「これはスタンド・バイ・ミーじゃないわよね・・・」
 
 
上を見上げれば満天の星空、左手を見れば闇の森、右手を見れば精霊流しの川。そして
足元を見ればひたすらに続く線路。もうどれだけ歩いたのか・・・あまり疲労を感じていないところからすると、自分が歩き始めたのはついさっきかもしれないけれど、そうなると自分はどこからこの映画のような路線歩きを始めたのか・・・・・惣流アスカは思い出せない。
 
 
自分が惣流アスカであることは、確かに認識できる。それはひどく欠落感を覚えるほどに。
それを孤独、と称してしまったらこんな場所では感傷抜きで命取りになるからやめておく。
 
 
自分が自分であることを再確認するのになぜそんな危険を覚えねばならないのか・・・・
 
 
不思議ではあるが答えはない。答えは天から降ってくることもなく地から湧くこともない。
残りは左の闇の森に埋まっているか、右の輝く川に流された先に待っているか・・・
 
 
自分がどこから来てどこへ行くのか・・・・・真源的な答えはいらない、もう少しコンビニエンスなそれでいい。なんでこんなところで自分は歩いているのか。足下の線路。線路は人が歩くものではなく、鉄道が走るものであろう。そこを狙ってわざわざ歩いている自分は何者なのか・・・傷心を忘れようとする少女なのか、趣味に我を忘れたテツ亡霊なのか、それとも単に鉄道会社の敵なのか・・・・少なくとも、自分の歩く方向、顔向けた先が目的地であると信じていないとやっていられない。自分が進行しているのか、それとも逆進しているのか・・・・迷う必要もない完全の一本道。左の森と右の川には寄るべきではない、となぜか知っていた。足を踏み入れるべきではないと。迷えども足をしばし止めようと線路の上にいるべきだと。
 
 
誰かに連絡をとろうにも、そんな道具はなく、そんな相手にも思い至らない。
 
 
「”そうかしら?”」
 
 
すぐ後ろから声がした。同行者を忘れていた、なんてことはない。さながら影が口をきいたような唐突さ。そして、声は微妙に聞き覚えがある。振り向くと、そこには
 
 
自分がもう一人いた。
 
 
セーラー服で髪型が微妙に違うが、注目すべきはそこではなく、装備している「フレイムランチャー」・・・それも長大な長大な・・・線路にずっと伸びて末尾が見えないほどの神々の黄昏をも余裕で戦い抜けそうな大容量。本来、ガンマンであるラングレーの者が使用する武器ではない。そして、問題なのはご丁寧に火口をこちらに向けていること。
 
 
人の敵は人であり、己の敵は己である。誰の言葉だっただろうか。
 
 
「アンタ、誰・・?」
 
 
身構えて、問う惣流アスカ。パチモンにしてはずいぶんと強力そうだが。
 
同時に感じる、妙な親近感。敵対する形の中に、前からよく知っている何かがあるような。
 
返答は必ずあるだろうと思った。たとえそれが火炎放射と同時だったとしても。
 
 
「”願望された第三人格”・・・・・あの岩人間はスーパー3(ドライ)なんて名付けてたけど・・・・手っ取り早く言うと、あなたがなりたかった、なりたくてしょうがなかった愛しの怪物、サードチルドレンよ”」
 
 
言葉の方が早く先に聞く者の魂を灼いた。異論を唱える余裕もない。心の苦痛は確実に足を止めさせ計算していた内懐に入り込んでの反撃と逃走をご破算にし、無造作に放たれた巨大な火炎は惣流アスカを直撃した。
 
 
ごうっ
 
 
だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ
 
 
炎に包みくるまれ割れた少女の影はその場で動きを停止し、十秒後、まるでそれがルールだったかのように、川に向かって走り出す。そして、小さな灯りを乗せた瓜だのスイカだのの小舟たちを転覆させつつ暗い水の流れの中にザバザバと入っていく。
 
 
「”あなたが望んだことだけど、途中で気が変わられても困るから・・・・そこで足りない分の夢でも見ておいて、ね”」
ランプの女魔神のようにエキゾチックに微笑むスーパー3ドライ。パワーだけで言えばまさしくケタが違う。第一人格などまるで問題にもしていなかった。まあ、場外乱闘ともいいがたいまともな勝負ではなかったが。
 
 
「”ふわ・・・”」それからあくび。物凄まじく眠そうな顔になる。「”さすがに、この領域まで遠征してくるのは疲れたけど、うまくいったわ・・・・・あとは”・・・・」
 
「”ふわ・・・”」再びあくび。もはや限界。口元がラーメン大好き小池さんのようになっていた。惣流アスカが沈んでいなければ”あるまじき!”と激昂しただろうが。
 
「”ふわ・・・・”」あくびしながら左手の闇の森の中にしゅわーしゅびどぅわと消えていくスーパー3ドライ。
 
 
 
 
 
「うわわあわああわあわわわあわっっっ!!」
蘭暮アスカこと、ラングレーはそんな夢を見たので次の朝は悲鳴をあげながらハネ起き・・・ようとして、すてんとベッドから転んだ。
恐ろしく痛かったが、泣かなかった。