「まるで、人食いバラのよう」と用も済ませてそろそろこの街を離れることにした高速で走り去るジープから振り向きながら綾波ノノカンが
 
 
「ずいぶんとドライヴはいった花火やのー・・・急降下しとるけど、ええんか?」と一応、赤い瞳の忠告を守って路面電車から外の状況をうかがっていた鈴原トウジが
 
 
「ここでこの技を使うてくるか・・・・・さながら・・・挑むがごとき剛気じゃの」と任務をリタイヤ宣言してN2沼から離れた山寺への長い石階段を部下と、白くぼんやりと光る人影を大量に・・・・百や二百ではきかぬ・・・・引き連れてのぼりながら野散須カンタローが
 
 
都市部に接近するロボ使徒に炸裂するATバビロンオルタネイティヴ、”星天弓”を評して言う。
 
 
天眼のサポートはさすがの三四郎であり、コースバラバラの移動物相手に見事に全命中。出力不足を数で補う枝茨化をもって相手を貫く!いくら低出力とはいえもとがATフィールドであるからそんなもんでグサグサやられた日にはたまったものではない。
 
 
かなり余裕で死ねる。
 
 
渚カヲルの四号機が使ったATフィールド八つ裂き光輪のように相手を綺麗に真っ二つにするのと違い、発射された時はふつうの線分だった紅い輝きが、敵の直前で「ぱっ」とばかりに咲く。鈴原トウジに花火、などといわれる所以だが、それに触れれば火傷などでは当然、すまない。敵に当たった後も体内で食い込んだ枝は展開しつづける。グサグサグサグサ、ズブズブズブズブ、ギシュギシュギシュギシュシギュ、ビシビシビシビシ、てなものであり使徒ロボに痛覚などがあればそれだけでショック死間違いなしの激痛をあたえるだろうえげつなさ。まさに空飛ぶ人食いバラであり、寄れば弾ける爆裂系樹である。
 
 
しかも人間が乗っていたらかなり使用に躊躇しただろうこの技も、今回のロボ使徒たち相手には相性が良かった。その力場の応用変換強度計算が続く限りに極細の赤い枝先が同じく極ミニサイズのバルディエルコアをうまい具合に貫いたのだ。ざくっと。それは人体にたとえるなら経絡秘孔であり、己の存在を一瞬にして粉砕される羽目になったわば。
 
 
そんなわけで耐久力はあったが運の悪い殺人光線が脱落、隠形結界は確かにすごいがその上をいった天眼に見つけられた大学天則は耐久力がないのでダウン、なんとか沖縄での兄弟機トライデントの屈辱を雪ぎたかったかもしれないあやかしも破壊にはいたらないものの完全に足止めされ・・・・・・戦果は、予告通りに2体!あやかしもおまけでそれに入れていいだろう・・・・・なんせ、この技は初公開初使用なのだから。代用合体必殺技などという無茶を注文されなんとかそれを実行したけなげな少女に免じてここは、おまけするべきであろう!お・ま・け!お・ま・け!発令所のスタッフのほとんどがそう思った。
 
だが、無茶を押しつけた当の本人がそんなこと思わない。スタッフめがけて次の指示を飛ばす。なんとかそれに即座対応できたのは日向マコトくらいなもの。まさかこれほど早く次の攻撃があるとは。それができるとは。あれは惣流アスカ渾身の一撃だったのではないのか。まだその力を奮わせるつもりなのか。だが、その指示は、その用意は、惣流アスカが望んだものでありタイミングであり、遅滞どころか口にするタイムラグなくそれが整えられたことに弐号機パイロットは戦の羊水LCLの中、満足げにうすく笑みをうかべる。
 
 
二撃目、それは当然のこと。間髪をいれずに無駄な時間を挟むこともなく、次だ。
 
 
まだ、敵を倒し切れていないのなら。たかが代役を果たせたくらいで止めるはずがない。
技ってのは後に繋げないなら意味がないっ
使うだけなら誰にでもできるっ!
 
 
こういう技を即興で使いこなしてしまえる惣流アスカは、やはり、天才らしい。
 
 
・・・ミサトは分かっている。”ミサトは分かってくれている”。その想いをもって惣流アスカは自分の胸の中に、心の奥深くにある、絶えることなく燃え続ける無限の戦炎に手を伸ばす。その力が必要になる。自分の力は今ので正直、売り切れ状態、仕入れの時間が要る。
 
二撃目、そのための。それを引き出すための、一瞬だけ、自らの意志をもって内奥の力を引き出すための・・・マンガみたいに都合良くスーパーな力に目覚めるなんてありえない。あくまで自分の才覚でもって、それを成すための
 
 
魔剣鍛造大儀式・マジックソード・グランアゾート
 
 
弐号機の目の前にドカンと射出された巨大な箱に手を突っ込み連続で内部に放出するATフレイムの焼き付けで瞬間鍛造される、超高速の大儀式によって誕生する「それ」は
 
 
鳥剣、とでも呼ぶべきか、炎で造られたブーメランのような形をしていた。2,3歩の動きでエヴァの腕力と惣流アスカの技によって放たれたそれは神々しい鳴き声さえ幻聴させて獲物めがけて飛んでゆく!この連携速度。やられる方にとっては悪夢以外の何者でもない。そして、あれだけの無茶を実行したあとでまだこの速度が出せる、そのための余力を残していたエヴァ弐号機に、発令所とこの戦闘を見た全てのものが震撼した。何が恐ろしいかといって、余裕と余力のある者が一番恐ろしい。思いも寄らぬ攻撃をしかけてくる奴よりもずっとずっと恐ろしい。経験上の戦闘ではない、まるで未知の状況で余力を残せるというのは、敵を倒すということがどういうことか、底の底まで知り抜いている証拠。
 
 
ずばん!
 
 
自らの身でありながら、飛来してきた真紅のそれに裂かれながら、あやかしは何が起こったのか分からなかったに違いない。おたついていたわけではないが、それでも次撃が早すぎた。それのもつベラボーな高熱を伝達されて、あわれあやかし、陸上にてマムシのような黒焼きに。海戦用でたいした耐熱処理はされてなかったとはいえ、ひとたまりもない。
 
 
敵の焼殺を確信しているかのように、発射速度をほとんど落とすこともなく炎のブーメランは飛ばした者の手に戻る。鞘に刀を納めるように箱にしまう弐号機。大出力の炎を上げるそれ自体がジェットエンジンのようなものであるからとはいえ、とんでもない速度であり取り損ねたら手首から切り飛ばされていたかもしれないし都市部にも重大なダメージを与えただろう。しかし見事に熟練の鷹匠のごとく。「太刀を飛ばすは邪道なり」と綾波レイがこの場にいたら嘆息したかもしれないが、この威力と利便性は文句がつけられまい。
飛んでいって遠方の敵を倒す。まさしく、炎の鳥、不死鳥剣。マジックソード、とはこの自由自在に形を変える、駄菓子屋の練り菓子にヒントを得たという、惣流アスカ弐号機専用の兵器に与えられたあだ名(惣流アスカのつけた名称はえらく言いにくいので)であるが、こうなるとまさしく魔法マジック、魔法使いの攻撃魔法みたいであり、はまっている。
 
 
だが、剣法としては邪道であるとおりに、これはあきらかに格下相手にしか使えない。
受け止められて、内部の特殊金属の芯金をポキリなどとやられた日にはたまらない。
それは貴重なうえにも貴重な金属であり、作れる者はもうこの地上にはいないのだ。
 
 
ゆえに、一番遠方であるあやかし相手に。
接近を最も忌避するべきSPAWNロボ相手に使わなかった。
 
 
いやさ、使えなかったのである。
 
 
なぜなら。残るオリビアとSPAWNロボは
 
 
「ATフィールド・・・」
 
 
発令所のほぼ全員があっけにとられているその光景。なんとSPAWNロボの上には大盾のごとく光る力場が発生しており星天弓をはじき返していた。無傷である。それだけならばまだ使徒ロボであるから予想の範囲内、ネルフ発令所スタッフともあろう者たちが気をとられたりはしない。敵の脅威に対していちいち恐れおののいていては仕事にならない。
ただ。己の考え違いが眼前に展開された時には脳内にリセットかけるために精神活動が一瞬停止することは、ある。
 
 
SPAWNロボの髑髏を模したパゲ頭にいる人型サイズ・・・・・・フィールドを展開しているのはそれ。小さい”それ”が地獄から魔王の手先に使われるとも知らず騙されて蘇った兵士、悪魔の落とし子ロボットを守るように。オリビア。
 
 
「くくく・・・・・・・・・」葛城ミサトにして呻いた。第二東京でのあの記憶、あのシーンを穢された気がして。展開するフィールドの大きさはケタが違うが、確かにアレは。戦の雨から理不尽から守るに値する魂を持つ者を守るあの立ち姿は・・・・・・オリビア。そもそもなんでこんな人型サイズが使徒化されたのか分からない。が、・・・・・・この行動力と能力。
 
戦力外どころか・・・・・これこそが、この小さき者が、一番の強敵難敵なのだと。
 
イヤというほど使徒とやり合ってきたネルフスタッフたちは肌をそれを理解する。
他の使徒ロボがどこか薄味であるのに比べ、オリビアは濃厚、とまではいわぬが濃いめ。
甘くみているとどえらい目にあう。フィールドの発現がいい証拠だ。
 
 
エヴァ弐号機、惣流アスカがそれを感じないはずがない。マジックソードの二撃目に照準を合わせなかったのは、まさしく付け焼き刃の飛び道具では倒せない、と理解するゆえ。
敵を倒す、その意思は安易なバクチに駆り立てない。だが・・・・・・
 
 
ずぎん!!
 
眼球の裏から巨大な鉄鈎で脳みそをひっかけられたような激痛が惣流アスカを襲う。
連動して弐号機が片膝をつく。「アスカ!?」星天弓・マジックソードの連携がどれほど精神に負担がかかるのか、実際のところは誰にも分からない。苦痛、それも激痛という形で当人の心と脳が訴えることでようやく察しがとれるくらい。「だ。大丈夫・・・・ちょっと立ち暗み・・・しただけ・・・・・・」言って弐号機が立ち上がる。ATフィールドの防御がなければあのままブーメランの三撃目をくらわすつもりだった。けれどそうもいかない。戦術の算段をやり直す・・・・そうとするが、ずぎん!!頭痛が思考を遮断する。
ずぎん、ずぎん、ずぎん、ずぎん、ずぎん・・・・・・・・「くそ・・・・・・」頭が割れそうなんてもんじゃない。「天眼から転送されてきた情報の処理が・・・・」どうのこうのリツコ博士がいってるけど・・・・聞き取れない。耳が。苦痛の音で耳が麻痺している。「バックドラフトが・・・・」「脳に負担が・・・リンクされた初号機との相性」・・・よく聞こえない説明を聞けば苦痛も和らぐのか・・・
 
ずぎん、ずぎん、ずぎん、ずぎん、ずぎん・・・・・・・苦痛の音が大きくなるだけ。
 
気をとられるな。まだ、やるべきことは終わっていない。唇を噛む惣流アスカ。
 
 
敵は・・・・・・ふざけた使徒ロボは・・・・・・まだ残っている・・・・あと2体。
きつく目をつむり、首を振り上げ・・・・・・なけなしの力をかき集めて苦痛を麻痺させる、麻痺させることが出来ると、自分は痛みなど感じないのだと、愚者の自己暗示をかけ。
 
 
「てあああああっっっっっっ」
兵装ビルに手をつっこんでソニックグレイヴを持ち出し荒馬のごとく駆け出すエヴァ弐号機。現状の己を非常に端的に、機械的に分析すると・・・・・・MPが、精神力が、ない。自分で赤線をいれたくなる表現であるが、もうこれ以上ATフィールド系の技は使えそうもない。使ったが最後、自分が自分でなくなるような・・・・非常に危険な感覚がある。
自己の喪失、という切実ではあるが内省的な、個人的な恐怖ではない。もっとやばい、もっと危険な、激痛で麻痺していてもなんとか作動している鋭利な、冷静な部分が警告する、巨大な危機の予感。それは敵を知ろうとする、敵を見抜こうとする、激戦に磨かれた眼力。
 
 
なんでロボどもは使徒に侵されたのか?
侵されたのもいれば、侵されていないものもいるという・・・・・・・
そして、もし侵食するのならエヴァは絶好の餌食のはず・・・・
 
 
第三新東京市からの星天弓砲撃にオリビア・SPAWNロボもその進軍をさすがに止めた。
半歩ほど下がらせさえしたが・・・・・・・警戒していた三撃目が来ないと判断したのか、進攻を再開する。
 
 
けれど、このせっぱ詰まった戦闘のさなか、悠長にその手口や方法を見抜く余裕などない。
実験体験などまっぴらごめんである。ミサトか霧島教授がやればいいことだ。
正直、やばいなー、なんかおかしいなー、というカンが働くだけ。30分以内に敵の術を必ず見抜くロボットアニメの操縦者たちはなんだかんだいっても大したもんだよ、と思う。
 
 
よく分からないけど、最低限、防御に必要なフィールドは確保しておかねばまずい。
ギリギリでそんなことを考える、考えている惣流アスカ。
 
 
だが、やっていることは特攻以外のなにものでもない。激痛が判断力も麻痺させていた。
 
 
「戻りなさい!!アスカ!!」葛城ミサトも惣流アスカの突如の狂走に慌てて制止するが赤い機体は止まらない。あの連携は強力なだけにエヴァ弐号機以上にアスカ本人の活動限界をぶっちぎってしまったらしい。仕留め損なったのは仕方がない。そうなったらそうなったで次の手を考えればいいのだ。だが、あの調子でつっこんでいくなど論外。
 
強い義務感や使命感があだになった。なんべん言おうが弐号機は止まらない。敵めがけてまっしぐら。地を駆ける赤き彗星となる。愚か具合はともかくとして、その激しい戦意にはラングレーでさえ目を見張っていた。そして、アスカ自体が蜘蛛の巣に取り込まれることに危惧を抱く。それでは座を譲った意味がない。都市の防衛者としてこの行動はおかしすぎる。もしや、すでに・・・アスカも。我知らず血の求道を駆けている。だとしたら・・・「戻りなさい、アスカ!命令よ!!」この状態で接敵されてもあの2体相手には返り討ちにあうに決まっている。業を煮やす以上に惣流アスカの身が危ない、ほんまもんの緊急停止命令を打ち込むかどうか迷う葛城ミサトを熱に浮かされるような惣流アスカの返答が愕然とさせる。
 
 
「もし、地下で動けない・・・・・エヴァ初号機と・・・・それに乗っているシンジが、あいつらみたいに・・・のっとられたら・・・・・・あいつ、動けないから」
 
 
動けないのではなく、そもそもいないのである。自分の嘘の罪深さに顔が蒼白になる葛城ミサト。惣流アスカが何を考えているのか正確に見抜いた故に。嘘の上に嘘はのせられない。砂上の楼閣、次の言葉が出てこない。
 
 
 
だが、事態は追い打ちをかける。それも、考え得る限り現状で最悪の報告がもたらされる。
 
 
「ミサト、第二支部の高度がさがってきているわ」
 
 
赤木リツコ博士である。コトがコトだけに確認など千回も二千回もやったに違いない。それでも間違いなく。事実は事実として。他の誰もこのように、これほど恐ろしいことを口にのぼらせることもできなかったゆえに東方賢者が告げたのだろう。
出現以来、固定されてきた都市の上空に浮かぶ第二支部が・・・その高度を落としている。
 
 
「直下に?」それでも、一応葛城ミサトは聞いてみた。
 
 
「そう、真下に。ゆっくりと降下中・・・・天眼が作成していた誘導牽引ルートとは違ってね」
ゆっくりと、聞くこっちが地獄へ降下しそうな声だわね・・・・・・「原因は?」あまり期待せずに葛城ミサトは聞いてみたのだが、返答は明確だった。
 
「初号機からの電力の供給量が落ちてるの・・・・・分かるのはそれだけね」
 
「・・・とりあえず、あたしたちの今までの処置は正しかったって証明されたわけね」
 
天からの罰だと思った。先ほどの弐号機のように、今度こそぶっ倒れてやろうと思った。
ああ、もう知るもんか。ここにきてこんなタイムリミットまで出てきやがって。
おまえなんかぺちゃんこにつぶれてしまえ、と天の神様がそういっているのだ。
この重みは。比喩でもなんでもなく、ほんとに物理的にそうなるのだ。
 
 
「制限時間は?」聞くからには相手は知っているわけで。せめて分かち合ってやらねばなるまい。出来ればもう押しつけて、聞きたくないがそんなこと。・・・そうもいかないか。
 
「このペースを保つとして・・・・・夜明けにはここがネルフ第二支部になるわね。いや、昇格してあれが本部になるのかしら」
平然と答えやがって。多少は絶望っぽい顔しろ・・・って、それでいいのか。役柄的に。
 
 
「そうかー・・・・・・」
朝日を拝むころにはとんでもない光景になっていたりするわけだこの都市。西から昇ったお日様が東へ沈むみたいな顔をする葛城ミサト。
 
「ほかには?凹みそうな悪い報告をするならいまのうちよ。聞いてあげるから」
言いつつ祈るように弐号機が疾走するモニターを見つめる葛城ミサト。ミサイル等で迎撃はするが、オリビアを乗せたSPAWNロボにはいっこうに効いた様子もなく侵攻速度も落ちない。やはり、止められるのはエヴァしかない。こうなると後弐号機の存在は惜しかったがN2沼からは使徒反応が消えていない。沼の底から見たこともない戦闘ロボットが次々と這い出してきている・・・輝くネバ糸をひいた・・・使徒汚染済みのが。今更戻らせるわけにはいかない。大急ぎで能力の検索と身元を探らせているが、これもオリビアのごとくフィールド持ちだとしたら、後弐号機とてまずい。電源十字架を背負っていても強襲型のこと、長期戦などできるわけもない。そうなると、足の生えたバッテリーである時田氏のとこの真・JAの到着参戦がキーになる?うわ、暗黒ゲロンパですがしかたない。
 
 
「いっていいの?鉾内部のソフトウェアのことだからこっちで処理しようと思っていたのに・・・。・・・・・聞いてくれるのね」
赤木博士も平然としていてもきつくないわけではないらしい。弱音や泣き言を吐かれても抱き留めようがないが、ヘタに我慢されて自壊されるよりはいい・・・・・
 
「もう、なんでもござれよ。それでなんですか、ソフトウェア方面の最悪事項は」
言いつつも、もちろん相手の目など見ない葛城ミサト。もし、眼球の動き王選手権があれば必ずチャンピオンになれるであろう。SPAWNロボはこっちが最も恐れていたスペック、最新の疫病兵器(パ・ズ・ズ)の効果範囲内に迫った。都市全域を捉えた。粒子が一個でもつけば全筋肉が硬直する神経ガス、ごく短時間でゴキブリに強い毒性を与えたりコンクリだろうと食いちぎり巣を作りあげる白蟻に変えたりさせる下克上カプセルなど、ほんの隙間から入り込み、目にはみえども戦闘員だろうと非戦闘員だろうと見境なく滅び尽くす。
 
いわば、都市殺し。
 
惣流アスカが駆けたのは、決して、誤りではないのだ。パ・ズ・ズを使う余裕も与えぬように攻めて、倒す。その選択は、間違いとは、いえない。けれど・・・・
 
 
「天眼のプロテクトが破られたのはいいのだけど、こっちが好まない方向に進もうとする勢力がいるの。鉾の内部は機密の宝庫・・・・・ある程度覚悟はしていたけれどこっちの作業の邪魔になる者も出てきているわ。あからさまに妨害や執拗に放電兵器のトリガーを探ろうとしていたり・・・・最悪、そのために天眼に傷をつけてもね・・・・この浮力低下もそれが原因かも知れない、自衛の防壁を展開するのに忙殺されて処理しきれない分が要求電力の低下につながっているとか・・・」
「宝物庫の扉が開けばあとは各自で好き勝手、か・・・電子世界の勇者に冒険者そして盗賊、・・・ほんとにあたしにいっても慰め一つかけられないような話ね・・・・まあ、がんばって・・・情報公開が裏目に出てるのは謝るから・・・・・・あっっ!」
結局、聞くことは聞くが赤木博士の方は一度も見てない葛城ミサトであった。
そして、惣流アスカが交戦開始すればもうそれどころではない。
 
 
「このおおおおっっ!!月まで飛んでけええっっっ!!」
裂帛の気合いとともに薙ぎ払う渾身の一撃。月まで飛ばずとも後方に下がらせて足止めできれば上出来、それ狙いの大口の割にはクレバーな攻め。まだ、アスカは大丈夫、と葛城ミサトが願った、瞬間。
 
”ガキン”
 
エヴァ弐号機の唸るソニックグレイヴが、SPAWNロボのでかい斧に受け止められる!!
 
 
「やばいっっ!!アスカ、ガード!!オリビアが!」
その隙に、頭部から腕へと影走ったオリビアが飢えた飛蝗のごとく跳ねて
エヴァ弐号機の緑の目玉に飛び蹴りを食らわす!!いわゆる、ライダーキックである。
 
 
びゅちゅっ
 
 
絶対領域をまとったそのキックは・・・・・・弐号機の四つ目の一つを破壊する。
 
 

 
 
「接近不能」
N2沼の近くまで寄った後弐号機・A・V・Thは沼の中より這い出てきたロシア製使徒ロボを双方向ATフィールド処刑領域で圧縮殲滅した後、ぽつりと言った。
 
 
これ以上踏み込めば、己も同じく使徒に取り込まれる。いや、己のような特殊なチルドレンであるからこそ、ここまで近寄れた、というべきか。取り込まれる、という表現も正しくないかも知れない。より正確を期するなら、手中で踊らざるを得なくなる、といったところか。戦う者、兵器として生きる者であるなら誰一人として己が最強であるという幻想から逃れることはできない。最強であるように製造された戦闘ロボットたちがそれを求めて歩き出したとしても、それは自然なことであり、見る者が違和感を感じることはない。そのように定められた回路に電流が流れるようなもので、スイッチが入れば作動するだけのこと。なんの疑問が生じる余地もない。世界にどれだけのその幻想を手にしようと動き出したロボットがあるのか知らないが、あの真ん中に、沼の中央にいる、目玉のない魚の兜を目深にかぶったあの紫の服を着た少女がいる限り、それが戦の歌を奏で呼ぶ限り、いくらでも湧き続けるのだろう。
 
 
使徒バルディエル・・・・・・その誘導体が、人の姿をとった幻想の冠が、あそこにいる限り
 
 
実体のない幻想とはいえ、その力は凄まじく広範囲に、そして強力に作用する。作用してきた、というべきか。己の同僚にあたる、ギルのフォースチルドレン、明暗もその毒血を宿して肉を成してきた・・・・・ある意味、誘導体などよりも使徒バルディエルの全貌に近い。明暗との間には盟約がある。使徒バルディエルだけは自分の手で片をつける、と。ゆえにどのようなことになろうとも、静観することになる。その盟約は必ず果たされる。
人間の魂がやはり使徒の血肉に破れ、運ばれた命の通りに筋書きが終わり、道に敗北の屍をさらそうと。それをただ見届ける。
 
 
参号機がヨッドメロンとともに消え、バルディエルの誘導体がまだあのように活動しているということは、明暗は破れたのか。最終的に抗えずに使徒バルディエルの結合体として天に消え果て記憶も失い、人類の敵として降臨するか・・・それも無理のない話ではある。最強を求めるに明暗ほど強かった者はいない。それゆえに、生存競争に勝ち抜き生き残ってきたのだから。手強いと言うも生やさしい、最強の使徒・・・・・人類の敵
 
 
そして、それは幻想でもある。その最強に飽きてしまえばバルディエルはまた肉体を粉砕して人の世に流してしまい、それが自然に再結合するまでの経過を誘導体の意識をもって見物して楽しむのだろう・・・・それゆえの道のバルディエル。このような相手をどのように殲滅するというのか。その断片破片ひとつひとつが最強を求める強者であり、弱みも弱さもなく、互いに喰らい合い混じり合い自己を強化していく・・・・流転する化け物
 
 
追い続けるだけで、なにも残すこともなく守ることもなく成すこともなく・・・・ただ
 
 
そんな極めつきの怪物に黒羅羅・明暗は挑んだ。奴を滅ぼす、と天と地と人に誓った。
おそらく、それは明暗にしか為しえない。他の者ではいいようにバルディエルに、その術中にはまるだけだ。それを心の底から望むようにして。力を求める者にしてみればバルディエルはまこと、祝福の天使なのだ。強く強くより強く、バルディエルは彼らを愛し助力を惜しまない。己にしたとて、ラングレー抹殺に集中してよいのなら、喜んでその誘惑にこの身を委ねただろう。明暗との盟約がなく使徒殲滅の任務、マイスターカウフマンの指示さえなければ。ラングレーの早すぎる覚醒すらバルディエルの仕業だとしても。
 
 
明暗の首尾を待つ。
 
 
だが、自滅では倒せない。最強の位置に上り詰めた最後に肉体を滅ぼそうと幻想はもう一度同じコトをやり、体をつくりあげるだろう。最強の幻想ごと、打ち砕く必要がある。
 
 
最強でありながら最強ではない・・・・・・そのような、矛盾を体現せねばならない。
言葉の上でならそのような詐術も可能だが、事実現実の世界でそれを成そうとするなら
 
 
その手段を明暗とマイスターカウフマンは早い内から模索し終えて実行実現させていた。
 
だから、見届けるだけでいい。この距離を保ち、這い上がる幻想に踊らされた使徒の破片を一つ一つ砕いていくだけでいい。先ほどから、沼の中央にいる誘導体がこちらを招こうとしているようだが・・・・・A・V・Thたる己には通じない。ここで道に堕とされれば喜んでエヴァ弐号機を殺しにいくのだろうが・・・・・なんとかその誘惑に耐える。体はすでに、その誘惑に陥落してしまっている。しかし、エヴァはそれに同意しない。
 
 
なぜなら、「首」はまだそれに耐えているから。バルディエルの波動は攻撃する肉体に強く作用するようだが・・・・理性を納める頭、主としてエヴァとシンクロする脳神経と分離していればなんとか理性を保てる・・・・・その特異体質のゆえに
 
 
己の首を抱きながら。
 
 
A・V・Th、それは己の首を自由自在に切り落とし、またくっつけることができたというドイツの奇妙な男爵の名。
 
 
次々に沼の底から召還され這い上がってくるゾンビのごとき使徒ロボを叩いて砕き続ける後弐号機。欧州ではぐれ使徒を狩りまくった腕は、明暗に比べても遜色なし。弐号機が何やら先攻した使徒ロボ相手に苦戦しているようだがざまみろという余裕もさすがにないが。電力消費を最小限に抑え最大限の戦果を上げる動作を続けるには自らを機械にするしかない。しかし、なりきってしまえば容易にバルディエル誘導体に乗っ取られる。冷え切った血と精神は奴の好物。それは彷徨の果てに擦り切れ倒れた自らの供物に似ているからだ。だが、それでも長時間もつわけではない。もとより強襲型はこのように用いるものではないからだ。ろくな装備もなく、湧き出る敵の排除など。本部発令所より退避の指示が出るが無視する。ちら、と見るモニターには目玉を潰されていいように嬲られる赤の弐号機が。「応援?」なぞ出来るわけもない。そのまま嬲り殺されてしまえ、魔女。
 
 
カエデッ
 
 
その思念がノイズになったのか、残電力がいよいよまずいレベルに落ち込んだせいか、動きが鈍った後弐号機のテンプルをカナダ製の使徒ロボが殴り倒した!。
 
にや。沼中央からバルディエル誘導体が嗤う。ここぞとばかりに、クワガタ型の南米の麻薬マネーで造られた使徒ロボがにじり寄って後弐号機の胴体を挟み込む!動きが止まれば数で勝る・・・人間はこれほどまでに最強を求めてロボットを造ったのか、と呆れるほどに数は尽きない、沼から這い出す使徒ロボはみるみる後弐号機を取り囲んでいく・・・・
 
 
完全に退避のタイミングを逸した。いくら強くとも電気が切れればエヴァはただの人形。
どうにもならなくなる。
 
 
そして・・・・・・しばらくもたたないうちに。
N2沼から、巨人を弔うほどの強烈な炎が噴き上がった。夜天を赤く染め、轟音は遠く離れたノノカン、路面電車内の鈴原トウジ、山寺に到着した野散須カンタローらの耳にも届いた。