「不等号がほんとになっちまうじゃないの・・・・・これじゃ・・・・」
 
 
ラングレーはたいそう困っていた。朝起きたら、アスカが手の届かないところに沈み込んでいるのだ。もちろん、物理的にそうだという話ではない。そういった意味でならもとより永遠に手を取りあえない間柄なのだから。それはともかく、すぐ隣の部屋のベッドで眠りこけているはずなのが、ふらふらといつの間に出歩いて、黄砂に霞む流砂に呑まれた楼閣の上にいる・・・あくまでたとえ話であるが、こちらからは無理に踏み込めそうもない声も届きそうにない「領域」にいる。頭の中の別の国、どこから引き出した夢であるのか、かなり文化が違う。今までさんざん見続けていた銀鉄とやらとは全く異なる。
 
 
覚醒する気がないのはともかく、こちらの手が届かないところにいる、というのはラングレーにとってみれば、非常にまずい。なんのかんのいいつつ、アスカと二人三脚でやっていかねばならない身からすると、アスカがはぐれてその防御力が使用不能になると、スーパー3ドライなどというふざけた三番手に一気にしてやられてしまう恐れがある。
 
 
ここまでやれるのか・・・・・やはりその名に引きずられたのか、見くびっていたか・・・・・サードに苦手意識があるのか・・・・ない、といえば嘘になるか。
 
 
アスカの防御能力にはそれなりの信頼をおいていた。通常の人間ならワルプスギスもグリーブも寿命院もティルナノーグも目ではないあんな人外の大儀式に用意もなく参加すれば、とっくに狂気山脈の住人になっている。それをなんとかアスカはギリギリ踏みとどまっているわけだが、もちろんそれは精神の強さによるものではない。
 
 
どころかアスカはかなり脆い。バラバラにこわれていてもおかしくないのだが。
それが守られている、守り通されている、という点が重要なのだ。その防衛機構が。
向かい来る重圧を避けることを許さず耐えるしかない防御の人格としては
 
 
「自分は守られている」という認識・・・・いうなれば、お願い銀行ならぬ守護天銀行。その積み立てがどういうわけだか、かなりの額になっている。普通は「自分がまもってやっている」認識・・・誇矜恃銀行増上満支店に預けるものだが・・・・ちなみにラングレーはそちらの上得意であり、頭取がリムジンで紅茶とケーキもって迎えにくるほど貯めあげている。
 
 
その積み立て分を崩しながら、アスカは正気を保っている。わずかながらであるが。
そして肝心なのはそこではない。
 
 
それだけながら単なる辛抱強い根性倹約家、ということになるが。その裏でトクトクと。
「だから自分が守ろう」という魂を組み上げていっている。岩窟を釘で掘り抜くほどに、非常にスローペースだが。恩讐を超えながら。アスカにしても葛藤がないわけではない。
 
 
ファーストチルドレン綾波レイに希望を切り裂かれ、
サードチルドレン碇シンジに願いを砕かれ、
フィフスチルドレンに祈りを破壊された・・・
 
 
人と魔と神とに捧げる三つの供物を全て廃棄されたという認識。苦痛から逃れるには早々に逆襲を誓いそれに転じてしまったほうがはるかにたやすい。それに快楽や美化を感じているわけでもない。
 
徹頭徹尾の防御人格。けれど。守る対象物を喪失すればその分、どうなるのか・・・・・まあ、それは言うまい。
 
 
ラングレーにはいささか理解も体現もしがたい能力であるが、それゆえに見極めを誤った。
まだ大丈夫だろう、と。あの不等号のようにはならない、と。
なにより、3はまだ完全に3になりきっていない。3に至らぬならこちらが上だと。
その見立ての対象が敵であるなら、それで良かった。しかし。己への認識は。
スーパー3ドライはそれを理解できるらしい。体現はともかく。裏をかかれた。
弱り切ったアスカに手を出すことはすまい、と油断があった・・・やもしれぬ。
 
 
当初の想定とかなり違ってきていることもある。
竜尾道入りとへルタースケルターの調査はあっさりいったのだが、肝心要の自分のことがうまくいかないのは皮肉だ。いや・・・
 
 
”自分殺しの旅が即座に完結してしまうほど”には、そうでないのか・・・・
 
 
と、感傷に浸る余裕もないほどに現状はヤバヤバであった。渡る世間は鬼ばかり、BYヤバみピン子であった。
 
一応、あの岩人間の言ったとおりにしてみたのだが、いや、その言の解釈をそもそも違えていたのか・・・・・サードチルドレン、碇シンジに再会しても、全く事態の好転にはつながらなかった。どころか、奴に会うと明らかにスーパー3ドライは活性化する。あいつらはこっちの分からぬ領域の底で共鳴する。くそ、どういった生物だ、とてめえが含まれてなければ激しくつっこみたいところだ。
 
 
サードライ現象とでもいえばいいのか、どこぞの寄生虫兵器人間の武装現象なみにおそろしい。少なくとも、スーパー3ドライは碇シンジを恐れている様子はない。モノホンを間近にすればビビって大人しくなるかと思っていたのだが・・・・全くそんなことはない。
 
 
マイスター・カウフマンの言った「人格的影響を最小限にする」ってのはどういうことだったのか・・・今更聞けたものでもないしなあ。あの岩人間が読み違えた可能性もある。
こっちから絶縁を申し渡してこい、なんて老いて頑固な父親のようなことを言うタマではなかろうし。
 
 
まさか、あの碇シンジが偽物ってことは・・・・・ないだろう、たぶん。
片腕無くして暗い影もないあたり、怪しいといえば怪しいが、もとから怪しかったしあいつは。もとから化け物だったしもとから怪物だったしもとからろくでもなかった。
 
 
自分の炎を封じたように、あの3番目を封じて欲しかった・・・という期待がないでもなかった・・・・あいつならば気づくだろうし、というか気づかなければいけないし絶対に気づくべき・・・・ではあるが・・・・・。
 
 
「バカだしなあ・・・・・・・・・・・・」深くため息。「いやー、なんか向こうで見た時よりも何割か、バカっぽくなってない?」
 
 
聞きたいことは山ほどあるが、それはできない約束になっている。自分とあいつは彼岸の住人なのだ。日本語で言う、対岸の火事、というやつだ。違うかな。、まあいい。
 
 
「それにしても、アスカのことはスルーでいいのか、あいつは・・・・」
 
 
季節は変わらないのにバカっぽいマフラーなんぞしてからに。アスカの方も反応がなかった。貴様が中途半端に火の中ならぬ星の中に連れて行くからこういうことになるのだぞ、という文句を言う立場にはない。スーパー3ドライのことがなければ、それなりにやっていたであろうから。
 
融合を果たせずとも約束の時がくれば、自分の番がやってくる。それはそれでかまうまい。
覚醒を特に望んでいるわけではない。たまに理由のないやるせなさを感じるのも仕方がないことであろう。
 
 
ここには、病の治療に来ているようなもので、飲用するのが薬に近い毒なのかそれとも毒に近い薬なのか、それとも・・・進化変成を拒むとするなら劣退化・・・究極の現状維持、不老不死を望んでいることになるのか・・・・それらがはっきりまだ分かっていないというだけのこと。事が済めば、こんな島国は早々に立ち去るに決まっている。
 
 
「もしかして、ほんとに気づいていないとか・・・・・・・バカだしなあ・・・」
 
 
サードチルドレン、碇シンジは今のところ、薬にも毒にもならない。いやいっそ毒寄りですらある。効果がないものはほうっておき、効果があるものを探さねばならない。しかし。それが。
 
 
現地到着したその日の内に、依頼された調査をあっさり終わらせたラングレーの能力と運命をもってしても、もうひとつの「それ」が見つからない。ほんとにここにいるのかすら。碇ゲンドウに協力を求めたが、それでも現状は停滞気味・・・・・
 
 
 
「どうにかしないとね・・・・」
 
 
スーパー3ドライがこういった手を打ってくるほどポジティヴならばこっちがネガティブに後手に回っても仕方がない。とりあえず、失地を奪い返さねばなるまい。いささか強引に、アスカの機構の一部を破壊してでも、こちら側に連れ戻す。ラングレーに躊躇はない。精神科医や催眠術師や神父や魔法医にどうにかなる領分ではない。してもらう気もない。
 
こんなことはアスカ当人にしかどうにもできない。というか、アスカにどうにかさせる。
信用ならぬ他人にこの身を任すなどとぞっとする。まっぴらごめんであった。
 
それを基本としてラングレーは具体的手段を選択する。頭の回転は速い。
 
やることはひどく簡単なのだが、自分で行くわけにもいかず、しかも人を選んでなお、そこに至るルートがかなり厳しい。しかし、ラングレーは笑みを浮かべている。
 
 
「あんたの銀行が頼りになるかどうか・・・・・お手並み拝見といこうか?」
 
 
旗色が悪ければ悪いほど燃えてくる、危機に陥るとそれを逆転すべくパワーがガンガン湧いてくるアドレナ性分なのである。デスクに座るとペンをとる。伝達手段は手紙。検閲は当然されるであろうから、分かる相手にも分からぬように、ヒントだけ付け加えておく。それで分からなければそんな銀行は大したことはない。そんな銀行に対する命令書を作成する。
 
 
”家の中で絶対に見つからないところに隠した忘れ物を探しなさい。
ヒント・ふゆ こわせ”
 
 
これをギル宛に。かなり運任せになるが、これが最も確実で最速の伝達経路になる。封をする直前に思い直す。「・・・ちょっと難しいかな・・・・直感系の人間はいったんズレると激しいからなあ・・・・第二ヒント、加えとこ・・・・」
 
 
”第二ヒント・・・・・つめたくないけどつめたくすずしいもののなか”
 
 
「あの女じゃあるまいしサービスしすぎ・・・簡単になりすぎたかな・・・暗号じゃなくてなぞなぞだね・・・・まあいいか。別に悩むところじゃないしね」
サインして封をする。
 
 
「ラングレー、朝食できたわよ。・・・それとも、ドラちゃん?それともアスカ?」
ノックがあってヘドバ伊藤の声。
 
「アタシはアタシよ。っていうか、ドラって誰よ」
「スーパー3ドライなんて長すぎて舌噛みそうだもの、略してドラちゃんかわいいでしょ」
「・・・・当人に言いなさいよ。とはいえ、一理あるわね・・・・長い上にあれだとどうも危機感が薄れるし・・・・」
「好きな人は好きなんだけどね〜、葛城ミサトはエビチュ党だから合わなそうだけど」
「なんの話よ。ま、すぐに行くわ」
「アイアイ、冷めないうちにお早く」
 
ドアに向こうから気配が消えると手早く身支度するラングレー。三つの名での呼びかけ。冗談めかして・・・いやさヘドバ伊藤の奴にはどれでもいいのだろうが、スーパー3ドライの発現時間が少しづつ長くなってきている。この変化は強烈で一過性ではない。カウフマンの岩人間の診告がなければ完全に手遅れになるまで症状が進んで、その意味さえ自分には把握できなかったかもしれない。ちょっとバカっぽかろうと名称をつけられなければ、人間はそれを把握し対処する気力が起きない。より恐怖が強くそれに押し潰されるだろう。真を知らぬまま薄い不安のまま生きるヌルさはラングレーのものではない。
 
今のところ、記憶領域はこちらの支配下にあるから、スーパー3・・・いや、もうドラでいいだろう、ドラが発現してもその間何をやっていたのかは把握できた。・・・が、アスカが向こうのいいようにされるとしたら、それも怪しくなってくる。
皮肉なことに、ドラもこっちと同じものを探しているらしい。おそらく、己の固定化のために。固定化を強化する方向か、それともこちらの人格影響の最小化を邪魔するためにか。
 
 
なんにせよ、鍵を握るのはアスカだ。もはや自分内隠遁している場合ではない。
 
 
防御特性だろうと攻撃属性だろうと、強者は戦わねばならぬ。己の戦いをせねばならぬ。
泣き言は無用。己の利のためのレースに出し抜かれたと不平を言うのは未熟な愚か者。
 
 
「けど碇シンジの奴はちょいっとは・・・・・・どうにかすべきじゃないのか・・・あのバカ」
 
 
ドアを開けて朝食の用意してあるリビングへ。ちなみにいうまでもないが、ラングレーは家事なんぞ一切せずになんでもかんでも同居人任せである。それも当然だと思っている。
 
 
本日の朝食は中華式。ヘドバ伊藤のハウスキーパー技能は完璧であるが、これに頼り切り任せきりで見習う気も完全にないラングレー。無駄に豪華で、巨大な揚げ魚や北京ダックなどもあるがエネルギーの補給に油断がないラングレーは皆たいらげる。これでもなんか少し足りないような気がするのはやはり脳が3人分稼働しているせいだろうか。
 
そんな食卓の隅に目玉焼きが一皿残っている。
 
なぜかこれだけ素人のような焼き加減の。どういうつもりなのか、世界各国どこ式の料理にしてもわざとレベルを落としたようなこの一皿をつけてくるのだ。なんかシャクにさわるのでいつも食べないのだが。
 
 
「夕食はステーキがいいわ。それからシーザーサラダ山盛り」
御馳走様もなく食卓を立ち力道山のような夕食のメニューをもう出してくるラングレー。
 
「はいはい、サラダは元祖シーザーズパレス風でいい?」
残した目玉焼きのことについてはいつも問わない女装の男人。どっちが男か女か分からなくなるわけではないが・・・・なんともシャクにさわる。
 
「なんでもいいわ」
もう目玉焼きなんか出すな、と明言するのもなんか負けた気がするのでそれには触れない。別に逃げたわけではない。腹八分目には医者いらずであるから食べなかっただけなのだ。
 
「1777177・・・17771777・・」よく分からない数字の歌を歌いながらヘドバ伊藤が食卓を片付ける。それを一瞥し、
それから「蘭暮アスカ」になるべく、支度を始めるラングレー。地元の学校生徒は蘭暮アスカが同行した兄の面倒をみているものだろうと、信じ込んでいるのだろうが。
事実はその真逆。あれがないこれがいる、のオンパレードである。
 
 
「いってらっしゃーい」
リボンまで結んでもらって送り出されるほとんど小学生状態のラングレー。アスカが覚醒していたら絶対にそこまでは避けたであろうが、ラングレーは澄ましている。はたして尊厳の最低保障のためか、水筒の標準装備はなかった。
 
 

 
 
「きのした、で・・がんす」
 
 
国語の授業で、「空」という名字をどう読むのか、という脱線的な質問で指名された碇シンジはこう答えたものだから、教室内のテンションが一気にあがってしまった。しかも上昇するだけ上昇してどこに噴出していいやらよくわからない部類のテンションであるのが厄介だった。全員の鼻の奥がツン、とするのは別に感動したからではなく、巨大なわさびが突如窓からヌッと突き込まれたようなシュールな刺激のせい。なんなんだこれは、という。
 
 
質問に対する答えは実は正解。「空」は、普通、そら、と読めばいいものだが、これをまずは第一段階として、くう、と読み、それからギアチェンジして、くう、は、かきくけこ、の、き、の下の位置にあるから、「きのした」だと。こういう洒落である。
 
 
まあ、それはいい。知っている者は知っているし、知らなかったからといってとても困るようなことはまずないだろう。それを恥じることも。碇シンジはたまたま知っていた。
正解を知っていたのだからそれを答えることに学生としてなんの問題もない。はず。ただ。
 
 
本日、正確には昨日の夕方から、碇シンジにはギアスがかかっていた。
 
 
「語尾に、”がんす”をつけるざます」
 
 
という制約。当人が望んで受けたものではないから呪いといってもいい。それからそれを課した当人は別にギアスを受けてそんな語尾なのではない。
それは破ったら体に激痛が走る、という類ではないが、同じ破るにしても場所というものがあり、それがこの学校という空間はそれに最も不都合であるということがある。
だが、語尾につけろ、というのだから、逆に言えば口を開かなければ、しゃべらなければそんなことをしなくていいわけである。事実、登校してからずっと碇シンジは口を開かなかった。声をかけてくる級友も居ない、ということが逆に幸いした。黙って沈み込んでいればこれ幸い、とばかりに周囲は距離をとってくれる。それでもどういう神経をしているのかやはり子供サイズなのだろう、封紀委員長こと向ミチュが机につっぷしてバリヤー張っている碇シンジに「お、おはようご・・」話しかけたが、潜入スケバンモードに戻った生名シヌカが「いや、委員長。碇の奴は今日はあの日らしいから、そっとしておこう」「え、あの日って・・なんですか」「まー、説明すると長くなるからな・・つまり、男の子の日ってやつか?なあダイサン」「あ?あー、むー、そうかも・・・お、男だから」止めさせた。実際には、碇シンジが昨日のことをしゃべるかどうかいまいち不安だったため。今日、もう一度口止めかましとく予定でいた。しかし。
 
 
語尾に「がんす」
 
 
熱血キャラでもないくせにうっとおしい長マフラーはそのままに、さらにわけのわからんキャラ立てをしてきやがったことに衝撃が走ったわけである。ちょい難度の質問をクリアしていたこともそれにカオスがかって薄気味悪さを増幅させていた。まだバカならよかったのである。みんなワハハと笑ってすませた。多少、そのあとでため息がまじっていたとしても。碇シンジの苦しい裏事情を知らねば、IPS疑惑をさらに強める結果となる。
 
それを封じるのが仕事である長をのぞいた封紀委員たちは、こんなとこで自分たちの仕事かと、と面倒がりながらも態勢を切り替えたりするので空気はよけい物騒になる。
 
国語教師本坂テンパチが碇シンジなんかを指名するからこういうことになるのである。
その意味では地雷を踏んだ、ということになろう。教師としてはすぐにこのキナ臭い空気の収拾をつけるべきであるが、その名の通り、国語教師本坂テンパチはすぐにテンパってしまう非常に教師に不向きな性格をしている。
 
 
「そう、そうだな!!正解だっ碇!なかなか勉強してるじゃないか、そ、それではっもう一問いこうかー・・・あー・・・同じ転校生つながりで、蘭暮!」
 
人間テンパると、そこで選んではいけない選択肢をさらに選んでしまったりするが。
黒板に一文字を書く。「一」と。国語であるから、マイナス、ではなかろう。
 
「これも珍しい姓の問題だ。普通は、いち、と読むところだが、ちょっとツイストして考えてみてくれ。なんと読むか分かるかー?」
 
 
地雷コンボだよ、テンパっつぁん
 
 
教室の皆がそろって内心でつっこんだ。口にすればさらに場が混乱するのが分かり切っているからだ。こんなの分かるわけがない。もしかすると分かるかもしれないが、分からなかった場合の蘭暮アスカのダメージが大きすぎる。すぐ直前にIPSの碇シンジが正解を出しているのだ。奇妙な語尾つきで。それなのに外国産のハンデがあろうと不正解したりすると・・・・もちろん恥じる必要は全くないが。出来れば、ここは正解して欲しいところだった。なんとなく、教室の平穏を取り戻すため。がんす、などと嬉しげに(本人はとても悲しい)言ってる奴の鼻をなんとかあかしてほしい。
 
 
蘭暮アスカことラングレーにしてみれば、そんなの知るか、としかいいようがない。
 
しかし、ただここで分かりません、と素直に撤退するのもなんかシャクにさわる。
一、といえばファーストを、連想させるせいかもしれない。ともあれ、論理ではなく洒落だというなら解釈はいくらでもある。単純に、正解を知るものに教えてもらうしかない。
 
最小限の視線で動きで教室内の人間の様子をスキャンする。知っていそうなのは一般生徒の中には五人、明らかに学年の違う浮き組の年上女子と年下男子がそれぞれ、あとは
 
 
リボンが微かに動くのと、同時だった。
 
 
「分からないで、がんす」
 
 
ぬらりひょん、と言い放たれた一言。碇シンジであった。主語がないそれはまるで。
狂気を呼ぶ、満月。によって
 
 
「い、いや、碇、お前の番はもう終わったんだ。もうチャレンジしなくていいんだ。今はミカン箱のなかで皆と一緒に考えていていいんだ。お前は仲間外れなんかじゃない、くさったミカンなんかじゃないんだ!くれーなずーむまちのー、ひかーりとー、」
国語教師本坂テンパチをさらにテンパらせた。さらにはもう歌い出してしまった。かなり何をいっているのかわからない。国語教師がそれでいいのだろうか。
 
 
「”にのうえ”」
 
小声だが手裏剣を飛ばしたような鋭さで蘭暮アスカの耳に正解が届いた。見ると、気持ちマスクをずらしたスケバン姉御、生名シヌカだった。やはり年の功か。内容も見た目とはかなり違うのだろう。
 
 
「さりーゆくーあなたにー、おくるーことばー」
最後まで歌い上げた教師に「答えは、にのうえ、です」なんだかな、と思いつつ告げる蘭暮アスカ。
「・・・にのうえ?そうか、解答か、正解してくれたんだな、蘭暮!よくやった!ありがとう、先生嬉しいぞ!文化が違うのによく勉強してるんだな、みんなも見習うように」
 
そんなところで時間切れのチャイムが鳴った。一応、これで誰からも文句はでない。
 
 
ダダダっと
碇シンジが教室から駆けだしたのは誰とも会話しなくてすむようにトイレ内に逃げるためである。が、誰も注目しない。そんながんす野郎の動向などよりもっと青春アドベンチャーな進行したからである。
 
なんと。
 
蘭暮アスカがすいすいと教室内のデンジャラスエリア、生名シヌカの机に向かった。目ざといものは先のやりとりを見ていたし、見逃した者もちょっと意外で驚きのイベントであった。生名シヌカのような装いの相手にまともに視線を合わせて机の正面に立つのは、いわゆるヤルンカコラ(別にアイヌ語とかではない)挑戦と受け止められても仕方のないところであるが。
 
 
「疲れたか?」
「少し、ね」
 
 
やり取りはそれで終わった。余計なお世話だと責めるでもなく礼を言うでもなく。それは里の人間の力及ばぬ大型の獣と大翼の鳥がしばしの会合を開いたようでもあった。
つまりは、女の子らしい愛想のある対話ではない、ということだが。
ともあれ、ドラマティックな数十秒であった。それでがんす野郎の満月的影響は見事に払拭された。
 
このときのラングレーの心境はかなりきついものであった。香辛料を知らず大量に飲み込んでしまったような。狼に変身しようとして、それに失敗してなりそこねたのを目撃してしまったような。もうちょっと事象がシャープであれば早々に判断が下せるのだが、保留にせざるをえない、このもったり感がなんとも。性に合わない。僕式ウルフガイとでもいうようなあのザマ。ううう・・・・・心の内で唸る。出来ることなら遠吠えしたい。
 
この手でどうにかしてやりたい、という火の衝動と
危険だからその領域からなるべく距離をとった方がいい、という水の判断
二つの鬩ぎ合い。
 
元来、衝動のままに動くのが自分だったはず。足りぬ火を己で満たして。
見守る、なんて選択肢は己の内にはないはず。独逸にいた頃はなかった。
 
ドラを否定するくせにそれを受け入れるのか。否定するためにそれが必要なのか。
まだ分からない。頭は回転するが、それにともなう周りがまだ定まっていないからだ。
火を足すようにはいかぬ、水が満ちるまで。
その極みを。
 
 
・・・・それにしても
 
うう・・・・あのバカ、なんとかしてやりたい・・・・・・・・・
これ以上バカになる前に、いっそ・・・・・と思ったりもする今日のラングレーであった。