日輪を舞台に、二つの影が争っていた。
 
 
正確に言うと、その争いは、
 
 
奪おうとする者と、
 
 
奪われまいとする者との攻防、であり
 
 
 
ゴドム・・・・・”禁断の使徒兵装”をめぐる
 
 
エヴァンゲリオン十三号機と
 
 
使徒使い・霧島マナとの強奪戦だった。
 
 
 
 
「・・・・・・勘弁してもらいたいっす。後輩イジメ、かっこわるいっす」
 
 
ただの一撃でエヴァを含む第三新東京市を氷漬けの牢獄状態にしたエヴァ十三号機操縦者、奇笛ユイザがほとほと困り果てたように。
 
 
「”garasunoyounitumetai kutiduke"」
「”juunennhayumenoyou”」
「”dottiwomuitemokoori"]
 
 
効かぬのは分かってはいるが、<ゴドム>を制御するため他の武装が使えない状態でやむなし、無敵の単一武装が裏目に出た形である・・・・・・・足止めにしかならぬ限定収束の冷凍攻撃をかます。精神を、時間を、その他諸々全てを、隙なく絶対凍結。他の者ならば、これでもう終わり。人型決戦兵器どころか都市ひとつまるまる凍結させられたのだ。
 
 
だが・・・
 
 
霧島マナには効かなかった。彼女が衣のようにまとう、シャルギエルがそれを完全に防いだ、ということなのだが。実力性能と言うよりは相性の問題であるが、彼女を退けねばならぬ奇笛ユイザにしてみれば同じこと。「厄介っす・・・・」知りながらやらねばならぬのは防御としての意味合いが強い。相手の手札が分からぬ以上、攻撃は最大の防御。
 
 
第三新東京市を凍らせた直後、タッチの差で間に合わなかった調律調整官2柱からカッパラル・マ・ギアへの帰還命令が入った。ゴドムの返還込みなのはいうまでもない。
 
彼らの時間は凍った。あとは急ぐことはない。ゴドムの氷を溶かせるのはソドムの火だけ。
 
固まった彼らを切り分けて、いただけばいい。順番に。
 
ヘンにくっつけ密集させ溶かしているから、いかようにも変容するのだ。魔術の鍋か。
 
 
時を待つには、凍らせるのが一番。ゴドムで待たせながら、なんて、喜劇。
 
 
 
そこに待ち伏せをかけたのが、霧島マナ。世界唯一、チルドレンよりも希少な。頂絶存在。
 
ぼっち・オブ・ぼっち。ショーア。使徒使い。いまさら空が飛べる程度のことで驚く必要もないが、位置の特定能力、移動速度に関しては感心するほかない。何体の使徒をその支配下に置いているのか。まだその支配枠に余裕があるなら・・・・・・
 
 
黒衣に、奇妙な、朱紅い涙滴形のヘルメットのようなものを被った使徒使いは
 
 
「<ゴドム>・・・・それ、頂戴。後輩クン」
 
 
異界のゲートを連想させる、真っ赤な三日月の笑みを浮かべてこう言ったのだ。
 
 
無論、呑めるはずもない。いくら悪食のユイザとて。しかし相性は最悪。
 
 
そして、時間は彼女に味方する。なぜなら、ゴドム、禁断の使徒武装は、もともとその名の通り、BYザ使徒FORザ使徒OFザ使徒、ではない、使徒が用いる使徒のための武装であり、権利的にも親和性においても人類が所有していい代物でもない。いわんや使用など。時間をかければかけるほど、じんわりと<ゴドム>も気づき始める。己が本来どうあるべきか。現状の欺瞞を。ゆえにニェ・ナザレとエヴァ十号機が何者にも触れさせず管理していたのだが。こうして外世界に出てしまえば。
 
 
 
ゴドム
 
ゴドム・・・
 
ゴドム・・・
 
 
 
ショーア、天使を召し使う者は、呼びかける。呼びかけている。呼びかけ続ける。
 
ニェ・ナザレの結界から出ている間に。この好機に。使徒のための武装を手に入れる。
 
そうなれば、どうなるか・・・・・・・・天に太陽が二つ、といった、ここは夜ここは闇と決めているのに、勝手気儘に世を照らされても、世界の屋根裏に住んでいるやんごとない方々御簾人種は困る・・・のだろう。彼女の星狩りをもうだれにもとめられない、だ。
 
 
時をかければかけるほど、奇笛ユイザに不利となる。いつか彗星は逃げていく。
 
こりゃ、ニェ様にどうにかしてもらうしかないっすねー
 
たとえ一歩どころか身じろぎ一つできなかろうと、あの邪眼がこの異常事態を把握していないわけもない。”視て”はおられるのだろうから、このまま放置、ということもないだろうっす。
 
 
単一戦場的にみれば、こちらの不利。けれども長期勢力図的にみるならば・・・・
 
 
「ところで霧島センパイ」
 
「なに?くれる気になった?」
 
「ゴドムを手に入れて、何をされるおつもりっすか?現状でも十分すぎるほどのおパワーな気もするっす。それ以上となると、やはり世界征服で、世界を霧島色で染め上げるおつもりっす?」
 
「教えてあげたら、大人しく手放してくれる?」
 
「いいっすよ。とても霧島センパイにはかなわないっす。白旗っす」
 
「うそつきだねえ。でもいいか、互いに時間待ちなら、周りに迷惑がかからない方がいいものね。ああ、海まで凍って」
 
 
七眼巨人と使徒使いの争い・・・・・・上空に距離をとろうが、その力の影響はあまりに。
 
 
「あーあ、あの厚さ。海峡が陸路になったっすよ。ああなってしまうと逆にもう溶かさない選択とかもあるっすね。とかく、凍らない霧島センパイって意外に熱血っすねー」
 
 
地形すら簡単に変える。ただの余波で。地理地政歴史を変えていく。
 
 
「血の熱さとは関係ないけど、ね」
凍らないタネなど知れきっているわけだが、霧島マナは王冠のように頭に載せている赤い涙型をそっと撫でた。いかにもな仕草だが、簡単に指摘するにも地雷の匂いがしすぎる。
 
 
「で、センパイの目的は?あんな調子で世界を涼しくしようとか。結局南極化大作戦っすか」
 
「交換してもらうの。<ソドラ>とね」
 
「・・・?交換っすか。お熱いのがお好みっすか」
 
「違うわ。ゴドムの氷はソドラの火でなければ、溶かせない。そうでしょう?」
 
「・・・・そうっすね。ああ、なるほど。氷で氷は溶かせない。ニフには影響ないと思うっすけど、ネルフを、馴染みの都市を救うっすか」
 
 
「ちがうわ」
ばっさりな返答。赤い涙の冠を撫でている。その指だけが人らしく。
 
 
「救うのは、シンジくんだけ」
 
 
「まじすか?」
 
「危ないところで間に合ったから。都市まるごとを錬金術のフラスコみたいにして、海水から金を一グラムとるのに、銀十トンを材料に使うみたいなことをして、シンジくんを、ただの人間に”なおそう”だなんて・・・・・」
 
「・・・・・・・・まじみたいっすね・・・天下無双の使徒使いが」
 
「・・・・・ずっと、とはいわないけど。しばらく凍っていてもらいたいよ。あの都市は」
 
「いやー奇遇っすね。その点が一致するなんて」
 
「シンジくんだけ外しておいてくれれば、こんなこと、しなくてよかったのに」
 
「使徒使い、というより、しとでなし、って感じっすねえ。こわいっす」
 
「無敵怪物のシンジくんから、ただの普通人間の碇シンジ君にしようなんて・・・・・・皆、何を、考えているのかな」
 
「いやあ、その点は若輩にして後輩者にはなんとも。けど、霧島センパイの方が少数派ではあると思うっす。というか、それ人類の思考じゃないっす」
 
「まあ、使徒使いなんて、一派を開きでもしない限り、ただの化者だしねえ・・・・」
 
「まあ、否定はしないっす。竜、獣、偽預言者、使徒使い、は、業界における四大悪っす」
 
 
「なんでもいいの。隣にシンジくんがいてくれれば。でないと・・・・・・私は」
 
 
使徒使い霧島マナの目つきもいうまでもないが、ゴドムの感触がいよいよおかしい。
 
竪琴で眠らされていたがようやく覚醒した黄泉の番犬のような。
 
溶岩の矢も邪眼の影線も飛んでこない。どうも時間待ち勝負は、向こうに軍配があがるようだ。だが、大人しく渡すわけにはいかない。ニェ様にそれだけはやるなと禁じられた方法を用いるほかない。
 
 
 
「もういいかな・・・・・・月並みだけど、呼びかけてみようか・・・・」
 
 
<ゴドム召還>。それが成されれば、世の均衡がどれほど乱されるか・・・・・・
 
ソドラとの交換など、応じるはずもない。まずは勢力づくりから始めるだろう。
どちらにせよ、おめおめ渡してしまえばニェ様に睨み殺されるのは間違いない。
 
 
この<悪食>の名にかけて、腹に収めてしまうのだ。
 
 
さすがにどうなるか分かったものではないが・・・・最悪、腹を裂いて取りだされる前には、ニェ様がなんとかしてくださるだろう。
強すぎて完成させることを許されなかったエヴァ十号機。
 
迷う時間はとうにない。相手は呪術師でも魔法使いでもない使徒使い。召還に呪文など。
 
 
「<ゴド・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 
 
「?」
 
呪文など必要なかろうが、ここまで見栄を切ってそれはないだろう。いや、どうも様子がおかしい。霧島マナのやばいまでの眼光がみるみる減衰していっている。狂気レベルが低下している、と言い換えてもいいし、不可侵の神人オーラが下火になっているといってもいい。
 
 
相手の注意はゴドムから、己の耳元あたりに注がれている。緊急の通信でも入ったか。
 
状況的に今現在より緊急を要することは、業界的にも世界の趨勢的にもなかろうとも思うけれど・・・。とにかく、使徒使いのひそめた目はどこか別の所を視ている。
ラッキーではあった。伝説のラッキー・スキー。これが世に言う「らきすき」か。
 
 
「後輩クン、ちょっとタイム・・・・・・・・・・それ、ほんとなの?」
 
 
いくら後輩でも、この状況でのタイムなんぞに従わねばならぬ道理はないのだが。
 
 
{ユイザ}
 
十三号機にも緊急絶対通信・・・・別名ニェ通信が入ってきた。応じざるを得ない。
まさか邪眼介入が遅くなった詫びでない。それは100%ない。それだけに何の用件か・・・・・
 
 
「第三新東京市が、凍って、ない!?」
 
アンビリーバブルなハモりであった。が、双方ともに、この状況中に不確定な怪情報を与えるような頼りないバックではない。知らせてきた以上、それは、確定真実。
 
そうなれば、いろいろと対処行動が変わってくるわけで。
 
 
「やっぱりシンジくん。やってくれる・・・・・!思ってなかったけど、思ってました!!スーパー最高!!シンジくんディスティニー!!いつでもお婿に来て!!」
 
 
支離滅裂の叫びであるが、立ち直りは使徒使い霧島マナの方が早かった。
 
 
「ご苦労様、後輩クン」
 
 
日ひ日ひ日ひ日ひ日
 
 
それは天からの捕食者の笑み。それで照らすように。
 
 
使徒武装<ゴドム>を召還した。
 
 
その途中、ニェ・ナザレの叱咤もあり立ち直った十三号機が悪食の名にかけて、その半分を自らの腹に収めなかったら、何者も手が出せない完全なる第三勢力が成立していたところだった。しかしながら、禁断の使徒武装の半分は手に入れた霧島マナ。
 
 
「”ゴメット”と名付けましょう」などとのたまい、追撃がくる前にさっさととんずらしたという・・・
 
 
 
ゼーレ、とくに世界統制部門にとって、最悪の日曜日、ブラックサンデーとなった。