「やっぱり、説明がいるんだろうなあ・・・・なあ、シンジ」
 
 
立ち上がることなく、獣の体勢をとったままの黒羅羅・明暗の、優しい、声だけ聞くならすぐに駆け寄ってそばにいきたいような、自分になんかあればすぐさま駆けつけてくれる分かりやすくなんの疑いをもたせず頼りになる兄貴分の、目下の弟分をかわいがる声。
短い付き合いではあったが、確かに記憶されるあの豪快な、大陸系の笑顔は長い黒髪に隠されている。その下の目は何色であるのか・・・・考える勇気はない。
 
 
そして、手元には二つの首。
渚カヲルと・・・・・・レリエル。それを綾波レイのものと間違うほど碇シンジの目も節穴ではない。伊達に気配だけで逃げていない。
 
 
「説明のはじめにいっとくが、オレはバルディエルだ。つまり使徒だ。要するに人間の敵、エヴァの敵だな・・・・・このバルディエルって使徒もその特質や一部狂ったところがあってな、まともな使徒じゃないんだが・・・・まあ、敵だろう。その方が分かりやすい」
 
 
「・・・・・・・」
そこから一歩も動けない碇シンジ。感情は強く渦を巻くが、面と向かって敵宣言された以上、相手の領域においそれと入るわけにもいかない。泣くも叫ぶも思うに任せない。
この説明の受け入れを拒否するなら、猶予もそこまで。次の行動が相手を動かすだろう。
知るは楽しみなり、などでは全然ないが、ここまでくれば義務であろう。
何があって、何が起きたのか。自分の知るところで知らないところで。
 
 
「とはいえ、どこから始めたモンかな・・・・・・こういうことになるのはうすうす分かってましたよってんなら話は早いんだが、全く分かってねえみたいだしなあ。・・・・あー、じゃあこうしよう。シンジ、お前から質問しろ。それでオレはその質問に答える。その方が分かりやすいだろう?」
 
 
「はあ、そうですね・・・・・・」
体勢その他全てが異常であるのに、言うことだけは以前と違わず、その上から言ってるにもかかわらずそれが自然で気持ちがいい物言いといい・・・・それがかえって恐ろしい。
スケールがでかすぎて小手先のことが言ってもらえない・・・・・こんなことは冗談に決まってるだろシンジよ、などとこの人・・・いや、この使徒がいうはずがない。乗っ取られた違和感がない。もともと、自分たちが知ったときからすでに、こうだったのだから。
 
 
「まず・・・この、天主堂の中に入ったときのことなんですが・・」
そして碇シンジは逆を辿っていく問いを。先ほど自分に起こった事柄から始める。
 
「明暗さんの・・・・いや、青蒼浄さんとかいう人の・・・・・・なんというか宗教なのに情け容赦ないというか・・・・釜茹でにされるなんて石川五右衛門じゃあるまいし・・・・・青蒼浄さんって誰なんですか?ここに幻影をみる仕掛けとかがあったとしても、なんで、会ったことのない人の姿を見るんですか?」
かなり混乱が強い。あまり質問になっていないが、明暗は理解したらしい。
 
 
「それはオレの、正確に言えば、オレたちの記憶だ。ここに来る前に、身体を半分に裂いてきたからな、どうしても零れちまうわけだ。すまないな、グロなもん見せちまって。結果的にはあの釜茹でで明と暗、オレたちが目を覚まして入れ替わってな・・・・あそこにいた連中を1人残して全員・・・・ってこんなことはいいか。晨晨と零零のことも聞いてくれるなよ・・・・・頼むから」
 
 
頼むというより脅された。自分の仮の視点であった者がどうなったのか興味はあったが、先手を打たれてなおも続けるのは愚であろう。身体を半分に裂いた、という表現も気になるが・・・いちおう、見た目は五体揃っているようだが。まあ、続けよう。
 
 
「それから、続いて参号機との・・・・・・戦闘の夢も見たんですが、これは記憶じゃ、ないですよね。実際にはなかったことだし。・・・・弐号機も零号機も、アスカも綾波さんもいましたけど・・・・」
すでに血の流れも激情も乱れきっている。いまさら声を暗くすることもないが・・・・
それについても明暗は即答してきた。
 
 
「それは、こいつの置きみやげだろうな。こいつ・・・・タブリ・・・まあ、カヲルでいいか、カヲルは未来が視られる。その実験が成功するか失敗するのか、あらかじめこいつには分かる。エヴァ四号機で実験施設を任されていたのはそういう能力があったからだ。だが、不幸な力ではあるな。生き物には何百通りの可能性があるんだが、その終着地点は死だからなー・・・・結局、こいつには、何百通りもの友人の死に様が視えるわけだ。個人レベルの小さな力なら制御もできただろうが、エヴァで増幅拡大された時にまで抑えが効いたかどうかはわからねえ。おそらく、視えまくってたんじゃねえかと思うぞ。ゴールまで。よくもまあ発狂しなかったもんだ・・・・・他人に情をいちいち移していられねえ、この世でただ1人、自分の能力が通じない、シンジ、お前の存在は救いだっただろうな。
 
・・・・そんなわけで、絶対に死なせたくない、とこいつは思った。敵の戦力情報をなんとか残しておこうと未来情報を残留させておいたんじゃないか。ワケも分からず連続で見せられた方はたまったもんじゃないだろうが。まあ、それもこいつの気持ちだ。汲んでおいてやれ」
 
 
「・・・・・・」
 
 
「どんな夢を見たのか、だいたい見当がつく。あれじゃねえか?松代で実験してた参号機が使徒に乗っ取られて第三新東京市に進撃、それをエヴァ三体で食い止めるとかいう・・・・・それなら、オレの希望も入ってるな。実をいえば道に迷いさえしなければ、ハナからそうする予定だったからなー・・・・・なんかまかり間違ってネルフでいろいろ働くことになっちまったが、お前らも気に入ったし面白かったからよしとするか。・・・・そういうわけで、こいつの能力を信じるなら、そういう展開になるぜ・・・・・戦いの参考にしとけ」
 
 
「明暗さんは・・・・・どうやって、ここまで・・・・銀鉄にも乗らずに・・・来れたんですか」
 
 
「使徒だからな。そんなことはお茶の子さいさい・・・・・・ってわけでもなかった。なんせ相手が相手だからな。逃げ隠れするのが異様にうまい・・・このレリエルか、こいつには手を焼かされた。実際焼いたのは誘導体だがな・・・。追っ手がきているのは承知の上で、それでもシンジ、お前とアクセスする必要があったこいつらは一計を案じた・・・・・それが、あの銀鉄だ。規模が桁外れではあるが、一種の幻術を使ってな・・・・・それが証拠にお前のいつもの身体は今も第二支部にあって・・・・・・ん?おいおい、なんか変な女にいじられてるぞ。うお!そんなことまでやるのかよ!うおー・・・・・・・・」
 
 
「・・・・・え?え?」
下界を鏡で覗いて審判を下す閻魔大王よろしく、明暗には第二支部のことが見えているのかも知れないが、見えてもいないのにそんなことをいわれてもどうしょうもない。
 
 
「かわいそうになあ、シンジ。婿にいけなくなっちまったぞ。あ、なんだ担がれて運ばれる・・・・・あーあ、持っていかれちまった。足がはええなあ、あの刀さげた眼帯の女。誰だ?」
 
 
「知りませんよ。見えてもないのに、分かるわけがない」
 
 
「そりゃそうだな。で、脱線しちまったな。シンジと会いたいが、追っ手もかわしたいこいつらは、力では越えられないラインで天と地を結んでお前を招いた。そこが光馬だ。第二支部を縮小して削ったぶんの空間を利用して造り上げた、呼んでいない者は辿り着けない悪賢い場所だ。呼んでいない奴、その存在を信じない奴はどんなに努力しても、至るのは空中に浮かぶ第二支部で、同一位置・・・影といった方がいいか、そこにあるはずの光馬には辿り着けない仕掛けになっているわけだ」
 
 
「銀鉄は・・・・ありますよ」
 
 
「もちろん、お前らにはあるんだろうな。それでいい。こいつらもそこらへんを利用した。
その思念がパスワードになっている。まあ、幻は幻を見られないってこともあるがな。
代償地に人が共通使用できる体外器官、光馬を使ったのも非常に利口だといえるな。だが、オレには銀鉄なんぞに乗る資格はねえときてる。こればっかりはどうしようもねえんだが・・・・・まあ、手がないわけじゃねえ。そこへ行ける奴にマーカーをつけときゃいい。とっかかりさえ出来ればあとは力でこじ開けられる」
 
 
「・・・・綾波さんを?」
 
 
「そういうわけだ。自分のことに関しては、抜けてるからな・・・年より幼いくらいだ」
 
 
「・・・・・・なんで、そんなことを言うかな・・・・
もっと、分かってなければいいのに・・・・・」
 
 
「無理解はまあ、余計な争いのもとだからなー。人に命令する立場の者がそんなに眼力がなくてどうするんだよ。で、まだ聞きたいことはあるんだろ」
 
 
「・・・窓の向こうでやたらに赤くて光ってるのは・・・・・何が起きてるんですか」
 
 
「自分で見てみろ・・・といいてえところだが、まあサービスで教えてやる。ここからじゃ角度的に見えねえかもしれねえし・・・・ヨッドメロンの砲撃だ。安心しろ、狙われてるのはお前の乗ってきた銀鉄じゃねえ、島の反対につけてある、箱船だ。こいつらの飼ってた珍しい生物が積み込んである・・・べつだん、こいつらもここに永住するつもりはなかったんだろうからな。第二支部が墜ちる前に移動させる気だったんだろうが、主人がこれじゃあ、残された連中もかえって気の毒だからな。なかなか頑丈だが、さすがにヨッドメロンの弾数勝ちだろうな・・・・もうすぐだろ」
 
 
「・・・・・・さっきから扉を叩くような音、してた気もしてたんですが・・・砲撃の音ですか。他に誰も来てませんよね」
 
 
「・・・・・・さあな・・・どうだろうなあ。これは教えない方がサービスだろうな」
 
 
「なんでカヲル君達をこんな目にあわせたんですか・・・・・こんなことを、しなくてもよかったみたいに聞こえて・・・・しょうがないです」
 
 
「・・・こうなることは知ってたんじゃないのか、シンジ。銀鉄が辿り着いた、てえのはそういうことだろ?まさか自分の命をくれてやる、なんて気はなかったんだろ。
碇シンジよ。こうなるしか、なかったわけだ。
 
 
はじまりは、レリエルとバルディエルの仲が悪かったことか、レリエルが使徒の生命を放棄して、それでもくたばらずに生き続けたことか、レリエルの議定心臓、いわゆるコアだな、をカヲルが貰い受け、人以上の使徒未満の何かに、レリエルとカヲル、二人して生き変わった・・・・生き返ったってのは聞くが、生き変わったってのは初言いだなー・・・そのことか、とにかくこの二人というか二体の扱いには意見がいろいろ出てだなー、この半端な変異体を受け入れるか抹殺するか・・・・・実際のところ、決定していない。議定心臓には新たにそれに関しての命令は入力されていない。そのうち捕獲くらいはされるだろうが、殺すために動く使徒は、現在のところ・・・存在しない。
 
 
バルディエルをのぞいてな。
 
 
このバルディエルってえ奴も、・・・・・あ、てめえのことだろ、とか知れきった突っ込みいれたら殺すぞ、・・・・・四重人格のオレだって、ちょっと恥ずかしいんだぞ、この人ごと説明は。分かったな、てところで続けるが、第十三使徒、バルディエルは半分がた狂っててなー。実際のところ、なんで自分が地上でうろついてるのかよく覚えてないんだ。
コマンドを収めたコアに傷でもついてたのか、文字通り、使徒の生命たる使命、それがウロ覚えだから自分の身体もよく保てない。自分で自分のコアをバラバラにして世界に撒き散らすなんつー、リスカどころじゃねえ自傷をやらかした挙げ句に悟ったのが、最強の個体の探索、それに対する補助、育成、ときた。暇つぶしのゲーム以上のなにものでもないんだが、そこらへんが壊れてるだからしょうがねえ。他の使徒がなんとか回収して修理というか治療しようとしたこともあったらしいが、狂ってるわりに強いからなー、尽く返り討ちで、生き残ったのは、殺せなかったのはレリエルくらいなもんで、因縁も古いわけだ。
 
 
今なら、分かるんだが、このバルディエルの使命は、人世界から、”最強の群体”を発見することだったんだな。おそらくこれも幻想だろうが、使命を与えた方にしてみれば一目見てみたかったんだろうな。最強の個体なんてのはま、あ、鏡を見りゃそこにいるんだろうからなー。シンジよ、お前の言い方を借りれば、そんなんではない、ほんとうの、たったひとりの最強、ってことになるかな。
 
 
非常に皮肉なんだが・・・・・・その最強の群体をこのオレが見つけちまったんだ。
明暗でありバルディエルである、このオレ達がな。どこにあったか?野暮ぬかすと殴るぞ。
 
 
まあ、ちょっと話が飛んだが、レリエルとそれと対になる、そのコアをもっているカヲルを殺そうとするのは、バルディエルがレリエル嫌いだからだ。もの凄く分かりやすくてすまんが、そういうことだ。使徒殺し、だな。羨ましかったのかもしれねえな。
なんせ兇状もちで、使徒からも煙たがられて、今回のこのことだってレリエルたちに返り討ちにあうのを望まれてたフシもあるからな。もしくは相打ちか・・・それで面倒は相殺されて消滅する。・・・自然っつうのも相当底意地が悪いな、こうしてみりゃ。
 
 
まさか、バルディエルがここまで追ってくるたあ・・・・・お釈迦様でも、いやさ渚カヲルなら見抜いたかもな。未来視の能力を捨てていなければ。あの一撃を受けて即座に迎撃に来やがったあたりからすると、うすうす予感はあったのかもな。
 
 
使徒の中で唯一、自分たちを追う厄介な奴をここで返り討ちにしておけば捕獲される前に逃げる時間と空間を稼げる・・・・・・シンジよ、鉾を渡したお前を盾に使う計算もあったと思うぜ。それは矛盾じゃねえ。オレとカヲルたち、やりあってればどっちに加勢するよ?言うまでもねえわな。
 
 
結果は、見ての通りだ。
 
 
手こずったが、やはり戦闘なら一日の長があらあな。盗まれるのが厭だったのか技の出し惜しみなんぞするからだ。ともあれ・・・・・
 
 
オレの方が強かった。
 
 
嫌いなレリエルも殺し、自分の使命も思い出してそれを見いだし果たし・・・」
 
 
 
「あー、なんで使命を思い出せたんですか」
このままでは話が終わるのでもう少し引き延ばしにかかる碇シンジ。
 
 
「はあ?そんなこと聞きたいのかよ。お前には全く関係ない話なんだが・・・・まあ、いいか。バルディエルは浸透系の存在形態を・・・ってこりゃ難しいな。お前にも分かるようにいうとだな、寄生して相手を乗っ取る・・・なんか日本にもいんだろ、その手の悪霊とか化け物とか。腕力とガタイでガオーと暴れるタイプじゃなくて小技を効かしてケケケと裏からやる、みてえなアレだ。それも1人や2人じゃねえ、ある程度強い奴を選びはするが、大昔から何回も繰り返して、相当な数を互いに潰しあうようにしむけて・・・蠱毒、ってもわからねえか、毒のある生物を互いに食い合わせて一番毒の強い生物を生き残らせて選ぶんだが・・・わからねえよなあ、そうだな・・・、裏ストリート最強トーナメント!そんな感じか?最後まで生き残った奴がバルディエルを名乗れる・・・・まあ、これ以上は簡単にできねえからそれで納得しとけ」
 
 
「なんだか難しいですね・・・・ガオーとケケケの中間ですか」
 
 
「ああそうだな。ガオーとケケケでガケケだな。もしくはケケオーだ。なかなかだシンジ、本質をついてるな」
 
 
「いやー、まあ。そうですね・・・・さらにいうなら、綾波さんに化けてた影波さんみたいな感じですか」
 
 
「誰だよ影波って。なんか忍者みたいだぞ・・・・・ああ、レリエルのことか。そうだな、そういった潜入調査を行えるタイプって意味ではよく似てるんだよな。だが、やったことは狂ってるせいもあるがだいぶ、違ってたな。向こうはスカウトだからな。過去、現在、未来、人の時間を司るこの三種類の人間を天に招く。過去は綾波レイ、未来はこのカヲル、そして現在は、シンジ、お前だな。別に呼び合うわけでもないのにこうも近くに揃ったのは珍しいことだろうな・・・・それで、三人揃えて天に吊り上げてどうするつもりだと思うよ」
 
 
「さあ・・・・・珍しいから標本にでもするんですか」
 
 
「裁判をさせるのさ。未来現在過去とそろっていれば、裁判官としては完全だからな。人をして人類を裁かせる。まあ、五十六億年くらいは研修させるかもしれねえが、な。
ああ、また話が飛んじまった。なんで使命を思い出したか、だな。都合良く表現すれば、異常から正常に戻ったってえことだが・・・・・・異常の反対は清浄、じゃなくて正常、か。
つまりだなー、オレはバルディエルで、それも最後まで残ったほぼ完成体のバルディエルなわけだが・・・同時に異常のあるバルディエルでもある。バルディエルでありながらこの最強の個体を選別するクソレースにほとほと愛想が尽きてンなこと考えた主催者である使徒バルディエルを滅ぼそうと思った・・・・・そういうのもちょいとあるが、使徒の異常体であるバルディエルと、バルディエル分裂体の異常であるオレと、どっちが強いのか・・・まあ、最強であるのか、それを証明したい、白黒つけたかったのさ。徹底的にな。
 
 
本質的な問題だな。魂的なもんだ。だから、止めようがない。
 
 
例えとしては・・・・・最強ってえ幻想のチャンピオンベルトをかけて戦うタイトルマッチみたいなもんか。だが、いかんせんそれで戦って勝ったとしてもベルトを巻いた瞬間にオレ自身がチャンピオン、バルディエルになるから全く意味がない。ベルトに乗っ取られて個性が消える、といえば分かりやすいか?かといってベルト相手に戦ってもしょうがない。ベルトはベルトで、ただ意味や幻想の寄り代ってだけのことだからな・・・・・
幻想を破る、最強の幻想を敗北させる・・・・・それでこそ、はじめてオレが強い、強かったといえるわけだ。まあ、ここらへんはシンジ、お前も男だ、男の気合いで理解しろ」
 
 
「・・・理解、します・・・けど、でも、どうやったんですか。その、バルディエルに勝ったから、越えたから、自分が異常であることが分かったんでしょう?」
 
 
「・・・・”越えた”・・・・・ん〜、なかなかいい響きじぇねえかシンジ。漢度アップだ」
 
 
「いや、僕の漢度がアップしても喜ぶ人はあまりいないと・・・・・で、どうやったんです?」
 
 
「地上に戻れば分かるが、お前はもう戻れねえしな。教えてやるよ。世界にばらまかれたコアの欠片は本能的に呼び合い喰らい合うわけだが・・・・さすがにそれだけじゃねえ、世の中何が起きるかわからねえし、破片を回収して解析しようてえ使徒もいたからな、その流れを見守りコントロールする役目がいる。それが誘導体だ。紫の服着て石版なんか背負ってる妙な奴だ。役目上、前回組み上がった完成体と同じ、完全コピーした戦闘経験と使徒能力を持ってる。それに加えて、最強の幻想だ。こいつをバルディエルと呼んでも全く差し支えないんだがな、先に言ったとおりの理由で、まあお前達には倒せない。そもそも感知もできないだろうな。ちょっかいは出すが戦う気はねえ、言ってみりゃ、仕事もせずにてめえだけ好き勝手に遊んでるようなもんだからな。ずーっと砂場で砂遊びだ。使徒名鑑にある記載ともかなり違うはずだ」
 
 
「それはかなり嫌われるかも知れない・・・・いや、こっちにとってはいいのかな」
 
 
「この誘導体さえ殺っちまえば、バルディエルの有り様もずいぶんと変わってくるわけだが・・・強さは折り紙付きで、勝っても負けても思う壺のイヤーな奴だ。それで、だ。
 
 
バルディエルの欠片を全て集めて、今代の最強となったオレの、オレたちの身体を二つに裂いた。自分で裂いた、と見抜かれねえようにするのが骨だったが、誘導体の方でヨッドメロンを使って誤魔化してくれた。なんでそんなことを?って顔だな。二つに裂かれ分かれた右半身と左半身・・・・どっちが最強、なんだろうな。どっちも最強か?それとも、どっちも最強じゃあないのか?・・・・幻想は惑わすのは得意だが、答えるのは苦手だからな。最強として取り込むか、それともそれに満たないそれ以下の存在として排除するか、はたまた・・・まあ、千々に乱れて誘導どころじゃねえ。麻痺だな。揺らぐのをやめた静止した幻想は硝子より脆い。そこを一撃・・・・あっけなかったな」
 
 
「・・・・・・」
 
 
「ちょうどオレがコアについた傷の部分だったのかもしれねえな。もともと、オレが明暗・・・宗教団体の土牢で暮らす哀れな双子に与えられたのは、最強個体選別競争とはなんの関係ない、儀式とかぬかす、ただのイレギュラーだったからな・・・土の中に埋められて人間が、しかもあんな貧弱な子供が生きていられるか。それでも双子の片方は死んだ。コアの欠片をもっていても死んだ。助ける、という意思なんぞ当然なかったが、助けることはできなかった。せめて牢のわずかな隙間から太陽の光が射す場所を最後まで与え続けた方が死んだ。当たり前だ。人間の身体はそれほど弱い。コアが人間の身体に異能をもたらし強靱に書き換えるより先に。魂は天に召された。まあ、天でも地でもどこでも好きなところに行けただろうよ。その資格はあるだろう。その逆に、生き残った双子の片割れ・・・は天にも地にも憎悪ぶつけて人という人全て、皆殺しを誓った。未熟ではあるがその分だけ底の知れねえ闇よりも暗い情念・・・・・そもそも光がねえんだもんな。片割れがもっていっちまった。せいぜいてめえたちを玩具にした黒基督を八つ裂きにするくらいが正当だと思うんだが。これも皮肉な話で、コア欠片を浸透させて異能をもつに従って、かえってそんな無限大の殺意は抱けなくなる・・・・・・なんせコア欠片を持つ者はコア欠片を持つ者同士喰らいあうために生きているわけだからな。殺意も行動も道から外れることはできずにコントロールされる・・・・・この頃がマイスター・カウフマンに拾われてギル入りしてた時期になるわけだが・・・・・どうもな、プログラムをこなしているうちにとんとん拍子にチルドレンになっちまってエヴァの操縦者に選ばれちまった。コアがどうしたバルディエルがどうの、てな自覚も意識も表層には出てこないからな、まあ嬉しいわな。一応、臭い土牢から拾い上げてくれたマイスターの面子はたったわけだしな。
だがまあ、いざエヴァ参号機に乗ってみりゃ、さすがに使徒の敵だな、すぐ見抜かれて自爆だ。いろいろ業界じゃ陰謀とか横やりとかで騒がれたが、真実は単純なことだ。エヴァの乗っ取りは防がれたってわけだな。バルディエル、コアの欠片も参号機の気合いというか気迫に相当にビビッたらしく、髪の色まで青くなっちまった。能力まで変化させてな。完全平和主義というか・・・それの擬態というか、なにはともあれバルディエルコアのしぶとさ、生き残る能力ってのは相当なもんだぜ。それならそれで神を拝んで真面目に生きようとした青蒼浄なわけなんだが・・・・まあ、ああいった顛末でなあ。きれい事はいうし掃除も得意だが、奴も決して聖人じゃねえからな・・・・眠らせてた心の闇が噴き出した。オレたち、明暗と釜茹でのショックで入れ替わったのがいいか悪いか別として、もし解放されれば人という人を殺し尽くすために動くだろうな、間違いない。記憶の中で見ただろう、コアをけっこう集めていたミドーとかいう奴、王喰いとかいってあの野郎、胸と腹にまで口があってだな・・・・釜茹での前に青蒼浄を・・・・あれほどの心の毒を化学工場みてえに日々大量生産したら精神がもたないんだろうが、浄化能力があって発狂も忘却もできないときてる。深層意識の底の底に封じて禁じておいても滲み出る心毒は、朱夕酔じゃねえと受け止めきれねえ。マイスター・カウフマンが最も警戒していたのが禁青が参号機を駆ることだ。はあ、そりゃ使徒なんぞ目もくれずに人間を殺しまくるだろうな」
 
 
「・・・・・・・」
 
 
「あと、この点は絶対に聞いときたいだろうから教えておくが・・・・・・長々と話したのもこの前振りなわけだ。分かれよ。そういうわけで、人間の部分は半分に割った参号機といっしょに地上に残してきた。禁青と朱夕醉だ。今、ここにいてお前に話しているのは、使徒の部分。このオレ、オレたち・・・黒羅羅・明暗だ。使徒、バルディエルだ」
 
 
「・・・・・・・」
 
 
「レリエルとカヲルを殺害し、最強の福音たるエヴァ初号機の専属操縦者、碇シンジの生命を求める。出し惜しみはするな、初手から全能全力で来い。置きみやげを無駄にするな・・・泣き声程度じゃオレには勝てねえ」
 
 
「これも夢・・・・じゃ、ないですよね」
 
 
「答えにくい質問だな。人間のことは好きで、けっこう勉強したつもりなんだがな」
 
 
「明さんの方はいないんですか」
 
 
「首を切り落としたのは明の奴だからな。戦いになるまでお前と顔を合わせたくないんだそうだ」
 
 
「その体勢、疲れませんか」
 
 
「人間じゃないからな。もう疲れることもないし痛みもない。この体勢の方が自然で楽だな・・・・・けっこう時間をくれてやったと思うんだが・・・・そろそろいいか?戦闘意思を抑える方が疲れるんでな・・・・」
 
 
「・・・・・・・・」
 
 
「で、どっちにしたんだ?シンジ、お前は・・・・・
 
 
 
人間でいるのか、それとも使徒になるのか・・・・
 
 
 
何も考えずに、ここまで来たわけじゃねえんだろう?カヲルがいなくなったことでその選択もかなり揺らいでコロコロ転がったとは思うが。仇をとるもよし遺志を継ぐもよし。
どんな選択をしてもオレは支持するし、どんな選択をしても戦うことになるわけだが・・・・使徒として使命果たしてこっちの寿命もあとわずか、誰が最強なのか、明らかにしようぜ」
 
 
「僕は・・・・・」
 
 
「呼べよ。エヴァ初号機を。それとも・・・・ゼルエルか。でなきゃ話にもならねえ」
 
 
「僕は・・・・・」
 
 
窓の外の赤い光がふいに止み、重黒く沈黙した。碇シンジの瞳から湧き出た夜雲色がべったりと窓をいつの間にか塗りつぶしたかのように。
 
 

 
 
N2沼に向かって浮遊する第二支部が、天眼の示したルートの半分を過ぎた時。
 
 
突如、鉾内部から天眼が消滅した。プログラムであるから消去、というのが正しいが、この誘導作業のまさに大黒柱であった天眼がいきなり失せることは関係者全てにとって衝撃というのも生やさしい。外部からのハッカーによる攻撃などではない、とすぐに知れたのが幸いなのかどうなのか。
 
 
Zeruel
 
 
天眼と鉾内部をモニター、探索していた全ての端末に表示される、力ある天使の名。
画面を埋め尽くすその名の羅列に天眼が呑み込まれたのだと、二人の赤木博士は直感した。
鉾の機能が全面的に切り替わる!結局、これだけの人材を投入してもこの時間に到達できたのは塔の低いところにすぎない、鉾の真実、機能の心理に到達するには至らなかった。
 
 
誘導する天眼を失ったことで第二支部は、そこからユラユラと、なんとも頼りなく帰巣本能だけで帰ろうとする酔っぱらいのように、N2沼へ向かっている・・・・ように見える。
それが惰性なのか、天眼の誘導が失せただけでまだ運搬力の指向性は作用しているのか、全く分からない。速度はかなり落ちたが、マギで落下衝撃を計算してみると、最高に上手くいって内部の人間の八割は死に、一割五分は再起不能の怪我、残りは予め衝撃吸収設備にでも運良くいた人間だけが・・・即座に入院させて手当てすれば再起可能な怪我で生き残る、と。それも、N2沼になんとか落ち着いた場合の試算で、これが辿り着けずまた行きすぎてほかの場所、市街なんぞに墜ちた日には・・・・考えたくもない。天眼を失ったということは、まるで目隠しでそれをやらねばならないし、やるのは自分たちですらない。
心配するだけ気力の無駄、というものだが・・・・・・赤木リツコ博士はぶっ倒れた。
 
 
だが、驚くのはまだ早かった。
 
 
今まで第二支部を支えるような位置にあった鉾が・・・・・上昇を、浮き始めたのだ。
派手な煙こそないが、まるで黄金の宇宙ロケットのように。
 
カウントダウンは密かに綾波レイがとっていた。「このことだったのかい・・・・」声をかける円谷エンショウにかすかにうなづく。
 
 
「ちょっ・・・・・・!!!冗談じゃないわよ!なんなのよこれ!!なんで鉾が飛びだそうってのよ!!鉾と初号機との右腕連結緊急解除!!急いで!!」
あっけにとられても指示だけは飛ばさない葛城ミサトはさすがだったが、それでも綾波レイのように未来が見えていたわけではない。
 
「だめです!連結解除不能です!初号機側の肩部切断命令も受け入れません!!」
「鉾内部から初号機頭部領域に大量の情報が流れ込んでます!・・・な、なんなのこれ!」
日向マコトと伊吹マヤが連続で最悪の報告を返してくる。
 
「・・・・・なんかやばいっ!!初号機ケージから全スタッフ退避!!」
いつもなら、なんとか踏ん張ってどうにかしろ、と命令するところだが、それ以上のやばさの予感が葛城ミサトの体内を駆け抜けた。通常とは反対の命令されても身体などすぐに動くわけがないのだが、退避がうまくいったのは、やはり綾波レイの一件があったせいだ。あらかじめ含められているのといないのとでは動きが全く違う。まさか、こんなことが起きるなどと予想だにしていなかった、としても。
 
 
ぶるん
もはや己が宙にある鉾が尾っぽを振るようにその巨体をひとたび、揺らした。
 
 
それだけで、初号機は固定位置から引き剥がされて射出口まで連れられた。小学生に釣られた魚のような乱雑さ。当然、その途中にある設備はことごとく破壊されたが。
 
 
そこから高速で初号機が地上に引かれ飛び出すのと・・・・
初号機左腕に仕掛けた爆破スイッチを綾波レイが押すのとはほぼ同時。
 
 
左腕を地下に残して、エヴァ初号機は、一気に地上を過ぎ、空へ。
 
 
どちらが主であるのか、引き上げた初号機を・・・・・鉾は、突如、己をアコーディオンを二つぶら下げた黒い棺桶のような形に変形させて、蓋をあけエヴァ初号機をその中に閉じこめた。蓋の中央部には白く覆われた球形の何かがあり、そのもう少し上には盲いた亀のような、浮木にぶつかって困ったような、曰く言い難い白い顔があった。
 
 
ジャ 球形の白い覆いが割れるように収納されると、青い・・・使徒コアのようなものが見えた。色は確かに青いのだが・・・あれはどう見ても・・・・・・
 
 
「パターン青・・・・・・使徒です・・・・・・」
 
 
静まりかえる発令所に、オペレータの声が響く。何者も、誰も口をきかない。命令を下すべき葛城ミサトが何もいわないのだ。冬月副司令にしても、気絶した赤木リツコ博士にしても同様。言うべき言葉などなかった。ただ握りしめる十字架で手のひらを真っ赤に染める葛城ミサト。この世には神も仏もないのか・・・・・・「こんなことって・・・・」
 
 
盲いた亀に似た、うろんな眼差しが地上の人間を見下ろす。
 
 
我知らず、目をそらしていた葛城ミサト。使徒相手に、はじめて。
 
 
どのくらいの時間が経ったのか・・・・・・盲いた亀のような顔を持つ使徒は、そのまま静かに黙って上昇し、そのうち見えなくなった。衛星によると消えたのだというが、それが単にATフィールドによる目くらましなのか、ほんとうに天に戻ったなりしたのか、誰にも分からない。
 
 
完全空白の三分間。誰も動けず、何一つできなかった。
 
 
感情を喪失し、ただ1人なんの問題もなく動けた綾波レイも、あえて動かなかった。
 
どうせ、いやでもすぐに動くことになるのだから。
第二支部の落下をただ1人確認していた。
 
第二支部から竜が飛び立ち、沼であがった白い光をただ1人、見た。
 
 
 
そして、N2沼に着陸。
 
 
 
新たな騒乱の始まり。待機に待機させていた救出作業を発動。戦闘体勢は維持したまま、第二支部に向けて大量の人員と意識が注ぎ込まれる。これはもう体力的にも精神的にも各国から駆けつけてきた支部スタッフたちがメインとなる。が、本部が指揮を執るのは変わりなくやるべきことはいくらでもあった。解放されるわけではない。気持ち的にも。
・・・呆けるよりは遙かに良かったか。これが最後の仕事になる、と覚悟を決めた葛城ミサトは叱咤激励してスタッフ達を動かした。バタバタと倒れる人間が続出したが、彼女は。どういうわけか、あれだけの衝撃にさらされた第二支部の人間が誰1人として死んでおらず、それなりに重傷ではあるが、現場近くでの手当てですぐにピンピンして回復する、という異様な元気ぶりを見せた・・ただ、消滅していた間の記憶は全員おぼろげであそこであの時何があったのか明確に答えられる者はいない・・・そして、四号機操縦者・渚カヲル、初号機操縦者・碇シンジは発見されなかった・・・その報告を聞くと同時に血を吐いた。そのままフラフラと誰にも運ばせず医務室にも寄らず、どこかへ行ってしまった。日向マコトが混乱の中、その姿を探したが見つけられなかった。一段落ついたとはいえ、上司が消えれば彼が代わりをせにゃならんのである。今までリタイヤしていた野散須カンタローが戻ってきて補佐してくれたからなんとかなったものの・・・・
隠れて、泣いているのかもしれない。
 
 
「ようやく夜が明けたけど・・・・・雨か・・・・・」
 
 
モニタに映る空を見ながら呟く日向マコト。
 
 
空は未だ黒く暗い。第二支部で救助された人間が全員、奇跡的、いやそれ以上の希な確率で生存していた、というのは確かに喜ばしいことだけど・・・・ぽっかりと喪失感がある。
今はまだ疼く程度で、膨大な作業をこなすため背中を押されている間は、そう感じないのかもしれない・・・・どこかに、きっとどこかに、と心の片隅で願いながら。
 
 
それは代償なのか。人間に許されるのは奇跡までで、それ以上のことを求めるのなら、最も強く望むなら、身を裂くほどの代価を払う必要があるのか。
 
 
カカッ
 
 
遙か遠くで暗天が雷に切り裂かれる。だが遠いので、ここからではただの綻びのようなものだった。何回か繰り返されたが、近づいてはこない。遠い雷鳴。天の上で黒雲の果てで何が起ころうと、それは遠い物語。
 
 
 
第三新東京市市街に、音叉に似た二股の赤い槍をもって立つ零号機、綾波レイ。この混乱の中、その赤い槍がなんなのか、今更追求する人間もいない。今現在、ネルフ本部の人間として戦闘に耐えうるのは己だけであるという事実を受け入れて超然として、在る。
 
 
雷とともに黒雲の綻びから、何が墜ちてきたのかも、見逃さなかった。
それは、敗者の身体。戦いに敗れ、圧倒的な相手の力で引き裂かれた、破片。
 
 
「碇君・・・・」
 
黒い雨に打たれながら零号機の中でその名を呟くが、そこにはもう、何の感情もなかった。