「終わりのはじまりは、ゆめ」
 
「終わりの終わりこそ、まこと」
 
 
 
闇の階段を下ってゆく水上ミカリが呟いた。えんえんと続く長さへの腹立ちもあったかもしれない。状況分析というよりは。まだ終わっていないつもりであっても、実のところ、とっくに終わっている、もうどのようなことをしようと覆すことのできないというのが
真実であったら。灯りを兼ねた端末画面には溶岩色の雨などという終末光景が炸裂中。
 
 
地上近くはかなり騒々しいことになっているのだろうが、この深度であると耳を澄ませばなんとか聞こえる程度だ。発令所もなんとか仕事する気力は残っているようだけれど。
 
 
 
「でも、ほんとに、終わってたら」
 
 
こんなこともただの悪足掻き、文字通りの無駄足、ということになる。
 
 
エヴァに乗らぬのであれば、どこぞの避難所で大人しくしていればいいのだ。
 
ネルフの者達が、事を終え・・・・あの人が帰ってくるのを、待っていればいいのだ。
 
 
左眼様では、ない。
 
 
葛城ミサト。
 
 
何を考えているのか、血の濡れ衣を着せた自分に逆襲せぬどころか、その手で引き取り、共に暮らすなどと・・・初めは、乱歩の芋虫のごとく、ただでは殺さずゆっくりじわじわと溶かすようにして怨讐晴らしでもするかと思っていたのだけれど。違っていた。
 
 
 
あっけないほどに、何も無かった。
 
拍子抜けするほどに、ほっておかれた。その懐に入れられていた。
 
いろいろ計算した上で、一番面倒の少ない手段を選択したのだろう。
 
 
 
なにせ、自分はここの組織の長を、瀕死の状態に・・・殺すつもりでそれを実行した。
 
 
というか、生きていたのがおかしいレベルだ。その犯人を手元に置くとかどうかしている。
 
だけれど、逆に言えば、濡れ衣を着せられた者であるからこそ、庇いもできるし保護も出来る。そうでない者が行えば、いろいろ問題がありすぎる。というより不可能。
こんな危険の塊、人間爆弾を誰が保管できようか。もし、できるとしたらやはり、その道のプロフェッショナルしかない。そんな世界にも数少ないプロの一人が葛城ミサトであった。・・・・だが、それでも、エヴァのパイロット、チルドレンとしての貴重な才質を惜しんで手元に、というのも奇妙な話で、仕事の時だけ取り出して、生活圏は牢屋の中、ということも出来たはず。実際、そういう事例もあったと聞く。自分にも適用しとけばよいものを。
 
 
家事は、まあ、させられた・・・・・・しないと生活に支障をきたすので仕方なく行った。
 
左眼様も多忙のゆえ、仕事部屋が乱雑になるようなことはあったけれど・・・・あれは。
 
まあ、それはいい・・・・・・お姉様もその点は、アレだけどよしとしよう。碇シンジとの同居中に何をしていたのだろうか?とも思うが、考えないことにする。
 
自分を生かすことでなんらかの利を見出した・・・・・・にしてはやり方が雑すぎる。
 
 
自分は、エヴァには乗れない。もう、乗る気は無い。乗って戦闘して勝つとかムリ。
 
大事なチルドレンの盾になれってことなのかもなあ。それが代価というのなら・・・
 
 
やらねばなるまい。こうして、ひとり、闇の底へ。盾と言うより塹壕掘りだろうか。
 
ざくざく・・・ざくざくと
ざくざく・・・もしくは、墓を暴くような
 
 
進んでいる気がしている。骨島船・・・竜尾道泳航体とかこちらではださい名前で呼ばれているらしいが・・大林監督とかに名前をつけてもらえばいいのに・・・センスないなあ・・・あの隅で固まっていた時とは同じ闇の中でもそこが違う。落ちているともいえる
 
かもしれない。この行動の是非を実は判断出来ていない。その前に、動いていたから。
 
ネルフとやらに興味も共感も無い。いや、そこのトップを殺ろうとしたのだから敵対側だ。
こちらも戦国の武将でもないので寝返り変心主換え三拍子で忠誠を誓ったわけでもない。
 
 
 
それなのに、この行動は・・・・・・・闇の中をゆくせいか、思考がループ気味になる。
 
 
・・・・そんなことではないのかもしれない。本音本性をさらして溢すならば。
 
 
この闇の底にある・・・・埋められている「者ども」・・・・・
 
 
「ウシャ」
 
 
などと、これまたセンスない名前で呼ばれている、いうなれば「エヴァのヒルコ」ども。
 
 
左眼様の竜号機・・・・その「卵機」ともいうべき、生まれ出ることを許されなかった異形の機体群・・・・ただ、それらを視たい、近くに寄ってみたいだけのことかもしれない。
 
左眼様が異常な時間をかけて進化させていった竜号機のようなものはいないだろうが、それなりの戦力にはなるだろう。ネルフも忌避しているのか、ここをまともに管理していない・・・裏のカードに使う気だったのかもしれないが・・・・そも、これらを使役できるのは初号機だけだとかいう与太話も聞いた。隙の多い連中だ、と左眼様は笑っていた。
 
使役法を研究せぬわけがないではないか、と。己がそれに乗っているのに。
ユイ様のどんぶり具合に目がくらんでいるのだろう、と。やろうと思えばできるのだ。
それも、おそらくは常人には通じぬ執着。でも、いいのだ。左眼様なら。
 
 
ウシャ使役法・・・左眼様がわたしだけに残されたもの。わたしだけに。
 
 
ただ、それを解放してみたいだけかもしれない。実の所。
 
 
埋められ者どもの墓所の前に到着。もうここは、まともにしろそうでないにしろ、人理の届かぬ場所。何せ、生まれ出ることさえ許されなかったのだから、死者の国ですらない。
 
 
端末画面もとうの昔のブラックアウト。他の状況も分からぬし、己の状態も届かない。
ここでふいの心臓発作でも起こして倒れても誰も救助にこない。余裕もないだろうが。
 
 
 
「終わりのはじまりは、ゆめ」
 
「終わりの終わりこそ、まこと」
 
 
墓所の門を開く。・・・・・待ち構えていた。大きさは異なるが異形の影どもはこちらの来訪を知っていた。一体たりとも愚鈍にまどろんでいるものはなし。餓えた、戦鬼ども。
魂などなくとも、鎖する電力すら必要とせず、地を這い回れる「失敗作」たち。
 
その中の一つは、主を得て天を翔る翼をもつにいたった。激流の門を越えた鯉が竜に変化するという伝説があるが・・・そうなると、なんだかこの連中は鯉っぽくもある。
 
お姉様の弐号機は蟹っぽく、綾波レイの零号機はクリオネっぽく、欠番になった五号機とやらはウナギっぽく、それから碇シンジの初号機は・・・・まあ、それはいいか。
 
 
 
そして、実行した。
 
 

 
 
 

 
 
 
助けた覚えもないただ迎えにきた巨大な亀に乗せられて碇シンジたちは天京へ
 
 
亀とはいったが正確には別のもので玄武とかいう神獣っぽいだったかもしれないが、客の送迎に使われてるくらいであるからそうでもないのか、いやさ、エヴァ初号機専属操縦者にしてネルフ総司令(元も代行もめんどいのでもうこれでよかろう)碇ゲンドウのご子息であらせられる碇シンジ様を乗せるのだから向こうさんも面子にかけて張り切ってくれたのかどうか・・・・知らぬ。知らぬけれど・・・巨大亀の速度は速かった。よく振り落とされないな、とちょいと心配したが、そこは護衛の二人ががんばってくれたようだ。自分の身も含めて。即応力といい、かなり優秀なのだろうが・・・・それでも人の身の限界はある。何が待ち構えているか知れたものではない・・・・・・・とか言いたいのだが。
 
 
予想がつくこの気持ち。どう楽観視しても、しようとしても、楽しい気分にはなれまい。
 
 
上空から見たあの「大迷惑」光景。苦難災いを分かち合う、というのは・・・・人類として最上等の最高位の美徳のひとつかもしれないが・・・・・互いに納得していれば、の話だろう。それも。個人単位の貸し借りとはスケールが違う。利害のケタも違う。
 
かけた方はともかく、かけられた方は・・・・・・恩讐の保管期間などいずこの賢者でも知らないだろう。「おたくの”アレ”でちょい来てや」と言えば、それは無視もできまい。
 
子宝という至宝を早急に出してきたのは、さすがに伊達ではないというか。シャレになっていないというか。通常の親子関係ではありえない・・とかいう資格もないけれど。
 
とはいえ、これがどう転ぶのか・・・この転び方、賽の目次第で業界が大きく動くのは
間違いない。それを思えば・・・・・まず、手始めに、穏やかな生活をグダグダにされたであろう住民の皆さんからの、「正しき怒り」にメチャクチャに焼かれるくらいは・・・
 
仕方が無い・・・・・だろう。葛城ミサトが必死でかけてきた約定やら保険やらがあろうとも・・・感情は。それを怒濤のように浴びせられても。もともとの実行犯は別にいるのだとしても・・・まず標的にされるのは。聖人なみのメンタルがあったとしても。
 
悪口雑言を浴びせられ怒りの視線でチクワとかチーズのようにされても生卵どころか熱々ワンタンとか焦げ焦げギョウザとか投げつけられても・・・・命に別状がないのなら。
 
 
そこは・・・・沈黙の線の内。絶対(手出し禁止)領域の中だ。分かっている。
 
 
そのあたり分かっているからこそ、自分が来たのだ。ファーストなら・・・どうだろう?
逆に、もし、碇シンジがここで見張る役目であったりしたら・・・・・うーむ・・・・
 
ネルフ関係者全員の胃がやられることだろう。たぶん。考えただけで・・・・あれ?
 
 
 
 
「うそ・・・・・・・」
 
弐号機からの望遠モードで事態の推移を見守ることした、というかなった惣流アスカことラングレー兼ドライであるが、あまり意見の統一をみない三つの人格が珍しくひとつとなりて呟いた。そして
 
 
「これ罠でしょ!!」
 
叫んだ。ありえなかった。無茶苦茶、歓迎されていた。住民の皆さんがわざわざ門の外まで出てきて歓声をあげ、花やらお菓子を投げ、踊り歌い、なにより笑顔!爆竹や花火まで!
野郎が大好きに違いないチャイナドレスに身を包んだ綺麗美女がわざわざ亀の甲羅席から抱くようにして降ろすサービス付き!あれってむしろ降りる邪魔じゃない?どーなってんだ!?反射的にライフルを一発ぶち込みそうになったが、抑えた。動揺してはいけない。
動揺なんかしない。これしきで。・・・・・・にしても、怪しい。こちらの警戒を解く・・・・必要も向こうにはあまりなかろうし・・・ここで機体をのっとろうとか考えるほど
愚かでもせこくもないだろう。あの明暗の本拠地なのだ。とはいえ。
 
出来れば、すぐこの疑問は晴らしてもらいたかった。
 
天京に隣接する青い○・・・上空からでも視認できたゴドムの冷凍領域の消去・・・・・
 
 
第三新東京市がまるごと受けるべき聖書級天災を大陸的な義兄弟都市の論理によって分割することでなんとか持ちこたえ復活を果たすことができた。多大なる恩である。現在、そこを住処とする者としても、感じるものは大きい。転居すればすむじゃない、という幼い一意見は双殺するとして。
 
 
「それはそれ、これはこれ」
「これはこれ、それはそれ」
 
 
どちらがアスカかラングレーか。ふてているドライには分からない。
 
 
「あのバカなりに」
「あのバカなりに」
 
 
やることはやるつもりで来たのだから。出来るかどうかは別として。本人はそのつもりで
いる。そのために大事な本陣を空けてまでやってきのだ。政治も結構、陰謀分かります、
世界劇場での裏舞台?あるでしょう・・・この業界はそんなもの。怪しいのが基本。
妖しいのが基調。だけど、まあ・・・・仁義とか?礼儀とか?筋道を通すとか?
いきなりドカンとやらずにすむテクニックを行使してもいいだろう。
知恵の実を食べているのだから。良さそうな選択を選べるはずだ。
バカの壁が立ち塞がるルートはどうぞ回避してほしい。
こんな決戦兵器に乗り込んで武器を構えといて
いうこっちゃないのだろうけど。
 
 
でも、あのバカは
 
 
そのエヴァの使い方は・・・丘の向こう、壁を越える道を示す・・・・かもしれない。
 
 
それを無視してコケにしようと
いうのなら・・・・
 
蒼い瞳が・・・こちらもだまってないけえの(広島風味で)・・・輝いて
 
 
 
「アスカ」
 
 
天京の中心部、灰基督庁入りした碇シンジから通信が来た。さすがに一見の建物の中を透視まで出来ない。護衛の二人も仕事はしてくれてるのだろうけど、結界の中だ。かんたんに情報が解禁されるはずもない。よほど回りくどい挨拶やら帝会幹部の紹介でもやっていない限り、30分ほど話をした後のこと。延々と抗議されていたとも考えにくいが内容はさっぱり分からない。同時通話させてくれれば話は早いが、そうもいくまい。まさか、歓迎されてるからアスカもこっちにおいでよ、とか言う話ではなかろうな。だとしたらシバくしかないのだが、そのためには向こうに行かねばならない。
 
 
のだが・・・
 
 
 
「いろいろ罠だったみたい」
 
「は?」
 
なんだそりゃ。いくら大陸に渡ったからといって母国語を狂わせていい理由にはならない。
いろいろ罠って、どんな罠だ。ひとつで十分、いくつもいらん!
 
けど・・・それが、真実だった場合・・・本気で仕留めるつもりなら、罠なんぞ二重三重に仕掛けるだろう。覚悟もしていたことで、驚きはしないが。星天弓システムを急速解凍。
出来ればこんなもの使いたくはないけれど・・・・単一狙撃で追いつかない状況なら。
 
本部に指示を仰ぐこともできない。人質交渉とか面倒だな、と思っていたら
 
 
「説明するから、こっちに来てよ」
 
と来たので。
 
「アンタバカ?」
 
と言っておいた。行ってどうするんだ、そっちに。罠とか言っておいて。
いくらなんでもここまでバカだっただろうか・・・・なんかまずい薬でも注入されたのではあるまいか。こんなこと言わせる方も相当なものだが・・・悲鳴でもあげさせてとけば
まだ心が動いたかもしれないけれど。「そのまましなさいよ。行く必要がどこにあるのよ」
 
 
 
「話し合いをするためです」
 
返答は、碇シンジではない女の声。若い。落ち着いているが、十代かもしれない。
映像はない音声のみで、あっさり弐号機の通信に入り込んできた。表情に出さず総毛立つ。
こんな真似が出来るのは・・・・
 
 
「その後、あなたには証人になってもらいます」
 
断定口調。上下を弁えよ、といわんばかりの。反射的に反論が出そうになるが耐える。
通信関係に仕込みをされたか・・・・もとより、その必要のない資格を所有しているか。
 
 
エヴァの上位機体。終時計式。
 
 
「今より十分以内に機体を降りて、天京に向けて歩行すること。この行動が確認されない場合、弐号機を破壊します。勿論、エントリープラグごとです。では、あと9分11秒」
 
 
「はあっっ!!?なにふざけて・・くっ!!」
 
いきなりといえばいきなりの話に爆裂しそうになるが・・・同時に周囲全天を再スキャンすると・・・己の、弐号機の直上より頭部が時計盤になっている奇怪なエヴァが2体見下ろしていた。完全に殺られた体勢。初号機に碇シンジが乗っていればまだなんとか出来たかもしれないが・・・・・・・してやられた。やる、といったからにはその通りに実行するぞ、とその無表情の顔が告げている。時間内にやれ、と。やらねば、どうなるか。
 
 
接近に気づかなかったのか、それともそこに居たのに感知させなかったのか・・・
 
 
「くそ・・・・」
 
なんでこんな所に、こんな連中が・・・・・・・とりあえず、従うしかない・・・。
天京側からなんの声明もないあたり、グルだと考えるべきか・・・・
 
こんなことしてタダですむと思うなよ!とか吼えたいところだが、時間がギリギリだった。
この不快感・・・・浅間山での一件を思い出す・・・・・・というか、ほぼ同じだ。
アレと。同じ結末になれ、と思い切り呪いをかけてやりたいが・・・時間がなかった。