「やっぱり平熱が低そうだから・・・・?」
 
「いや、単にダメージがたまっとったんやろ。どんな闘魂大王もかなわんくらいのファイトしとったしなー、命には別状ないってあの婆さまも言っとったやないか」
 
「でも、こんなに目覚めないと心配だし・・・・碇くんもあの調子だし・・・・」
 
「う・・・・確かにシンジがアレっちゅうのはアレやが・・・・」
 
 
 
知った声が聞こえる・・・・
 
 
洞木ヒカリと鈴原トウジ、
 
、と、それが認識できる、ということは、自分は覚醒に近い、ということだ。
そう思えば、目覚めはすぐそこ。別に特定の人名に反応したわけではない。
 
 
「とにかく、そろそろいったん家に帰れや。家の人も心配しとるし、特に姉さんとか・・・・・あ、それはともかく、あとはワイに任せて、な」
「それも微妙だけど・・・・・一番いいのはお祖母さんが・・・あ」
「信用できるお医者はん、ってことや。綾波ならそう頼んだやろ、間違いなく」
「・・・そうだね。ごめん。やっぱり、わたし、疲れてるか。2番目は碇くんかな」
「それもなー・・・・三番目ですらないかもしれんが、ワイがおるわ。あれだけの修羅の門くぐって、目覚めてみれば」
 
 
 
「「知らない天井だ」」
 
 
「「・・・ってのも」」
 
 
「さびしいわな」
「さびしいわね」
 
 
 
・・・・目覚めねばなるまい。なるべく早急に。
 
 
ここは天国ではないようだ。ガラスの森でも氷の砂漠でもない。風雲が急を告げているわけではなさそうだが、難題山積の、声と音と命のある場所。平熱が低い、らしいから温もりがどうこういうのはやめておこう。霊安室ではなく、病室にいるようだがあれから。
 
 
「どうなったの?」
 
「「うわっっ!」」
 
シンクロして驚く洞木ヒカリと鈴原トウジ。仲が良い証拠というより、かなり悪くともこんなタイミングでやられれば呉越同シンクロしただろうから、これは綾波レイが悪い。
 
 
唐突すぎた。
 
 
「起きとんか!」「起きてたの?」
 
「いま」
 
そして、簡潔すぎる。洞木ヒカリと鈴原トウジは顔を見合わせ、同じコトを思った。
 
綾波レイは、綾波レイだ、と。これが、普通だと。まさにクオリティ綾波。
 
別に酸素欠乏症だったり、記憶障害だったり人格変容だったりしない。
 
問題ないと。その深紅の瞳はまごうことなく業界頂点の輝き。
 
 
そんなわけで、
 
 
 
綾波レイが目を覚ましたから、金曜日から平常運転
 
 
 
の、第三新東京市であった。
 
 
14分間の冷凍から、一番目覚めるのが遅かったのが彼女。
 
 
その間に何があったのか、聞かねばならない。すぐに、といきたいところだったが、精神気合いはともかく、肉体がいろいろと要求することもある。とりあえず医療スタッフが黙っていなかった。すぐさま病室にやってきて取り囲まれた。なんか速すぎる気もするが。
もしや、祖母がなにか言い含めていったのか・・・・・・・も、しれない。
 
 
「ま、話は落ち着いてからにしようや。急いでどうにもなるもんでも、ない」
 
鈴原トウジにしては、ひっかかる言い方だ。が、納得するしかない。
むしろ、副司令あたりから聞いた方がいいだろう。すぐに聞きたいことも、あるけれど。
 
 
「じゃあ、綾波さん。また」
 
そう言って退室する洞木ヒカリは、疲れがみえる。よく考えたら、彼女たちを引き込んだ自分こそ、ああやって見守らねばならぬのに。なにを言うべきか、こんな時。詫びるべき、だろう。立場上。
 
 
「ありがとう」
 
けれど、口はちがう言葉を紡いでいた。頭より、心の作動が早かった。
 
誰かが、目覚めるまでいてくれる、ということは、これほど有り難いこと。
 
 
まだ、いきていられる。自分をつづけていられる。いのちの運転を。
 
 
医療チームによる身支度が調え終わったら、すぐに行こう。多少の数値は事後修正で。
 
 
現状の説明を求めに。奇笛ユイザ、エヴァンゲリオン十三号機による”ゴドム”の一撃。
不発だったのか、噂ほどの威力はなかったのか・・・・・・ともあれ、あの時、自分の意識がスッパリ刈り取られたのは事実。零号機のプラグ内から病室にいるという現状。
 
 
その間、何が起きたのか・・・なんとか、自分の命は落とさずすんだ
 
 
何か起きて、何か、失ったものはないか・・・・・・・引き替えにしたものはないか
 
 
 

 
 
 
「とりあえず、懲役からは逃れられた、といったところか」
 
 
ネルフ本部副司令、今や実質実務的総司令であるところの冬月コウゾウ氏の言うことには。
 
「・・・・・・・・」
 
万能科学の砦の最重要機密特別領域であるところの副司令執務室が、このような古書の巣窟になっていることに驚きはしない綾波レイ。座る場所すらない立ち話というのは年期の入りすぎた古本屋のようでもある。自分の住宅事情を考えれば、人間が落ち着く空間というのは、こういうものだ、と。余人の立ち入る隙はなく、話は自然、高機密解除ぶっちゃけたものになる。いまさら飾りなど必要のない間柄である。しかし・・・・・
 
 
ネルフ、つまりは第三新東京市の仕切る立場の人間が語るには、公的アナウンスは絶対不可能、表現が穏当でなさすぎるが、綾波レイはそれを受け入れる。
 
つまりはそういうことであり、自分たちは刑務所に入らずにすんだ、プリズナーにならずにすんだわけだ。一言で総括してそうなったとしても、そこに至るファクターがあるはず。
 
思考をまとめて読むよりも、整理された頭脳が仕立てた言葉を聞いた方が早い場合もある。
今はその場合だ。相手に信頼もある。して、綾波レイは次の言葉を待つ。
 
 
 
「・・・・残念ながら、一人をのぞいて、だが」
 
 
「!!」
 
まったくオブラートに包まぬ会話である。それであるのに、一人だけ、喰らってしまった者がいるのだという。身代わり。だいたい予想がつくが、外れてほしいのかほしくないのか、悩む綾波レイである。別に極妻ではない中学女子である。
 
 
「・・・・碇、くん・・・・?ですか・・・・・」
 
「そうだ」
 
遠慮のない肯定。わずかに揺らぎのようなものがあったが、鈴原トウジほど明確ではない。
綾波レイにしてギリギリ感じるほどの、冬月副司令の感情。
 
・・・迷い。はたしてアレをどうしたものか感。碇司令やユイおかあさんといった極め者と付き合ってきたこの人物にしてはかなりレアな。
 
 
 
「碇くんは、今、どこに・・・・・?」
 
 
愛する人間がハエ人間になっても抱きしめられるか?という命題がある。ふと、思い浮かんだのはそれほど動揺してしまったせいだろう。どうも一人だけ凍りつきました、白い十字架のポーズをとっています、とかいう単純な話ではないようだ。頭だけ初号機の紫兜な、エヴァ人間になってしまった、とか。いやいや、火の鳥・太陽編じゃあるまいし。
 
 
「見た方が早いな・・・・・」
 
私は説明したくない、という感情が確かに存在していたが、確かに百聞は一見にしかず。
 
 
「こ、これは・・・・・・・」
 
冬月副司令の取りだした映像端末には、血や背筋や、全身が凍りつくような光景が。
映し出されていた。ちなみに、リアルタイム。今、現在、この時、地上ではこの光景が真っ昼間から都市のど真ん中で繰り広げられているのだ。
 
 
 
キーーーーン
 
 
見るだけで頭痛がしてきた。こめかみの辺りから、じんじんと。恐るべき寒気が走った。
 
 
直感的に、かき氷を連想したが、正確には、巨大な雪玉、といったところだ。周囲に猛烈な冷気を吹雪かせんとするオーラのようなものが映像越しに目視できる・・・・そのあたりが大陸級気象兵器の威光というものなのだろうが・・・・・・
 
 
それに、かじりついている存在が、あった。
 
 
よく知っているそのフォルムが雪玉のサイズを知らしめる・・・・・ざっと頭部の二十倍ほどのそれを、えんえんと・・・囓り続けている。おそらく雪玉から無尽に湧いてくる強冷気をひたすら吸収している、ということなのだろうが・・・・・・その見た目が。
 
 
「どっちもどっち、というところだが・・・・」
副司令の言外に言いたいことは、分かる。あの雪玉こそ”ゴドム”であり、一過性でおわるはずもない神レベルに執念深い絶対攻撃。それに対抗して喰らい続ける飢餓の巨人。
人間にはコメントしづらい最終神話的光景であるが、巨人の中には、人の子がいる。
 
 
そのはず。
 
 
エヴァ初号機、その中に、碇シンジがいるのだ・・・・・・・・・・・
 
 
「そのおかげで、我々はこうして、免れている」
 
 
すごく、感動的な光景、のはずだ。彼のおかげで、こうして凍らずにすんでいるのだから。
 
 
「彼だけではない、助力もあった・・・・・大陸の人間はやはり考えることが、違うな」
 
 
「・・・?」
 
 
「あの使用方法も分からぬ、門だよ。いや、それを使うというのが・・・・」
 
 
白四械・臥羅門。何に使うのか、それを搬入した孫毛明が早々に部長連をクビになったせいで謎に包まれていたのだが、重箱の隅も顕微鏡で見る女こと、座目楽シュノが解明したところで病状悪化、誰にも伝えられず無用の長物と化すところギリギリで出番に間に合った。
 
 
「天災転送門」・・・・・・・・・繋がれた二つの都市同士で起きた天災を分け合う、という非常識な代物だった。この場合、第三新東京市で起きた冷凍天災を、黒羅羅明暗の杯上帝会が支配する天京が半分以上引き受けた、ということになる。事前にそのためのアブソーバーを起動してはいたようだが、いくらだだっぴろい大陸の地とはいえ、尋常の懐ではない。まともな人類なら、使用を躊躇する。道義もとにかくその可能すら信じまい。が、座目楽シュノにそれは一切無く。葛城ミサトならば、どうだったか・・・・。
 
 
「赤木博士の計測によると、初号機の冷気吸収と門の転送とでなんとか今回、この程度で済んだらしい。いや、済んで、はいないわけだが・・・・」
 
初号機と門とでそれぞれ50%づつ、という単純なものではないのだろうが、単純に考えると、かなり分が悪く危険な状態だ。初号機が終わることのない冷気玉を対抗して食べ続けているとはいえ、もし、それを止めてしまえば・・・・・・・その前に、他の対策を打つ必要がある、というわけだ。その時間を稼げた、というのは確かに違う。
 
 
初号機、碇シンジが、かき氷飯を、ひとりで食べている間に。
 
 
そう考えてみれば、非常に、悲壮感かつ、焦燥感を掻きたてられる光景だ。
 
そのはずだ。
 
 
キーーーーーん
 
 
再び頭痛。だめだ。見ているだけで頭が痛くなってくる。「碇くんは・・・・」
 
 
そうなると、ゴドム相殺のために、初号機の中からずっと出られない、ということか。
鈴原トウジたちの言っていたあの調子とかアレというのは、このことでコレのことか。
 
 
「ああ、彼を一刻も早く・・」
 
解放できるように、とか続けるつもりだったのだろうが、通信が入った。今は副司令にしても強引に作った時間であろうから、それを突破してくる知らせ、というのはおそらく・・・・使徒来襲・・・・・・聞きたいことは他にもあるが、ならば仕方がない。
 
反射的にケージに駆け出そうとした綾波レイに、制止の声がかかる。
 
 
「・・・・彼からだ。レイ」
 
この場合の彼、というのが誰なのか、問い返すまでもない。しかし副司令の顔色が微妙で。
通信端末を渡す手にも、さきほどと同じ類の迷いが滲んでいた。なんだこれは?
しかし、ここで躊躇しても仕方がない。目覚めるときにはいなかった彼からというなら。
 
 
「碇くん・・・・・?」
 
 
「フフフ」
 
なんか妙な含み笑いがかえってきた。声質は同じようなのだが・・・・・
 
 
「碇、くん?」
 
 
「ねぼすけさん、ようやく起きたんですか」
 
 
切ろうかと思ったが、一応じぶんの端末でもない。しかし、なんだこれは。誰?
なにかの間違いでネルフ副司令の通信に繋がるはずもない。彼、なのだろう。
どこから?初号機の中からなのだろうか。画像はなくサウンドオンリーがもどかしい。
副司令に目線で確認するが・・・・・・・うなづかれてしまった。本人、らしい。
 
 
「混乱がないように、先に言っておこうと思いまして、ね」
 
「何を・・」
 
「これからの、ワタクシの役割と、あなた方との役割分担についてです」
 
「それは」
何言ってんだこいつは、と思うところなのに、その奇妙な一人称が気にかかってしまう。
 
「ワタクシは、これから先、使徒やエヴァとは戦いません。この都市の冷度管理者として季節を管理してまいります。気づいたのです。蝉の声のみならず、桜を咲かせ、紅葉を色づかせ、雪を降らせたりすること、この都市に四季を呼ぶこと、それこそが、ワタクシの天命であると。生まれた理由であると」
 
これはまた大きくでたものだ、と思うところだけど、根っこの部分を聞かせてもらう。
 
「それは・・・その気になれば、ゴドム・・・・冷気現象の源を呑み込んでしまえる、ということ?あなたにはコントロールできる、という理解でいいの」
 
「フフフ、出来なければ管理者などと、名乗りませんよ。綾波さんも面白いことを」
 
「面白い?」
 
「そうです。かなり、面白いです。ねぼけていっているのでなければ、ですが」
 
「あなたは、それでいいの?」
 
「天命ですので。現在は、キリのいいところで春からスタートということにしてあるのですよ。もうしばらくすれば、桜が見られるかもしれませんよ」
 
 
「たぶん、無理だと思う」
 
言ってから切った。実のところは、確信をもって。そして端末を返却する。
 
 
「過ごしやすい気候なのは間違いないのだが・・・・・・」
 
受け取りながら、なんともいえぬ、甥っ子が怪しい発明家デビューしてしまった叔父の悲哀・・・のような表情を浮かべる冬月副司令。厄介なのがその発明が個人の趣味で終わらないところだった。
 
 
 
「冷気が脳にきてるとか」
 
 
これ以上ないクールさで綾波レイ。やっていること自体は偉業に違いなく、ひとり十字架にはりつけにされた人間にまともな言動を期待するのがおかしい。
 
 
だから
 
 
自分がこれからやろうとすることも、おかしいのだろう。異常にちがいない。
 
 
すでに頭を冷やしている相手に、どうしようというのか。
 
 
どうしようもなく、まともな人間では対処できまい。
 
 
まだ、碇司令も、葛城ミサトも、惣流アスカも、ここに戻ってきていないのだ。
 
戻っていれば、おそらく自分が寝ている間に、対処完了していたことだろう。
 
そっち関連のことも詳しく聞かねばならないが、今は先に。
 
 
 
「桜・・・・見たかったですか」
 
退室前に、あえて、聞いてみた。返答がどうあろうと、やるわけだが。
 
 
「今はまだ、早い・・・・・・だが」
 
続く言葉などなかったのかもしれないが、いずれ聞き流し。
 
 
ねぼすけなのは、果たして誰だったのか・・・・・・・・・
 
 
使徒迎撃用武装要塞都市・第三新東京市は、金曜日から平常運転。
 
 
宣言を出したわけではないが、こういうことはすぐに伝わる。
 
 
大陸を凍らせる冷気を飲み干しても腹を壊さないバケモノを調伏させる赤い目の少女の伝説・・・・・この都市で誰が最強なのか・・・・ウルトラ分かりやすく明示された。
 
 
業界に勢力真空が生じることなく、変わることなき存在感を示すギリギリのタイミング。
ひとつの世界を激動させない、というのも、ひとつの激流であろう。
 
 
そうなると、世界はいつも激震していることになるが、平常運転。
 
言った者勝ちなのかもしれない。気合いが先か、動きが先か。
 
戦いで決まるよりも前に。何が平常なのか、ということは。