「帰らない」
 
 
子供のダダにしては、烈火にすぎた。
 
 
「アスカ・・・」
葛城ミサトはなんとかなだめようとしたのだが。この嘘つきにして言葉が出ない。
 
 
「帰れないわよ!!」
 
そんなものは全否定。何を言われようが、変心するつもりはない。
惣流アスカは変心しない少女である。魔法を使われようと、この心は変わらない。
 
 
「ここは俺達だけでなんとかする。だから君は」
 
「加持さんは黙ってて」
 
睨みつける。なんとかなるなら、なんとかしているだろう。この二人ならば。
現時点でなんともなっていないのだから、このままならば、なんともなるまい。
 
こんなことが分からないとでもいうような、小娘扱いはかんべんしてほしいなあ。
 
 
二人は、限界まで疲弊しきっている。こんな弱々しい二人を見るのは初めてで。
 
 
このタイミングで自分が間に合ったことには意味がある。
おそらく、自分はギリギリで間に合ったのだ。それなのに放置していけるものか。
 
 
「あんたたちはバカか!!!」
 
と、思わず言ってしまいそうになる。なんとか心の内で止めたが。
なんてところにきてしまったのだろう。遠いというよりは深い。この黒蟹異界に。
 
 
 
 
 
正式名称はなんというのか、知らない。ここは、あのイナカ町が周辺の島を繋いで「泳航している」、いわば「およげ!イナカ町くん」のようなトンデモ物体だ。なにかがイヤになってしまって海に旅立ったのかどうか・・・・まあ、そんなことはどうでもいい。
ゼーレの天領化から逃れてしまえた、というのがまたとんでもないが。コメントする余裕もない。肝心なのは
 
 
そこの中枢部の一つに自分たちがいる、ということだ。HHJシステムとか言っていた。
 
 
帰還命令が解除されても、第三新東京市も”ああいうこと”になり、相性の悪い後弐号機も返さねばならないし、結局の所、ギルへ戻ったのだが。ニムロッドの後遺症か、ドライは深層自閉モードに入ってしまうし、弐号機のビースト化にも正直かなり、ラングレーともども鬱になっていた。なんらかの処罰があるだろうな、とは予想していたがそれもなく。何回か、真希波・マリ・イラストリアスと名乗ったチルドレンが接触してこようとしたが、無視した。こんな・・・業界激変時に、寝ている場合ではないのだが、力が出ない。
 
 
今こそ、主役になる刻よ、とラングレーならば、燃え上がりそうなものだが。
 
 
マイスター・カウフマンが呼び出すまで、時計塔の中で寝ていた。自分も凍るように。
 
 
・・・・などと、あの時点では思っていたような、気もする。だって普通はそう思う。
 
 
とにかく、呼ばれて渋々半分寝ぼけ眼で行ってみれば、「転属が決定した」ということであり、この岩石のいうことならば行くしかないのであろうから「行き先は」と問うてみれば、「ネルフだ」としか言わない。第三新東京市、本部はあのざまであり、あんだそりゃ?としか言いようがないが岩石妖怪と言い争っても仕方がない。ただ、迎えがくるのだと。
 
 
 
しかもその名は「碇ゲンドウ」。さすがに眼が開いた。
 
 
合流地点の指定の異様も際だった。なにせ迎えと言いつつ、港ですらない海上。
 
人質交換的その距離感。ああ、まともな人事ではないとは思っていたが、寝ぼけていられない緊張感に満ちた海。警戒する軍艦も戦闘機も、「そこ」に比べたらおもちゃのようで。
 
 
ヘリで降りたその「動く島」には碇ゲンドウの出迎えはなかった。意外でも残念でもない、それはあくまで名義というだけのことで、まさか当人がそんな仕事をするはずもない。
 
 
実際には、葛城ミサト・・・奇妙なチョーカーをつけていた・・・と加持リョウジの顔色が悪すぎる二人が、出てきていた。疲労の極みにあるのは見て取れたが、苦境の極みにあるとはまだ分からなかった。というか、機が読めぬわけでもない二人が、なんでこんなところにいるのやら。海の上であるのに、海底の退廃というか古戦場のような空気も気になった。それもじわりと絡みつくのではなく、知らぬ間に殻についているような、ヤバイ悪意・・・・それはラングレーの見立てだが、的を射ていた。遠巻きに見ている軍人でも警官でもない、なんか暴走族みたいな連中の目つきが気になった。恩人でもブチ殺されたかのような、ご主人様を遠くに連れ去られた飼い犬のような、凶暴にして湿度の高い目。
歓迎してくれとは言わないが、どうにもイヤーな空気だ。しかもネルフ転属でなんでここなのか。まあ、その転属自体がおかしいのだから、緊急避難的措置なのだろう。
 
 
そのあたりの説明をまず聞かねば・・・・・・・にしても、この空気の悪さ・・・腐臭に近いが少し異なる、あえていうなら、生き腐れ、とでもいうような居心地の悪さ。これならばまだ凍った砂時計のようでもギルで寝ていた方がいい。よく二人がガマンできるな。
 
 
碇司令・・・・・元司令というべきか、名前だけ出してきたこの人物のせいなのか。
 
 
 
「ひ」
 
 
「と」
 
 
「ご」
 
 
「ろ」
 
 
「し?」
 
 
長らく使徒殺しに従事してきた身のことであるが、それと同族殺しとはまた異なる。
少女として衝撃を受けていい話だったのだが、惣流アスカとして。ラングレーとして。
 
 
そんなことするわけがない、という、信用と信仰との2トップで、真実追究にはラインを下げるようにした・・・・・気持ちと
 
そういうこともあるかもね・・・・・やっちまったかとうとう・・・・いつかはこんな時がくるとは思っていた・・・・・という、ぐるぐるくると、運命の大渦を感じる目玉で
 
 
身じろぎもせず、多少、言葉をゆらしただけで、葛城ミサトの説明を受け入れた。
 
 
碇ゲンドウを、葛城ミサトが殺害しようとした・・・・・・
 
 
しようとした、というのは未遂で済んだ、ということではなく、かろうじて碇ゲンドウが命を繋いでいるだけのことで、もしこの時にもぶっちり、と切れて死亡してしまえば、
 
 
殺人、
ひとごろし
 
 
ということになる。様態は、刺されまくってなんでこれで生きているのか不思議レベルらしい。ご丁寧に頭頂部へのトドメまで加えられていたが、帽子のおかげでそこはギリギリ助かったのだとか。いずれにせよ、危険な状態には変わりない。おそらく、その気はなかったのだろうけれど、迎えになどこれるわけもないわけだ。ただ、そのように工作はしていたようで、「この島」の中枢からいろいろと強引に各所へ働きかけていたようだ。ヴィレではなく、ネルフ転属へ。司令職になくとも、そういうことが、むしろ枷が外れてさらに縦横無尽に動けていたのかも知れない。ただ、その動きの、らしくなさ、言ってみれば旬の外れた(という評価があるのも知っている)チルドレン一人に対して手間をかけすぎている違和感は・・・・・企画者が別にいるからだろう。葛城ミサト。首をかけていい。
 
 
その無茶な企画(もう作戦部長でないのだから。横車といってもいい)を通す代償というのはどれほどのものか・・・・・機を見るに敏に決まっているこの二人がこんな不気味島に留まっているのがその証拠。たぶん、碇司令(どう呼べばいいのかわからんからこれでよしとしよう)にコキ使われていたのだ。無茶ぶりされて、デスマーチを踊っていたのだ。
 
 
カバめ
 
 
あの時・・・JAのあの時とは状況が違うのだから、いらんお世話、よけーな親心、というべきだ。第三新東京市、ネルフ本部は店じまい、次の武装要塞都市で新たな神話がはじまるのだ。素直に伝説になっていればいいものを。戻りたければ、自分たちだけ早々に戻っていればよかったのだ。なんのかんので、葛城ミサトはやり遂げてしまったのだから。
新チルドレン捜しを。それを手みやげにヴィレの指揮官にでもなればよかったのだ。
こんなことしてないで、てめえの就活しろ、といいたい。だから・・・・・
 
 
第一発見者にして、最大の容疑者
 
 
そんなものになってしまうのだ。中枢ゆえに監視カメラもなければ、そもそも入室出来る者が限られており、コキ使われた恨み、という動機もあるとなれば。もとより敵の多い人物であり、長い手がとうとう届いただけ、ということも考えられるが、この島の住人の知ったことではなかった。一番疑わしい人物を、疑った。真実を明かす探偵の登場もなく。
 
 
チョーカーはその証。”逃亡防止”の機能がついている、のだと。
 
 
よくそんな裁きに大人しく従ったな、と思ったが、従うほかなかったわけだ。
事件が衆目に明かされる前に逃げるとなれば、瀕死の碇司令を放置することになる。
葛城ミサトが自白しない限り、いくら怪しかろうと犯人ではないのだろうから、碇司令ほどの人間をズタズタの瀕死に追い込んだ「犯人」がこの島の中にいる。中枢部にまで入れる権限を有しながらその存在を知られずに。葛城ミサトを生贄にしたいのであればとうにやっているのだろうし。
 
碇司令のこの島でのポジションがどれほどのものか・・・・・ヘリで降りた時の空気の悪さから察するに・・・・・下手をすると、自沈しかねないのではなかろうか。沈むのが近いゆえの海底の匂い。鼻が利く者は我先に逃げていることだろう。
 
 
こんな折りに登場してしまったのは、ただのタイミング。碇司令の工作が岩石人間カウフマンになんとか通じて、第三新東京市ではなく、ここに降り立ったのは。ここで再会したのは。葛城ミサトたちはもしかしたら、それを取り消そうとしたかも知れないが、碇ゲンドウが成したことを他人がどうこうできるはずもない。当人が襲撃され死にかけていようと。
 
 
事態と現状の説明が終わったところで、葛城ミサトは言ったのだ。「ギルに帰れ」と。
 
 
少なくとも、ここにいるよりは危険がない。命をかけての犯人捜しをしなければならない。
 
それも、見つけてそれで終わりならばいいが、そういうことにもなるまい。ここは異界。
それも、ゼーレが天領にしようとしたほどの、異なる世界。得意とする土俵、リング、勝手が違いすぎる。葛城ミサトと加持リョウジは、敗れるだろう。
 
 
 
だから、告げたのだ。