ばしーん!!
巨大ハリセンが碇シンジの後頭部を思いきりシバいた。勢いとしてはどついたに近いし、やった鈴原ナツミも心情的にそのつもりであった。
「なにゆうとんじゃいこのボケ!!」
怒鳴り声も役割のつっ込みとしての軽やかさなど微塵もなく、ただ心情的にボケたことほざいた寝とぼけた言語中枢を宿す脳天を強制覚醒させるべく、ぶっとばしたいからぶっ飛ばしたというのが実情。
「もういっぺんゆうてみいこのアホ!!」
さらにボリュームあげて吠えた。兄やんたちには見せられんな、とちら、と思わなくもなかったが、かまうものか。言わざるをえない!これが己の使命、これがうちの天命。綾波先輩にはいらん世話かもしれへんけど、やってやる。そのために、このためにここにおる。
超能力的なモンは一切もたぬ、一般ピープル女子中学の自分であるけど、何をしようと何を言おうが、この場をこのままにしておけぬ。お邪魔虫の弱者であるけど、ここは自分の出番。指先ひとつで潰されようが、乱入させてもらう!
「この場面でセリフ違えてどないすんねん!灰皿ぶつけんで!!」
大昔の映画監督、演劇の演出家のような己のセリフこそ、狂言、頭おかしいちゃう?とインナーセルフつっこみするしかないけど!このバカの先ほどのNGノーグッドどころか、マイケルもびっくりしてムーンサルトしてまうほどのミリオンBAD,百億年の恋も冷めるようなあほあほゼリフは撤回させねばならない。なんとしても!そんな非常識なクソ台詞、どんな悪役からも聞いたことがないわ!ゆうか、意味わからんわ!!たとえ初対面であろうとも、こんな美少女前にしたら助ける一択やろ!!それが少なからぬ因縁というか友誼を結んだ相手に向かって、地元までやってきて言うことか!頭おかしいんちゃう!?
唐突に奇矯なことをやりだすのは慣れてきたけど、これはないわー、絶対ないわー。
ただ、ハリセンでどついた感触だと、本物・・・ニセモノが化けて2人の仲を裂く作戦進行中、という感じでもない。と、なると、緊張のあまりの言い間違い、か・・・・
ミスは誰にでもある。してはいけない局面、シチュでやってしまうことは・・ある。
とりかえしはつかないかもしれんが・・・あがくことはできる。それすら諦めてしまったら・・・試合終了だ。・・・不戦勝というか、不成立・・?まあ、どっちでもまずいのはかわらん。それをサポートせねばなるまい。多少の恥をかこうとも、それがセコンドの仕事だ。うん、これ仕事だから!・・・あとから美味しいモンむちゃおごってもらわんと割にあわんな・・・こんなん、うちのキャラやないんやけど・・・ここからふたりの気持ちがすれちがって・・・とか少女漫画みたいな展開が5話ほど続くとか、誰得やねん。
「ワンスモア!もういっぺんや!!ハリーハリーハリーハリー!!」
周囲の目がキツイけど・・・綾波先輩があっけにとられてる内にやり直しさせんと!
碇シンジがこちらをふりかえってなんか信じられないような目を、いわゆるブルータスを見るような目で見てきやがったのでもう一発ハリセンをかます。
「はよせい!綾波先輩もお忙しいんやで!!」
「・・・アスカですらここまでしなかったのに・・・」とか小さい声でぶつくさ言ったのでさらに一発いれてやろうかと構えたら、大急ぎで訂正した。
「でも僕は綾波さんを助けないよ」
・・・・まったく世話が焼けるシンジはんやなあ・・・・って!!?
「直ってないやんけ!!しかも、最後の”よ”とか絶対いらんし!!」
え!?マジかこいつ・・・ここで天丼とか・・・状況わかっとるんか?どんなにオモロ芸人さんでもこの局面でかましてこんやろ・・・やばい・・・シンジはやばい・・・兄やんの言うてたことにまだ底があったなんて・・・やばすぎるやろこいつ・・・
ああ・・・綾波先輩の目の光が・・・・破滅のジャッジメントデイに炸裂する輝きとはこのようなものだろうか・・・そら、そうやろなあ・・・たとえ不倶戴天の敵でも、さすがにここまでコケにするようなことは言わないやろしな・・・この無駄遣いすぎる時間の間に党首はん、綾波先輩のおばあはんが亡くなってもうたら・・・その先を想像することもできん。恐ろしすぎるし、もうどうにもできない、というか、どうにでもなれや・・・
ごりゅっ
うわ、拳をめっちゃ固めとるし・・・ぶん殴りたいやろなあ・・・他人の目があるばかりに・・・やっぱ、こんなの一対一で話させとけばよかった・・・終わった・・・
「助けられない」のは事実だろうけど、言い方・・・言い方が・・・言葉ってこわあ・・
なんも考えずに発しようと、その中の言霊が、現実を変えていく。気遣いとか経験値やテクニックもあるけど・・・言葉はなあ・・・アンタ、綾波先輩の師匠とかやなくて、友達ちゃうんかな・・・自力で助かれって正論やけど・・・ダメ押しすることないやんか・・
鈴原ナツミの碇シンジに対する信頼度が底値まで下がった。マイナスにはならないが。
兄の親友、自分を土下座までしてここに連れてきた男には、少なくない期待値があったのに。こんなん大減点するしかない・・・勝手なものだと自覚はあるけど。
しょせん、血族以外の 他人だからしょうがないのか・・・・・いらない期待をもたせるより優しいというべきか
別に、「僕が全部なんとかするから!綾波さんは休んでいて!」とかそんな夢物語は期待してなかったけど・・・まったく、零に近いほど、していなかった、そんなのは
綾波レイの碇シンジに対する好感度が底値まで下がりきったのはいうまでもない。
もう話すこともないだろう。あとは祖母を看取り、党を維持・・・この地で乱が起こる乱で生じる死傷者を少しでも減らすように・・・祖母のような大器の英傑ではないけど、出来るだけのことを・・・しなければ。その道をゆけばもう、彼の出番も居場所もなくなる。歳を百年もとったかのようにどっと疲れたが、崩れたりしない。この場を、彼の前から去ることにする。これ以上、言葉はいらない。現実を踏みしめるのみ。
「あ」
碇シンジがいまさら気づいたように。
「助けないって言うのは、僕には助けられないってニュアンスだった。内容は変わらないけど」さくっと訂正してきたので堪忍袋の緒が切れた。
黙っていてくれたらよかったのに・・・・憤怒渾身の右ストレートは我慢できない。
「零号機なら、どうにかできるんじゃないの?もしかしたら。頼んでみたら?カヲル君からそんなプログラムをもらってたよね?物質を変状させるとか?それで不足してる部分を生成するとか?僕の集シンジ機?だっけ?あれも重要なパーツは零号機に造ってもらったんでしょ?他のエヴァにはできないだろうけど、零号機ならなんとか・・・してくれそ」
碇シンジの頬、数ミリ直前で綾波レイの拳が停止したのは、できたのは、おそらくはふたりの絆の力。その力が強かったのか弱かったのかは謎である。比較対象もなし。
ギリギリ適量に足りたというか。それを愛とか呼ぶのは時期尚早かつ無責任であろう。
「う・・・じゃないかなー?素人考えで悪いけど、・・・綾波さん?」
夜雲色ではない、暁の宙の色。
惣流アスカしか見たことがなかった瞳の色であったが、こうして間近で綾波レイも確認することになった。七変化する煌めき。どうにでもなる、どうにかしていく未来指向の光線。変幻するそれをくっきりと照らし出す楽しげな天光。マン・オブ・ルミナリエ。
慰めるのも悩まれるのもごめんだったけど、この思いつき、素人考えは・・・
機構設備のプロフェッショナルでもなく、学力的には中学レベルで、渚カヲルのような超天才でもない、ウィズダム面では一般男子学生以上では決してない、(ダブリだし)、碇シンジが己の知性の限界まで、彼なりに知恵を絞りつくして考えてくれたことは、分かる。
適当な思いつきではない(はず)。人類最後の決戦兵器たるエヴァを、こんな私用に、こんな・・・個人の命を救うことに使うなんて…使えるなんて・・・そんなこと・・・思考に壁があった。でも、私用に使っていいなんて・・・いや、使用料は一生かかっても払うけど!・・・こんなこと、タブーとか感じなかったのだろうか・・・毒をもった生物に毒が効かないように、本人が禁忌の塊だったから・・?いやいや、いまのなし。碇君はもう普通の男の子だから。ふつうの中学生だから。高校生のわたしが考えつかなかったことを
思いついたとしても、べつに悔しくない。アイデアを実現するのが大変なわけで。
そこから具体的な先はおまかせします感がすごいし。ま、まあ、それは仕方ないし、いい。
いいのだ。
自分のため、自分の為だけに、どうにか良い未来を探そうとしてくれた。
バカなんかでは決してない、碇君は。おりこうのはんたいなどではない。
それだけで。渚君なら、完璧な予算計画作業指示書まで作成してくれただろうけど。
いや、時間さえあったら碇(元)司令にかけあって怪しい計画を作ってもらったかも。
コネクションを使うことになんの躊躇もなさそうだし・・・そこのはユイおかあさんの血かな・・・いや・・・もうユイおかあさん、とか呼んでたりしたらダメかな・・・
そ、それでもとにかく、碇シンジ、碇君が自分の味方であること、天然自然当然のように味方してくれたことが・・・・・・・・こんなにも嬉しい。ふわほわしすぎの素人アイデアだけど!やめろ、とも諦めろ、とも彼は言わなかった。自分にはやれるのだと信じてくれたゆえの情と熱の言葉。雷撃コンサル、ストームブレーン・碇シンジ。それでいい。十分だ。わたしたちのルネッサンス。
このひとと同じ暁を見られるのなら・・・どんな夜も怖くない・・・ふと、そんなことを
蝶番が錆びついていた神経回路の扉がバンバン解放されていく。頭に昇っていた血は巡ってこそ。思念をまわすにも気力のエネルギーが要る。殺意に転用しとる場合ではない。
クレヨン社の名曲「暁の宙」が頭の中と心の内、魂の外殻に響き渡る。
まあ、拳が停止するのがわずかでも遅ければ、折れた歯とか飛び散る血とともに永遠に閉ざされていただろうが・・・ てめえの頬直前で停止した拳を気にせず、こんな目ができるのは、心の底から碇シンジが綾波レイを「どう思っているのか」分かる。
これには読心能力などいらない。各自反応こそ異なるが、「それもんでこれか!?」とつっ込みたいのが多数だったが、とにかく分かるのは分かる。
まあ、どう見ても綾波レイからの挑発構図は奇妙極まっていたが。誰も何も言えない。
さっさと拳をひっこめればいいものを、そのまま固まっている綾波レイ。変な人であった。
誰かなんかフォローすべきだったが、展開が急すぎてついてこれない。
「これは・・・グッドアイデア・・に一歩足りないくらいで賞、とか?」
瞳の色をいつものに戻しながら碇シンジが、出したままのパンチにフォローを入れた。
かなりむりやり、そんなの聞いたことがないで賞だわ、と鈴原ナツミも見守るしかない。
だが、気遣いフォローならば切れ味を測定すべきではない。ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと、だ。
「そ、そう・・・い、いえ!ぐっとあいであ・・・とてもいい考えだと思うわ・・・碇君」
拳から、にょきっと、親指を展開してみせる綾波レイ。これで普通のグッドサイン。
ぐっときたから、ぐっとサインなのかもしれないが、それは本人しか分からない。
それを高速で出してみせることにどういう意味があるのか、などと聞き出す命知らずはここにはいない。エヴァ零号機の名がいきなり出てきたことに戸惑う者も多い。
出来るかどうかは分からない。さすがに今からネルフで検証する時間などない。
ぶっつけ本番、だがやるしかない。悩む時間が惜しい。材料素材と知見は可能な限り積んできた。無駄かもしれないが、挑むに値する闘い。やれるかもしれない・・・いや、やる。
やってやる。やってのける。異能対応の機能指定、人体免疫適合に特化する物質製造に関しては、渚カヲルにアドバイスを求めたいところだけど、今は火織ナギサ、彼しかいない。マザーマシンたる福音丸に関するデータならば、その転用を考慮するなら・・ネルフ、というか東方賢者・赤木リツコ博士に協力を求めたい・・・けど・・あ、ミニサイズだけど能力はほぼ同じなのが目の前に3人いるし!
赤い瞳が燃えるように輝いて。荒天の闇夜をこそ照らし出す諦めず消えぬ灯を掲げること、掲げ続けることこそ、綾波の率いる者の資格。たとえ敗北しても輝きは褪せることなく。
「それじゃあ碇君!急ぐからこれで!どうもありがとう!」
そのまま、ウルトラマンモノの件を追求することなく綾波レイはマッハで去っていった。
ちなみに、有無を言わさずナオラーコたちが拉致・・いやさ同行させられた。
さすがの勇者、鈴原ナツミも異議を唱えられなかった。
あの燦然としてフューチャーオーラをまとった綾波先輩に勝てる奴なんかおらんやろ・・
実は撲殺寸前だったシンジはんは、いまさら気合抜けたみたいにぽうっとしとるし。
惚れ直した、とかそんなんや・・・ないよな・・?わからんし、しらんけど。
ひと仕事、仕上がった実感はあった。ここから先は現地の皆さんでどうにかしてもろうて。
派手な異能バトルとか勃発する前に、間に合った、というところか・・・
ここで旅館が襲撃されて、自分たちが綾波先輩に対する人質に使われるとかの鬱々展開にならんでつくづく良かった。
・・・・ならんよな?アクション映画なら、待ってましたとばかりに敵役がヒャッハーな感じで突入してくるトコやけど。そんなドラマチック緩急いらんから!ホンマに!
「歴史を変えた一撃だったかもしれねえな、あのハリセン、夫婦漫才は」
生名シヌカはそう言ってくれたが、嬉しくもなんともない。碇シンジはひそかに根にもっていそうな目をしてくるし・・・綾波先輩のことを真剣に考えてたのは偉いけど面倒くさいなこの野郎・・・とか思っていたら「・・・修正フォロー、どうもありがとう・・」礼を言われた。こっちの思いを汲んだのかと思ったけど「分かってんだろうなこの野郎!きっちり礼を言っとけよ有能な後輩によ!諫めてくれる奴は一番槍よりも価値があんだからな!あ!?異論があんのか!?あ!?え?コラ!」単に生名シヌカにシメられていたかららしい。まあ、シンジはんにご立派人格とか求めてへんけど。支え甲斐は・・・あるか?
あの去り際の綾波先輩の表情からすると・・・うーむ・・・あれ見て惚れん男おるん?
度胸千両業界に入るつもりはないけど、勇気を出してよかった、というべきか。
なんか、おいてけぼり感がすごいシンジはんの背中やけど・・・どうなるんかな、綾波先輩と。いや、単にぶっ飛ばされずにすんだことをいまさら安堵しとるだけかも?
・・・まったく、兄の親友ポジで十分すぎるなこのヒト。
なんせ心臓に悪すぎるし。今度はあるまいが、次に土下座されたって聞くものか絶対。
キャラにそぐわぬ懸命な苦労は報われて、鈴原ナツミは銀橋旅館にもう一泊だけして女学院寮に無事に戻れた。吹雪神林率いる襲撃部隊と綾波緑豹が旅館結界のすぐそこまで来ていたのだが、その顛末まで一般中学女子が知ることはない。
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