男だったら「   」、
 
女だったら「レイ」と名付ける。
 
 
 
そんなことを考えていた。
 
 
男親が出来ることといえば。あの時に気づいていれば。妻と我が子の常ならざるを。
 
 
・・・・・どうしただろうか
 
 
碇ゲンドウは自問自答するが、答えなど出ない。出そうとしても、たやすく、あまりにもたやすく、そんな思念は押し戻される。押し戻す流れの重さ、強さ、厳しさを知るゆえに。
 
 
また、それだけでも、ないのだが。
 
 
現在、欧州は第二武装要塞都市方面に航海する巨大泳航体・・・・かつて竜尾道と呼ばれた連結隠れ島群・・・・そこの一角の幽閉寺で確かに営まれていた父子の時間は。
 
 
そこより、わずかに北にいけば・・・・・妻が留まる境界線たる霧の山街。
 
 
そこにあるのは、人の極。人の形。もはや、こちら側には、影しか届かない。
 
 
そんな、隔絶。
 
 
「人類補完」という名のいかなる変妖の大波がこようと、大魔の終風が吹こうと、そこから先、人が化けさせるのを許さない。境界線。
 
「全員がギャンブラーだったら、バクチ場の価値がないし」とはドンブリな妻の言。
 
こぼれる事柄はあまりに多すぎる。だけれど、それゆえに。
 
「そうなったら、つまらなすぎる、でしょう」
 
いつか行われる極大規模の実験群セフィロト。サードインパクトの衣をまとったそれは。
 
止められる者はいない。必ず完遂されるだろう。もともと妻も自分もそちら側の、急先鋒であったのだから。止められる者はいない。どの面さげて止めるべきか。使徒の茨も越えてしまい七つの目玉の所有者の面会、いや再会にもそのうち成功してしまうだろう。吉か凶か知らないが。その気もなかった。止められる者はいない。人間には、不可能。進み続ける。
 
 
「いっぺん、失敗すりゃ十分でしょ?」
 
 
なんべんも失敗してもいいのは幼生子供だけで、人類成人はそうもいかず。
聖ならずとも成ならば。塵にまみれても人ならば。
 
しかしながら。一度くらいは。人類が生まれたのは、進化と向上という偉大な宇宙真理を体現するため、という言葉もある。いかにも大失敗、という中に未知の活路があるかもしれない。使徒なんかはそのあたりを指図してくれればよさそうなものだが。使徒はそれを絶対にやらない。やれないのかどうかは分からない。連中は、じっと黙って、待っている。
 
 
あえて言うならば、自分たち夫婦は、ギャンブルをやめたのだ。
 
神へ至る道、などといってみても、それは修行を積む類ではない、やはり賭けだろう。
妻に京都の闇から引きずり出され、世界の盤上に己の全てを賭してみるのが、この上なく愉快痛快であったのだ・・・・・冬月先生をはじめとする連中を引きずり込むのも、また
 
 
・・・・・自分が親の立場、視点になってみれば、つくづくとんでもない話だ。
 
とても京都に戻れぬな、と思う。逆の立場であれば絶対に許さぬだろう。二十七章たちを刺客につかってでも片付けることだろう。フフフ。
 
 
 
「社長!じゃなかった、艦長!お疲れ様でっす!コーヒーをお持ちしました!」
 
そう言って香気からしてなかなかうまく淹れられているコーヒーを運んできたのは、地元雇用というか徴用というか、右眼の子分である皿山だった。絶賛労働中の葛城ミサトや加持リョウジなどとはスキル的には比べものにならないが、若いだけに馬力はある。地元の強みもある。見た目によらず骨惜しみもしない点も評価できる。
 
 
「ばっかじゃねえの、皿山!ここはメシだろメシ。お仕事続きで十何時間メシをとられてねーんだって話だよ?じゃなかった、ですよ、だ。艦長、気の利かない皿公ですいません、おむすび持ってきました!」
隣に立って皿山を押しのけるのが真剣川。メンタルも外見も昭和期の女子暴走族としかいいようのない小娘で、これも右眼の子分だが、まあ皿山と以下同文だ。共通するのは、こちらに気後れしなくなった早さか。ネルフの部下たちは・・・まあ、比較するのはおかしいか。
 
「ああ!?ふざけんな真剣川、艦長はおむすびなんか喰わねーんだよ!知らねえのか?まずはコーヒーを飲むんだよ!」
「割れとけ皿山!コーヒーなんか腹の足しになるか!胸焼け胃焼けするじゃねーか!」
 
 
「もらおう」
 
仲裁する時間も惜しいので、コーヒーでおむすびを流し込む碇ゲンドウ。パンとみそ汁はまだ合うのだが。二名同時で「うわ」とか言ってるが。
 
 
ここはひょうたん型の扉が目印であるところのHHJシステム中枢。
 
普通の艦船でいうところの艦橋とはまた異なる。艦長、などと呼ばせたのは他に適当な名称が考えつかなかっただけのことで。実際に船の指揮をとるようなことはしない。そんな必要もヒマもない。
 
 
皿山と真剣川はわりと気軽にここまでコーヒーとおにぎりを運んできたが、常人にはかなり厳しい領域だった。というか、不可能だろう。特に船霊右眼の加護が強いこの二人であるから可能なだけで。島船を止めてしまいたい存在も、まだ迷うようにうろついている。
 
 
碇ゲンドウは己のやるべき事を完璧に把握しており、それに対して時間を無駄にすることなど一秒もなかった。やるべき仕事をこなすのに、一番適した空間がここだ、というだけのことだった。
 
進行コース決定やらそれに関する海上交通の折衝などはネモの鍵に接続する観光協会に任せておけばいい。そのための”観光協会”だ。まあ、ふざけた名称だが確実に実務はこなす。ネモの鍵と、船霊室と、このHHJシステム中枢室、竜骨のラインが貫くこれら三部門が要だ。船霊室にはいうまでもなく、水上右眼であったもの、が常時座し、しばらくは、己がここで不可視の屋根造り、だ。隠れ里でなくなれば、別のもので守らねばならない。ネルフ総司令の経験が厭でも生きてくる、というものだ。
 
とはいえ、それも船首部分、とあえていうが、進行先端部分に「変容敷設」させた取込保護膜柵を入り口とした鯨飲機関・・・・・これがなければ、地獄の航海であっただろう。折衝でも交渉でもどうにもならず各国海軍との戦争が始まっている。
 
開発作業期間を考えなくとも、赤木リツコ博士は天才としかいいようがない。しかも天才でありながら、なんというか・・・・己の欲望を最優先しないでおれる・・・才に乗り疾駆しない・・・道を見通しながら無駄足が踏める、というのは・・・特異な心情といえる。
かといって日陰の薄さ、というわけでもない。むしろ、厚い。
 
その厚さというのは・・・・現状も武蔵野秋葉森の旧マギを駆使してまでこちらをサポートしてくれている。ここまで情に厚いというのは天然記念物に近いというか・・・こういう天才は類がないのではないか?と本気で思う。少なくとも才のまま至高に這い寄るアバドンにはおるまい。
 
ユイならば、「リツコちゃんは珍才よね」などとざっくりいきそうだ。「損ばっかり引き受けちゃう損子ちゃん・・・でも、そういう人が、いてくれないと、世の中うまくまわらない」無欲である以上の清らかさがある。30女であるけれど。忍びの錬金術師というか。
 
 
ナオコ博士のコピーチルドレンのことを考えると、そうなると、なんともいえぬ錯誤を感じる。造られた子供にはなんの過ちもないが。東方賢者の看板に間違いないのはやはり彼女しかあるまい。
 
 
・・・・・・そんなことを考えてしまうのはコーヒーおにぎりのせいだろうか・・・・・・
 
「あ!艦長、じゃあ、なんか厄介なのが出てきたらしくて葛城の姐さんに呼ばれたんで、いってきます!そうだ!なんか要り用なものはないっすか?」
「ご用聞きなんかしてねえで、ソッコーでいけよ皿山!ミサトセンパイがお呼びなんだろーが!!それとも、ビビッてんのか?」
「ああ?てめえ真剣川、今なんつった?」
 
 
すぐさま去るかと思っていた葛城ミサトと加持リョウジは、深度領域でうごめく厄介ごとを処理する「トラブルバスター」をやっている。ここが福音丸などと意味不明の和名で呼ばれていたエヴァ=オルドオルタに汚染されきった、ある意味魔船であることに違いなく、その後始末を現在進行形で行う者が必要だったのだが、汚染度は予想以上で、生名弓削大三といった島名家の猛者を総動員しても手が足りない。かといって、犠牲が増えるだけでなまなかの人材に任せるわけにもいかず、この両名がかってでたのは丁度良かったのだが、むろん、無料ではない。しかも金銭でもない。むしろ、金では購えないものだった。
労働量も金銭換算できるものとも言い難い。
 
ここで二人がオルドオルタの肉片に喰い殺されでもしたら、どうすべきか・・・・・どうするべきでしょう、冬月先生。と、心の中の冬月コウゾウに問うてみたりする碇ゲンドウであった。
 
 
「・・・何もない。葛城くんたちのサポートを、頼む」
 
「ほれみろ、これが艦長の貫禄ってんだよ!いくぞ、トロ山!!」
「社長、じゃなかった、艦長がそう仰るんなら。艦長が仰るから、急ぐんだからな!って。トロ山ってあんだコラ!!」
 
 
さすがの若さの韋駄天というものだが、なぜあの具合で二人ともに行動するのか・・・・
 
まあ、ユイといっしょにいた頃の自分も、同じような目で見られていたのだろう。
特に冬月先生あたりから。今頃
 
 
第三新東京市で、過労死しかけていることだろう・・・・・・
 
冬月先生には、ほんとうに任せっきりだった。・・・・任せられる人間が他にいないのだ。
 
 
”アベル”を使うか、”カイン”を用いるか・・・・
 
 
ハリネズミのアダムで最後の調整を行っている姿まで浮かぶ。いつものボヤキとともに。
 
 
産婆でもないのに。全く、申し訳ない。
 
 
息子が、「今」、生まれようとしているのだが・・・・・その正反対に舵をとって進んでいる・・・・男親に出来るのは、せいぜい。
 
 
「・・・・・シンジ」
 
似合っているのか、分かりもしないが、その名を、呼んで、信じるだけのこと。
 
 
そのようなこと、若い頃は、あまり思っていなかったのだが・・・・・・・
 
 
人間の子をもうけたなら、こう思わざるをえない。
 
 
人間は、いい、と。
 
 
このこの、生きる先に、どうか、
 
 
ひとのつくる、よさが、あるように。
 
 
そう、これまで人が生きてきた、轍に、祈る。直系のご先祖には頼みにくい現状だ。
 
 
父親がこんな極道で、母親もあんな突飛なことになってしまったが。
 
 
ついでに、冬月先生にも。まさに他力本願もいいところだが。
 
 
「レイ・・・・・」
 
 
さらに、レイにも。いささか、いや、かなり心苦しいのだが、実力はともかく年齢を考慮すると、冬月先生だけでは不安が残った。若さも極まれりの若さで補完してもらいたい。
 
 
状況は、最悪。その地で己が司令席で采配を振るっていても、と思うほどだ。
いれば、という傲慢では打開できるはずもないほど。状況は前倒しの雪崩状態。
 
 
 
十二号機と十三号機まで持ちだした、となれば・・・・・・
 
 
しかも十三号機は十号機・ニェ・ナザレと接触して、初号機を喰らうための対策だろう、「あれ」を解放させる交渉までしている。ニェがどう返答するか、全く予想できない。
しかし、解放権限は彼女だけにある。あれらを守護しつづけてきた彼女だけに。
 
調律調整官が二柱、急ぎカッパラル・マ・ギアに走ったようだが、十三号機の方が早い。
 
 
どうなるか・・・・
 
 
儀式が始まっている
儀式に似たものがはじまっていた
儀式を模したものが準備されていた
 
 
人が儀式を行う間、使徒は手出しをせぬ。しないのか、できないのか、したくないのか、は不明だが。または、それをさせたいのか。つかわされるもの、というものはそういうものなのかもしれぬ。使徒名鑑にもそのあたりの機微などは記されていなかった。記述者に興味がなかったのか、そんなものはないのか・・・・・・
 
 
フィフス・・・・渚カヲル・・・・・・人を離れ、使命を持たぬ使徒となった少年
 
 
此処にいたって、いまさら語るべき事もないが、それが息子の近しい・・・・・
 
 
鎧の街都の血水のように存在する、ある意味、極限に禍々しく猛々しい、尋常ならざる息子の・・・・・
 
 
適当な表現を探すのも面倒であるので、多少的を外れていたとしても、適当に言葉を使用するなら・・・・・掛け値無し、思惑から外れたところの、心を許しあい、その一部を共有した、友人であったというのは・・・・・僥倖であったのか、奇禍であったか。
 
そのようなこと、彼の少年はその両眼で、とうの昔に見抜いていたのだろうが。
 
 
四号機封殺のための十二号機・・・・・・その力はその歌は、使徒になろうが変わりなく彼の少年とその機体を捕らえる。未来視を監視する対抗機体。そのためだけの・・・
 
 
 
 
「・・・・・誰だ」
 
 
うしろに、気配があった。
 
ここまで察知に遅れが生じたのは、やはり疲労と・・・・・似合いもせず息子のことなど考えていた、油断が、あった。
 
 
珈琲と海苔の気配を残した鼻孔を一気に塗り潰すは、血臭。
忘れ物をとりにきた皿山や真剣川ではありえない。呼びかける声はなく、
 
 
はーっ、はーっ、はーっ、はーっ・・・・・!
はーっ、はーっ、はーっ、はーっ・・・・・!!
 
 
あるのは、荒い息づかい。
 
と、
 
 
 
どすっ
 
 
 
背中に刃物が刺さる音。
 
 
「船を、止めろ!!戻せ!!あそこから離れるなんて、ありえません!!止めろ!!戻せ!!なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、こんなことするのよ!!戻してよ!!
戻しなさいよ!!」
 
泣きわめきながら、刺しまくってくる。激高した言葉ごとに刺してくるのだから、いくら碇ゲンドウでも、たまったものではない。刃物なのか、なにか鋭い破片の類なのか・・・・・・分析している余裕などあろうはずもない。相手は、興奮の極みであろうが完全に息の根を止めにきている。
 
 
どのように頑丈な人間でも、頑丈だから実は生きていた、ということにならぬように、
 
 
ぐさっっ!!
 
脳天を突き刺してきた。いうまでもなく、人体の急所中の急所である。
 
 
さしもの碇ゲンドウも、これには相手の顔などを確認し、ダイイング・メッセージを残すこともできなかったのである・・・・・
 
 
相手は、片眼が無い少女であり、「次は・・・組合か・・・いや、協会か・・・・・向、行くよ・・・」そんなことをぶつぶつ呟きながら、朱に染めた左半身を引きずりながら、早々にこの場を去ったことも、
 
その後、
 
「これでとぼけくさったらマジで殺すわあの髭・・・」労働条件の再確認にもう一度やって来た葛城ミサトが、「なんじゃこりゃあ!!?だれ?もしかしてわたし!?空想実現化!?」第一発見者になってしまったことなど・・・・・・
 
 
碇ゲンドウには、もう、関係のないことだった。
 
 
最後に、息子の名を呼ぶこともなく・・・・・
 
 

 
 
 
風は、戻ることはない。吹き渡っていくものである。
 
 
時と違うのは地域差があることか。風に吹かれる、どのような風に吹かれるか。
地にあって選ぶことはできないが、そこから、一歩、いやさ半歩、踏み出す気さえ
あるのなら。風に、乗ることが、技を求めた、人にはできる。
 
 
さて、我は・・・・・・・風に対していかに在るか、有るか
 
 
エヴァ参号機は、これまでのことを、回想する。
 
戻ることはないが、忘れることはない。戻ることがないゆえ、忘れられるはずがない。
 
 
ほかの機体どもと比することもないのだろうが、己の内に座す者の、者たちの特異性は。
なんというべきか。他の機体どもは、おそらく単一の契りを結んで他に譲らず許さぬのだろうが・・・・際だっているのだろう。倒すべき敵を内包しながら、やはり敵を滅ぼした。
 
 
その色は、黒。その色は、白。
 
 
乗るべきでも乗るはずでもない未熟の腕でありながら、どこぞから導いてきた果てのない熱量を発揮し、一瞬の成熟を果たしてみせた。
 
 
その色は、縞。黒きを目指して黄色を止める。
 
 
見出されるべきではなかった定めが、暴かれた。音は歌い始め、響きは最早、止まることはない。それは騒牙か奏楽か、響き渡りて指揮するは万軍と巨人の兵・・・・
 
 
その色は、今は山吹、いずれは黄昏、万華の紅蓮
 
 
元来は青、救青であった、清であり星であり静であり、人界の毒を浄化する色であった。
それが、転び。狂った。元の藍にも戻れぬほどに。濁り変じた。
終藍。旅路の果ての色が、これであるのはおそらく、まちがいはない。正対は。
己に座すに最も相応しいのであろう、天を閉じる禁青。閉じられた夜の色。
 
 
人など救えぬ、己こそ。青を薄めて、しばし忘れさせる、仙色の桜、朱夕酔。
 
 
いずれの色も、参号機は、忘れることはない。この先、いかほどの時間が己に許されてあるのかは、知らず。
 
 
「格闘戦最強」・・・・・・・・己で名乗りだしたわけでもないが、それが浮世における己の看板。商売として、そこから始まる。ちなみに、算盤も得意だったりするのだが。
 
 
そんな己のベストバウトをあげろといわれれば・・・・・
プロレスじゃないだろ、せめて拳法だろそこは!と指摘されれば、そこはそうなのだが
 
 
騎士根性丸出しの後弐号機との一戦も捨てがたいが・・・・・・やはり、
 
 
エヴァ初号機・使徒ゼルエルタッグとの2対1アンフェア戦を挙げねばなるまい。
 
 
間違いなく2対1だ。どう考えても、あれを一対一と認めることはできない。
いや、己があの時、半身しかなかったことを考慮すれば・・・・4対1か。
 
ああ、勝負や判定にケチをつけるつもりはない。漢の戦いに卑怯もお経もない。
 
あるのは、度胸のみ・・・・・・・・宇ー無、いいこと言ったなあ・・・・・
 
 
結果、どうなったか・・・・・・お食事中の方には悪いのだが、一言で言うと
 
 
残酷アチョー
 
 
なこととなった。両者、というか、三者、バラバラのコナゴナになったのだ。
 
とりあえず、初号機は一度、バラバラにしてやる必要があったのだ。なんのためか?
己の理解が及ぶところではないが、黒と白の双乗手がそれを望んだのだ。
 
ただでさえ攻撃の通らぬ所、一点の急所を抉って終わるではなく、絶対領域が発生せぬほどの破片にするなど・・・・限りなく不可能に近い難儀だった。
事実、己のみの力ではなし得なかった。どうにかできたのは・・・・・
 
 
ヨッドメロン
 
 
生産するだけして使うことは決してできぬ質と量を内蔵する、歩く兵器封印所。この世ならざる場所へ消えてほしいと誰もが願いながら、そんなことがあるはずもない現の影法師。
 
それを、箱船を砲撃しまくっていたそれを、どうにかすることを、初号機はまず選んだ。
倒すことができぬそれを・・・・・まずは倒すべき相手に背を向け・・・・逃げ向かった。闘争にして逃走。
 
 
殺さず、内蔵物のみ壊す作業、というのは・・・・・・なかなか興味深かった。七星の神拳といってよかった。おそらく、その作業で体力ATフィールドその他九割以上の力を使ったのではないか。
 
 
その間、隙だらけの背中をどうしたか・・・・?いや、隙をみせるのは向こうの自由。
 
こちらが従わねばならぬ道理はないので・・・・もちろん、手伝ったりするわけがない!
 
するわけがないが、むしろ雷電は向こうであり、「なにっっ!?あ、あの爆弾は・・・・」とかリアクションする解説者になっても仕方がない。しかも、その作業にはキリがなかった。ようもここまで作りも造って、捨ても捨てたり、というものだ。まあ、使えぬのだからしょうがないが。人類最後の決戦兵器、という建前で、最高峰の兵器である己らがその面倒をみるのは、因果というものかもしれぬ。日本では百年すれば器物は生命をもつという。しかしながら、ほんとうに、キリがなかったので、しまいには初号機は、
 
 
ヨッドメロンをたたんで、まるめて、モチのように、喰ってしまった。
 
 
化け物・・・・と、さすがにあの時は思ったが・・・・・そのような極めつきの大妖を狩れる興奮も覚えもした。ゼルエルの方も面白がるより驚いていたようだが。
 
 
その行為がなければ、やれなかった。ハンデといえば、ハンデではあった。
 
腹に呑んだヨッドメロンの一点を、絶対領域の盾を貫通し、発火させ爆発させる。
 
格闘戦最強の看板は、そのためにこそ。それが成せぬなら、拳を捨て、腕に武具をつけよ。
地球が三千回は滅ぶほどの分量はまだ残っていたと思われる。しかし、その程度でなければ、初号機・ゼルエルのバイ状態など・・・・・・どうにもなるまい。
 
 
単なる偶然のようでもあるし、周到に用意された仕組みのようでもある。
 
 
貫く衝撃を、望まれ、誘われていた、とは思わぬ。ただ、無心にブチこんだ。
 
届いた、と、手応えを感じた、と同時に、
 
 
己も砕かれていた。それこそ百と八に。どういう技の冴えだと思うが、苦痛はなかった。
 
 
晴れ渡った水色の気が胸中を満たしていた。それも分かれても減衰することもなく。
地に引かれ落ちていく途中の黒雲で、声をきいた。
 
 
「”銀鉄には乗れないし、こっちに乗っけてもらうわねえ”」
 
 
気安いぞ、と咎めようにも、動かす体は形になっておらず、回収され再組み立てされるまで待たねばならなかった。
 
 
それを、待っていたわけではない。どうでもいいといえばどうでもいい。
 
己は、確かに初号機をバラバラにしてやれたのだから。黒白の願い通りに。
 
格闘戦、としては究めた、といえるだろう。そこで、止まるか。道を戻る、というのも一つの選択では、ある。新たな道を選ぶにも、出発点から望んでみなければ結局似たような面白みのない道を選ぶやもしれぬ。その帰り道が対人殺戮、という、使徒殲滅、という業界の大題目からしてみれば、天逆としか思えぬ法であろうとも。それを乗り手が望むなら。
 
 
その点、山吹の、自らが戦うのではなく、他に声して戦わせる、というのは新機軸であった。間違えようのない新風であった。それへの好奇は確かにあった。
 
 
そして・・・・己の影より立ちのぼったエヴァ初号機は、なにも語ることはない。
 
 
 
でくのぼうのように、一つの方向へ歩き出した・・・・
 
 
さて、どうすべきか・・・・・・・・・
 
 
内に座す青が決めることではあるが・・・・・・うむ?
 
 
初号機が、「キー!」だの「イー!」だのいかにも下っ端、という奇声をあげて降下してきた再生五号機たちに両脇から抱えられ、空中に引っ張り上げられた。
でくのぼうであるから、なんの抵抗もなく。
 
 
吊られた男・・・・いやさ女怪、というべきか
 
 
生贄運搬、というか、死罪人の連行といおうか・・・・両肩に札のようなものを貼られると、どういうカラクリになっているのか、ぐるんと吊り輪の十字倒立のように、逆さになった。初号機の意思ではないようだが、ゆるやかに横回転をはじめたのは、運搬する五号機どもがやったことだろう・・・・・なんの意味があるのか、分からないが。
 
 
なんらかの終局を彷彿とさせて仕方がない・・・
 
 
青は・・・静観の構え。しつこさ極まった説得口撃に、辟易しているのかもしれない。
 
 
だが、動いた。
 
 
 
「・・・・・!?」
 
 
参号機にして、それは意表の行動。意外の極みであった。
 
 

 
 
 
唐突に。
 
ギルへの帰還特令が解除された。
 
 
輸送機でも、もちろん翼でもなく、潜って泳いで独逸に戻ろうとしていた惣流アスカたちは、とりあえず近くの無人島に上陸した。もちろん、後弐号機に搭乗したままである。
 
いろいろと悶着があり、一時はマジで海の藻屑と消えるのかと思ったくらいの関係性である。いろいろと精神が限界であったのも、ある。特にドライがほとんど自閉モードに。
 
人格こそ三つであるが、体はひとつ。
 
脳内ジャンケンの必要もなく、機体に備え付けのサバイバルキットを展開し、とりあえず体をのばして休める環境をつくりあげる。
 
 
解除はされたが、次に何をしろ、とは伝えてこなかった。
 
 
その、異常。その、メッセージ。
 
 
よほど状況に変化があったのだろうが、とりあえず、通信機材も動くし、世界は滅んで自分たちひとりぼっち、というわけではないようだ。しかしながら、
 
 
「ネルフか、第三新東京市くらいは滅んでるかもねー・・・・」
 
それは、ありうる。ラングレーの呟きに、うなづく。無人島であるから他人の目を気にしなくてもいい。
 
 
「あの・・・・イナカ町とか、どうなったかな・・・・・」
 
「イナカ町・・・・・ああー・・・・あそこか。封鎖は間違いない、もう、誰も入れないよ・・・・中のことは、わからない」
 
記憶は共有できているのだから、何を言いたいのか、大体、察しもつく。
べつだん、アスカはイナカ町、竜尾道のことなど心配していない。しているのは。
 
「・・・・なにはともあれ、ちょっと休憩してから情報収集するとしよう。さすがに、疲れた・・・・」
独り言であるが、独り言ではない。ドラの奴は完全に寝入っている。アスカが考えるのは
 
碇シンジのことに決まっている。その件について語る体力は、ない。使えることは使えるが、やはり根本的に相性が悪いのだろう、後弐号とは。どうにも・・・首が痛い。
 
しかも、情報収集といっても、ここからではたいしたことはつかめまい。
 
物事の状況がわかるのは、いつだって、ずっと後になってのことだ。とうに終わって。
体力回復にあてたほうが有用な時間の使用法だろう。
 
 
だが、何もなしでこの先の行動を判断するのも・・・・・・と、らしくはない、このラングレーが、と苦笑する。戦の臭いを嗅ぎつけて、その先へ、というのが自分だったはず。
 
 
こいつともども、廃棄されたかな・・・・・・・・と、弱気がもたげぬでも、ない。
夜空の星は降るような量で。ひとつふたつ消えても、輝きが減るわけでも。
 
 
つむじかぜまーう、ティーグランドで
ねらうはグリーンのたぁーげっとおー♪
 
 
急に聞いたこともない兄尊な歌声が近くからしたものだから、ちょいと驚いた。かなり。
 
 
だーいちをつかーむ りょうあしとー
とうしをつなーぐ りょううでにぃー♪
 
 
歌い手といい、えらくたくましげな曲であるが、まさか最後まで聞いている場合でもない。これは、おそらくセットの中にあったギル通信機の呼び出し。なんでこんな設定になっているのか・・・と掴んで目近く確認してみると、発信元は、真希波・マリ・イラストリアス、とあった。
 
 

 
 
 
「血煙のまち、だね・・・・・」
 
 
赤い目が、第三新東京市を遠見しながら、つぶやいた。ちなみに、解説第三者にありがちな絶対安全圏からである。赤い目なのは、血煙の様子に涙したわけでもなくその赤さが沁みたわけではない。もとから、このような深紅の目なのである。旧世紀では赤目といえば赤影であったが、新世紀では赤目といえば綾波なのであった。
 
 
そんなわけで、綾波ノノカン。その姓と赤目にあまり意味はない、と本人のいう未来視。
 
 
こうして、不気味に染まった武装要塞都市など見ているのは、予言解説をするためではない。変更もできぬ未来をこんな人気の失せたサービスエリアでしてみても誰も喜ぶまいし。
 
 
単純に、己のためだった。己の未来視の「最終調整」。
 
 
後継者の姿をここで見るのも「偶然」というものだ。
 
 
連凧を見るのに、似ている。ただその連凧の繋がる数は、数える気が失せるほどで。無限、などと言って逃げてしまいたいのだが、視力は、追う。追い続ける。ただ、そうしていると凧を揚げている風が強くなってくる。ちなみに繋がる数のみならず、揚げている数もやはり気が失せるほどの数だ。そこは凧揚げの国かといわれそうだが、たとえ話ヴィジョンの話だ。風が強くなれば、繋がっているものが千切れたり、となりに揚げているものとぶつかりこんがらがってしまう、という点が特にふさわしい。糸の強さを増すことも凧の数を調整することも風の強度を操作することもできない点も。
 
 
未来視であることは、そういうことだ。安心も安堵もなく。見れば見るほど削られていく。ガリガリと。ザリザリと。精神生命両方に。負担がかかりすぎる。いやさ、人間がそのように設計されていないのだろう。むしろ、一昔前の電子頭脳にこそこの視力を授けてやればよかったものを、と思うが。おそらく、代々の、といっても直接、会ったわけでもないが、発狂するなり早死にするなりしてきたのだろう。キツい。とっとと己の神殿でも造ってそこに籠もってしまわぬ限り、早晩、己もそうなるのだろうな、という自覚がある。
吹く風に晒されすぎて、眼球が乾くのかもしれない。連凧が龍のようにうねるのを見て。
 
 
風に逆らえるものではない。吹かれて吹かれて、飛ばされて。千切れ。わかれて。
 
未来視とは杞憂する者。いやさ、天が落ちるよりもっと小心に、風が止むことさえ。
 
いかなる現世利益をもってしても、親族の縁をもっても、安堵安心は、購えない。
 
 
この乾きを潤すことは・・・・・・なんという吸血鬼か砂漠の探検家気分。
 
 
デンゼルとモルモルという奇人がつきあってくれるからなんとか保っているけれど。
デンゼルはあと一年と75日、モルモルはもっと短い、半年と三日。期限は決まって。
次にスカウトすべきはスカラーで、でも一月はもたない。次に招き誑かすべきは・・・・
 
 
今、あの都市で行われていることは、自分にとっては、とても貴重な・・・・恩寵にして
 
 
福音
 
 
赤い目に映す。
 
 
敗北した後継者が内に座す一つ目の巨人が、時計盤の顔をした巨人達に、ゆっくりと・じっくりと・たっぷりと・じわじわと・のろのろと・じぐじぐと・じぐじぐと刻まれている。遅い。延々と。遅すぎる。時の流れから除外されたようなその遅滞は。制限時間という絶対公平の解放がないのだとしたら、遅さ、というのはこれほどの恐怖なのだと知った。
 
 
その上空に、角の生えた巨人が空中で唸りながらゆるやかに逆さ回転しているが、それもブタの丸焼き並みに無力であり、ただ焼き上がりを待つばかり、というようにしか。
周りを飛ぶ悪趣味な大口天使のような連中が両手にナイフとフォークなんか持ってそれを打ち鳴らしているから余計そう思えるのだろうが。だらだらと粘質なヨダレもひどい。
 
 
これらも連凧群のひとつ。風の強さも増してきた。軋む音まで幻聴する。
 
 
そうなるのだろう。どちらに正義があるのかなどと、知れるものではない。
悪夢には違いない。いやさ悪ノ現というべきか。拡大の大迫力で見せられても。
巨人と人とは共存共感できんわな、とは思う。ただ・・・・・
 
 
じわり・・・
 
 
あの都市を見ていると、予感するのだ。己の目に染みいる何かを。乾きを癒す
 
 
くらい、いろ
 
 
何色だと表現できぬ・・・・・つまり、見えていない・・・・・ほどに、やみくろな。
もくもくと、わきだして、都市を包んでいる血煙る色が、分からなくなる。
 
 
奇妙な・・・・・・心情。これが、安堵、というもののかたちだったか。もう、忘れた。
 
それとも、不安や絶望というものだったか。もう、忘れた。
 
同族が、ああいう目にあわされているのに、煮える感情がないというのは、削られきっているのだろうか。ああ。連凧が絡んで落ちることしか。
 
 
渚カヲル
 
 
この厄介な目を同じくもっていた未来視が、あの地に、降りてくる。それも、視た。
 
何をしに?”生まれてくる”「友人」を守護するために。なんのことがわかるかな?
 
デンゼルとモルモルは慣れているから肩をすくめるだけですませてくれる。
これが未来視のすごいところだ。なんのこっちゃ?だろう。生まれてくるチルドレンならば、まだ分かる、かもしれない。小田和正ソングじゃない。それでも的中するところが。デンモルもすごい、と言っておこう。
 
 
が、なにもできずに、歌う六眼の巨人に絡め取られる。沈められる、といった方が近いか。
 
それは、人海のサイレン。幻想の旅船、幻想のマレビトこそ底に引き摺り沈める。そのためだけに待ちかまえていた存在が、そのためだけに待ちかまえているのだから。そんなド難所にノコノコ降りてくる方が悪いと言える。ドジでマヌケなカメだろうか。神智があるのに世間知らずのツルだろうか。ああ、もう未来視でなくなったせいだろうか。人間なのかも怪しいが。
 
 
 
「ノノカン、設定完了だ」
 
 
モルモルの声が。幻視という遠見ではなく、リアルな光学映像で現地の第三新東京市の現状を確認するための仕掛けの用意が調ったようだ。安全圏でありながら逆探知等、後でいろいろ問題が起きない程度の距離を未来視的に探すと従業員も避難完了したここになるが、機材の設置はモルモルに任した。デンゼルは周囲の警戒。必要な努力を怠れば、それはもう絶対圏たりえない。ちなみに、食料電力その他には、きちんと代価は払っている。
世界最後の日にサバイバルしとるのではないのだから。そのあたりは誤解無く。
 
 
なんのために、そんなことを、するのか?
 
未来視のくせに。
 
 
これが単なる超能力大戦であるのなら、チベットあたりの山院で謎の僧侶たちとシリアスな表情でそれらしいことを言っていればいいのだろうが、これは己の都合。最終調整。
あいにく、規模もそれですまないくらいにでかいのもある。
 
なにせ、巨人の列会する宴だ。
 
 
「ありがと、モルモル。今、いく」
 
 
モニタのあるキャンピングカーに向かおうと、踵を返した瞬間。
 
 
かつてない、強烈な、幻視が来た。
 
 
ブロッカオーリオ(オイル差し)、ターリャ・パスタ(パイ車)コーラパスタ(麺漉し)、タリア・ポレンタ(ナイフ)、パスタサーヴァー(しゃくし)、パスタトング(まんま)、アルミッタパスタ(専用鍋)、マッキーナ・ペル・パスタ(マシン)、パスティーナ・ディ・ポレンタ(攪拌器)、パッサツット(裏ごし機)、マッタレッロ(麺棒)、アプリッチャアブッロ(バターカーラー)、コルテッロ・ペル・フォルマッジョ(チーズナイフ)、コルテッロ・ペル・フォルマッジョ・グラーナ(切り分けナイフ)、スキアッチャパターテ(挟み潰し器)、タリア・アッロスト(肉切り包丁)、ディアッソ・オッサ(さばきナイフ)、トリンチャポッロ(肉切りハサミ)、ピジアーレ・アーリョ(にんにくしぼり)、ペッシェーラ(ゆで鍋)、エプリュシュノーム(皮むきナイフ)、クトー・ア・カヌレ(筋つけナイフ)、クトー・ア・ジャンボン(スライス包丁)、クトー・ア・デゾセ(さばき包丁)、クトー・ア・フィレ・ド・ソール(ひらめ包丁)、クトー・ア・ユイトル(カキ殻あけ)、クトー・ア・レギューム(野菜包丁)、クトー・シ(のこぎり包丁)、クトー・ド・キュイジーヌ(牛刀)、クトー・ド・フィス(小ナイフ)、クトー・ド・ブーシェ(肉切り包丁)、クトー・トランシュラール(カービングナイフ)、クプレ(骨切り包丁)、カスロール(片手鍋)、ココット(厚手鍋)、ソトゥーズ(片手鍋)、ソトワール(ソテー鍋)、
バシーヌ・ア・フィリテュール(揚げ鍋)、プラ・ア・エスカルゴ(エスカルゴ鍋)、プラ・ア・グラタン(グラタン皿)、ブレジエール(蒸し鍋)、ポワソニエール(茹で鍋)、ポワラ・グリエ(刻みフライパン)、プワラ・クレープ(クレープフライパン)、ポワラ・ポワソン(ムニエルフライパン)、ポワロン・ア・シュクル(砂糖鍋)、ポワロン・ア・フォンデュ(フォンデュ鍋)、マルミット(両手鍋)、ロティソワール(だし骨焼き用ロースター)、エギュイユ・ア・ピケ(ピケ針)、エギュイユ・ア・ブリデ(ロースト針)、カスノワ(クルミ割り)、キュイエール・ア・レギューム(くりぬき器)、シノワ(漉し器)、フュジ・ド・ブーシュ(とぎ棒)、マンドリーヌ(野菜かんな)、ラープ・ア・フロマージュ(チーズおろし)、エプリュシューズ(皮むき器)、フール・ア・ミクロオンドゥ(電子レンジ)、穴杓子(ロウツァオ)、中華鍋(グォズ)、片手鍋(北京)、両手鍋(広東)、五徳、ささら、砂鍋(シャグォ)、玉杓子、蒸籠(ヂェンロン)、菜刀(ツァイダオ)、赤おろし金、編み捨て籠、一文字、入れ子、鱗引き、落とし蓋、切溜、銀簾、げんぺら、小間板、三角ぺら、七輪、水嚢、付け包丁、つま桶、どらさじ、抜板、羽二重越し、盤台、引筒、火床、坊主鍋、物相、うなぎ、出刃、薄刃、柳刃、菜切り、たこ引き、羊羹、といった各種包丁・・・・・
 
 
巨大な、それも洋中和問わずの料理器具がドンドコ降って来るという・・・・・
 
 
「なんだ、こりゃ・・・・・」
 
 
こういうことが、これから先、起こるのか?・・・・・まあ、自分が視たからには、起きるのだろう・・・・・こんなこと、干渉しようもない。にしても、なんのためか・・・
 
 
”料理して、食べるために、きまっている”
 
 
ふと、そんな幻聴を、聞いた気がした。
 
 
なにを?
 
 
問いかける口を、自分はもたない。そんな、恐れをしらぬビッグマウスは
 
 
 
「ノノカン?どうしたんだ」
 
気づけば、モルモルが不思議そうな顔して目の前に立っていた。ずいぶんとぼうっとしていたらしい。しかし、さすがに今の幻視を告げることはできない。Xを越えてZの領域だ。
 
 
どちらにせよ、すぐさま、確認できるわけだが・・・・・・・ストレートな、網膜映像で。
「現実」を。
 
 
はじめるとしよう。最終調整を。
 
 
どれほどの、闇(まっくら)を、沁み得るか・・・・・。
 
 
先が見えぬ安堵の量と、己が削られきってしまうまでのタイムリミット、その計測作業を。
 
 

 
 
 
 
もう、ずっと昔のことにも思える・・・・・
 
 
七百年、は、いいすぎか・・・・・・
 
 
七十年も、嘘くさく
 
 
十七年はリアルであるゆえにすぐに違うとわかる・・・・・
 
 
七年・・・・・・・・・微妙だが、そのあたりだろう・・・・
 
 
七ヶ月、では、たんに記憶力の悪さを指摘されるだけだ・・・・・・
 
 
感覚的に、十年と七ヶ月くらいの昔に思える出来事だ・・・・・
 
 
霧の山街で、母親と再会したのは
 
 
そこで、自分自身と母親の事情を、聞いたのだ。
 
 
白い箱形の研究所で、白い鳥に案内されて、
 
 
母は、「きょうかい」に立っていた。
 
 
十字の切れ間から指す光りに浮かぶ妊婦としかいいようのない影は
 
 
 
「・・・・ここにいる、このこが、ほんとうのシンジ・・・・・」
 
 
 
告げた。いとおしい、と、すべてのことばでも足りず、もどかしげにも満足げに、十の指で奏でるように、その命が満ちたふくらみを撫でながら・・・・・
 
 
「あなたは、じつは、碇シンイチ・・・・・長男だから、ふつうはそうでしょ?」
 
「えええええええっっ!?」
 
それはそうだが、確かにその命名ルールはありだし、ありがちだし変にひねらず分かりやすさは評価できるけれど・・・・・・いきなり、そんなのはないだろう!ないわ!!
 
 
「・・・なんてことは、ないわ。安心して」
 
言ってやろうと口を開きかけたところで、落とされた。光りの加減で表情がラスボスのように分かりにくいが、・・・・・・まあ、納得するしかないか・・・・と思えるのはおそらく遺伝の力。父から息子への生命を守るための知恵でありプロテクトであった。だがここで愛想でも笑ってやると、調子にのって「押して」くるので、あいまいに。母さんは。
 
 
「実はねえ」
 
これまでのこちらの説明は求めずとも、すべての承知の介、といった口元で、母は話した。
 
 
いったい、あの日、何が起こったのか。なぜ、三人家族が離ればなれになることになったのか。・・・・それを、なんの誤魔化しも容赦もなく希望観測もなく、根源から。
 
 
「シンジ、あなたは・・・・・言ってみれば、まぜごはんなの」
 
E計画統合責任者であり、超のつくレベルの科学者である碇ユイだが、そんな説明だった。
 
 
「まぜごはん・・・・・ああ、なるほど」
 
なるほどだった。母親だけあって、父親系の理解力を過信したりはしなかった。
 
 
「それが、どうしてもいやなら、ふつうの白いごはんに、できないこともないけど?」
 
 
ふくらみの撫で方が、ゆるやかであるがなんらかの呪文を刻むように変化し、何より
碇ゲンドウや冬月コウゾウがいれば、目を丸く、いや目をまわすような言い回しだった。
 
 
「むつかしいのが、そうなりゃそうなったで、こっち側に立つはめになっちゃうのよねえ七人ミサキじゃあるまいし・・・・・・ふふ、まあ、もう、七の内は神のうち、から七年で十四才か・・・・・おかあさんといっしょ、って年でもないでしょうしねえ・・・・・・どうする?シンジ」
 
 
「僕、まぜごはんで、いいよ」
 
 
「そうねえ、まぜごはん、いいわよね。お赤飯とかカレーライスとか牛丼とか」
 
「いや、お赤飯はとにかく、カレーも牛丼も?」
 
「いいんじゃない、まぜごはん認定で」
 
「どうかな・・・・ドライカレーはともかく・・・・・」
 
 
これは、なんの話なのだろうか・・・・いかんせん、その場にはつっこむ者はいなかった。
 
 
「ずいぶんと、まぜごはんを好いてくれる子もいるみたいだしね・・・・・渚君だっけ?あんな出来杉くんが息子と友達になってくれるなんて・・・・・母さん冥利につきるわ」
 
 
「母さん?」
泣いているようでもあるし、単なる嘘なきのようでもある。ただ、底のない水の流れを、感じた。
 
 
「まぜごはんでも、いい、と言ったあなたが、あなた。牛丼はまぜごはんじゃなく、それは牛めしだと思ったあなたが、あなた。それさえ忘れなければ、集めていっても問題ないから。ちゃんと、料理すれば」
 
「いや、僕はドライカレーって・・・・・まあ、いいけど」
 
 
「どこかで、線をひく必要は、あるのだけどね。それが、彼女たちとの約束」
 
 
「約束・・・?」
 
「じゃ、がんばって。いろいろと大変だろうけど・・・・ま、大変のはじまりはじまり、よ。敵だって選り取り見取り。退屈はしないと思うわ。味方の人は大事にね。ああ、もちろん、お友達も。・・・・・・あなたには、あなたのかたちが、もう、あるものね
いってらっしゃい・・・・・・わたしの、味っ子」
 
「もう?それに、味っ子ってなにさ」
 
「ルネッサンスな情熱のことよ。エンドレスな深呼吸なこと。さ、外に二人も待たせているんでしょ。しかも片方が、美少女って。ふふーふ、母さん似のおかげ?」
 
 
相も変わらず表情など分からないけれど、喜ぶ、うれしい、いや、これは祝っている・・・・・・・のだろう。作り直しを要求することも出来たけれど、これでいい、と告げたことを。まぜごはんだろうと、作ってもらって文句をいう道理もない。まあ、どういうわけか、おっしゃるとおり、美少女の同行者もそりゃ、いるわけだし。・・・その程度でも。
 
 
そう、いえることは、たぶん、いいことなのだ。境界、ミサキに立つ、唯の影にしてみれば、その一言が、どれだけ、まぶしいものなのか。分かるほどには分からない。
 
 
 
ひかりのひと
 
 
 
振り出しに戻る、と言う選択肢も、当然、あったのだ。あの膨らみの中に保管されてある、ひとのかたちの中に。・・・こうなると、そりゃ、父さんも迷うだろうね。いや男族なら。
 
 
「・・・・最後には、迎えにきた方が、いい?」
 
迷った挙げ句に、こういう中途半端な約束を切り出してしまうのも、野郎族だからかな。
 
 
「シンちゃんは、やさしいねえ・・・・・でも、こんなやさしい息子も、いつか、どこぞの娘っ子にとられちゃう日がくるのかー・・・・・だから、いいのよ。いつかマゴマゴしい孫でも拝ませて。それから、ゲンドウさん、お父さんがもし、まどうことがあったら・・・・・いや、これはいいわ。それはないわ。碇ゲンドウ、六分儀ゲンドウがそんなかっこ悪い姿をさらすわけがないしー。”そんなところ”にはわたしがいないことくらい分かってくれてるかっ!・・・ってごめんね、勝手にテンションあげてて」
 
 
「母さんは、父さんのどこがよかったの」
 
「そりゃ、母さんにベタ惚れなところ?いや、あそこまでベタ惚れられるとどうにもなりませんよ。あの人の、生きるべきフィールド、棲息環境を大いに変えちゃった責任もあるけど」
 
まあ、確かに。母親→父親、という構図が想像もできないのだから。聞いた方がバカだった。しかし、責任って。なんか逆な気もするが、黙っておく。
 
 
「てなわけで、遺伝的には、シンちゃんも盲目系に惚れっぽいかもしれない。心配ねえ。そんな時は、一途にのぼせあがらないで、ちょっと距離をおいて、熱をさましてみるのよ?ホレホレ詐欺、みたいなことになるかもしれないし。世界に女は、あの子だけじゃないのよ?」
 
 
それを、リアルタイム、ちょうどよいタイミングで聞くことは、できない。
親の忠告なんてものは、何時の時代も何時の世もそうなのかもしれないけれど。
 
 
「シンちゃんの愛は、どうなるのかしら・・・・・・・」
 
 
「愛・・・・・愛ってアイ!?」
 
しかしながら、いきなりのようでもあり、根本のことでもある。南の島のおさるさんを半分に分割したものではない。だろう。
 
 
「心配だから、ここで愛クイズです・・・・」
 
「なにそれ!!?なんでため息っぽく?せめて元気よくいこうよ!?」
 
「この中から、いちばん愛なものを選びなさい。制限時間は十秒」
 
「アイムショック!!」
 
 
「1,愛するとは、相手の中に新たな生命を噴出させること、再創造することである
 
 2,愛する、ということは幸福と幸福が溶け合ってより幸福になるような交換を望むことである
 
 3,自分にできること、あらゆることを、なすことが、愛である
 
 4,愛は家庭で始まるが、正義は隣の庭ではじまる
 
 5,愛し合うということは、ともに腹をすかすことであって、互いに食い合うことではない
 
 6,愛するとき、人は愛していない時とはまったく別の魂をもつようである
 
 7,快活な表情は、一皿の料理を大ごちそうにする」
 
 
 
 
・・・・・その時の答えが、基幹の核になっていると、したら・・・
 
 
 
血の色の霧に包まれた第三新東京市全域を産院として、「碇シンジ」は新生をはじめていた。
 
 
渚カヲルの構築した、第二支部の現出着陸に勝るとも劣らぬ大儀式。
 
本来であれば、あの一夜で全て形におさまるはずだった。
 
いまさら手順もなにもない。用意したものもあちこち虫食いにされてしまっている。
 
 
 
が、成すべきは「今」。
 
散逸した材料たちが、集結しつつある今こそ。
 
 
渚カヲルの考えた手順と異なり、場の器とされたのは、エヴァ初号機。
 
いいように逆さ宙吊りにされて、回転もさせられて、完全に「上手に焼けますか」状態であるが。
 
 
LCLも注水されていなかったエヴァ初号機のエントリープラグの中は、外部空気ごと血の霧を吸いこむと少しづつ、怪談でよくある幽霊客をのせたタクシーの後部座席のように濡れていき、だんだんと、ごぽごぽと水位をあげていき・・・・・・そして満水になり。
 
 
はじめは、言葉ありき
 
 
そこに、眼光が、三つ、生まれた。
 
 
少年は、神話になれるかもしれないが、聖書ではなかった。だからちょっと違った。
 
 
三つの眼光は、自らがなにものであるか、確かめるように・・・・・ぐるりと、
 
 
周囲を、見渡した。
 
 
自らに、ちかしいものが、すぐそばまで、きていることを、本能的に、感じ取ったのだ。
 
 
とても、ちかしいものが、本能的な、ものが・・・・・
 
 
「!!!!」
 
ぷらーん、と。やってきていた。
 
 
「それ」は。あえていうなら、「白の巨象」であり・・・・・、お食事中の方にはまことに申し訳ないのだが、真実を描写するためにやむなく、なのだが、「白のおいなりさん」であった。なんのことか、全く分からない方はそのままスルーしていただこう!
 
 
三つの眼光は、正確には眼球ではないのだが、あまりの光景に、三つとも一斉に裂かれんばかりに充血して真っ赤に染まった。「ギャアーーーー!!」と口がきければ、悲鳴をあげたにちがいない。
 
もはや神話ではなく、すっかり怪談。
 
 

 
 
 
約束を破れば、針を千本呑ます、ということがある。
 
 
ほんとうに、そういった目にあった人物が実在するのであろうか・・・・・?
 
 
ホラー視点で読み解く必要もなく、そのまんまでこわい話である。
 
 
では、約束したわけではないが、果たすべきことがあるにもかかわらず、遅刻した人間を、どうすべきか?
 
 
それも、大遅刻の場合。
 
 
たとえば会社組織内のことであれば、減俸なり降格なり信用発言力を失う等の負の代償を払えばすむことかもしれないが、これがもっと大きな枠組み、都市地域全体の、ひいては一つの国の、さらにいえば、世界まるごと、いや地理上のそれに収まらず時間軸、人類の歴史に取り返しのつかぬ深刻なダメージを与えるようなことであれば、どうだろうか。
 
 
その制裁の量は、いかほどになるだろうか。針で換算すれば、どれほどに?何本?
 
 
・・・・・使徒が引いた以上、それを計算できる人間も機械もない。
 
 
では、その罪は零か
 
 
 
 
時に関わる罪は、時を司るものが、裁くべき・・・・・・
 
 
綾波レイは、そのようなことを、一瞬だけ、考えた。
 
 
 
 
ようやく、戻ってきたというのに
 
 
使徒ではなく、時計文字盤の顔をしたエヴァたちが、いきなり襲いかかってきたその時に。
 
 
こちらを、深く、刻みにきている、というのは、肌でわかった。主文の読み上げなどなくとも。第二東京のつぎは、第三新東京市・・・・・自分の、自分たちの本拠地にやってきた。こんなところまで、やってきやがって・・・・・・口にはしないが浮かぶ感情はそれ。
 
 
こんな連中が、いていい場所ではないし・・・・いてほしくない。絶対に。
金気臭い・・・・・・匂いが、どうにも・・・・・・・・・・・・いやだ。
 
 
同じ、エヴァではあるが、共闘などしたくない。どこか遠い別の所で使徒と噛み合っててほしい。そう・・・・・、別天、月とかいいかもしれない。
 
 
一瞬だけ考えたけれど、文字盤仮面などに裁かれるなど、ごめんであった。
 
 
五面ではなく。
 
 
いつか昔、そんなとぼけたことを、ぬかしていた「彼」は・・・・
 
 
渦をまく、赤い外套をまとう「彼」は・・・・初号機があるくせに
 
 
なんだか、さかさになってふざけている、し・・・・・なんの真似なのか。
 
 
四枚の眼翼なんかで生やして空に浮く・・・・・翼の色がオレンジなのも、なんだか
 
 
再生増殖されたらしい伍号機たちが、「いまさら・・・」強敵ポストにつけるわけもない。
それくらいなら自分が就任するだろう、いっそ。
 
 
奇妙な歌を歌う六眼のエヴァ・・・・・あれが、四号機封じの十二号機・・・・
 
 
事情があっていいように囚われているのか・・・・・・わからないけど。
 
 
 
「連れて行か・・・・・・こまる」
 
 
せない、と断言できる自分であるのか。それも分からず、こまってしまう綾波レイ。
帰ってきたのに、迷子のようで。
 
 
 
「Tサタナの、U手を、Vかえしてもらう」
 
 
そういえば、そんなこともあったな、と。文字盤仮面たちは鬼声をあげながら。
第二東京でのあの「なかったことにされた」事件。記録は人の心の中にしかできなかった。
自分と零号機はそれに逆らった。その罰として自分は呪いをもらい、青い目になり。
 
 
「Wおまえがいると、Xくるってしまう」
 
時を逆巻く力は無敵だと思うけれど。彼らは、この胸の内にある、「こんなこと」が、
それほど
 
 
こわいのか
 
 
綾波の血が、あざわらう。
 
「こんなこと」しかなかった血脈が。えんえんとそれを脈打たせてきた一族の、最新の血である自分が。赤の目という派手な徴をもつ異能一族の綾波が他家と異なり、なんとかここまで続いてきた源でもあるだろう。言葉にして祖母に説明されたわけでもない。そんなことは、たぶん、生まれた時から、知っていたのだ。
 
そして、それを頑なに守ろうとする。してきた。
 
 
 
負ける気が、しない。
 
 
一対五にして、プロトタイプと上位機種。地の利だけでとてもまかないきれる差でもなし。
 
 
「槍があってもオレたち相手じゃな・・・・・サタナのことがなけりゃ一対一でやってよかったんだが・・・・・・・・待ち切れねえんだわ、すまんな」
 
 
儀式が始まっている。ロンギヌソクな槍はもう手放す、というか、足放さねばならない。
 
 
{いいんですか、この連中を☆キラッとかないで}
「それはいいから」
 
なにが☆と書いてキラーだ。超時空殺人者じゃあるまいし。動詞化もいいから。
 
 
思うだけで、赤い義足は槍に戻った。使徒殺しの毒槍にして・・・・・碇シンジの魂の器。
 
 
ずいぶんと三下口調ではあったが、これは・・・・・通訳誤訳の問題だと、思いたい。
 
あれが本性・・・・いや、そんな単純な話ではないのだ。たぶん。
 
でも、魂がなければ。人間は、やはり。
 
 
 
深紅の槍を、宙にある逆さ吊り初号機めがけて投げつける。
 
 
こんなまわりくどくて、一度といわず二度三度もこちらを激怒に導くようなものでも、彼にはやはり必要。四号機封殺の十二号機は・・・・・元フィフスと元レリエルがどうにかするだろう。というか、しろ、と思う。
 
 
どすっっ
 
 
槍は初号機の胸部を貫いた。儀式の途中に割り込むには乱暴すぎるのだろうが。
まあ、そこまで面倒みきれない。
 
 
「Y自分で Z牙を捨てるなんて・・・・・・[でも、\ゆるして、あげない]」
 
 
片足単騎で、一対五。負ける気がしない、というのは、自分がそう思うだけで。
未来が読めるわけでもない。大使徒の関を越えてきたのも、見逃された以上のことはない。
 
 
あやまちばかりの道を、歩いてきた
 
 
もう少し、理想の舗装道路があったのだろう、とは思う。
 
 
だが、これしかない。戦闘だけを考えるなら、この局面で槍を手放すべきでもない。
 
 
けれど、そうするのだ。
 
 
あやまちの藪茨ルートで、ひっかきまわされながら、ミミズ腫れをこさえながら
 
 
その傷を、わすれない。
 
 
気づくのは、傷つくこと。すんなり悟れればいいのだけれど。そんなのは百万人に一人の道。司馬遼先生も仰っていた。
 
 
あっさりと、ひっくり返された。
 
 
片腕がゴングになっている、声から判断するに一対一を一応は望んでいた機体だった。
 
言うだけのことはある、相当な使い手だ。これが柔道の試合なら一本とられて終わりですむのだが・・・・・・
 
 
それから他の機体たちに・・・・・一秒の乱れとてない連携で、「陣」をとられる。
 
 
頭部を、掴まれた・・・・・・・「落」ラク「天」
 
左腕を、掴まれた・・・・・・・「葉」ヨウ「人」
 
右腕を、掴まれた・・・・・・・「帰」キ 「伍」 
 
右足を、掴まれた・・・・・・・「根」コン「衰」
 
 
ぐるぐる、と、児戯のように、まわされる。空の初号機が縦方向ならば、こちらは横に。
 
 
機体を掴んで拡大する渦のように、のばされていく。痛みは・・・・ないはずがない。
 
それ以上に・・・・
 
 
零号機が、根本的につかいものにならなくされている。
 
声もあげられず零号機がないている。
 
上位機種たる彼らは、そういうことができるらしい。破壊ではなく、内部からの組織暴走、生き腐れのような・・・・・役割を終えず退役を迎えさせた兵士を穏当に廃棄するように
 
 
片足もなく、将首に一太刀浴びせるほどの武具もなく。
攻撃らしい攻撃ではないため、せっかく習得した吸刀術もなんの役にもたたない。
むしろ成立理念からして、穏当に滅びに殉じてしまいそうだった。
 
 
「]T機体は卍衰させ、]Uお前は逆行させる・・・・」
 
 
ゴング手の終時計機体が、謎な刑罰を告げてきた。その内容を問うことも異議を唱える余力もない。零号機がないている。牙の闇顎を埋め込まれても、神魔の毒槍を繋げられても、なくことをしなかった独眼の機体が、いま、ないている。己の果たすべき役割をゼロにされる無念さに、ないている。生き腐れにされる恥辱に耐えながら。乗り手との絆が切れるどころか、消される予感に。逆行、それが何を意味するのか、零号機は分かっていた。
 
 
「T異能の拡大のチカラ、Uどれほどのモノか・・・・・V張っていなさい」
「Wでなければ・・・・Xどれほどトぶのか、Yわからないドン」
「Z生まれる前に・・・・・[かえるかもしれないけどね・・・それも幸せか\」
 
 
せめてATフィールドを全霊全力で展開してみたが、頭数が違うわ、異能沈めの十二号機がいる。刹那に切り裂かれ剥がされて終わり。槍は、手放すべきでは、なかった。
少々、邪悪な魂が入っていたとしても。
 
 
 
「]はじめから ]Tやりなおして ]Uみろ」
 
 
 
ゴングの打ち金が引き上げられる。
 
時を遡るというにあまりに簡潔ではあるが、それが鳴れば・・・・
 
 
針は針でも、時計の針で
 
 
 
「T邪魔したければ U止めませんが」
 
「V近いと W巻き込まれるドン」
 
「Xイヌガミちゃんなんかは Y恩知らずじゃないの Z犬なのに」
 
「[月面族どもも \ 一応は警告しておく・・・・]寄るなよ」
 
 
 
千本呑ませる、というか
千回、逆回す、というか
 
 
「]T参号機の青御師は・・・・・・・・]U幕降りられましたか、ご興味なし、と」
 
 
同じエヴァを感知する範囲もプロトタイプとは段違いの性能をもっているのだろう。
彼らが言ったあとで、遅れてその意味が分かった。
 
 
どういう仕掛けか漆黒に変色したエヴァ弐号機が、こちらに四足で駆け寄ろうとしていたらしいが、終時計の睨みに縮地のバックステップでさがっており。
 
 
月面族、という言葉が何を指しているのか少々謎であるけれど今さらでもある。西の方角から高速飛行で第三新東京空圏内に入り込んできた八号機の光・・・・そのことだろう。
 
火織ナギサ、彼も戻ってきたのか・・・・・しかし、なぜ複数形・・・?
 
 
参号機も彼らとは因縁があったはずだが、放置というか敬遠らしい。参号機というより、現在の乗り手についてのようだが。機体を、降りた、ということだろうか・・・・
 
 
まともに働く意識の欠片で思う発令所との連絡は、完全に遮断されている。いきなり出ていって戻った挙げ句に時計顔連中にまわされて、となれば皆、呆れ果てるほかないだろうが。碇司令も葛城ミサトもいないけれど。ここは、自陣。ここは、己に利する場所。
 
現在の自分が守り、戦い抜くべきところ。そう、決めたのだ。
 
 
フィフス、渚カヲルが去っても
 
フォース、明暗が特攻しても
 
サード、碇シンジがあの調子でも
 
セカンド、惣流アスカが遠くにいこうと
 
ハーフダブル、ツイン、呼びようもない洞木ヒカリと鈴原トウジを引き込んだ
 
 
ファースト、この自分が
 
 
「T言い残すUことがVあるか」
 
「WあってもXきかないけどね」
 
「YでもZサタナ[おそいドン」
 
 
七生報国・・・・・といった烈火の感情は湧いてこない。
 
この期に及んでも負ける気がしないからだ。大使徒と対峙したことで恐怖レベルや強者メーターが振り切れて故障してしまっているのか。
 
 
漆黒の体色変化し何らかの最終モードを発動したような弐号機も
 
高度を下げず、そのまままっすぐ下界の光景にはなんの興味もないような八号機も
 
このド修羅場の中で機体を身一つで降りたのは操手もやはり修羅なのだろうが、つまりは動けない参号機も
 
期待するだけあれだが、作戦部長連が機能していないネルフ本部発令所も
 
 
 
零号機を中心とした文字盤による人造人間大時計の発する異様の気配、ATフィールドとも異なる、人の触れざる届かぬ・・・見てもならぬ絶対の隔絶結界に、手が出せぬ。
 
 
 
槍を得ても、もしくは貫かれたショックのあまりか、まったくの丸焼き状態からピクリとも動かぬ初号機も・・・・・とにかく目が死んでおり、この惨状が目玉に映りさえすればMK5、マジギレ間違いないのだが・・・・その五秒間が永遠にやってこぬ感じであった。
 
 
 
「\のんきに待っててユイザのアレに巻き込まれてもかなわないよ」
 
「]だな]Tやるぞ」
 
「]Uさよならファーストチルドレン、槍を放してくれたことは感謝します」
 
 
 
 
 
甲っっっ!!!
 
 
 

 
 
”それ”が・・・・・「行」が「甲」であったのが、間違いではないのを一番いい位置で確認したのは、犬飼イヌガミであった。
 
 
最終モード「ANUBIS」まで発動して零号機に助太刀する理由など、なかった。
いくら発動代償としての視力がすでに無いのだとしても。そこまで
 
 
魔神玉がいきたがっていたのでエントリープラグから出してやると、逆さつり下げ初号機のところへ飛んでいったから、そのパワーはアテにはできない。まあ、魔神との契約の終わり、といったところで。あれは彼のこころ。こころは砕いても砕いても、砕きすぎることはない。べつに、零号機のマネをしたわけではない。
 
 
ほうっておけばよかったのだ。十二号機の六眼が八号機の方へ向いたからといって。
 
 
データ収集ならば観戦で十分、参戦まですることはない。「血が、騒いじゃった?一番の冷静っ子のキミがねー、”黒犬”まで出すかー」しかし、真希波は笑っていた。
 
 
が、駆けつけようとしたのはいいが、読まれたあげくに結界を張られた。
 
連携速度が尋常ではない。チームというかもはや同体。獣の、犬の近寄れぬ透明の檻。
連中がエヴァを、下位の戦闘用を、どうとでもしてしまえる位階差があるのは理解した。
 
 
そんな相手に唯一、おそらくそうだろう、土をつけたらしい零号機、綾波レイを、ここまま失えば・・・・・・・
 
 
この業界、なんとも息苦しいものになるだろう。自分たち、獣飼いにとっても。
 
 
そんな計算も後付だが。とにかく、手の出しようがない。戦闘頭脳を欠いている本部発令所も完全にパニックになっている。使徒相手ならばともかく、謎のエヴァとなれば・・・。自分のことは棚上げするが。「”あー、もう少しで間に合わないかー、こんなものブチ抜けるなんてあのお姫さまズしかいないってのにー”」真希波通信が意味の分からないことをぶつくさ言っているがいつものことなのでここで追求しても仕方がない。
にしても、あの結界をどうにかできる者がいるのか・・・・・?しかも複数?
 
 
八号機も、どういうわけだかパイロットが降りた参号機も、とうぜん丸焼きのやせたブタのような初号機も、零号機を助けられない。自分も、そうだが・・・・勇み足もいいところだ。スラのあの声の温度からすれば、コトが終わったあとで必ず殺しにくるだろう。執念深そうだ・・・。その前に、零号機とパイロットは・・・・・腐り落とされ落葉帰根、つかいものにならなくされ、消される。わけか。
 
 
あの時計結界は、人間にはどうしようもできまい。使徒であってもどうだか。獣もそうだ。
 
 
ここで神か悪魔が現れてどうにかするほど、零号機パイロットは信心深そうでも魂売ってそうでもない。これまで積んだ事象が、どうにか・するだけのこと。奇跡も。
 
 
そうそう起きないから奇跡なのだ。しかも、自前で起こせないほどガッチリ卍ホールドされてもいるし。どうにもならない。噂にきく島流しならぬ時流しの刑・・・・自園追放。
自分という最初で最後の国から記憶という共有領地からも追放される。
存在を分割されて薄く。カゲロウのエクスキューション。
どの宗派の超越存在でも、そこまで残酷なことはするまい。もはや異星の発想だろう。
 
 
さらば、ファーストチルドレン
さらば、モード・アヌビスの見せ場
 
 
そう、思った瞬間のこと。
 
 
空から、装甲の人型が、降ってきたのだ・・・・・・
 
 
あまりに驚くと、「!!」もでてこないものなのだ・・・・・
 
 
輸送中の不幸な落下事故、ではない、やる気だ。やる気だった。満々だった。機械の唸りが。機器の作動音が。感情ないはずの電子音さえこれ以上なくボンバイエ。
 
つもりで、そのつもりで、降りてきたのだ。降りざまにゴング手の終時計式「ハウンドユニオン」の文字盤顔面にケリをくれていった。かなり複雑な駆け引きとフェイントをいれていた。間違いない。秘匿する気などまるでない公開チャンネルで、ボリュームがおかしいのかとおもうくらい、大きな声で明言もした!!いまごろ「!!」もでてきたが。
 
 
「キターーーーーー!!シャバデゥビダッパヘンシーーーーーーン!!オ待タセシマシタ!ネルフノ皆々様様!!熱イ友情デ結バレテ五十年、テノハサバデスガ、ピンチング・ピンチニコノ時田トJA電王クライマックス・FW(フォーゼウィザード)ガ、ヤッテマイリマシタヨ!」
 
 
 
なんだこれは。
 
 
いや、知識はある。知識には、ある。時田シロウとJAのことは。業界のダークホース。
 
しかし、この異様テンション、といおうか、あきらかに、「何者かに操られてる臭」がプンプンなのだが。もちろんJA(以下略)は無人であり遠隔操作なのは間違いない、そのため今のところ届くのが音声のみであるのが救いというか、目玉グルグル首カクカクな感じであろうその顔をみたくないというか。ネルフをライバル視というか目の敵にしていたはずで。
 
しかもこいつは原子炉内蔵だったはず・・・・・・シャレにならないぞ。なにが「ヨ」だ。
ネルフ本部発令所でも、空気が固まっているところを聞くに・・・・・誰が呼んだの?
 
 
ネルフ本部・闇の奥院でモノリス司令をバックにして冬月副司令が、まさに魔王裸足の薄笑いを浮かべていることなど、犬飼イヌガミにはさすがに知れぬ。
 
 
しかし、零号機を閉じていた「陣」が、これで崩された。
 
 
十二号機も八号機をじっと対峙で動きは無し、こっちに興味はない模様。
いける。とりあえず、後腐れの無いよう、スラをやっておくとしよう・・・・・・
ケダモノの発想である。真希波・マリ・イラストリアスもケタケタ喜んでいた。
 
 
ビースト・モードのスペシャル、”黒犬・アヌビス”の牙が、文字盤に切り込んだ!
 
 
 
その47秒後に、どこかの無人島から連続発射されたATバビロンオルタ・ニムロッドによるそれこそ魔女のように正確無比な援護が開始された。
 
 

 
 
 
「ここでいかんで、いつ行くんや?」
 
鈴原トウジは自問し自答する。
 
 
「そう、今や」
 
恐れが、ないわけではない。むしろ、恐怖絶頂マックスであるが、いかねばならない。
いろいろ多くは問えない。そんな場合ではない。問いはひとつ、さきほど使ってしまった。
答えても、しまった。あとは、やるだけだ。
 
 
参号機が、カラになった。乗っていた者が、降りたのだという。
 
 
それが逃げなどではないことは自明。どういう理由か、こっちに譲ってきたのだ。
任された、などという増長ができるはずもない。試しにきた、というのがかろうじて。
 
 
地上は市街は、でたらめなことになっている。大層な理屈も高説も知ったことではない。
ただ、友人の乗ったエヴァが、蹂躙されている。グチャグチャにされている。
 
 
「ワヤや」
 
怒りと気の乱れは反比例する。これだけトサカにきていれば、もっと乱れると思っていた。
収束し、尖ってゆくイメージが腹の底に。銀と鋼の色が交互に。そして、強風が胎動する。
本部の大人がああも混乱するくらいなのだから、文字盤エヴァはそれの使いなのだろう。
ガキの使いならぬ、ワヤの使い、だ。わからん人間もおろうが、かんべんしてもらう。
 
 
 
「鈴原」
 
洞木ヒカリも怒っている。声は、鎧う硬さなど必要もないほどに、強い。
彼と自分がどうすればよいのか分かっている確信もある。
 
 
参号機を、ここまで、自分の元まで、連れてくる。それが、彼の鈴原トウジの役目。
あの混乱無惨の戦場のど真ん中をつっきって、走り抜けて。
 
そこから先が、自分の役目。
 
分かっているから、止められないし、止める気もない。自分の男は、風の男だと。
碇君が雲の・・・男・・・男の子なら。鈴原は、風だろう。渚君は月かな。ともあれ。
風雲は急を告げきっている。大変なのだ。
 
 
「気を、つけて」
 
「応」
振り向きもしない彼に、背中で応えられた。武者半分恐怖半分の震えが、左右の肩に。
 
 
 
エヴァみたいな巨人がドッカンドッカンやっているところを突き抜ける、というのは大半を地下ルート使用とはいえ、ほぼ自殺行。参号機は地上にあるのだ。勇気だけでできないことの最上位難度。
 
 
「孫娘のため、苦労かけるね。命の保証はできないけど、綾波の名にかけて全能を尽くすよ・・・にしても、冬月め、なにが碇の小僧が守る、だよ。なんだいあのていたらく」
「すいません、うちの上司が・・・・・けどまあ、シンジ君を責めないであげてください。彼もがんばってるんですよ〜」
「現在進行の生誕奇跡がずいぶんと軽い扱いだが・・・・ま、術式の進展を保護するのも衛士の勤めだな」
「急ギマショウ、出発時刻ノ遅レハ、搭乗成功確率ヲ下ゲテシマイマス。・・・スミマセン、今ノ警告時間デ0,9%下落シマシタ」
 
 
鈴原一人だけなら、現実どうにもなるまいから止めたけれど。護衛がついてくれる。
 
 
なぜか綾波さんのおばあさんが筆頭で、正式なネルフの人が青葉さんしかいないけど。
頼もしさは、ある。そもそも、普通の人間はこんなこと受け止めることもできない。
でたらめの中をつっきるのだから、それに対抗できる特別の人材でなければ。
 
 
「よろしゅう、おねがいします」
 
鈴原トウジが護衛連に向かって頭を下げた。これは、自分たちの言い出した無茶。
護衛の人にも家族があるし、その無茶に体と命を張らねばならないわけだ。
半人前の子供の無茶に。
 
 
護衛連は少年のさげた頭のつむじのあたりに”星”をみた。
どうしたって守りたくなる希望の星を。未来を宿す小宇宙。応じるは力強い頷き。少年の肩に重荷を負わせてもいるのだ。自分たちは。
 
「ほな、いきまっせ!!」
 
巨人どもに踏みつぶされぬよう、一団は風になって吹き抜ける。それだけで読まずには死ねないくらいの冒険小説が出来上がるほどの苦難苦闘であった。
 
 
 
参号機も、それを待っていた。
 
 
まだ若すぎるが、新風を。
 
 
それを呑んで一暴れするのも、また一興ではないか・・・・・
 
 
鈴原トウジを乗せた参号機が疾風となって片足の零号機を支え、戦況を文字盤ごとひっくり返そうと奮戦する・・・・・
 
 

 
 
 
「だって、カヲルが頼むんだもん。ね?カナギ」
「そう、カヲルが頼んだんだもん。ね?サギナ」
 
 
碇ゲンドウと今後の交渉をしていると、後ろで遊んでいた二人が、いきなり弾けるように駆け出して、八号機にまっしぐらに搭乗する。どこかのマリネラ国王のような走法に追いつけなかった。頭数の違いもあるが、エヴァの扱いはこの二人の姉と兄(製造順でいえばそうなる)の方が長けている。八号機もすぐ二人の味方についた。三人シンクロ即許可で。
 
・・・・・あなたたちのこの先の生き筋の話をしていたんだけどねー・・・・
 
 
それを中途で切り上げざるを得なかった。何処に向かうのか、予感はあった。
本来であれば、代償として己一人が八号機に搭乗して向かった場所であった。
 
 
第三新東京市
 
 
とんぼ返りもいいところだが、出る前と現在では、状況が完全に変化している。
 
シオヒトによる首輪はもうない。自由に行動できるが、オルドオルタ殺害の代価も払わねばならない。自分は道具として生きるにしても、制御器として仮死状態にあった幼い兄姉は、それに付き合う必要もない。わざわざエヴァに乗り、戦場の空に舞い散ることはない。
肉体的にも精神的にも世間知的にも・・・・・保護者が必要だ。しかも事情を深く知る。
利用するのは仕方がないが、使い捨てにするならば・・・・・・一人も、二人も、同じ。
 
 
フィフス・チルドレンの、不完全な、分割コピー、バックアップたる自分たちクレセント。
一類、二類、三類、四類、まで、区分して造られた。完全の満月であることはゆるされなかった。そもそも、そのようにすら造られていない。コピーであることにも劣る存在価値。
 
 
根源のオリジナル、渚カヲルは、自分たちにとって、似て非なる遠きもの。水鏡。
 
 
親近感など全く覚えない。サギナやカナギに対して感じる本能的な連帯感など微塵も。
なにを擲っても動き出さざるを得ない脈動を、感じない。なのに
 
 
「どうしても、頼むんだって。だから行ってあげないと」
「これだけは、自分でやれないから。頼むってカヲルが」
 
 
自分とはどこか違うのか、それとも、この二人には同調していたのか。
自分の前には、現れない。人質首輪で従属させられていた自分の前には。
ボクシングゲヘナ。箱詰めにされていた自分の前には。その姿を。
 
 
ひかりのてが ふれることはなく
 
 
人以上の何かに首尾良く化けたというのなら、その力で妹弟をどうにかしてやることくらいしたっていいだろう・・・・・・・!
 
 
「「しぬから」」
 
 
「え?」
なんだか物騒なことを言われた。
 
 
「ナギサだけ行っても、十二号機が待ちかまえてるから、溺死させられて終わるって」
「再生伍号機もたくさんいるから、ボコられてカジられてナメられて殺されるって」
 
 
「ええー!?」
なんだそれは。ものすごい死ね死ねフラグではないか。確かにてめえで行きたくないのは分かるが、それを頼んで妹弟たちにやらせるのかい・・・・・・・
 
 
「カッパラル・マ・ギアから十三号機も飛んできてるから」
「時間稼ぎだけだね、できることは・・・・・・・あとは」
 
 
「「シンジくんたちがやるからって」」
 
 
「やるからって言われても・・・・・・・・」
当然、あちらと打ち合わせをしている余裕などないし、その関係にもない。
碇・冬月、の怪令二人にいいように転がされているわけだが。自棄になるには兄姉が邪魔にすぎる。
 
・・・・・・要は、厄介な決め打ち封殺機体である十二号機の目をそらすのが目的なのだろう。四号機がいつまでも現れなければ、さすがに他の仕事をやりだすに違いない。
歌ってばかり、というのはありえまい。
 
 
「秒殺される?」
「一秒もたぬ?」
 
そう言われると否定したいのは何根性か。四号機・フィフスチルドレン、渚カヲルを封じるための十二号機・・・・・自分たち三人で、フィフスの領域に到達できるか、いや、それ以上へ。・・・・それと似て非なる者であるからこそ、裏をかける可能性も、ある、か。
 
 
命がけの物まねだ。
 
 
いよいよ危なくなったら、後ろから本物が現れる、というのも期待できないあたり。
 
 
というわけで八号機は十二号機に専念。とてもその他のことにかまう余裕などなかった。
 
 

 
 
 
乱戦になった。
 
 
綾波レイを頭とする、時田氏の操作するJA電王クライマックスFW、その時田氏を操作しているようであるル・ベルゼとル・さかな、またそれらを裏から操る冬月副司令ときて犬飼イヌガミの駆る黒犬アヌビスモードのエヴァ弐号機、そして鈴原トウジとともに六甲おろしのように吹き荒れる虎のタイガーエヴァ参号機、の、建前は己のリングを守っている正規軍のはずなのだが、見た目には反乱ヒール軍にしか見えない、さらにはルール無用レフェリーなにそれ?あんたバカ?の超超遠距離からの場外攻撃までかましてくる極悪ぶりの「綾波軍団」
 
 
上位機種であり秘儀用としてそも戦闘に関わらぬはずだが、私怨により・・・・つまりはこちらも組織ルール無視御意見無用な暴れっぷりで正規軍とは認識しづらい、ホームアウエーの領域を越えネルフ本部発令所からはブーイングの嵐、しょせんは殴り込みカチ込み以外の何物でもないわ!!全員が時計文字盤という謎覆面をしているようでもありどうにも正義っぽくなかった「終時計部隊」。
 
 
ただ、まともに正面からぶつかれば、綾波軍団はあっさり粉砕されていたことだろう。
 
 
これまでに蓄積してきた都市戦闘の経験値、人の和心情面その他を含めた絶対的地の利、
ようやく自分とこの戦闘指揮が終わったエッカ・チャチャボールとようやく一命をとりとめた座目楽シュノが発令所の表裏を動かしても
 
 
地力が違いすぎた。また、零号機と弐号機はとっくに限界を超している。
それがなんとか綾波軍団側が全滅を免れているのは、ルールの存在があったから。
 
 
綾波レイの首をとられたら負け、というものだったらカタはついている。
終時計部隊はそれこそ目的であったはずなのだが、それを、逸らされた。
 
 
鈴原トウジの乗る参号機が、洞木ヒカリの待つ地点に到達させぬ・・・・・・・
 
 
そんな足枷をはめられて。そうなれば、負け、であると。王女でも姫でもないが、彼女こそ、この先の、革命の後の女王であると。上位存在であるからこそ、認知している。
 
 
異能沈めとして絶大な権能を持ち合わせている十二号機にも、四号機封じの任、という鎖がかけられている。そのためだけの機体。そのためだけの力。同じく封じられる存在。
恐るべき子供には恐るべき子供を。それでも足りなければ人形を。
 
 
シンクロ率を上下指揮する、という掟破りのその霊声はもちろんだが・・・・
 
 
・・・・・同じ座位につけるかもしれぬ者、として、十二号機は洞木ヒカリの使う参号機を見ているフシがある。ひとりで封じ続けられるより、ふたりで封じられた方がまだ。
 
 
この局面で十二号機が助力しだすと、自分たちでも厄介なことになる・・・・・・・
 
ユイザの十三号機が到着する前に、やるべきことを片付けてしまいたいのだが・・・・・
 
 
サタナウェイクも何をしているのか、まだこちらに来ない。竜尾道関連の任は解除になった。周辺地域の後片付けなどする性格ではない、解除と同時にこちらに進撃してくるはずが遅すぎる。何が、あった・・・・?
 
 
「なによそ見しとんじゃコラー!!必殺ゴムヒモの斧!!・・っと、とんずらじゃ!」
 
ルールを見切っているのだろう、鈴原トウジの参号機はバカ正直に洞木ヒカリの待つ合流乗り換え地点に向かったりはしなかった。追われる獲物であることを承知で、隙が出来れば攻撃に切り替えてくる。そして、補足前に逃走。まさに、旋風。陣を組めればまとめて始末できるが。メンバーが揃わぬ今、発動に時間がかかる。さすがに相手もケンカ慣れておりそれをゆるさない。バックアップが充実しながら死にものぐるいの窮鼠。それが弱いはずがなく。
 
まるで、この都市全体が巨大な怪物のように見えてくる。
 
 
制限時間があるなら、引き分けがねらえるかもしれないけれど・・・・・・
 
 
バエルノートは空を見る。
 
 
十二号機は八号機と対峙したまま。
 
 
血の霧とともに膨大な不可視エネルギーを吸い続ける初号機は・・・・・・・・そろそろだろう。あの中で「彼」が生まれていく。その二度とはない貴重な光景の正確な記録をとっていたいのにとりたくてしょうがないのに、死に損ないの窮鼠の相手なんかしなくちゃならない・・・・・・サタナの手もどこに隠したものか・・・ル氏の隠形まで解読するとなると面倒な・・・・・
 
 
 
「出ていって、ここから」
「ネズミ娘が!邪魔なの!」
 
零号機が殴りかかってきた。片足のクセにここで接近戦とは油断も隙もない。半ば以上生き腐れにした機体の手足も復活している。いろいろとフィフスから対抗策を入れ知恵されていたのかもしれない。
 
 
それはともかく、クロスカウンターで一つ目の顔面を思い切り破壊してやる。
 
 
かわされた。
 
 
しかし、それも想定内。そこからくるパンチをかわして、もう一度カウンター
 
 
かわされた。
 
 
実を言うと、それも想定内。そこからくるパンチをもう一度だけかわしてとどめの
 
 
カウわされた。
 
 
ギリギリだったけど、よくやる。ほめてもいいけど、最後に打ち勝つのはこちらよ
 
 
アッパーか。残念だけど、完全に見切った。よけた後、こちらも腹部におかえし・・・
 
 
「え?」
 
 
JET!!
零号機、綾波レイのアッパーがモロに決まったのは、あしたのジョーのようなスローモーション合戦に勝ったからではなく、単にバエルノートが他のことに気をとられたせいだった。バエルノートの外見からして素手でのステゴロは苦手だろうと踏んだのだが、そんなことは全くなかった綾波レイの作戦も甘かったが、まあ、ラッキーだったのだ。
 
 
「え?」
 
その幸運を悟るくらいには冷静な綾波レイも、すぐに異変に気づく。
 
 
 
白い巨人が。
 
 
 
エヴァに乗った感覚のままで「巨大」だと思った。
 
 
初号機を抱くように、立っていた。
 
 
吊られた初号機の現在位置は空中であり、それを抱くのだからでかさが知れる。
 
 
 
「なに・・・」
 
巨人は巨人らしく、派手な音をたてて登場すればいいのだけれど、いつの間にか。煙のように。アラビアのランプ魔神を思わせる。にしてもあのサイズでは話もできまい。自分たちが戦闘しているせいもあろうが、いくらなんでもあのサイズの物体が歩けば地面も揺れるであろうし、発令所からの警告も「なんだあれは!?」「パターンは青?!じゃない?」「あれは・・・ニンゲン・・・・?」かなりのパニックを起こしているようで。でも、あんな人間がいるものか。いてたまるか。エヴァよりおおきな人間など。
 
 
観音風の時計エヴァがぎょっとして動きを停止するのもむりはない。発令所がああいった以上、そのようなデータが計測されたのだろう。とりあえず、使徒ではない、と。
 
 
けれど、人間かー・・・・・・・もちろん、服など着ていない・・・・・
 
 
成人の体つきではないようだが・・・・・・・・男性か、女性か・・・・・・・・
 
ま、まあ、観音のような両性具有、という可能性もある。あんなサイズで尋常ではなし。
 
 
「お、おいなりさんはあるか!?い、いや、真面目な話だからな!」「せめて、ぞうさんとか!!そっちの方がかえってアレですよ!アレ!!」「カメラ確認しろ!!」「いや、あれがどこから湧いて出てきたのか、そっちのほーが重要じゃないの!?」「赤木博士もいないし副司令もいないし、どっちにしろ正体不明にきまってますよ!分かることだけ確認しときましょうよ!男の子なのか、女の子なのか!」発令所はパニックというかヒートしている。
 
 
ただ、危険な、感覚はない。ちょっとビリビリするのに、ちょっとぽかぽかする。
 
あれは、あれほどでかくても、自分たちに危害を加えない。断じて絶対。それは分かる。
 
 
髪は長くはない、顔は、俯いて、よく見えない。とは、いえ・・・・想像は、できる。
 
 
白い巨人をじっと見ていると・・・・・夜の雲をみているように色についての思考が消えて何か胸の内のことや遠い外のことに思い至るように・・・・・・
 
 
”あの・・・具合はどうかな”、
”仮面じゃなくて、お面だよ”、
「お面が五個で、五面・・・・ごめん・・・なさい、綾波さん」
「いやあ、こんないい人たちと今日でお別れなんて、少し、寂しいなあ」
「今日はなんだか・・・・寂しいから。綾波さんもそうじゃないかな、と思って」
「ピアノ・・・・弾ける?」
「じゃ、大丈夫。綾波さんと山岸さんは、相性がいいよ。きっと、大丈夫」
「明日の朝は早起きして、美味しいサンドイッチをつくるから。パン屋さんでパンを切ってもらって・・・・」
「それはウソだよ。きび団子のきびは、人情のきびじゃないよ」
「綾波さん・・・?」
「なぜ?」 「なんで?」
「碇君、答えて」「答えてよ、綾波さん」
「僕がここにいるのは、簡単。綾波さんを探しに・・・会いにきたんだよ」
「ところで・・・なんでそんなに綺麗なの」  
「僕?売りはしないけど、質にいれるくらいはしちゃったかな。だってこうやってほったらかしてここに来てるんだもん・・・・・・」
 
 
きりがないので、このへんにしとこう・・・・ 
 
 
「碇、くん・・・・・」
 
碇シンジとの記憶が、甦る。そうなると、あの大きさは、関わりのあった人間の見ている姿、外面、ということになるのだろうか・・・・あのようなものが出現した、ということは・・・・・
 
 
ということは、あれは、碇くんのはだ・・・・
 
 
「か」
 
と続けようとしたところで、視界が高速で海老ぞりした。のんきに回想していたところに後ろから近寄ったバエルノートがホールドしてバックドロップをくらわしたのだ。手加減などあろうはずもない。
 
 
さすがに、綾波レイの意識が飛んだ。
 
 

 
 
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 
 
白い巨人、碇シンジにクリソツな、白い巨人が、吼えた。そこが世界の中心であることを示すかのように、もうひと声
 
 
あいいいいいいいいいいいいいいいいい
 
 
さけびながら、白い翼を生成していく。なんのサバもなく天に届き、貫くほどの。
 
 
末端の翼を、下半身のシンボル的なところにも送り、それを守護することもわすれていなかった。
 
 

 
 
 
「・・・・・シンジくん・・・・・・」
 
東方賢者たる赤木リツコ博士の名代をつとめている伊吹マヤが、その光景を見ながら呟く。
いちおう、全体を。一部分なんかをじっと見ていると、誤解されるから。
 
 
「マヤちゃん・・・・・これで、いいんだよな」
 
日向マコトがひそかに問う。青葉シゲルは今も洞木ヒカリのそばについていた。
 
モニターに映っている光景は、あまりにもスペクタクルすぎる。スペクトルマンならぬ、シンジくんはこうなるとスペクタクルマンだ。まあ、あれを人間だと告げる機械も間違ってはいないのだろうが、人間のパーツのひとつだろう。自分の内にある信号も、あそこにあるのだと思えば。不思議というのもいまさらだ。だが、事態の収束ポイント、着地点は知っておかねばなるまい。第二支部とその点は同じだ。副司令もモノリス連れてどこまで行ってるのか・・・・・遊んでるんじゃないのは確かだけど。操り時田氏こわすぎだけど。
 
 
「うん、ここまではね。あとは、本人次第。殻を破って、檻を壊すのも」
 
嘘やハッタリではない。今は、同じ三羽ガラスの目だ。このための準備も、碇司令たちはひそかにしていたのだろう。元来はその任を赤木博士が務めたのだろうが。
 
 
確かに、初陣より普通の子供ではなかった。
 
エヴァのパイロット、チルドレン、という以外に。
だけれど、自分たちと何が違うかというと・・・・・男女差の方がよほど遠い気もする。
 
 
「ただ、この都市まるごと、どうにかされる危険性は、かなり高いと、思う」
「今度はネルフの消滅か、ありえるなー、独逸の方でも同じような組織を作ったらしいし」
「ヴィレ、ね。なんだか垂れないソースみたいだけど。都市まるごとっていうのは・・・」
「・・・・それで赤木博士を外に出したのか、マヤちゃんはすごいな」
「・・・怒らないの?」
「まあ、葛城さんも外に出てるしね。・・・今は、シンジくんたちを見守ろう」
 
 
使徒来襲をことごとく、なんとか退けてきたこの都市が、よりにもよってエヴァにやられるというのは
 
 
そんなものかもしれない。
 
 
出来うるなら、元のまま、というのはもう叶えられないから、それに近い体制で仕事がしたいもの。出来うるなら。
 
 
あえて、悪縁起なフラグをたててみた。流行は繰り返し、フラグを立ててもそれが折られるのがきているのを祈念して。・・・・なんてことを考えてたら顔に出て野散須顧問に怒鳴られていただろうな。
 
さあ、気合いを入れ直そう。仕事だ。人と街をまもろう。
 
 
ここでがんばれば、あと14年くらいは平穏が訪れてもおかしくないんじゃないか?
 
のんびり鼻歌でも歌っていられて。すごい特務機関だ。平和すぎてダレるかもしれない
けど
 

 
 
とーりゃんせ とおりゃんせ
 
 
はっぴい ばーすでー とぅ ゆー
はっぴい ばーすでー とぅ ゆー
 
 
とーりゃんせ とおりゃんせ
 
 
はっぴばーすでー でぃあ 「   」
 
 
ここはどこの
 
 
はっぴばーすでー とぅ ゆー
 
 
白くて大きなケーキがあった。ロウソクは立っていなかったけど、たぶん誕生日ケーキ。
 
 
「   くん」
 
名を呼ばれたけれど、はっきり聞き取れなかった。くん、はいいけど、肝心な名前が。
 
「おめでとー!   君!」
 
おめでたくもされたけど、名を呼ばれなかった。
 
「ろうそくは 何本にしようか?7本でも77本でも17本でも777本でもいいよ」
 
いや、それは777は景気いいけど。そんなには必要ないはず。
 
 
このこのななつのおいわいに
 
 
「七本・・・・・・いや、違う。それは違うな・・・・・いくつだったっけ」
 
「あ、じゃあいいです!ろうそくは後でも!ゆっくり考えてください。それじゃ、なまえをケーキに、このチョコレート絞りでもって書いていってください!」
 
 
おふだをおさめにまいります
 
 
なまえ・・・・
なまえ・・・・
 
 
じぶんの、なまえ・・・・・・・・
 
 
「アベ・・・・?」
「カイ・・・・?」
 
 
チョコレート絞りを渡されて、悩む。
 
 
 
「どうしたの?自分の名前をわすれちゃったの?おかしいね」
 
 
おかしいね?
 
 
まあ、確かに。
 
 
「ぼくのなまえは・・・・・」
 
 
絞り出そうとしたその時、
 
 
ギャン!!
後頭部から額に抜ける衝撃が走った。
 
ノーライフキングに施すそれより念入りに。敵意よりも鮮烈な。
 
 

 
 
異能沈めにして、こんな力ももっていたのか、と、六つの目の天敵機体を前にして驚いている自分はバカかと呆れ嘆く火織ナギサであった。
 
 
他機に対するシンクロ率の強制低下・・・・ダウナー干渉
 
 
洞木ヒカリの参号機のごとく上昇もできるかどうかは不明だが、問題にしている余裕もない。敵対した場合、対エヴァ戦においてこれが絶対の切り札であるのは間違い無し。
 
三人シンクロでなければ、カトンボのように落とされている。再生伍号機どものエサだ。
低下分をぐるぐると三者で回転、分担することで軽減させていなければ。
 
 
だが、逆にそれは向こうの油断も誘った。あっさり墜ちるはずの出戻りが実力撃退圏を抜け、懐まで入り込み、十二号機との対面距離まで許してしまったのだから。ここまで近くなれば護衛役である再生伍号機どももうかつに手が出せない。初号機の封殺に完全を期すため離れられないせいもあるが。
 
 
「カヲルじゃないネギ」
 
しかしながら、物まねは一秒ももたず見破られた。秒殺だった。
 
 
「歌はいいね」とか「リリンがどうとか」定番セリフでも言うしかないか、などと、はじめからネタが底をついていたのもあるが。乗っている機体が違うから、という理由であれば立つ瀬もないが。しかし・・・・・・・
 
・・・・・・・・・今、この語尾は・・・・・・・・・
 
 
「カヲルをつれてこいネギ」
 
間違いないらしい。「まちがい」「ないない」しかも命令形。
 
 
「次はカヲルが歌う番ネギ。そろそろ交代するネギ。・・・・これまでに、一億七千三百五曲歌ったから、そっちもそれだけ歌ってもらうネギ」
 
「はあ!?」
 
 
エヴァ四号機・渚カヲルの天敵だとされてきた十二号機がいうことには。
 
 
昔、歌が好きだというカヲルのために歌う代わりに、やはり歌の好きな自分のために歌う、という約束をしたのだという。それは。等価交換。歌った曲数分だけ、歌え、と。
 
もし、その約束を破れば、好きな歌が聞けなくなるように、不足の曲数分だけこの世界から歌を消してやる、と。自分にはそれができるけれど、やりたくはない。集合無意識体の健康に関わることだから。けど、そうなったらやるぞ、と。そこは水があっても乾きの地になる。響きもなく脆い。
 
 
実は、渚カヲルは、歌を聞くのは好きだが、歌うのは付き合い、たしなみ程度のひとであった。まさか自分がパンドラのジュークボックスを開けた、という認識もなかった。
 
若気の至り、というわけだが、似たようなことを他でもやっていないだろうか。だろうか。
負債は相続しなくてもいいはずだ。こちとら満全のうつし身でもない。
 
 
「さすがに・・・・・一億越えは、サバでしょう・・・・・・?」
 
「ひとり多重コーラスだとそれくらい簡単にいくネギ」
 
 
異能沈め、という能力に加えてこの超負債。感性銀行はとっくに破綻。値引きもかなわず踏み倒す気ではいたのだろうが、そのタイミングを計っていたとしか思えない。もしくは、逃げ回っていたのか・・・・封殺どころではない。
 
 
「おまえらがカヲルの代理人なら、それぞれ30%で勘弁してやるネギ」
 
「いえ!!」「そう」「そう?」
解答に足並みがそろっていなかったが、とりあえず機体はブレずにおさめた。
どんな歌奴隷だ。冗談ではない。にしても・・・・・残りの10%は
 
 
「残りの10%は、プリンスに歌ってもらうネギ」
 
何を言っているのか、いろんな方面からわからんが、おそらく、初号機内の「碇シンジ」のことだろう。儀式内の名称では”ジョバンニ”になっていたが。
 
 
「王様にクラスチェンジできないまま、ユイザに食べられるネギ・・・・ああ、そうなると、やっぱりおまえらに分担してもらうほかないようネギ」
 
 
「・・・・・・・・」
付き合いきれない。つくづく面倒なやつが解き放たれたものだ。見ているモノが、違いすぎる。これが目玉の数の違いなのか。
 
 
下界では、綾波レイ率いる混成軍団と終時計部隊による乱戦が。
羅愚毘威、とか漢字をあてたくなる凶暴きわまる一幕も
白い大巨人によるセカンドステージへ。インパクトはあるな、と思う。
アレとマブダチであったカヲルはやはり、自分たちとは別の何かだ。違いない。
あそこに混じる気もないが、これ以上、この六眼歌狂と対峙するのも耐えかねる。
 
 
「さき」
「サキ」
サギナとカナギはそうでもないようだが、それでも頼まれごとを思い出したのだろう。
煉獄は函の内にありボクシングゲヘナを三位展開する。プリンスだかプリンセスだかどちらでもいいが、渚カヲルではない、自分たちは、コレだ。
 
 
目覚めの杭打ち(パイルバンカー)
 
 
「サキエル!!」
使徒サキエルのコピー攻撃。
 
この都市での碇シンジの初陣相手。
 
初号機のドタマを打ち抜いた。これこそが、自分がここに呼ばれた理由。負債の引き継ぎなどでは断じてない。
 
 
同時に、自分の頭頂に、天窓が開くような感覚が、きた。
 
 
そして、ひかりを、みた。さくらいろのひかりをまとう、もうひとりの、じぶんたちの姿
 
 
満足極まった笑顔を、うかべて・・・・・よろしく、と手のひらをひるがえし
 
 
そのまま、消えた
 
 
 
 
「いま、カヲルの・・・・・ちがう、これはユイザ、ネギか・・・・・」
 
 
十二号機は歌を止め、左右のブランコを支える再生伍号機に離脱を命じた。
 
 
時が、きた。
 
 

 
 
額を貫かれたせいか、三つの眼光は、二つになっていた。
 
 
二つの目は、もう一度、周囲の確認を行った。さきほど自分を絶叫させた白いモノは健在だが、今は隠されてもいるし、どうすればいいのか、分かってもきた。
 
 
それよりも重要なのは・・・・・・・
 
 
エヴァ零号機、そこに乗っているのは綾波レイ、が、時計の顔したエヴァにバックドロップでもかまされて気絶しているらしいこと。
 
色は黒くなっているけれどエヴァ弐号機、惣流アスカではないようだが女の子が乗っていた、が、これまた時計の顔したエヴァに加速攻撃でカーフブラウディング、さらに大根おろしの極みをやられていること。
 
タイガー紋様のエヴァ参号機にはなんと鈴原トウジが乗っていて、これまた時計の顔したエヴァ二体に羽交い締めにされてボコられていること。なにか顎を掴んでいて。
 
どういうわけか、ロボットのJAまでいてトウジの参号機を助けに駆けつけようとしては”巻き戻し”されてスタート地点に何回も戻されていること。
 
そのことに比べれば、頭をパイルバンカーで打ち抜かれたことなど、大したことではない。別に痛みもないし。
 
 
ぱぐしゃ
 
トウジ参号機の口がムリヤリ、時計エヴァの手でもって押し広げられて、血しぶきあげて、裂けた音だった。
 
 
エヴァが、エヴァにやっていることだ。
 
使徒が、エヴァに、ではない。どういった大義があるのかしらない。
 
 
さきほどまで、自分が何者なのか、それすらもはっきりしなかったが
 
 
「トウジ・・・・・・」
 
そのことに、耐えきれない怒りを感じる者であることは、間違いようもない。
 
 
どっどどう
どっどどどどう
どっどどどどどどう
どっどうどう
 
 
それは鼓動であったのか、雷鳴であったのか、王の戦鼓か
都市全域を支配する大音ダイオンであったのは間違いなく。
 
 
その発現は、原始的なもの。
 
神意の雷翼を広げることも忘れたそれは幼稚でさえあったかもしれない。
 
 
うらあああああああああああああああああ
 
 
拳を、振り上げた。それだけ。
しかし、それは
天を突破した巨人の拳。人の尺度で計測不能。
 
 
拳は無慈悲のジャイアント・メテオ。それが振り下ろされた時、何が起こるか、誰にも分からない。
 
 
今にも
今にも
今にも
 
 
その拳が何でできたしろものだろうと、たとえば幻であったとしても、そこにある精神がもたない。二度と復元不可能なバラバラのコナゴナになっていただろう。
鈴原トウジも。綾波レイも。ネルフの職員も。地下に避難している市民も皆。
完全に巻き添えにして。
 
 
いつまでも
いつになっても
いつになっても
 
 
拳は、降ってこない
 
 
 
全てが、停止していた。逃げることもならず、時の影にすっぽりと、日時計しかなかった時代の日蝕のように、止まっていた。奇怪なことに、恐怖を知らず生命をもたぬ機械時計もひれ伏しその動きを止めていた。この間の戦闘記録は完全に消失することになる。
 
 
ちくたく
ちくたく
 
 
その中で終時計式エヴァの文字盤だけが時を刻んでいた。
 
 
「Tすごいな・・・・・・・・・」
「U迎えにきた甲斐があったもの」
 
 
感動していた。確かに彼には自分たちの同質の資質があった。それも特級の。
初号機など勝手に十三号機に喰わせておけばいい。ただ、碇シンジ・・・・・
鬼の呪縛からも解き放たれた今、
 
その名ももはや必要ない。「昔昔昔」・・・・・部隊のコードネームがあれば十分。
 
すぐにユイザがくる。早々に回収してここから立ち去る必要がある。
参号機の口を裂いたことで、ゲームも終わり。サタナはとうとう来なかったが。
腕の回収は・・・・・ないかもしれないが、次の機会に、だ。今は、彼を
 
 
 
「Vいきましょう・・・・・・」
 
 
バエルノートが呼びかけると、白い巨人が雲散霧消する。
 
同質の才をもつ自分たちに危害など与えられるはずがない。彼に狂いはなく。
我らこそ魁、時の先端に立つ者。数名機体などに遅れをとるはずもない。
古い影など流してしまうに限る。けれど。この都市に染みていた時の重さを思えば
 
 
「W今はまだ・・・・・シンジさん、と」
 
巨人は消える直前に、深紅の涙を、雫を、おとした。
 
 
のだが、ほぼノータイムの神通的素早さでそれを手にした者が秘密裏に個人所有品にしたため、それを知るものは人界のうちにはいない。(VΛV)リエルくらいのもので。
 
 
「X初号機エントリープラグを抜き出し、高速離脱」
「Y八号機の妨害あれば、撃墜のみで生死問わず。捕獲連行はなし」
「\その前にクロワンコちゃんのトドメさしてきていい?」
「]ダメよ。時間がもうない」
 
 
ユイザが”どちら”を許されようと、長居は無用。巻き込まれるなど愚の骨頂。
見れば十二号機も消えている。接近感知が早いのは当然か。同類だけに。
 
 
 
「]Tユイザがもう来る」
 
悪食のユイザ エヴァ十三号機専属操縦者。初号機喰らいに乗手の在など考慮もすまい。
 
 
八号機は、十二号機を追うでもなく、本部施設の近くに着地した。静観なら無視だ。
十二号機がいなければ、再生伍号機どもなどどうということもない。
 
 
「]Uサタナのことも心配だし・・・」
 
 
加速して連中の迎撃圏をすり抜けて・・・・・初号機の延髄部分に触れる、その瞬間。
 
 
 
ぎろり
 
眼翼に睨まれた。錯覚でもなんでもなく、ぞく、とした圧を感じた。落ちた、という理解はほぼ同時。大電撃を食らったのだと分かったのは、地に痺れたまま立てもせぬ三分後。
 
その間、ヒューズのように意識も飛んでいたらしい。自分だけでなく、部隊全機。
 
 
「な、なぜ・・・・・」
「ハラホロヒレ・・・」
「しびびびび・・・・」
「っあー・・・・・・」
 
機体の機能のかなりの部分も麻痺させられている。大電撃に相当な異能を込めてくれたものか。念の入った邪悪攻撃。使徒にぶつけるぶんには構うまいが、自分たちになにゆえ。
この、拒絶の毒雷。
 
 
抗議の意を込めて初号機を見上げるバエルノート。機体の眼は暗いままだが、オレンジの眼翼がこちらを見下ろしている。怒りをこめて。メラメラという擬音が聞こえてきそうな。
 
 
 
「く・・・・・・・」
 
 
己の本来の才を思い出し、同調したからこそ、拳を止め、巨人の影を廃棄したのではなかったのか。それなのに・・・・・・この仕打ち。バカにして・・・・・・。とりあえず、
 
 
むんず、と、肩をつかまれて
 
そのままブレーンバスターされる。
 
「!?」
 
 
 
「まだ、終わっていない」
 
気絶から甦った綾波レイの零号機だった。脳天がクラクラするがまちがいない。しつこい。
 
 
「オ×レら、×××の×××で××××し×るでえ!!覚×せえ×ー!!」
 
口部が破壊されているせいか、単にブチキレているせいかセリフがドキュンバキュンの連続になっている鈴原トウジの参号機。相手がしびれて弱り切っていようが容赦しない。
 
 
(VΛV)っ!!(VΛV)ッ!!(VΛV)ッツ!!(VΛV)ッツ!!
スラージュマリアと一対一の”ガブガブガブでガブガブガブ”のアヌビス弐号機犬飼イヌガミ。キャットファイトなどでは絶対あり得ない肉食凄惨である。
 
 
「あー?・・・なんで私、JAがここにいるの?しかもなんで戦闘中!?なぜっ!?」
強靭な精神力のおかげか、効果が切れてきたのか、元に戻ってきた様子の時田氏。もしかしたらこのタイミングも計ったものかもしれないが・・・・。
 
 
「この・・・・・・・・!」
 
今度のダブルカウンター合戦は制したものの、押され気味なのは否定できないバエルノート。どういう精神構造とスタミナなのか、「ゆらり・・・」自分でいいながらすぐさま不気味に甦る綾波レイと零号機。ゾンビか。
 
 
負けるはずがないけれど、時間がない。すぐに片付けるには電撃のダメージが深すぎる。
眼翼からの二撃目はないが、それも分かったものではない。初号機の意思なのか・・・
 
 
「ここは・・・」
ユファネル先生の許可はないけど、「リセット」するしかない。サタナの奴は早く来なさい・・・・・!これだけ呼んでいるのに、応答すらない。
もちろん、記録など残さない。残してやるものか。
 
 
リセ・・・・
 
 
「その時」視界の片隅で、初号機に向かって細長い何かが、飛んでいったのを見た。
八号機が投げたのだ。今度は使徒武装の模造品ではないらしい。単一の、武具。
 
 
それが「刀」であったこと。銘は火乃十里2015。逆さ吊り下げで動けぬはずの初号機がそれを左手で受け取り、鞘から右手で抜き、
 
 
一閃した。
 
 
それだけのことだった。動作としては。見落としもなく、七色の光煙が燦めいたり妙な爆音を聞くこともなかった。
 
 
だが、それだけで
 
 
 
「リセットできない・・・・・?」
 
 
電撃をくらう前の時間に戻ったはずだが・・・・・・そうなっていない。
終時計部隊、自分たちの象徴機能が、完全封鎖されている。
こんなことが出来るのは・・・・抗うのではなく、無効化など・・・・・そんな存在
いくらなんでもそんなこと・・・・・これといった対抗結界を張ったわけでもない。
 
 
エヴァ初号機
 
両眼とも死んでいた光は、右だけが点っていた。古の武芸者のような強かな輝度で。
 
 
 
「どういう、こと・・・・」
それは容易に、いつかこの都市の空を斬り舞った、あの隻眼竜を連想させたが。
 
 
 
「それこそ、ユイ君が編み出して試し斬りさえしてみせた剣技。名をつけるには私では力不足だがね・・・・原理の理解もできぬし」
 
反転時計の針を折る、リセットキャンセル、とでもいえばいいのか・・・・・・
 
うーむ、どうにも格好良くないな。軽い感じがして。しかしあまり凝ると少年マンガのようで。アンチ・リセット・スラッシュ?どうもな・・・思いつかない。やはりテルエル、のような傑作は十年に一度の閃きか・・・・ハンズブレイカー・・・・いやもう少し
 
 
まだ発令所に戻らず闇の奥院で、懐かしさと苦笑いが混ざっているが、明らかに人外系の笑みを浮かべて冬月副司令。この剣技を練るために破嵐の夜に立った。無人の筈の。それが原因であの竜尾道の一連が生まれた。過ちといえば過ちなのだが・・・・・まあ、人しかやりそうもない悪足掻き、だ。ちなみに、JA時田氏は頃合いなのでル氏に命じて解放させた。
 
 
「見たか・・・・・・・・!」
 
などと、誇りはしない。そんなことしているヒマもない。次から次へと。生きる以上は難題対応の日々、だ。
 
 
ゼーレとやり合う時になれば、必ず必要になってくる、切り返しの、技。
力をいなす、技だ。切れ味鋭い、うまい技は、くらった後でもそれを気づかせないほど。
レイのようにひとり鬼火のように抵抗できても、その後、目をつけられて終わりだ。
 
 
 
「ユイ君、君の息子は選択を終えたようだ。命の選択を」
 
 
初号機の両眼に、光りが、点った。
 
 
動けぬはずの被儀式体である初号機が、あっさり凶器など受け取って振ったことこそ、陣を固める再生伍号機どもは驚いて、あわてて再固定にかかろうとするが間に合わない。なにせ封印の札を造った者たちがこっちの言いなりなのだから。完全に自由になり刀でもって月曜日20時45分のようにバッサバッタと斬られる。若者にはむつかしい喩えかも知れないが。
 
 
何を己の中核としたのか・・・・・
 
 
儀式の空を抜け出して、都市の大地に戻ってくる。ぎしり、と足裏が領土を噛み締める。
 
 
ろおおおおおおおおおおおおおおおおおんん
 
吼える。しかし野獣のそれではなく。むしろ狙った、歌舞伎のような形式美を意識したかのような。凜として歓喜。長い旅からようやく帰ってきた。墨守堅持に対する感謝。
 
 
人生、楽あれば、苦もある。歩いていくんだ、しっかりと。
 
 
そうはさせじ、と、斬られたところを再生しいしい降下で追ってくる伍号連。
 
・・・・・まあ、再生伍号には、パイロット乗っておらんしな・・・・・
 
 
「トウジ!綾波さん!アスカ!・・・じゃない誰かさん!それからなんでここにいるのかわからないけどJA田さん!!」
「シンジか!?シンジなんか!?」
「いかり・・・・くん」
 
 
もちろんやることは、彼女らとの合流に決まっている。これで綾波ナダに狙われなくてすんだだろうか。どうでもいいが、JAと時田氏が混ざっているのだが彼的にはいいのか。
 
 
「そうだよ。碇シンジだよ。777才じゃなくて、ここでエヴァに乗る14才だよ」
 
 
わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい、といったポジションではない。いくら何でももう少し距離を置きたい。爺やは違うだろう。責任は保護者がとるべきだ。父親は現世にいるのだから。
 
 
「さっきのデカシンジはどうなったんや!?あれはなんや!!」
「トウジこそ、口は大丈夫なの?痛くないの」
「あ?あー、こうしてしゃべるくらいやからな、大丈夫や」
「よかったよかった!それでなんでトウジがエヴァに?」
「あ、そらいろいろあってやな・・・・ちゅうか、綾波が超見とるで!!ウルトラガン見やんけ・・・・ワイとヒカリの話は後回しでな、そっちを」
「え?なにそのヒカリって。委員長のこと?なんで?それとも他のヒカリさん?」
「ワイは一筋や!!!・・・・あー、いや、そんなんあとでいいんちゃいますのん!とにかく綾波・・」
「ところでアスカは?」
「どつくぞ」
 
 
「いや、だって綾波さんとはもう・・・・・ねえ」
「「え?」」
「つながっている、というか・・・ねえ。あ、綾波さん、こっち使って」
「え?」「なにいっ!?どーゆーことやっっ」
 
 
一本だった長刀は、いつのまにか、二本の・・・・以前の、零鳳初凰に
分かれていた。ぽい、とそれを気軽に零号機に渡す初号機。
 
眼翼は不動明王が背負う迦楼羅炎のようにまとめて背負っている。
 
 
初号機と再生伍号機連が地上に降りたのだから、さらに大乱闘になった。
この状況で背を向けられるはずもないJAと八号機も綾波軍団側に仕方なく参入であった。
 
 
時間を一部操作可能VSとにかくしつこいVS底知れぬしぶとさ、の戦いである。
 
 
これは長期戦になるぞ、と、発令所の誰しも思った。もちろん自分たちも地獄の底までつきあう覚悟ではあるが・・・・しかしながら、対極のはかなさであるところの作戦部長連、座目楽シュノを見上げた時のこと。なんらかの設備稼働準備を必死に高速指示しているが
 
 
 
「ここが、究極のメニュウの国っすか」
 
 
いきなり、聞いたことのない子供の声が響いた。
 
 

 
 
同じエヴァからの通信である。エヴァの乗り手たちは皆、聞いている。
JAの時田氏は発令所経由で。
 
 
 
上天に、彗星に腰掛けたエヴァが来ていた。停止する彗星、というのも妙なものだが、星を駆けずともガスのようなものを噴き出し、いわゆる帚星の姿を保っていた。
 
 
それに乗ってやってきたのだろうな、とは、なんとはなしに思った。
 
 
七つの目、七眼をもつエヴァンゲリオン。十三号機。
 
 
「お初にお目にかかりますっす、先輩方。エヴァンゲリオン十三号機パイロットをさせてもらってます、奇笛ユイザっす。よろしくっす」
 
 
奇笛(きてき)ユイザと、名乗った。後輩口調で、声色からすると男子のようだ。
 
「今回の任務で、日本に来れてうれしいっす。なにせ、憧れの究極のメニュウの国っすから・・・・さて、ちゃっちゃと終わらせて余りの時間で名店めぐりしたいっす。どこかお勧めの店がありましたらご紹介よろしくっす」
 
 
一瞬、こいつはあほの子か、とほとんどの人間が思った。
 
 
「間に合わなかった、か・・・・・・」
 
が、覿面に顔色が変わったのが、終時計部隊の面々だった。声の残念はこの軽めの後輩キャラに対してでは、ない。一気に動いた。引いたのだ。異論を唱える者はいない。
 
 
十三号機が「アレ」とともに現れた以上、もう、ここにいては、いけないのだ。
 
 
「時計センパイたちは、せっかちっすね。もう少し、粘ってみてもいいのに」
 
 
「あの、ユイザくん」
「おまえも敵なんか」
「碇くんは渡さない」
 
 
前に出ようとする初号機碇シンジを、参号機鈴原トウジと零号機綾波レイが塞いで止める。
 
 
「こっちの先輩方は、のんびりすぎるっす。もう少し、疑った方がいいのに」
 
 
そして、彗星から降りた。七つの眼翼を展開させて、そのままの高度で話を続ける。
 
 
「この彗星みたいなの、ご存じっすか?」
 
「しらないなあ。あ、わかった。コメット号?」
「ワイは潔さ重視でいかせてもらうでっ!しらんっ!」
「まさか・・・使徒の」
 
 
「綾波先輩、正解っす。・・・・正解っすよね?知ってましたっすよね?思わせぶりに呟いてみただけとか・・・・ないっすよね。・・・・OKっす、まったく視線がブレてない、真実のようっす。疑って申しわけないっす」
 
 
「なんなのあれ?綾波さん」
「なんやのあれ?宇宙船か」
 
「あれは・・・・」
見当はついたが、現物を見たことはない。それはそうだろう、あれは厳重の上にも厳重に封印されていたのだから。カッパラル・マ・ギアにて。十号機の見張りがついて。
 
 
使徒が使うための、大陸級気象兵器・・・・・・「ソドラ」と「ゴドム」
 
人類最後の日まで、決して表の地上に出してはいけない、禁断の使徒武装。
 
 
「ゴドムっす。ニェ様に許可をいただくの、苦労したっす。あそこで睨み殺されるかと思ったっす」
 
 
ニェ・ナザレ。守護者自ら、持ち出し使用許可を与えたというのか。
 
 
「これくらい持ってこないと、シンジ先輩たちを、抑えられないっす」
 
 
それは・・・・・・・そうかもしれないが。そこまで、するのか・・・・・。
 
時計顔たちがすぐさま退散するわけだ。やるとなったら無差別にやる。
 
 
「ソドラは火、ゴドムは氷・・・・・・使い方は簡単、このゴドム彗星が、ぐるりと上空を回ったところは、氷漬けになるっす。もちろん、ちょっとやそっとじゃ溶けない氷っす。
この国が年中夏でも関係ないくらいの・・・・・もちろん、地下施設でも」
 
 
綾波レイは戦慄する。
 
こんなに簡単にしゃべる、ということは。すでに、もう。
 
「発令所!!」
これ以上ない切迫で叫ぶ。それでどれほどの時間が稼げるわけではないが。
 
参号機と初号機も十三号機を止めようと、大スカイジャンプしようとしたが。
 
 
 
「おつかれさま。先輩方。使徒とたくさん戦ってくれて、ほんとに感謝っす」
 
 
 
そんな先輩方に
 
 
業界の人間を代表して
 
 
長期休暇のプレゼントっす
 
 
 
 
ゴドムが発動した。
 
 
 
 
ネルフ本部どころか武装要塞都市第三新東京市ほぼ全域まるごと、冷凍の眠りにつかされるはめになった。