綾波レイの例の質問にかまけすぎて、具体的な移動手段を考えていなかった碇シンジ。
 
 
とはいえ、ここは綾波党の領域であり、第三新東京市からのよそ者である碇シンジとしてはおまかせするしかないところではあった。我が息子(と本人は名乗っている)碇レンジは高速飛行という便利異能を所有しており、いくら地の利があろうと追跡となれば不利と言わざるを得ず、市街地での飛行チェイスとか派手になるのは避けたいところでもある。
 
 
ではどうするか、といえば、相手の行動、目的地をプロファイリングなりして先読みし、待ち構えて網を張る、というのが現実的ではなかろうか、と。そんなことをうすらぼんやり考えていたのだ。綾波レイににしてもそのあたりのことを考えているのだろうと。
 
そうなると、党の護衛付きの車が足となる・・・のではないかと。自分と二人きりにはなるまいしさせるまいと。なにせ、探す対象が対象だ。自分たちの子供・・とか?
時系列的にありえないが、あからさまに嘘つき少年少女として狩りたてるのも・・・・
 
なるべく穏便にすませてほしい。名所めぐりとかしとらんで、速いところ元の未来に戻っていてくれれば安心するのだけど・・・とにかく、大っぴらにはしたくない。秘密を知るのは限られた者だけでいい。それが家族のそれなら、なおのこと。動くのは必要最小人員が望ましい。
 
 
 
だからなのか。
 
 
バイク。つまり、単車。2輪、と表現するとちょっと違うことになる3輪。3輪車、としてビジュアルがないといらぬ誤解を与えてしまうだろう。サイドカー、ならまだ分かりやすかったのだが。いわゆる「しっかりつかまってろよ!じゃないとふりおろされちまうぜ?」的嬉し恥ずかしイベントが始まってしまうかもしれない2人乗り、青春タンデムとは一線を画した、不純異性交遊を防ぐかのようにしっかりとした境界線性能が施された・・・・なんというか、後方席に荷物でも積載するかのような扱い・・・まあ安全面を考えればこちらも正解ではあろうが。碇シンジはエヴァには乗れても、現時点で2輪免許をもっていないのだから、バイクを2台用意されても困ったことになるだけだが・・・・
さすがにヘルメットは用意してくれていたが・・・・これはいつ思いついたのやら
プラグスーツに似た白いライダースーツは良く似合っていたが、免許はあるんだよね?
 
 
「はぁ・・・さすがに、そっち系のいで立ちはよう似合ってはりますね・・・」
目を丸くしながら鈴原ナツミも似た疑問を感じてはいたが、聞くのもこわいのでスルーした。あんな巨人を操っておいていまさらすぎるし。ただ・・・ぱっと見ではあるが、相当なパワーを秘めていそうではあった。どこ製なんかメーカー不明なんですけど。それをまた涼しい顔で制御してのけるのは間違いなかろうなので、それは心配いらない。が、
 
 
「じゃ、”バイクで地元の名所をめぐる特別接待”、いってきまあす。うわー楽しみだなアー」
 
渡されたヘルメットをかぶりながら碇シンジが後方席に乗り込みながらしらじらしく。
 
 
昨夜、急遽決まったという「バイクでふたりきりでしんこうべのあちらこちらをのんびりまわって楽しむコース」とかいう綾波レイによる接待プランは、一見、「綾波レイをのんびり休息させる」碇シンジの目的にかなっているように思えるが、うまいこと難題を片づけられた者の目ではない。どうも口車にのせてそのようなプランをでっちあげさせたわけではないようで。また何かトラブルが発生したのだろうな、という察しくらいはつく鈴原ナツミであった。
 
 
爆音などはないが、とんでもないスピードであっという間に消えてもうた・・・・
 
 
のんびり、どころか、かなりの厄介事なのだろうな、と分からざるをえない。
一難去ってまた一難、というわけなのか、楽しいはずがないのんびりできるはずがない。
 
それをふたり、ふたりきり、ふたりだけで解決しようとしている・・・・
 
 
トラブル対応など、人手が多い方がいいとは思うが、なにがしかの秘密、それも個人情報系のもんが絡んでいるならば、大っぴらに人手を求められないのも分かる。綾波党の禁忌的な何かだとしたら、それはもう自分のようなよそ者の女子学生など関わるべくではない。
シンジはんは・・・まあ・・・仕方ないですやろな・・・おきばりやす、としか。
 
両隣の神鉄はんも居闇のおじはんも無言で頷いとるし。朝早いし、送りはこの3人のみ。
 
女子寮の窓という窓からむちゃ注目を集めてはおるけど、どこ向かうのかもしらんし。
 
こらもう、第三新東京市に帰った方がええかな・・?と内心で思ってたら
神鉄はんに首を振られた。まだあかんらしい。うちがおらんと。ほんまかいな・・・・?
 
「野菜の苦手な子向けに飲むサラダとコンフィチュールを試作してみたから、意見を聞かせてほしいざます。幸せのパンケーキをつけてあげるざますから」
 
食いもんで釣られるキャラだと思われとんのかな・・・まあ、釣られますけど?
 
サポートが必要なく片付くのが一番やけど、備えなくてええ、ということではない。
無駄な備えやったー、と笑える結末ならばそれでいいのだし。そのためにしっかりと腹ごしらえさせてもらいましょうか。綾波先輩はどうかわからんけど、シンジはんは携行食ですませとったからな。「あちこちでごちそうを食べるから最低限でいいんだ」とかほざいておったけど、そんな安い嘘でごまかされるか、ボケが!・・・・とはいえ、戦場に向かう悲壮感、ともなんか違ってはいた。迷い悩みながらもどこか浮ついているというか。
そりゃ綾波先輩とふたりきりでどこかにいけば、どこでも桃源郷でしょうけど。
 
 
ゆうても、あのバイクのあの後方席やからなー・・・綾波先輩の考えもよく分からん。
たいがいの男なら、プライドへし折られてもうて、回れ右してひきこもるしかないやろ。
バイクにおける男女の排気量問題というのは根深い・・・と、なんかのマンガで読んだ。
 
ハンドルを握るととたんに人格がスピード狂にチェンジしてしまうのは男女限らず。
むしろ普段おとなしく穏やかでおしとやかな女性が変化するのはキャラ設定としてはよくある。
 
 
が、普段とまったく変わらぬ調子で「わたしの前はなんぴとたりとも走らせねえ!」とか吠えることもなく、物凄いスピードで3輪バイクをとばしまくる綾波レイの場合は。
速度感覚が巨人のそれになってしまっているのか、それとも焦りか。
 
ライディングテクニックを評する知識も経験もないけれど、安定感が保たれ信号はちゃんと守るので思ったよりも恐怖感は少ない。黒いベンツの比でないくらい周囲の車が遠慮してくれるのもある。これならもし、自分が出前のラーメンやお寿司であっても大丈夫だろう、とか思った碇シンジであった。ただまあ、ラーメンやお寿司、その他ピザやら蕎麦でもない、心を宿す生物であったので、いろいろと考えることはある。
 
バランス要求されることもなく、道を指示することもなく、ただ荷物の如く席についているだけだが、「目的地について問われたらどうしよう?」とびくびくしていた。実の所。
 
 
高速で運ばれながら、どこに向かっているのか未だに分からず、綾波レイに聞くわけにもいかず。それでもまあ、着いてしまえばいやでも分かるわけで。到着してしまえば「当然ここだよね」な顔をしていればいいのだ。問題はない。沈黙は金。必ず、そこにいる保証もないわけで、そこまで全力で考えていないのもあった。外れた場合の次の目的地はどうするか・・・そもそもこんなバイクで追うのもどうなのか・・・もっと他に手段が・・・チンさんは入院中のツムリさんにつきっきりらしいから今回はダメだけど・・・・
 
 
信号が赤になった。無視することなく停止する。しんこうべ住民の皆様の視線はもう考えないこととする。うーん、なんといっていいか迷いますよね?僕もそうです。うらやましいですか?ざまーみろですか?人の姿をした野菜かもしれないですか?そうかもですね。
 
 
 
「”目的地は分かっている?碇君”」
 
ぎょっつ!!綾波レイの声。正確にはヘルメット内に装備された無線であるが、完全に心の壁を貫通された。なんで今さら。せめて乗る前ならまだ覚悟決まっていたのに。
・・・・人機一体と化してこの距離であるから伝わるものがあったのか、油断した!
こんな不意打ち・・・旦那さんの浮気を疑う奥さんのようじゃないか!全く嬉しくない!
 
 
しかしながら、本能で察知する。もしここでその問いかけを外せば、ここで降ろされると。
こんな基本的なことも分かっていないようじゃ、足手まといだから、と。
 
「”もちろん?”」
 
昨夜の言い訳があまりにも墓穴まっしぐらであるゆえ、猶予を与えられたにすぎなかったのか。考えろ、考えろ、これはなぞなぞではない、常識問題。少なくとも綾波さんはそのつもりで問うている。だから、分からないはずはない・・・・・考えろ考えろ考えろ。
 
 
 
・・・・だめだ。
 
 
分からない。せめて誤答3回までノーペナルティなら。範囲を絞れるのに。だめだ、分からない。あまりにもリスクが高すぎる。
 
・・・・正解ができなくとも、綾波さんの怒りを避けられる返答ならばいいのでは?そちら方面でいこう。電光で回答をでっちあげる碇シンジ。逆転の発想。いてほしい場所、ではなく、いてほしくない場所、いってはならない場所に先んじて防護柵を立てておく、とか?子供の安全ファースト。それならば納得してもらえそうだ・・・・そして、しんこうべにおけるMZZ、モスト・デンジャラス・ゾーンといえば・・・
 
 
「”ゆ、ゆきみる墓場だよね”」
 
 
声の震えをかろうじて抑えきれなかったのは未熟か誠実さか。「そ、そこに入っていっちゃってたら大変だもんね。普通、行かないとは思うけど、空からだといけるかもしれないから・・・」言いながら、内心、やっちまったー!!と絶叫する。よく考えたらあんな物騒な異世界というか、魔界に誰が好き好んで行くんですかー!?あー!絶対ハズレだー!
 
 
「”そう・・・そうよ”」
 
なぜか2回同意された。心なしか、笑みが含まれていたような。前を向いているから表情は分からない。しかし!肝心なのは、正解したこと!イエイ!やった!内心でガッツポーズの碇シンジ。そんなの高難易度にもほどがある!と思ったが、ここは当然、という顔で。
逆転の発想をせねば到達できぬ答えとか、どんだけー!と叫びたかったが、自然な表情で。
分かってもらえたから嬉しかったのか・・・まさか綾波さんがね・・・・
 
 
無茶であり合理的でもある。
カンに任せてむやみやたらに探しまくるより、まずは危険領域に入らぬように手配を先んじて行うというのは効率的に正解。ただ、碇シンジが思考したとおり極めつきの危険地帯に小さい妹を連れていくのはないだろう、というのはある。
 
 
ただ、レンジとシンセ、その名をもつ、自分たちの子供だという存在がどこからやってきたのか?という疑問を解くのに、ゆきみる墓場が思い浮かんだのは綾波レイのカンであり、それを見抜け、というのは無理筋ではあった。そこに向かうだろう、と根拠もなく強く閃いたのは前世の記憶でも作用したのかどうか、とにかくそのあたりのことが碇シンジに説明されることはない。理解できないのならそこまで。そのあたり惣流アスカよりはるかに理不尽ではあった。そこに痺れて憧れる体質でないと無理かもしれない。いろいろ。
 
 
ゆきみる墓場、その名の通りの広大な敷地以上の墓を内包する動く死者などあの世存在のひしめく異界である。死をあまりにも詰め込みすぎたために生と死の境界がおかしなことになっており、そのまま放置するならしんこうべ全域、その後は日本列島、その後は、と黄泉領域拡大を続け呑み込まれて・・・というアンデッドホール状態で誰かがなんとかせねばならないのだが、その誰かが綾波シグノであった。墓場の管理者であり、党の番付表には載らないが、綾波者最強格の一人。異名は人食いパックン斎。やっていることは間違いなくヒーローなのであるが、墓場から出てこないため知名度には恐怖補正が激重くかかっているため地元民からしても魔王的存在だと認知されている。本人も特に異論を唱えないのもあるが。
 
 
そんなのと対峙して自分たちの子供を名乗る子供が現れたら保護して墓場の外まで送り届けて欲しい、などと頼むのは、胆力よりも運の良さが必要となる。かなりのずうずうしさも。狂気に対する高耐性も必須であろうし。世界でも四本の指に入るデス異界をどうやって3輪バイクで突っ切ってきたのかは割愛する。
 
 
 
「本気で言ってるべし?」
 
 
綾波姓ではあるが、綾波党の下にはない魔人である綾波シグノに喰われないだけでも最上の幸運であるのに、それにあぐらをかくように無茶すぎる頼み事。親切が生き甲斐であるような親戚のおじさんであろうと、そこまではしてくれまい。ただ、ここでシグノが口にした「本気」というのは、狂気の反対ではない。初めてシグノと対面した時にいろいろあって碇シンジは、綾波レイのお腹の中に自分の子供がいる、名前は「レン」だとかいうフェイクをかましたことがある。その時、そのフェイクにお墨付きを与えてくれた未来視・綾波ノノカンがこの場にいればよかったのだが、不在であった。自分たちでなんとか説得するしかない。というか、ヘタなことを言えばあっさり四次元胃袋に収められそうだ。
 
 
「はい」
 
綾波レイは真正面から答えた。「どうか、お願いします」頭も下げた。ちら、と視線をよこしてきたので碇シンジも「よろしくお願いいたします!」と慌てて従った。レイ唱シン随であった。
 
 
「では、お前たちどちらかの手の指を6本ほどもらうべし」
 
 
魔王認定されるだけあって、ヤクザよりはるかに厳しい。代価を払わねば頼みに応じぬ、というのは商人的で理解はできるが、高すぎる。ただ、金銭に全く意味を見出さない人外と取引しようとなると、そうなるわなあ・・・という諦めもある。
 
 
「って!!ちょい待ちちょい待ちちょっと待って!!綾波さん!!」
 
なんの躊躇いもなく自分の両手をシグノの方に差し出した綾波レイを血相変えてマッハ制止する碇シンジ。ちょっと遅れたらマジでシグノはその指を呑み込んでいただろう・・・
意味的には綾波両者を止めてはいるが、実質綾波レイ一択。なんでもかんでも決断すりゃあいいってもんじゃない。なんでここまでできるのやら・・・・と、いうか、僕も手の指を献上せねばならない流れ?むしろ自分の指を全部?ここに来るかもわからないのに?
 
 
「墓場に踏み入れたならすぐに分かるべし。保護も約束してやるべしが・・・期限は今日より一月、ただし、来なかった場合にも指は返さないべし」
 
何か小癪な策を弄する前に封じられてしまった。頓智を炸裂させる余地もない。これは撤退しかあるまいが・・・「ぼ、僕の指を6本、全部お支払いするってことで、ここは」
 
 
口にしてしまってた。なんでもかんでも口にすればいいってもんじゃない。→僕。
 
 
指に相当する「何か」を差し出してなんとか難を越える、というのが民話などが教える伝統的解決法なのだが、そんなもの用意してる余裕もないし、それが通じる相手ではそもそもない。
まあ、こっちの頼みごとがそもそも常軌を逸しているのもあるけど・・・・
 
力づくで引きずってバイクに乗せてここから逃走、というのが正常対応なのだが・・・
いかんせん、敵いそうもない。覚悟の決まり方が違う。ガンギマリの相手にはそれ以上の、ギンギマリ、くらいの覚悟を見せるしか目の覚まさせようがない。
 
 
「じゃあ、碇君が3本、わたしが3本で半分づつにします」
 
少し冷静になってくれたけど、覚悟の度合いがあんまり低下してないし!
 
 
「いやいやいや!!それだめですって!!絶対にダメ!!普通にあとで僕が綾波党の皆さんからぶっ殺されるから!僕もイヤだから!!不等価交換上等だとしても、もうちょっとなんか・・・あー!えー!うー!・・・と、とにかくごめんなさい!やめてください、僕の指で勘弁してつかあさい!!」
 
全力土下座して頼む碇シンジ。頼む相手と内容が綾波シグノではないのがなんとも。
それにしても、もし綾波さんひとりで行かしてたらこれどうなってるの!?ぱっくりやられてた!?なんと危なっかしい・・・・・保護者要るよ!保護者どこ!?あ、自分しか。
 
 
 
「でも・・・・どうするの・・・」
鬼気迫る土下座を前にして、ドン引きすることはないものの、多少は話を聞くモードに戻った綾波レイ。そこまでしてようやくなのだから、碇シンジの存在の重さとは。
「じゃあ6本よろしくね」で終わるほどには軽くないようだが。
 
ちら、と土下座態勢のまま、視線をわずかに上げて綾波シグノの様子を窺う碇シンジ。
 
 
「実はお前たちの絆の深さをテストしただけだべし」とかいうことにはならんのかな・・・・実際、自分たちの指なんか詰めようものなら、戦争になる。・・・いや、そんなの恐れるような人じゃなかったな・・・まったくもってスーパーナチュラルであらせられる。
 
「実は綾波さんの指と僕の指とじゃ食べ合わせが悪いですよー」とかいう口車には乗せられまい。そんなのどこで試食したのじゃ、という話でもあるし。同じ手は通じない・・・シャレにならない・・・詰んでるな、これは。再びシャレになっていない。どうしたものか・・・・次号、詰むや詰まざるや!?ってわけにもいかない。早急に結論ださないと。
 
 
 
♪ざーんーこーくーなーてーんーしーのーよーうーにー
 
 
携帯電話の着メロが鳴り響いた。碇シンジのものであり、通信相手は鈴原ナツミ。
元来、電波など届かない現世通信など容赦なく弾かれる結界領域のシグノの館であるが、何かのパワーで補完されたのかもしれない。
 
 
「あ・・・すいません。緊急の連絡に違いないので、出てもよろしいですか・・・・?」
 
「好きにするべし・・・ふむ、邪魔されてはいないようだべし」
 
時間が稼げればなんでもよかった。今度は本当にかかってきたのだから昨夜とは違う。
 
綾波レイの視線もべつに痛くない。シグノの言いようは妖力とヒマをもてあました墓場の住人がちょっかいをかけてきた可能性についてなのだが、碇シンジもそこまで勘ぐる余裕はない。このタイミングでかかってきたのは救いでもあるが、モノホンの厄ネタに違いなく、もしかして使徒か怪獣が出現してしんこうべタワーをへし折ったとかそのレベルだとしたらそれはそれでもう収拾つかないんですけど。とにかく電話に出る。
 
 
「はい、碇です・・・・って、え!?なにそれ!?ほんとに?”碇”の方が?あー、うん、
分かった。ありがとう・・・・うん、はい、それじゃあ・・・・・」
 
通話を終えて綾波レイに向かい合う碇シンジ。外の世界の声のおかげか、頭が回る。
後輩の前では知性派を演じたい見栄のパワーか、なんでもいいけど。
 
 
「碇レンジとシンセのふたりが、聖☆綾波女学院の聖堂に現れたってナツミちゃんから」
 
「聖堂に・・・それで、その後は」
 
まだそこにいるのなら、全力で墓場に近寄らぬよう警告はしたはずだから、もう移動してしまっているのだろう。神鉄をはじめとした女学院職員には事情が知らされていたから事情を確認するため足止めくらいはしてほしかったが・・・。次の移動先を告げたようでもなく、気ままに移動するつもりなら、こちらの問題は片付いていない。ここに来るかもしれないのだ。生命の掟が通じない異界に。しんこうべには他に見るべきもの見てほしいものが他にいろいろ山ほどあるというのに。来ることはない。来てはいけないほしくない。
 
 
「分からない。朝食を一緒に食べて、行き先を告げずに飛んで行ったみたい・・・それでシグノさん」
 
「なんだべし。お前が6本全部よこすということに決めたべしか」
 
「すいません、条件変更させてください。代償が僕たち支払いきれませんので。墓場の上空に注意喚起用のドローンを浮かばせてもらっていいでしょうか?それで僕の小指(の爪)ひとつくらいでいかがでしょうか?」
 
ちなみにかなりの早口かつ()内は音量をかなり下げて。拷問に使われるくらいだから爪?がされるのも相当な苦痛だろうが、指6本と比べればまだましだと割り切れる。
 
 
「ふん、爪ではだめだべし、小指一本で手を打ってやるべし」
 
「ありがとうございます。それじゃ、どうぞ」
左の小指を差し出す碇シンジ。さっさとやらねば妨害が入るだろうから。条件を緩和して代償を安くするしかない。完全にはほど遠いが、これが現実と理想のギリギリのラインか。
それにしても中学で小指ナシ生活かー・・・・でも、父さんと母さんも許してくれるはず。
これは親不孝ではない、と思う!
 
 
「それなら、わたしのも半分」
 
止めろ、とは言わず、自分のそれを差し出してくる女はもう少女とはいえまい。声は静かであるのに極妻並みのド迫力。一瞬、ぽおっと惚れ上げてしまいそうになるがやはり男の方が大したことない。
 
「いやいやいや!!ダメダメダメ!ソレ、ダメダメよ!!」
怪しい売人風になってしまう碇シンジ。「絶対ダメあるよ!人類歴史上の損失あるよ!!」
 
「それはダメ。この地での事件はわたしたちに第一責任があるから」
「いやいや!?これは地元とかよそ者とか関係ないじゃん!!とにかく僕ので!・・・・あれ・・・?なんか間違えましたかね、僕・・・」
「わたしたち、というのは、碇君とわたしのこと。それだけ。他は関係ない」
「すいませんごめんなさい!誤解してました!よそ者のいじけを持ち込んでごめんなさい」
「じゃあ、わたしのを多めに」
「でもそれは別問題ー!!ダメですって!!指がないといろいろ不便で後悔しますって!ほんとにいまさらですけど、女の子は体を大事にして!」
「碇君を粗末にはできない。碇君は碇司令とユイおかあさんの子供なんだから」
 
 
犬どころかドラゴンでも食べられそうにないうえにこのまま百年でも続けそうなやりとりに嫌気がさしたのか、綾波シグノが結論を出した。
 
 
「碇シンジ。こいつの手はまた生えてくるから、その方が後腐れがないべし」
 
「そうそう、僕の手なんかまた生えてくるからだいじょ・・・・
うぶじゃない!!生えてくるわけないでしょ!!
 
サザンアイズの藤井八雲じゃあるまいし!こちとら普通の人間だし!・・・・あれ・・・・」
 
 
「そういえば・・・・」
明らかに人間じゃありえない状態の姿を目撃されていた過去を思い出した。あの時は左腕がなかったし右腕もぺしゃんこだった。それを元にしているのなら要求の意味も異なってくる。いろいろあって現在は普通の肉体をもって生活しているわけだが。墓場にこもりきりの綾波シグノがそんなことを知るわけもない。ネルフの機密が多々含まれる話でもあるが、この期に及んで秘密にして指詰められるわけにもいかない。事情を説明して交渉再開。
 
 
綾波ノノカンに何かあればそのサポートをする、という条件で話がついた。
 
 
初めからその交渉カードを出していればよかった。綾波シグノが欲するものなどもうこの世にはそれくらいしかないのだから。まあ、むしろそのノノカンにはこちらが手助けしてもらいたいくらいではあったが。・・いや、もしこの場に未来視がいれば決定的というかもはや逃げ場がなくなる、という可能性もあるわけで、良かったのか悪かったか。
 
 
とりあえず、最悪の危険地帯に入ってしまうリスクを減らせたことにひとまず安心のふたり。帰り道もそれなりに物騒であったが、綾波レイの華麗かつ豪快な怪物に会えば怪物を挽き妖怪に会えば泣いて逃げ出すライディングテクニックで無事にゆきみる墓場から生還した。
 
党が所有する広報用の大型ドローンをさくさく手配する綾波レイの手際は間近で見ると、中学生の身分である己との距離を感じて切なくなる・・・こともなく、なんとかいつもどおりの冷静さを取り戻してくれたようだね・・・ふう〜〜〜〜などと人心地ついていた碇シンジであった。綾波レイに指詰めさせるようなことになっていたら・・・精神的にも肉体的にももう滅ぶしかない。瞬発力が凄ノ王レベル。
特攻隊長には向いてるんでしょうけど、もうちょっと全体の状況を俯瞰して判断する総長的行動を心がけてほしい。言えませんけど。そんなの。直接本人に。
 
 
次はどこへ向かうか・・・・しんこうべには危険スポットは・・・地元の悪口を言うつもりはないけど・・・多い。と思う。その最上級がゆきみる墓場であるわけだけど、そこからランクダウンしても危なそうな、子供が行ってはならぬエリアというものは。ある。
歓楽街・酸ノ宮とか、自分も行ったことがない。カードの撮影の時に加持さんたちは行ってたけど。自分が足を踏み入れたこともないのだから、両親の思い出の地、とかにはカウントされないだろうけど・・・うーむ。どうでしょうかね・・・
 
 
 
「少し、休む?碇君」
 
まさか綾波レイのほうからそんな配慮を受けるとは思わなかったので驚く碇シンジ。
 
一般常識でいれば、しんこうべ最上級の危険地帯から戻ってきたのだから回復時間を設けるのは当然中の当然であり、そこを驚くあたりやはり碇シンジもまともな人材ではない。
とはいえ、好機ではあった。本人から休息時間を設けることを申し出てくださったのだからのっからない手はない。
 
「休みましょう、休みます!さすがにゾンビの群れのど真ん中を突っ切ったり、モンスタートラックとぶちかましあって岩壁に叩きつけたり野良サイバーダチョウとのチェイスはつかれたよねー」
普通の人間ならば”つかれたよねー”、ですまないし、ケガがなくとも精神ダメージで入院必至のはずではあるが、そこのへんは使徒を相手取ってきたせいか両者ともメンタルが違う。
いまさら罰や穢れなどに怯える神経ではないのでホラー映画出演には向いてない。
 
 
 
そんなわけで休憩。3輪バイクを駐車して自販機でジュースを買う。元気よくパシっていったのは碇シンジである。疲れているようには見えなかったが、その頭の中では少しでもこの休憩時間をいかにして伸ばすか、などということを考えていた。とはいえ、あまりヘタなことを言えばここに置き去りにされる可能性もある。
 
・・・妙案は浮かばなかった。
 
逆鱗に触れぬレベルでなんか口にしてみる。当たり障りがなく踏み込みもしない、肉を切らせて骨を断つ覚悟もないのに綾波レイが止められるはずがないのは承知の上で。
単なる時間稼ぎの雑談のつもりで口にしたのだ。「そういえば・・・綾波さんはさすがだよね」まずは褒めから。
 
 
「・・・?」唐突な褒めに首をかしげる綾波レイ。
 
いまさら自分相手におべっかを使うような碇シンジでもない。惣流アスカやラングレー、鈴原ナツミあたりなら大いに警戒するところであるが、無警戒で次をうながす。
 
「いやー、僕たちの子供だって名乗ってるふたりのことを、”わたしたちの子供”ってはっきり言うから。僕は・・どうしても照れがあるけど綾波さんは冷静に受け止めてるんだなって。不思議というかSFというかミステリーというか、自分で見て話もしといて嘘とも夢とも断言できないブレブレの有様なんだけど・・・そもそも、アダムとイブみたいに楽園お見合い状態で選択肢がないならともかく僕と綾波さんがそうなっている未来っていうのが・・・・ですね、なんというか、その」
 
とっちらかっているようでも、実は頭はだんだんと冷静になっていってもいる碇シンジ。
とりあえず、「それ」は棚上げにしておこう判断。「そのこと」の真偽判定はあとでいい。
 
とりあえず、何者であろうとも存在していたのは事実で、運命変動的な何かで真実がウソになろうとも、あのふたりを見て、守りたい、守らねば、と感じたのは絶対の本能。理屈も理由もいらない。そうしたいからするだけのこと。それで痛い目みようが上等。
 
ただ、綾波レイは自分の目でふたりの姿をみたわけでも対話したわけでもない。
 
こちらの言葉を信じるがゆえ、または碇、綾波の姓を名乗ってこの地にあるからには己の庇護下にある、と役目上の認識判断が強く作動しているのかもしれない。おそらくそう。
 
でなかったら、シグノ相手にあそこまで根性見せられまい。身内であるから血肉を捧げて悔いはない、というのは。これを重いと評するか、そんなもの軽いと感じるか。この先の坂道をともにあがるつもりなら、そこの認識は事前にすり合わせておいた方がいいとか。
 
坂の名は夫婦坂?う、うるさいわよ!そこの男子と女子!・・いやいや、照れコントロールしなければ・・・夢と現実を結ぶコミュニケーション、光のように走るハートライン・・・浜田麻里さんの名曲「テレコントロール」を心の中で応援歌にしながら
 
 
「あるんだって言うのがね。綾波さんは不思議に思わなかった?」
一族の中のふたりを守護するのと、自分たちだけが守れる存在としてのふたり。
リアリティ、現実判断としては前者であろうから、共有理解の再確認として問うた。
もはや恥ずかしくなどない。ぶってる場合ではない。その認識がずれていると初動が遅れとりかえしのつかないことをしてくれる可能性があるから。この綾波レイさんは。
 
 
「可能性として零ではないから」
 
 
数学のテスト第三問目の答え合わせは、みたいな口調。もつべきものはクールな相棒。
そう、このくらいの答えでいいんですよ。そのくらいの何気なさでなくちゃ。
数学的発想で心の混乱を防ぐのは非常によいこと。とはいえ、0,1、いやさ0.001は0ではないけど、その程度では脈動を始めないハートの領域の何かもあるわけで。
いいですいいんです、今必要なのは冷静で頼れる相棒。のんきに温め合ってる場合でもない。風を切り裂いてさまよう子供を探しだして安全を提供せねばならないのだ。
 
 
「・・・・・・・・・・・あ」
 
何かを思い出したように。
 
 
綾波レイの表情が、動きが停止した。その停止ぶりはとっさに人形と変わり身でもしたのかと碇シンジがビビるほど徹底されており。かなり長く続いた。石像のパフォーマンスをいきなり開始したわけでもないし、怖い。さきほどの極力ソフトにおさえた己の発言を思い返して緊急チェックするもどこがまずかったのか不明。返答だってしれっとしてたし!
 
 
赤面。
 
 
綾波レイの顔が、紅に染まっていく。その尋常ならぬ速度に「え?バイオハザード!?浸食!?パターン赤!?」慌てて自分もバイクのミラーで顔色を確認するが、変わりない碇シンジ。ただ、その色の鮮やかさ具合には見覚えがある。昨夜の自分だ。
電話する前の自分の顔色に激似。
 
 
「まさか・・・いまさら・・・いまごろ・・・・いや、いやまさか綾波さんに限って。
80年代の深窓の令嬢キャラみたいな・・・・」
 
 
ぷしゅー
 
マンガのような湯気が綾波レイの頭部から。そのまま完全停止。