碇シンジの判断と行動は早かった。まさに電光のそれ。
 
 
接待を受けると見せかけて、ハードワークがすぎる綾波レイを休ませる、というミッション。人によってはなんだその簡単な話は?ミッションとか大げさな、と思うであろうが、この手の難易度はまさに「人による」。水場に牛を連れていっても無理やり飲ませることはできない。喉が渇いていればそりゃゴクゴク飲んでくれるであろうが、体の欲求に逆らっても行動し続けるのは人の愚かさか優れた点か、判断のしにくいところ。
 
いわゆるテンアゲ、テンションがあがりきっている状態だと己の疲労を認識しにくい。気づいたときは後の祭り、ヘタをすると脳の血管がぷちんといって半身不随となったりと恐ろしい結果になりかねない。ので、それはなんとか避けたいところ。若かろうと年寄りだろうと人体構成としては同じなのであまり変わりはしない。
 
そんなわけで、碇シンジもいろいろ前向きに作戦を考えていたのだ。少年の身であるが、老婆心ながら、の老婆の心境になっていろいろと。「休め!」と命令して「はい」と休息に入ってくれれば簡単なのだが・・・家電のように電源スイッチを入り切りするようなわけにもいかず・・・しかも、相手は接待、おもてなしをするつもりでこっちと対峙するつもりでいるのだから、それを台無し、パーにするわけで・・・罪悪感もハンパない。重大事とわきまえておきながら綾波党の誰もがやりたがらない、かろうじて綾波ツムリくらいがやってくれたかもしれないが未だ入院中。
 
 
己がやるしかない仕事を成してこそ男。
 
 
そう観念して腹をくくって最悪、綾波レイにビンタ百発くらいもらうはめになるかもしれないが・・・やるしかないのでやるつもりだった
 
 
・・・のだが、覚悟を決めたところで、急なスケジュール調整。待った、がかかってしまたことで、碇シンジの内部で何かがキレた。周囲の者にしてみれば、なにをいまさら繊細な少年ぶってるんだ、と糾弾したいところだろうが、少年は少年なのである。現役中学生であるからして。どんなモンスターにも弱点はある。繊細なガラスの十代にないはずがない。ヒロインの窮地を救いにいくのはヒーローになりたい少年の果たすべき誓いであるが・・・・山盛りの仕事から逃げずに処理し続けるゆえに疲れ切っている彼女に感謝どころかキレられる恐怖すら予見しながら癒さねばならぬというのは・・・もうそれ配偶者の仕事ですよね?高熱の火の輪さえ喜んでくぐる硝子の十代でも耐えら得るはずがない。
 
試練の先にえんえんと続く日常難問。ジャンプでは越えられない、それは深い深い谷。
 
 
そんなわけで、逃げた。第三新東京市に帰宅した、と表現してもいいが、実質の逃亡。
 
 
やりたくもない超高難易度ミッションを放棄した。成功しても報酬どころか綾波レイのビンタが待っていると分かっていればやる方がどうかしている。キレたおかげで脳の配線が常識エリアと接続してしまったのかもしれない。算盤を弾けばそれが当然、まっとう。
 
 
ただ、恐怖に慄いてちびりながらお家の方角にダッシュした、という可愛げはない。
 
そんなあからさまに逃亡ランナウェイしてしまえば、すぐに綾波党の誰かに捕まっただろう。スタート地点である女学院女子寮からして逃がしてもらえるはずがなかった。
 
 
 
そんなわけで、その動き自体はさりげなかった。春風のように去りぬ、であった。
 
ちょっと時間ができたから、コンビニでお菓子買ってきます、的な。
誰もこの局面で碇シンジがばっくれくさるとは思ってもみなかったから、してやられた。
 
まさか逃げるとは。頼まれないのに来やがった時はあれほどの凶行に及んだくせに。
 
 
それに意表をつかれたのは、鈴原ナツミを女子寮に置き去りにしていたこと。
 
もちろん、鈴原ナツミもそんなこととは夢にも思っていない。土下座してまで同行を頼んだスジ上、帰る時もおんなじ新幹線(車その他の移動手段でもええけど)だと思い込んでいた。それをまさか。こっぴどい裏切りであった。
 
 
しんこうべ駅への移動中に、親友であり鈴原ナツミの兄である鈴原トウジにバイクで妹を回収して家まで送り届けて欲しい、と頼んで段取りはつけていたとはいえ。その話を聞いた鈴原トウジにしても「はあ?」奇妙な感じを受けたし、「いや、それは・・・」スジ違いを責めようとも思ったがこれも親友の判断であり、事態は鎮静しているのだから速やかに帰宅させようというのも男の本筋でもある。
 
まあ、立場的にも微妙なもんがあるし、女同士のことで妹からナイスな助言やフォローを出してやれるのではないかと思いはしたが・・・これ以上、自分の為に時間を使わせたくない、という男の思いやりも無視できぬ。
 
まさか親友が、途中でトンズラするつもりであるとは、これまたナニワの露とも思っていない。これがまた動揺しまくりとかなら、まだ愛嬌があるのだが、完璧な演技力だったので承諾するほかなかった。もちろん、妹を送ることを誰かに教えたりもしない。
さりげなーく碇シンジが口止めしたせいだ。それと分からないレベルでの誘導。
 
 
要するに、ガチで逃げ出す気100%でいたのだ。碇シンジは。恥も外聞も見栄もなく。
 
 
接待する方が急なスケジュール変更なんかありえないよ!とかキレてみせる分かりやすさを露呈することもなく。当然、このまま第三新東京市に帰ってしまえば、事情を知っているネルフ総本部の全員から集中砲火を浴びせられたであろう。
 
しんこうべ綾波党も許すまい。
 
鈴原兄妹をはじめとする友人連もこの弱腰に大いに失望し、ヤキをいれるに決まっていた。
 
子供の絶対的な味方であるはずの両親でさえ、この件に関してはタダではすますまい。
 
 
承知の上であった。分かってはいた。しかしながら碇シンジはことごとく論破する自信があったし、綾波レイの体調が戻りさえすれば、勘弁してもらえるだろう、という目算もあった。この手の少年の甘っちょろさは誰かにブン殴られて修正されるものなのだが。
今回の件に関しては、立ち向かうことを止める勇気を発揮した。してみたのだ。
 
関係者全員から袋叩きにされるしかない、高貴のカケラもない、いらん勇気であるが。
 
悪魔が囁いた、のであればまだ許されたかもしれないが、心の底から、覚醒しきった上での判断であるからもう、どうしようもない。若気の至り、とか、「坊やだからさ」ですめばいいが・・・・世の中にはとりかえしもつかないこともある。ちょっとした勇気を、手助けをしなかったばかりに、バッドエンドになってしまった現実など。
 
 
 
少し、目を離してしまったばかりに。あんなこと、そんなことに・・・・
 
 
逃げるはずがない者が本当に逃げてしまうなどと。その意識の間隙。結界のアリの穴。
それらを涼しい顔ですいすいと抜けていける、というのは才能なのか。せめて後悔の涙でべたべたに顔を濡らして鼻水でも垂らしていれば、まだ誰かが気づいて止めてくれたかもしれないのに。
 
 
 

 
 
「・・・暫く ・・・・父上」
 
しんこうべ駅に辿り着く直前、背後から、そう声をかけられた碇シンジ。聞き間違いでも人違いでもない。父上、と明らかに己に該当するはずもない単語が入っていても。その声に込められた感情で分かった。分かるはずもないことがわかる、これが悟りというものか。
ただ、ここまで流れるように止まることのなかった足が停止した。人の形をした稲妻のようだったくせに、振り向きさえした。
 
 
「ここで帰ってはなりません!!絶対にならぬのです!父上!」
 
 
学生服に学帽を深くかぶった・・・少年。それでも強く輝く赤い瞳光が隠せない。
その隣には赤い瞳と空色髪の少女、背の低さからして小学生、低学年くらいか。
白銀の和服からすると、どこかいいとこのお嬢様なのか・・・って、そういえばこちらも「父上」呼びしていた。目の色からすると、綾波の血筋、ではありそうだけれど。
 
 
正体は分からないけど(未来はともかく、現時点で子供いないし)2人してこちらを制止しにきたのは間違いなさそう。目の真剣さで、これがゲリラ演劇とかなんらかの罰ゲームをやらされている可能性は除外する。そもそも、そんなことで呼び止められたりしない。
正確には、この場に不可視の威で縫いつけられた、に近い。
遠慮はしていてもやり口は強引。やる時は徹底的にやる・・・誰かに似てるなあ・・・・夜雲色の瞳でふたりを映す。
 
 
「君たちは、誰?名前を聞いてもいい?」
 
口にしてから、喉の奥からたまらぬような苦みを感じた。なぜか。こんな味は知らない。
こんな苦さ、辛みはしらない。なぜか。
 
 
問われたふたりも、一瞬、切ない、辛そうな顔をしたが、すぐに抑えた。意思が強いのか、
やるべきことは何があろうが必ずやってのける鋼鉄の躾でも受けているのか。
返答も淀むことなく、はっきりと。
 
 
「碇レンジ・・・です」
「その妹にして娘の碇シンセです!父上!長女です!」
 
 
逃げるべきであった。まぎれもない怪異現象。怖い。恐ろしい。震えを懸命に抑える。
 
何が恐ろしいかといえば、自分の心が、それを真実、本当だと即座に納得認証してしまっていること。こんなこと、”あるはずがない”。いや、三十歩ほど譲っても、未来から子供がタイムワープとかしてやってきたとしても、こうあからさまに行動に干渉したり、名乗ったりはしないお約束だ!・・・・そういう鉄板知識を授ける存在にふれる機会がなかったのかもしれない・・・そうだとしたら、何をしているんだ未来の僕・・・重要じゃないかそれ。これで未来が変わってしまったら・・・・正しい望ましいルートになるよう軌道修正をするつもりなのかもしれないが・・・・ともかく、えらいことだ。
 
いやいやいや!!?そんなことあるもんか!
本当だったらネルフに連れ帰ってリツコさんに検証してもらわないと・・・・いや?それをしても未来が変化するかも・・?まだそれを律する体制が整わぬうちに時間旅行テクノロジーが実現されてしまったせいで人類滅亡級のN2戦争勃発とか・・・・うーむ・・・・・これはどうしたものか・・・・時間を操る使徒が襲来したとか・・・いや、なんでも使徒のせいにするのはよくないね・・・・
 
 
なんせここは魔界都市「神首」・・・じゃなかった、異能都市「しんこうべ」。
 
なんらかの異能とか術とか魔法とかその他もろもろの超自然テクで、こちらを誤魔化しにきた、というのがまだ信憑性がある。・・・そうなると、こちらの逃亡を察知して備えていた、ということにもあるけど・・・・それにしても「父上」呼びは、情に訴えるにしても的外れすぎはしないだろうか・・・子持ちのように見えるのかな・・・・さて
 
 
異能を看破するいい方法を思いついた。母親、あの子たち風に言えば「母上」の名前を聞いてみればいい。いまさら禁則事項とか言わないだろう。言うかな?なんか雰囲気的には平気で答えそうだな・・・というかウズウズと「問われ待ち」の顔をしているようにも見える。
 
もし、もし、ウソ偽りすら知らぬ無垢真実の声で、「綾波レイ」の名前を出された日には・・・・・・・そもそも、綾波党の誰かの異能なら綾波姓を名乗りそうなものだ・・・こちらをビビらせるために、こっちに寄せた可能性もあるけれど・・・・それにしても
 
ふたりの赤い瞳はこの地に馴染みすぎている。まっとうな現実とも思えないけれど、白昼夢でも幻覚でもない。そんな朧なものに足をとめられるわけがない。どうしたものか。
 
 
 
「己が領地に帰るのか もう」
 
 
自分の未来の子供?との対面でも許容量オーバー、どんな肝っ玉キャラでもこれで動揺しないヒトっていないでしょ!?と動揺しまくっている碇シンジにさらなる追い打ち。
 
聞き覚えはあったが、こんな時でも聞きたくはなかった声。牛の仮面をかぶった着物女。
 
聖事派の首魁とかいう綾波クダン。正体も未だに不明だが、到着と同時に大人数でプレッシャーをかけてきた相手に好感度高いわけがないし会いたくもなかった。ただ、今回は多数のお供は連れず単独で現れたのはどういう意図があるのか・・・分析する、しようという気力も湧かない。そもそも逃げ腰の韋駄天行動であったのだ。脳にまわす血液が不足している。声の調子からも、こちらが逃げるのを歓迎しているのか、期待外れだと呆れているのか、よく分からない。分かりたいとも思わないが、とにかく、これ以上思考負担を増やしてくれるな、と思うばかり。
 
 
「あー、えー、うー、いー、うー」ホントの子供の前なら決してさらしてはならないレベルのオタオタぶり。しかし、どう反応していいか・・・マジで思いつかない。生物の本能に従って逃げるのが一番なのだが、「逃げるな」と子供(だと本人たちは言っている)から釘を刺されてしまっている。いや、鎹だったかな?・・・そういう意味じゃなかったっけ・・・・けど辞書をひいてる状況ではないし!
 
 
 
「なら、その前にバトルさせてもらってもいいかな〜?」
 
そこに、あからさまに割り込みオーラ全開で声をかけてきた者たちがいる。20代くらいの男女ふたり、まっとうな会社務めみたいな恰好はしているけれど、その目の色は剣呑、左が赤く、右が輝くような緑色、微妙に色合いが違っていても99%、前に「片目が色違いになっとる連中にはくれぐれも気をつけろ」外綾波の者だろう。混乱中の碇シンジでもそれくらいはさすがに思い出せたが、有効な対策とセットにされて伝えられたわけではない、吸血鬼に対するニンニク、十字架などの弱点の用意があるわけではなく戦慄するしかない。交渉の余地もなさそうに「バトルさせて」とはっきり口にしているし。
 
 
「実際にバトルするのは、こっちの野郎一人だから安心して〜?わたしはサポート専任だから。あ、自己紹介がまだだったね。わたしたちは綾波党南米支部の綾波緑豹、綾波ナモンだよ。名刺が欲しかったらあげるけど、どうかな〜?要る〜?」
 
「あ、いえ。結構です必要ないです。僕も持ってませんので・・・・綾波緑豹さんっていいましたか・・・」
 
 
「危険度SSR!見かけたらすぐ逃げること!!」と警告されたやばいヒトではないか。
 
見た目は目の色さえのぞけば、いたって普通というか、そんなマッチョ大男でもないし黙ってこっちを見ているだけの態度は、それで危険性を悟れ、というのはかなりの高難易度と言わざるをえない。まあ、バトルはバトルでも異能を絡めたそれは、外見がおとなしめの方がつよつよ異能を保有していたりするのが定番だが。逃げる判断を遅らせる、という意味ではそちらの方が脅威か。・・・いや、党首が回復したのをまさか知らないはずはないのにその賓客の立場かつ後継者綾波レイの元学友であった自分への手出しをこんな街中で公言する神経こそが最も恐ろしいのかも。レンジたちのことがなければマッハ離脱一択なんだけどなあ・・・・逃げたら人質にして「戦えー!」とか言われそうだしな・・・
 
正々堂々とバトルを申し込んで、身元だって明らかにして平気なのだから、それはしない・・・・かもしれないけど。バトルさえすればあとはどうでもいい系という可能性も高いし・・・どうしたものかどうしたものかどうしたものか・・・割り込みされた綾波クダンが「割り込みするなー!こっちが先約ー!!」とか怒りだして、約束とかしてないけどとにかく、そちらでバトルを始めてくれればしめたものなんだけど、そんな気配もない。
 
「外綾波がどう動こうと・・・意味がない もう」
戦闘系ではないのか、政治を気にしているのか、高みの見物モードに入っている。
 
 
 
「それで先に謝っておかないとなんだけど〜」
 
サポート役だと言った綾波ナモンがあまり反省しとるようでもないふうに。
 
「ほんとは周囲に影響が出ないようなところでバトルすべきだし、わたしも緑豹に言ったんだけど、黒い巨人を捕まえそこねてバトルできなくて、どうしても我慢しきれない・・って、それでなんか黒い巨人よりも・・・それを駆る拳法使いの若い子より・・・あなた強いのかしらね?もう南米支部に戻るところだったんだけど、見かけてピーン、ときたっていうのかな?とにかくすごくあなたとバトルしたいっていうから・・・できれば周辺の被害を抑えてバトルしてくれるとありがたいかな〜」
 
やばさ120%の言いぐさだった。こっちはそれを承諾したわけではない、バトルの件からして受諾した覚えはまったくないのに、それがゴーサインだったのか、綾波緑豹が変身をはじめた。武装変異、ともいうべき、特撮ヒーロー番組では見慣れた展開ではあったが、実際目の前で、しかも自分にかかってくるいう設定となると、心穏やかに見守ってなどいられない。全力で逃げるところ!!
 
 
・・・・それなのに、足が動かない。どころか、戦闘力測定の機材などなくても肌感覚で分かる、莫大に跳ね上がっていく危険度レベル。
神鉄、悪電、番付表上位者と比べてもひけはとらない。こっちが怪人化もしとらんのに、仮面ライダーと戦わねばならんシュチュエーションとか、特撮ファンでも嬉しくなかろう。
 
 
「得意技はアマゾン空手だから、飛び道具とかは基本ないから、その点は安心して?」
 
そのアマゾン空手とやらは謎だし、ふつうの空手だとしても、対抗できるはずがないパワーみなぎる異形の姿。神殿とかでみかけたなら、「神」とか呼ばわるだろう戦闘上位存在にどう安心せよと?しかも周囲の被害を抑えろと!?あんたらバカなの!?大きな声で吠えてやろうかと思ったが、それを契機に頭から肛門までまっぷたつの大切断にされそうで黙った。
 
先ほどから緑豹からは何も言わない。見た目で侮るとかもしてくれない。強者を狩ることしか考えてない全く油断しない、ウリリリィィー!!とか叫んで無駄な隙、カロリーを浪費したりもしない知能の高い闘技者。時間を稼いで応援を待つくらいしか手立てはない。
が、誰にもだまってのバックレ中であるから、それすら期待できない自業自得。
なんとかしてくれそうな鈴原トウジに妹の送りを頼んだ己自身を恨むしかない。
 
このピンチに絆の力とかなにかでタイミングよく感知した綾波レイが助けにくる、ということもない。あったらあったで、そっちも怖いし終わりでもある。ここは組織力で対抗するとして、周囲の通行人の方々に綾波党に通報してもらうしか。警察では実力的に無理だろうしなあ・・・男がバトルを挑まれて通行人に助けを求めるとか、恥も外聞もないがかまうものか。・・・・でも、そういえばなんか周囲が静かですね・・・もう少し、この物騒な物言い、雰囲気が伝わって周囲の人々の注目を集めてもいいのに・・・
 
 
「周囲に被害が出ぬように結界は張っておいた もう」
 
地元を愛する綾波クダンが当然のように。地元民以外はどうなろうと知ったことではないらしい。「ありがとうございます〜」綾波ナモンがその手際に礼を言い「よかったですね?」的な視線をこちらに向けてきたが、嬉しいはずがない碇シンジ。
 
自分ひとりがボコられるのはまだしも・・・もし、もし、ありえないにしても、自分の子供だと名乗って、うそのない真剣なまざなしで会いに来たふたりが、危害を加えられたとしたら・・・・・ほんのすこしでもケガなど・・・させられたら・・・考えただけでも、血が沸騰する・・・
 
 
した。
 
 
一切の計算などしない、できない自分の存在に驚く。周囲に被害?・・・知ったことか
誰を泣かそうが、守る。理由も理屈もない。がまんがならない同士、やりあおう。
千の拳、千の剣、千の矛をもことごとく食い千切る血塗れの盾になる。
 
 
 
 
「父上・・・自分が」
 
碇シンジが内なる牙を打ち鳴らす直前、碇レンジが進み出た。言葉は少ないが歩みは確固。
 
意思は伝わる。「ここで父がやりすぎると母が悲しむことになるので、丁度いいところで自分がやっておきます」と、背中ににじみ出る、仕事できすぎオーラは碇ゲンドウによく似ていた。沈着冷静、鉄の判断力で必要十分にやるが、やりすぎることがない。どんな苦労を重ねてきたのか渋すぎる性能をよく知っているだろう妹の顔には万全の信頼。「父はともかく、兄ならばちょうどよくいい感じに人に迷惑もかけずに母に恥もかかせずにやってのけてくれますから!」と、いわんばかりに、碇レンジを引き留めようとした碇シンジの袖を掴む碇シンセ。生まれたときから手順を教えられてきたかのように遠慮も躊躇もない。
 
 
 
「・・・・・?」
 
変身を終えた綾波緑豹は石ノ森章太郎先生がどこかに秘匿していたお宝デザインが奇跡的に発掘再現されたかのような、どこからどう見ても格闘バトルで敗北しそうにない、50戦以上した挙句に組織まるごと壊滅に追い込んでしまうのも納得しかない孤高の戦士オーラを湛えておきながら、ここではじめて目に迷いの波紋がうまれた。
 
 
「緑豹・・・?」強者を本能的に感知するこの男がこの態勢になって迷うのは、とても珍しい。綾波ナモンには碇シンジのような中学生を強敵認定するのも疑問だったが、似た様な学生帽の子供はそれ以上、ということなのか・・・?サポート役ではあるが、全く分からない。まさか何かの勘違いで、ただの無力な子供をパンチでバラバラ、惨殺事態、とかはさすがに勘弁してほしいなー・・・・
 
 
バリバリバリ!!
 
 
勝負は一瞬。派手な擬音はあったが、何が起こったのかはわからない綾波ナモン。
 
学生帽の子供が、すたすたと、あまりに無謀に緑豹に向かって直進して、手を伸ばした・・・・その先が、何が何だか・・・だが、変身した緑豹が半分黒焦げになって倒れていた。
 
緑豹のこんな、ここまでの敗北は知らない。見たことがない。が、現実。大ダメージを受けようが即座に回復して反撃、のはずが、それがない。それをしない。それができないほどのダメージ、でありながら、呼吸はしているようだから命は奪われていない・・・
緑豹に宿る超回復を司る寄生蟲を停止させるだけの浸透力のある攻撃だったのか・・・
 
分析しても反省しても負けは負け。意識もないようだし、白旗、というかタオルを投げるしかない。一方的にケンカ売っておいて勘弁してくれるかどうかは別だけど。
 
 
 
「・・・・エヴァルギー衝撃波」
 
勝ち誇るでもなく、むしろ、言葉少ないが、学生帽の子供は説明してくれた、ような?
 
でも、エヴァルギー衝撃波ってなに?聞き違えないよね?まあ、人様の必殺技名にどうこういえる立場じゃないし。これ、南米支部には帰れないやつだしね。証人もいるし、狙われた本人も黙ってないだろうしねー。まあ、止められないから仕方ないけど。
 
 
「エヴァルギー衝撃波ってなに!?あれなに!?なんで半分黒焦げになってるの!?死んでないよね!?もう結界とか解除してもらえます!?救急車呼んでもらえます!?AEDとかした方が・・・いやむしろヘタにさわらない方がいいやつ?お医者!お医者はどこー!?」
 
テンパりながらも襲いかかろうとしたはずの相手を救命しようというのは強者の証か。
 
いや、実際緑豹を打ち負かしたのは、碇シンジではなく、名前もわからない学生帽の子供なんだけど・・・サポート役として現地情報はかなり集めたつもりだったけど、こんな子いたかなあ・・・凄すぎるでしょ・・・周囲に被害ゼロであの緑豹をカマセみたいに退けるとか・・・・とはいえ、ここで世話になるわけにはいかない。道義的にも自分たちの命の保証的にも。
 
 
「ごめんね〜、負けちゃったしここでグズグズしてると党のお偉いさんたちに怒られちゃうからここで消えますね〜」
言いながら大型のズタ袋に緑豹をいれると、それを背負う綾波ナモンは文字通り、姿を消した。弱肉強食の密林作法が身に沁みついた引き際であった。碇シンジにして声をかける間もない。賠償請求、という四文字が頭に浮かばなかったといえばウソになるが、綾波姓がそれを抑止した。
 
「本来は、エネルギー衝撃波、というものらしいのですが、父上がそれだとバビル2世すぎるから、その名をつけたのではありませんか。しもべだって3つから4つに増やして」
碇シンセから呆れたように補足説明をうけていたのでそれどころじゃなかったのも大きいが・・・・
 
 
 
 
「”噂は広まっている もう”」
 
 
綾波クダンが日本語的に妙なことを言い出したのを聞き逃さなかったのもある。
だいたいの場合、こういう思わせぶりなのはこっちを惑わす呪言だったりする。
 
気にしたら負けだが、そのままスルーするのも「実はすごく気にしてます」ということであるので負けとなるので厄介だった。が、さきほどの純粋物理暴力攻撃よりはまだましか。
標的がてめえ一人であるならずいぶんと気は楽で。
 
 
「そうですか」
どんな噂でも勝手にすればいい。第三新東京市に戻れば、しんこうべでどんな噂が広まろうと痛くもかゆくもない。何が目的か知らないが、話せば話すほど術中にはまる。こちらに向こうに用がないならなおさら。関わるべきではない。全ての綾波者が善人でもない。
あ、これはもちろんしんこうべをディスっているわけではない。一般論としてのお話だ。
誰に対しての言い訳なのか不明であるが、碇シンジの足はもう動く。非科学的な呪術など掠りもしない。けれど・・・
 
 
 
「しばらく、母上のおそばにいてくださいますよね?父上」
 
疑問系ではあったが、その表情は確信。いつの間にか、離れて車道の向こうに立っていたふたり。碇レンジと碇シンセ。そう名乗る兄妹。本人たちが語るところによれば・・・自分が父親だということは、チルドレンというかチャイルドというか、マイサンというかマイドーターとういか「子供」、ということになる。そんなバカな。夢、ではないのはさきほどのバトルが証明してくれた。そこも含めて芝居、というにはタイミングに無理がある。
 
・・・いや、しんこうべを離れる、離れようとする発動する仕掛けが先んじて・・・とか考え出すとほんとうに呪術対戦になる。ひっかかってはいけない。とはいえ、エヴァルギー衝撃波、とか・・・幻術が口にできるワードとも思えないんですけど・・・・うーむ・・・
 
 
 
「君たちは・・・もう、行ってしまうの・・・?」
 
タイムリープものでは、未来からきた者にはたいてい制限がかかっており長居はできない。
過去の人間と対話したり、影響を及ぼしたりすることはたいがい禁忌になっており、それをやるとすぐさま強制帰還、ということになったりする。まあ、バンバン過去改変しまくってなんのお咎めもない、というのも現代人としては肝の冷えるところではある。
 
あのまま新幹線にのって第三新東京市にもどっていれば、人の運命というか縁というかルートというか、未来が変わっていたのか・・・そりゃなにがしかの変化はあるだろう。
 
・・・いや、それでもこれ何かのドッキリとかじゃないだろうな・・・その疑念は、ある。
 
 
 
「いえ?しばらくこちらにおりますよ。こんな機会はめったにないので、若かりし父上と母上の仲良くなった道のりなどを見て回ろうかと」
 
「はあっ!?」
登場にも驚いたが、この言いぐさはさらに。心臓止まるかと思った。鼻血が10リットル出るかと思った碇シンジであった。
 
 
「…ダメなのですか・・?」
肯定しかないと思っていたのか、父上はなんでも100%全部承認してくれると信じ切っていたのか、しょんぼりする碇シンセ。ニセモノがやったなら即座に天雷で焼き尽くされるであろうシン・懐きぶりであった。かなうはずもない。いくら無敵の碇シンジだろうと。
 
「・・・・あ、いやいやダメとかイヤってわけじゃなくて!!あー、そう、あれ!未来に戻るエネルギーが足りないから苦労してるとか!?そういうことはないよね?あ!お金とか大丈夫なの?未成年だとホテルとか泊めてもらえないかも・・・そういう時はね」
 
しかも、碇シンセの中では父親がばっくれを続行する、ということは可能性はゼロになったようで。隠れて監視してますよ、的なことを言うならまだ誰かの陰謀を疑えたのに。
 
なにこの物見遊山気分!
父親をそんなに信じちゃいけないよ!!あなたの心はうぶなの?誰に似たの!?
この発想・・・まごうことなき子供のそれだ・・・・簡単でもろくて穴がありすぎる
いや、両親の昔の話なんかに微塵も興味ないね、とか言われてもなんか悲しいけど!?
 
 
 
「大丈夫です、父上!なにがあってもレンジ兄がどうにかしてくれます!」
 
いくら腕っぷしが強くても生活の知恵とか世間の知識とかはどうにもならんだろ、と思いつつ、どうにかするんだろうな、と信頼感で反論できない。見た目こそ同年代でも無口でも父のゲンドウのような得体のしれない深い知恵を秘めているような・・・せめて資金は渡しておこう!お金はいくらあってもいいんだし!新幹線代だろうが惜しくはない!財布ごと向こうに投げようとする碇シンジ。・・・自分でも狂気の沙汰だと理解はしている。
 
 
「では、どちらから訪れようか・・・レンジ兄はどこがいい?」
ひょい、と兄の背に飛び乗る妹。あまりに自然で面倒見歴の長さと情の深さが分かる。
しかし、その計画性のなさ・・・いや、子供だからそんなもんか。時を越えても。
 
 
「見るべきを見れば・・・・帰れます」
 
ただ、それだけで終わらないのは赤い瞳の血筋のせいか。妹をおぶったまま高速飛行した。
コバルトに輝く光の翼を見たような気もしたが、それも残像。速すぎる。異能便利すぎる。
スパダリならぬスーパー兄ちゃんすぎない?マジで誰の血筋なの?綾波総本家だから?
 
碇レンジが言い残した言葉も、それで正しかったのか自信がない。父親の心配に応じてのこと、というのはなんとなく分かったけれど、意味までは。そもそも不明点が多すぎる。
 
 
 
さすがにこれを放置したまま帰れない・・・・
 
 
碇シンジは何も起きなかったような顔をして聖☆綾波女学院・女子寮に戻った。
現地での最重要案件をほったらかしてバックレを決め込んだことなど。何も。
もしかして女子寮に入っていくところを見られたりしてないよね・・・と何度か振り向きながら。そんなことになったら、この先、生きていけない・・お婿にもいけない・・・