
 
「マスター・・・・」
 
黄金のしずくが、シャランラと零れた。正義のヒーローであれば、どれほど遠く離れていても聞き逃すはずもない、切なすぎる心の音。