ゼルエルの匂いがする・・・・
 
 
待っていた獲物がとうとう隔り世の巣穴からこちら側に出てきた、と識別した、と同時に(VΛV)リエルはラニエルに砲撃命令。よもやこれ一発でくたばるタマでもあるまいが、反応を見る挨拶代わり・・・・・、と、裏を返すにそれほどまでに超速で対応せねば、ラニエルが一発で壊される可能性があった。人竜とは、モノが違う。狩りを最優先とするのならラニエルが破壊されても、もう少しおびき出して退路を断ってしまいたいところだが・・・
 
その点、(VΛV)リエルは慈愛の使徒であった。まあ、使徒に対してのことであり、説諭する言霊もなくいきなり砲撃対象にされた方にとっては憤怒の明王神将よりおそろしい代物であるが。
 
 
指示した狙いをあやまたず・・・・ラニエル自身はそこになにが潜んでいるのかそれとも姿を現すのか分からないが、大使徒を疑う理由は何一つ無く命令された通りにそこを撃った・・・小さな山をバックにした「空間の一点」を大出力の光線が駆け貫く・・・・
 
 
そのままいけば、小山・・陸が波打った程度の土の塊などあっさり蒸発し、ケロイドの線を走り散らしてそこいら一帯を有象無象の区別無く焦熱地獄に変えてしまっただろうが
 
 
絶対領域の展開はなかった。
 
 
そんな時間はない。向こう側からこちら側に現れる際、どうしても・・・待ち伏せを当然警戒していたとしても・・・時間の差が出来る・・・その致命的な無防備の隙を狙われれば・・・・展開しようとしても、遅すぎる。防御するよりは攻撃する方が、速い。
感知の手間を考えるに、こんな真似ができるのは(VΛV)リエルだけであろうが。
 
 
ぢり
 
何かが溶解した音が聞こえた。(VΛV)リエルでなければ聞こえない・・・そんなの聞いてねえよ!使い捨てにするんじゃねえ!最初から外してやれよこういうこと!無駄にその存在を抹消されたモノが鳴いた無念の声。皮だけを食べられた北京ダックのような。
 
 
”・・・アイギスの盾かなにかと勘違いしてるゼル。メシアでもエリヤでも・・・ましてや・・・ショーアでもないのにこんな使い方・・・まったく、困るゼル”
 
 
確かに、ゼルエルの声を聞いた。壊し屋らしくない、またはそれらしいというべきか、ボヤキが。万能でありながら単一の用にしか使われることがない・・・・それを好む最強。
 
 
一兆度とも二兆度ともいわれる、・・・・数字が嫌いなのでよく覚えていないが天国経営も傾くほどの規模の数字だったとは思う、・・・・光の星の宇宙人をも一撃でマルコゲマルハゲマルコメミソにするといわれた不可視ゼルエル破壊光線、
 
 
・・・・・それが閃いて、ラニエルの光線を跳ね返した。ようだ。
 
 
事実、どうなのかは分からない。ラニエルはまだ無事であり、光線だけが破壊された。
視覚を展開してない状態ではあったが、いずれにせよゼルエルの破壊光線は放たれたが最後、感知できない。見抜けるのは同じく大使徒でも羅・F・炎エルくらいなものだろう。
 
 
破壊というのは、まあ、そういうものである。それは、攻撃、ではないのだから。
交わることなく一方的に透過する・・・・照射された存在の有り様を根本から変質する。
 
 
そのように、赦されている存在だ、といった方がよいか。箱庭を固定から外し、底からひっくり返す許しを得ている・・・魔王ですら箱庭をそのままかき乱すことしか赦されておらぬというのに。
 
 
ラニエルの砲撃は、小さな無念の声を生んだが代わりに無力な光の粒になって散らばされた。
 
 
ついでにいうと、砲撃のタイミングも読めず、ドリル管の内部に潜入することもかなわなかった”碇シンジを捕まえ隊”のメンバーの十何名かがまとめてロースト人間もしくは人間シチューになった。
 
 
そして、ゼルエルの匂いも気配も消えた。その唐突さはこれまでと同じく、追尾不可能。
 
だが、その存在を確かに感じた。嗅覚のみならず聴覚にても捕らえた・・・十分な成果であるといえた。ゼルエルは、ここにいる。となれば、役目上でももうしばらくここに腰を据えても問題はないということだ。出来れば人竜も完全に狩ってしまいたい。
 
 
またしばらく籠もるかもしれない・・・・巣穴への道を解析するのとどちらが先か・・・
それに耐えきれず姿を現すか、移動するか・・・・・竜はここを巣とするのだろうが、ゼルエルは違う・・・・・その居場所を変える可能性はとても高い・・・・・・
 
 
そのように考えていたのだが
 
 
撃テ!!
 
 
しばらくもせぬうちに、ゼルエルの匂いが。壊し屋の性分がやられたままに隠れるのを良しとしなかったのか、戻ってきた。安易な動きだ、とは思ったが望むところではあった。
 
 
・・・・・手応え、あり
 
 
今度は破壊光線での迎撃はなく、まっすぐにラニエルの一撃が通ったことを感知する。
対象物を、完全に撃ち抜いた。
 
 
「・・・・」
ただ、違和感があった。相手がゼルエルにしてはあまりに柔すぎる。ゼルエルの匂いと気配はまた消えている。学習能力がないわけでもなかろうから、巣穴からこちらに出たとたんに狙い撃たれる、というのは分かっているはずだ。迎撃がないというのは反応できなかった・・・わけではなかろう。これが弐回目となれば。考えるに、囮、ということだが。
囮になっていない囮だ。陽動としても・・・・ほかに巣穴をでた動きはない。
同じ使徒相手に弾切れを考えているわけでもあるまい。生け贄のような無駄な使い方。
 
 
さて、今撃ち抜いたのは、いったい何であったのか・・・・・
 
ゼルエルでもなく、人竜でもない。匂いの記憶を辿ってみるが、覚えはない。
 
しかしながら、不快な匂い。日の下にあれば滅びるか永遠に眠るしかないような。
連鎖する病の匂い。増殖する異常の匂い。百年も千年も溜まり続けた腐り水の匂い。
無声のまま恨みを念じ続けるひび割れた唇の匂い。
本当はいらぬくせに形だけ奉じる神の宮の隅に繁殖する欺瞞の黴の匂い。
世界中の怨嗟と呪いを文言にして忘れることない血と膿で記した古紙の匂い。
ふと、それを蔵したばかりに天の雷で焼かれた太古の図書館のことを思い出す。
 
 
それらに似た・・・・・匂い。土に帰ることもなさそうなそれを己の懐に抱くことはないだろう。見れば、ラニエルが戦慄いている。匂いは分からずとも感じるものがあるのか。コアに軽い痛みを生じている。そういえば、己の内の議定心臓が疼く。
 
 
・・・・どうも、竜の巣では使徒として看過できそうもない事が行われている、ようだ。
そうなると、己の興味でこの地を訪れたのも偶然ではないのか・・・見届け役として、ここに呼ばれた・・・・大使徒とはいえ、使徒はどこまでも使徒ということか・・・・
 
 
腰内で武具刀剣たちが慰めるように鳴った。外套の内で既に滅んだ鳥獣魚虫これから滅ぶ鳥獣魚虫たちが同じように鳴いた。目下再生中の部下使徒たちも上司を慌てて気分掲揚に努めた。
 
 
別にそれを悲しんだわけでもないのだが、ちいさきものたちの声にもならぬ声は嬉しく思う(VΛV)リエルであった。
 
 

 
 
 
ほとんど人柱じゃないですか、と郵便ポストは埋まりながら思った。
 
 
碇シンジのやり方である。作戦などとはとてもいえたものではない。そりゃ、重要人物がその姿を敵前にさらして、敵の動きをコントロールするという策はありだろうが、今目の前で展開されている光景は、とてもじゃないがそんなものではなかった。
 
 
福音丸をおびき出して、竜尾道の外にいる「使徒」と同士討ちさせようと・・・・・
境界線ギリギリに立って、弐種類の敵に前と後ろを挟まれて、しかしながら悪夢のようなタイミングでそのアギトを逃れ、互いに出くわしたところを食い合いさせる・・・・
 
 
福音丸が碇シンジを捕獲にきたのは、単に札を持たぬという理由以上のことだろう・・・
水上左眼の伏せっているこの機会を狙ったのか、郵便ポストには分からない。
 
ただ、碇シンジは札を使うことなく境界を行き来しているように、見える。実際には無様にはね飛ばされているからどうだか分からないが。いや、無様に跳ね飛ばされて戻ってこれる、という事実がそう思える根拠。特別な、子供。水上左眼が直々に捕獲するほどに。
 
それを福音丸が捕らえに来た、というのもまた自然に納得できる。
あれは、そういうものであるからだ。略奪者、うばいとるものだ。
手だけであるが、逆算サイズでいえば、大鬼VS一寸法師ほどにも違う。相手にならない、まさしく竜をもってせねば人間の敵う相手ではない。はずだが・・・・・・
 
 
それを・・・・・
特別にナイスなアイデアや、作戦も無しに、札もなく身一つで境界を行き来できるという一点のみで、己を捕獲にきた巨大ハンドを相手にしようというのは・・・・
 
匹夫の勇というか、己のいるところこそ雌雄を決する最後の一線だとヒーロー的に誤解した新兵が不必要なほど過剰な意地を張っているというか・・・・ひたすら体当たりであり、そこには知恵とかクレバーとか戦術とか戦法とか、頭よさげな部分は何一つなかった。
 
 
おまけに、同士討ちは結構なことだが、碇シンジ当人が最初に言ったはずの、この街を荒らさない、という点がすっかり忘却されている。本気で福音丸が竜尾道から境界越えて向こうの使徒とやり合うことにでもなれば・・・・・・最悪なのはその逆パターンだ。
竜尾道市街で怪獣大決戦、って冗談じゃない。勘弁して欲しい。
 
 
が・・・・
 
その心配はなかった。
 
 
強い光とともに碇シンジとこちらに戻ってきた福音丸、巨大ハンドふたつは炎に包まれたまま南の、海側へ逃げていった。大きな穴もあいていたような・・・カメラで再生し直して確認してもそうだ・・・一方的に撃ち抜かれて戻るのだから、逃げる、と表現しても間違いではなかろう。片方は完全に死んだのか、もう片方が掴んでいたから碇シンジをお持ち帰りする余裕はないらしい。火の玉状態でそんなことされてもシンジさんが焼け死んでしまうけど。
 
 
使徒VS福音丸・・・・・の対決は、あっさり使徒の勝利、ということになるか・・・。
 
福音丸に戦う気はなく、碇シンジを捕まえる勢い余って敵前に転がり出てしまっただけ、となると公平なジャッジではないかもしれないが、結果的には完全にそれ。
やはり、ステージが違うのか。別に悔しくないけど、福音丸はローカル脅威なのかー。
世界的妖怪と田舎妖怪との実力の違いってやつなのか・・・・それをいうと左眼様も
 
 
まずいなー・・・こんなの目撃しちゃって、こちらの人生も大丈夫だろうか・・・
ともあれ、ここはなんとか人柱たることからボーリングの端っこピンのように生き残ったシンジさんのフォローにいかねば・・・まさか撃たれてはいないんだろうけど余波くらったのか香ばしい匂いをさせながらギリシャ神話のイカ焼き、じゃない、ペガサス焼き、でもない、そうそう、イカロスのように微妙な焼き加減で丸横たわっている。
この姿だけみると、なんだか宴会芸の練習をしているように見えなくもないのだけれど。
 
 
地中潜行モードを解除して、碇シンジのところを駆け寄ろうとする・・・と
 
 
「来ちゃダメー!」
 
 
不思議な蠱の幼虫でも隠しているかのような、悲壮な叫びが。
そんな調子で言われると、おじさんでなくてもつい来て寄ってきてしまいますよ、と。
 
 
「ホントのホントに!!あっちいけ!」
 
 
ム。そんな言い方ないじゃないですか。不思議系転校生でもないくせに。しかしながら碇シンジが内面の鬱屈を表現するためそんな言い方をしたわけではなく、単に余裕がないからだとイカ焼きフォームから必死に立ち上がろうとするその形相から分かった。
 
 
が、その理解は遅かった。降りかかる危難を避けるには、碇シンジに近づきすぎていた。
 
 
ずんばらり
 
 
郵便ポストは胴から上と下を真っ二つにされた。やったのは、巨大な刀。
 
正確に言うならば、福音丸からの第二陣、巨大な右手と左手、だが先と違うのは両方がそろっていること以上に、それぞれ武器をもっていることだった。それに見合った巨大刀。
手首から先がないそれは普通に考えれば、振れるわけがないのだが、振った。
 
振って、碇シンジの近くに寄ろうとした、ポストを、斬った。
 
郵便ポストはもともと赤いものだが、血が飛び散った。小さな骨のようなものが碇シンジの顔にあたった。その惨劇に嘆いているヒマもない。返す刀は豪風とともに、碇シンジに向かっていた。大急ぎで境界向こうへダイブする。そうなると、光線狙撃が来る。
 
「サービスは一回だけゼル」左腕からそのような声がするので同じ手は使えない。
 
ので、すぐに戻る。反復横跳びの要領になるが、そこに殺る気まんまんの刀攻撃がくる。手を焼かれたのがよほど頭にきたのか、捕獲という丁重さの上っ面が剥がれている。
半分に裂かれてもこちらが死なないとでも思っているのか。
 
大振りの刀そのものの重量で切り落としてくる動きは、見やすいが、こちらでコントロールできない。刀はあくまで他人のものであるからだ。力比べならば負ける心配がないのだから先のように捕まえて放り投げることもできる・・・・つまり、福音丸に殺されることだけはないが、他人の造った刀となると、その保証の限りではない。
うーむ、考えたな・・・・
 
 
この機会に「飛ぶ手」を使えなくしてやろうかと思っていたのだけれど。
使徒の光線で焼かれるのだからいい気味である。しかし、その企みもあっさり潰れた。
 
 
デス・反復横跳びが続く。
 
 
使徒の方からは油断無く正確無比に狙撃が続けられているし、福音丸の第二陣刀攻撃もぶんぶんと諦める気配がない。刀攻撃の方がよけやすいが、反射神経の問題でありこうなると作戦も何もない。福音丸がこんな逆ギレ状態になるとは思わなかったしなあ・・・手を焼かれたのがよほど頭にきたのか・・・とはいえ、この調子でいつまでも反復横跳びも筋肉がもたないなあ・・・筋肉より普通、神経の方がもたないのだが、自分で決めた分だけ保っている。かわいそうなのは、郵便ポストの遠藤さん(予定)だよなあ・・・いくら怪人の弟子でもああもずんぱらりとやられた日には・・・・
 
 
 
”シンジさん、あと六十秒で到着だそうです”
 
 
ふいに元郵便ポスト・もはや弐階級特進で遠藤さんと呼んでも支障はなかろうから、遠藤夜夢さんの声がした。心の中とかではなく、通信機から。「あら、生きてた」
 
 
”おかげさまで修行は失敗ですが、命あっての物種ですから。巨人機用の”街雨(マチサメ)”で斬られるなんて体験的には貴重ですが。遠くの安全な陰から見守らせてもらいますよ。機械屋さんがうまくやってくれるといいですね・・・・・・では、カウントダウン、いきます”
 
 
 
”10”
 
 
「それにしてもずいぶん早いよね・・・・ネルフが動かないのに、これが民間との差なのかなあ・・・・」
これで終わる保証はどこにもない、緊張は途切れない。一個の精密な時計となって移動ステップのタイミングを計る碇シンジ。発動までのリードタイム。向こうと打ち合わせなど出来るはずもないから、こちらでタイミングを合わせねばならない。
あっちが登場するタイミングで、使徒の狙撃はこちらを向いておかねばならない。
それが狂えばとんでもないことになる。けど、接敵さえすれば、やれる、と思う。
 
 
 
”9”
 
 
「ずいぶん数が減っちまったなあ・・・・・・標的のガキは見つからねえし」
「それにしても、ここどこらへんなんだ?ドリルの中を上がってきたのはいいんだが」
「知らないわよ・・・・・とにかく一休みしましょうよ。あの大きなアメ玉のあたりで」
「アメ玉ってバカかこのアメ、じゃない、このアマ。アメ玉なわけねーじゃねえか」
「じゃーなんなのよ!言ってごらんなさいよ!!あのアメ玉の正体はなに!?三秒以内に答えなかったら殺すわよ!ワンツースリー!はい死になさい!!行け!アイスクリームの兵士たち!」
「丁度いい、てめえの近くにいるだけで糖尿病になりそうなんだ!人生の苦味を教えてやらあ・・・迎え撃て、ゆでたま戦車ブラック!!」
「やめろ・・・・やめないか、そうか、あくまでやめないというのだな・・・」
「まあ、オレたちみたいなのがとりあえず協力してここまでこれたのが奇跡だからなー・・・・・そういうことになるわなそりゃ」
「ぐふっ」
「き、キサマ・・・裏切る・・・ぐわっー」
「ぎゃー」
「アー・・・・」
「アー・・・」
「アー・・」
 
 
 
”8”
 
 
大林寺の境内にて、夜天を見上げる碇ゲンドウ。その目はあくまで冷静な観測者のそれであり、息子の帰りを心配して待っている親のそれではなかった。
その目が、燃えながら飛んでいく異形の物体をとらえていた。
流星としては清冽さの欠片もない。死者を運び損ねた火車か。
口元が歪み、嘲笑の形になる。
 
 
 
”7”
 
 
「・・・・こんな出入りのやり方・・・・・札を必要としないにしても・・・・目玉の姉妹が気にかけるわけですよ・・・・連続ツバメ返しとでもいいますか・・・・」
文字通りその目を「白黒」させながら、酩酊に近い気分を味わっている因島ゼーロ。歳こそ若いがその”囲碁目”の異能もあいまって最も優秀な「越境の見張り役」として、碇シンジの先ほどからの目まぐるしい出入りの繰り返しにはほとほとやられていた。明日は眼精疲労ではすまないだろう・・・かなり苦しい頭痛に悩むはめになるか・・・・しかしながら、それでも、見逃せるはずもなく、見届ける必要があった。
 
 
 
”6”
 
 
「・・・・なーんだかねー・・・・また福音丸かよ・・・・こっちも正義の味方を気取る気もないけどさ・・・あー、気分悪い・・・・・寝よ」
誰にも見られぬように家(つまりは警察署)の屋上で絵を描いていると、夜天を巨大な手が飛行していくのが見えてすっかり気分が悪くなり画材をたたんで自室に戻る生名シヌカ。それは画想とは全くかけはなれた、幻想でもなんでもない竜尾道の現実。もうしばらく待ってみれば、それらがかちかち山のたぬきのごとく火だるまで逃げ帰る光景が見れたのだが。まさか、それをやったのが知った顔の中坊であるなど、夢にも思わない。
 
 
 
”5”
 
 
「ココで頼られたらどうしようかと思ったけど・・・・・来なかったわねえ。まあ、来られてもとてもどうにかできる状態じゃないけど」
敵が間近に迫っても、ぴくりとも反応せず眠り続ける少女を見ながらヘドバ伊藤はひとりごちる。まさか眠れる美少女を起こすには、王子様のキスが必要、などという筋書きでもあるまい。アスカ、ラングレー、ドラ、それら三つの人格がどのような結論を出すのか。
脳内の勢力図はもはや三国志どころではない・・・・。
大詰めにきているところで、こんな島国の隠れ里の侵略程度で起こせるはずもない。
自力でどうにかしてちょうだい、と男でも女でもない怪人物は優しい手で少女の寝汗を拭いた。体温は40度超。ずいぶんと熱いお姫様であった。
 
 
 
”4”
 
 
「これで仕込みが終わりっていうなら・・・どうにも見込み違いだったかねえ」
 
水上右眼が再生中の竜号機を見下ろしながら呟く。海の底の栓を抜いたように唐突にそこだけ渦を巻く奇怪な海流に四方を守られた・・・竜の巣の最奥部・・・竜はそこで傷を癒しながら己の身を変化させる・・・・それに相応しいだけの時間が陸とは桁違いの速度で加速させて流れていく・・・・・隠れ里たる竜尾道でも極めて特異な”場”・・・浦島太郎の竜宮城になぞらえては、なんかキャバレーみたいだと反対されて、「竜城宮」となったそこで竜号機は光線狙撃に対応した姿に己を変質させていく途中だった。肩部装甲が鏡のようなものに変化していく様子が見える・・・・実際そこではどれほどの時間が流れているのか、想像もしたくない。まさしく、玉手箱をあけた浦島太郎になることだろう。
そして、その危険な玉手箱こそが自分たちの、水上左眼の切り札でもあった。
進化に失敗した恐竜のできそこない、張り子の竜が、どのように内実を埋めていったのか・・・・・膨大、というも愚かな、何回か生まれ変わったとしても帳尻が合うかどうか分からぬほどの時間を味方につけていたからにすぎない。時間の宝くじでも当たったかのように。たまたま自分たちはジャンボな一等賞を引き当てた。それをもって非力の補完をした。もとよりハンチクな出来損ないが完成品に劣らぬことをしようとすればそれほどの反則が要りようになってくる。努力もした。ことにあの妹は。半ば操られるようにしても。
それでも、あの鬼オバには追いつけないのだから・・・・会うべきでは、なかった。
会ったが不幸、関わったが不運、見込みをつけられ憧れたのが、道の果て。
 
 
それなのに、その息子なんぞをわざわざ連れ込んできやがって・・・・・
 
と、最初は思っていたのだが、どうにも雲行きがだいぶん違う。すぐさま取り込まれるのかと思いきや、今日に至るまでピンピンしている。妹も取り扱いにかなり迷っている。
どういうわけなのか・・・・とりあえず仕事させてみればそいつの本性は分かる。
出来そうもない仕事ならば一番いい。それでふってみたわけだが・・・・・
 
 
福音丸と使徒、その二つを噛み合わせるという考えは面白いし、てめえの身をさらしてバカな福音丸をおびき出すというのも、まあ大した度胸だ。が、それをエスカレートさせて福音丸がここを出て使徒とやり合う、なんて筋書きを書いたならばそれは失敗する。あれは決してここから出て行こうとしない。基本的に戦闘兵器ではないからだ。・・・・分かっているのかいないのか。「さて・・・・」
 
 
 
”3”
 
 
撃チ方、止メ
 
 
(VΛV)リエルは突然、ラニエルに攻撃中止を命じた。ゼルエルがこちら側に現れるタイミングであったが、止めさせた。先ほどから出入りを繰り返すばかりで反撃してこないゼルエルに不審を覚えたせいもあるが、何より、上空から不穏の闘気が流れ落ちてくるのを感じ取ったせいだ。”それ”には覚えがあった。
 
 
絶対領域展開セヨ
 
 
不穏の闘気を受け流す、無敵の傘としてのATフィールドの展開を命じる。
 
”それ”の手口はもう知っている。多少なりとこちらの隙を狙って攻めようとしたのだろうが、ラニエル単体ならばともかく、この(VΛV)リエルが狩り場を見ているというのにそのような見落としがあろうはずがない。
 
”それ”は変わった能力をもっている。絶対領域を反転して己のものにしてしまう、という能力だ。ある意味、とても人間らしい能力といえる・・・そして、それを人の造った鋼の箱に内蔵する、ということも。人が造った、己らに従わせる、機械仕掛けの従僕、鋼のしもべ・・・どこまでも模倣するのが人の性というのなら、試してみよう。その限界を。
 
 
(VΛV)リエルは閉じていた瞳を、ふたたび、ひらいた。
 
同時に、抜刀する。
 
 
 
”2”
 
 
「フツー、こんな仕事受ける!?とうとう気イ狂ったんじゃないの?イヤ、そりゃあリベンジの機会がすぐに来たってのが嬉しいのは分かるけど、にしても相手が悪すぎるっての」
 
竜尾道を遠く離れた第二東京の、とある怪しい電波塔では、モニターを前にオレンジの髪の幼女が、ここにはいない誰かをモーレツに罵っていた。
 
「そう勝算がない話でもありませんよ。あのタイプの使徒はネルフが一度、対戦して勝利していますから。あの、四足獣に座した人型・・・を相手にするよりはまだましでしょう」
子供をなだめるにはあまりに冷たい声色で、隣に立ってモニターを見る女性が言った。
「おまけに、殲滅せずとも出張代金は確実に頂けるのですから、これを受けない選択はありえません」
「・・・・欲しいのは代金だけじゃないでしょーに。武装やらパーツやら・・・いくら相手が専門の技術屋じゃないからってあそこまで人の足下がよく見れるもんだわ。顔色ひとつ変えないあっちも凄いけど」
「そのくらいでなければ、あの社長の補佐など務まりませんよ。私も自分の研究がありますし、いつでも変わって差し上げますが」
「冗談でしょ!言っておくけど、あの男がわたしの補佐なの!子分なの手下なの!なんでわたしがサポートなんかしなきゃなんないの?」
「それもそうですね。現在の仕事がそうでないのなら、ですが」
「こ、これはあくまでわたしの研究、自分のテーマなわけよ。単なるデータ収集。勘違いしないでよ・・・・あ、そろそろ再々再々放送の”年忘れ青春アドベンチャー”が始まるわね」
「大昔のラジオを聞きながらリベンジの結果を見届けるというのも・・・」
「何よ、悪いの!?」
言いながら、万が一、万々が一、億が一にも作動ミスがないようにバックアップのための電脳操作、祈るような、いやさ、祈るための神速でコンソールをはね回る小さな手、おそらく汗でベタベタに湿っているその両手を見つめて・・・、
「いいえ」女はやはり冷たい声で応答する。間違いなく正確に自分たちが送り出した機械が動き続けるよう、無駄の熱を冷ますような。
 
 
 
”1”
 
 
”それ”は、予想した通り、ラニエルの展開した絶対領域を反転し、己のものにしようとした。その能力を人間がなんと呼ぶのか、(VΛV)リエルはあまり興味がない。
 
 
興味があるのは・・・・・
 
 
抜刀した刀でラニエルを指す。それだけでラニエルは何をするべきか理解する。
 
(VΛV)リエルが自らに埋め込んだ人の造った箱の機能をオンにすること。
 
奪われた自らの絶対領域を、再び己のものにする作業。時間にしてあまりにわずかのことで、この能力を頼りに挑んでいたであろう人の造った”それ”に哀れみさえ覚えた。
 
絶対領域をもたぬ存在に倒されることは、絶対に、ない。
 
それゆえの、絶対領域。神との約束、世界の掟に等しかった。
 
絶対領域を手にすること叶わなかった、哀れで不格好な隕鉄人は燃え尽きるほかない。
 
大使徒から頂上方向への砲撃命令はまだ、出ていない。
 
それとも、やはりゼルエルを撃つのか。
 
この身の頂きで貫いてやる、というのも・・・・なんか残虐キモイがしょうがない・・・
美しいとか綺麗とかお世辞にもいえそうにないフォルムであり・・・まあ、最後の栄誉になるか・・・・”それ”にしても、人に命じられたからこんな無茶なことをやっただけで、何も好きこのんでやったわけでもあるまい・・・・ああ、すまじきものは人仕えよの・・・・・ほれほれ、せっかく反転させて奪ったはずの絶対領域もこっちに戻ってきた・・・・・・・ぞ、と・・・・・・・・・あ/?・・れ・・?
 
 
 
ヒトよ、やってみせるか
 
 
(VΛV)リエルの片方の瞳が、爛、と輝いた。
 
 
 
”ゼロ”
 
 
ラニエルは袈裟懸けに斬られていた。
 
完全に、その円錐のボディがずれるほどにスパッと。
 
その斬撃線はコアをも通り抜けており・・・・急所たる議定心臓をやられた使徒がその形状を保てる道理はなく、
 
 
ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 
 
夜天に轟く奇怪な叫び声とともに、使徒ラニエルは、周囲一帯に血の雨を降らせながら紅に爆ぜた。斬られたコアはすぐさま(VΛV)リエルが己の懐に回収したものの、これまた殲滅としても差し支えないほどの殺敵ぶりであった。はたして何が起きたのか・・・・結果は目の前にある。肝心なのは、その過程。なにをどうすれば、絶対領域をもたぬものが、もつものに対して、こんな目にあわせられるのか・・・・・それは、魔の技か。
 
 
いきなり血の雨に降られてスプラッターの国のトマト王子のようになっている碇シンジにもよく分からない。ここまで問答無用に大勝してくれるとは、自分で頼んでおきながら、思ってなかったからちょっとあっけにとられていた。
 
 
そのような大層な形容に頼らずとも、大使徒たる(VΛV)リエルの目が、その原理を正確に見抜いていた。
 
 
”それ”は自らの能力の弱点を分かっていたらしい。そうでなければこうも早く対応策を打ち出してこれるとも思えない。自分の能力の模倣者が現れた場合、しかもそれが己の天敵であった場合・・・・恐れを知らぬわけでもなかろうが、よくも挑める気にもなる。
 
 
”それ”は人の造ったものであるから、たやすく正確な複製がつくられるだろう。
ゆえに、人同士の争いに使われる場合、複製とオリジナルが互いに殺し合う時、どうすればよいか・・・・そのようなことを考えたのであろうか。
”それ”に宿る闘気は暗い淀みなく澄んでいるが。いずれは。
 
 
原理自体は簡単で、いったん反転し奪った絶対領域を、また元に戻されそうになった場合、
 
 
まともには、戻さない
 
 
相手の元にひどく戻りにくい角度と、波乱の回転と激しい速度をもってして、・・・・突き斬り返す。奪った無敵の盾を、使うことが許されないならひとつの武具として、殺意を込めた勢いをつけて戻す。受け取り損ねた領域の本来持ち主は、大いに傷つけられることになる。今の、ラニエルのように。コアまでやられたのは、”それ”の幸運か、ラニエルの不運なのであろうが。初見でやられれば、手練れのものとて、よく受け取るまい。
死の返却。まあ、礼節品格の欠片もない、野蛮な技であるが・・・・それだけに、強力だ。
不調和の技法。人にしか思いつくまい。こういったことは。魔の技などではない。
 
 
”それ”は・・・・・
 
 
高速飛行船ジェットクモラーで運ばれて適当なところでいったん降りるものかと皆思っていたのに使徒の直上まできてようやく降下することにしたのは、エヴァンゲリオン初号機を意識したとしか思えない業界での地位再浮上を狙ってのスタンドプレーだったのか。はたまた天から現れるものがわざわざ天を狙ったりはしないだろうからかえって安全なのだよ、という思いこみゆえだったのか、何はともあれ勝ちは勝ち、実験成功リベンジ成功。
 
 
「やったー、やったぜ、岡山のおばあちゃーん!我がJAは永遠に不滅です!!JAは使徒殲滅業界のホームラン王です!!三振王です!!盗塁王です!!選手兼監督です!!」
 
 
季節の新車のごとくさりげなくモデルチェンジもしてきた。引退するのか続投するのかよく分からない宣伝文句が凄まじいが。ミスターJAこと、時田シロウ氏の声が響き渡る。
飛行船からの大音響のそれを誰が聞いているのか・・・・碇シンジは真っ赤になりながら聞いていたが・・・時代の移り変わりを感じたかどうか・・・鋼の箱形巨人を見上げていた・・・基本路線はいまさら変えないらしい・・・人気勝負だとどうかな?というルックスはあいかわらずだ。まあ、実力さえあればいい世界だけれど。性懲りもなく新型で。
 
 
自らの尻ぬぐい機能を搭載したその名を
 
 
JA電王クライマックス
 
 
といった。