「え?呼んだの?来るの?あの・・・・・・・・・・”怒らせシンジ”」
 
掠れてかなり微弱になっているその声が、碇シンジの名を告げようとして・・・記憶からどうしようもなく励起される感情によって大いに歪曲されてなんとか絞りだしたその時だけ燃えるように力がこもったのを、綾波ナダはいとおしむように揶揄しようとしたが、やめておいた。声の主の反撃を恐れたわけではむろんなく、体力温存のため。どうしようもなく肺と心臓と腎臓が弱っている。年齢と使い方を考えればよくもったものだ。一時間後にそれらが働くのを止めてもさほど驚きはない。人体維持の面からしてかなりの無茶、ズルに近い手管を使ってむりくり稼働させ続けていただけのこと。天にまします存在がよくお目こぼししてくれていたものだと。
 
 
「雷雲と・・黒風・・・そして舞う小花・・・離れることのない奇妙な・・・」
 
 
また別の声。ここにくる前からすでにして人を半分以上卒業していたような有様だったが、
神代の巫女だの神官だのというのはこうした声をもっていたのではないかと、だからこそ人は人ならぬ巨大な存在を仰ぐ距離まで接近できていたのではないかと思わせる契約だの約束は守る値打ちのあるものだと理屈をすっ飛ばして悟らせてしまう聖性声。しばらく前まで世界の根源近くで寝起きしていた十字架の女。二ェ・ナザレ。役目を終えて望みを抱いて、残りの時間を過ごす地にここを選んでくれたのは栄誉であり迷惑でもある。
 
 
まあ、そんな長いことじゃないから、いいかね・・・
 
 
綾波ナダはもう誰にも・・・側近も孫娘すら立ち入らせなくなった綾波脳病院院長室からリモートで二人の患者の様子を見ている。こればかりは余人に任せるわけにもいかず、しかしオレンジ髪の方からは「むしろ、こっちがアンタの看取りをする羽目になりそうだ」などと言われてもいるが。まあ、桃園の誓いでもあるまいし、この三人が同時に息を引き取る、というのも・・・終末戦争でもおっぱじまったら、とりあえず消しておきたい100人内にランクインしているだろうから、ありえない話ではない。3人同時に消せて得。
 
 
とまあ、患者様に医者の方がくたばる瞬間を見せてりゃ世話はない。なんとかもたせたい
ところでは、あるが・・・数々の無理難題を消化して、この街を仕切るまでになったが・・・血筋が維持される・・・安心して続けていける里が欲しかった。失うものが多かった。
 
 
 
生命以外、何もかにも失ったことが3度あった。そして、最後に残るものももうあと少しで・・・
 
 
 
「ちょっと!返事しなさいよ!それがルールでしょ!・・・・・あー・・・えーと・・・死んだ?死んでる?死んじゃいました?・・・・・時間を記録しとくんだっけ・・?」
「人を呼ぶがよい・・・・あとは血族の者どもがやるであろ・・・」
「あ!そうか、そうだわよね!その方がいいわよね・・・・なんまいだなんまいだ・・・やっぱりあの怪物小僧なんか呼ぶべきじゃなかったのよ・・・そのストレスで心臓に負担がかかってたのかもね・・・呼ばなかったらもう少し・・・話が出来てたかもしれないのに・・・若かりし頃の逆シェラザード伝説とかどうせ嘘だろうと思って聞いてたけど面白かったわよ・・・なむあみだぶつなむあみだぶつ・・・・あれ?医者はまだ?」
「呼ばずば来るまい・・早うやれ・・・」
 
 
 
「・・・あー、すまないね。ちょっとばかりぼうっとしていたが、生きてるよ」
 
頭の働きが緩まった自覚はない。ただ、何かするごと、何か口にするごとに、現在未来より過去の方の扉が先に開いてしまう。そこから流れてくる膨大な何かを処理することに手間取られてしまう。どうしても。無視はできない。他のふたりがどうなのか知らないが。
 
 
「あー・・・距離があるから、やっぱ確認に問題があるわね。バイタルのデータとか転送できないの?私はイヤだけど」
「建前としては、こっちがあんたらの様子を見てるんだけどね。面倒な手間を増やすこともない・・・とにかく、そんな慌てることでもないさ」
「・・・そうなの?まあ、医者が言うならそうなんだろうけどさ・・・ふわぁ・・・なんか眠くなってきたわ。もし、これで死んでたらあとはお願いね」
「こちらも・・・子らに呼び出された・・・・・また変状あらば」
 
 
モニターの中のふたり、赤木ナオミと二ェ・ナザレがともに瞳を閉じていた。
 
 
ともに起き上がれる身体ではなく、とうに滅んでいるものがなぜか口をきいている、という方がおそらく正しい。バイタルデータなど見せられたものではない。自分も同じく。
 
そこから考えるに、魂、というものは存在するのだろう。自分たちが生き証人だ。まあ、学会に発表したりはせんが。そんな時間はない。時間はないのだ。何をしようが時間切れとなる。働くために生まれたのか、遊びをせんと生まれけむ、だったのか、野望を叶えるための生命だったのか。計算してみると、99%の失敗と1%の成功、くらいか。
 
それくらい負けて敗れて逃げて逃げて逃げ延びて、やってやらかしてしくじってまたやりはじめて・・・逆シェラザードの話も本当だ。こんな目立つ瞳をもっていると苦労が多いのだ。狩るように寄ってくる。しのぐためにはいろいろとやった。その繰り返し。もう少し人の言うことに耳を傾けても良かったかもしれないなどと思っても後の祭り。死にすぎた。特に子供が。自分は生きすぎたのかもしれない、とも思う。けれど今。されどまだ。
 
 
死ねない。レイ。あの孫娘を。その未来を。綾波一統の未来ではなく、孫娘の未来だけを。
 
 
あまりにも残酷な重荷を背負って遠い戦場より戻ってきた孫娘が、その苦労に応じた報いを受けられる未来を、せめて、孫娘が、己の望みを素直に遠慮なく口にするのを聞きたい。
 
己以外の望みだけをえんえんと叶え続けてきて、これからもそうするだろう透き通った魂をもつ、下手をするとひたすら大損をこきまくる苦労しかないルートからは逃げてほしい。
 
祖母バカだと笑わば笑え。その器量が、ただの綾波の姫ていどであったなら、どんなに。
ただ手元において愛でておけば問題解決するならば、どんなに。この五臓は。特に心臓。
間に合いそうもない。間に合わぬだろう。
 
 
「未来を指し示すことができそうなのが・・・あの小僧というのが・・・・」
 
てめえで指名してゴリ押しで呼んでおいてなんだが・・・孫娘は嫌がるだろう。おそらく。
深く奥まで交わることは望むまい。・・・いろいろありすぎた。近くにあれば争乱を招く縁。混ぜると危険、というものは薬品だけではない。むしろ、そんなのは。いやはや。
 
 
それでも呼んでしまったのだ。召喚した。あのひとのかたちをした雷獣のような小僧を。
歩く祝福とも走る厄災ともつかぬ、危険物。そんなものを呼べるのは、己しかいない。
ゆえに。
 
「碇シンジ」を、この地に招いたのだ。一歩間違えると、しれっと誤爆で孫娘をとんでもない不幸のドン底に叩きこみそうなダイナマイト鬼小僧を。
 
そうなったら、最後の命火、全焼させようとも、奴もマグマの底に沈めてくれる。
そのくらいの覚悟ではある。まごうことなき鬼婆であるが、知ったことではない。
 
 
ただの味方、では足りぬ。ただの応援勢力では足りぬ。場合によっては。流れによっては。
孫娘の身を任せることもあるかもしれぬのだ。いや、一度は孫娘の方から引き取る覚悟をみせたのだから、このくらいは当然であろう。期待くらいはさせてもらおう。
 
 

 
 
こんな感じで、今回は完全に「お手伝い」であり、ワトソンというかセコンド役はあくまで碇シンジであり、こちらは限りなく観客に近いスタッフのひとり、という立ち位置で間違いないだろう。と、鈴原ナツミは考えていたし、トランク一杯の資料を渡されて現地到着の前に読み込んでおくように、という指示をうけたわけでもないから、さほど緊張なく西に向けて快走する新幹線の中で碇シンジと向かい合わせで駅弁を食していた。
食べ終わったらふたりして「やじきた学園道中記」・・・しかも紙のコミックスを読む。
どういう準備の良さなのか・・・・まさか、これを参考にしろとか?いやいや・・・・
 
学生の身分であるが、事情が事情であるからグリーン車である。
 
なにかあれば、碇シンジの方から「現地に入ったらこんな段取りでお願いします」的な話があるだろう。それかむしろ、何も知らぬ、情報が頭に入っていない方が自分のような素人には都合がいいのかもしれない。・・・・まあ、限度というものはあるのだろうけど。
僭越ながら聞いておいた方がいいのかも・・・舵も手綱も当然、頼んできた方が握るべきだけど、そこがどこへんにあるのか・・・ちゃんと存在してるのか、把握するくらいは。
 
 
ちなみに、なぜかこのグリーン車両には自分たちの他に誰も乗ってこない。
 
車内販売のお姉さんも、こっちが何も注文しないのに駅弁とお茶と冷凍みかんを届けて風のように去っていった。碇シンジが何も言わないのでこちらも追求しない。
そもそも新幹線に似せた別の何かなのかもしれないが、追求しない。急いでるならヘリとかでもええんちゃう?などとつっこみもしない。たぶん、このルートが正解なのだろう。
遊びにいくのでも、ただ友人に会いにいくわけでもないのだろうから。
 
 
「聖☆綾波女学院は全寮制だから、今日はこのまま寮に入ることになるけど必要なものはもう届いてるから。もし足りないものがあったら言って。すぐに補給してもらうから」
携帯端末をチェックしたわけでもないのに、さらっとそんなことを言い出す碇シンジ。
 
「は?寮?寮暮らし?・・・・・聞いてないんですけど!」
ごまかされるものか!それはかなり重要な段取りやろ!通うだけと四六時中そこにいるのとでは情報密度と気疲れがダンチやろ!むしろこっちがねほりんはほりんやられそうや!
 
「ごめんなさい。言ってませんでした。もちろん同室とかじゃないので。僕は男なので特別室を用意してもらってます。ナツミちゃんはちょうど一人空いてた四人部屋でいろいろ情報収集お願いします」
 
 
学年が違うからそれはないと思っていたけど、綾波先輩と二人部屋とかやったらどうしたものか、とか、ちらっと考えてなかったといえば嘘になるけれど。女学院とか聞いて。
えらいことになった。ま、まあ、学校内でドンパチが始まるなんてことはないだろう。
 
「くれぐれも油断しないように。綾波の人たちはみんな不思議な能力をもってるから。
能力、とかいて、「ちから」と読む類の。勇者なつみんの勇者コミュニケーション能力でくれぐれも相手を怒らさず、するりといつのまにか信用を得て、ディープな地元情報が頂けるのを期待してますから!」
 
あるんかい!異能バトル校内勃発の可能性!・・・え?もしかして、うちの方が難しい綱渡りを強要されてへん?・・・シンジはんめ・・・ウソは言うてへんが・・・絶妙にオブラートに包みやがって・・・要請通りではあるけど・・・これって・・・
 
 
「・・・綾波先輩はかなり”面倒”なことになっとるんですか?」
 
 
上の立場には上の立場なりの、偉い人には偉い人なりの、力ある者には者なりの、苦労や苦闘があるのだろう。当人がそれを抑えこめず、フォールかまされているなら、カウント3になるまえにフォローにいくのは分かる。綾波先輩、などと便宜上呼称しているものの、綾波レイは、さまざまな肩書をもつ、シンボルかつアイドル的存在であり、ただのJKではない。人類の道標。リアルヒロイン。そこらへんの王族よりも取り扱いに注意が必要。それは今、目の前にいる碇シンジも同様なのだけど。実の兄もそこと近いけど。
 
 
「どうかなー・・・そうでないといいんだけど・・」
 
学生同士の、親には知られたくはない助け合いレベルではない。もし、綾波レイほどの貫目が本当に当人の努力と根性と気合でどうにもならぬことになっているのならば。自分たちふたりが行ってどうにかなるのか?まあ、碇シンジはいいとして、サポート役にはもうちょっと強力なメンバーをぞろぞろ揃えても全然いいのでは?ゲームじゃあるまいし人数制限でもあるのか?その逆に、いらん気をまわしてるだけ、というのなら碇シンジオンリーの方が絶対いいわけで。特にうちはもう完全にお邪魔虫すぎる。ここまできて怖気づいたわけでも、綾波レイのために力を惜しむ気もないが、それでもこれを聞いておかねば。
難しい綱をよう渡らん。
 
 
「・・・ ・もし、そうだったら・・・綾波さんが困ってるのに、それに気づけないようになっているんだったら・・・」
 
思わせぶりな・・・男だったら、もうちょっとハッキリ言えや!とつっこむべきふわっとした口調であったが、「ダメだよね・・・?」夜雲色・・眼の色が明らかにやばかったので、人として宥めておく鈴原ナツミ。
 
「あ。分かりました分かりました。とにかく、話し合いで解決しましょう。力による一方的なアレは抑える方向で。とにかく、話し合いましょう?対話は大事。ねえ、シンジはん」
 
「もちろん。初号機もイマージナリーしか連れてきてないから。メインは対話だよ?」
 
「え?なんつった?初号機?連れ?どうやって?・・・・い、いや!今のは聞かなかったことに。うちは聞いてませんから!対話での問題解決をうちは推奨しましたから!」
 
「ナツミちゃんも対話による解決派でうれしいよ。デリケートなもめごとは、やっぱり緻密な情報収集による双方納得ポイントの策定が大事だよね。ここだけの話、綾波さんはそうじゃないから。意外と一刀両断方式で片づけようとするから。巻き添えで切断されないようにしないとねー。あははは」
 
 
笑い事ではない。おそらく、それは真実なのだろう。真剣成分がかなり高い綾波レイの精神性。なぜ笑えるのか? 両断されても死なないハンザキ的ソウルを宿しているから?
このくらいの鋼鉄神経でないと、近寄ってはいけないよ、ということなのか。
 
ともあれ、この時点で具体的な話が出てこないというのは・・・中間一般な事態ではない、ということだろう。雲をつかめない、単に碇シンジがウカツ、ということだけではなく。まだ表層に出てこないために極めて小さい、兆し程度のことしか発生しとらんのか・・・
 
 
もしくは
 
 
もう、とりかえしのつかない、誰が何をしようと、もうどうしようもなくなっているのか。
 
こっちもかなり急かされての新幹線移動ではあるけど、間に合わないもんは間に合わない。
とりかかる、気にかけて気づくのが遅すぎた、ということはある。よくある。とてもある。
 
 
最後の鬼札を投入するしかない的局面ならば・・・うちはいらんくない?いらんやろ?
・・・今さらブルってきた。おじけづくなら始めっからとんずらしときゃいいものを。
 
 
そんなことを口にして碇シンジのやる気を減じさせても仕方ない。引き返すには日本の誇るスーパーエクスプレスは速すぎる。あまり肝心なことは聞けていないのに、到着した。
してしまった。定刻通りに。
 
 
 
シンコウベ駅
 
 
 
「じゃ、降りようか。忘れ物は・・・手ぶらだし、しようもないか」
オカンのような、職業的誘拐犯のようなことを言って碇シンジが席を立つ。
 
他に誰も乗っていないグリーン車から降りるのも自分たちだけ。護衛の人の気配もなし。
どこかにいてくれるのだとは・・・思うけれど、いないかもしれない。国内だし、今から女学院の寮に向かうとなれば。仰々しいことにはしないのかも。不安しかない。あと一人二人連れてきても良かったのでは?シンジはんの人脈なら余裕だっただろうし、いつものメンバーに一声かければ・・・おそらく全員ついてきてるか。それでは多すぎるのか。
 
 
「行こう?ナツミちゃん」
 
兄のように差し出された手を自然につないで、新幹線が走り去るのを見送る駅ホーム。
 
深夜ではないのに、”全く人がいない”。がらん、として、立ち入り禁止状態なのをバカな中学生がノコノコ入ってきたような状態。アナウンスの類もなく、さきほど降りた人間もこれから乗る人間もいないというのは・・・・ここは本当に駅なのか?自分たちが乗っていた新幹線は何か別の代物だったのか?ゲゲゲの鬼太郎にでてきそうな妖怪列車とか?
 
 
「シンジはん・・・これは・・・」
 
「”お迎え”されてるんだろうと思う。歓迎ならいいんだろうけど、そうじゃないのはなんていうんだろうね」
 
知らんがな!・・・つないだ手に力をいれる。いれてしまった。手放すなんてとても。
訓練を受けた戦闘のプロとかなら、動きが制限されないようにするんだろうけれども!
闘気とか読めないけど、一般人の空気読むスキルからしたって友好的なそれじゃない。
わざわざ徹底した人払いとか、友好ムードの醸成にはむかないでしょ?サプライズとかいらんし!・・あえていうなら、強強のいけずオーラ?そんなのが漂っている気がする。
 
マジで攻撃される30秒前的な?・・・・碇シンジの手がなかったら、ダッシュで逃走している。兄の手は鍛えに鍛えた結果、鉄か鋼かちゅうほどにコミットしとるけど、シンジはんの手はなんちゅうか、アレに比べるとかなーり頼りない。普通といえば普通やけど。
 
 
それでも
 
 
「お土産・・・手土産は自分の手で渡すべきだったかな・・・」
などとつぶやきながら、手をつないだままで、ゆるゆると改札口に向かう碇シンジの隣で震えてはいないのだから。できれば、この異常時にちとハートがぶるってもいる自分にそれとないフォローなどいれてくれると。いや、異常でも脅威と感じていないのだからあれか。この土地がそういう土地なのか。透明な怪物が、駅中の人間を捕食しきってました、たまたま満腹になったから自分たちは見逃されてましたゆうオチではなかろうな?
 
 
それくらい駅から出るまで人を見ない人に出くわさない・・・・駅員さんや売店なんかの従業員さんなんかもおらんとか・・・・田舎の無人駅ではない、新幹線が停まる駅でこれとか。バイオハザード的事態になっとるところ連絡を受けるのが遅れた自分たちだけノコノコ歩いてるとか・・?いや、それだったらそれらしく封鎖しといてもらわんと困るし・・・突発的なことで逃げるだけで手一杯だったのか・・・空気も吸って大丈夫か?
やばいもんやったらもう完全手遅れだろうけど・・・えげつない歓迎・・・・
積極的に悪意から攻撃されるのと、状況的にドツボにはまってもうたはどっちがマシか。
この段階で完璧タイミングで的にかけられとるとか。負け戦の匂いがはんぱない。
 
 
「シンジはん・・・」
もう帰りたい。一般人マインドで申し訳ないけど、これでテンションあがるのがファイターなんでしょうけど、しょっぱなからかまされてもう半べそとか足手まといもいいところですけど、これが正常人ですから!帰りたい帰りたい帰りたい!マッハでゴーホームしたい!こんなのもう、とんでもないのが待ち構えてるにきまっとるし!息もまだ無事に吸えてるところからすると・・・おそらく、駅が無人状態なのは、どこぞに避難してるから。巻き添えを恐れて。まあ、かしこい対処といえる。荒事に慣れているのかも。
 
 
「あらら・・・綾波さん?」
 
 
「おひさしぶりね。碇君」
 
駅から出たとたんに、何百もの赤い光が。遅い夕暮れの中になお冴える輝き。機械でもなく道具でもなく、それがここに集まる人々の瞳から流れ放たれていることを知っている。
その瞳を知っている。そういった血脈。紅のルミナリエ。美しいけれど怖い色。
 
 
「綾波先輩・・・・」
いうなれば、「綾波さん」が大量に押しかけている状況なわけで、碇シンジの呼びかけはあまり賢いとは言えない。わざとやっているのか天然なのかわかんないけど。少なくとも自分にとっての綾波先輩とは、綾波レイを指す。少なくない憧れを内包する響き。気安くどこかの馬の骨が何をトチ狂って「綾波パイセン」などと呼ぼうものなら一秒でキレてデンプシーロールをくらわしてしまうだろう。まあ、そんな規格外のバカは少なくとも第三新東京市を歩けまい。そんな馴れ馴れしさは刹那で圧殺される絶対領域が常時展開してるし。それはともかく・・・・地元でひさびさに出会った綾波先輩、綾波レイは・・・・
 
 
深紅のドレスでめちゃくちゃにキメてきていた。
 
 
アクセサリーやら靴やら化粧やらネイルやら香水やら・・・お値段のことは言うまい。
どこのお城の舞踏会から抜け出してきたお姫様かな?と納得しておけばいいのだ。
もとよりただのJKではありえないわけだし、ハイパーJKということでそれはいい。
造形じたいが、天界の匠が削り出したかのような、とか、神話レベルであるし。
むしろ、この姿を拝むだけでお金を払う必要がある。急だったからあまり手持ちないけど。
 
とにかく、凄まじき綺麗さでセクシーでキラキラウォーターで幻想ナイトで飛んで回って炎に特攻するバタフライというか・・・・・あれ?ずいぶんとイメージチェンジされて?
しかも。
 
綾波パイセンってあんなに胸のボリュームがボリューミーだったかな・・・・?
鼻血ブーになりそうな、もしうちが男子だったら確実に元祖鼻血ブー伝説になっていた。
 
あ。あまりの違和感のあまり、ついパイセンなどと心の中とはいえお呼びしてしまった。
それに何が鼻血ブー伝説や。あほか!あほあほあほ!うちのあほ!
あとで何発か自分に気合をいれておくとする。手の方がいまだ碇シンジと接続中なのもあるけど。これ、距離をとっておいた方がいいかな?ま、まあ、綾波先輩ならこっちの立ち位置もご承知だろうから、あくまでこれは実務行動的なものであり、それ以上の意味なんかないのも分かってくださるはず。女学院の女子寮入りを前にして、二人して女子的な気合を入れていたとか。そんなご理解をしてくださるはず。
 
 
「碇君ひとりじゃないのね?」
 
ギロリ、と睨まれた。”おまえなどいらない”・”ナニシニキタジャマダ”・・・
 
 
何をされたのかは正確には分からない。朱色の光「力ある視線」が自分に向けられ疾り、それが紫の閃光のようなものが弾いた?くらいのことしか。実際には最も情報量多めのやりとりがあったのかもしれないが、とても読み取れない。スペックも使用形式も異なりすぎるやつだ。とりあえず、手を放さずにやってのけてくれたのはよかった。ナイスです。
シンジはん。いやもしかしたら、それが怒らせた原因かもしれんけど。問答無用で急所をレーザー貫通とかほんまかんべんしてほしい。綾波先輩はやるイメージですけれども!
 
 
「そう。ナツミちゃんは諸事情で聖☆綾波女学院に転校してきたんだ。僕はそのつきそい」
 
なんでこの野郎はすらっと涼しげにそんなウソをつけるのか。「不安みたいだから手をつないでたんだけど、もういいかな?」ウソにウソを重ね塗り。それで手を離した。
ものごっつ不安になるが、顔には出さない。出してはならない。ここでは。今は。
待ち構えていた以上、相手はそんな事情を知らぬはずもない。
 
超電磁鉄砲玉がただいまカチこんできたことを。ひとたび撃たれればば防ぐ手立てはなく
好きなようにどんなものでも大穴をあけて貫いていく恐怖のインパクトボーイが。
 
この人数で受け止めきれるかどうか・・・・・見極めにきたのか、ここでもう追い返す算段だったのか。ただ、紫の閃光が弾けてから、赤い包囲光が少し後退したような。
まあ、ビジュアルだけなら、ほんとうにただの中学生二人組だしなあ・・・ジュブナイルカップル、いや、カップルやないけど。ただのお供ですけど。銃とか携帯してないけど。
どこかに隠れて護衛の人らがガードしてくれとんのやろか・・・?イマージナリーがどうとか言っとったけど、初号機のパワーのカケラでも持ち込んどるのならもう勝負にもならんだろうけど。とにかく、自分は前に出ないほうがいい。碇シンジにお任せだ。
 
 
「諸事情で転入することになりました。よろしゅうお願いします、綾波先輩」
言うだけ言って、さっと碇シンジの後ろに隠れる。まさか綾波レイの偽物がこうも堂々と大勢を引き連れて、なんてことは・・・・ないとは思うけど、だからこそ碇シンジがここにくる羽目になったとすると・・・納得がいく・・・けど、
 
 
「鈴原さんにも会えるなんて・・・嬉しいわ」
 
言いそうもないことを仰るが、声質は間違いなく同じ。まあ、そのくらいは声帯模写でやってのけるだろうし、その筋が本気で化ければ素人に見抜けるわけもない。そもそも従妹のお姉さんとかかもしれんし。そうなると、はじめましてになるわけで、先の挨拶もなかなか間がぬけている。同姓が山ほどいる状況で、綾波先輩をなんと呼ぶか問題はなかなかむつかしい。相手の腹の内が読めないならばなおさら。まあ、シンジはんにお任せだ。
最悪、こっちは誰でも先輩呼ばわりしてしまうキャラでした、ということでもええし。
 
 
「”碇君と久しぶりにお食事でも、と思って予約をしていたんだけど”」
 
ふたりきりの予定だったから、アンタハジャマナノヨ、ということだろう。分かります。
分かるように言ってくれてるから分かる。だから遠慮しなさい、という所まできっちりと。
女ならば誰でも分かるように。男だと絶妙に分からぬように。うーむ、見事な話術。
碇シンジの土下座、という前振りがなければ、わりあいあっさりその通りにしていたかも
しれない。それぐらいするしかないな、というキメキメドレッシー具合でもあったし。
胸部のボリュームも、その道の奥義秘術を駆使してこの日のために己を成長させた、のかもしれないし。そこまでやるけなげに頭がさがって道を譲るのも女子の一分かもしぬ。
 
 
 
 
赤系ドレッシーな綾波先輩(レイ)?のすぐ後ろに控えている牛の仮面をかぶった着物の女が怪しすぎた。一番先にそこを突っ込むべきだったのだが、大人しくしているからつい後回しにしてしまった。無茶苦茶怪しい。当然、碇シンジだって怪しんでるはず。
こんなのをすぐそばにおいていたら、何事かあったと思うしかなく!思ってほしいの?
額には「件」とある。「けん」なのか、「くだん」なのか、さすがにフリガナはないが。
 
 
とにかく、なんらかの演出でないならせめて、仮面ははずしておけばよいものを。
まさか・・外せないのだとしたら。いやいや・・・・赤い瞳はともかく、こういう場では顔は見せておいてほしい。いらぬ警戒心をあおるだけだから!その気遣いは欲しい必要!
胸部だけではなく、そのあたりも大人になってほしい!余計な心配は脳も疲れるし!
 
 
「小柳ルミ子さんの”おひさしぶりね”は名曲だよねえ」
 
唐突に、時代的にも、雰囲気的にも、状況的にも、ただ一点「お久しぶり」というだけの共通項しかない剣呑場面を、同意するわけもない一方的な感想とともに碇シンジは
 
 
渡った。夜露に濡れる森を抜けるように。少しは僕も大人になったでしょう?あれから
いいひと、できたりしてないよね?
 
 
ぬけぬけと、綾波レイ(深紅のドレス姿)のすぐ目の前、その気になれば抱き寄せることのできる距離。両人ともハリネズミではないので針で傷つくことはなかったが
 
 
「・・・・え?」
気合を込めたドレスなオーラになんの躊躇も敬意もなくパーソナルエリアをあっさり浸食されて楽しい人類はかなりの希少種であろう。そんなことがよくできるな、と怒りに転じるまえの動揺に赤い瞳が揺らぐ。交渉を通じての情報戦をやろうとしたところでこれは。
 
警戒の隙間をほどよく見抜く交渉力でも、よくある伝奇的高速移動でもない、もちろん言霊のパワーでもない。ここにいる全員がたまたま小柳ルミ子の熱狂的ファンだった、というオチでもない。鈴原ナツミはいまさら驚かない。こちらを包囲する赤い光群がざわめき波打つを観察する余裕すらあった。つけこんだ、ということだけは分かる。本人なりになんかクレバーな感じでコトを収めたい、みたいなことを考えているらしいのは。
それから
 
 
唐突さらに、碇シンジが綾波レイ(深紅のドレス姿)の胸に手をつっこんだ。
 
 
「!!」
悲鳴が上がらなかったのは、なんとか堪えたのだろうが、顔も深紅に染まるとなれば。
瞳もぐるぐると回し、牛の仮面の方へ救いを求めた。「こんな事件は・・・起こるのか」
「起こせるものなのか・・・もう」興味深そうに呟くが、動くことはない。
 
 
衆人環視の中でのこの超ドレッドノート級無礼。赤い光が燃え上がるように強くなる。この中の誰か一人でも「このガキをブチ殺して山に埋めとこう」的なことを言い出せば、そうなる。「目撃者を残すのもまずいので、この小娘も同じようにしとこう」的な判断も当然されるだろうから、かなりやばい。だが、鈴原ナツミが大急ぎで碇シンジの後頭部をはたき、そのまま土下座にもっていかせなかったのは、9割7分ほどビビッていたからだが、残り三分は。
 
 
 
「君は綾波さんじゃないね」
 
変装していた怪盗をイイトコで見破った名探偵よろしくのキメ顔で碇シンジ。
 
胸に手をつっこんだままでなければ、それなりに納得力があったのだが
鈴原ナツミの残り三分もそこにあり、本物の綾波先輩、綾波レイならば、こんなことはできまいし、させることもないだろう。切り捨てごめんなさい、してるはず。リアルガチで。
今のこの光景を見せてもそういうことになっているかもしれない。惣流先輩とかも。
 
「な・・・・っ!?なにを・・・・・、わ、わたしは、わたしも綾波だ、しっ・・・いやんっ」
 
ここしんこうべでは綾波姓はキング・オブ・メジャーであるから、多数存在する。
そんなことは承知の上で「綾波さん」呼びを続ける方が頭悪い感じなのだが、碇シンジはかまわない。レディに対する基本的な礼儀作法すらシカト中なのであるから。なおかつ。
 
 
「綾波さんの胸は、もっとザリザリしてるし」
 
などと、地獄の悪鬼すら口にするのを躊躇ったあげく、沈黙するしかないであろうレベルの極悪ワードをほざいてみせたのだから。「こんなもちもち、しっとりすべすべしてないし」・・・一瞬の早業で胸元から、重要な証拠品をスリ取って真実証明の手立てとした、というのならまだギリ・・・ギリギリ、チョンで許されたかもしれないが。この言いぐさ、しっかり十分に感触を味わったことになる。こいつは・・・・野獣というか雷獣死すべしというか・・・・鈴原ナツミでさえ一瞬そう考えたのだから、現地の綾波者のブチギレ猛り具合はその比ではないはず・・・そこまで言うならお前をザジザジと大根おろしの極みの刑にしてやろうか!!と襲われるしかない自滅行動であったが・・・動きはない。
 
 
「と、いうことは後継者の胸に触ったことがあるわけだ。もう」
 
「件」と額に記した牛仮面の着物の女が前に出てきたからだ。綾波レイではないらしい綾波(深紅のドレス)嬢は、胸元を隠しながらそそくさと後ろに隠れた。まあ、綾波先輩なら死んでもしそうにない普通女子ムーブ・・・つまり、影の変わり身だったのだろう。
顔やら声やらはまあ、そっくりだったけどやはり、中身が違う。鈴原ナツミは腑に落ちる。
美人局といかねども、囮役というか・・・・マッハで見破ったのは偉いけど、あの方法はいかがなものですかね?うーむ中身・・・とは。とつっ込むのはこの場を乗り切ったあとでもよいだろう。
 
こちらは、というか、碇シンジ、シンジはんは試されている。うちはおまけですけど。
おまけの分際ですから、まあ?学生の分際でそこまでいってたりしても別に文句もない。
戦闘の際とか、訓練とかで心臓をマッサージとかであったのかもしれんし。
 
ただ、「ザリザリ」って・・・・・そんな形容ありか?しかも他の女の胸は「もちもち」とか。これ、綾波先輩が聞いたらどうなることやら・・・というか、録音されてなくとも噂の形でも広まり、本人の耳に届かないはずがない。うちはしゃべらんけど?
 
 
「あるけど、ここだけの秘密にしてください。お願いします」
「それから、”ザリザリ”という表現も、綾波さんには内緒にして下さい」
「胸元に触れてしまって非常に申し訳ありませんけど、とても上手な変身だったのでそれ以外に見破る手段はなかったんです。これも綾波さんには黙っておいてください」
 
交渉の手助けなどできるわけもないが、なかなかのひどさ。ウソをつかなければいいというものではなく、あれを胸元に触れて、という表現もどうか、まだ赤い顔のドレス綾波嬢は言葉にはせぬものの抗議の表情。牛仮面に一任しているのか、もう口をききたくないのか。両方かもしれない。ここまでは分かりやすい異能をふるっているわけでもないが、それだけに不気味な相手だろう。どう対処してわからん系の難物。賢いのか狂っているのか。
敵なのか味方に取り込めるのか。味方に取り込めそうで、そのあとでひどい目にあいそうな・・・破滅の咢に?み込まれそうな・・・てんこ盛りの不幸を呼び込まれそうな・・
 
 
 
「見極めは十分だ。もう」
 
 
牛仮面が判定を終えた。脅威度難易度その他もろもろ、倒せるか料理できるか消化できるか・・・綾波党党首、綾波ナダが召喚したのであれば、バケモノに決まっている。
 
そもそも、一度ならず二度、騒動を起こしているトラブルメーカーだ。歩く雷雲が三度。
何か起こすに決まっている。風雲など読まずとも急がねばならなかった。「聖事派」としてはこういう風雲児もしくは雷雲児の力量は見定めておく必要があった。本人にその気があろうがなかろうが。次期党首、後継者・綾波レイとの関係性・・・呪力を高めるため牛の仮面など被っているが、恋愛が成就するか、そもそもそこまでいきつくかバッチリ見抜く世界でも五本の指に入る恋愛マッチング成立判定士でもあり、相性の波を読んでうまくいくか分かってしまう恐ろしい眼力を秘めていたのだ。それでもって、碇シンジをガン見判断していた。そっくりさんを見抜けなかった場合は、その時点でアウト。絶対にうまくいかない。いくはずがない。恋愛とは相手の魂を乞うのだから。美内すずえ先生の「ガラスの仮面」でいっていた。性別も年齢も関係ない。ウルトライトソウルなものなのよ!
 
 
これは、ダメだ。
こいつは、ダメ。
 
獣の嗅覚で違和感を覚えて別人だと喝破してもダメ。何が「ザリザリ」だ。くたばれ!
後継者をなめとんか!いや、ほんとに婚前ペロペロとかしていたらさらし首だ。
 
恋愛マッチング成立判定士として、中立公平に判断するが、ダメダメすぎる。最悪。
マイナス100億ポイントで、ゼロに復帰するまで来世の来世の来世くらいかかる計算。
今生で結ばれることなど絶対にない。あってたまるか。断言してやる。中立公平に。
 
綾波者にだけわかるハンドサインで、この場に集まった強者どもに「マイナス100億ポイントにて成立はマジ絶対ありえん!!!」と伝えてやると、憤懣やるかたなし襲撃のサインを待ち構えていた者たちが激しく納得してこれまた激しくヘッドバンキングした。
 
碇シンジのうしろにいる一般少女が怯えた目でみてくるが、かまわない。
 
 
放置決定。
 
 
それがベスト。戦力としてこの上なく魅力的でも取り込めるタマではない。いかに丁重に扱おうと、てめえが爆発したい時に作動する爆弾のようなものだ。危険極まりない。
「件(クダン)」の牛仮面は伊達ではない。世界でも3本の指に入るヤバ人材鑑定士でもあるのだ。実年齢より幼い見た目に誤魔化されなどしない。仲間にいれたらアカンやつだ。
 
 
というわけで、「聖事派」の強者どもを引き連れて去っていく牛仮面。自己紹介もしてやらない。勝手に調べればいいのだ。しんこうべ。この地で今なにか策動しようというのなら、イヤでもこの名を知ることになる。回れ右してとっとと帰ってもらってもいいのだが。
 
 
 
「・・・なんやったんですかね・・・脅しというか色仕掛け・・・というか?」
首をひねりながら鈴原ナツミ。
こっちはふたり、肉体的な戦闘性能で言えば、学生2枚の薄っぺらさなところにいきなり怪人大集合というか・・・何らかの異能を所有してない普通サイズ大人でもあの数となると秒でペシャンコにされて終わる。碇シンジの立場からして護衛がついてないはずもないのだが、あんまり距離をおかれても間に合わないだろう。なんせ地の利は地元民地元組織にある。サプライズ出迎えなどではなかったことは、立ち去ってしもうとることから思い知らされた。歓迎はされていない。学生の身分で派手な歓待を期待していたわけもない。
地元交通機関を使ったっていいのだけど、それでもハイヤーとか車とか、荷物はないけど2人だからバイクでこられてもアレだが。その綾波女学院のとやらの寮まで歩いていけとかゆーんやないやろな・・・また別のグループのガンつけアヤつけに付き合わされてはたまらない。それにしても綾波先輩のニセモノが先んじて食事に呼んでくるとか・・・
 
普通、というと語弊があるけど、まさかこちらではそれが最上等の礼儀にかなっているとも考えにくいし・・・それを綾波先輩が許すとは思えない・・・かなりマズい状況になっているのでは?お家騒動的なドロドロのアレコレで・・・・そんなん、中坊の手に負えるはずない。まあ、年齢的には高校にいっとってもおかしくないのが約一名おるけど・・・
スーパー高校生名探偵ってわけでもないしな・・・、今起きた事柄をネルフ本部に報告して指示を仰ぐちゅうかもう、いったん帰らせてもろうてもう少しその手の案件に強いメンバーを厳選して改めて訪れるっちゅうのが・・・・身の程をわきまえてるというか・・
 
 
「内緒にしててくれるかな・・・綾波さんに。あの人たち」
「知らんがな!ちゅうか、するわけないがな!もう全部チクられとるに決まっとるわ!」
 
フルパワーの張り手を碇シンジの背中にぶちかます鈴原ナツミ。心配するポイント!
綾波先輩の方面に割り振って!重点的に!・・・あとは、こっちの身の安全とか少し!
 
「ナツミちゃんは・・・秘密にしといてくれるよね・・・?」
そのわりに平然として、そんなことをほざき返す碇シンジ。
「う、うちは・・・まあ、いいふらすことでもないですし・・・」
 
 
「ありがとう!さすが勇者なつみんは信じられるなあ!」
しれっと。言いふらしたら、こっちも言いふらすぞ、と言外にその目が。信じるとは。
しかし、秘密にしろ、ということは本当だということか。その場の出まかせではなく。
そうなると、どういう感受性をしとるのだ、こやつは。巨大ヒト型決戦兵器に乗って戦った日々でおかしくなったのかもしれないが、感受性くらいちゃんと守らないと茨木のり子先生に叱られますよ?・・・・・・ともあれ、初っ端からこんな目にあっても平然として平常運転を続けるあたり、安心していいのか不気味に恐れていいのやら。こちらを怯えさせないための配慮的な演技などではまったくないのはもう知っている。使徒とかとやりあいすぎて精神の危険水域レベルとかひじょうに高いのかもしれないけど、勇者なつみん、とか言ってる場合か?
 
「・・・・・勇者なつみん?なにゆーとんじゃい」
 
駅ホームの物陰から、愛する妹と親友を見守っていた鈴原トウジはとりあえずの危機が過ぎ去ったことに安堵しながらも首を傾げる。危機的状況をともにする吊り橋効果で親友と妹が互いの好感度を高め合ったりすることに警戒するほど、鈴原トウジは狭量ではない。
というより、碇シンジ以外の人間が愛する妹をわざわざこんなヤバヤバ危険地帯に連れてきたりなんぞしたら瞬時ボコボコにしている。・・・・まあ、妹がこんな要求を?んでしまったのは、己のせいでもある。自覚はしている。そうでなけりゃこんなの逃げの一手、関わるべきではない。一般人が来ていいトコロではないのだ。ここ、しんこうべは。
 
綾波党が仕切ってるとはいえ・・・逆に、仕切っているゆえともいるが、ほぼ異世界。
第三新東京市が万能科学万歳シティーだとしたら、ここは戦隊ライダー風味昭和空間というか・・・・他地域の方々にしてみたら、どっちも同じだろ、とつっこまれそうだが。
関西と神戸は違う、とか言われても東京圏の人間にしてみれば「?」でしかない。
鈴原トウジも文化人類学者でもなんでもない、特殊技能を生かして高校生ながらネルフで働くワークマンであるので、警戒ポイントも「そっち」寄りになる。ならざるをえない。
 
昆虫ヘルメットで風を切り裂きマフラーを靡かせながらバイクでかっ飛ばしてきたのも
愛する妹と親友を影ながら守るためであった。
 
職分から言えば、ネルフの警護部門の仕事であるが、得意不得意を越えた領域というものがあり、あからさまにガードしにくい関係性距離感、そもそもそんなところに行くなよ行かせるなよエリア・・・綾波レイの祖母、綾波ナダが党首を務める綾波党が実質支配、仕切っている土地ということは、名目上、ネルフ関係者にとっては最友好安全優良地帯である「はず」なのだから。・・・過去に「色々」あったにせよ。建前上、そうなっている。
雨降って地固まる。大ゲリラ豪雨でも土砂崩れもしていない。大丈夫グッドプレイス。
 
この地で、碇シンジ、その連れが傷つけられるようなことになれば、綾波レイ、そして最強権力者たるその祖母が黙ってはいない。異能があろうが綾波姓の綾波者が・・・イヤミのひとつやふたつは言われるかもしれないが・・・実力行使をしてくるのは考えにくい。
 
しかも、碇シンジは気紛れで綾波レイの顔を見るためとか遊びに寄ったわけではない。そもそも党首に正式に呼ばれてきたのだから。なんらかの圧力をかけられた、というのが正解かもしれないがそこまで鈴原トウジの知ったことではない。ともあれ、それを害するのは党首のメンツを潰してあまりあるわけで。それなりに歓待され、安全は保障されるはず。
 
その「はず」であるから、鈴原トウジのこの行動は兄バカ、親友バカ、愛するゆえに心配しすぎであろうか?・・・・関係者は誰一人諫めもしなかったし、黙認し、長期間ではないが有給休暇強制消化、という名目で時間を作ってさえくれた。使徒戦をくぐりぬけてくると油断をしなくなる体質に変化してしまっているのかもしれない。が、さっそく証明されてしまった。一歩間違えれば、現地内乱に巻き込まれているところだった。ボンキュッボンな赤ドレスの影武者にノコノコホイホイついていっていたら、えらいことになってた。
 
牛仮面・・・・現在、しんこうべで台頭してきている3派の一つ、「聖事派」首魁。
綾波クダン。戦闘力は番付表にのるほどではないのに、頭をはっていて謎が多い。
あまたの異能を所有しているというのだが・・・そこはネルフの調査でも不明であった。
恋愛マッチング成立判定士やらヤバ人材鑑定士の資格もちであることも掴んでなかった。
 
引き連れていた者たちも猛者ぞろい。しかも戦闘大好き系。そして、報復や復讐の念を断固としてその身に宿して冷たく燃やしている者たちもいる。「征地派」と言い換えてもいい、かつて追放迫害された地に舞い戻り奪い取り綾波の、異能の者たちの楽土拡充を求める一派で、ネルフをはじめとして「外」の組織に最も警戒されている。万が一、これらに綾波党後継者・綾波レイが担がれた日にはとんでもないことになるからだ。シンボル、アイドルとしての存在力以上に、エヴァ零号機の戦争力が単純に破格。
悲劇と破滅の始まりだ。
 
さきほどの邂逅など、鈴原トウジの胆力でなければ、影から見るだけでも小便をちびっていただろう。出ていかなかったのは、もちろんビビッていたわけでも、政治的判断を優先したわけでもない。やる時はやる男なのだ。そうでなかったら、バイクでここまで追いかけていた意味がない。どこかのマシンロボの兄キャラのように助けに入る、入るべき、「とうっ!」とか叫んで空中で三回転くらいしてカッコよく登場して相手方にガンを飛ばしてやってもそら、よかったのだが。冷静に彼我の戦力を算定してみると、少々油断をついても多数であるから、しかも相手はただの腕自慢ではない、厄介な異能力をもっているのだ。
 
そうなると、自らの登場は、タンクローリーの集団が発電所に特攻かけるかもしれん場面に最後の一押し、ヨーイドン、終末のピストルと化す可能性もある。”妹さえいなければ、おまえとシンジふたりだけなら、いけるんじゃないか?いけるだろう?けど、妹を守らないわけにはいかないよなあ?”鈴原トウジの胸の奥で黒い風がそう囁いていた。
 
実際、鈴原トウジのとった行動は、綾波レイに急ぎ連絡をいれることだった。手順的には綾波党であろうが、立場的には難しいし速度の問題もある。即時対応を期待できるのは現地のプリンセス、おひいさまである綾波レイしかなかった。が、連絡がつかなかった。
 
事態が事態なので、友人連絡用ではなく、エヴァ操縦者専用回線を使ったにも関わらず。
「診療中」の表示が出たので、誰かを診ているのか本人が治療中なのか、それ以上は問えないが、やばい。これはもう行ったらんとあかんやろか!!と気合ゲージを緊急上昇させていたら、碇シンジがなんとか自力で危機回避していた。あの行動と言い分は・・・まあ、黙っておいてやろう。いや、ワシはここにはおらんかったわけやし?聞けるわけないし?
 
しかし、こうなったら、堂々と出て行ってガード・・・は難しいな。気持ち的にはシンジの後ろを任されて存分にやらせたい、という相棒ムーブに心が躍るが、実際は後ろだけ守っておけばいいものでもなく、24時間そんなことは専門のプロにしかできん。おまけに、女学院に入り込むとか言っていた・・・もはや絶対ムリ。ここ怖気づいて第三新東京市に引き返すようなタマでもない。妹の安全を優先して、ナツミだけ送り返してくれればいい、とは、思うが・・・自分でも絶対ムリなことをやろうとしている親友から、心強いサポート人員を奪ってしまってもいいものか・・・それで親友を呼べるのか・・・許してほしいあやまちを、いつか償う時もあるのか。今日というのはもうないが。命あったら語ろう真実、とか言い出すと完全にザブングルの歌になるのでこのへんで。苦悩する鈴原トウジ。
当初の想定通り、影ながらふたりを守るポジションがいいのではなかろうか・・・?
それとも、愛する妹は一般人であり、これといった特殊な力もない。心配で不安。ヤバさ確定したこんなところ(地元民・綾波レイには悪いが)とは早々におさらばさせたい。
 
とはいえ、困難が待ち構えているだろう親友を一人で行かせるのか、女装とか死んでもいやだ。ああ・・・・守るべきか去らすべきか、それが問題だ。連絡がとれんかった綾波もなんか心配やし。さて、どうしたものか・・・と悩んでいるところに「勇者なつみん」発言である。何発かこづいてやろうかと鈴原トウジが思っても無理はない。
 
「碇シンジさんと、鈴原ナツミさん、ですね?お迎えにあがりました。」
 
そして、結論も出せぬ間に、やってきた黒いハイヤーから黒いスーツに身を包んだ・・・体型的にスレンダーではあるものの、おそらく女性、声もこの手の業務に慣れた、聞く者に安心と落着きを与えるものであり、彼女を遣わした者の礼節、適切な歓迎の空気を第三新東京市からの訪問者3名に感じさせるものだった。ようやく、まともに相手する人間が来てくれたか、というところであったが、「いっ!?」ぎょっとして全部言いそうになったがなんとかこらえる鈴原ナツミ。「ぬぬっ・・!?」後半を鈴原トウジが受け持ったのは特に兄妹の絆ゆえではない。
 
 
黒い犬の仮面をかぶっていたのだ。
 
それは警戒するしかない。牛の次は虎ではないのか、とか干支指摘をしてる場合でもない。
そのまま口に出すのも芸がないし、かといってなんぞヒネりをいれて危険ないものなのか。
仮面の隙間、目の部分からは赤い瞳光。綾波者であるのは、間違いない。
 
「あ、お迎え有難うございます!よかった、この調子だとバスとかでも因縁つけられそうだし歩いていこうかと思ってたんですよー、助かります」
 
なのに、碇シンジは警戒する様子もみせず、さっさとハイヤーに乗ろうとする。
「え・・・?シンジはん・・・?」「(シンジ?ちょ、待)」いくらハイヤーお迎えとはいえさっきのさっきでなんでそのフットワークなの!?兄妹そろって引き留めようと考えたが、
 
「イヌガミさんは、いまは綾波党本部で秘書みたいな仕事をされてるんでしたっけ?」
けろりん笑顔で碇シンジが言うので制止しそこねた。
 
 

 
 
<碇シンジへの好感度情報>
 
しんこうべ市民=「聖事派」が「後継者の胸はザリザリ」発言を広めるために、じわじわと下がっていく
 
聖事派=マイナス100億ポイント、期待値反転分追加
 
綾波党=変動なし、であるが、期待値乱高下中
 
綾波レイ=変動なし(ぶっちゃけ、それどころではない情報遮断状態。碇シンジが召喚されたことも、現地到着したこともしらない)