「あらら。マリさんが泣くなんて。・・・・レイちゃんが泣かせた、というべきかしら」
 
現在、鉄火場どころか風前の灯火、というのも楽観すぎる、豪雨の中のマッチ売り、といった悲惨極まる第三新東京市から西方、ヒロシマは霧の山街の教会にて。
 
 
木蓮とキンモクセイが並んで咲く庭を見ながら
 
 
碇ユイの独り言。足下まである白い長衣に、顔を隠す白いケープに、七夕の短冊のように大量にはり付けられた白符。ぼんやりと白光に包まれた影は左手と、左足部分がなかった。
 
 
この場に何者かいても、そこに欠損、不安定さを感じることはなかっただろう。
そもそも、それを「人」だと認識することがむつかしい。対逆してうつろわざるもの。
 
 
ひとのかたちをしてはいても、それはもう、天地を繋ぎ支える巨大な柱にしか。
流転して儚い生命体が、縁にするもの。揺るがず、変化せぬもの。交わらず相容れぬもの。
 
 
それが人界の事柄について、語るなぞ。只人が聞けば、稲妻でコナゴナにされかねない。
 
 
 
「戻りましたよ、ユイさま」
(ぶじに、おおくりしました)
 
そこに、赤い靴をはいたブレザーの乙女と、アヒルと鶴をまぜたような鳥が現れた。
 
乙女はともかく、鳥類は当然、口がきけないので首から提げた小型のホワイトボートに文字を書いて報告した。隣の人類女性が代わりに報告してやればいいのかもしれないが。
 
 
「ありがとう、ユトちゃん、タクタク」
 
口元を動かしたふうでもないが、言葉がうまれ、頼まれ仕事を果たした一人と一羽を労った。
「はい。・・・・・・でも、よかったんですか?サタちゃんを”放して”しまって」
(ちょ!?ゆとさん!?いいかた!)
 
 
「このまま、浦島太郎にしてあげたほうが本人にも良かったのでは?サタちゃんも、ここが気に入って・・・といいますか、ユイさまのおそばにいたかったんでしょうに?」
 
「あはは。言い得て妙だけど・・・・そうした方がいいような気がしたのよ」
 
 
終時計部隊の一機、サタナウェイクが碇ユイに係わる任務を受けて霧の山街入りしたはいいが、あっさり”取り込まれて”長逗留するハメになってからどれくらい経ったか・・。
世界劇場の舞台裏で展開されるさまざまなシナリオやら計画がどれほど狂わされたか。
正確には、「リセット不可」、狂ったまま進行を余儀なくされた、ということだが。
 
「碇ユイ」を迂闊にどうにかしよう、と思った時点で失敗していたといえる。
 
左足を失ってから多少なりと弱体化したとはいえ、ケタが違うものは違ったのだ。
 
異能者を懐かせる、なぜか懐いてくるフトコロ具合は、調律調整官にも計算不能。
ドンブリ勘定のユイ、の異名の通り。それを補正するのが、碇ゲンドウに冬月コウゾウの二大傑物だったから、なんとか業界もバランスとれていたのかもしれない。
 
 
ここで、サタナウェイクを、人界に、業界の盤面に戻すことが、どういうことなのか。
逆時計機能追加、親の総取りになるまでリセット可能な、「奇跡の価値は<零>」モード突入。
 
碇ユイの恐ろしいところは、懐かれたのをこれ幸いに、「息子のおともだちになって」、などと言わぬこと。なんの細工もせずに解き放ってしまった。当然、ネルフへ報連相など。
 
「計算じゃ絶対ありませんよね〜、面白くなりそうだ、とか。巻き込まれる方はたまったもんじゃないでしょうけど〜でも、そうですね。その方がいいような気がしますね」
(ゆとさんも、そうしたほうがいいきがしますけど)
 
「私はもう、ここにいますよ。ここにいるしかないし、いた方が遙かにいい。私みたいな、ずるい力のずるい奴は、ユイさまの近くにあった方がまだ・・・ましですからね。まあ、
自分自身を誘拐した咎で拘置所にでも入ったんだと思ってもらえれば?」
(みずかみ さがん も ようやく め を さましたというのに)
 
「彼女はもともと死人だったんでしょうに。それを、姉がヘルタースケルターで、生死のバランスを反転させ続けた・・・・そして、その代償として、箱船の竜骨、「部品」になった。涅槃に向かって姉妹なかよく渡海する・・・こっちに来るかと思ってましたけどね」
(ゆいさま からも いってあげてください)
 
「ん〜・・・ユトちゃんはまた特殊なケースだしねえ・・・万が一、エヴァに同調されたらそれはそれでとんでもないことになるような。まあ、飽きるまでいればいいんじゃない」
(ええー・・・)
 
「ほら。ユイさまもそう仰ってくださってますので。これからも、仲良くしましょう」
(それは いろん ありませんが)
 
「そういえば、ユイさま。真希波さんと・・・綾波・・レイちゃんについて何か、仰ってませんでしたか?」
(きこえたんですか!?)
 
「聞こえるというか、伝導というか・・表現が一番近いものをえらぶと、”濡らされて・あぶり出し”というか・・・・ユイさまの知覚がそもそもって話ですから、気分は巫女さん、というか・・・・いやですねえ、鳥さんに”こいつ、もう人間じゃねえ”みたいな目で見られるのは」
 
「何事もスペアが必要、って、ナオコちゃんが言ってたっけ・・・・まあ、世の中、何があるか分からないしね。心強いかな。ああ、シンジの方も面白いことになってるし・・・そこまでは”見える”かな?ユトちゃん?」
 
「いえ−、さすがに。そこまでは。見てみたいとは思いますが・・・国内にはいないんですよね、シンジさん」
(・・・もう、ておくれっぽいですね・・・・)
 
アヒルのような鶴のような鳥がなんについて「手遅れ」だとしたのか。時間の拘束も最早及ばぬような人影ふたつはリアクションせず。
 
「真希波マリさんも、”ここ”に来たかったんじゃないですか?泣くくらいなら。獣なんか率いてないで。ここなら、エヴァの呪いも解けるんじゃないですか」
 
「マリさんはとても優秀な人だから・・・・呪いのことも、いずれゲンドウさんか、シンジがなんとかしてくれるでしょ。ただ、ちょっと、やさしすぎるかな・・・母性が強すぎるというか・・・迷える子羊をずっと探しちゃうところがあるから、ここにはこられないでしょうね・・・というか、普通に結婚なり家庭をつくるなりしてもらった方がいいわね」
 
「なるほど。納得です。とりあえず、ユイさまの軍門下にあるということで、所属部門はともかく、ネルフの、というか、碇家の味方というわけですか」
 
 
「ほほほ」
 
 
(わらってごまかした)
「まあ、このまま流れでいけば、シンジさんたちのネルフは獣飼いと対立するでしょうし・・・・サタちゃんを放したのもそっちの対策・・・とかいう話も、もうどうでもいいですね。流れそのものが終わろうとしてますし。大使徒とか?ほんとに、どうしようもない」
 
 
「そうねえ・・・大使徒・・・そろっていますね。ちょくちょく様子見はされていたようですが・・・マナちゃんも大したものです。さすが霧島教授のお嬢さん。これを乗り越えたのなら、レイちゃんとアスカちゃんには悪いけど、シンジと”そういうこと”になっても・・・・・・仕方ないかなあ・・・・あの映像通りに」
 
(あの、おくさま?おもわせぶりがすぎるとおもうのですが。・・・・ゆ、ゆとさんも、わかりませんよね?お、おいてけぼりは、こまりますよね?)
 
「そうですねえ・・・霧島マナは、キーポイントですよねえ。それも銀の鍵系の。
あの映像も確かに意外でしたよねえ・・・どなたの趣味なのやら」
 
(え?え?、ゆ、ゆとさん・・・わかるんですか?みえたんですか?おくさまのめがみる)
 
「いえ。実はハッタリです。言ってみただけです。光は東より・・・輝きが強すぎて、正直、めまいクラクラですよ。シンジさんと霧島マナさんとのそういうこと、とか、さっぱり分かりませんねえ」
 
(ほっ。よかった)
 
「そうですよ。ユイさまにずっとお仕えするタクタクさんを差し置いて、分かっちゃうわけないですよー」
 
(そ、そうですよね!ゆとさんも、わからないですよね!)
 
ちょろい鳥類同僚に和んでから赤い靴の乙女は
 
 
 
 
「シンジさんはせっかく一つになれたのに、またバラバラになるんですねー」
 
 
 
とんでもなく物騒なことを言い出した。
 
 

 
 
 
視界全てが桜吹雪
 
 
 
使徒による機能強化をかけた目でも、先を見通すことができない。
他の感覚器もいわずもがな。どこまでこれが続いているのか・・・植物型宇宙人にでも星まるごと占領されて、ここは桜型スペース代官の支配地にでもなってしまったのか。
 
こうなると、風情もなにもないなあ・・・というか、もともと、そういったおそろしげなものだったのか。人間の命を吸い上げ美しく咲く、とかいう。もちろん、それが綺麗なのはそのものが内部で緻密に準備した結果なのだと父親なら言うのだろうけど。
 
 
使徒使い・霧島マナは、陣地に完全に足止めされながら、そんなことを考えた。
草花の見た目に関しては、浪漫派の方。科学的にこの現象について解明など
 
「・・・・うーん・・・」
再スキャン失敗。周辺地域のデータ取得不能・・・なんとも厳重なことで
 
できるはずもない。666の僕容量をもつ使徒使いたる己にこんな真似ができるのは。
しもべにした使徒たちも、この身から引いてしまっている。おそらく、桜吹雪の向こう側で畏まっているのだろう。ここは結界。ここは壇上。光の階段の踊り場。
 
ずいぶんと光栄なことなのだろうけど・・・。まあ、誇るべきは、超を3つほど重ねるほどの圧に、なんとか腰砕けにもならず平伏せずに、立ち続けられる自分・・・というか、そんな強靱な腰つきで産んでくれた母親にか、圧壊せずに持ちこたえるハートを育ててくれた父親にか、はたまた、背中をつっかい棒してくれている人の頃の記憶たちにか
指先のわずかな震えはそれこそ、己の正気の証だろう。けれど、涙は流さない。
 
 
 
大使徒たちが、来ていた。
 
人の世に降りるはずもない四大。
 
聖なる書物などで語られる長大な翼はおそらく、場をふさぐので収納されているのだろう。
 
それでも本能が告げる。これが本物だ、と。守護者にして観察者にして試験官にして検分役にして処刑機構だと。ひとすじの過ちもなくそんな矛盾を体現する存在だと。
 
守護して処刑とかなんやねんそれ!!とか突っ込んではいけない存在。
 
守護して処刑とかする存在なのだ。闇のプラスと光のマイナスを採点したりしていたのだ。
 
 
敵味方を考えるのもばかばかしい、見上げるだけの破格存在。
 
 
 
 
ウ$エ$・・・麗しい金の長髪に至高の貴人オーラをまといつつも、がまぐちヘルメットなどかぶった奇人にして・・・・この結界内において、真名が開示される・・・・
 
 
「ウリエル」
 
 
(∨∧∨)エル・・・百獣の毛皮をかぶって、腰に黄金と蒼い刀剣を佩く野性味あふれる褐色の女戦士・・・この結界内において、真名が開示される・・・・・・
 
 
「ガブリエル」
 
 
LA・F・エル・・・・完璧なバランス、調和を得た黒白の配色をもって、究極の公平性をアピールした感じの、レフェリー姿の女教師系の美女。双瞳はもちろん、メガネまで黒白弐色で分割。役割に応じた姿を作り上げてきて・・・・この結界内において以下同文。
 
 
「ラファエル」
 
 
VS、相対をもって使徒使い・霧島マナを試験していたのが、こちらの大使徒であった。
 
大使徒相手に試験必勝法だの裏口取引だのあるわけないが、公平性をアピールされてもどうしようもない。GOD系の試験は、なんかクリア条件が不明瞭なくせにド厳しかったりするのだ。ハナから落とす気満々ならまだいいのだが・・・生きている以上、受けるほかない。天上から地に落とされた時点で試験スタートだったのだ、というほどにはポエマーではないけれど。
 
 
それでも、霧島マナはやってきた。
 
 
父親をはじめとして、支援者はいるにはいたが、ネルフにおけるエヴァチームのような直力的なサポートはなく。試験とは、試練とはそういうものなのかもしれないけど。
どういうわけで、選ばれたのやら。望んではいないけど、逃げる気はない。
 
 
力は自分とともにあり、自分は力とともにある。
 
力を。もっと力を。さらに力を・・・!
 
 
そこまでは願ったわけではないのに、人に降りかかるわりには、人の手におえぬものに対処ができるレベルでよかった。新世紀の女神に、なんて、わたしはなあー、と思っていたのに。はっきし言って、謹んで・遠慮して・辞退したい。そこまではいきたくない。
使徒使いでいい。フットワークをいかした志のある人の味方ポジションで。それなのに。
 
 
目をつけられたというべきか。
 
 
綾波レイたちには明言しなかったが、この試練、VSは、「使徒来襲管理者」に相応しいかどうかのテストだった。身も蓋もない名称だが分かりやすくもある。使徒の来襲タイミングや数、戦力などを決定できる。明らかに人外の権能。容量内であれば、自らのしもべに使ってしまえることを考えると、もう最強オブ最強であった。何と戦えばいいのかよく分からないレベル。もちろん、霧島マナ自身も、こうなるとエヴァに直接何百回パンチいれられようとケロリンな不滅悠久ボディとなる。
 
 
意味するのは、使徒戦の終了。管理者が来襲数を「零」にしてしまえば、人類が使徒と戦うことはなくなるわけだが・・・そのはずなのだが・・・・
 
 
「元来、私達は、人間が自ら捧げたものを、受け取りにきただけなのだが・・・」
 
ウリエルが哀しげに言った。がま口ヘルメットでも、哀しい感じに絵になるのだからさすがに四大であった。
 
 
「使徒の返り血を浴びることで、魂の浄化を図ったものだと推測されます。(キリッ)」
 
黒白メガネを人差し指で軽く押し上げながら、眼光鋭くラファエル。ポージングも完璧。
自ら構築した試験官キャラを百点満点にこなし続けるその姿。さすがに四大だが、どういう資料を参考にしたのか・・・・もし、受験生が男子だったら、趣味的ストライクだったら試験どころではなかった。
 
 
「まあ、七ツ目玉を呼び出すには・・・現世人類の魂だとレートが高すぎるのは分かるのだが・・・もう少し、穏やかな方法はとれないものだろうか?」
 
「・・・・・え?わたしですか?」
霧島マナにして迂闊な反応。「そうだ。最も新しき使徒使いよ」
ちょっと距離感が読めなかった。詰められすぎてた。もう少し離れてるものかと。
 
「そ、そうですね・・・人類の側も、現場に向けて説明不足といいますか・・・実情が秘匿されてほぼ明らかにされていないといいますか・・・子供は何も知らないのです」
言うたところで、ほとんど通じることはないだろうなー、と確信しながらも返答する。
中間層の、通訳的な存在がいればなあ、と思うけれど。
 
「子供?子供とは?それは、人類とはちがうものなのだろうか?」
 
うわ、このレベルか。とはいえ、そういうものなのかもしれない。人間だっておそらく200年も生きれば自分の子供と孫の区別とかいろいろつかないかもしれないし。
自分もいまに、そういう存在になるのか・・・けれど、泣かない。
 
「・・・・チビコマールのことではないか」
 
ガブリエルからだった。「確か、人類はそちらの系列だったはずだ」しかしながら、なんか怪しい。チビコマールとか聞いたことがない。使徒語かもしれないが。「そうなのかい?ラファエル」「その理解の方がウリエルには早いでしょう(キリッ)ですから、そのように理解してください(キリッ)」「そうか。では、そうしよう」
 
落ち着かない。落ち着くはずもないが。桜の結界は途切れることなく、世界と己はすでに断絶されているのではないか。試練は失敗失格であり、使徒使いでも人間でもない何かにされてしまっているのではないか。抗議したいところだが、相手が悪すぎる。
 
ぐらり。揺れそうになる。人、という字は、ひとが支え合っている・・・・とか。
 
自分の隣に誰かいてくれたら・・・・この結界の中に立てるとなると条件が厳しいけど。
 
 
 
「人類は、これからも、七ツ目玉を呼び続けるだろうか?最も新しき使徒使いよ」
 
また問われた。何も聞かれず思い込みだけで一刀両断にされてもかなわないので、傾向としては良しというべきか。・・・・やろうと思えば、こちらのアタマの中身も心の底の欠片さえ見通せるのだろうけど。こちらもまだ14年ほどしか生きていないし、もうちょっと年経た、山中の聖堂にこもっているようなご老人に問うてもらった方がいい気もするが。
 
 
「呼ぶからこその、人類でしょうから。おそらく・・・続けると思います」
 
儀式は絶えることなく続くだろう。七変化にして、七変化。さらに掛けて重ねて始終苦しんだとしても。化け続けるだろう。それとも、ループを続けているのか。終着駅を求めているのか、始発駅にまだ辿り着いてもいないのか。どこからきて、どこへゆくのか。
 
そういった問いかけ、過程をすっ飛ばして、結論、もしくは解答そのものに変化できるのだとしたら・・・そんな便利な化け物、いや化けさせるモノ。呼ばないわけがない。
基本的に人類は面倒が嫌いで、便利なモノが大好きなのだから。自分だってそうだ。
そういった性根は変わりようがない気がする。余裕がなくて器が小さいのかも知れない。
徳目に関しては、2000年も昔の書物がまだ現役だったりするあたり。
 
現在も原罪は、とか洒落になっていない。己一人のみの変身で解決不能な何かをどうにかしようというのはたいてい誇大妄想の類いだが・・・人類丸ごと巻き込んで己の気になる問題解決させようというのは、なんと表現すればよいのやら。オーバートラブルバスター?
全人類一丸となってどうにかすべき問題はそれは多いだろうが・・・エヴァのようなものを拵える手間をそっちに注力した方がはるかに効率的だろう・・・磔刑台に使うよりは、はるかに。わざわざ使徒とか呼び込みくさって・・・とか、考えたりはもちろんしてない。
してませんよ?
 
「そうか・・・・それならば、折り返す可能性もあるのだろう・・・ずいぶんと奇怪な望みを叶えるものだと思っていたが、復位の道は残されたか」
 
 
「・・・・・・・・・・」
 
ぞぐ
ものすごく悪い予感がした。あっちからはこっちの手札は丸見えでも、こっちは逆に何も見えず読むこともできない。ただ、なんとはなしに、何か、迂遠なやり方で何かを伝えたようとしているのではないか・・・ただのカン。大使徒の宣うことなどひれ伏してやり過ごしていればいいに決まっているのだが。背中に重荷が、十字のカタチをした重荷の気配。
 
 
ずいぶんと、奇怪な
 
 
と、大使徒が、大使徒のような存在が言ったのだ。人間の大人と子供の見分けもつかない超越存在が。どれだけ大それたことを望めば、そのように表現される?人類がどのように化けようが、蝶が蛹になろうが、トンビが鷹になろうと、さほどに興味を惹くとも思えないのだが・・・・・富士山をナスビに変える、などと言い出したらさすがに正気を疑うだろうが・・・・・・・「さすがに今回のはアカンやろ」と大使徒たちも言いたいのだが、立場上言えぬし「そっちいくとデッドエンド、詰むでえ」と教えることもかなわぬので仕方なしにこの場を使っている・・・・ような気もしてきた。そうなったらそうなったで、まあ、仕方がない、というのが基本スタンスなのであろうが。これはもしかしたら、かなりのサービスなのではあるまいか・・・・自分の感じる気苦労はともかくとして。
 
 
「あのー・・・・・今代の儀式で、人類はどんな感じに化けていくのでしょうか?やっぱり、全人類がとろけて生命のスープ化して統合意識体の赤海状態とか・・・・」
 
ダメ元で聞いてみる。使徒使いたる身からすると、少々のメタモルフォーゼは許容範囲になってしまうから、どうかな、とは思ったが。デビルマンみたいに、人と使徒が合一、混合体になる有様でもOK出しそうだし。それもまた人類の進化のカタチ、みたいな。
 
 
 
「それは・・・」
 
頭ががま口ヘルメットだけあって、意外にたやすく口を割ってくれそうだったのだが
 
 
「ここで、合否の発表を大使徒長から行いたいと思います(キリッ)」
 
 
ラファエルがそこで告げたのは、腕時計を確認したところからすると、試験官としての形式通りだったのだろうが・・・・・・なんとも間が悪い。しかし、合否の発表となると黙らざるを得ない。というか、試験は終わっていたのか・・・・それも、今知ったわけだが。
 
 
こうなると、この桜の結界は、なんともシャレが効いているというか・・・
試験に関する文化や風習はさまざまだろうから、日本の学生だった自分に合わせたのか。
たまたま結界の色がそのように見えるだけなのか。後戻りも出来ず、結果を知らされねば先へも進めない。使徒来襲管理者・・・・おそらく、天の国家資格。取得すれば、完全に人の生は終わり。代わりに何が始まるのか・・・レクチャーくらいしてくれるといいけど。
 
 
 
さくら さく もしくは
 
 
さくら ちる ・・・・・そうなったら、どうなるのやら・・・・
 
 
「合格だYO!!」
 
軽快かつPOP。悩み恐れ迷っていた分だけ、もう少し重々しく厳粛に告げてもらいたくもあったが、合格。否応もなく受けさせられた試練であったが、越えて終わりとなった。
 
 
涙が出る、かな、と思っていたけれど、出ない。試練と名の付くものが終わってやれやれと一息つくのは人の本能であろうが、それも出来なかったのは
 
 
「え?・・・・・・・・大使徒長・・・・・・・・?あなたが?」
 
あまりの神々しさに打ち震えていたわけでもなく。その姿を見たことがあったからだ。
しかもどこぞの神域でもゼーレの天領でもなく、ただの中学校の屋上で。