「碇君・・は・・いますね」
 
 
 
女のカンなのか、はたまた最上クラスの地元力ゆえだったのか、綾波レイが正確に碇シンジの現在地を突き止めて乗り込んできた。珍しく、てにをはを挿入してさらに丁寧語だったりしたのは、もちろん照れや感謝やましてや愛情ゆえなんぞではない。
 
 
本来であれば、宿泊客の情報を誰であろうとバラすような主の銀橋ではなかったが、
今は明らかに非常事態であったため、あっさり開示して招き入れた。
 
 
碇シンジは逃げていない。ぬけぬけと寮に戻らず居続けた。傍目には不遜な行動を恥じて隠れていたようにしか見えるかもしれないが、銀橋には分かる。そんな殊勝なタマではない。むしろ待ち構えていた。呼び寄せた。世界の果てまで探すより、釣れるのを待った。
 
 
到着を伝えても慌てたふうではなかった。多少、顔色が蒼くなっていたが。誤魔化す化粧は誰の為か。
 
少年は少女を探す冒険の中、成長するものだが、それをやらないからこうしてタチが悪いままなのか・・・むろん、肉体的成長の遅延を指すのは礼儀に反するゆえそれは除外で。
 
 
いつぞやの再現だ。少年は少年のままだが、少女は女になっている。
 
 
雲は雲のまま、雪は土につき。天と地に。狭間の、縁の距離は、赤の糸などそう伸びぬ。
それでも、秘めているものはさして変わらぬ。いや・・・剣呑さはより増している、か。
 
迷惑極まる・・・と心底思うが、顔に出すようでは旅館業は務まらぬ。
すでに損害請求の算盤を弾いている。穏当に済むはずがない。内と外と。やれやれ・・
 
碇シンジの同行者たちは避難させるべきなのだが、誰一人、去ろうとしない。
この局面を共犯者として予見できた責任感ゆえか、恐れを知らぬ好奇心からか。
 
警告はした。明らかに異能ももたぬ外部の一般学生、鈴原ナツミには重ねて行ったのだが、感謝はされたが受け入れなかった。碇シンジから説得するよう一瞬、考えてやめた。
 
そこまで世話を焼くいわれもない上に、幼くとも修羅場を一度はくぐった目であった。
単純に碇シンジを慕って、というよりは業務寄り、バランサーたらんとする覚悟の顔。
若すぎるがこんな人材が現場に残るのは被害減少の役に立つかもしれぬ。
 
他所の若者に盾役を期待するのは卑しいだろうが・・・なんとか平和裏に終わってほしい。金銭を介した関係とはいえ、作業場所を提供したのは事実であるし。通常運転の綾波党の後継者であれば理不尽に責められることもあるまいが・・・・
 
 
超ド級の怒り
ブチブチにキレていた。表情はさほど変わらない。なんなら沈着冷静にも見えたが、夜叉も般若も裸足で逃げるほどの強圧オーラをまとっていた。ガラスの仮面ではその圧に耐えられない。強化鋼で形成された支配者の能面をかぶっていただけ。その仮面にはバカな男の目にしか見えない文字で”へたないいわけしたら、ぶっころ・・・よみのくにへつれていくからね?” ”うそはつかないで。ごまかされてあげるきぶんじゃないから” ”ひらきなおるそのたいどがきにくわないのよ” ”りょうてをついてあやまってもゆるしてあげないかもしれない” ”たぶん、ゆるさないとおもう”と書いてあった。どんなに頭が悪くてもバカな男には強制的に判別できるだろう。つまり、相手の魂を呑み込まんとするほどの、殺意敵意憎悪を超越した、覇気である。話合いですむ季節は遠く過ぎ去り、ただ捻じ伏せ懲らしめ、ブッ倒しにきているようにしか。このクラスになると己に向けていようが特定個人に収束していようが被害額はあまり変わらない。
 
 
赤コーナー、綾波レイ VS 紫コーナー、碇シンジ 血の雨ザーザー長年の因縁に決着をつける問答無用の一戦!!
 
 
ここはリングを中央に設営して流血に飢えた大観衆を詰め込んだドームではないが、綾波銀橋にしてそんな幻聴が聞こえるほど闘気が轟轟と吹きつけられていた。若者であればひたすら「ヤバイ」を連呼していればいいかもしれないが、もてなしのプロ、旅館主としてそうもいかない。ご機嫌な客ばかりとは限らぬし、そういった人物を機嫌よく帰すことが旅館施設の目的といえる。まあ、自分の旅館はその他の業務がメインではあるのだが。
 
 
後継者綾波レイが世界のあちこちを飛び回っているのは聞いており、党首祖母の危篤の報を受けてもすぐさま帰還しなかったのは、ただの物見遊山などではありえず、おそらく党首の延命手段をそれこそ死ぬ物狂いで探索していたのだろうことは、そのギラつく目と、威厳を減じることはないが沁みついてしまった重すぎる旅塵で知れる。筆頭護衛のツムリがおらず、付いているのが綾波鍵奈と綾波チン、これまた疲弊しきっている、だけというのはこの行動が党のスケジュールではなく、感情のままに特攻してきた、というのが正解かもしれない。旅館近くにあの飛行艦を降ろされても結界の調整やら困っただろうが。
 
 
例の映像の一件は・・・知らぬはずがない。付き人が情報制限しようが、この地に戻ってしまえば誤魔化しようがない。現在のしんこうべで、後継者綾波レイがウルトラマンモノであったことを知らぬのは赤子くらいだ。若年層にはむしろリアルウルトラマンモノ=綾波レイで覚えてしまったかもしれない。巨大ロボに乗って操縦していた事実と混同させてしまえば説明の切り分けも難しい。それはともかく。
 
目指す頂すら判然としない、闇の空海をさまよい、あるかないかも分からぬ灯火を求める旅が苦しくないはずがない。しかも明確に期限が区切られた。どこで戻るべき、引き返す判断は踏み出す勇気より必要量がケタ違い。
 
 
それこそが、組織集団の長、指導者の資質を抉るように求められる試練。
外敵に対応することなど、幹部以下の戦党員たちが喜んでやるだろう。
 
 
党首の仕事とは・・・・まだ二十歳にもならぬ娘の肩にのせていいのか、とは無用の蒙。
 
正統な後継者たるか、器を測られている。党幹部たちは微塵の同情も同様もなく計測しきるだろう。綾波レイは、ここにいる。戻ってきた。爆裂寸前の感情を耐えながら立っている。祖母の元へはまだ向かっていない。何のためにここへ。怒りにきたのか泣きにきたのか。どちらにせよ、渇ききってボロボロで、旅先で崩れ落ちる前に、足を止め、帰る選択ができたのは。何者かの助言があったのかもしれない。利害関係者以外なら、助力を求めてもそう悪いことではない、というような。聞き入れさせるだけの貫目からの。
 
神のお告げよりも、年経た経験者のアドバイスの方が有効性は高い。人のことならやはり。
甲羅のような固い思い込みからするりと内に、差し入れる知恵の効が。
 
 
そうなると、己も年長者としての効能を見せねばなるまい。やりたくないが義務として。
 
怒りが噴出して抑制しきれない攻撃異能で打擲される覚悟をもって、後継者綾波レイに、旅塵をひとまず落とすよう提案をする綾波銀橋。ツムリがいれば後継者の名誉のためにその槍で防いでくれたかもしれないが、不在であれば仕方がない、殉職していなければいいが・・・・具体的には、入浴させる、ということだが、受け取られ方によっては不敬とジャッジされるかもしれないが。このまま会わせるわけにもいかない。あの時はしんこうべの誰もが老いも若きも皆がわれらのおひいさま、と喜び認める絢爛の着物姿だったのだ。
党首のナダにして孫娘が汚れた格好でこの地に在ることを、決してよしとはせぬだろう。
 
場を同じくして、となれば、同じく豪華の姿とはいわぬが、相応の装い、女の下準備をしてもらわねばなるまい。しんこうべの一里人として。待ち構えるのは、小僧の姿をしているものの、怪物。昔、姫様を空に連れ出し墓場に墜落した極悪の盗人。疲れ切った姿ではつけこまれ、大事なものをスリとられる恐れがある。これは予防策でもある。
 
 
後継者綾波レイが、支配者級の読心能力をもつのは知っているが、それを常に有効活用してくれ、というのは人間に求める性能ではない。言葉にして進言もしない。受け入れずに踏み込むのも彼女の正義ではある。あの野郎の顔面を土足で踏みつけてやるためにきたのだ、と言われても納得するしかない。鍵奈もチンも怯えたように後継者の反応を待つのみ。
 
 
 
「そう・・・ですね」
 
判断にそう時間はかからなかった。赤い瞳の奥で様々な感情が渦巻いたことは接客業セッキャクセンスで感知した綾波銀橋。寿命が延びた、などと顔に出すこともない。
闘気の重圧も少し緩んだ。「…その前に、できればこのふたりに軽食など出していただけると有難いのです・・」
「いえいえ!そんな!食事など私たちは全然!」「ゴチになりますぜ・・・って!?え!?断れる体力じゃねえだろ!!俺もお前も後継者サマもよ!!すんません銀橋のダンナ!!マジでなんか特急で飲まして食わせてくだせえ!!お願いしマス!」「そんな時間ないです!すぐ用事すませてすぐ党本部に戻らないと!!ぐうーっ」
「ほれみろ!ツムリがいなくてガードがお前に集中しすぎて緊張のあまりほとんど飲まず食わずだっただろーが!銀橋のダンナがいなさるここなら安全だ!安心して飲み食いさせてもらっとけって!後継者サマもひと風呂浴びて頂くんだからそれくらいいいだろ!」
「で、でも、ぐーっ」「シンジのやつが待ち構えてんだぞ!あの悪魔小僧が!どうせなにかやらかすのは確定だ!腹が減っては戦、ガードはできねえだろ!!」「で、でも湯上りのセットとかしてさしあげないと・・・」「そ、そこは旅館だからなんとかしてくれんだろ!高齢者サービス的な、お着換えを手伝ってくれるお姫様プラン、とか!?」
 
キツイどころではない探索行は綾波チンのような小心者をも多少は成長させたようで。途中離脱もせずにこうやって最後まで同行しきったことに顔には出さずに感心するが
 
 
「・・・そのようなサービスはうちでは行っていない・・・いえ、おりません。が」
従業員に手配するつもりではあったが、プラン呼ばわりも面白くない銀橋であった。
 
「お食事の準備はすぐさま。お望みでしたら入浴時の施療なども」
美容エステ、などではなく、表立ってはないがいくつか戦闘の傷が見受けられたため肌を癒す回復治療は・・・受けては欲しいが、これは時間との天秤になるゆえ問うた。
 
 
「感謝します。けれど、施療は結構。装いも・・簡素なもので」
時間を稼いで碇シンジを逃がすようなことはない、との共通認識の上で。後継者綾波レイは時間を優先させた。とはいえ、浴衣というわけにはいかない。そのまま党本部にも祖母の枕元にもいける恰好、なおかつ、碇シンジにこれ以上狼藉を働く気がなくなるような、となれば・・・聖☆綾波女学院の制服を用意させる銀橋旅館の主。
 
 
 
時がなにより貴重なものであることを思い知りつつ、湯船で不可視の貝殻のような強行旅の疲労を溶かし流していく綾波レイ。「お風呂は・・・命の洗濯・・・」とは誰の名言か。
 
 
とはいえ、これは補給。旅を終える判断を下したわけではない。・・・正直にいえば、下せなかった。決断するべきを、できなかった。背中を押されて・・・戻されただけ。
これから、どうすべきか・・・・・碇シンジに会ったから、どうなるというのか。
渚カヲルならばまだしも、神に近い英知でなんらかのブレイクスルー、光ある方角を指し示してくれる・・・期待などはしないし、できない。己で考え決め解決するしかない。
間に合わなかったとしても・・・誰も責めはしないだろう、己も己を許さないことはない。
命を救いたい、と思い。命を救える、と、救えるに決まっている、と信じ行動し続けるのは傲慢だろうか。払う代価に怯えながら。己の肉親だけは、なんとしても救いたいというのは。それに関して他人に助けを求めるのは。助力を要求するのは。時間を奪うのは。
 
たぶん、自分は間に合わない・・・そんな弱気を打ち倒したい。己が打倒される前に。
自分の行動は全部無駄だった・・・・そんな計算を砕きたい。己が砕かれる前に。
多大な犠牲を払ってでも自分の肉親を延命したい・・・なにか理由がほしい。そうせざるを得ない、誰もが認めざるをえない特別な運命を。まだおわかれしたくない・・・
 
しなないでしなないでまだとおくへいってしまわないで
 
まだ党首なんかになりたくないから?重い責任を担いたくないから?
・・・それも、ないではない。綾波、この異能一族の舵取りは・・・とても難しい。
自分では力不足。皮肉なことに、異能ではない力が、多方面で必要となる。
自分ではこの程度。このレベル。赤い瞳の者たちを率いるにはあまりにも足りなすぎる。
赤い瞳の者たちが自ら見上げて、寄ってきてくれる何かが、夢やカリスマ、執念、決断力、祖母にはあるものが、自分には欠落してる。ただ神輿に担がれているだけでは多量の血が流れることになるだろう。内からも外からも沸騰する力の奔流・・・それを制御し乗りこなす器用さは、自分の魂のどこにもない。他の誰かに補完してもらうしかなさそうだ。
厄介な力の流れはぶった斬って解決するしかない未来の自分の姿・・・
口八丁手八丁で器用に利益調整し、血族の多数を調停する自分の未来図は・・だめだ・・
イメージできない・・・そうなりたいはずなのに・・・やれそうもない・・・
 
 
綾波レイは入浴を終えて、肌や髪には最低限の手入れをし、用意された制服に着替えた。
苦悩が湯気とともに消えてなくなるはずもないが、すこし体が軽く滑らかに戻っている。
 
常温水と冷水、温泉たまご、果物類、栄養ゼリー、コーヒー牛乳、フルーツ牛乳、アイスクリーム・・・・一人用には多すぎるだろうそれを、全てたいらげる。美味と感じる余裕はなくとも力は回復する。というか、お付きの鍵奈たちにゆっくりじっくり食事させるため、皆が心配になるほど長風呂していた。まあ、この程度でのぼせるほど、綾波党後継者は弱キャラではない。むしろ、最強格。しかもここは地元であるから心理的地理バフ有。
 
 
 
碇シンジなど開戦のゴングが鳴れば、あっという間にぺしゃんこのクシャマンにされる。
はず。
 
 
党首である祖母が呼んで、それに応じて来てくれたのだから、孫でありかつて同僚であった自分が出迎えて応対せねばならなかったところ、事情でそれが出来なかった点はこちらが詫びねばならないだろうが・・・・・それにしても、それにしたって。あれはない。
 
 
ウルトラマンモノ。ひとに無断で、というか常識で考えて門外というか機関外不出にすべきシロモノを、ひとの地元で公開するとか流行させるとか!ひどすぎる。鬼か。鬼だ。
評判だの好感度だのを考えたこともないし、自分から積極的にキャラクターの説明をしたりする気はなかったし、ないけど。どういうわけか、爆上がりしているらしい。反動で爆下がりするかもしれないが。もう戻せないステージに上がらされてしまった。己が想定していないイメージを背負っていかねばならない重さというものは。それを楽しめる精神構造こそ芸能人に必須なのかもしれない。芸能人じゃないけど、主演とかしたけど。
 
 
・・・・いやいや、こんなことを責めたいわけではない。責めたいけどそんな時間ない。
 
助力要請・・・も、どう考えても専門分野じゃないし・・・愚痴外来的な、カウンセリングの役割とか・・・違うでしょう、だ。何を言いたいのか、何か聞きたいのか・・・
ここにくるまではスパーリングのように色々想定問答を考えていたはずなのに、湯船で流されてしまったのか、思い出せない。ただ、会いたい、という感じでもなく、会いたい会いたくない、きっちり五分五分といったところ。局面的に楽しい会話になりそうもなく。
 
 
 
広間には、碇シンジに、そのすぐ後ろに鈴原ナツミ、その後ろに赤木ナオラーコら小賢者たち、その横に目つきの強い二十代女性、眼光が稲光のそれの男子学生、強力な神性を帯びた中学女子が控えていた。女学院の交換留学生・・・生名シヌカ、弓削カガミノジョウ、向ミチュ、だったか・・・かの竜尾道の住人がこの場にいるのはまさかただの見物ではあるまい。自分を前にして誰も威圧されない。なかなかの陣容だった。
鈴原君の妹も浮いても沈んでもいないのは、さすが鈴原君の妹だけはある。
 
 
碇シンジとの一対一を想定していたので、いきなり読み先を外された、ともいえる。
 
相撲の立ち合いでいえば、「待った」がかかる場面。いや、これはボクシングでも相撲でもそもそも格闘技、ケンカとかではない、ただの理性的な話し合いだけど。それでも・・・この人数を引き連れてくるとか・・・これるとか・・・碇シンジらしくないような・・・彼も昔の彼ならず、といったところか・・・まさか、あの碇シンジが単にビビったあげくに一人に耐えきれず援軍を情けなく頼んだ、なんてことはないだろうし。けどまあしかし、彼一人でないと・・・話はしにくい。ヘタなことを言わせぬ牽制というなら分かるけど。
のんきに風呂なんぞ入らずに、さっさと踏み込んで2人きりになって釈明を聞くだけ聞いて切り捨ててやるべきだったか・・・それから、この地でできることはもう何もないから早く第三新東京市に帰れ、と。彼のいるべきはそこ。自分とは生きるステージが違う。
 
 
彼と対峙する。時は流れても、場所と人が同じであると、過去のことはどうしてもダブる。
 
彼の姿が変わっておらぬから、またしても同じ目に合わせるかと警戒感はどうしても。
それでも、もう自分が連れ去られることはない。あの時とは違う。心も命もここで使う。
もう一度、自分を連れさそうとしたら、自分は彼を許さない。逃がそうとしたら、ここで逃げるような軽い女だと侮ってきたら、もう二度と話もしない。絶交だ。許さない。
 
 
 
 
「いろいろ大変なところに、お邪魔しちゃってごめんなさい綾波さん」
 
とりあえず、と言った体ではあるが、いきなり謝ってきた。この場面でも呼び名は変わらず。あまりのスムーズさに、ナツミさんはシンクロ、つられて頭をさげたけど、他の者たちは観客然としていた。セコンド役でも応援でもないのなら、座敷を話してほしかったけど・・・・今さら文句もつけられない。時間を与えたのは失策だった。旅塵にまみれた姿でも別にかまうものか。でも同行してくれた鍵奈とチンさんに短時間でも休息してもらうのは必須だから仕方なかったか。切り替えて戦術を組み立てることにしよう。
 
 
「いえ、こちらが呼んでおいて・・・連絡もうまく?がらなくて・・・迷わせてしまって」
向こうがとりあえず謝罪の言葉を述べたのだから、こちらも応じるべきなのだが、あやまりたくなかった。名刺のように定型文を出すのは簡単だけど、やりたくなかった。
もちろん、碇シンジ以外の相手なら自動的にロボット的にやってのけただろうけど。
 
 
ぎろ
その顔を見る。観察する。戦闘力を計測する。ただの話し合いではすまない。
これは己が意思を相手に貫通させる戦。ナワバリから追い返す命のやりとり。
 
 
旅塵を洗い流し、簡単にでも身繕いをした綾波レイはやはりびっくりするほど美しく、(この前会った時とレベチじゃない?ここからさらに綺麗になっていくんだとしたら、どんだけー!?)と内心、別の意味でビビりちらした碇シンジであった。正直、ものすごい劣等感を感じた。厳しい外界の荒波に洗われ磨かれる類の美しさというものがあった。
 
鈴原ナツミたちも似た様な感慨はあったが、ここから修羅場が展開するのは間違いないと銀橋から聞かされていたので、のんきに顔に出したりはしないだけ。それでも綾波レイの覚悟ガンギマリの腹の内まで感じ取れたらドン引きしたであろうが。
 
 
碇シンジ・・・・その戦闘(交渉)力は・・・・「計測不能」・・・・
 
 
一見、素直に謝っているが、悪いと思っていない。しかも、こちらの言うことに従う気はほとんどない。なんとか自分の要求を通そうと思っている・・・かつての碇指令にそっくり。そんな邪知オーラをひしひしと感じる。難敵だ。共通利害があるうちはいいが、こちらの要求をのまそうとしたら手ごわいことこの上ない。なぜなら、手の内が読めないから。
 
 
相変わらず、何を考えているか分からない。彼の心だけは読めない。もうこいつだけは読むのも躊躇を感じないのに、読めない。読んでやろうと思うのに、読めない。その心だけ。
 
 
 
 
「・・・というのが、現在の状況。だから、申し訳ないけど、祖母にも会わせられないし・・・党の後継のことで騒がしいことになると思うから、危険が及ばないうちに帰って」
 
淡々と事情説明をして、帰還を求める綾波レイ。
 
「これは交換留学生のあなた方にもお願いします」
 
実質、これは命令だぞ通告だぞ交渉の余地なんかないぞ、と眼力を込めて。被害を受けないよう早めに安全なところに戻りなさい、というしごくまっとうな話。祖母に頼まれたからには祖母の言葉じゃないと従えない、などと屁理屈をこねてくる可能性もあるから先に潰す。心の底に小さく矛盾を感じるが、口には出さない。赤木の小さな賢者たちから現地状況は聞かされているだろう。
 
 
祖母がいなくなれば、綾波は・・・割れる。砕けて散って泡と消えるかもしれない。
党首交代は早すぎるし、己にしても未熟すぎる。
祖母の延命は・・・諦めきれないが・・・それが成せず時間切れになれば・・・・
地元に残って地盤固めに奔走するべきだったかもしれないが・・・時は戻れない。
 
愚かな選択と言われようが・・・視野が狭く器量が足りないのだと言われても・・
 
自分の母が原因で大惨事が起こり、祖母が長い時を欠け復興させ、孫の代になるまえにバラバラに崩壊する・・・祖母の苦闘と苦労を思えば、胸が痛い。そして心が。
 
まとめる力が自分にない以上、大乱になる。外綾波と内派閥。正直、どうしろと?
 
どんな賢者も軍師も答えられまい。・・・不細工に不器用に捏ね上げていくしかない。
血のしみ込んだ粘土を高熱で焼き上げて。誰にも似ていない泣き顔を鋳造する。
 
ここにいても何もいいことはない。バカで無能な孫娘のせいで、また同族で潰し合う。
 
自分の隣には誰もいてはいけないのかもしれない・・・・こんな重圧、息苦しさ・・・分けられない・・・誰にも味わせていけない・・・・憎いと思う敵にすら、これはだめだ。
 
 
危険なのだからすぐに帰ってくれるはず。帰るはず。ここで一発大逆転の策を碇シンジが出してくるとか、ありえないし。この人も結局、力で解決、パワーキャラだし。
これまでの事情を聞き、あまり考えた風でもなく簡単に言ってきたのは
 
 
 
「祖母を治しに三千里、かな。大変だったね、綾波さん。でも、治療のめどはついたんだよね?」
 
 
ズバッと!
妖刀のごとしの切り落としであった。綾波レイの顔色は一瞬で白く染まり、後ろの綾波鍵奈と綾波チンの顔色は青くなった。余所者相手に事情を全て話したわけではない、世界各地を探索し求めた「嵐の異能に耐えうる臓器」は、手に入れられなかった。
腎臓までは造り上げたが、要の心臓がどうしても。現時点で、限りなく失敗に近い三千里行であり、綾波レイが認めてしまえば。碇シンジの言葉はその確認のようなもの。
 
 
”ひとを呼んでおいて連絡もなしにさんざん待たせたあげく失敗したんだよね?”と。
 
 
相手方の顔色の激変化で、鈴原ナツミたちも碇シンジの失言に気づき、顔色を変える。
 
しかし、これは無理からぬところもある。碇シンジの顔を見に来る時間があるなら祖母のところへ向かうべきであろうし、モノの件をこらしめるのは、そんなのあとでもいいだろうし?そんなことも分からぬほど憔悴していたのか・・・または。その局面で対面を乞う、というのは・・・シンジはんは綾波先輩にとって、そこまでの存在・・・つまり「乞い人」・・・ということになり、自分たちは超のつくお邪魔虫、ということになる。いや、そうなんやないかと思って遠慮しとこうと思ったけど、シンジはんがこれまた土下座して頼むから仕方なしに同席しただけなんやけど・・・・泣こうと喚こうと断るべきやったなあ・・・・修羅場、というかもう墓場に近い空気。いや、処刑台か。かんにんしてくれやあ・・・・兄やん、たすけてえ・・・こんなん。うちの手には絶対負えんし。白うなった綾波先輩の表情・・・いたたまれなさすぎる・・・・これなら、シンジはんが百回大根切りにされた方がマシや。
 
 
 
「ダメだったんだね・・・残念・・・」さらに、地獄の悪鬼もギブアップするような追撃。
 
 
空気は処刑台を越えて、もはや氷結地獄。人類が生存していいアトモスフィアではない。
冥王星に強制ワープさせられても、もう少し心地よいだろう。前世でどんなしくじりをすればこんな罰ゲームに参加させられるのか・・・光の速度でここから退散したいけど・・・・・・ここまで来て放置もできないブラックホール責任感。もう石になりたくて綾波レイを直視する鈴原ナツミ。責めるでもののしるでもキレるでもいいから、せめてなんか言葉を発してほしい!か、会話、対話がなんとか続けば、誤解も解けるかもしれんし!
 
いくらなんでもこれは誤解というかワード選択の失敗というか、いくらなんでも空気読まなすぎるというか、人の心とかないんか案件やし!慰めるのも超難易度かもしれんけど、まだそっち方面で爆死してもらった方が!後悔なく骨が拾える!・・・んですけど・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・・・・・・」
へんじがない。あやなみれいは へんじをしない。
 
 
 
助言を求めたわけではない、助力を期待したわけではない。
彼にもどうしようもない。誰にもどうにもできない。自分にもできなかったのに。
ここで相談なんかしても、愚痴をこぼしても、何も変わらない。心も凍りついた。
同情も腹立つとか思っていたけど、この他人事みたいなただの確認は・・・虚しくなる。
空しくなる。同情くらいはしてほしかったのか。もう、わらうしかない。
 
 
 
 
 
「でも僕は綾波さんを助けない」
 
 
トドメとばかり、こんなことまで言われた日には。
 
 

 
 
 
碇シンジへの好感度情報
 
 
 
鈴原ナツミ=ドン引き急激落下中・・・・マジかこいつ・・・
(隠れて護衛中)鈴原トウジ=耳を疑い思わず鼓膜を破りそうになった。マジかこいつ
 
生名シヌカ・弓削カガミノジョウ・向ミチュ=思い人の為にあえてのウソをついた、とかでなく、ふつうにやらかしたことだけは分かる。ただ、これだけの美人にむかってわざわざ助けない宣言とか、頭がおかしいな、とは思っている。
 
綾波チン・鍵奈=なんらかの期待をしていなかったといえばウソになる。というか、これまでかけられた迷惑をいまこそ挽回する時だろ!と思っていたらコレ・・・裏切者には相応の報いを。年齢を考慮して「死ね」とまではいわないが、くたばれこのクソガキ。ツムリがこの場にいなくて良かったな・・・
 
綾波緑豹(結界のすぐ近くまできていた)=変化なし。ただ強者の気配が重なるのを慎重に察知している
 
吹雪神林(単独で結界を抜けてバレないように盗聴中)=自分好みに空気を極寒にしていたので、好感度アップ。さらに下げろと思っているが、ここからは経験上、男と女のデスゲーム、刃傷沙汰が始まり血液と内臓の分だけ温度上昇するだろう、と予想。
 
 
 
 
綾波レイ=こんな時、どんな点をつければいいのか、分からない・・・