運命が扉を叩いている。すぐそこに死神がいる。
 
エントリープラグ装甲のすぐ向こうに。オリビアがいる。悪意とも殺意とも知れぬ凶猛な力で装甲をはぎ取りにかかっている。一体どういう腕力をしているのか・・・排出命令もないのにプラグを引き出された時点で諦めはついている・・・屈辱と感じるべきなのか単純に驚くべきなのか、迷うところだ・・・・だけど、まあ、それはすぐさま叶えられるだろう。自分がここから引きずり出されて・・・・さながら都を陥落させられ落城した王女のごとく・・・人質木の葉、盾にでも使われるか、それが意味がないと分かれば即座に首でも折られるか・・・・機械はそう言う点、遠慮も情けも躊躇もないだろうしね・・・
 
 
聞くだけで正気も一緒に剥ぎ取られていきそうな装甲の軋み音を全身に浴びながら、ラングレーはそんなことを考えていた。倒された衝撃もあるが、目覚めたところでこの恐怖に耐えられないだろうから、アスカとチェンジしている。ロボットが直々にてめえを殺しにやってくるなどというおよそ人類未体験の恐怖はラングレーでなければ正面から受け止められるものではない。
 
 
やばいな・・・・・
 
 
受け止めても、それを投げ返す手がなければどうしようもない。いや、今、目の前にある危機、オリビアの襲撃などは実のところ、どうとでもできる。第三新東京市のこの最悪極まる状況もどうとでもできる。自分が出て行けば。弐号機でオリビアもSPAWNロボもぶっ倒してN2沼に一走りして、この臭い匂いの根源を塞ぎに行ってもいい・・・あの竜エヴァが一体どういう立場なのかは分からないが、邪魔をするなら同様に焼き殺す・・・。
炎名も届いた。与えるべき名も考えたし、それでもって大暴れしてやる・・・・・銃器をもったラングレーがどういう存在なのか、全世界に思い知らせる・・・・・誰が、この業界の主役なのか、果たして誰が最強なのかを。とっくりとじっくりとたっぷりと・・・
 
 
簡単なことだが、それが、できない。
 
 
それをやったが最後、今こうやって本来の仕事とは明らかに違うことを元気にやっているオリビアやSPAWNロボ、その他大勢のバカロボットどもと同じことを弐号機がやることになるだろう。いいように使徒に操られる・・・・・踊らされる、といった方がいいか。
N2沼で”笛”が吹かれている。最強を求める者をいやおうなく走らせ踊らせる魔の笛が。
もともとロボットなどは人の代用品、ひとかた、ではあるが。見えない糸で操られていいように踊らされるのは・・・人間のプライドが許さない。許さないからといってその意思だけで抵抗しきれるかといえば、否、と言わざるを得ない。その力は人間の性に、骨髄に染み通る・・・非常によくマッチして力を受け入れることはひどく快感ですらある。
 
 
自分がこうして今の時代に顕現しているのが、その証拠だ。
惣流アスカラングレーは、この力に対して、いかなる意思、精神力、魂の全てを振り絞っても抵抗できない。アスカにはできても、自分には出来ない。それができるなら、自分はここに表層部分に顕れていない。この力があるからこそ、自分はこの時代を、この目で見ている。マイスターカウフマンとの契約を打ち破り、自分を早期覚醒させたのが使徒の招きであるなら。・・・・・・もし、碇シンジが自分を再封印しておらず、前面に出たままこの状況に足を踏み入れていれば・・・・ネルフ本部はとっくのとうに壊滅していただろう・・・自分なら喜々としてそれをやったような気もする。もちろん、自分がトップになりたいのは当然だが、そんなことを望みはしない。
 
 
弐号機とのシンクロを今はカットしてある。再シンクロ再起動は一瞬でやれるが、時間の余裕はない。鳴り響く軋み音がどんなバカでも分かるように教えてくれる。
 
 
さあて、どうしたものか・・・・・・・・
 
 
よく考えてみると、最強を求める自分を、同じく最強の幻想に狂わされているオリビアが人質などというのんきな用途に使うとは思えない。道を塞ぐ障害物として排除するのではあるまいか。そうすると、アスカのままでいた方が生存確率は高くなるようも気もする。
 
 
さあて、どうしたものか・・・・・・・・
 
 
死にたくない、と思うなら、今ここで弐号機を動かし、自分以外の全てを倒してしまい、その先に最後に待つ使徒を倒すことで、まあ、その道程に倒れた者たちには勘弁してもらうしかないか・・・・・自分以外の全て・・・・笛の音に聞き入った時、目には何が見えるのか・・・・第二支部もなんか降下しているらしいし、このままいけば都市は壊滅。
自分の前でだけは、アスカでいて、というふざけたことをぬかしたふざけた碇シンジは点の上だ。地上のことなど見ておらぬだろう。このまま力の余ったオリビアに叩き潰されても奴のところへは届くまい。
 
 
正式解答としては、アスカがどうにかすることだが・・・・ここまで敵に喉元に喰らいついてしまわれては防御人格には荷が重たかろう・・・・・発令所の人間も同様。この状況で遠くから何とか出来たとしたら、そりゃあまさしく神様だ。あの竜に動きもない。
 
 
さあて、どうしたものか・・・・・・どうして、くれようものか
 
 
びぎ
 
なんとかパイロットを守り通そうとして根性を見せた装甲、防護機構の限界が、きた。
限界を越えればあとはたやすい。めき、めき、めき、めき・・・・・心の蓋が割れていく音そのものを耳に聞く。ほんとに、時間がなかったな・・・・・・ラングレーは青い瞳をゆっくりと見開く。最後になる。これが見納めだ。使徒に呼ばれようともともと、自分はそういうものだった。だから、・・・・・こうするしかない。
 
 
「さよなら」
 
 

 
 
境内から読経が続いている。
 
 
「・・・・・・ここまで悔やんだのは・・・・あの時以来じゃ・・・・不覚・・・・!」
ギョロ目を限界まで見開き、鬼のごとく形相で第三新東京市のある方向を睨んでいるのは野散須カンタロー。遠く離れたその距離でその目に見えるのはせいぜい鉾と第二支部くらいなものだが、作戦家には、その心眼には見えるのだ。どれだけ発令所の人間が苦しんでいるか、どう力を尽くそうがまだその器ではない葛城ミサトが本部の全権を預かって苦悩し精根尽き果てる有様が。「アスカのお嬢・・・」エヴァ弐号機を戻せず連闘させることにも最早、怒りは起きない。誰を責められる状況ではない。ただ、無念であった。
 
 
同行してきた隊員達にも手伝わせてあるだけの香を焚かせて、目にしみる。
 
 
戦力が足りぬわけではない。零号機、初号機、の代わりに、参号機、後弐号機がいた。
だが、現状は使徒ロボにあそこまで攻め込まれている。人が造り使徒の操る物とはいうが。
陣容が整っていない、というのもあろうし、今回はあまりにも間が悪すぎた。
 
まさに、魔だ。
 
逢魔刻とは昔からよくいったものだ。
 
突如出現し浮上し、いまや降下している第二支部・・・・・・それと対面し処理するだけで本部は、いやさいかなる人間の組織でもパンクするか寸前の状態に追い込まれるだろう。この時間まで機能をまだ続けている、というのは奇跡の部類にいれてよかろう。たかが人間の集合体がどの程度で過熱熔解、加圧分解するか、知り抜いているこの人物が評した。よくやっている。その士気の強さ志気の高さは勲章ものだ。にもかかわらず。
よくやってはいるが・・・・・彼らが対する事態はあまりに・・・重すぎた。
その場に己が残ることで事態が好転する、と思うほどに傲慢ではないつもりである。
己には己にしか成せぬ仕事があり、それがあのような形での現場からの離脱となった。
 
山寺の一角をぼうっと光らせ、大きな蛍のようにみせている、ここまで引き連れてきた光人影の一群。
 
 
・・・・このようなことを話せば正気を疑われるだろうが、野散須カンタローには確信があった。この光る人影は、夜空に浮かぶ第二支部の、その人員の、霊魂であることを。
なんとしてもそれらを保護し、無事に第二支部が着地するまで、彼らの体が現地に届くまで、大事に保管しておかねばならぬ、と直感した。年寄りがなにをトチ狂った、と思われても仕方がないだろうが。戦場を離れ、静かな、心の安らぐ、なおかつ悪因縁のつかぬ、それなりに年季と貫禄がある場所・・・思いつく知り合いの山寺までやってきた。元部下の親父殿が住職であり、この無礼な無茶も聞き入れてもらえた。山門で追い返された日にはどうしたものかと思ったが、根性の据わらぬ半悟りのクソ坊主ではこの光る人影の群れを見ればびびってしまい中にいれようとはせんかっただろう。それは有り難かったが。
 
 
このような現状を発令所に報告できるわけもなく、そしてネルフは、人間は、間隙をつかれた使徒の攻撃により敗れようとしている・・・・これを無念といわずして何と。
惣流アスカ、あの少女が失われようとしている・・・・これを無念といわずして何と。
 
 
「・・・・・お嬢から、離れんかっ・・・・・!!」
咆吼する。眠れる山が、揺らぐ。激情を老体が抑えきれず、鐘突き堂の大鐘を蹴飛ばす。
 
 
その目の前にいる、死。たかだか十四年しか生きていない子供が目にするにはあまりに早すぎるもの。まだ、早い。まだ早すぎる。それはただの願いであろうとも。肩を並べる戦友もおらぬ孤独のまま、無慈悲な鎌に少女の命が収奪されていくのを見るのは、刈り取られていくのは・・・・・これぞ、無念。
 
 
ごーん・・・
 
 
蹴り飛ばした力の割にはか細い音しか出ないことに不審に思った。仏壇でりんを鳴らしているのではないのだ。なんちゅう縁起の悪さだ・・・・・気に食わないので猛一発蹴り。
 
 
ごーん・・・
 
 
少し癇癪入っているので割れるかもしれん、という力を込めてもこの音。この鐘、普通の鐘ではない・・・というか思い出した。この鐘は「除昼の鐘」、といって鬼が突いてようやく音が鳴る、といったとんでもない代物だ。古いことは国宝級に古いが誰が突いても音がでないので重文にもなっていない貧乏神というか天の邪鬼な鐘だった。
音の割には響くのか、あまりこれまで感情を表さなかった光る人影たちがおどろいたようにこちらを見ている。人数が人数なので、肝が据わっていてもかなり圧倒される。
 
 
 
「拙僧も初めて聞き申したぞ・・・・・・その鐘が鳴るのを・・・・」
 
後ろでいつの間にかやってきた住職が盆に茶をのせて立ったまま驚いていた。
 
 

 
 
びゅうううううううううううううううううう
 
 
ごうごうと
ごうごうと
ごうごうと
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
「!?・・・・・・・・・・・・・!!」
「!・・・・・・・・・・・・・!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
 
 
ふいに強烈に吹いてきた雨風の音ですぐ近くにいる相手の声も聞き取りにくい路面電車内の鈴原トウジと洞木ヒカリである。これが映画なら字幕がつくので二人が何を話しているのか分かるのだが。二人から少し離れたところで太った猫が雨も風も我関せずともしゃもしゃと幸せそうになんか食べている。ラングレーからもらったほうびを自分1人で独占しているマサムネであった。雨風の勢いは凄まじく、このまま市街は水に沈んでしまい、この路面電車が水上を走るのなら、ノアの箱船になるのではないか・・・・ちゅうか、さっさとここから出て近くのシェルターに潜り込んだ方がいいんとちゃうんか・・・・常識と経験はそう告げるのだが、あの綾波ノノカンとかいった赤い瞳の「今夜はここにいたほうが安全」というあの言葉がここに二人を足止めさせていた。直感がそれを信用させていた。
どうにも、今夜は刹那の直感が支配する世界になってしまったかのよう。
 
誰かさんのせいなのだろうか。
 
 
「・・・・・・!!」
マサムネからせしめた冷えたピザを洞木ヒカリとかじっていた鈴原トウジは窓の外に地上から天に向けて飛び立つ何か巨大なものを見た。エヴァは空飛ばんやろしなー・・・・
現在、天にあるのは第二支部・・・気のせいか、前よりなんか近くに見えるような・・・
 
 
わからんことだらけや・・・・・けどまあ、最後にはええようにまとまるんちゃうんか?
ワシらみたいな普通の人間がこないな無茶して生きとるんやし。
 
 
なあ、シンジ・・・・・・
 
 
 
 
・・・・は、元凶やったから、頼みにするんは
 
 
綾波か。頼むで、ホンマ。
 
 
「・・・・・・・・・」
(アスカ、大丈夫かな)
洞木ヒカリのつぶやき。いまさら遅いような気もしますが、字幕をつけてみました。
 
 

 
 
 

 
 
しゅんしゅんしゅんしゅんしゅん!
 
 
オリビアの耳は、しぶとい装甲がようやく剥がれ己の手が伸びると同時にエントリープラグ内部に吹き込んできた雨風が瞬時に蒸発する音を、確かに、聞いた。
 
 
それと連動するバルコアの危険予知能力は、エントリープラグ内にいるモノがただの人間、危険値を計測する必要もないほどに弱り切った、ただの人間の、十四の子供、”ではない”、と教え、即座にそこから離脱、”正面射線上”から全速離脱するように命じた。その無尽蔵の戦闘経験の蓄積からくる判断は決して遅くはなかったが、ATフィールドの急速展開で防御もしたのだが、
 
 
間に合わなかった。視覚がプラグ奥に爛々と輝く、強く蒼い光を感知したのと同時だ。
 
 
それは、たくさんの腕を持った炎
それは、光の放棄の後に咲き誇る知らせ
それは、顧みず、地に向かされようと燃え続ける燭台
 
 
頭部装甲が一瞬にして熔解、オリビアに痛覚があれば火で出来た茨の冠を被せられた聖者の痛みを感じることができただろう。対象の捕獲から殺害に。目的を転化させて残ったボディを動かそうとするが。それよりも遙かに高速の熱伝導が四肢の動きを封じ機械の内臓を焼けとろかしていく・・・・それは地獄の激痛か、それとも無上の快楽なのか。与える方にも与えられる方にも分からない。
 
 
「じゃあね、人形」
 
 
別れの挨拶もそこそこに、がたつくがエントリープラグを弐号機に再収納して再起動。
仕切り直しのラングレー。歴戦のガンマンが弾丸でも装填し直すかのような神速。
SPAWNロボに付け入る隙を与えない。自らの操り主が変わったのを認め、彼女に合わせてセッティングしなおす弐号機。彼女の機動は荒々しいのは知っている。機体は限界だが、付き合うしかない。勝利のために。疾風迅雷、純正攻撃モデルとして戦うために。
 
 
オリビアに蹴り潰されて残った最後の目玉が、独、と獰猛な光を放つ。
 
 
紅の鞭のような蹴りが飛んでSPAWNロボから炎名を取り返す。
何が起きたのか、分かっていない顔めがけて「これが銃風」残りの通常弾をぶち込む。
ラングレーの、欧州最強のガンマンたる血筋は、その力は念炎だけではなく、加速させる。
魔弾ではない通常弾を用いても、その威力はケタが違ってくる。加速減速おもいのまま。
 
 
「だから、いっただろう」コーンフェイドがニヤリと笑った。だから、あいつらが扱う武器は、銃器でなくてはならぬのだと。
 
 
まるで暗い天風をさらに吹き飛ばすかのような真紅の魔風。弐号機はATフレイムを発動、
手にした炎名が灼熱してコーティングされた機殻をヒビ割っていく。卵から雛が生まれるように。炎名から、主であるラングレーの命名と炎を得て、本当の必殺銃が生まれる
 
 
「あははっ」
 
エントリープラグ内の蒼い瞳はSPAWNロボも竜号機も、見ていない。
己の手にある銃にのみ、その愛おしむ目を向けている。己の手のうちにある・・・
 
 
最強の銃、それすなわち、最強の力。
 
 
それを起動させる、トリガーたるラングレーがそれを目の前にして他のことなど考えるわけがなかった。もともと、そういうやつなのである。ネルフも第三新東京市も関係なし。
心安らぐ銃の感触に、かえってプロフェッショナルガンマンとしてのラングレーの安全装置が外された。同時に、弐号機の足下から光るねば糸が絡みついていく・・・・・・当然、ラングレーは気がつかない。
 
 
「”銃とともに生まれてきた子供”・・・・・・・・子供なんかいらないから、おまえをアタシの子供にしよう・・・・・そう、お前の名前は”銃とともに生まれてきた子供”」
 
 
あはははははは
あはははははは
 
 
好戦的この上ないネーミングで炎名に正式名称を与えて、喜々とはしゃいでいる最強の銃使いがそこにいた。都市を守護する真紅の騎士はどこかへ、いってしまった。
 
 
光るねば糸は驚くほどのスピードで弐号機の脚部を絡みあげていく・・・・・・