「実は、頼み事があるのですが」
 
 
寿司後のお茶をすすりながら水上左眼が切り出した。それから視線は・・・・父親の碇ゲンドウのなぜか買ってきたパンはあとまわしでとにかく新鮮なしかも高級な寿司に舌鼓をうっていた息子の碇シンジに向けられ・・
 
 
「是非、シンジ殿に」
 
 
頼みごとなら父親の領分、中学生の僕知らないもんねとのんきに構えていたところに直撃した。「え?僕ですか」はじめはこの寺から出ないように言われていたのにこのところ学校に行けだの頼み事だの急にアクティブ化してきている。僕の手とか猫の手とか借りたいような忙しさならこんなところで寿司食べてる場合じゃないと思うなあ・・・・などと口にできようはずもない。おそらく、ろくなことではあるまい。寿司がうまかっただけにその代価としてとんでもない人としてまずいようなことをやらされる可能性も・・・。フォローを求めて父親にアイコンタクトするが、着信拒否。とっくに冷めた赤出汁をすすっている。南極の海のような色をしたそれを。
 
 
「どんな用事なんですか」
 
 
自分で立ち向かうしかあるまい。嫌だ、断る、という選択肢がない以上、前向きになった方が楽になる。自分が。精神的に。実務的物理的にどうかはともかく。救いは目の前の女性が強引かつそれを何者にも邪魔されずに実行できる力を持っていても、それを無闇無用に用いないという点では信用がおけるということだ。無駄なことはせず、ということはつけいる隙があまりない、ということで敵対しようという者には好ましくないだろうが。
そういえば、この人が遊んでいるところを想像できないな、と碇シンジは思った。
同情ではむろんなく、
 
 
「福音丸の調査・・・・・正確には、そんなものはいない、と証明してほしい」
 
 
そんな立場にもない。黙示録の突撃ラッパが耳元で鳴らされた気持ちする碇シンジ。
おそらくこの竜尾道で起こりうるトラブルの中でも最上級に厄介な、竜の顎の中に入って歯磨きくちゅくちゅデンタルケアー、のようなインポッシブルテラーミッションにあたるだろう。視線で父親へ援護要請・・・・しかし応答なし。てめえの息子が無理難題をおしつけられとんのに赤出汁の中の方がそんなに大事なんかい!とちゃぶ台をひっくり返したくなるが、我慢する。確かに汁も絶品だったけど!熱いうちに吸いなよ!とキレている場合でもない。
 
 
「先ほど聞かされたあのジャムパン紛失に対するシンジ殿の多角的な推理力をもってすればそのようなこと、たやすいだろう。やはり常人は常識にとらわれて真実に肉薄することがどうしても不得手であるからな。寿司と同じく、この地に対して新鮮な視点をもっている、という強みもむろんあるが」
 
らしくもない回りくどい表現に碇ゲンドウが少しだけ視線をおこして、また椀の中に戻る。貝にでもなったつもりか、と父親の頼りなさに泣きわめく前に
 
「調査というと・・・・放課後探偵みたいにあちこち歩き回ったりする必要があったりするのでは?」
依頼者の意図をつかまねば、名探偵どころか、三流探偵ですらない。ただのお茶くみの助手だ。べつに小林少年にあこがれているわけじゃないからそれでもいいけど。希望が通るなら犯人が最初にわかっている刑事コロンボがいいなあ。なにはともあれ。
 
「まあ、そうなるだろう」
隻眼をわずかに弓にゆがめて碇ゲンドウを見やる水上左眼。それでいいんですか、とは言わずに別の話を持ち出す碇シンジ。放課後探偵なる自分の口から出てきた名称がちょっと恥ずかしかったせいもある。
 
「となると、僕のような子供があちこち出歩いて、人に話を聞いても不審がられたり怒られたりしないように取りはからってもらえませんか?剣客商売じゃないですし007でもないから殺人許可証(マーダーライセンス)なんかはいりませんけど、いちいち事情を説明して誤解を解きながら調査するのも大変ですし時間の無駄ですから・・・・それと、期限はいつまでですか」
 
「熱意がうれしいな、シンジ殿。ただ、困難な頼み事であるのは承知している。期限は特にもうけぬことにしよう。依頼料を払うわけではないしな・・・・もちろん必要経費は計上してもらっても・・・いや、それならば」
ほんのわずか、弓の形に広がった心中を覗ける隙もすでに塞がった。けれどそれで十分。実務家がわざわざ人を狙って無理難題を押しつける理由は一つ。水上左眼が懐に手をやり何かを取り出す。
 
 
「これを、持っていてくれればいい」
 
それは、印籠だった。黒地に青文字で「村上」とあった。水上、ではなく。まさかネタではあるまい。助さん格さん抜きのネイキッド水戸黄門とか。手渡されたそれは中身が詰まっているのか意外に重い。
 
 
「これを見せればたいていの地元の者は黙り込む。シンジ殿式にいえば”ダーマーライセンス”といったところかな。荒事になりそうだったら、怯んだそのスキに逃げてくれ」
これで別段、意地悪されているわけでは、ないのだ。信用の吃水を見極められているだけのこと。
 
 
「・・・・まあ、ドラえもんの秘密道具じゃないしそんなうまい話はないですよね・・・で、中身を拝見、と」
碇シンジが印籠のふたを開けてみると、そこには金の細鎖が詰まっていた。現物支給というわけか。海賊らしいというか。しかし、年代物で来歴によっては中の金鎖よりはるかに値の張りそうなこれ、落としたりしたらどうなるものやら・・・。ありがちな注意を片眼の女は与えなかった。
 
 
 
「では、私はこれにて」
ゆらり立ち上がる水上左眼。その動きで身体の内奥のスイッチが入ったかのように纏う雰囲気が別物となる。立ち上る血の匂い。正確には、血の流れるのを予感させる匂い。
 
 
「・・・どこか、寄るのか」
今まで黙りであった碇ゲンドウが口を開いて、問うた。父親の問いの裏を察して碇シンジの表情が難くなる。水上左眼がどこに寄ってこれから何をしようと関知することではない。
ただ、寄る先が自分たちに関わりがある者のところだと、したら・・・・
 
 
「どちらかといえば、探す、でしょうね。人狩りですから」
 
 
興奮も気負いもなく淡々とした返答を残して、水上左眼は去った。
誰を狩りに行ったのか、予想はつく。外れてほしい予想であったが的中率は高そうだった。
 
 
蘭暮アスカ
 
 
「父さん・・・」
今から走っていってもとても止められたものではない。あのオーラでは近づいただけで自動的にバッサリやられそうだった。それでもし自分の勘違いで今日のところは別の悪者を退治しにいっただけなら巻き添えの無駄死にである。うーむ。警告しようにも連絡先もわからないときているが、彼女をこの寺に招いたこともある父親ならば。自分がうかつに手を突っ込んでよいのかどうか、それすら判断がつかない。迷う碇シンジに、父親は答えた。
 
 
「問題ない」
 
 
いつものように。いつもの表情で。ここでうろたえるくらいならば普段の鉄面皮に価値などないとばかりに。自信がありそうでも頼りがいのありそうなタフさを滲ませとるわけではない、ただいつものように。着流しであろうとも、天上天下の仕事師の顔で。
 
とりあえず、それを信用するほかない。青春ディスタンス真っ最中の14歳でも、今はそれしかない。実際問題、どう問題ないのか根掘り葉掘り聞くべきだが、てめえの父親がそれには答えないのは分かり切ってもいる碇シンジである。今までそうであったのだから。
 
 
「・・・力は、保たれている」
 
 
それでも息子がしつこく聞いてこないのをどう思ったのか、碇ゲンドウにしてはサービスが入った。そんなことをぼそっと付け加えられても説明にはならず謎が増すだけでふつうの人間にはまず分からないが、虹が飛ぶように碇シンジは理解した。血が流れるようなことにはならない、と父親が明言したことだけは分かった。蘭暮アスカも、水上左眼も、その間でも。ならそれでいい。「ならいいや」
 
 
「ところで、話は変わるけど、ほんとにヒメさんに福音丸は見えてないの?・・・どうも、ヒメさんは僕に父さんの調査の足を引っ張らせたいみたいだけど」
 
福音丸がいないことを証明しろ、と言いながらそれについて説明を一切しないというのは明らかにおかしい。それを相手が知っているのを前提とした話し方であり。つまりは。
自分に調査うんぬんの真実はそれであり、表面には出さずともあれは苦渋の計算であったはず。そこまでしても父親の邪魔を息子にしてもらいたい。面子があるから表だって妨害はできないため身近な裏から足を引っ張ろうという・・・・期待してないゆえにその真逆の効果を期待している・・・それだけの眼力をもちながら、誰しも見えるモノが見えないなどと・・・しかも当の父親が同席しているところでそれを言うあたり・・・・
 
 
「・・・お前はそれを調べてみろ」
 
 
それだけ分かっているなら十分だと、いつもの鉄面皮のまま碇ゲンドウは立ち上がる。
 
さりげなく厄介な仕事を任していたりする。「ああ、うん」なんとなく反射で碇シンジがうなづき、すし桶を片付けながら「それって大変じゃないの!!」気づいたとて父親の姿はすでにない。
 
 
 
いるいないの証明は簡単だ。というか、すでに終わっている。なにせこの手で触れたのだ。
 
 
エヴァかそれに比する飛ぶ腕を持つ巨人・・・・。地元民から様付けで呼ばれることもある札を持たぬ外来者を捕らえにくる・・・この地の守護役の位置づけなのか・・・あんなものが対人するとすればどんなエリート諜報員もスーパー軍人もひとたまりもあるまい。殺人許可証とてなんの役にも立つまい。自分のもらった印籠とて役に立つのかどうか。
 
 
竜号機以外にさらにもう一体、エヴァがいる・・・・・
こんなところで人間なんか相手にしてないで使徒と戦えよとか思わぬでもないが。
戦う使徒がやって来なければ、そういうことにもなろうな、とも思う。
用途が戦闘用、とは必ずしも限らないわけであるし。
 
 
其は対逆となる兵器の夢。
 
 
ちら、と自分の左腕をみる碇シンジ。
 
 
その途端、第三新東京市への望郷の念が燃え上がる・・・・!
ということもなく。「まだ、ここにいるべきなんだろうな・・・」と呟くのみである。
 
 
なんとなくガリをがりりと噛んでみる。ガリとはソーダアイスを半分に割ったものではなくショウガのことである。
 
ふつうならここで苦みな余韻台詞になるわけだが高級な寿司はガリまでうまい。つい「・・・・おいしい」などと自分でもお前は何者キャラだと追求してしまいそうになる本音がこぼれる碇シンジであった。
 

 
 
 
夜の坂を高速で上り下りする水上左眼。誰よりも道の姿を知り、時には人の庭を抜け屋根を飛び、細い坂道のことこれほどの速度で移動できる物体はほかにない。わずかな例外を除けば。
 
 
標的が自分の家に戻っているのは確認済み。札持ちの実務者用の居留区。その中でも特に警戒と監視を強化してある外国人専用マンション。その一室に用がある。
 
 
目的地まであとわずか、分岐となって多少はふくらんでいる辻所に入るところでその足が止まった。七台のバイクが陣を組んで道を塞いでいる。場所柄を考えれば魔術のような運転技術だといっていい。この時間帯で自分以上にこの街を駆け抜けられる、わずかな例外がそこにいた。抜刀の態勢に移行する水上左眼。素人目には自然体と見分けがつかないほどの微妙な、ゆえに実戦的なそれを
 
 
「・・・まずは話し合いといこうじゃないか、我が愛しきチャンバラ妹」
 
 
七台のバイクの中央、キング・カブに跨った片眼の女、水上右眼はあっさり見破った。
 
風の噂なら聞かぬ日はないが、直接はひさしぶりに会う身内ふたり。
 
「あんたの腕ならあたしら全員、斬り殺すのに一ラウンドもかからないのは分かってる、分かってるから姉さんの話を聞こうよ」
試してみるつもりもなかった。自分の姿を見て多勢に無勢を信じられる地元民はおるまいし、地元最速らしい姉の後を追えるほど虚勢の剥がれる速度をもち、無策に斬り散らされるその程度の連中がそもそも自分の前に立ち塞がるわけがないのだから。それにしても・・・・
 
 
「珍しい・・・ですね。こんなところで集会でもないでしょうに」
 
 
こちらが捕まえようとしても捕まらないのに、向こうは好きにこちらに会いにくる。
ユイ様に見込まれた天賦の才、へルタースケルターを操ることのできる世界で唯一人の。
力量、器の差。いかに努力を積み上げようと埋められない奈落がそこに口をあけている。
どちらが陰でどちらが陽か・・・思い知らされる。
 
 
「まーね。この辻に七台詰めるの、けっこう難しいし。皿山の奴なんか、ミラー割ってやんの。ま、皿山のミラーを割ってまであんたを止めた方がいいと思ったから来たわけだよ姉さんは」
ここまで二輪の単車が来るのはたいした芸ではある。この六人は姉直轄の芸人軍団ということになる。暴走族というよりはこの場合、暴登族だろうか。皿山というのは確か姉に次ぐナンバー2に位置する者で、木訥な田舎青年の外見のくせにタイマンの喧嘩で負けたことがないとかどんな強者相手でも必ず引き分けに持ち込むとかいう情報の覚えがあったがナンバーに下克上でもあったのだろうか。ミラーを見ながら泣きそうな顔をしてるが。
 
 
「城の方に連絡を下さればよかったのですが。修理費の請求をされても困りますよ」
しかし、どうでもいい。暴走族内の序列など。姉の最上位は永久不変なのだろうし。
 
他の者はかなり緊張している。なんのためについてきたのか。この水上左眼と姉の右眼との話に割り込めるはずもないのは分かっているだろうに。護衛の任としても少々足りない。
 
姉の盾くらいにはなれるだろうが、そこまでするほどの面倒をみてもらっているのか。
 
 
お前たちは。
 
 
無意識に瞳術を発動させてしまったのか、パン!皿山のバイクのミラーがもう一つ割れた。
 
「うお!今のはオレのせいじゃないぞ!イヤ待てさっきのカスリもそうじゃなかったかも!」「ンなわけあるか!今のはノーカンとしてもさっきのは確実にテメーのミスだろ!」皿山と絵に描いたようなヤンキー烈風な娘が言い争いを始めた。うーむ下克上。
 
 
「いやいや最近の皿山くんは小金持ちだからミラーのひとつやふたつ、なんでもないよ。それよか心配なのは最近のあんたでね。ツバメを飼い始めたとか映画寺に通い詰めだとかそこまではいいとして、真夜中の”火の輪くぐり”は姉さん感心しないなあ・・・やめとけば」
手下のケンカをあっさり収めて用件に入ってきた姉。続くなら無視して通り過ぎようとおもっていたのだが意図を外される。
 
 
「火の輪くぐり・・・?何のことだか分かりかねます。さあ、そこをどいてください。私には夜遊びにつきあう暇はありませんので」
心配、という一言に足止めされたわけだが、そんな覚えはまったくない水上左眼。
 
内容に見当もつかなければ、される覚えすらない。
 
 
歩を進める。
 
青い顔した皿山と烈風娘が飛車角の覚悟をもって王将の前に。いい度胸だ。
雪のような肌をした外国人の娘が法典らしい書物を開き、青い包帯を全身に巻いた小僧がカメラを構え、状況がよく分かっていなさそうな大柄の坊主頭と明らかに逃走態勢にはいっている背の高い男、覗き見と聞き耳を遮断する銀の箒と視線を天に向けた小柄なポニーテール少女・・・・よく見るといかにも暴走族、という面子は一人しかいない。
 
奇妙なチームだが、意味があるのは姉一人。なぜ同行させたのやら。妹に気後れするような玉じゃないでしょう。目標に逃げられる心配はないが、ここで無駄な時間もかけたくない。これは決定事項であり、牙を見せた危険人物を放置しておくわけにはいかぬ。
この、竜尾道で。この自分が。
 
 
「いや、なんてえのかな、夜遊びに付き合わせるのはあんたなんだよ」
しかし、その大上段からの執行意思は真っ向から受け止められる。逸らされ削がれる旋回散逸。空舞、とでも呼ぶしかない絶妙さで。他の何者にもこんな真似はできない。
 
「・・・な・・・」
己の手足を散る桜のように吹かれた、そんな錯覚に力が抜ける水上左眼。柔よく剛を制す、のではなく、己の内を柔らかくされてしまった。かといって和するわけでは当然ない。
 
姉は、なにもしていない。なにもしていないのに、これなのだ。だから・・・認められた。太陽のようなあの瞳に。
 
 
「やるんだったら本気でやりなよ。刀だけで乗り込むなんざ自殺行為だよ。ぴー助でもって建物ごとぶち壊すくらいでないとね、姉さん了見できないなあ・・・確実に息の根止める覚悟できてんのか」
 
 
なぜ人の胸に楔を打ち込めるのか、そんな簡単に。許してもいないのに。心のすぐ前に。
 
 
「ぴー助・・・・その名で呼ばないでください。そんな段階はとうに過ぎたんです・・・自分が最初から・・シンクロ・・・・だからって・・・人の苦労を嘲笑する気なら・・・・育てるのにわたしが・・・・・・どれだけ・・・・・」
 
 
想起される理解の残酷に身が震える。ウサギとカメ、アリとキリギリス。それらが対比の存在ではなく助け合わねばならぬ身内であったなら。遠大な遠大な遠回りをした挙げ句の坂には底なしの断絶があった。自分がそこで立ち竦んでいるのを姉は知っているのか。
 
 
竜号機がまだ、エヴァの亜種とも呼べぬ廃棄物のヒルコ、ぴー助だった頃。あの頃に戻りたいと願う資格すらなく。自分がやってきたことは全て間違いだったのではないか、自分の到達するところまで育て上げてもユイ様と同じことは出来ない。出来なかった。この進化は間違っていたのではないか?あの剣には至れない届かない。全力を尽くしてきたけれど、それを口に出来ない。なんだその程度かと言われればおそらく自分の魂拍は止まり時間は壊れる。ユイ様と姉、この二人とどうも自分は根本的に違うらしい。何かが。魂の材質からして、何か違うのだろう。でなければ
 
 
「・・・・・・うわー・・・・・・まいったな・・・久方だから魚雷とばしちまったよ、あんたら・・いいね、ちょっと後ろ向いてな。それから今見たことを口外した奴、モヒカン刈りにした後、胸に七つの傷をつけてやるからね。ショッキングじゃすまさないよ。・・・・いや、ぴー助かわいいじゃない、あたしは好きだったなあ、知能低そうだったけどあのつぶらな瞳・・・あ、いや違う!ごめん、間違った!竜号機、カッコいいなあ、いやサイコーですよベリーグー!有名人のあの頃じゃあるまいし、昔の姿を知ってるからって姉さんちょっと調子にのっちゃったね、ごめんね」
 
 
「謝ってもらわなくとも、いいです・・・・姉さんは、卑怯です・・・・・」
竜号機の認識もその程度で変わりがないから、自分に対する評価も同じく。それが姉の本心。ユイ様でも扱いかねた巨人を操ってみせながら、その番だけして過ごすというのは。
 
 
「まあ、なんと言われてもいいけどね。とにかくあたしは働かないから、この街の仕切りはあんたにやってもらうしかない。せいぜい、やり過ぎを止めるくらいのことさ。で話を戻すんだけど、覚悟と竜号機がないなら、あんたをこの先には行かせられない」
 
「どうやってです?ようやく骨を動かす気になったんですか?こんなことで」
 
「そのなんでもかんでも強引の力づくの発想はどうにかした方がいいなあ、そろそろ。単なる説得さ、&警告。世の中上には上がいるんだ。井の中の蛙、いやさ内海の竜、大海と天空を知らずってことになっちまうよ」
 
「ご心配なく。私ほどそれを知っている人間もそうはおりません・・・・だから私は」
 
「内海を隅々まで知っていてもしょうがないんだけどね・・・・あんたの場合。まあいいか、とにかく、今、そこのマンションの中を改めて、札の効を狂わす青い目の外国産小娘一人、ここを追い出すなり斬るなりすれば、炎戦勃発間違いなし、火海を広げて見ることになるよ、・・・街の連中がね」
 
ずいぶんと物騒で奇妙なことを言い出す姉の顔、目の色を、まじと見直す水上左眼。気まぐれに付き合わされた子分のメンバーたちが哀れだと思っていたが。最近はまっているとかいう精進料理は実は脳に悪かったのかもしれない。それとも炭水化物が足りないのか。
 
 
「人を間違えていませんか?彼女はギルのセカンドチルドレンではない。顔つきは酷似していますが生体データもIDも別人のものでした。そんな者に札を用意するはずも・・・・・まあ、現実に怪しい背景があるようなので私が今ここにいるわけですが」
 
偽装も何も、ここにくる理由がない。最低限日本に来れるなら第三新東京市、ネルフ本部に顔くらい出すはずで。直接ここに入るなど・・・碇の親子が目的だとしたら、いやだとしてもそのやり方は悠長で迂遠すぎる。目的を達していなければ、ここをすでに脱けていなければおかしい。ここで長逗留する愚か者に出し抜かれるほど甘くはないはず。
何より、第三新東京市で自分は一度、エヴァ越しであるがセカンドチルドレンに会っている。その記憶と感覚は、別人である、と告げている。心眼ならぬ剣眼が。
 
 
だが
 
 
「あたしに会いにきて、自分で証明していったんだから間違いないよ。観光局も母屋からの流出データだからって油断したんじゃないか?常識の裏をかかれたのもあるだろうけど。あんまりあっさり見つけられて感心したから、ついへルタースケルターのことをしゃべっちまった。
まあ・・・・あたしの目が節穴だとあんたが思うなら、なんの信頼性もないけどね」
 
 
告白。
衝撃は高速で突き抜け、耳にしたあとからゆっくりやってきた。
 
そこまで・・・・。そうなると・・・今現在の勢力バランスは・・・・
 
へルタースケルターの操縦者として、この地の絶対的鎮守、バランサーとして告げにきたわけか。碇ゲンドウがそれを知らぬはずはなく席上で挑発して反応がなかったのはそのせいか。けれど、姉の右眼は自分の味方ではない。そんな仕事はやらないとフーテンは続けると顔にかいてある。左の目は右の目を見れぬよう、右の目は左の目を見られない。
 
 
昔は同じものを見て、同じものを感じて、同じ心であったはずなのに。
 
 
「・・・・その目をわたしが疑えるはずもないでしょう・・・・あれが、チルドレン・・・しかも、外の者がへルタースケルターのことを知ってしまったなら・・・・・・いや・・・それより何より、自分が気に入ったから手をだすな、とつまりはこういうことですね」
 
「いやそこまでは。扱いに細心の注意が必要なんじゃないかと忠告しているだけだよ。碇シンジ、あの特殊体質のツバメ小僧と同じくね。あたしはあんたみたいに戦ったりできないしね・・・ただひらひらするだけでさ。・・あら、納得してくれたのかい」
 
踵をかえした妹の背に意外そうな姉の言の葉いちまいが追う。
 
「得た情報が変化すれば判断もまた。とりあえず今夜は戻ります」
振り返らずに返答は。姉がそこまで言う相手なら、まさしく今の状況は火の輪くぐりの火の海ダイブというやつだ。ぴぃ、じゃない竜号機が要るだろう。油断し舐めていた。
 
 
「良かったよかった。これで住民も枕を高くして眠れる。あんたもそれじゃおやすみ」
「・・・・今日も徹夜になるでしょう。誰かのせいで」
 
陣を組んだ七台のバイクをどうやって解いてこの辻所から下りていくのか見てみたい気もしたが早々に去ることにする水上左眼であった。
 
「うわー命拾いしましたよー妹様が気が変わって戻らないうちに早く消えましょうよ」「でも、この陣どうやって解くんだ?入るときは加速のトンボで入れ込めたけどさ。ちなみにウチのに傷つけたら皿山、殺すからね」「なんで指名なんだよ!ここは・・」「今夜のあたしはついてこいって言ってないから任されても困るねえ。この手のパズルも苦手だし」「徒歩という手段もありましたわね」「そうだなあ、バリケードの役にも立つお相手じゃなかったしなア」「丁寧にこう、すき間をつくりながら抜いていくしかないんじゃないですかね・・発掘作業のように・力仕事ですから僕には向きませんけど」「だねー、それしかないよ。早くやろ皆で」「・・・だなん」
「皿山のを土台にすれば簡単にすむぞ。もうミラーやられてんだしいいんじゃねえか」
「ざけんなこのアマ!!心臓止めてやるぞ!それから皿山って呼ぶな!!」「面白れえ、やれるもんならやってみろ!それから皿山は皿山じゃねえか何がサーラだ軟弱なんだよ!」
早々に去ったおかげでこれらのやりとりを聞かずにすんだ。
 
 
聞いていたのは・・・・・
 
 
水上左眼が踏み込む予定だったマンション一室の住人。
地元民なら善人も悪人も絶対に遠慮する左眼と右眼の文字通りの頭目姉妹の会話を、遮断結界をすり抜けて耳を伸ばして聞いていた外つ外の国の人間。
 
 
「一難去ったみたいよ、ラングレー」
どういう技能を用いてか、緑の髪を結った女装の男人ヘドバ伊藤は先の姉妹のやりとりを完璧に聞き取っていた。
 
「別に来てもらってもかまわなかったけどね」
平然と応じるのはリボンを解いた蘭暮アスカ、つまり、惣流アスカの約束された第二人格、ラングレーだった。バレバレであろうと全然申し訳なくない。言い張るのが大事なのだ。
契約相手の碇シンジを完全になめている、ともいえる。「なんか文句あるの」
 
ちなみに風呂上がりでバスタオル一枚の姿だった。性別では男の目の前だがかまわない。
 
「イヤよ。アンタはいいでしょうけど戦闘力ナッシングのパンピーなアタシが死ぬわ。アタシが死んだら一般人の生活ができなくなるわよ」
「カウフマンがアタシにあんたをつけたのは、能力もあるけど死んでも惜しくないからでしょう。ギルの職員じゃないし」
「ひっどいこと言うのねー、明日の朝食は覚悟しときなさいよ」
「毒でも入れるの?」
「そんな芸のないつまんないことしないわよ。ていうかしてる時間がない。身元がバレた以上、逃げる算段も手堅くしとかないとね。いつまでほっといてくれるものやら」
「・・・あんたは逃げてもいいんじゃないの」
「手続き上、アンタはアタシの親族付き添いって形でここに入ってきてるんだから。アタシが消えればアンタの居所もなくなるわよ〜この細工だけは苦労したんだから〜」
 
 
力でも金銭でもどうにもならない掟がこの地には、ある。
 
 
「この”札”か・・・片時も手放すなって・・・なんなの、ここ」
今も防水のお守り袋にいれて首から提げている、それ。それを守らなければ外には戻れない、と淡々と手続きの折、説明された。脅したり恐れさせる必要がないほどそれは絶対の。
 
 
とうの昔に壊滅したはずの市街。そこに住む連中はほんとに生きた人間なのか。
己の目で確かめた。ここは海底都市でもなく、蛤ゾンビの見る夢に取り込まれているわけでもない。武装要塞都市というのもいい加減とんでもなかったが、ここはそれ以上。
あちからは手出しはできず、こちらからは出し放題、まさに無敵戦艦のような街。
 
そして、「”裏を返せば”」
 
 
そんな所にたかが札一枚で入れるようになるところが、恐ろしい。
 
 
「未完成の箱船なのかどうか・・・・部品はそろっていないようだしね・・・」
ヘドバ伊藤の囁きを聞いているのかいないのか、防水お守り袋から札を抜き出すラングレー。
 
銀箔とでもいうのか、金属製のフィルム、というには形は歪で、大きさなども一様ではないらしい。札といいつつ呪文を記した紙などではなかった。これのどこにそんな御利益があるのか。それが誰にも分からぬから複製も造りようがない。水上左眼だけが札の総数を把握できるという。もし、この状況で追い出されたらそれまでだろう。二度と立ち入りを許されまい。目的を果たすまでは・・・・これが文字通りの守り札となる。
 
「落としたりしちゃダメよ、ラングレー。重要度はコンタクトレンズどころじゃないんだから。早く仕舞って。三秒ルールはあるっていってたけど」
「分かってる。誰がそんなドジを踏むものか・・・・・・・・・・あ」
 
ラングレーが大リーガー並の反射神経でナイスキャッチしたのか、三秒ルールの世話になったのかは定かではない。バスタオル一枚でそんなキャッチをしたらポロリどうなるかなどということもホームラン王的に定かではない。