ニェ・ナザレ
 
 
 カッパラル・マ・ギアにて、使徒武装「ソドラ」と「ゴドム」を守護する番人。
 
 
その任のためネルフと共闘することはなかったが、睨むだけで使徒を射殺す邪眼を持ち、何より二つの聖書級武装を管理する事実。大火傷のため生命維持をかねるエントリープラグから出てこれないものの・・・・業界の上に行くほど恐れ忌避する最凶の人柱。
 
 
地上で何が起ころうと、関知はしていただろうが、介入はせず直言すらせず、
(ゆえに、十三号機の一件は結構な大事だったわけだが、なんの咎めもない)
彼女が黙って埋もれていた故に、なんとか業界はもっていた、ともいえる。
たまにやってくる使徒や愚か者達を静かに消し去りながら。
 
マルドゥック機関が集めた才能ある子供達の、唯一人の生き残りでもあった。
 
あり得ぬことだが・・・母にもなれる年月をその体内に沈殿させて。
 
それが、墓所だと渾名されるカッパラル・マ・ギアのケージから・・・頭上の施設を崩落させながら起き上がり・・・「ソドラ」を起動させた。誰一人予想だにしなかった。
 
この世のことなどなんの興味も無いのだと、聖なる役目が形をなした神人の類いなのだと。
思っていたのだ。
 
魂などとうに土に帰っているのだと。人の世で染められぬ人格など、かわききっていると。
 
不可侵の、封じられた魔神。ランプの代わりに十号機。
願いする者は絶えず、しかし叶えることはなく眼で射殺す。
 
外に出るという欲望もなく、とうにその命は役目に溶けて同化しているものだと。
 
その名を知る業界人のほぼ全てはそのように勝手に思っていたのだ。
 
 
死人は夢は見ない。
 
 
死に損ないも夢は見ない。いや、見てはいけない。見るな、と。もう死ぬのだから。
消えていくのだから。蓋としてそのまま横たわっていろ、と。出てきてくれるな、と。
 
 
土の十字架に抱かれたままでいろ、と。汝こそは地の伴侶。永久の結いを、と。
 
 
形のない山のような栄誉で抑えておくほかない。終身名誉十号機専属操縦者・・・は、当たり前としてゼーレの弥栄たるモノリス上席をはじめとして議定機関の指揮監督権・・・かつて自らを囲ったものと同様、それ以上の大権能。世界劇場における特等の監督席。
 
 
支配することになんの興味も無い支配者。
他より操作されることのない棺桶にずっぽり埋もれた英霊人柱。
 
 
完璧に隔絶されているものだと。
まさしく、絶対の領域に存在する者だと。
 
 
 
業界の誰しも思っていた。観念していたのだ。
 
 
夢どころか望みどころか思考すらせぬだろうと。そのようなミイラが今さら、と。
 
 
静なるかな 墓場の住人
黙なるかな 暗闇の眠人
沈なるかな 来不の待人
 
 
動かぬ時計を握りしめたまま、人型の十字架にかけられたまま
 
 
終わりがくるまでは、そのままでいるだろうと。
などと。
 
 
思うしか、なかったのだ。
 
 
長く生きるはずはない。炭化すら含む全身火傷の上に、エヴァのようなものに繋がれているいるのだ。檻のように、または互いに融けるように、または雌雄のように。短命であることは決まっているはずなのに。まだ生きている。死なない。滅びない。くたばらない。
 
どのような賢者も秘本もそれを説明できない。東西南北探しても答えはない。
あるいは、碇ユイなら答えられたかも知れないが、そんな勇者はいない。
「うーん、根性?」おそらく、そう答える。
 
 
 
カッパラル・マ・ギアにいる限り。
 
 
十号機は滅びない。十号機が土台となって支えるものも同じく。
 
それが業界における暗黙にして絶対の事実。
 
 
 
巣穴から出てこない不死の魔物は、絶対に敗れることはない。
 
 
生贄台にわざわざ、ノコノコ出ていくのは多分、それが
 
 
 
 
死に時だったからだろう。
 
 
 
 
 
そういえば、己は捕獲されたのだったな・・・
 
 
ニェ・ナザレは回想する。
 
 
人類を守護するだの、世界の未来のためだのというご大層な目的のためではなかった。
 
子供だったのだ。童子だったのだ。未成熟な・・・生にも死にも近く遠いモノだった。
 
年齢を考えれば、他の者も自ら志願するわけもない。中にはそういう天上天下唯我独尊系の掛け値なし、地球樹から生えてきたかのような深度の自覚を宿す神の子供もいたが、軍人の家系であったり政治的目的であったり、親族にそのようにレールを敷かれたため、当然のように辿り着いただけのこと。とはいえそれも少数派だ。
その経由地としてマルドウック機関があった。数をそろえるために手段は選ばなかった。使命感からか仕事熱心であったのか、世界中から目利きし集めてきた。
 
 
起動にすら特異な才能を必要とする、特殊な戦闘兵器に搭乗する子供を。
 
 
その兵器の名は・・・・「ムダダム」
 
 
・・・・だろうと思っていたのだが、違った。機動兵器ではないらしい。
 
 
 
EVA・・・アダムより生まれし女の名・・・・・
 
 
それに乗ることが、人にあらざる「天よりの敵」を殲滅することが、世界救済に繋がるのだと。聖書を読んだ者もいればその存在すら知らぬ者もいた・・・・理解する者もいればしない者もいたが、待遇が変わるはずもない。ましてや解放などされるはずがない。冗談にしては手がこみすぎて金がかかりすぎていた・・・ということも具体的に理解出来なかったが、そこは「別天地」すぎた。子供の中には王族後継、大国政府の高官子息、大犯罪組織の長の一粒種などもいたため・・・どう考えてもスカウトの話がつきそうもない面子で・・・実際そのせいで国が潰れるだの政治バランスが乱れるだの犯罪戦国時代に突入したりと・・・甚大な被害が出ていたが・・・人類史における傷、歴史改変級のダメージすら無視されて・・・奪還されることは全くなかった。世はなべてこともなし、と。
 
ぜーれのてんりょうだからだよ、と誰かが言った・・・・・その時はまったく何の意味か分からなかったが。自分たちがケタ違いの超権力に囲われていることは実感できた。
 
 
恐ろしくヤバく重大なことに巻き込まれて捧げられた、という諦めと。
 
それをどうにかできるのは、ここに集められた自分たちしかいないという理解(さとり)。
 
 
人の世は、生存限界が近づいている・・・・らしかった。
 
 
金も人命も見境無しに消費して、自分たちを集めたデタラメぶりに釣り合うとなると
それにくらいにはなるかもなあ、という納得。逃げられない現実を呑み込めない者が
何人か出そうなものだが、その点、担当機関であるマルドウックの目利きは確かだった。
 
逃げちゃダメだ、などと呪文を唱えずとも逃亡者もリタイヤも出なかった。様々な性格の者がいたが、どいつもこいつも神経が太いのが共通していたのだろう。だから神経接続もしやすかったのかもしれない。シンクロ・・・そう、人類最後の決戦兵器との。
 
 
EVA・・・・「巨人」というものも、確かに、存在した事実。これは、現実なのだ。
 
 
ただ。「これ」を人間が造った、というのは、嘘だな、と皆が悟っていた。
 
人間の力ではどうしようもないモノが襲来してくる・・・・そんな未来を予知して。
未来を視る目をもつ者すらいたのだ。過去を視る者もいたが。
そして現実は檻の中ではあるものの・・・通常渡る世間と異なるのは、相互理解、認識。
 
共有できる、「異能」を持っていた。EVAに対する親和性、シンクロ率も最近のチルドレンとは比べものにならない。喜ばしいかどうかは別として有能だったのだ。
 
災いを破るための才能であるから、これは天与のギフト。と、単純に信じていた。
 
中には・・・・というか、己のことなのだが・・・明らかにそんなものではないと弁えている者もいた。邪眼。睨むだけで生物を不調にし、最悪、死に至らしめる。ある意味、こんな己をよくここに連れてくる気になったものだとマルドウック機関担当官には感心する。最悪、他の輝くような才能をもった子供達を死に至らしめたら、どうする気だったのか。・・・・結果からすれば、捕獲される程度の力だったのだから、杞憂だったのだが。
 
他に危険な者たちも多くいた。だが、それを中和し、コントロールする者たちもいた。
 
やはり軍人の家系や王族の血脈などは伊達ではなかったし、体を張って中和してくれた者たちには感謝がある。こうなると、男、女、以外の第三性というものが古代には存在していたのではないかと思わぬでもない。イレアナ、グレーゼ、司馬・・・見た目にしばらく騙されていたけれど・・・間違いなく、光の戦士。だから、性別は関係ない。
 
元来どうしようもないモノを利用しようといろいろやってみた挙げ句に失敗して自滅する
 
・・・・そんな未来も予知されていた。EVAを暴走させるとかどれだけ無能なのかそりゃないだろうと笑っていたのだが・・・・ギフトであるなら人を笑顔にするために、と言ったのはイレアナだったか・・・司馬だったか・・・いや、イレアナだった。笑顔など浮かべたくとも浮かべられないけれど。彼女彼らの言葉は覚えている。覚えているのだ。
 
 
そのギフトは、どういうわけか、「数字」によって分類されていた。
 
 
「十類」から「一類」まで。機関への到着順でもなければ人種国別でもなく、異能の力の大きさでもなければ、念動だの読心といった異能の種別でもなかった。集められた中で最も賢い者でもその意味を推察することはできなかった。それに関する説明もなかった。
 
選ばれた66人の子供達が集ったあの城・・・・・天より災いが襲った時は、そこから世界中に飛び立ち、人類を守るために戦う・・・・・その力を養うための修行の場。
友情・努力・勝利のジャンピングボード。「地球防衛」まだその響きは人形芝居のように
空々しくとも。いずれ世紀が進めば、ごく自然なものになるよ、と言ったのだ。
気負うこともなく、誰かが。グレーゼだったか火ノ瀬だったか・・・言っていたのだ。
 
 
誰がために
 
 
白々しい説明はあった・・・何割かは真実を含んでいたのだろうが十全ではない。
 
 
誰がために
 
 
そこは、家、とはいえまいが・・・・・・己のような者にとっては・・・・・
 
 
誰がために
 
 
逃げずにすむ場所・・・憎まれ追われずにすむ住処・・・・ひとりにならずにすむ安息の
 
 
それが・・・・・
 
 
それが・・・・・・
 
 
一夜にして
 
 
 
 
火が全てを消し去った。誰一人として生き残りはいなかった。ただの火事などではなく、襲撃の類いでもない。そこにある存在をまるごと見境なく消去する天罰・・・としかいいようがない。燃やす、ではなく消すための。神が人の真似をするはずもないが、欲しくなって連れ去った、というのは神話の例からしてあり得るかもしれない。その除外が己。
 
 
果たして本当に火であったのか・・・己を包んだものがそうであったからといって
他の者までそうであったのか・・・・火に近い神聖な光に誘われていったのではないか。
 
そのような夢想を何度がしたことがある。己もその時、消えておればこの事態はなんと形容されていたのか・・・都合のいい者もいただろうし悪い者もいただろう。
ただ、それも人の都合。ゼーレ天領内で事故など起きるはずもなし。そうなれば
 
その時、回心をお前は得たのか、と、どこかの宗教者に震えながら問われたこともある。
 
取り残された理由など、悟るわけもない。自分は、そっち側ではないな、と自覚はした。
選択するのもされるのも、真っ平ごめんだった。そんな魂胆をしっかり見抜かれていたか
 
 
醜い邪眼持ちなど必要としなかったのだろう。重度の火傷でそのまま息絶えるはずだったのがなんとか一命を取り留めた。繋ぎ止められた、といってもいい。そのまま生命保持用LCLに満たされたエントリープラグから一生出られない身になったのだから。
 
 
夢も見ない。眠っているのか生きているのか、はたまた死んでいるのか・・・・・・
己でもよく分からない。説明も解説もする人間もいなかった。無知な己を呪った。
鏡も見られないから、邪眼が反射することもない。
 
 
未完成の十号機に接続されたのは、ただの実験、データ取りのつもりだったのだろう。
半身が炭になっている奉公者が起動させるとは、まさか夢にも思っていなかったに違いない。そのせいで完成させてもらえなかった十号機も不幸な機体だった。特に同情はないが。
巨大な人型の棺桶なのだから。それでいい、といえば、いいのだ。それで、いいのだ。
イーストエイジアの、とある放浪する天才の言葉だったか。職業は庭師であったか・・・
 
 
 
あの夜、何が起こったのか・・・・・・?
 
 
死ぬまでに、それを知りたかった。知ってどうするかは決まり切っている。
そのための十号機。そのためのEVA。そのための、己。
 
 
さして時間はかかるまいと思っていたし、この身ももつまいと覚悟もしていた。
 
 
だが・・・予想に反した。誰も何が起こったのか知らない。いかに人の世の闇が深くとも動きがあれば痕跡は残る。「そんなことは現場にいたお前が1番よく分かっているだろう」「手段も方法も分からないが、お前がやったのではないか」などと切り返されてつい邪眼を発動してしまったことも数知れず。その記憶は、ないのだ。就寝して、強烈な朱色のイメージが炸裂したと思ったら、治療液の中だった。時系列順に俯瞰して眺めているわけでもなく、当事者はかえってそんなものだ。ただの失火であのレベルの機密施設が一夜全焼などあり得ない。何かがあったのだ。それを見届けた観察者が必ずどこかにいるはずだ。
 
 
だが・・・なかなか現れない。十号機とともにこの業界の深くに潜れば潜るほどに不可解が広がる。利益を得る者はおらず、あまりに意味が無い。しかもゼーレの天領内のこと。
 
 
やはり、人の仕業では、ないのかもしれない・・・・・
 
 
天の使いが先手を打ってきた、ということか・・・・・・
 
石壁を食い尽くすような火炎など
 
壁一枚だけ焼け残ったのも気まぐれか
 
邪眼もつ一匹だけ生焼けにしたのも悪戯か
 
 
ならば
 
 
使徒は殲滅する
天の使いは鏖殺する。
 
 
それが己が使命。
そのために命を一として全てを使おう。
 
 
己のために。未来のためなどではない。
 
 
人の世界など、あの大火の日に終わっている。新生はならず、賢人を気取る者たちの愚かな実験に付き合わされて沈むのだ。分岐を変えることは出来なかった。ドロドロに溶けて赤の海に沈む。なら、土の中で埋もれていても変わりは無い。身体もこうであるし長くは続くまいと思っていたのに。十号機とはよほどに相性が良かったのだろう。
死なせてくれぬ。己が正しく生まれ出ることがないゆえの呪いかもしれない。
 
 
 
いつしか、己が観察者になっていた。
 
 
俯瞰して眺めている。近接さえさればなければ、介入はしない。
ソドラとゴドムを預かっているのも、それがあれば使徒が寄ってくるからだ。
それを射殺す。睨み殺す。呪い殺す。使徒にも位階やらあって大中小あるようだが、関係なくとにかく滅ぼす。これは復讐なのか戦争なのか、正義の天秤を用いて計測してみようと通信販売で注文してみたのだが未だ到着しない。人気商品なのだろうか。
 
ゼーレへの反逆を耳打ちする人間などもまれに現れたが、聞き入れない。
 
 
使徒殲滅後、EVAになど乗っている、乗るしかない人間が何をやるのか想像がつかないのだろう・・・・そんなことは決まっているのに。もはや己らは人ではないのだから。
 
支配されるなら、まだ同じ人の方がいいだろうに。
 
 
世界中にEVAを駆る者が何人かいるが、ろくなことになっていない。
おそらく全員地獄行きかつ何億人も道連れにするだろう。さすがにその頃には生きていないだろうから好きにするといいのだが。使徒使いまで現れて、新世紀でも末法の世だ。
 
 
 
ルバイヤートの気に入りの何編か口ずさんでいると
 
 
 
遠く離れた、イーストエイジア、島国にて、大火に呑まれてこの世から消え去ったはずの名たちを聞いた。
 
 
 
刹那。
 
 
 
生命の声を聞いた直後に、ソドラを覚醒させた。
 
 
 
挨拶代わりに、ソドラの羽根を一つ、その島の国に向けて放った。
唇がなかなか動かず、もどかしかったからだ。ほとんどないから正確には口だが。
 
 
生きていたのだ。彼女が、彼たちが。自分には分かる。少々、形を変えようと。
 
 
あれらは、マルドゥックチルドレンに間違いない。世界を支える勇気ある柱になるはずだった。確固たる土台があってこそ大いなる試行錯誤やその後の輝かしい革新もある。
 
 
その為に自分たち(全てとはいわぬ。長じては人類全てを大いに誑かし過労死するまで踊らせかねないようなタマ、いわゆる偽預言者もいた・・・けれど、そんな者すらうまく馴染ませるような先導者たる器をもった子供もいた・・・また、そんなものに一切気にせぬ天然冒険者野生探検者や静かに気取らせもせず全体を守護する夜警めいた年寄りくさいのもいた)は・・・・・・集められ、絆を結んだはず・・・・・・だったのに。
 
 
 
・・・・・・・・・・・貴様達が・・・・・・・
 
 
 
 
第三新東京市
 
 
イーストエイジア、の中の、どこかの小さな島らしいが・・・・・そこへ向かおう。
 
ソドラに跨がり、一飛びだ。あとのことはどうでもいい。己が支えねば崩れる世界など。
彼らが消えた世界など。価値あるものはすでに消え果てた。いるはずがない。いるはずもないが、最後のシ者も己を避けたのか、現れることはなかった。碇ユイの息子が形を得たなら・・・・ここに挑みにくるかと思いもしたが、まあいい。縁がなかったのだ。
 
 
ただ、結末を見届ける。
罰としてユイザに留守を任す。
 
 
島、というのは儀式使いに向いている。成功しようと失敗しようと影響は限定できる点で。
そこで展開されている奇怪な儀式。ユイザが行儀悪くも摘まみ食いしようとしてしくじった。煮えたぎる大釜に舌をつけたようなもの。躾には丁度良いかとも思っていた。
 
 
 
数字を刻印された、子供(イケニエ)を使う原初の儀式。
あえて天の使いに消させることで、招来の力を増加させる。
エヴァもその意味では増幅器の一つだ。ゆえの人型。
 
 
その中でもファーストチルドレンが搭乗する零号機は、異能増幅用、と見せかけて「濾過器」だったりするが・・・・何を濾過するか、そんなものは決まっている。
 
 
「魂」だ。
 
 
巨人の形代に乗せることで、魂も巨大化する。ちなみに、未完成の十号機にはそんなスピリチュアルギミックはない。計測したわけではないが。そもそも人型とはいいかねた。
 
 
量と質を兼ね備える儀式装置。エヴァシリーズの本質というのはそれだ。
巨人など用が済めば駆逐されるに決まっている。煮て喰うわけにもいかず。
 
 
どうしようもない。染まってしまえば・・・・元の色彩が思い出せなくなる。
巨大化した魂は、人の身には収まらず内から爆砕してしまうだろう。
古人はそうしたものを、竜、と呼び表した。現代風に端的に言うなら、「怪物」だ。
 
 
怪物のなりかけであるから、天の使いに浄化してもらうのだ、という見方もある。
怪物が全ての天の使いを逆に平らげてしまったらどうするのか、という意見もあった。
 
 
 
そこまでして
 
 
何を招来するのか・・・
 
 
天の使い・・・使徒の上位存在(コノウエハナシ)
 
 
十の順に消し去っていったなら、・・・・・・が、現れる。
 
 
名も規模も姿も伝えられていない。七つの目玉をもっている、とだけ。
 
 
奇跡は神の行いであるから、それは奇跡ではない。
・・・・・望む存在を釣り上げるためにするために、生け贄を吊り捧げる・・・
 
 
マツリ
 
 
人類と他の生命にさほどの違いはないが・・・・ただ、人類というやつはこれをやる。
希にこれをやるのだ。楽園の中で、わざわざ火を焚き祭り上げる。焼きリンゴをつくるだけでは飽き足らず、自分たちをジャムにするような真似をするのだと十号機が囁く。
 
 
シンプルであるゆえに、細かな範囲指定はできない・・・・果てなく、極大。
望み次第の、その変容。過去を断ち斬り、未来を染め上げる。ゆえに代償も。
人類全体を変容させてしまわねば、かなわぬ願いというものは。
工程表も設計図もデザイン画ですら用意できぬのに、神になるのも無体がすぎる。
 
 
だが、そのようにありたいと願うのなら。
 
七つの目玉は、それを叶える。呼ばれたならば。サービス精神が旺盛なのか、どうか。
 
 
呼び出すことができたならば。
 
 
つまりは、贄の質だ。質をどれほど追求できるか。
質を判断する「目」にかなうソレを用意できるか。
知恵を極めた合成の術でそれをなし得るのか。
贄を煮詰めて欲望のジャム作り、だ。
 
 
単一個人の欲望なり希望なり狂気なりで、全人類を変質させるのが罪なのか、などと
どうでもいい。変質したコトにさえ気づかぬのであるから罰も届きようがない。
 
神の視点からすれば、生命のスープ煮えたぎる混沌の鍋を、頼まれたから一回かき混ぜてやった程度のことかもしれぬ。人の頭、心、神経から生まれる望みには限界がある。
 
 
人はかつて世界共通語を使っていたのかも知れぬし、男女の他に第三の性があったかもしれぬし、額に神秘を感知する第三の目があったかもしれぬし、心や精神は個人の占有ではなく全体共有であったかもしれぬし、腕は四本であったかもしれぬし、背中には翼があったかもしれぬし、寿命は800才だったかもしれぬし、もしかして考えうる望みを全て叶えて、全て潰して無しにして忘却して人類ふわふわバブリーなのもエエ加減にせえよ、と思われているのかもしれぬ。十号機に問うても骨が響くような嘲笑が返ってくるのみ。
 
 
どこからきて、どこへゆくのか
 
 
ははのはらよりうまれいで どう・・・・・・ちちははとちがうものに・・・
 
 
「化ける」のか・・・・・・はたまた
 
 
化けたのを、無しにするのか
 
 
それはいい。誰かが、いつか、やるのだろうから。
進化なり変身なりを望むのは人のサガ。そのための祭、そのための儀式、そのための贄
何を望もうが、知ったことではない。儀式を発動させた何者かが。ただ。
 
 
まさか、神の使いを呼ぶとか言う愚か極まる理由で、自分たちが生け贄に焼かれた、などということはないだろう。あれだけのゴールデンチャイルドたちを。ああ・・・・
 
 
それで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
願いは叶えられたのか・・・・・・・・・ならば、儀式は終わっているはず・・・
 
 
シオシオンにて、塩の教皇は・・・稼働している・・・・・と聞く。
 
 
それでも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・足りなかった・・・・・
 
不足していた・・・・・・・・・・などと、いうならば・・・・・・・・・
 
 
 
もし・・・そうであるなら、・・・・・・
 
 
量があれば、質を超えることもあろうが・・・・・・・・だから
 
貴様達が、焼かれていればいいだろう・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
ソドラの炎翼を展開する。羽根をひとつ送るだけで都市全域に溶岩の雨を降らせるほどの、
土耳古上空に深紅のオーロラが見えた。薔薇が開くように周辺国に広がっていき
人々の目を奪っていく。美しいが、それについては幼子でも口にしない。
七日もかけず星まるごと焼いてしまえる超広域焦土兵器。使用即終末の、どこに怨敵が隠れていようが関係ない全体心中武装。百の首をもつ火の鳥でもあり、千に揺らぐ翼に宿るひとつの鳳凰であり、空覆う蝗害のように集団飛行する戦闘機の亡霊群にも似て、ついに人を他の星に届けること叶わなかったロケットたちの涙で溜められた血の池のようでもあり。いかなる狂人極悪人偽預言者でもそれを振るうまえに、罪の重さで圧死間違いなし。
 
 
懐かしい産声に、呼ばれて
 
 
だが、ニェ・ナザレと十号機にはそれができた。
貴様達、というのが一体、誰を何を指すのか、もう分からぬままに。
 
 
 
 
「同意」
 
背後に蒼い騎士が立っていた。馬には乗っていないが、巨大な槍を構えていた。