「ナザレの十字架が倒れた。勢脈が、変わる」
 
 
天京の中心、灰基督庁の、これまた黒白に塗り分けられた会議室にて。
灰色の円卓北席、主催者にして議長役である灰基督・ハイアシュが告げた。
すでに、黒羅羅・明暗でも、朱夕酔提督でも、禁じられた青、でもない。
杯上帝会の主として、席にある。エヴァに乗ることはもはやない身で。
 
だが、業界とそれで縁切りになったわけでは無論なく。勢脈が変わる、と。
その流れを呼び束ね操作する側の視点で。
 
 
 
「ナザレの十字架って・・・まさか十号機のこと!?」
 
驚愕の叫びを上げたのは、東席の惣流アスカラングレー。とりあえず、話し合いの席についたためドライは待機している。その隣に主役であるはずの碇シンジが。惣流アスカに先行して天京入りしていたのだが、そちらに聞いたりせぬのは時間が惜しいため。
護衛の黒服二人もここまでは同席はゆるされていないし。
 
 
エヴァ十号機・・・・超強いらしいが、東方の主戦場、使徒との決戦リングであるところの第3新東京市に全く姿を見せなかったので、あまり馴染みのないエヴァ。
 
 
碇シンジの知識はこの程度であろうし、十一号機と同レベルにあまり区別もついていないかもしれない。それ以上知ることがプラスにはなるまい・・・、とネルフの人間が判断したとしても無理ないほど凄惨な話しかきかぬ。エントリープラグから出られない姿、というのがどういうものか、ラングレーにしても想像もしたくない。闇墜ちした碇ユイだ、としたら分かりやすいが、そんな連想はアスカも耐えられないだろうな、と思う。
 
 
「爾り」
確認に対する返答はイエス。洒落ではないし、勿体をつけてるわけでもなし。
ただのパイロットではないし、そもそもチルドレンでもないため、言い回しを選んだのだろう。ダイレクト表現どころか心体に直接打撃してくる明暗の奴とはやはり違う合一したわけでもない灰色。
 
 
 
「ナザレ体制の終焉だ」
 
 
ニェ・ナザレ
 
 
西方の殲滅業界を牛耳っていた女怪・・・いやさ、眠れる女帝とでもいうか・・・
スフィンクスとゴルゴンを溶かして混ぜて人の鋳型に注ぎ込んだような・・・
 
 
使徒殲滅業界・・・つまりは、人類最後の壁役。倒れること崩れることのゆるされぬ。
 
無制限無差別ヘヴィ級のエターナル・チャンピオン。
おそらくは歴史上でも最高位の「重い女オブ重い女」・・・
 
歴史的観点ではいずれ自分たちもランクインされそうだが・・・
 
ファースト、綾波レイなぞ次点間違いなしだろう・・そこは喜んで譲ってやろう・・
とにかく。告げられたのは、ヘタすると業界どころか人類の終わり話。
箱船で宇宙の海へ逃げだそう、というわけでもなさそうだが・・・
 
 
土耳古のカッパラル・マ・ギアで、二つの武装を守護していた・・・ソドラとゴドム。
ゴドムの威力は目の当たりにしたが・・・・加減して都市ひとつまるごと凍結させるなど
 
使徒側の最終兵器というよりは、この星の冷温スイッチというべき代物ではないのか。
 
それを守護するために東の島国ごとき助っ人にいけるはずなし、というのは大局どころか地球的正当判断であろう。どうぞ彼方にいてお守り下さい、としかいいようがない。
 
使徒がそれを使えば、それでもう終わっていたわけであるから。人類など。
守護聖人入り間違いなしであろう。このまま滅びずに世紀が過ぎたなら。まあ・・・
 
 
そんな物騒なものを、よくも同じエヴァに使わせやがったな、と含むところがないわけではない。当然。近頃調子こいてるネルフめ、イキり度・・・ちとアウトかな頭を冷やせ、と業界バランサーとしての判断だったのか、上位組織の命令さえ殆ど聞かぬとか。
 
 
それが、倒れた・・・?寿命が来たのか殺害されたのか、何とも言えぬが、直接話したこともない先任がその座から消えたとなると・・・・・業界の勢力図が、塗り変わる。
 
親亀こけたら・・・・いや、そんなスケールではないのだ。ここは神話的表現を用いて、
親象こけたら・・・あまり変わらなかったが・・・西と東で違う物語が展開されていた、というより、十号機の土台保全あってこその使徒殲滅業界。日本でのネルフの奮闘も、つまりはナザレ体制下での東の僻地の小競り合いに過ぎぬわ、という見方もあるのだろう。
 
伝え聞くユダロンだのチャルダーシュだのゴドヴェニアだのヤバめのゼーレ天領は西方に多いのも確かで。独逸の第2武装要塞都市とヴィレなどスペアが用意されているのも今さらか。ネルフの第3新東京市がしぶとすぎるのだ。
都市ごと組織ごと時代に逆行せんでもよかろ、と思われているのだろう。
 
 
もし、使徒が十号機を除いて、使徒武装を手に入れたとしたら・・・・・・
こんな所でノンキに話している場合ではない。ゆえに、そうではない、のだろう。
 
 
ニェ・ナザレを悼む話ではなく、空白についての話。灰の教主がこの席上に持ち出したのは、そういうことで。碇シンジが「罠」だと言った以上、空白を生み、流れを作ったのは
 
 
「誰なんですか?」
 
 
夜雲色の瞳で碇シンジが。十号機のパイロットのことを聞いているようでもあり、それよりも後ろ暗い流れの主の正体を迫っているようでもあった。
 
 
「誰でもいいでしょう。あなたが、”昔昔昔”であり、”碇シンジ”であるように」
 
何をムチャクチャほざいとんじゃワレ、と睨みつけてはやるが、なんの効果もないだろうなと分かってはいる惣流アスカ。あ、いやラングレー。冗談ドライよ。殺気の銃弾をフル装填した蒼い瞳が星を合わせるのは、覆面。時計の文字盤をデザインした覆面の少女。
 
そこだけ見るとやばい宗教の人にしか。しかし、ここはまさに「やばい宗教」のど真ん中。
向こうが正装かもしれん・・・と、そっと碇シンジの方を見てみたり。
 
やたらにクロノメーターを各所に埋め込んであるが、プラグスーツには違いない装いにおける胸部の盛り上がりを、サイズなど当然のこと確認するまでもなく、「アスカと・・・いや、アスカより少しゲブっっっっ!!」声で同年代の女と知れる。知れるからいいのだ。
怒りの肘鉄も食らわす先が違うのだが、仕方がないのだ。仕方がなかったのだ。
比較なんかしやがるからいけないのだ。こいつは、家族でも仲間でもないのに、とアスカがいじけるだろうから、代わりに制裁をあたえてやったのだ。仕方なかったのだ。
 
 
西席にある、終時計部隊の「バエルノート」と名乗った覆面女。くそ・・・・変態的センスだと大いにあざ笑ってやりたいところだが、弐号機で襲撃に構えていたのにまんまと封殺されてここにいるのだから、それをやればこちらは変態以下、ということになるので黙る。とりあえずそこに関しては。素顔がオカチメンコなのかもしれないし。多分、そうだと確信しつつ。ふくらみだけが美少女の全てではない・・・・いや、こんなこと考えている場合ではない。碇シンジにつられてしまっただけ。事態はチョー深刻なのだ。
 
 
時計の顔した機体は二機だった。ここに一人、ということは、当然、機体に乗ったもう一人がこの会議場にプレッシャーをかけている、と考えられるわけで。腕ずくでの勝負となればもう決着ついている、ということだ。それを認めぬのは負け犬以下。まあ、命さえとられなければ、次がある明日がある・・・・。自分とこの団体リング、ナワバリ、第3新東京市でなら負けなかったのだと吠えてみてもまさに時間のムダ。
 
 
「いろいろ罠だった」と碇シンジはのたまった。母国語を正確に用いていたのなら、このお膳立てからして、もう・・・という話だったのだろう。碇司令もヤキがまわったのか?とも思ったが、隣にいるのはそのご子息だ。そうなると・・・・だ。
 
 
 
「十号機・・・・・その後継は、初号機をおいて他に無し」
 
 
灰基督、かつて明暗であったものが、静かに告げた。熱はないが、聞く者を納得沈頭させる声。道理に従わせる理知灯す声。まあ、確かにそうだろうなあ、とラングレーでさえ。
 
超強い機体しか為しえない重要任務を、同じように超強い機体が引き継ぐ。道理だった。
 
新たなる無敵の壁。黙示録のラッパが少々吹き鳴らされようと小揺るぎもしない頑丈な。
まー、確かにそんな任をこなせそうなのは・・・・・・・確かに、こやつしか・・・でも
 
 
「この天京にて。ソドラとゴドムを守護していく・・・その命尽き果てるまで」
 
「ちょっと待って!!」
「異議ありです!!」
 
変態時計覆面女とハモってしまった。
 
不覚・・・!!と惣流アスカラングレーは腹の中で思ったが、それは相手も同じのようで
 
「0,1秒先んじたとはいえ、ほぼ同時なんて不覚です」「いやいや!!早かったのはこっちだし?先んじてないし!」「こと時の計測においてこの終時計部隊が後れをとるとでも?確かにわたくしがあなたより早かったのです。ふっ」「はあ!?じゃあ、もう一回試そうじゃないの!」「厭ですよ。時間のムダですから」「あっそ、逃げるんだ。逃げるワケね?にーげーるーワケねっ!」「逃げる必要はありません。わたしくが早かったのですから」「・・文字数を考えてみなさいよ。アタシの方が多いのに、ほぼ同時ということは勝負内容的にアタシの勝ちは明白・・・・ふっ、まあいいわ。勝者の余裕で見逃してあげるわ。」「ふっ・・・・・ふんっ・・!そんな手にのるものですか!で、でもどうしてもというなら、もう一度だけ機会を与えてもいいですよ。負け惜しみはこれきりにして下さいね!では・・・」「レディーーー・・・!!」
 
 
 
「で、ここで日本に帰らず、初号機とずっと番人をする、という話ですよね?」
 
かまわず碇シンジが話を進めていた。さすがに「その命尽きるまで」などと言われているのに女子の小競り合い・・・戦力的にキャットファイトなどと言えたものではない・・・のレフェリーなんぞ務めている場合でもない。「あ・・・・」「あっっ・・・」
 
 
「WAIT!!」×2
 
碇シンジはもちろん、灰基督も待たなかった。英語が分からなかったフリをしたわけでは
ない。戦闘女子同士のマウントの取り合いも分からないでもないが
 
「然様」流して。話を続ける。誇張でも何でもなく、今後の世界の話を。大袈裟も滑稽もない。いずれ少年自身が担う巨大な荷物の話を。美少女ももちろん話は聞く。
 
 
「日本・・・・第3新東京市あたりじゃ、だめなんですか?」
 
碇シンジは問うた。中学生ではあるが、思うままに動かせもする腕と手は、人間が一億集まってもどうにもならぬモノを軽く持ち上げることができる。たいていのコマはそこまで力持ちではない。その足は国境線をもやすやすと踏み越えもする。これで思うままに駆けることを覚えた日には。だが、同時に使徒武装、とくに「ゴドム」のやばさを身をもって誰より実感している人間でもあり。「他に誰か・・・」などと逃げは打たなかった。
あの父親が指名してきたのだから、覚悟もあった。しかし、問うべきコトは問う。
 
死ぬまでずーっっと大陸暮らし、というのも・・・・・・・・里帰りとかないんだろうし。
まあ、けっこう歓迎はしてくれたけど・・・冷凍圏の除去とかやることも多そうだけど
使徒がもう二度と襲来しなくなりました、とかいうなら・・・・・うーん
 
 
「ソドラの保管に適応するのは、この天京。正しくは、天京に隣接するゴドム冷凍圏・・・・・他は能わず」
 
「あー」「ああ・・・」
碇シンジと惣流アスカラングレーは思い出す。
 
空から見た天京とほぼ同じサイズの青い「○」。アレだ。冷凍系の事業に有効活用するにも限度があるだろうし、ゴドムに対抗できるのはソドラのみ。保護管理者を失った大炎熱の使徒武装を収めるには確かにそこ以上にふさわしい場所はなさそうだった。
 
 
「カッパラル・マ・ギアは、十号機ありきの聖地でしたから。主を失えばただの土の殻ですわ」
「地元の村人が希に参拝に訪れる程度の・・・・・サポート機能は期待できない、と」
 
さすがにマウントの取り合いは中断するバエルノートとラングレー。電力に問題がない初号機と碇シンジなら余裕で駐留できそうだが・・・死ぬまでそこで、となると。
南極基地やら他にも立候補地はありそうだったが、ここは天京で、天京の主がそのように宣ったのだ。何を検討すべきかそれは自ずと。
 
 
とはいえ。葛城ミサトやネルフはこのことを承知していたのかというと、否、であろう。
 
 
ニェ・ナザレのことをそもそも把握していないに違いない。一つの体制が崩れるような局面で最強戦力をよそに出すようなバカで使徒殲滅の特務機関がつとまるわけがない。
ここに終時計が陣取っていたことさえも。確かに、「いろいろ罠」だ。
 
 
同じパイロットが失われたというのに・・・・・・泣くこともせず、こんな段取りを考えにゃならん自分たちは・・・・。まあー、自分というか、碇シンジは一歩間違えば今でも氷漬けにされてたわけだから・・・その黒幕っぽいのがくたばったからと聞いて悲しめ、というのもアレだが。実際、どうなってるのかこの目で確かめたわけでもない。
 
確認させてもくれまいが・・・自分たちをエヴァから引きずり下ろしてこんな席につけた以上、覚悟はできているんだろう。いろいろと!いろいろと?・・・・いろいろと。
 
 
「いろいろ罠」なら、ネルフ・・・第3新東京市もロクなことになっていまい。
外れてほしいカンではあるが・・・来て欲しくない時に襲来するのが使徒だし。
使徒使い、なんて特大の厄ネタもある。あ−、もう帰りたい。今すぐ帰りたい。
 
 
 
「帰れませんよ」
 
こっちの表情を読んだものか、覆面時計女が何か断言した。向こうの表情は読めない。
不利だ、と思ったがそれはプライドにかけて隠す。「あの儀式場・・・いや実験場には」
 
 
「は?」
 
サルでもクラゲでも時計でも分かるよーに、ギラギラに牙を剥いてやる。
 
今、なんつった?
 
いや・・・・・・・・・アスカならともかく、アタシがそこまでヒートすることもないか。
いや、あるか。あそこは気に入りの戦場かつ別荘地というか、プライベートエリアなのは
間違いなし。Anfang・・・うわ!アスカが無言で念炎を瞳と指先に装填しとるし!!
 
「か・え・りたーいね♪帰るよ、かーえーれーない〜♪」
 
碇シンジは歌ってるし!夜雲色の目で!!なんの曲か知らないけど!
どうキレるか見当もつかない方がこわい!
 
 
 
「あの列島は棄地となる」
 
返答はなく、声を変え解答があった。
 
 
灰の解答はやはりなんの熱もなく、正当な道理を説いているかのように、響いた。
 
 
「え?」
「はあ」
 
言葉の意図は通じた。それでも、一瞬、納得しかけたのは、それが道理でなんの隠匿もなかったせいだろう。なんの宗教的ケレンもなく灰基督は今後の予定を告げたのだ。
足止めの意図はなく。時間のムダを省いただけなのだと。帰るというなら。
帰っても、そこにはもうお前達の郷はないのだと。帰るという意味はなくなったのだと。
待っていてくれるひとたちが、その地にありて、待てなくなる。その、心ハ?
 
「捨地ではありません。当初の計画通り、使徒殲滅の処理場から実験場になるだけです。」
 
バエルノートがさらに正確に。補完した。
 
「民が住めぬものを棄地と呼ぶ。・・・・怪乱を蒔き、血花魂実を収穫するは、石碑の族の生業とはいえ、此度は乱神の業・・・」
 
灰色の声が暗く暗く染まった。百万の怨嗟と侮蔑と断罪と呪詛を塗り込めた恨みの声。
ATフィールドは心の壁・・・エヴァに搭乗していなくても、自分たちと碇シンジには機能したのだろう。そうでなければこの近距離でこんなものを耳から注がれた日には。
 
灰基督。エヴァに乗るのをやめたそうだが、この天京にちょっとでも傷をつけようものならどうするのか、思い知れた。この暗さの反転は、人里への狂愛。灰色の衣をまとって、人の姿をしていても、使徒の黒羽の影響か参号機の中でどのような回心を果たしたのか、これはもはや、ひとではない。敵味方の判定がしやすいのがまだ救いか。こわいほどに。
 
「この星が丸ごと実験場化するよりはまだ理性的なのでは・・・?エイリアン的発想だと認めましょう。わたくしもこの星の記録体には人の歴史を上書きしてゆきたい。碇ユイはまさしく天の使わした才能だったのでしょう・・・・知恵の実の暴食による呪いのような、メジュ・ギペール、実験群の無限疾駆は何者にもゼーレにも止められない。けれど自ら人の境界と成り果てた彼女のおかげで、堰き止められて地域限定化できる」
 
「俗世も仙境も超越しておきながら・・・・・」
「赤い海に対する堤防になれるのは彼女だけ・・・・尊い志を無駄にすることはできません。そのご子息、碇シンジさんもようやく本来の位階を得て我々の部隊に・・・螺子の廻し手になってくれる・・・もう、そろそろいいでしょう?何を待っていたのか存じませんが、最後の席も埋まりそうもありませんし・・・碇シンジさんを連れて行っても」
 
 
バエルノートが碇シンジに向けて手をさしのべ・・・
 
「そろそろつっこみなさいよ!!・・・いや!
つーかアタシがつっこむから!!やっぱいい!」
 
ようとした瞬間、席上にバンバラバンバンバン!!と深紅の旋風が。
1(アイン),自らツッコミを命令しておきながら、どういう神経接続具合だったのか、2,(ツヴァイ)急に取りやめた挙げ句に3(ドライ),己でツッコミを宣言するという。普通の神経回路であれば、「こんなの、自分がツッコまれるんじゃね?」と自省してしまうところであるが、エヴァ搭乗で鍛えられてきた歴戦パイロットの神経はやはり違ったのだ。ドライが冤罪!冤罪よ!と叫んでいたが、他の二人は無視していた。阿修羅の如く。
「ちょっと待って!アシュラっていっとけばなんかカッコいいからなんでも許されると思ってない!?」「いや、そこは許容しとかないとアンタあとで辛いわよ?」「そうよ?」
 
ゆえに吹き荒れた。「やっぱいい」というのも自分でやるのをやっぱりやめた、という意味なのか、控えめにだが碇シンジに気をつかっていたのか、よく分からない。
阿修羅の如く。「だからねっ!!」
 
 
確実なのは、上位機体に乗っていようが、同レベルの仲間がバックに控えていようが、少しばかり胸のサイズがでかかろうが、碇シンジを譲る気などさらさらないということ。
 
 
蒼い瞳が燃えている。左瞳がアスカ、右瞳がラングレー。
 
 
戦力的には、もう完全に詰んでいる。ここで少々、炎をぶっ放そうが逆転はない。
連行する、といえば、連行するだろう。その、終時計部隊とやらに。覆面かぶせて?
 
灰基督の意向も不明ではあるが、上位エヴァを実力でどうこうする力はさすがに・・・
あの「竜」」といい、あるのかないのか分からぬが、それを自分たちの為に使うかどうかといえば。
ここ天京でソドラとゴドムの番人になれ、という話だったが、時計の連中もここを根城にすることにしたのか・・・?中長期計画でどうか、というのもあるが・・・・
 
ちら、とドライが空席のままの南席を見る。東西南北、四方の席配置となったが、ここには四人であるのに、南席は空けられたまま。誰かが来るのだろうと思っていたが。
ただの宗教的こだわりだったのか、まさか透明人外でもあるまい。
 
 
「必要なこと、知りたいことがあれば、存分に伝え、教えます。
ただ、それは適格者にのみ。さあ、参りましょう。わたくしたちの”金砂星丘・ヴィナスナ”に」
 
ネルフでの葛城ミサトの使徒殲滅直轄部隊から、上位の、使徒殺しより高尚っぽい使命のありそうな上位グループへの勧誘・・・・いわばマイナリーグからメジャーリーグへ・・・元々そんなルートが確約されていた、というのもあの両親にしてこの出自、分からなくも、ない。あの武装要塞都市で何をしたかというと・・・これから何をするかといえば。
決戦兵器を駆った自分たちの・・・・・・・・未来。
 
 
ぼくたち・わたしたちの・しょうらいの・ゆめは
 
 
未来も、やはり決戦兵器を駆ることになるだろう。戦火の中を炎舞する。自分たちは。
いや、その頃はおそらく、一つになっているだろう。獣に交じりて、ひと火人ひとり。
 
金砂ナントカがどこか知らないが、そこがこのバカのアルカディアになるなら・・・・
 
 
 
「僕と”アスカ”が日本に戻ると、負けるって本当ですか?」
 
あれ?なんでこのアタシが儚くて切なくて未来志向にモノ考えてたりするのに、肝心のこのバカが刹那的なケンカの勝ち負けみたいにモノを言ってるんですかねえ。アスカをわざわざ”アスカ”にしてみるよーな小細工とか、なんなんですかねえ。和解はしたけど、こんな時はアスカ一択でいいんですけどねえ。戦闘大好きドライさんは喜んでますけど?
 
しかし、聞き捨てならん話だ。なんというか、碇シンジの初号機とアスカラングレーfeatドライの弐号機は、日本人らしく控えめに表現しても、ギャラクティカウルトラ鬼マグナム強い〜レベル99が天井のはずなのに、てめえだけレベル256で天守閣で絶景かな〜、といった所だし?大ピンチのところを救いに登場!というのなら分かる。パイロットとして分かってはいけないところだが、分からなくもない。が、戻ると負ける、などと・・
 
 
「勝敗などと言う次元ではなく、あまり意義のないことですが、・・・・その通りです」
 
覆面時計でも分かるくらいに鼻白んでいた。ざまあみろ、とか言ってる場合ではないが、
ざまあみろ。窮地の時こそ、こういうのが大事なのだ、と思うのは血筋だろうか。
 
「フン・・・・」鼻息が硝煙くさくなっていないか、ちと心配だったが、考える。
 
碇シンジの「いろいろ罠」は、もしかしてまだ続きがあったのか。そりゃ事前打ち合わせ情報共有なしでこの席に入れ込まれたわけですが。
 
 
「現在、第三新東京市には、反・碇シンジと反・惣流アスカが転移してきている」
 
 
「は?」
 
灰基督が言ったのでなければ、おちょくられたと思って確実に殴りにいっていた。
聞き間違いでもない。”反・碇シンジと反・自分”て。なんじゃそれは。いや、分かりやすくはあるが、ゆえに、ワケがわからない。もう少し説明をプリーズしたいところ。
他の二人には頼みにくいが、かといって碇シンジがその任に適するかというと・・・
 
 
「使徒の作った僕たちのニセモノらしいよ?」
 
ほら、解説しとるフリで疑問系だし!・・・・しかし、自分もわかんないのに例のアレで罵倒するわけにもいかない。「どういうこと?」敵がニセモノをつくるのはある意味、王道だ。そこまでの脅威であるわけだ。相手にとっては。嬉しくはないがちょっとだけ憎さが薄れ・・ないでもない。「ムカつく〜〜」ゆえに、女子らしく誤魔化しておく。これはあくまで擬態なのでバカを見るように時計の目が冷たかろうと知ったことではない。
つまり、第三新東京市に使徒が来襲しとるわけか。その中に・・・その
 
「反存在です。直接接触はもちろん、ATフィールドが反応しても、対消滅が発生します。
周辺地域の被害は言うまでもありませんが、碇シンジさんが消えてしまうのは困りますので、こうしてお引き留めさせてもらっているのですよ」
 
「・・・・・・」
嘘をつけ、と言いたいところだったが、敵性体としての使徒がやりそうなことではあった。
究極VS至高、とか、料理勝負じゃあるまいし。人間爆弾 対 爆弾人間、とでもいうか
 
 
いろいろ罠、か・・・・・・・・・まあ、確かにそういうしかあるまい。
 
 
使徒にエヴァで対抗しているのも似たようなモノだし・・・それをやり返された、とすればムリのない話で・・・どういうソースか、この戦況を事前に見抜いて自分たちをこちらに送ったなら・・・・碇司令はやはりムチャ有能・・・としかいいようがない。ミサトもあの様子からすると半信半疑だったのだろうけど。
 
 
「降臨した使徒は、十。お前達の反存在を含めて、アナザー、と呼称されるようだ」
 
「じゅっ・・十体・・・・っ!?」
数だけ言えば、それ以上のケースもあった。ただ、そんな秘密兵器を用意している所からして・・・これはただの襲来ではなく、使徒使いをゴートゥーヘルに来た、と見るべきか。
そのついでにネルフのエヴァ37564、とか。1,2がないけど、全くうまくない。
ただ、残っている戦力もけっして弱くはない。ここで獣飼いどもがどう動くかはあるが。
 
 
そんな局面で、自分たちがいない・・・・・・・・こんな所で・・・・
 
 
おそらく碇シンジは自分が来る前に、この二人から「もう、何をしても手遅れで、間に合わない。日本のネルフは、使徒を道連れに自爆するよ」この手のことを言われたのだろう。テンパらないだけ、立派といえよう。泣いたりしてたらブザマだから処刑だけど。
 
 
「あー・・・・」
リアルタイムで確実な現地情報が欲しい。ノドから手が出るほど。自分たちに限ってはオーバーな比喩でもない。アスカは滲むほど赤く祈りを結んでいて、いくつも人の名を唱えている。正確な情報がないばかりに血の舞踏を踊るくらいなら、その程度の演芸はしてもいい。ドライはしらんけど。
ネルフの保護の眼力が及ばない。扉の向こうでガードの黒服はブタのエサにでもされているかもしれない。虚偽ハッタリで動かせるほど、この自分も碇シンジも安くも軽くもないはずだ。けれど・・・向こうの差す指の力も無双レベルときている。大人しく頭を垂れないと簡単にポキンとやられる。
 
 
碇シンジの語彙の貧弱さだけではない。最近のネルフは確かにちょっと調子に乗っていたかもしれないけど、それも反動みたいなもので、ここまで悪辣に仕掛け喰らわされにゃならんのか・・・・
 
 
 
「ばっっっっっっっかじゃないのっっっ!!」
 
 
 
怒号した。天に向かって。次元が違おうが、関係なし。勝ち負けでいって、負けだ。
 
自分たちは負けた。だまし討ちにまんまと引っかかった。なにが最強タッグか。
まあ、油断・・・しきっていた・・・ワケじゃないけど、義兄弟的都市の天京、でそれが全くなかったかと言えば。歴史上でも、「あそこで見逃したばっかりに!」というケースは多多あるというか、それが歴史をつくってきたともいえる。してやられた史観とでもいうか・・・こんな時計変態覆面どもが天下を獲るとか・・・ちきしょう、ありえへん!!。
 
 
ドライが碇シンジを見ている。あのね、そいつは頼りになるのかならないのかよく分からないからね、取説はとにかくユーザーの声ををよーく確認してから期待しないと痛い目みるからね。まぎれもなく、ここはまな板というかカンカンに焼けた鉄板の上だけど。
 
           奇妙に
 
心臓が落ち着いている。アスカだ。さすがに修羅場になれている・・・と思いきや、こちらも碇シンジを見ている。初号機に乗らないこいつはただの中二で、こんな局面で安心できるようなタフガイ面じゃあないと思うんだけど・・・・仕方ないから、付き合いで見る。
 
自分たち以上にガチガチブルブル震えてる・・・・・はずなのに。
やばい局面だということを理解していないわけではない。バカなりに責任を知っている。
葛城ミサトたちが、ネルフが、第三新東京市が、地元が、ひどい目にあっているはずなのに。もちろん、対抗してくれるはずだ、という信頼と信用があるにせよ。
 
 
「か・え・りたーいね♪帰るよ、かーえーれーない〜♪」
 
歌っていた。
こんな時に。
軍歌ならともかく。ガンパレードな行進曲とかならともかく。
ZABADAK「はちみつ白書」の「かえりみち」とか。ちょっと選曲を考慮しろといいたい。それともリクエストでもあったのか。
 
「とどきそう でも とどかない めかくしされた そのむこうへ〜♪」
 
灰基督も、バエルノートも黙って聞いていた。というか、反応に困っていたのかもしれない。時計覆面から「なんとかしなさい」的な視線を感じるが優越的無視。こいつの取り扱いに長じているのを認めたワケね?・・・でも、どうしたもんかね。コレは。
 
「しちがつの やまないあめを いつまでも みていた。」
 
2番に入ってしまったし、聞くしか。セカンドのよしみで聞いてやるしか。
時計の視線圧力が強まるが、反抗的無視とする。とりあえず最後まで聞け。
 
「ちかくても たどりつけなくて」「とどきそう でも とどかない」
 
いまの現状を正確に歌で表現しきっているといえる。こんな歌ではなかったはずだけど。
もしかして、自分が「つっこむな」と言うたからそれが有効になっているのだろうか。
そうなると、この状況の責任は惣流アスカにあるわけか。と、ラングレーは考えた。
 
「いつまでも いつまでも てをのばす」
 
「いきつくことのない あのころへ〜♪」
 
 
叙述トリックを使っても、碇シンジの歌は終わらない。どころか、アスカは何を思いだしているのか、涙ぐんできているし!うわ!引きずられてドライまで!そうなると、この蒼い瞳が濡れちゃうじゃあないか!・・・これで、ただの時間稼ぎだったらどうしたもんか。
あとで裏に連れてって腹パンチ13発くらいかなあ・・・とか考えてたら
 
 
「歌はいいねえ・・・人に歌ってもらう歌が・・・いい」
 
唐突に、話しかけられた。
輝く光とかドラムロールとか荘厳なコラールとかなかったのは、そのせいなのか。
 
「そうねえ」
馴染んだ耳と声とが、自然に返答してしまったけれど。
 
 
「そんな!!?ありえないイイイイイイ!!!」
 
時計覆面が壊れた目覚まし時計のような金切り声を上げた。
反射的に「うるさいわね、バカなの?」とか思ってしまったが、そういえば。
 
 
碇シンジの歌が終わった。終わりまで歌って。
 
南席に、微笑んだ。
 
 
いつの間にやらそこに座る中華風渚カヲルに。
 
 
 
「その中国風の服いいね、カヲル君」
 
 
お召し物をまずほめるとか「女子か!!!」とツッコミたかったが、さすがに。