「ヒメさんがまけた?まけたって値段じゃなくて?」
 
 
「そうだ」
目玉を飛びださんばかりに驚く息子、碇シンジの目玉にも顔色一つ変えることもなく、父碇ゲンドウは普段通りの表情で答えた。敗北したのだと。使徒に。竜号機は。
 
 
朝食の場で話されるにはあまりにヘビーな話題であったが、時間的にそれしかなかった。
学校が休みであることをいいことに夜更かししていた碇シンジは今起きてきたばかりであり、碇ゲンドウも夜も明けきらぬ早いうちから寺を出て今戻ったところであった。
ちゃぶ台の上にはいろんな種類の菓子パンやら総菜パンやら裁断したてのサインドイッチやらが適当にならんでいた。そして、それらを緑茶で流し込む父子。
 
 
「嘘だあ」
言いつつカレーパンを囓った。カレーだと思ったらカレイだった。まだ熱かった。
 
 
「事実だ」
 
信じないなら信じないで一貫すればいいものを、父のひとことで宗旨替えする碇シンジ。
 
「ほんとに?ほんと・・・そうかあ」
それでも碇シンジといえるのか。・・え?僕、碇シンジですよ。ほんとうだあ。
 
 
「それってインフレ?」
予想外の現実にうろたえているわけではない。何言ってるのか普通の人間には分からない、普通の親父には分からない超ベリーバッドな言語感覚だが碇ゲンドウには分かった。
 
この息子が使徒戦について語るなら、あらゆる制約を排除してその言葉を受けねばならないことを知っている。つまり、訳すると「先の二体とはレベルが違う超強い使徒が来て水上左眼のヒメさんはあっさり殺られてしまったんですかパパ上」ということであった。
 
「隙を衝かれた、といった方がいいだろう。実力差があるならその必要はないわけだからな」
擁護する気もないが、おおまかな情報は収集し終えた碇ゲンドウはそう答えた。ただ
破れた水上左眼の生死についての返答がない。息子のチョベリバに難解な問いかけを正確に解いておきながら。淡々となまこパンを食べながら状況の説明をしていく。
 
 
深夜にもかかわらず、竜尾道の住人の多くがその光景を目撃したらしい。
 
 
「表」に左眼が出て行ったと思った途端。巨大隕石のごとく、火ダルマになった竜号機がいきなり夜天を突き破り、そのまま市街に墜落する・・・・というところでこれまた突如海から伸びてきた巨大な掌が受け止め、竜の機体をぶくぶくと海中に収めてしまった・・・・という文字通りのあわや大災厄劇を。
 
 
そのまま機体が浮かび上がらず、水上左眼当人も城に戻らず、竜号機もまだドックに帰っていない・・・・・
 
 
「巨大な手のひら・・・・っていうのは・・・あれ?福音丸とかいう・・・」
碇シンジも問い返したのは操縦者の生死についてではなく。
 
 
「それは、分からん。・・・・どちらなのかは」
碇ゲンドウも当然のことながら、息子のその態度を諫めたりしない。しかも早朝から一働きしてきたせいか食欲旺盛、息子と二人して焼きたてパンをガツガツ片付けていく。
 
 
「・・・・ひとつ残らず微妙な味だね。どれかひとつくらいはまともなのがあると思ったけど・・・・サンドイッチすら。父さん、どこの店で買ったの?」
パンにグリーンティー、の取り合わせにもなにか問題はあったかもしれない。自分だけトマトジュース、砂糖ミルクたっぷりコーヒー、ネクターの参種類三色のコップをもってくる碇シンジ。一瞬、父親の手がそのどれかに伸びかけて、停止して、元に戻る。
 
 
「商店街の外れの店だ・・・」
文句があるなら喰うな!とちゃぶ台返そうにも、もう全部食べてしまっている。
なんにせよ、これはただの「証拠」であり、次に栄養補給。味などサードの次だ。
 
 
「ああ・・・あのお店。別に地域のカラーとして海産物入りじゃないんだ・・・でも、ここでしか営業できそうもないあのお店が、こういうことになっても普通に朝からパンを焼いている・・・・でもヒメさんがド派手に負けたのは事実。これって、どういうこと?」
 
あのパン屋が異常に剛毅であり、周囲がパニック大恐慌になっているのに妾らには関係なし!と朝早くから自分の仕事をしているだけのことかもしれない。そういう異常に神経太い店舗というのは確かに第三新東京市にもありましたありました。けれど。
 
 
「考えてみるがいい」
息子に対して爆弾の在処を吐かぬ爆弾魔のような文言で碇ゲンドウは立ち上がる。
逃げたのではなく、単に自分用のコーヒーをいれるためであった。
 
 
「うーん」
碇シンジは考える。トマトジュースを飲みながら。血の巡りが良くなりますように。
色からいってそんな宣伝文句が生まれてもおかしくないのに聞いたことがない。
魚を食べると頭が良くなる、なんてのはCMソングであったけど。いや、そうではなく。
 
 
ああも分かりやすく街を支配・・・たとえその意に反対する者が街の大半を占めようと力ずくで従えてしまえる存在・・・が、その権威と力を激しく減衰させようとなんの反応も示さない地元住民。あくまで一部を知っているだけだが、催眠洗脳によってことごとく無気力にされ反抗の意思を失っている・・・・蝋人形の館ならぬ藁人形の村!・・・のようにも見えない。どころかかなりバイタリティありそうなのだが。ここで父親が自分に「左眼敗北」の嘘情報を流してくれてもなんの得にもならないわけで。とりあえず、負けたけど生きてはいるのだろう。ヒメさんは。
 
 
ド派手に負けても揺るがない権威というのは・・・・人徳、じゃないんだろうなあ、ヒメさんはそういうタイプでなかろうし。負け慣れているとか。あるいは、そこから燃え上がるタイプなのか。さらに言うなら、それを肩代わりする存在がいるか、というあたり。
 
 
なぜそんなことを考えねばならぬのか、というと
 
 
「・・・・ところで、どんなのが来てるの?」
 
使徒のことだ。目的語がなかろうと、この父子間では無料ですぐに通じる。
この話題だけは。
 
 
ヒメさんの竜号機がやられた以上、もう相手に出来ない。使徒にはさっさと東に流れてもらって新生ネルフ本部にどうにかしてもらうしかない・・・。これが出会い頭のラッキーパンチであるならいいのだけど・・・・・・・ほんとにインフレだったら・・・ハイパーだなあ
 
 
「・・・・このような奴だ」
コーヒーを淹れて戻ってきた碇ゲンドウは着流しの懐から筆ペンと半紙を取り出すと、さらさらと今回の使徒の絵姿を描いて見せた。
 
まあ、ただの円錐であるから絵心があろうとなかろうと、誰でも描ける。
 
「・・・・分かりやすいねえ。形だけは。で、これにどうやって」
ヒメさんはやられたのか、とまではいちいち尋ねない碇シンジ。なんせ父親だ。元ネルフ総司令だ。その攻撃手段と、まあ・・・コアの位置まではいいだろう。弱点とか攻める方法とかも、まあ。期待してると気持ちがどうも。
 
 
「ATフィールドを突破するに足る威力の加粒子砲。それを有効に用いる索敵狙撃能力・・・・最もこれに内蔵されているかどうかは分からないが。」
さらっと答えたが、この時点でそれを断言できる情報収集能力も人間離れしている。が、そんなことは碇シンジにはどうでもいいらしく、
 
 
「ふうん」ですませた。「要するに、ビームだね」とまで言った。
半紙に描かれた円錐の使徒に指先をやり、「びー・・・」などと見えない光線を付け加えたりもした。
 
 
「神経衰弱じゃないんだから、ヒメさんが切り札を裏返す場所とタイミングが分かるはずがない。使徒に人間が内応することもないんだろうし・・・・」
 
肝心なのは、そのビームがすごい威力があり、狙いもどえらく正確だ、ということだ。
 
追尾するビームというのはさすがに聞いたこともないし、それはもうビームではなかろう。
竜号機は確かにでかい的であろうが、のろまにはほど遠い動きをする。景気のいい太鼓をBGMに金棒担いで真打ち大登場でござる!これから戦闘だウォー!!という調子ではなく、あくまでシャープ&クイック、鞘走って敵を斬ればまた鞘の内に戻る居合いのそれだ。
 
静かで地味だが必要とあればいくらでも斬り続ける・・・・仕事の一つとして。時は金。
 
傷は勲章でもなんでもなく、ただの損失。連戦を連勝しても、初見の敵に油断してかかってやられるヒメたまではない。裏の竜尾道と表の旧尾道との行き来する、札のリバースの瞬間を狙った敵の眼力に敬意を表すべきか。
 
そうか!ドラゴンスレイヤーは飛び道具だったのか。
 
まあ、常識的に考えればそうなんだけどね・・・・とうとう天使と竜との対決に天使に軍配があがった。三回勝負なら先に二勝しているヒメさんの勝ちだけど、そういうわけにもいかないしなあ・・・・白旗あげてかんべんしてもらえる相手でもない。
 
 
「でも、この使徒どっかで見たことあるなあ・・・・・あるかなあ・・・」
首を傾げる碇シンジ。わざとではない、まじである。
旧ネルフ職員が見れば抹殺ものの仕草であろうが。
 
 
負けて死んでないにせよ・・・・この父親が「左眼は死んだ」と明言せぬあたり生きてはいるのだろう・・・・機体が火だるまとかいうならシンクロ率にもよるだろうけど相当なダメージだと思われる・・・・・ほんとに死んでないよね?ほんとのほんとに・・・・
先の二回のようにこっちに対応策その他を聞きに来ないあたり・・・やばいのではないか。病院のベッドの上で立ち上がれもせずにうんうん唸っているか・・・・・
 
 
そして、自分たち親子はこうして朝食を胃の腑におさめた。
 
 
事の推移を見るには・・・・対岸の火事の燃え具合を確かめるように・・・・これは
 
ちょうどいい事態・・・には、違いない。
 
 
「・・・出てくる」
父親は山へ芝刈りに、ではなく、情報を集めにいくのだろう。使徒の動向のみならず。
水上左眼が自由に動かぬ今しか拾えぬ、浮かび上がらぬ事象を掴みに。同時に、式の準備も怠りもなくやってきたりするのだろう。息子には特に指示することもなく。
 
 
これはひとごとよそごとたにんごと、みざるきかざるなにもせざーる、でござる。
とりあえず、リベンジするのはヒメさんであり、その当人から何も言ってこない限り、自分たちがどうこうするわけにもいかない。今が好機と逃げないだけでも。
 
 
さて、今日はどうするか・・・・・
 
 
洗濯でも、しようかなあ・・・・
 
 
我ながら凄い選択肢だと思うけど、こんな状況で下手に街歩きしてもいいことなさそうだし。危険な予感はビンビンするけど。この寺もひとつの結界になっているらしいから安全といえば安全なわけで。水上左眼重傷の報に浮かれたストレスたまってた感じの人々が暴徒化してたりとか。よそ者は格好のターゲットになりそうだし・・・・・おばあさんかお前は!と誰かにつっこまれても、状況は見えないわゲットにいく腕っ節はないわで、食器を洗って洗濯するくらいしかやることが思い浮かばない。基本、情報から分断されてるしなあ・・・この暮らし。
 
 
悩んでいても慣れた体はなんとなく動いて食器を洗ってしまう碇シンジ。
 
タイミング的にはちょうどそれを待ちかねたよーに背後から声がかけられた。
 
 
「お城にいくざます」
 
 
「お城に・・・・っていうと、ヒメさんの家のあのお城?お城って言っても御殿よりも小さい堀もないけど目立つことは目立つあのお城・・・・・・」
 
「そうそう、地元民ならともかくよそ者の目からすると首をかしげるしかないチョンマゲセンスのあの城ざます。おフランスにはあんな城はないざます」
 
 
「うわ師匠!!」
 
 
頭のスイッチが「使徒戦関連」ならびに「竜尾道闇中枢浸食作業」にすっかり切り替わっていたせいでこういった人物がてめえのそばにいた、建前としては師事したどころか、存在していたこともそろそろ忘れていた碇シンジは仰天した。クリビツした。テンギョウであった。しかしフランスに日本式の城があるわけがないので、そこは驚かない。自然だ。
 
 
しかしこの状況でこのおじさんがきちゃったりするとは・・・・・・久しぶりのような気もするが、服装が全く変わっていない。靴下くらいは履き替えているのだろうか・・・・
なんでこのおじさんが自由に出入りするようにしてるんだろうか・・・確かに危険性はゼロっぽいけど。芸人に悪人はいない、なんてこともないと。思います。弟子だけど。
 
 
「どうしたんですか、こんな時に。なんだか世間はシャバダバに大変なようじゃないですか、でがんす」
 
水上左眼が外から呼んだには違いなかろうが、あくまで雇い雇われの関係であり一線を越えていたり私淑したりされたりするようにはどう見ても見えない。個人的にどうこうという関係でないなら修羅場か血の池か危ない大橋の真ん中にいるであろう現在のヒメさんのところに顔を出すなんてことは・・・・ありえない。ありえない選択肢だ。
でもなんか登場のショックでスイッチが切り替わっちゃったなあ・・・・
 
 
「世間はいつも大変ざます。世間知らずのぼんぼんの弟子はこれだから困るざます。
しかし、ミーはユーの師匠であるからユーの成長を願って世間のミストラルにあててあげるざます。というわけで、お城にいくから十分以内で支度するざます」
 
ものすごく自信をもって言われた。ここに父さんがいてくれたらなあ、と思わなくも。
 
「え?でも、そのお城が大変っぽいですよ・・・・なんじゃないかなあ、でがんす」
 
このミー相手に使徒が、とか、竜号機が、とか言ってみてもしょうがない。けれど、うまい説明の言葉がみつからない。「なんのご用なんですか?ヒメさ、いや水上左眼さんも忙しい身みたいですし、会ってくれるかどうかでがんす」
 
とはいえ、うまく説得してしまい、じゃあ今日は学校も休みで一日つきっきりで吸刀術の稽古をつけてあげるざます!なんてことになってもたまらない碇シンジであった。
 
 
「あと五分ざます」
なんの意味があるのか、回転しながら奇怪なポーズしながら、言われた。
武芸者、とはいうけど、やはり武と芸とアンバランスが師匠を自転させるのか。
 
 
なんかものすごいリアルを生きているなあ、僕。と思いながら支度する碇シンジ。
 
 
こういうことを命令していいのは、女王様かかわいい幼なじみとかじゃないだろうか。
これでヒメさんに頼みにいく用件が給料アップとかだった日には・・・・
 
 
昔は黄金にペイントされていたのだろうが長年の使用で擦り切れてしまい、「ケバきいろ」としか表現しようのないもっているだけで風水的に運気が逃げていきそうなトランク、しかも重たい、を持たされて、文字通りの鞄持ち状態でお城に師匠・居闇カネタと向かった碇シンジ。まあ、こんなのは苦労の内には入らないが。
 
 
そうして・・・駕籠に乗ることもなく、歩きで水上左眼の城のとこまで到着する。
 
 
 
「・・・・・・・なんざます?場所はあってるざますね・・・・CMの撮影中ざますか」
 
 
お城。正式名称はなんというか碇シンジは知らない。竜尾道城か、水上城か、水上左眼の性格を考えると名など聞いてはいけない気もした。水上左眼が一人で住んで、事務のお手伝いさんが一人いるとかいうのは覚えがある。外見がそれっぽいというだけでサイズはあくまで邸宅のそれであり、家臣や女中がたくさん住めるようなしろものではない。
 
 
だが、今は・・・・
 
 
人で埋め尽くされていた。内ではなく外側を。城攻めといっても今は西暦2015年。
なんらかの意図を持って建物を取り囲んでいる、ということになるのだろうが、そのやり方がハンパではなく、上から下まで天守閣から石垣までびっしりとぎゅうぎゅうと、肩車の上に肩車、また肩車それをぐるりとすき間無く、組体操のように・・というとのどかな感じだが、構成している肉体は明らかに一般生活者、堅気のそれではなく和洋中、バリエーションは豊かであるが物々しく武装もしており、鋭く凶悪にして苛立ちを隠そうともしない視線は城の内部に恨みを込めて注がれている。借金の集団取り立て、というにはあまりに疲れが激しそうな体勢であった。おそらく縄張りがそれぞれの集団に立体的に割り振られてしまったための、かといって面子的に断じて退くわけにも譲るわけにもいかぬ、無理矢理状況が出来上がったのであろう。本人たちも命知らずの鉄砲玉として命令されてやっているのだろうが、傍目から見ると居闇カネタが言うとおりに頑丈さをアピールする物置のCMにケンカを売っているようでもある。100人いるだろうか。
 
 
入り口だけはその肉体の門(極道変)として除外されていたが、水上左眼以外の誰がこんなところを通っていけるものか。立ちこめる凶悪なオーラが凄いわ、混ざり合う和洋中の体臭香水の匂いがもはや毒ガスであるわ、見た目もキツくチカチカするし暑苦しいわ、吹き荒れる殺気の風が背筋を冷やすわで、善良な一般ピープルは近寄るだけで腹をこわすであろう。ただどこかひとつマシなところを探すとすれば、それは「静かである」ということか。この人数で取り立て文句の大合唱なんぞやった日にはたまらん騒音であっただろうが、それがなかった。その不自然な静けさがまた、不気味さを増してはいたのだが。
 
 
「帰りましょう」
 
回れ右する碇シンジ。死にかけの竜の周りを旋回するハゲタカやハイエナやら下っ端モンスターやらのの図を思い切り連想したが、あの頭の切れるヒメさんが負傷したなら療養にあまりに不適なこんな空間にいるわけがない・・・・。と、思いたい。警察が立てこもった犯人を包囲する光景、というのは分かるが、明らかに悪人顔したのが群れをなしてひとつの住み家を包囲しているというのは。
正義のヒーローであれば即座に分断させたくなるだろう。事情は知らぬでも。
通行人は当然他におらず、当然、こちらの接近には気づかれているのだろうし。
警察の仕事なんだろうけど・・・・生名さんトコに・・・これは通報したものか。
 
 
「まだ用事は済んでないざます。別にお城見物にきたわけじゃないざます」
周囲が静かなせいか、このカン高い声がけっこう響く。潜める気も全くないらしい。
 
 
ジド・・・
 
 
睨まれた。好意的なものはひとつもない。まあ、この声の主に好意的になる要素は何一つないだろうけど。ちょっと声が届いたくらいでそんなに殺意こめなくても・・・
 
 
「行くざます。城の主にちょっと話があるから中に入るざます」
 
威嚇の視線が村雨状態。なんで自分がこんなところにいるのか謎になってきた碇シンジ。視線がすぐに止んだのは、近寄る者、入城する者に実際行動に移るためだろう。
 
がしゃ、とか、かしゅ、とか、きゅいーん、とか控えめな機械の作動音が。
 
このしろ、はいるべからず。この見えない標識が見えないのだろうかこのおじさんは。
 
 
「あの、師匠、大丈夫、なんですか」
小声で確認してみる。しかしながら、水上左眼が特に外から呼んだほどの達人。吸刀術はあくまで趣味の領域で、ほんとのほんとは・・・・・・無茶強い、とか。そのナリでも。
 
 
「CMの撮影中でも仕方がないざます。映っても編集でどうにかすればいいざます」
 
 
ブチブチッ
 
 
目には入っているのだろう、圧倒的実力差ゆえのアウト・オブ・眼中、というわけではなく。状況の理解もしっかりしており、なおこの言いぐさ。それよりもなお。その外見がまずかったのかもしれない。どう見てもどう裏を読んでも穿ってみても。それなりの組織のそれなりの立場のそれなりのパワーをもった人物には、見えない。売れない場末のピン芸人、カバンをもっているから碇シンジなどは間違って入門してしまったこれまた永遠に芽の出そうもない弟子か付き人か・・・・・それがこんなことを言えば、ただでさえ面白くもない疲れるだけの待ちの任務で忍耐が尽きかかっていたのを互いへの対抗心と敵愾心と警戒心だけでこらえていたのを・・・・・・何人か、限界がきたのも無理はない。
 
 
「なに見とんじゃコラー!!いてこますぞー!」
 
 
監視組み体操の陣(碇シンジが勝手に名付けた)から五人ほど抜け出した。抜けるか抜けないか微妙な駆け引きが陣地内であったと思われるが、これ幸いと五つのカラーの五人が得物を振り回しながら走って向かってきた!
 
五人そろって!
 
イテコマ戦隊・ナニミトンジャー!!
 
そんな名乗りはなかったけれど。信じられないことにピンク色の服着た女性もいます。同じ色した巨大ブラックジャックをブンブン振り回しながら。こわ!
 
 
「ごめんなさい!すいません!通りがかっただけです!逃げましょう師匠!」
 
謝る必要はないかも知れないが、挑発したのは事実であろうし。あのままこのミーが静かにしてればこういうことにならなかったかもしれない。とにかく碇シンジは師匠居闇カネタの袖を引いて逃げることにした。「そ、そんなに引っ張ると破けるざます!待つざます」「待ちません!行きますよ!!」たった五人のイテコマ戦隊にも勝てないのに竜を墜とした使徒に勝てるはずがないだろうが、だからといってここで立ち向かって勇気の証明をしてもしょうがない。5対2、そして向こうはその気になればいくらでも増援を呼べる。
この状況で戦うのはただのバカである。
 
 
しかし足が速く、執念深い。
 
よほどくやしいのか退屈していたのか・・・・なにか情報を持っていると思われているのか・・・・それから、ヒメさんの神通力が通じなくなってきているのか・・・・「待てやコラー!待てというとんじゃー」なかなか諦めてくれない。
 
 
坂道をアップダウン、けっこうなマラソンになってきた。健康な悪人ってキライだ。
 
 
「・・・・警察みたいなこと言ってますね・・・・なんかこっちが泥棒みたいだ・・・・・・いわれて待つ人いませんよって」
「撃ってこないだけまだマシざます。うちの町内の目玉のつながったおまわりときたら」
「WAIT!WAIT!」
「ああーん待って〜待ってくれたらコレでばぶばふしてあげる〜ばふばふさせてえ〜」
「ナイフで叩いてって・・・ひき肉にされますよ。ぱふぱふじゃないしばふばふだし」
「焼死!笑止!焼死!笑止!」
「火炎放射器かなあれ・・・ハンバーグもありなのか・・・でも、レッドが太ってるのは」
「見かけどおりにけっこう平和なやつらざますね」
「・・・凶悪エキスみなぎってるじゃないですか。あんなのに捕まったらえらいことになりますよ、僕たち・・・・・しかも、周りの人たち、応援してくれるのはいいんですが、助けてくれませんね」
「ミーたちが野球でもしててホームランで窓ガラスを割ったのだと勘違いされているのかもしれないざます・・・もしくは」
「もしくは?」
「盆栽を折ったとか」
「どこのジェイソンさん家ですかそんなスプラッタ!・・・師匠、ここはもう二手に分かれましょう。合流地点はうちの寺で」
「いやざます。カバンをもつのは弟子の仕事ざます。そんな下積みを忘れて術を会得しようなどと・・・・・ミーは悲しいざます!!」
 
どうもこのおじさんと一緒にいるからこのテリブルな状況が周りから見ると喜劇のように見えてしまうのではないか・・・そう判断して碇シンジは二手に分かれることを提案したのだが却下されてしまった。悲しいのはこっちだよ・・・と心の内で呟いた。弟子として一応堪忍袋の緒を締めたのだが・・・
 
 
「それにしても・・・ミーたちはなんで逃げてるんざます?」
 
ユルっと。
緩んだ。ぎゅっと締めたのが、さすがに。荷物もたされての逃走マラソンでいいかげん疲労していたこともあるが。この言いぐさ。メルマック星人かあんたは!と追求したくなる。
 
 
「そりゃ・・逃げたくないけど、逃げなかったら恐い目にあいそうだからですよ」
おかげさまでこんなところ・・・・文学のこみちまで来てしまいましたよ。もうちょっと余裕があったら名所紹介とかするところなんですが。とまでは言わない碇シンジ。
 
「ユーはあんな連中が怖かったんざますか?もうちょっとハイソな理由があるのかと思っていたざます。子供のダダにつきあって損したざます。時間を無駄にしてしまったざます」
意外そうに首をひねると・・・・
 
ぴた。走るのやめて逃げるのも止めて振り向いてイテコマ戦隊を見下ろす居闇カネタ。
 
 
いや、ダダじゃないでしょうダダじゃ!!と異議を唱える間もない。
追っ手のイテコマ高速戦隊はとうとう諦めたか、と喜々として「URRYYYYY!!」ラストスパートにかかり
おそらくここまでくると当初の目的はランナーズハイとかですっかり忘れ去られ存分に
それぞれの暴力を行使できる間合いまで入ってきた・・・ゴールテープを切るように
 
 
そのとき
 
 
呪術師のように
<袖口から光の孔雀を出したようにも見えた>
<ウチノトウチャンハサラリーマンマンインデンシャガワガジンセイ・・・とか呪文は唱えてなかった、と思う>
 
居闇カネタの手が動いた
 
 
それだけで
 
 
あれだけしつこくしつこく続いていたイテコマ戦隊の追跡行動が、
止んだ。
 
 
すってんてんてんてんてん
 
 
見事なまでに転んでいた。
五人そろって足をバナナの皮に挟まれて。ぴくりとも動かないが、たぶん気絶しているのだろう・・・これで死んでいた日にはあまりにも・・・・
 
 
「吸刀術、”バナナ・ボート”ざます」
 
 
技名をいうあたり、やったのは確かにこのおじさん、この師匠なのだろう、偶然で空からバナナの皮が五つ降ってきて五人の足に挟まって転ばす、などということが起きるはずもない・・・が、これって武術なのか?たとえこの五人がグルで打ち合わせたとしてもこうもうまく滑らないだろう。
 
「まあ、技としては初心者中の初心者向けの技ざますから、ユーも練習すればすぐにできるようになるざます」
 
とはいえ、五人もの度胸千両業界の人を撃退してのけたのだから、ここぞとばかりに思い切り自慢しまくられるのかと思ったのだが居闇カネタはあっさりしている。・・・実力はとにかく、ルックスがこの師匠にやられたとなるともう一生物のトラウマかもしれないけど、これで危ない業界から足を洗ってくれるかもしれない・・・そう考えると、五人もの人間を救ったわけで・・・・まだ動かないけど生きてますよね?こわいから確かめないけど・・・・男女も関係なし、おそるべし吸刀術。
 
 
「さ、余計な時間を使ってしまったざます。お城に戻るざます」
 
 
この場を早急に離れることに碇シンジはなんの異論もない。
 
 
「そうですね」即座に従った。けれど、さすがにバナナの皮ではあの人数は切り崩せまい。
 
どうするのだろうか・・・・今度はヒョウタンでも出してきて人間を吸い込んでしまうとか・・・・まあ、それは無理だとしても。一応、行くだけ行ってみるか・・・
やばそうだったら今度は一人で寺に帰ろう。師匠も自分の身は守れるみたいだし・・・
 
 
 
ズズン・・・
 
 
「なんか揺れたざますね・・・・まあ、丁度いいざます」
 
 
城に向かう途中で地震があった。
 
すぐに止んだが。揺れているな、程度で道が裂けたり建物が崩れたりする心配はなさそうだった。また来るかな・・・と思う途中で気づく。
 
「ここで地震が起こるはずはない」こと。
 
どこぞで爆発でもあったのか・・・テロ、というよりは破壊活動、の方がここでは正しいのだろう。この場合。
 
やはりヒメさんはこの街を仕切れていないのか・・・
 
それならますます外をうろついている場合ではないのだが・・・・・続く余震もないとはいえ、なにが「丁度いいざます」なのか、この師匠は。いくら自分の家がないとはいえ。
地元の人たちに悪いじゃないの。まあ、さっき助けてくれなかったけどさっ。
父さんも大丈夫かいな・・・・こんな師匠について歩いてる僕もあまり大丈夫じゃないけど。
 
 
地震はその一回だけだったが、効果は抜群だったようだ。
 
 
城はすっかり元の姿になっていた。
 
あれだけみっしり立体的に包囲していた人間の網がすっかり崩れてしまっている。文字通りの微妙な力関係バランスで成り立っていたムリムリの人員配置であったから、ちょっと地面が揺れればそれはひとたまりもなかっただろう。
 
 
丁度いい、と言ったのはこれのことだったのか・・・
 
意表を突かれて隣の師の横顔を見る碇シンジ。喧嘩師の面構えには見えないんだけどなー・・・人は見かけが九割、ってのは・・・一割はどこに隠れてるの。まあ今はそれよりも見るべきは城の方。こちらの師匠とはどうもまだつきあわねば予感ひしひしであるから。
 
 
「まだ収まってはいなようですよ、ここで成り行きを見守りましょう」
「そうざますか?もう邪魔する者もいないざましょ・・・・あらま」
距離をとってもう少し状況を観察することにする。「我が弟子は用心深いざますね・・・まあ、修行の足りぬ内にはそれも大事なことざます」「・・・・・どうも」素直になれないのは相性の問題なのか、それとも他に要因が。けれど考えることは今、目の前の危機。
 
 
討ち入りするなら討ち入りするで、そんな無理までして見張らねばならぬほどの大物か?と問われればその通りの大物なのだと答えるしかなく、彼らも任務に励んでいたのだろうが、天罰というかこの場合、逆モグラ叩き的地罰が当たった。うーむうーむとあちこちで呻き声があがり、肉の地滑りを食らった大半の者はもう仕事を果たせるような体ではなかったが、その中でも運がいいのか実力なのか混淆玉石のごとく五体満足無事な者もいた。
 
 
それらは呻き唸って倒れている連中をレスキューするでもなく・・・・自分たちの後からここにやって来たらしい、一人の「人物」を取り囲んでいた。もちろん非友好的に。
 
 
「その人物」が入り口から城に入ろうとするのを妨害しているような図であるが・・・・
地震で包囲が崩れたのに乗じたのか・・・・それとも・・・・たまたまか
 
 
「よほど何かを取り囲むのが好きなんざますね・・・・かごめかごめざますか?」
可愛い幼女がやればなんとなく癒しの感じがしないでもないが、この師匠がやるともうただ単に脳の中身を疑うだけだ。ウケを狙っているわけでもないようなので・・・これが
 
 
ジャキジャキジャキジャキンっっ
 
包囲する者たちが真ん中の・・・・師匠の言い方を借りるなら、かごの中の鳥だ・・・・人物にそれぞれ武器を突きつけた。銃器もある。そうなると実際には使えないのかそれともそんなことはお構いなしで自分以外は全部敵、ということなのか。心凍る光景だ。
 
一触即発。ここで隣の師匠がまた先のようなことを言い出したら・・・・・
 
 
城に入ろうとするあの真ん中の囚われびとは、ヒメさんの知り合いなのか・・・
こんな状況、そしてこんな条件のもと、城の門をくぐろうとするのはこの師匠くらいしかいないと思ったけれど。他にも実際、いた。地元住民では、ないのだろうか。
 
 
 
ズズン・・・
 
 
もう一度、地震が来た。
今度は、震源がはっきり分かった。あの包囲の中央から。
 
目に見えぬ振動に対して断言できる。
なぜなら。包囲していた者たちがハネ上げられたからだ。
 
まるで、フライパンで目玉焼きをひっくり返したように。踏ん張れるものではない。
 
自分たちの足下にも周囲の様相にもそこまでの衝撃は届いていない。
 
バラバラッと、人が、武器が、落っこちた。悪い角度で落ちた者はほうっておかれたが、空中でなんとか受け身をとった者は着地寸前に
 
震源、そして包囲の中央からの、攻撃を受けた。情け容赦なく。このやり方知っている気がする・・・どこかで、と思い至る前に鼓膜に張りつく悲鳴が。中断させる。
 
 
あひょえええええええAAAAAAAAあああああああッッッッッッ
 
 
これまで聞いたこともないような、人としての看板を剥がされたような、凄惨な悲鳴。
 
これはおまけのようなもので。先のあれも城の周囲だけは激震が起こったのかも知れない。そう思わせるほど不自然な、光景。地面が、人間の意思によって都合良く、動くなど。
 
 
そんなことが、出来るなどと・・・・・
 
 
やばい!
そんなのに会いたく、ないっ!
 
というわけでさらに距離をとり物陰に隠れようとする碇シンジ。
 
こちらの味方である保証は全くない。あんなものを相手に吸刀術もなんの役にもたつまいし。しかもあの悲鳴・・・・もう完全に心折られました。目をつけられたくもない。・・・けれど、あれが仲間割れとかの一環で、あの人物こそがヒメさんを狙う必殺ターミネーターだとしたら・・・・
 
 
「あ、入っていったざますね。ユーがチキンだから先を越されたざます!」
よく怒れるものだ、と呆れを通り越して感心して、またそれを行き過ぎて呆れる。
というかキレたい。あそこでノコノコ近くにいたら確実に巻き込まれてたじゃん!と。
 
 
「・・・・・・・」
このイヤミ師匠のように給料アップの要請とかに行ったわけじゃ、ないだろう。多分。
およそバイオレンスでデンジャラスな用件で入っていったと予想するわけで。
 
 
「さ、ミーたちも行くざますよ。行かないざますか?ここまで来て」
 
 
「行きますよ・・・・・・」
 
もちろん、選択肢的にはここは、行かない、というのが一番正しい。
行っていいことは何一つない。居闇師匠の給料が増えようと減ろうと一切関係ない。
こうなった暁にはむしろ減ってしまえと。
思うのだが。分かってはいるのだが。自分はそんな熱血人間ではないと。あの城におそらく水上左眼はいないのだと。誰かいるにしても、それは別の人間で。
水上左眼に拉致されてきた人間がそこまでする義理はない。はずであり。けれど。
 
 
使徒に返り討ちにあったというなら・・・・・・機体を火だるまにされ
 
 
助言を求められても、違う結果になったとは・・・・・
求められて、この結果になっていたとしたら・・・・・
 
 
それで全身を火傷の同調痛覚に苛まれているのだとしたら
敗北の衝撃で抜け殻になってしまってここぞとばかり悪い周りの者に不利益な書類にハンコをパコパコつかされているとか
 
 
もし、ヒメさんが出撃しなければそもそもそんな目にあうこともなく
けれど代わりに・・・・・誰かがそんな目にあっていたかもしれない
 
 
”誰か”が
 
 
なぜだろう。エヴァの一つもないくせに
この身でその使徒を砕いてやりたくなる・・・・・
 
 
その憤りが速度を生み、師匠を追い抜いてしまう。なんか今わざと速度ゆるめたような気もしたが。
 
 
とにかく今は行かねばなるまい。正しかろうと正しくなかろうと。ヒメさんの城に。
 
なんかものすごいのが先に入っていったけど。もしかして城を包囲していた度胸千両業界の人たちはあのものすごいのからヒメさんを守るためガードしてたとかいうオチだったら・・・・・のんきに聞いている余裕はないし、聞く勇気もないし状況でもないし・・・・
 
 
うわ、ハネ上げられた後で着地寸前に攻撃された人・・・・火星人カセイジンみたいになってますよ・・・・頭が異様に膨らんで、四肢がぐねぐね・・・美麗な衣装でゴンドラ漕いでる方じゃなくて、耳は大きくないけどオクトパス系のあれだ・・・・頭蓋骨と手足の骨も抜き取られたみたいに・・・・あれ、そのへんに転がってる白いのはもしかして・・・いや見なかったことにしよう・・・あんなことになってるのにあれだけの絶叫して今は安らかに寝息たててるだけって・・・ありえないし。どんな絶技だ。
 
 
そして、城に入った。
 
 
ぼよん
 
 
そして、異様な感触と擬音が。目前に。
 
 
「おっと、すまないね」
 
あまり動じていないその声は女性のものであったが、目の前にある服装はらしくなかった。
 
フェルトの帽子に、縞の背広姿に水色のダボシャツ、それから腹巻き。足は雪駄。
縁日でバナナの叩き売りでもしているような、といってももはやそんな光景はほとんど映画でしか見られないわけだが。
せっかくコスプレするならもっと夢気分のものがあろうに、と思うほど顔立ちは整っている・・・どこかで見たような顔で、それからどこかで見たような隻眼・・・こちらはいたって普通の眼帯で片眼を覆っているだけだが・・・・そしてそれは見知ったのと逆だな、と思ったところで。下着とかつけてないのかな、このダボシャツはキケンだな、などと。
 
危険といえば、うわあの師匠ついてきてないじゃない!自分だけ城の手前で止まってる!
 
カセイジン・ミューティレーションのところで検分してる!。つんつん、とか木の棒で!あんたアラレちゃんか!・・・・でも、あれ骨じゃないよね?骨だったら猟奇殺じ・・
 
 
「もう中に入っていたかと思ったんだがね。お前さん、碇シンジだろ」
 
 
片眼がこちらを値踏みするように。さきほどの一連の行為行動はその顔にまったく影をおとしていない。平然と。出がけに魚を三枚におろしてきた程度の、作業だとその眼は。
 
囲んだ人間の影になって姿はよく見えなかったのだが、さきほどの震源地ならぬ<震源人>で間違いなさそうな風格。凄まれているわけでもないのに、どうもこの人には勝てそうもない、と理屈計算抜きで感じる。正確に言うと、勝つ負けるではなく、初対面にもかかわらず、なんだか思いっきり「この人に借りがある」という不思議な引け目を感じるのだ。差し引きで言うと、それが威圧感になるわけだが。「身内が思いっきり迷惑をかけてしまった感覚」というか。「清水の舞台からすいませんダイビング」というか、「やれといわれたら逆らえませんリングの呪い」というか。「田へしたもんだよカエルのしょんべん」というか。
 
 
「は、はい・・・あの、あなたはもしかして・・・」
 
 
名前は聞いていた。忙しく街を仕切る妹に反抗するかのように暴走族をやっている姉がいると。竜を駆り天を駆けるのも幻想なら、今時暴走族というのも絶滅危惧種といえなくもない。珍しいと言えば珍しいがどうしても見てみたいというほどではなかった。
エヴァ・ヘルタースケルターを操るために母さんが見込んで特訓しまくったある意味では秘蔵っ子のスペシャルエリートだったのが、どうも積み木は崩れてしまったようだ・・・。
そのはずだったのだが。
 
 
「ああ、姓は水上、名は右眼。こんなナリだけど長い口上は無しにさせてもらうよ。今うちで寝込んでるチャンバラ妹から伝言があるんでね」
 
暴走族というよりはテキ屋さんだが、バイクも見あたらないし。そんなことはどうでもよく。問題は、そのチャンバラ妹とかいう黎明期のテレビ番組みたいなあだ名が水上左眼のヒメさんのことを指すのであろうことと・・・・・その、”伝言”とやらの中身だ。
 
 
「あの・・・妹さんはここにいないんですか?」
遺言、じゃなくて良かったなあ、とは思いつつ、何言われたものか戦きつつ・・・無駄足どころか自分で火中に栗拾いどころか脳天つっこんでしまったことを悟りつつ、尋ねる碇シンジ。
 
 
「ん?いないよ。いるわけないだろ。こんな伝書ゴキブリみたいな連中がうるっさいところで養生なんぞできるもんかい。・・・・まったくドサンビンどもが下品な張り方しやがって。この程度でオタオタする連中と商売するチャンバラ妹にも問題あるけどね。あー、空気悪いよここ。うちの方が多少はまし・・まあ、うちって言ってもあたしのうちじゃないけど」
 
 
「寝込んでるってやっぱりダメージが・・・・でも、生きては、いるんですよね」
すごい口の悪さで目線が違う。やはりヒメさんがドッキリで化けているとかではない。
 
しかしそんなのんきな感想は、水上右眼のなにげない言霊で粉砕される。
しかも、思考を司る部分をピンポイント。
 
 
「お前さんたちとメジュ・ギペールは繰り方が違うからね・・・・食らえばキツい。・・・いや、お前さんもか。まあいいや。忘れないうちに伝言、伝言だ。碇シンジ、軍師らしくなんか知恵を絞って使徒を倒せ、とさ。確かに伝えたよ。じゃ、あばよ」
 
 
妹とちがって相手の言うことなど聞きはしない。
一方的に碇シンジをコナゴナにしといてさっさと帰ってしまう水上右眼。
 
 
「・・・ああ、どうも、おつかれさまでした・・・・」
なにかものすごい難題を押しつけられたのだが、コナゴナにされていたせいで理解すらできなかった。復元するのに時間がかかって元通りに戻ってその伝言内容を検討し・・・・あまりといえばあまりにご無体な無茶事に反論撤回を願おうにも・・・・もう、その姿はなかった。
 
 
一寸の虫にも五分の魂・・・・
 
そんな言葉が思い浮かぶ・・・・今の自分の立場に置き換えてみれば・・・そう、いっすんのぐんしにもセンチメートルのソウル・・・・ということになろうか・・・・要するに、主不在の今こそ、真価を、意地を見せてみろ、とかそんなところだろうか・・・・
 
 
うーむ・・・・
 
 
に、してもですよ?
 
 
同じ虫の気合いの喩えにしても、コレは蟷螂の斧、というやつではないだろうか。雄のカマキリは雌のカマキリに食べられちゃうとかいう・・・・ちょっと違うかしかし。えらいことになった・・・これは夢ではなかろうか・・・そうあってほしいが、現実らしい。知恵一つで使徒が倒せるならネルフなんかいらないし・・・現在の使徒の進行状況というか、正確な使徒の姿もまだ分かってないんですけど・・・・ヒメさんと正反対だな・・・・良くも悪くも必要としたものは渡してくれてたわけだし・・・・・こんなないないづくしのナイナイフォーティーンの平手でどうしろと?ほんとにヒメさんがこんなこと言ったのだろうか・・・・熱に浮かされての譫言とかじゃなかろうか・・・・
 
 
うーむ・・・・
 
 
水上左眼の駆る竜号機を一撃で墜とさしめた浮遊要塞円錐使徒ラニエル・・・・・
能力的にはコアを五つ内蔵したかのラミエルの軽量版ではあるが、牙をもたぬ地方都市を制圧するには十分すぎるほどの戦力である。狩使徒としてこの上ない鋭敏な(VΛV)リエルがその射手を務めるとなれば・・・・
 
 
このようなことも知らぬまま考えたとて、まさに下手の考え休むに似たり。
しかし、立場上このまま突き進むしかないドリル状態の碇シンジであった。
 
 
ぐいーん