まるで、空襲のあとの授業だな、と。
 
 
青空は見えず。炭化した机や椅子、壁と同じく煤けて黒く染まっている天井をちら、と見て惣流アスカラングレーは内心で呟いた。火はわりあい丁寧に室内をまんべんなく舐めていたが、無作為に攻城鎚でも振り回したように壁や机や床には破壊の跡、講義室はほぼ半壊。惨状を恐れるようなことはない、どちらかというと黒一の焦げた臭いといい敵の潜む余地のない簡素な光景は落ち着くものなのであるが、さすがに自分でやらかしておいて生き残った生徒たちに聞かせるのは躊躇われた。これが最後の授業になるのだからなおさら。まだ五人残ったことに感動すべきかどうか。同胞たるギルチルドレンの勇敢を称えるべきか。迷いもする。
 
 
 
ドイツ・ギルガメッシュ機関 特別講義室 教官・惣流アスカラングレー
 
 
 
第二支部再出現事件の後、非常識な速度でドイツのギルに引き戻された惣流アスカであるが、弐号機を駆って緊急の極秘任務に当たらされるわけでもなく、ただギル内にてパイロット候補たる生徒たちにこれまでの戦闘経験談を語る、つまりは特別講師役についていた。弐号機はドイツ支部にて使い手と切り離されて、使徒戦には使えない単なる赤い偶像に。
 
 
どーなってんの!!?一体全体何考えてんの?アンタたち全員ばっっっかじゃないの!?
 
 
サードチルドレン、碇シンジとフォースチルドレン、黒羅羅明暗がともに生死行方不明。
エヴァ初号機が謎の変形を遂げ消失、参号機も同様に地上から消失したがバラバラの「死体」となって天から降ってきた。その「部品」を現地のネルフスタッフの一部が回収していたことを知るのが数日後。結局、黒羅羅明暗が発見されることはなかった。
 
 
墜落した、表現を選ぶなら母なる大地のふくよかな胸にふたたび舞い戻った第二支部の人員にひとりたりとて死者がなかった、という聞くだけで打ち震えるような奇跡は喜ぶべきことだが、肝心要のエヴァが、零号機一体しかない、というのは・・・・・増強すべきところをいかなる手管を用いたのか、騒乱の中、エヴァ弐号機とセカンドチルドレンを第三新東京市から引き戻すなどと・・・・後弐号機を密かにフォローにまわしていたという貸し分があろうと、あまりに帳尻があわなすぎであり戦況戦略を見回すにあまりに愚かすぎる。戦力の集積でいかに危険視されようと、ここが落とされれば終わりなのだ。人類の敗北。好んで負けるバカがいるのか。何を願うのは自由だ。だが、なぜ、それにつきあわねばならない?
自分が。自分たちが。
 
 
吼えて、抵抗するところであった。
 
 
惣流アスカであれば。
 
 
火のごとく。烈火のごとく。
 
 
元来の彼女であれば。
 
 
燃え尽きていた。
 
 
碇シンジとともに手製らしき乗り物で市街を高速移動して・・・鯉が滝を登るように<鉾>に登り、江戸のロケットのようにそこから第二支部に飛び出した・・・はずなのだが、なぜか彼女だけ自宅に戻っており、その間の記憶もなくなっており、肉体的に異常はないのだが、目が潰れるほどに百万の、億万の花火を見尽くした、といったようなどこか魂が抜けたようなことになっていた。
 
 
そこに顕現したのが、約束されし第二人格、ラングレーであった。碇シンジさえいなければ自由に出てきてよい約定になっている。それがいないのだから第三新東京市で好きに振る舞ってよい、めざわりなあの親子が不在でこの混乱を極めた今こそ天下を獲る好機、なんのかんのいってもやはりここは使徒戦にはこと欠かぬであろうし、面倒な欧州と違い何かと便利な都市ではある。ラングレーとしてもドイツなどに帰る気は毛頭なかったのだ。
 
何より、零号機一機でこの要地を防ぎきれるわけがない・・・理性の判断がある。
 
弐号機はこのポジションに絶対に必要。気性的に攻め、のラングレーであるがこの状況でそれに転じるつもりもなかった。何より・・・現在時間の自分の顕現が使徒の能力によるものだと承知している。使徒というものは・・・一体、どういう存在であるのか。サンプルには事欠かぬであろうし、ここで使徒について己なりに研究しておく必要があるだろう、もちろん学問学術的ではない、ただ己が勝つために。
 
 
その火血は、熱く。
 
 
だが、その目算は封じられた。鋼の小箱に閉じられるがごとく。
ギルの長、マイスター・カウフマンが直々に召還を命じてきたのだ。黒羅羅明暗を失った代わりに自分を手元に置こう、などと考えるだけの可愛げなどこの岩石鉄人にはない。
政治など関係なく、用向きはひたすら己の内部のことだけ。魂の彫金師、人格の細工職人。下手に無視などすると、再封印される恐れもある。口にはしないが約定違反の引け目がないわけでもない。
 
 
それに何より。
 
 
防御性の人格「惣流アスカ」のこの破綻具合を遠方より見抜いたその眼力が恐ろしい。どれだけのことをなせばどうなるか、己の手を加えた作品の限界を知り尽くしている・・・ある方面においての極限の理解者、その意向を無視するのもまた愚かなことだった。
 
 
碇シンジとともに、どんな目にあってきたのか、どんな夢をみてきたのか。
 
脳内で再生を繰り返す故障した映写機で写される「銀鉄」なるぶつぎりフィルム。
決着のついてないエンドロールの流れることのないそれをアスカはえんえんと見続ける。
はたからは白昼夢を毛布に喪失時間を枕に消えた面影を寝床の船にして漂っているようにしか見えない。まあ、ふたことでいえば夢遊病の不思議ちゃんであり、ひとことでいうと、使い物にならない。誰も彼もてめえのことで精一杯であふれるギリギリで動き回っている状況下では厄介者以外のなにものでもない。
ラングレーに切り替わっていなければ自衛もなりたたない。
 
 
アスカ、には負担が強すぎたのかもしれない。フィフスの渚カヲル、すこぶるつきのモンスター、サードの碇シンジ、こんな連中と肩をならべるほど強靱ではないのだ。
儀式の傍観を許されなかった。命までとられなかったことを喜ぶべきだろうか。
このまま人格の喪失、という事態に移行するかもしれない・・・・それはそれで願ったり適ったり・・・そのはずなのだが。
 
 
そんな生やさしいことであのマイスター・カウフマンが呼び戻したりはせぬだろう。
防御人格の治癒修復、などと。その程度でギルのセカンドと弐号機を第三新東京市、新体制ネルフ本部から異動させたりはせぬはずだ。ラングレーだけで十分に用は成す。
何かやらせたければ、後弐号機、A・V・Thがいる。明暗がいなくなって気落ちして働けないようなやわなタマでもなかろうし。
 
 
疑念いっぱいに第三新東京市を去り、ドイツに戻ったとたんに命じられたのがギルでの講師役。マイスターカウフマンからはなんの説明もない。ただ「任を命じる」である。
なんというか、窓際である。エヴァを起動させられない子供たちに実戦を語ったとて仕方がない。妙な先入観を植え付けて害ですらあるかもしれない。他の教導師連中ならともかく、それが分からぬ岩石人間でもなかろうに。有望な人材ならA・V・Thにつけて見習いでもさせておいた方がいいだろうと思う。自慢じゃないが、人にモノを教えるような性格ではないのだから。
 
 
どういうつもりなのか・・・・・・
 
 
アスカは相変わらず夢心地であり、それに関して呼びつけた当人からはなんの話もない。
 
とにかく講義が始まった。
 
戦闘訓練も受けており知識的にも講義を理解できるほどのレベルにある生徒たちであるが、実際にエヴァの起動できるわけでもなく、ATフィールドの話をしても観念的なものに終わるのがオチであるので、手本となるべき渚カヲル、四号機のそれもやりにくい。当然、碇シンジ、初号機のそれなどやりたくない。旧型の零号機など無論のことであり。
 
 
自分の、というか、惣流アスカの弐号機の戦闘について語り出す。
 
 
アスカの動きはギルの教科書通りであるから、実践として聞くに値する役には立つ話だろうが、どちらかというと、せっかくの第三新東京市帰りのセカンドチルドレン、惣流アスカラングレーにギルの生徒たちが期待するのは、やはりズブの素人が駆ったというエヴァ初号機の話であっただろう。それはギルチルドレンとはいえ、子供であるから無理からぬところではあった。あるいは、ギルチルドレンゆえ。自分たちの訓練などは無意味なのではないか、という疑念を払拭してもらいたいがため。同じギルチルドレンに。
 
 
そんな視線を、ラングレーは完全に無視して講義をすすめた。
お前たちにはそんな話は一万年と二千年早い、と腹の底で。
 
 
こっちにも分からないのだから話せるはずもない、と。言えればいいのだが。
なんにせよ、エヴァを起動させてからだ。その関門を超えられぬ者はパイロットにはなれない。エヴァに選ばれぬ者は。あいつは、あの化け物は・・・・・エヴァに・・・
 
 
「教官、質問があります!」
 
 
勇者がいた。ラングレーがふと造った空気の間を見事に読んでの質問。金色の髪に蒼い瞳は凛々しく、ピン、と伸ばした剣のごとき手の先には輝く敬意があり、バカそーには見えなかった。空気もラングレーの腹も読んでいたのだろうが、それでもなお。問うてみたかったのだろう。おそらくは皆を代表して。
 
 
「・・・・答えるわ。質問は?」
講義後にぞろぞろ来られるよりここで一発返答しておいた方が楽でいい、と判断して許可するラングレー。これは引き金ではなく、ロシアンルーレット。いずれ炸裂したことだ、と後では分かるのだが。予想される質問に、あえて凡庸な返答でかえしてやろう、と。
 
 
「訓練を経ず戦果を重ねるサードチルドレンの基礎能力は、我らを超えるものでしょうか」
 
 
彼らの乗るべき、乗るはずの機体は制式タイプなのだから、当然、問いはそこにゆく。
 
そして、返答は2種類必要となる。ギルチルドレンにも大別にして2種類あり、ギルガメッシュプログラムをこなすことでパイロットを育成しようという選抜され志願してきた軍人政治家の子息縁者養飼などが中心の秀才組。それから生まれ持つ特異能力を疎まれ半ば通報されるかたちで世界中から狩られてきた異能組。気の早いギルの教導師の中には適格者の誕生しやすい血脈の研究に着手している者もいる。血の色に変わりなどなかろうに。
もうひとつ、渚式分類法をどう解釈したものか、多重人格者をわざわざ集めてきた病棟組がいるが、これは講義を受けられる状態にあるものが一人もいないので必要がなかった。
 
 
ともあれ、答えよう。真実にして凡庸な事実を。塔の外にいた愛すべき同胞たちに。
 
 
 
「いや、ここにいる全員が第三新東京市、ネルフ本部所属のサードチルドレン、碇シンジの能力を上回る。身体、知能、さらにいうなら・・・陰秘、いや精神性においても」
 
 
ざわめきは動揺の証。期待しても与えられることはないだろう、と信じていたものが簡単に。数字が嘘をつかないというのなら、そんなことはすでに知り抜いている。なにかある。
彼には、なにかある。と告げられるはずだった。隔絶する壁の名を。機密の開示を。
 
 
「では、その優秀性の源はどこから・・・・・?事実、我はエヴァを起動させることすら出来ない。起動だけなら可能なものもおりますが、それを安定して運用する数値まであげられない。教官、あなたにはそれを伝授してもらいたい。戦地から帰還したあなたにはその義務がある」
 
 
「その要求は却下させてもらう。不可能だからだ。だが、優秀性の源については教えられる」
出来ればここで完全に蹴り、講義などヤメにしたいところだったがあえて答える。
 
 
「それは・・・・」
 
 
「もし、諸君がエヴァを起動させ運用を安定数値にもっていけたと仮定して、不運な世界情勢により本部と支部が交戦状態に入った場合、制式型のエヴァに乗り第三新東京市に攻め降りた時。もし、そこに、エヴァ初号機が立ちはだかったとしたら、百回戦っても、碇シンジは百回勝つだろう。諸君は百敗地に塗れることになる」
 
言ったあとで。
模擬戦闘、バーチャル機体でのシルエッタファイトで碇シンジにギタギタにされた記憶が蘇ったが・・・・・・・、それはそれ、・・・・・・これはこれだ。あれは・違うのだ。
自分が負けたからお前らも負けちゃうぞ、という幼稚なことを言うつもりはない。
 
 
しかし、無意識に殺意と怒りが漏れ出てきてしまっているのか、怯えたように沈黙する講義室。中にはそうでないのもいるが、表だって何も言わないのは危険を感知しているせいであろう。これ以上、この話題に深入りしてはならない、と。
 
 
「それは・・・実戦を重ねた本部施設との連携が巧みである・・・・ということですか。ですが、その程度のことなら勝率は・・・我々が機体を動かすことさえ出来れば・・・・・・」
 
だが、勇者は違った。火竜のアギトに首つっこむような真似をする。勇気だけなら、福音の名の聖剣を手にしてもおかしくない。無言の賞賛が彼のもとに集まった。表情には出さぬがラングレーもその度胸を認めた。指摘自体は的はずれであるが。
 
 
「そうだな。勝率はもう少し違うかもしれない・・・・バカ正直に戦闘せずとも都市部を攻撃して裏をつく方法などもある、地の利がある場所での戦闘に固執することもない、強襲型の後弐号機や参号機の戦闘方法を思い浮かべている者もいるだろう・・・・・だが」
 
ネルフ初陣から時間もたち使徒戦を経て、命がかかっているその技術の進歩は恐ろしいほどであり。どうしてもギルでの育成は時代遅れにならざるを得ない。起動数値の壁を越えられない者たちにその先を教えたとて時間の無駄であることはA・V・Thや黒羅羅明暗がこの任についてないことでも分かる。今回のこの仕事も惣流アスカ、として引き受けているだけにもう少しだけ補足説明しておく気になったのだ。だが・・・・・・
 
 
 
「・・・我々は、対エヴァ戦闘のスペシャリストになるのだから」
 
 
金髪青瞳の勇者が言ったのかどうか、分からない。もしかするとその前か後ろの席の者が言ったのかもしれないが、分からない。勇者の両隣にいた白い髪の女子生徒たちではないことだけは確かだ。その時の記憶はそれくらいに曖昧だった。
 
 
ぼうっ
じゅあ
 
 
発動させた覚えのない睨むだけで発火する念炎能力。それが声のした方に飛んでゆき視線の先の誰かを火ダルマにするところをそれを相殺するような力のある視線、念凍能力とでもいうべきものがぶつけられ、なんとか防がれた。それだけでもかなりの驚きだったが、
 
 
ダーン
 
 
持っていたペンが意思を持つ弾丸のように手先から発射されて念凍能力を発動させていたらしい白い髪の女子生徒ふたりのうちのひとりの頭部を撃った。掠めただけらしい、などと分かるのは騒ぎが収まったあとの話であり。いきなり首を折ってグッタリとなれば射殺の可能性を疑わない方がおかしい。ここで、講義を受けているのが、怯えるしかない一般人生徒ではなかった、ということが騒ぎをさらに巨大化させた。誰がこれをやったのか、ちゃんと見抜いた眼力のある者がいたのも災いした。「僕たちを殺すつもりだな!時計塔に閉じこめられた逆恨みをはらすつもりか!魔女め!ソウリュウの魔女め!!」おまけに昔のことをいつまでも。逃げてくれればいいものを、襲いかかってきた。逃げるところだろう、ここは。誰かみたいに。
 
 
 
 
仕方がないのでラングレーは講義室を半焼させながら対応した。この日の病院送り九名。
 
 
しかし、マイスター・カウフマンからはなんのお咎めもなし。ほうっておかれて次の日も授業をやることだけ命じられた。なんらかのテストなのかどうか、分からぬままに。
もし、この騒動をエヴァ弐号機に搭乗した状態でやったとしたら。業界の地図が変わっていたのは間違いない。
 
 
 
そんなわけでラングレー教官の殲滅授業は続き、いよいよ最後の日となった。
 
 
教員たちに泣きつかれて己の言を曲げるような岩石人間ではないが、終わった後に工房に来るようにと命じられた。この一件についての説明があるのだろうと知れる。
焼かれ破壊された講義室を使い続けるのだからずいぶんと質実剛健なことだ。
 
 
残った五人にも別に特別に伝授するようなことはない。逆に、バカじゃないのかといいたいくらいだ。こんな異常かつ危険な講義に出たところで得るものはなにもない。全日程終了したからパイロットになれる、なんてこともない。
 
 
意外だったのが、それなりに人生計算が働くはずの英才組が二人残ったことだ。
 
ミハイラ・ホーエンツォレルンとシモン・鈴門土。特異能力もなくギルにいるのもパイロット志望というより単に身を隠しているだけのような事情が特異な中途入学カップル。気の強いワケあり上流階級のミハイラの隣を守るように座るターバン少年シモンとやらの生残能力がズバ抜けている、この講義中、どこぞで頑丈な盾を用意してきてミハイラを炎の視線と飛来物から守護しきった。年は自分たちより若い。あの年でもう己の騎士をもっているのだからたいしたものだ。
 
 
それに比べると、途中で人数あわせに入れられたらしい多重人格組が一名、特異組が二名というのはどうしたものか。別に残って欲しかったわけではないが。いっそ恐れをなして全員欠席してくれれば面倒なくてすんだのだが。出席はするが本読んでこちらの話を聞いてるふうでもない特異組のひとり、ラヴクロスト・タンタリオン・ユダロンなど。
 
 
不安定な念炎能力と不安定を通り越して自分でも空恐ろしくなってくるほどの適当さで発動する魂射撃能力。飛んでいってもいいように中身のないシュークリーム皮を握りながら講義しているのだからこちらもバカすぎる。念炎能力の方はあのファースト、綾波レイの治療のヘボさ、という説明もつくが、父方の血がこうもデタラメに動きだすのは・・・
 
ドイツ帰還後にはほとんど覚醒することのないアスカに関連することか・・・・
 
おそらく、これが第三新東京市から呼び戻された真の理由・・・・・あの岩石老人には見当がついているのだろう。マイスターの呼び名は伊達ではない。最終講義は平穏かつ早々に終わらせて工房に行こう。
 
 

 
 
なんとか念炎は2回、魂射撃は三回に抑えられた。おかげさまで講義内容の方がズタボロであるが、なんとか五人とも生き残ってくれて何より。講義終了後に時間をとられるのは耐えられない。
 
 
だが、魂射撃はともかく、幼少の頃から血肉に馴染んでいる念炎が自在に扱えない、というのはかなりきついものがある。時計塔の自室にて一人でいれば発動することもないのだが、この調子で外を出歩いたらかなり目立つことになりかねない。というか、完全にターミネーターだ。くそ・・・と思うが、あの女の治療のしくじりにしては、発動の仕方がおかしい気もする。夢見ごこちのアスカが寝ぼけて能力の引き金に手をかけている・・・のかと思ったが、それも違う。自分で自己を観察するのは限界がある。どういうつもりであんな殲滅授業をやらせたのか、張本人に聞くのが手っ取り早い。よく耐えたものだ。自分もあの五人も。根性だけは認めてやろう。
 
 
 
そして、工房にて
 
 
 
「第三の人格が生成しつつある」
 
 
 
マイスター・カウフマンはもったいつけることは微塵もなく要点を述べた。
鉄鑿で鉱物の破砕点を突くがごとく。「それで、だ・・・」そのまま次章に話がうつりそうになった。が
 
 
「はい?」
この老人との対話には厭というほど慣れているラングレーもさすがに聞き返すしかない。
 
 
ギロ・・・
 
ミストグリーンの隻眼で睨まれても分からぬものは分からぬ・・・・・というより、分かりたくなかったのだが。だが、駄々をこねるには相手が悪すぎる。岩に抱きついても痛いだけ。
「今頃になってわざわざ言うってことは・・・・アスカとあたしの・・・あんたの目論んだ第一と第二人格の融合とは違う、形の・・・まったく別人格での第三、って意味よね」
 
 
「それを、スーパー3(ドライ)と名付ける」
 
 
確認にわざわざ肯きもせずに、断言された。その口調の重々しさに最初は納得しかけたラングレーだが、すぐにその異様さに気づく。なんせ自分のことであるし。
 
 
「なによそのセンス!!!」
 
どこの缶ビールに魂売ったんじゃ!と続けたいところであるが相手が悪い。相手は老人とはいえファンタジー映画に素顔で出演できる岩石魔人であり、ちょいと小突かれただけでこっちはプチトマトのように潰れてしまう。しかもこちらは未成年であるし。不利だ。
それはともかく、話は重大事であった。
 
 
「サードチルドレンに対抗するため、自ら新たな進化を選んだのか・・・・まだ完全覚醒には至っていないが、スーパー3(ドライ)はラングレー、お前より強力だ。アスカを合わせたよりもさらに、な」
 
 
「1+2<3・・・ってわけ?・・・・頭悪いんじゃないの)
面と向かって言ってやりたかったが、繰り返すが相手が悪い上、事実であろうから早急に対策を練る必要がある。肝心な部分は心の中で。それにしてもスーパー3はやめて欲しい。
 
 
どういった人格かは分からないが、父系の能力と母系の能力を同時に自在に使えるとなれば・・・確かに、自分より強いだろう。もともとアスカはそういった特異能力に覚えがないし、自分にしてもこの炎のせいで子供の頃からろくな目にあっていない。いくつかの可能性の芽を摘み禁忌の扉を閉ざしてしまっている。使うには使うが極めるほどの代物にはならないだろう。燃料不要の火炎放射器。それが限度だ。父親の能力の方がまだしもスマートであるがこれはもう救いのない対人用である上に、男女の因子の違いのせいか、特別の銃器がなければうまく使いこなせない。まあ、エヴァ弐号機に拡大させれば使徒相手だろうとお釣りが来るが。
 
 
守るも攻めるもなくただスイッチを押さされば発動する、能力展開を前面に押し出した人間兵器人格・・・・それが三番目の特性だとしたら。碇シンジと綾波レイを足して弐で割ったような・・・・・・うわ、それはデンジャーすぎる。
 
 
しかし、困ったことになった。
もともと自分の出てくる時間帯が早すぎたのかも知れないが、忘れた頃に登場しても。
いやさ、アスカが夢見ている状態で第三人格などがノシてきた日には完全にバランスを失う。アスカもろともこっちまであおりをくらって無意識の海に消えてしまう可能性もある。
 
だが、答えは用意されている。思考する前に確信を持ってそれを待ってしまうのはこの岩の前だけだ。ラングレーは巌の言葉を待つ。
 
 
「サードチルドレンに会いにいけ」
 
 
告げるマイスター・カウフマン。毒を消す毒の名と製法を教えるように。
 
 
「まずは・・・あの子供と、あの女の・・人格影響を最小値に戻すことが必要だ」
隻眼が言の葉にせぬ”その名”を教える。口にするのを忌むような憚るような、この岩が。
よもや、恐れることなど。
 
 
「居場所が分かっても入れなければ意味がない。それから、あたしはあいつの前には・・・それに、アスカも・・・・」
いきなり出てきた竜号機とでも呼ぶほかないシリーズ以外のエヴァ。正確には、おそらく第三新東京市ネルフ本部の地下底の奥底に大量に眠っているエヴァのなりそこないどものひとつ。それをいかなる方法でか、あそこまで練りあげた・・・・まがいものの蛇。
ただ、それとどうやってシンクロしているのか・・・・・分からない。あの機動は。
碇シンジの肉体はあの機体に連れ去られた、ということになっている。情報の確度はまだあまりにも低い。もしや、アスカの魂もついでにそこにあるのではないか・・・
 
 
竜尾道。刀剣系のエヴァ武装を製造できる工場を持つ特殊な地域。業界の地図には載っているが日本政府の地図には載っていない。碇ユイの直轄地、などと称されることもある。
単なる機密地帯などではない。そこは、手順を知らぬ者がいけばただ海の底であるという。
衛星の目でも分からぬ透明の工場。世界の漁場を荒らし回る海賊の本拠地であり、国が傾くほどの大金を日夜吸い上げていく一大カジノシティともいわれている。一言で切り捨てていいのなら、「悪の秘密基地」。世界征服でも狙っているなら完全にゼーレの敵だ。
だがそこを新体制のネルフ本部が襲撃したという話も聞かない。前総司令には用はなくともパイロットには・・・いやさ、その身柄を欲しがる組織はいくらでもありそうだが。
 
 
「準備は整った。・・・そこから先はお前たちが選べ」
 
難攻不落潜入困難に違いないが、手だてを整えた、とこの岩が言うのだから間違いない。
しかし、その先は自由裁量。どうも、もはや囲い込む気はないらしい。
 
 
「ここに・・・ギルに戻ってこれるとは限らない。それでも?」
スーパー3とやらが覚醒しきって活動を始めれば、おそらくギルなど眼中になくなるだろう。時間差フォースの明暗はともかく、フィフスの渚カヲルなどどうやってバランスをとっていたのか、聞いておけばよかった。ねえ、アスカ。聞いてる?・・・・無理か。
 
 
「好きにするがいい」
岩の声には温度というものがなく。ひたすらに硬い。
 
 
「・・・カツラギ・ミサト。あの女を見届けにつけることも考えたが・・・連絡がつかぬ。死んでおるかもしれぬ」
 
そして痛い。痛むのは誰の胸で誰の感情か。考えるのは億劫で時間がもったいない。
立ち上がろうとした少女を重たい声が止める。肩に重圧を感じるほどに。
 
 
「任務を与える」
 
 
「はあっっ!!?」
好きにしろっていっといてその後で仕事しろ、はないでしょーが!と続けたかったがとてもしかし相手が悪い。それに、いくらなんでもそこまで甘やかされる覚えもなかった。
あんな岩人間なんぞに。仕方なく座り直すラングレー。「で、任務って何?」
 
 
「”エヴァ・へルタースケルター”」
 
 
「はい?なんだって?いや、別に耳は遠くないんだけど」
 
 
「彼の地で”それ”を探し・・・”使えるか否か”、確認するだけでいい」
 
 
「エヴァ・へルタースケルター・・・・?まだ規格外のエヴァがあるっての?冗談でしょ。そんな簡単にホイホイと・・・しかも、わざわざなんで・・・」
 
 
「内容は伝えた。切れ味が鈍ったか・・・・動け、ラングレーよ」
巨岩から溶岩が流れ、熱風が顔をなぶったような気がした。怒鳴ることなどないが威圧はそれの万倍もある。
 
 
「・・ふん。じゃあ、行かせてもらうわよ。勝手に呼んでつまんない用事押しつけて。・・・日時制限はなかったから、好きなように処理させてもらうからね」
言い捨てて、工房から去った。
 
 
そして、日本は日本でも西日本、その中の竜尾道に正当な手続きを踏んで現地入りする。
 
ラングレーの有能さと運命は、ああはいったものの、着いた当日に任務を果たさせてしまう。
 
 
 
「あとは碇シンジ・・・・・・・・・・あいつとか・・・・」
夜の海を見ながら、約定をどう誤魔化すか考えるラングレー。かりかりと髪をかきあげて星を見上げると、いいアイデアが浮かんだ。