「いささか・・・・・話疲れました」
 
 
そう言って水上左眼はその目と口を同時に閉ざした。
 
 
まさかこうも長い話になるとは思っていなかった聞く方も、中途に閉ざされてもとっさに言葉が出てこない。まあ、確かにこれだけしゃべれば疲れるだろうな、とは思うが口にすべきはそんなのんきな反応であろうはずもなく。いや、もっと話は簡潔に、要点まとめてこっちの聞いていることにはとりあえず答えてちょうだいよ、と指摘なりしようにも話にすっかり呑まれていた。中断させることもできず、ひたすら聞き続けることしかできなかった。そして、聞く必要もあった。ネルフ副司令として、そして現在世界で唯一人の使徒使い、”召A”・ショーアとして。その話がやたらに長かろうと、聞き逃せなかった。
 
 
ただ、その長い話を一方的に吹き込まれていたわけでもない。長い話の中に言葉の罠を仕掛けて聞く者を盲信させ操作する・・・・という厄介な技術も世の中にはあり、それに準じたようなことを水上左眼がやらぬ保証もなく、そのあたりに気を配りながら聞いていた。しかしながら、それでいて、真偽の篩い分けはしなかった。
 
 
話自体は嘘ではない。
 
竜尾道、かごめの街で碇ゲンドウと碇シンジはそのように動いていたのだろう。
動いた話をしてそれが長くなる、というのが嘘ではない証拠になる。この場合。
 
冬月コウゾウは古今の多くの手がかりを持つゆえに
 
霧島マナは直感的に
 
水上左眼のこれまでの長話を信じた。そうでなければ聞く方も報われぬ。
 
体を拘束した上に、こうも長話となると・・・聞く方もこれだけ疲れるのだから、当人が言ったとおりに疲労もあろう。ここは・・・・茶菓子のひとつでも・・・左眼と自分用に手配すべきかどうか・・冬月コウゾウ副司令が考えたところで
 
 
 
「けど・・・」
 
 
霧島マナが容赦せぬ一言を
 
 
「まだ、肝心なことを聞いてない。話してもらってない・・・・・それで、シンジくんは帰ってくるの?こないの?」
 
 
どのように返答するかは相手の表現様式によって変わってもくるだろうが、「遠慮無く」なんて先触れだったから、帰って・・・<くる>・<こない>、的なもっとズバッとしたものを予想していただけに、いささかシビレが来る。もちろん感動してのエレクトとかではない。あれは、遠慮無く結論から言わない、ということだったのか。
 
 
霧島マナのスタンスは特殊なもので、碇シンジを求める理由は、ネルフの誰とも、極端なことを言えば、世界中の誰とも異なるものだった。その強さも、切実さも、また。
 
 
それ相応の理由があるなら結論に至る道程を待ちもするが、ただ単に小娘にするように茶化しているのだとしたら・・・・
 
 
 
「大切なものは、ほんとうに大切なものは、”分かるわけにはいかない”・・・・ものだったりするんだけど、そんなこと言われたって困るだけだね、霧島マナ」
 
片眼をつむったまま、何やら考えている水上左眼。どうすればうまいこと伝わるのか・・・どう伝えようと相手は分からぬままであろうことも承知の上で・・・・・
 
 
「これ以上、聞く時間もないのなら、こちらも次善の答えを述べるしかない。実際の所、次善どころじゃないんだが・・・・・まあ、本当に時間がないのかもしれませんね、ドクター?」
答えを出しあぐねたようでも、切り出すようでもあるような、内心を完全に隠蔽した朧、うっすらと薄目を流し開いて冬月副司令を見る。
 
 
「うむ・・・時間がないのは確かだ。この会見自体、かなりの薄氷ものだ」
答えながら、左眼のこの饒舌ぶりに違和感を覚える冬月コウゾウ。こんなことを隠れてやりました、なんぞと今のレイに知られてしまえばどうなるか・・・・・心臓凍るわい。
それはともかく、この状況で碇の親子の状況を子細にしゃべったところでこの女にはなんの得にもならない。そこまでしゃべれ、とも言われていないのだから、「帰ってくる・こない」をはっきり霧島の娘に言ってやればいいのだ。刺激することが恐ろしいのなら、「それは父親である碇ゲンドウ次第である」と婉曲に告げればよい。実際のその通りであろうし、そこで激されることもあるまい。そうなれば、さすがに己が止めに入る。その程度の計算は働くと思うのだが・・・・時間を稼いで誰かを待っている・・・わけでもなかろう。妹がこんな目にあっても、右眼は竜尾道を動けない。妹のために、動けない。
 
 
「そうですか・・・・それなら・・・」
 
次善ともいえぬ次善の返答で手早く済ませても仕方がない、と霧島マナに片眼で告げて
 
 
「待って・・・!」
 
答えようとした水上左眼を霧島マナが止めた。求めたものが手に入ろうというところで自ら止める矛盾はなんのためか。
 
 
「もしかして・・・・・この質問自体・・・・・”何か”、間違っているんですか・・・?」
 
 
関係性で言えば、捕獲した者とされた者であり、有り体に言って敵対関係というものであろう、その相手のいうことをなぜか疑わず、深く、揺るぎなく信じるがゆえに、”リバース質問返し”そんな洞察も出てくる。自分の聞いたことはごく単純で簡潔な、迷うはずもないほどのことだった。そのはず。それもまた異常なことだが・・・・
 
 
ぎくっ
 
凄い音がしたと思ったら冬月副司令だった。なんであなたがそんな音を発生させるんですか、と目で問う霧島マナ。べつに言葉の綾の薄い氷が割れたわけでもあるまいに。
 
「い、いかん!時間がもうもたない。これ以上はさすがに怪しまれる・・・すぐに戻らねば・・・左眼、詳しい状況は省いて、結論だけを述べてくれたまえ」
などと言う。なんでここまでこの人が墓穴ドリラーにならねばならないのか・・・・
 
 
「さて、どうすべきか・・・」
水上左眼は完全にその身を拘束されているくせに、今は自分たちよりよほど自由自在に見える。この状況を楽しめるとは・・・・相当な傑物か、よほどの変態だ。
 
 
「お話を急かしてしまって、すみませんでした。貴女のお話、手順通りに聞かせてもらいます。多少、時間がかかっても・・・・大事な、大切なことですから」
「やはり、碇・・・父親の方だが、あれと共に、親子そろって行動するとなると、司令に復帰する工作活動とその間の身の安全対策を考慮すると・・・カッパラル・マ・ギアあたりに移動するかもしれぬしな・・・あー、まー、父親次第だろう、帰還は」
 
 
二人して競るように。話を続けさせるか、ここで切り上げるか。
奇妙なことに、選択権はその二人になく、尋問される側に移っていた。
 
 
「とりあえず、喉を湿らす水などを一杯、いただいてもよろしいですか?さすがに、喉が渇きました」
 
 
話し上手というわけでも話し好きというわけでもないのだが、もう少し話をしておかねばならない。幸い、話すことには事欠かないような親子であったから、まだなんとかいけるだろう・・・・。ついでに、ここで拘束を緩めてくれるような甘い相手であるならもっとよかったのだが。
 
 
まあ・・・
 
 
あの人に会う前に、髪くらいは梳いておきたかった。