「実力で拉致だと・・・・・そんなことをユイ君は望んではいない」
 
 
部下たちが迫り来る落ちてくる危機に対して死にもの狂いでとっくみあっている中、発令所にも入らずに冬月コウゾウ副司令が司令執務室にこもって一体何をやっているのかというと、交渉であった。それも全く異なる勢力との二方向同時交渉。二つ口があるわけではないが、なんとかこのロマンスグレーは妖怪二人羽織のようなことをやっていた。議場まで出向くまでもない電子会議であるから互いの信義もへちまもないこんな無礼な真似ができるわけだが。葛城ミサトとはまたレベルの違った話術を用いて戦っているわけである。それも、ネルフの超法規的特権の通じない強敵と。
 
 
「待て!こちらの話はまだ・・・・・・・・・・・・切られたか」
 
 
片方はゼーレ、人類補完委員会。碇ゲンドウが幽閉されていることをとうとう嗅ぎつけてきたらしく、喜々としてその責任を問うてきている。そして、出現した第二支部の処置の件。なんとしても無事に”捕獲”せよ、と。命令するのは簡単であるが。内部のスタッフの生命についてはなんの言及もないのがわずかながらの救いか。ただ眼中にないだけかもしれないが。確かにあの設備群は貴重である・・・・・その中に消失当時、四号機のフィフスの渚カヲルがいたが、彼についてもなんの言及もないのが奇妙ではあった・・・・
 
だが、ゼーレの征服部門と統括部門から一つずつ委員会の席を二つ増やした今回の諮問(つるしあげ)は使徒命名の泰斗にしてシナリオ改変の巨匠、冬月副司令にして一瞬青ざめるほどの対応計算速度、それがたとえ捕らぬ狸の皮算用であったとしても、
 
 
「ネルフ本部再編成」
 
 
というあまりに唐突、この場におらぬ総司令碇ゲンドウ抜きでやられてはあまりにこちらに不利な話であった。本部とそれに次ぐ第二支部が同一地域にある以上、それを監督するのは碇ゲンドウ君ではいかがなもんだろうか?あまりに力を持ちすぎた組織を預けるには荷が重すぎるのではないかね?総司令以下のスタッフ諸君はまあ、非常によくやっているのでその実力、そのキャリアを世界各地に飛躍させて各支部の中核として使徒との戦闘経験を生かしてもらおうじゃあないか・・・・・・どうかね、冬月君。
 
この話を今現在、修羅場っている発令所の者たちが聞けば、悶死するかもしれない。
いいように自分たちを粘土のようにこねくりまわされいじくりまわされる不快感・・・・・・
 
ゼーレというのは人間組織というものを知り尽くしている。自分たちの使い勝手の良いように変形させることなど彼らにとっては当然の権利であって意見反論の余地などない。
 
第二支部の内部にいる人員の生存がほとんど見込みがない点を考えればこの話が出てくるのも当然といえたが・・・・・・それにしても早すぎる。進化は緩やかに起こるが、変化は唐突に。いやさ、変幻というべきか。碇ゲンドウ不在のまま進められようとするこの話は、どこか人工的にシャム双生児をつくるような、それも、頭部がなく胴体がくっつき手足が四本もある暗黒蟹のような不気味なものをイメージさせた。これは、ろくなことにはならないぞと。・・・・・する気もないのだろうが。角を生やして島国から好きな方向に吼える鬼子はいらないようだ・・・。
 
 
ここで冬月副司令が切れるカードは「碇シンジ」それ一枚のみ。
 
 
彼の行方だけは連中もつかんでいない。なんせ自分たちも分かっていないのだからこれで彼らが知っていた日には手も足もでない。この一枚だけをもってして、有利な状況を組み上げねばならない。
 
 
王様、ジョーカー、そして至高の一にも次なる二にもなる気のない三番・・・・・・
 
 
彼らは好きにイメージするだろう、幻惑されそして、大損をする・・・それがつけいる隙
 
 
・・・・・のはずだった。
 
 
とりあえず、総司令である碇ゲンドウがこの場に立たねばこの話はケリがつけられない。
 
己の全知全能をもって相手をやりこめたとしても「碇はどうした、彼の意見は」と言われればそれで終わり。なんとしても、時間を稼ぎ幽閉から解放、はともかく電話口に立つ程度を許してもらえればそれでなんとかなる。奴の自声を引き出せばあとはなんとか・・・
電子会議であるから顔を出すでも議場に足を運ぶわけでもない、やれるだろう。
 
できれば、七転八倒しているであろう発令所にすぐさま駆けつけてやりたいのだが。
青葉君が送っているモニターに映る発令所の状況と現戦況を知ればなおさらである。
 
 
だが。
 
 
今現在、ネルフ総司令碇ゲンドウを幽閉している勢力・・・・・碇ユイの懐刀、とも頼んだいってみれば有力氏族・・・・・ヒロシマは竜尾道、竜をもってその地の政治を司っている水上・ミズカミ家、その若長である”水上左眼”は碇ゲンドウへの取り次ぎを断ったばかりか、碇ユイの息子を拉致しにやってくる、とはっきりと宣言した。そして一方的に交渉を打ち切った。いろいろとあそこには貸し借りのややこしい事情があるのであえて使わなかったが、ここまで言われれば温厚な人格者、冬月副司令にしても「敵対勢力」などと血鉄の単語を用いて表現せざるを得ない。
出来れば敵にまわしたくない、という気分もある。多量にある。
 
 
・・・・・なんせ、強いのだ。エヴァ初号機と零号機が使っていたあの使徒斬り日本刀「初凰」「零鳳」もあそこで鍛造された。・・・・あそこの「竜」が鍛え焼きをいれ打った。碇に武具を納める鍛冶師にして霧の山街の守護役・・・・水上氏はそれを自任し行ってきた。それが反逆する。エヴァに匹敵する実力を持って。個人的感情以上に・・・・あの一群は強い。敵には、したくなかった。そのための交渉、それなのに
 
 
碇シンジ
 
 
今のところ冬月副司令が使える唯一のカードを、取り上げてやろうという。
よりにもよってこのタイミングで。
 
「うぬぬぬぬぬぬ・・・・・・・・」いくら人格者であってもこんなことをされてはウインタームーン妨害念波を放ちたくもなろうというものだ。
 
たとえ相手が自分の半分も生きていない小娘であろうとも。
 
「うぬぬぬぬぬぬ・・・・・・・・碇め」ついでに碇ゲンドウも呪っておく。もとはといえばあいつが油断して竜尾道で捕獲などされるからだ。飛んで火にいるなんとやらだ。しんこうべに出かけていった息子の真似でもしたくなったのか。あの愚か者め・・・・・・
 
 
このあたりの話をさわりだけ葛城ミサトに話しはしたが、もちろん「竜」などとはっきり言えるわけもなく、よく分からないけどあんたは碇家の家臣か?という印象になってしまう。総司令が幽閉なんてなめられたまねをされたのだから、少々荒っぽい強引な方法でカタをつければいいだろー、その力はこっちにあるんだし、と作戦部長は思うわけで、それをやらないのは後の関係修復に苦労したくない家臣の発想だと呆れるわけである。碇と水上、その二つの家の関係を血縁くらいに察して、そのように判断する。そして怒る。
それに今はもっと重要なことがあるだろう、と。それどころじゃあるまい、多少、関係をこじらせても実被害があるわけじゃない・・・・優先順位を違えてくれるな、と。
 
 
だが、その力づくが通じない相手だとしたら。こちらに多大な被害を与えるだけの力があるとしたら。
 
 
使徒という天使を相手にしていても、竜がやってくる、などといって信じてもらえぬのは分かっている。だが、その姿を見れば分かる。それだけの力を持ちながら今の今まで隠れ住み沈黙していたことに激怒するだろう。水上左眼は電話の前より戦支度を整えていた。竜尾道を発ちあの竜翼でここまで十五分もかかるまい。
 
 
「竜というのは人の手に負えないからこそ、竜・・・・・・か」
相手が勝手に交渉を打ち切ってこちらに高速飛来しているというのに浸っている場合ではないが、人間には限界というものがある。碇シンジは、ゆるゆると支える力を失ったかのように高度をさげている第二支部にいる「はず」だが、どうしてもそんな気がしない。もっと遠くの別の場所、人の手が届かない遙か遠いどこかへいってしまったような気がしてならない。
 
それを捕らえることができるのは、また人を越えた存在だけ・・・・・かもしれない。
 
 
彼と同行したはずなのに、先に帰ってきた惣流アスカは弐号機に乗り、使徒ロボ二体のコンビネーションにいいようになぶりまわされている。「う!む・・・」SPAWNロボの巨大斧に片腕を切り落とされた。これはもういったん逃げるしかないのだが、果敢というか無謀というか突っ込んでいく弐号機・・・・・・「なにをしているんだ・・・」苛立つが自分は発令所に戻れさえしない。ネルフ再編成の話は続いている。ここで気を抜くと抹殺されかねないのがよく目立つ葛城ミサトで彼女の立場は非常に危うい。エヴァの指揮を夢想する軍人あがりなど掃いて捨てるほどいるだろう・・・赤木博士もアバドンあたりに強制的に組み込まれてしまいそうだ。さながら魔女裁判か・・・冬月副司令の眉間に深く厳しい皺が刻まれる。この一夜で確実に五年分は老化した。後弐号機が使徒ロボに囲まれたN2沼は不発弾でも残っていたのか天を衝く白十字の炎が噴き上がりそこだけ白夜のようになってしまいモニターが不可能になっている。そう簡単に破壊されるような機体ではないが・・・後弐号機がどうなったのか、これもまた頭の痛い話であるのだが、搭乗しているセカンドチルドレンのエントリープラグ射出がなんとか間に合ったのならいいが・・・。保護回収の報告はまだない。
 
 
先行きは暗い。果てしなく、底冷えがするほどに。空気も悪い。そして天気も・・・
やりきれぬ思い、わずかな救いを求めて端末を見てみる。”第三新東京市のお天気”情報
西の方から思い切り崩れ始めている・・・・・・左眼の操る竜が雷雨を連れてきている。
こんな夜が明けるときくらいは、さわやかな黄金の朝日を浴びさせたいものだが・・・
 
 
このような時でなければ
 
 
第二支部は高度を下げ続けている・・・・・・速度は一定。その点は喜ぶべきか。
 
それとも、己の属する世界、組織のあまりの砂上楼閣ぶりに涙するべきか・・・・・
 
現在の状況がどこに落ち着くのか・・・・このシナリオ作成の名人にして未だ、読めない。
だが、今も発令所で青筋たてながら叫び続け心の中で全ての者の無事を祈り続けているだろう部下達・・・・少なくとも走狗煮られるようなドふざけた真似だけは許さない。
 
この私が。
 
 

 
 
こりゃあ、引き返した方がいいかもしれないなあ・・・・・・
 
 
時田氏は内心、思った。もとよりネルフの連中は嫌いなのだ。エヴァが苦戦するのであればざまあみろ、と言いたい間柄である。だが、ジェットモクラーから見る第三新東京市。
 
黄金の柱が屹立する夜の都は、どうにもこうにも不吉なイメージがあり、天上に超巨大な物体、浮遊する島のような影で蓋をされた人の都市は、住む者皆死に絶えて静まりかえり、これより棺にいれられ墓穴におさめられるのを待っているかのようである。
 
さながら星の墓碑(エピタフ)。見下ろしているだけでどうも気合いというか元気が抜けて来るというか侵すべからずというかどうも近寄りがたい・・・
 
 
というか、そういった詩的感覚を除外して、単純に目に見えるものだけで判断してもよそ者がわざわざ近づくような状況ではない。あの浮遊島がおっこちてきたらここいら一体壊滅は間違いない。衝撃波でこちらもおじゃん。大急ぎで逃げはしてもそんな大崩壊カタストロフな現地に向かうのは愚かである。危険を予測し回避しようという生物本能として間違っている。しかし、あれがネルフの科学力でなされているというのなら・・・・・・まさに万能、それをこの目にしたいというのは宿業か。だが、この目にしたからこそ分かる。
 
 
あれはネルフの、いや、人間のコントロールできた現象ではない。
 
 
ネルフも半分、泣きべそかきながらいきなり現れた災厄の形にしょうがなく対応しているだけだ。巨大すぎる。だが、なんとかしようとしている。耳を澄ませば地下にあるネルフ本部発令所のスタッフたちの亡者めいた抵抗の叫びが聞こえる。たとえ、ダンプに立ち向かう蟷螂の斧、隕石を受け止めようとする蜘蛛の子にも似た無駄なあがきであろうとも。
 
時田氏の耳には、ハートには、聞こえるはずもない届くはずもないその声が聞こえる。
 
 
だとしても思うのだ。これは関わるべきじゃないぞ、と。危ないぞと。ネルフはじり貧だぞと。ラストスパートにかかっている同業者の家に遊びに行くようなもんで無理矢理手伝わされるぞと。
 
 
「・・・・今ならまだ間に合うけどね」とんでもない速さで端末を操作しているオレンジ髪の少女がモニタから眼を話さずに時田氏に声をかけた。
 
「引き返しても文句を言われる筋合いじゃないし」横顔にはうっすら汗が浮いている。この才能、この汗から造り出される極悪の罠プログラムはネルフ発令所に転送されてあの黄金に輝く柱・・・鉾内部のアクセス制限に使用されている。ここにきて鉾を制御する外部オペレーターたちの足並みが乱れているらしく好き放題に鉾内部の機密を荒らしているとかなんとか。どちらかといえば、立場的にいえば、JA連合も同じく機密をこの機会に好き放題にゲットしたいのだが、「どこの馬の骨ともしれぬ三下プレイヤーが漁っていい場所じゃないのよ・・・・」連れてくる気はなかったのにあくまで同行を主張して押し通した、ふだんは地下で暮らすオレンジ髪の少女がそれについてずいぶん腹を立ててこのように罠プログラムをつくってはネルフに送りつけている。それと平行してひたすらPKしまくっている。が、この程度の協力ならば別に現地にいかなくともやれる。JA連合でなくともやれる。JA連合でなくてはやれぬ力の提供とは・・・・・・巨大ロボの力にほかならない。真・JA、電気騎士エリック、レプレツェン。JA連合の闘魂三銃士。
 
 
そして、眼下には同じく連合に所属していた・・・・今は使徒に汚染されて使徒ロボに成りはてた大学天則、そしてオリビア。大学天則はATフィールドを転用したらしい遠距離攻撃・・・都市からの砲撃によって討たれ、オリビアはSUPER転じてSPAWNに化けた星条国産のロボットとタッグを組んでエヴァ弐号機を嬲っている。認めたくない現実。
 
 
N2沼、(ネーミングセンスの欠片もないがしょせんネルフのやることだ)、とかいう無人地域には白く霞のようなATフィールドに似た結界が生じて一帯を覆いおりモニタ不能、相当接近せねば何が起きているのかも分からない。ネルフの葛城ミサトからロボットで降下してその地点の調査、可能ならエヴァ後弐号機を回収保護してもらいたい、と要請がきていた。なんでも電源切れたところで湧いてくる使徒ロボに囲まれてピンチなのだという。
 
たわけ
 
名古屋弁でいうなら、たーけーである。なんでそんなことになる・・・・その新型にもどうせ子供が乗っているのだろう・・・・!
 
人命尊重の観点でいえば、断れる話ではない。が、ネルフ側でも掴めていないという謎の結界地点でそんな仕事なんぞ経済的観点でいえばとても受けられる話ではない。専門の回収部隊くらいネルフにもあるだろう。が、戦術見地で言えばエネルギーの補給が行えてなおかつエヴァを凌駕するほどの戦闘能力を誇る真・JAの存在は非常に頼り甲斐があり、この厄介かつ苦しい局面で頼りたくなるのもよく分かる。
 
 
こんな災いの渦中に来たのは、義理義心だけではない。時田氏、JA連合にも理由がある。
一つは、やはり大学天測、オリビア、と連合所属のロボがなぜ使徒に侵されたのか、逆に言えば、自分たちのロボはなぜ侵されていないのか、ほんとに侵されていないのか潜伏しているだけではないのか・・・・それらの疑念を晴らすため。ネルフ側でもこの点について何一つ解明されておらぬ様子で正直、がっくりきたのだが。くそ、それでも使徒対策のプロフェッショナルといえるのか。・・・・・・だが、使徒というのは人間の常識が通用しない相手であることも理解している。ただ戦闘経験の積み重ねでどうにかなる単純な存在ではないことを。・・・・・それでも、腹は立つし遠慮なく詰らせてもらう。
 
 
そして、もう一つ。エリック、レプレツェンというお世辞にも強者といえぬ、弱ロボまでこんな修羅場に連れてきた理由。
実験である。本家本元の絶対機械圏・マシンナーズエリアにおいて、碇ユイ、実験機時代のエヴァ初号機がため込んできた力の貯金、力の記憶、力の復再現、「兵器の夢」、”破壊力の保存”、その解凍作業をもう一度やろうというもの。そのデータ取り。さすが時田氏も抜け目がない、というかこのへんは真田女史の入れ知恵であった。第三新東京市各所、廃線路に紛らわせることもなく露骨に純度の高いコマ送りの破壊力が保管されているはず。それを拾わせて使わせてもらう。そのためのドクロタワーの姉妹品・ザクロアンテナ。精度と収集力その他は落ちるがこのジェットモクラーにも搭載可能なのだ。
 
 
それなりに理由も利益も大義名分もあるのだが・・・・・・それでも、
 
 
引き返そうかなあ・・・と時田氏のような使徒殲滅業界の野武士に思わせるほど、今の第三新東京市は凶悪なやばさを濃厚どろりんと湛えていた。人間の抗いそのものを飲み干そうと欲する舌とか牙とか生えている魔杯のごとく。
 
 
だが、
 
 
「”二つの悪意”、”三つの悪意”、”二重奏”、”三重奏”、”運命の三択”、”不幸な三択”、”火急の三択”、”六対の腕”、”六対の目”、”非道”、”残忍”、・・・・メギを退けといて火事場泥棒なんかにオタついてるんじゃないわよっと!!これでどうだ、”雌蜘蛛”ー!!”」
よくもまあこれだけの邪悪プログラムを即興でこれだけ作れるもんだと感心するオレンジ髪の少女が。
 
「大学天則を弔い、オリビアを止める・・・・これが我らのこの地における使命。なんとしても果たさねば・・・なにゆえ使徒に堕してしまったのか分からぬが、ロボットとはいえ、いや、なればこそこの身を救われた恩義を返さねばなるまい。すまぬ、奥よ。そなたの夫は再び死地に立つ。」「それでこそ、」「我が殿にございます・・・・・・存分に駆けられませ」
己の実力も現在の状況も遙か遠い理想郷はアバロンに置き忘れているかのような常にやる気満々の電気騎士団長とその奥方が。
 
「なんか、やること変わってないよね・・・・でも、ああ、別に人間のせい、じゃあないのか」「そうだね・・・でも僕たちは踏み入れないほうがいい領域に入ってしまったのかもしれないよ、深い深い禁忌の場所へ・・・森の奥にもそんなところがあるだろう・・・レプレ」
「・・・こわくない。べつに、こわくない。いつだって。パレルモや皆がいてくれるなら。怖いのは、目をそらすこと。何が起きているのか知ろうとせずに目をつむることだもの」
弱い、激弱の戦闘用ですらないロボットとともにこんなところまできてしまって場違いの念に小刻みに震える甘苦愚者の代表とその肩をやさしくつつむ副代表とが。
 
 
「真・JAの足は逃走するためにつけたのではありません」いつものとおりにクールにそっけなく送り出した「出向くのであればそれなりの成果をお願いします。出張費も安くはありませんから」真田女史のその言いぐさが。
 
 
時田氏を前に進ませる。ゴーアヘッド。進撃である。海のトリトンならぬ、空の時トンである。地平線のおわりにはなにがあるのだろう、ゴーゴー!時トン、ゴーゴー!時トーン、ゴーゴーゴーゴーゴー、時ートーンである。その勢いで判断を下す。
 
 
真・JAは要請通りN2沼にて降下させて、エヴァ後弐号機の保護回収にあたる。
エリックとレプレツェンはそのまま第三新東京市まで。エリックは即座にエヴァ弐号機の助太刀、ザクロアンテナとリンクさせマシンナーズエリアを発動させる必要のあるレプレツェンは参戦にちと時間がかかるがそれをやらないと足手まとい以前の話だから仕方がない。
 
 
ここで引き返す、という選択は当然ある。だが、それを時田氏は選択しなかった。
まあ、まともではない。葛城ミサトなど恩知らずにも純真なオヤジ心を踏みにじる小生意気なOLのごとく”暗黒ゲロンパ”などと内心考えているというのに。
 
やはり、この使徒がいいようにその力を振るう戦場においては、同じく使徒に痛い目みて、それでもなおかつ痛撃を与え勝利した経験を持つ者でなければ戦えない。
葛城ミサトはいくらイヤイヤでも暗黒ゲロンパなどといわずに感謝すべきであろう。
 
 
そして、先ほどよりジェットモクラーの後ろから異様なフォルムの飛行機がついてきていたのだが・・・・・・敵か味方か・・・・・・「こちらの通信には応答なしですが、どうしますか?」航空機などではない・・・・双頭の銃にステルス戦闘機の翼をつけたような・・・専門家にも名前が出てこない類の未確認飛行物体、あえて言うならツイン・ガンシップとでもするべきか。向こうにその気がないのだとしても銃口が向けられている位置にあっては落ち着かない。外見だけで言えば非常に好戦的だが・・・「うーむ・・・」
航法士に問われて時田氏はアップになった胴体にマーキングされた機体名を見る、
 
「ん?これは・・・・・」覚えのあるその名に眉をひそめたが
 
「撃ち落とすわけにもいかないだろう・・・・背後につけられているわけだし。まあ、ほうっておけ。向かう方向は同じく、とくれば・・・・・素人さんじゃないんだろうしな」出方を窺うよう指示。飛行船とはいえ、そこはJA連合製、それなりの迎撃装備はある。
 
 
だが、その「ツイン・ガンシップ」が本気でやるつもりならどうなるものか・・・・・
 
 
真・JAの降下を邪魔されたりしたらかなわんなあ・・・・・・・いっそ、やっちまうか・・・・・などと物騒なことを時田氏が考えたと同時に、その奇妙なフォルムの飛行機は急加速、アフターバーナー輝かしてジェットモクラーをさっさと抜き去っていった。
 
「煉獄の亡霊があの都市になにをしにいくのかね・・・・・」その際、ドキューゥン・・・と西部劇のような銃声響を聞いたような気がした時田氏である。確かにゴーストタウンにガンマンは似合うが。「まあ、人のことは言えんがね・・・」
 
 

 
 
「アスカ!戻りなさい、アスカ!!」
四つ目のうちの半分をオリビアに蹴り破られた後、さらにSPAWNロボの巨大斧で片腕を切断されたエヴァ弐号機。それでも退かなかった。葛城ミサトの烈火のような退却命令にも従わず、オリビアとSPAWNロボを相手にし続ける。戦闘意欲や度胸の問題ではない。
 
状況を認識できていないのだ。二体を相手にいいように嬲られている。瞼を真っ赤に腫らして視界が塞がれ半分も見えていない相手に立ち向かいボコられるボクサーのようでもあった。セコンドがいくらわめこうと耳にはいっていない。もはや切れのいい体裁きもステップもなく得物のソニックグレイブも振り切れていない。人型サイズのオリビアに当たるわけもなく、力のない一撃は簡単にSPAWNロボの斧で防がれる。そもそも敵を倒す殺気にもはや欠けていた。惣流アスカの精神力は星天弓一発で限界だったのだ。そのため、戦闘における読みも甘くなる。二対一などやるべきではなかった。どうしてもサイズに誤魔化されてしまうが、使徒ロボの格、バルディエルの寄代具合でいえば、SPAWNロボよりも上であり、従って強さもこうなってしまえばオリビアの方が上となる。それはATフィールドの発動時点で見極めがつかないとならぬことだが惣流アスカにはそれができなかった。タッグを組む相手のどちらがリーダーで格上であるか、それを見誤るとこういうことになる。二眼を砕かれ一腕を切り落とされ。もし、万全の惣流アスカであればここまでのダメージは受けなかった。渾身の力を持ってオリビアを叩きつぶす・・・!と、見せかけて返すグレイブでSPAWNロボの首ををすぽーんとやってしまっていただろう。
 
それには敵を倒す鉄の意志、集中し他の事は考えない純粋鋭利な敵の魂を吸い取る無心の殺意が必要になってくる。
 
それは、何かを守ろうとする意思には反する要素。基本的に盾の属性である惣流アスカの人格が実のところ苦手とする尖鋭の境地。何が何でもここで噛み殺してやる、くらいの気迫でかからねば倒せぬ相手というものがいる。レリエルの隠れ蓑に使用されたということでまさしく坊主にくけりゃ袈裟まで憎い方式でバルディエルに回路の隅まで憎まれて念入りに侵食されたために隷属度が高くそれゆえに戦闘力もケタ違いに跳ね上がったオリビアともともと地獄から蘇った海兵隊をモデルにされているだけあってしぶとく強いSPAWNロボ。この二機はまさしくそれで、後ろにひかえる、いもしない碇シンジとエヴァ初号機を守ろうなどと抜け作かつなまちょろいことを考えるアスカに太刀打ちできるわけもない。
 
 
ラングレーにはそれが分かっている。さすがにこのままでは身の危険がある。入れ替わって復活した念炎能力で敵を睨み焼き尽くしてやろうかと思ったが、肝心の目が潰されている。ここで炎が逆流なんぞしたら笑い話にもならない。力が強力なだけに発現態勢には万全を期したい。だが何より、露骨に力を、最強を求める人格の自分が出て行けば、弐号機もロボどもと同じように侵食されることも分かっている。それでは本末転倒だ。入れ替わりはできない。が、このままでは・・・・・・ここはひとまず一時撤退するしかない・・・・のだが、アスカは葛城ミサトの命令を受けても退こうとしない。防御人格の悪い面がでてしまった。ここで粘れば碇シンジがなんとかするとでも?今、ここに、やつはいない、いないというのに。精神的な籠城。他者の応援をあてにするのは違うだろう?守り続けていれば、誰かがあとを次ぐとでも?それでは、間に合わない・・・・・!!
 
 
オリビアとSPAWNロボの連携攻撃はえげつなく、激烈に続いている。それをなんとか受け続けるアスカはある意味、凄まじい。身体の本能は逃げることをとうの昔に決定しているのにそれをねじふせて都市の前で盾となって仁王立ち、グレイブも斧で叩き折られた。プログナイフでオリビアを切ろうとするが、軽やかに刃面に乗られてそこからスライディングで肩部まで、そこから飛んだドロップキックで三つ目の眼も破られる。残るは一つ。
 
 
神経接続されて繋がれた痛覚は操縦者の全身を無情に縛り上げて生命維持すら低下させる。棘のびっしり敷き詰められた棺桶に石を抱きながら押し込められるようなもの。だが逃げない。背を向けて地下の暗闇道を走り敵のこないケージまで逃げ出しても誰も文句は言うまい。それはなんの恥じることもない正常な判断というやつだ。
 
 
それでもここで退けばもう、第三新東京市を、ネルフを、鉾を守る者はいなくなる。
実のところ、惣流アスカには分かっているのかも知れない。
 
痛い、痛いよと耐えきれず溢れるすすり泣きを激しい呼吸音で塗りつぶす。
1人を除いてそれを誰にも聞かせるわけにもいかない。
だから、ここまで追いつめられても、碇シンジの名を呼ぶこともしない。綾波レイはどこかと問うこともしない。黒羅羅・明暗の居場所を探すこともしない。
 
 
ただ攻撃を受け続けて、相手をそれ以上寄らせない。名人が組んだような絶妙な角度をもち敵を遮ぎり凌ぐ赤い石垣。ラングレーにしたらたまらんような粘り腰の戦い方であるが、それをアスカはやめようとしない。そこに強いも弱いもない。相手が強かろうとこちらが不利であろうと関係ない。言葉もなくただ激しく鼓動し続けるだけ。ドクン、ドクン、ドクン・・・・少女の心臓はとっくに限界を突破、精神もオーバーヒートしており熔解寸前、発令所の方でいくら手をほどこうとフォローのしようがないほどに力を使い尽くしている。ヘタにシンクロ度をさげるようなまねをすれば動きの鈍くなった弐号機はSPAWNロボの巨大斧で半身を頭から裂かれる羽目になるだろう。
 
葛城ミサトは今更ながら後弐号機との戦力分断の愚を嘆いたが、すでに遅い。
ATフィールドが使える人型サイズというやつがこれほどの強敵であるとは見抜くことができなかった。防御力はともかく攻撃力という点で侮りがあった。エヴァの特殊装甲に打撃を与えるにはあまりに階級の違いがある・・はず・・・・だが、誤りだった。そこらへんが使徒の使徒たるゆえんである。
 
惣流アスカの命を惜しんでエントリープラグを射出させるか、時田氏のJA連合の応援をギリギリまで待つか・・・・・頭頂にピリピリとゆるやかな墜落を続ける第二支部を感じながら・・・・葛城ミサトが決断をしようとした時。
 
 
ジェットモクラーを追い抜いて第三新東京市の領空に未確認の飛行物体が入ったこととその飛行物体のパイロットから葛城ミサトご指名で通信かけてきたことを告げられる。戦闘態勢にあるこの都市に近寄って問答無用で撃墜されなかったのは、相手がネルフ本部の搬入許可証コードを所有していたからだった。ちなみにそれを申請したのは赤木リツコ博士。即座に通信に応じると、
 
 
「最高の商売日和だな。ずいぶんいいところに来たようだ」
 
 
モニタには初顔合わせだが、確かに記憶にある、一度見たら忘れられそうもない強烈なビッジュアルのオヤジが映っていた。あれだけ言ってやったのに、しょうこりもなく弾丸を葉巻がわりに咥えた体型からして弾丸のガンスミス・・・・ファントム・オブ・インフェルノ社のC・H・コーンフェイドが。
 
「注文の品を届けに来た。ついでに新製品の売り込みにもな・・・・こちらは第二東京で受けたインスピレーションのままに自由に造らせてもらった品だがむろん、購入してもらえると確信しているぞ」
 
奇妙なフォルムのツイン・ガンシップ・・・・二丁の巨大拳銃をそのまま飛行運搬できる、というかそのためだけに造られた不経済な機体が宙返りして、片方のパージを外した。
バランスの崩れをベリーロールで吸収して機体は飛行を続け、内包されていた紅の巨大拳銃が重力にしたがって落下していく・・・・・・・
 
 
「うわ!おいおいおい!!」とりあえずこのいきなり登場した弾丸オヤジのキャラクターを知っている葛城ミサトでさえこれには眼をむいたのだから、他の者はおして知るべし。
注文の品を届けにきた、とこの怪人は言ったが、こんな受け渡し方がどこの世界にあるというのか。くる、くる、くる・・・・・不死鳥が生まれ変わるようななめらかな回転をみせるが、地上めがけて落っこちているのはかわりなし。ちなみに、落下地点ではエヴァ弐号機が取り残された熟柿のようにリンチされている。
 
 
「あの青いエヴァは戦闘に出ていないのか・・・・・・ならばもう一丁の受け渡しはまた後ほどにしよう。どのルートに着陸すればいい、誘導をくれ。今からサインをもらいにいく」
「今がどういう状況か、見れば分かるでしょうに・・・・・・武器商人ってのは・・・」
呆れと怒りがないまぜになったまま、本部内までのルートを使わせる葛城ミサト。
その目は紅の巨大拳銃にある。これがSPAWNロボのドタマに命中、バタンキューとかいったらコントだけど。
 
 
このオヤジの登場でこの局面がどう転ぶか・・・・・・レイの時はとんでもないことになったけど・・・もともとあの弾丸は、銃器は、惣流アスカラングレーのためのもの。
だとしたら・・・
 
赤木リツコ博士もだまって大地に飛ぶ赤い鳥、エヴァ弐号機専用の巨大拳銃を見ている。
確かにあれは、ラングレーにあの時頼まれて注文したものだが・・・・いかに名工が造ろうとただの拳銃では、弾丸では、ATフィールドの前に意味はない。エヴァの手首が折れないレベルの強度設計制約、構造上、拳銃程度の射撃力ではSPAWNロボ級の装甲は貫けまい。他のスタッフ達の反応も似たようなもので、痛々しい目でその光景を見つめている。
これは喜劇、そして悲劇。ふらついている弐号機では予期せず天から降ってくる拳銃を受け止めることもできまい。そんな余裕はない。しかも片腕であるし。
 
 
「だけど・・・・・・・・あの弾丸が・・・・あれなら・・・・・・」
葛城ミサトは知っている。あの拳銃に装填されているであろう弾丸のことを。
十発でワンセット。狙った敵をどこまでも追いつめて必ず射殺する。伝説の、魔弾。
レイが撃ち参号機の腕を砕いた、あの記憶が。この状況下で逆転するにはもはやこれしか。
七発敵を倒した後は後は縁者にいくという呪われた残りの三発を全て自分が引き受けていい。だから、撃ってアスカ。強く祈って腹の底から引き絞って烈気一声。
 
 
「武器が上から来る!それでカタをつけるわよ!!近接射撃(ガン・フー)用意!!」
逃げろと言ったりやれといったりもう支離滅裂であるが、攻撃が最大の防御となるタイミングがやってきたのだ。逃す手はない。これが外れたら弐号機はもうダメだ。
 
 
「・・・・・それにしても愚かな話だ。銃器をもたぬラングレーなど。やられて当然だ。己が何者か分かっていない者は勝利する資格すらない・・・・勝負をつけられるのは急所を撃ち抜く弾丸だ。断ち切る刀などではない。戦いを続ける人の性はそれほど薄くも細くもないのだからな。人に成せるのはかろうじて、撃ち抜くことだけだ」
誘導発信が来たのでとんぼ返りさせてガンシップを都市に戻らせるコーンフェイド。黄金の巨大鉾、天に浮く島、都市に迫る怪しいロボット、それを防ごうとする真紅の巨人・・・・空からは一目瞭然。とんでもない光景だ。現実とは思えない。映画を見ているようだがそれに己が一枚噛んでいる以上、多少疑わしくとも、現実なのだろう。ただ、ここが戦場であるのは間違いない。撃たねば死ぬ。炎名をできあがったばかりの紅の銃につけ己のものにするがいい。
 
 
惣流アスカ・ラングレーよ。
 
 
それが出来たら、次は魂銃器をお前のために製作してやろう。
 
 
 
 
「・・・・・・・・」
上空より落下する物体をオリビアもSPAWNロボもとらえている。サイズは桁外れではあるが、機能としては拳銃。おそらくはエヴァ用のもの。ただそれだけであれば脅威は感じない。オリビアを満たすバルコアも無視しただろう。だが、その拳銃に装填されている弾丸・・・・その気配には覚えがあった。第二東京で参号機の腕を貫き、さらに誘導体のところまで飛んできた、ATフィールドもものともしない魔の弾丸。・・・・・あれだ。
 
 
”あれ”だ。まぎれもなく。
 
 
「・・・っっはあっっ!!」
最後の力を振り絞り、全身のバネをつかって体を伸びあげて”炎名”を掴もうとするエヴァ弐号機。葛城ミサトの声に導かれたそのジャンプはスピードといいタイミングといい絶妙であった。
 
 
だが・・・・・・・
 
 
それよりもわずかにSPAWNロボを発射台にしたオリビアの三角蹴りの方が早かった。
弐号機のノドに命中したそれは物理法則を完全に無視した威力で、最後の希望の受け取りを妨害した。背中から激しく倒れ込む弐号機。代わりにSPAWNロボが拳銃をゲット。
 
 
「死刑!!あんた死刑!!」
 
 
葛城ミサトが発令所で絶叫した。いくらなんでもこんなことをしてもいいのか。この世に正義はないのか。ロボット裁判長でなくとも即座に死刑判決を下したくなる気持ちは非常によく分かるが、状況はさらに悪化。相手が最強最悪の飛び道具を手にいれたことで次にやらかすこと、こっちが最も困ることは・・・・・・・・
 
 
SPAWNロボはオリビアと何やら相談するように一、二秒顔を見合わせていたが、おもむろに拳銃を構えて照準を合わせる・・・・・・・・・鉾だ。
 
 
命中精度がどれくらいのもんかコーンフェイドに聞く気にもなれない。もしかしたら葛城ミサトはこの弾丸オヤジも死刑にしたかったのかもしれぬ。
 
 
そして、ドン、ドン、と二発。べつに名前をつけなくとも機構は発動するし発射もできるし撃ち手も選ばないらしい。いや、魔弾に込められた呪いは悲しむ人間が増えれば増えるほど都合がよいから、かえって喜々として標的に飛んでいったかもしれない。同じく魔の属性同士、「アラ、イイオノコゾヨ」撃ち手とも相性がよかったかもしれぬ。
 
 
惣流アスカを憐れんだのか、葛城ミサトの怒りに同調したのか、天が泣き始めた。
そろそろ明けるはずの空が、暗くよどんだまま。雨幕が都市を包み込む。