正確には1対3,ということになる。
ケンカや格闘技ではないのだから、それはそれで問題はないけれど・・・鈴原ナツミとしては面食らうほかない。相手の名前を聞いていればまだ覚悟が決まったか・・・いや、逆に混乱したかもしれない。
惣流アスカ。エヴァ弐号機のパイロットにして天京において使徒武装ソドラの管理監督を務めている。扱いをひとつ間違えれば大陸をまるごと黒焦げにしたり七日で世界を焼き尽くすかもしれん超級危険物を封印ではなく適正に有効活用レベルにまでもっていく難行をこなすのは世界全体もしくは星の守護役といってよい。凡人が務まる任ではないのはいうまでもなく、血統家柄、資産人徳もあまり関係なく、余人をもって代えがたく、惣流アスカにしても本人の希望で、やりたくてやっているわけではなく、どう計算しても己がやるのが最も安全性が高いのでやっているにすぎない。本人がやめたい、といえばそれを引き留める道理も法律もない。惣流アスカ・ラングレーを律するのは縛るのは当人たちのみ。
その気になれば、地球を炎星に改名できる。足あらば駆け、口あらば語り、手あれば抱き、目あれば・・・・それでもって己の心を世に顕現させたいと願うのは生命の自然。
とはいえ・・・二日酔いで頭痛いから、とか、100連ガチャを全部外したから、とか、フラれたから世界ほろべ、とかロックンロールすぎる。ロックの定義はアレかもだが。
叫ぶくらいなら可愛いもんかもしれないが、それに現世的実パワーがともなうと。
やはり、強大な力をもつ者は、鋼の自制心が求められる。試し撃ちをするにしても周囲の安全に配慮する知能はほしい。もしくはアドバイスを受け入れる素直さ。誘惑に負けぬ高位宗教者のような高潔。それを十全に備える人類など存在するとしたら300歳くらいになるのでは?という疑念もあろうが、実際、日常業務として惣流アスカは遂行している。
その責任の重大さをまともに換算するアタマがあれば、とても胃腸はもつまいが。
お飾りでは実態業務の監督などできまいし、何より現場の忠誠度が全てを物語る。
「火焔太后」呼びは伊達ではない。いちパイロットの枠を遥かに超えて都市のナンバー2。
人気度ではぶっちぎりトップであるけれど、選挙に出る気はなく、だれぞの嫁にもまだなっていないのだから太后はちょっと・・・・せめて火焔織姫、くらいにしてほしかった。
ただ、本質を当ててはいた。それにふさわしい人格が彼女の魂にインストールされている。
セカンドチルドレン、惣流アスカが二重人格であることを知る者は多くはないが、その実、三重人格であることを知る者はさらに少ない。近くにあって聡い者はうすうす気づいてはいるが、それこそがこの元来、神仙でもなければ耐えられぬ人外の激務を20歳にもなっておらぬ乙女がこなしていける秘訣であり、三人まとめて「火焔太后」であるという理解。
余人をもって代えがたい、などどこの誰よりも現場の人間は知っている。
彼女がもし狂乱すれば、人類歴史は消失エンドだわなー、という危機感すらもはや甘美。
惣流アスカのメンタル保全はそんなわけで、最優先案件であるのは灰基督以下天京全住民の共有真理であり、その熱意熱量はネルフをもはるかに凌駕する。それは炎の敬愛、愛情ファイヤー。ここ最近、惣流アスカの様子も調子も明らかにおかしい。眠れていないのか目にはクマ、それでも瞳の輝きだけはランランと灼眼。独り言なのか脳内密談でもしているのか絶えずブツブツ言っている。ぶっちゃけ、怖い。弐号機制御と連動の都合上、バイタルデータは詳細に関係者に共有されているが、そのあたりは問題ない。基本的に激務ではあるものの、制御下にある。肉体健康レベルでいえば人類トップクラスに所属する。
業務遂行に支障なり出力結果に劣化が認められば話は早いのだが、それもない。
3人寄れば文殊の知恵、三重人格の仕事こなし力は並大抵のものではなく、やってのけてしまうのだから公式には誰も不調だとは言い出せない空気になってしまう。が。
誰が見ても何事かに気をとられて”おかしく”なっているわけで。だって、灼眼なのだ。
目が燃えているのだ。髪こそ炎髪ではないが、体の奥でマグマのように何かが煮えたぎっているのは気効術の達人などでなくても分かる。むしろ、そちら方面に詳しいものほどあてられてしまって具合が悪くなる。受け流しようもない激しい波動が渦巻き絡めとられる。
ストレスのたまりすぎ、としか言いようがなく、こんなもの強引にバカンスとらせて何も考えずに温泉やら蒼くて綺麗な広い広い海にでもしばらくつからせておくべきなのだが。
「特に不調でもないのに休めるわけないじゃない。バカね」
皆皆がそろって直訴しても、あっさり跳ね返す。立場は人をつくり、多少は丸くもなったが、なんせ世界で指折りの絶対領域、ATフィールドの使い手である。防御は完璧。語源通りにパーペキであるから、どうしようもない。口先で説得できるのは碇シンジくらいなものであろう。立場は堅固な大要塞であり、大人ほど口を挟めなくなっている。葛城ミサトでさえかなり遠慮が立ってしまう。トップの適正な休養問題は世界各地にあるのだった。
とはいえ、このまま放置できるわけもなく、灰基督の采配の下、知恵者たちは人類、AI、その他もろもの垣根なく集まりなんとか対策をひねり出した。それが、「気の置ける後輩ポジの誰かにストレスを吐き出させる」作戦であった。鈴原ナツミからすると、それが賢人の知恵か?とそこらのオカンでも言いそうな・・いや、オカンなら「まー、とりあえず話してみんさい!話せば楽になる、かもしれんから!ならんかもしれんけど!がはははははは!!」・・・地域にもよるかな・・・ゆうても、うちにも話してくれんのとちゃう?
尊敬はしとるけど、そこまで絡みがあったわけでもないしな・・・信用のおける友人には話せなくても、その下、弟分だの妹分だのに話せるものか・・・いや、ただストレスを解消するなら、距離がある方が適任なのかも。その適正距離は惣流アスカ次第であろうけど。
選ばれたのは光栄なんかもしれんけど・・・・相談役とかとても年輪も格も足りんし、サンドバッグ役というならまだしも・・・兄やんと(未来の)姉の代役ってことならなんとのう納得はできるか・・・・正直、昼間の件でかなり疲れてはよ寝たいんですけど・・・
それでもお役に立てるなら気張らないといけませんかね・・・夜食とデザートに期待してますよ!・・・・とはいえ、あの惣流先輩が自分相手に思いのたけを吐き出すなんて・・・・想像もできない。まあ、話題は想像つくけど。というか、それしかないだろうけど。
シンジはんと惣流先輩は・・・・どうなんかなー・・・そりゃひとつ屋根の下で暮らしてたから嫌ってはいないんだろうけど、戦時下ってこともあったしなー、綾波先輩とどっちが・・・完全いらん世話だけど、他人の無責任な興味観点で考えたことがないわけでは、ない。不思議と、どちらといても違和感がない。見慣れているのもあるけど、2人の超絶美少女に格落ちを感じさせない碇シンジの意外な底知れ無さか。(やばさともいう)。
どっちと一緒になってもその超絶幸運の代価に、むっちゃ強大な苦労が待ち構えていそうだけど、それを平然とものともせずまかり通ったりとんちスルーしていくんだろうな・・・心配してもムダ感とでもいうか・・・殿さまが側室を迎えても王様が後宮をこさえても・・・おかしくは・・・・いや、そっちはらしくはないか。どのみち、そんなん周りが黙ってないし血の線状降水帯になるわ。不幸な人間が増えすぎる。それを望む人らではない。
と信じたい。色恋が混じると、既定路線どおりに物事が進まぬドラマチックはいつの時代でも大衆の大好物。誰と誰が結ばれて、その結果として、ふたりの血が混じって、次の命が生まれて。碇レンジと碇シンセ、綾波レンジと綾波シンセ。今のところは、現時点では、現在では、これはただの物語。そういうことになるかもしれない。未来がどうなるかなど
誰にも、人間にはわからないのだから。
専門のカウンセラースキルがあるわけでもない鈴原ナツミであるから当人に自覚がないなら話を聞くのも非常に厄介であるが、さすがにそれはあった。当人が認知しているなら解決は早そうなものだが、認知してもどうにもならない、うまいこと本人が解体できない問題とは
「単なるバカ話として聞いて欲しいんだけど・・・ほら、あるでしょ?荒唐無稽かつ実現しないありえない話ってやつ!それ系だから!ほんとにバカバカしくて!バカだから!話半分に、適当スルーというか、流し聞きしてくれていいから!そんな話だから・・」
「通信関係は仕方ないが・・・・この話、よそでばらしたら多分、殺されるぞ。狙撃か・・・増えたなら爆殺か・・・警告はしておく・・・いいか・・・誰にも話すなよ・・」
「脅してどうすんですか・・・めちゃくちゃ気にしてるのがバレバレですよ・・・さっきアスカが言ったとおり、”実現しないありえない話”なんですから、認知が反転したってわけですから恥ずかしくもなんともないでしょう?白いカラスを発見した夢を見たからってカラスは白いんだ、とあちこちでいいふらす義務を負うわけでもあるまいし全く」
うすうすは聞いてはいたが、こうもあらかさまに、惣流アスカが己の3重人格ぶりをさらす時点で底なしにヤバい話なのだと腹を括った。なにをため込んでいるのか知らないが、火薬庫のど真ん中で爆発してしまうより、遠くの島国でしょぼしょぼとでも火薬を減らせるのなら・・・・それはそれで世界平和につながる立派なお役目。サンドバックでもスパーリングパートナーでもなんでも務めねばなるまい。重要人物ではないからこそ、やれることもある。・・・こういうのって、普通、おばあちゃんとか年寄りキャラの役割じゃない?とは思うけど。悩める若者の行き場のない感情を受け止めて、なんか実のあるセリフをぽろっと吐いて気づきを導く・・とか、経験値的にうちにはムリやけど。とにかく!
来んさい!
BGMはやっぱりドラクエ3のラスボス戦「勇者の挑戦」かな・・・
ダーマ神殿で勇者からカウンセラーに転職した気分で・・・・!気分だけは!受け止められるように・・・・!なんせ相手は3人、こっちはひとりで、機密性高めるためにソロプレイを強制されとるし!・・・まあ、世の中には7重人格とか24人とかいうパターンもあるからそれよりはマシか・・・画面越しの遠距離とはいえフォースの暗黒面とか、殺意の波動とか真正面から浴びせられたら自分の神経もどうなってしまうのか・・・これでうちがおかしゅうなってもうたらシンジはんに責任とってもらうしかないな・・・・
そんな悲壮な覚悟をガン決めた鈴原ナツミであったが、「?」惣流アスカが話はじめた内容にしばらく脳がついていかず「??」、混乱状態が続いてしまった。「???」が、そこはさすがの勇者属性、なんとか持ち直した。それから自分なりに咀嚼し理解していく・・・長い話であったので夜食もモリモリと頂きながら・・・・眠気はもう感じなくなっていたし、話すごとに惣流アスカがデトックスというか調律し直されていくというか目の光の剣呑さが減少していくというか、いい方向、まともというか本人が望んでいる方向に角度調整されていっているのは分かるので聞き甲斐はあった。
3対1、と最初は思ったが、実態は、悩みを抱えているのは惣流アスカであり、「ラングレー」と「ドライ」は、そのサポート、話の訂正や否定はせずに捕捉や解説に徹していた。
どうしても照れが強くなる「アスカ」だけではかなりふわふわとしたものになりそうだったが、そのおかげでかなり詳細に明度高く話を受け入れられた。
惣流アスカのなんとも判別のしにくいが、確実に内部の存在する不調、狂いのモト
それは夢の話だった。
「あのバカ、まだやってんの?今日は赤とんかつなのに・・・・!十五分前までにテーブルについとけって言ったのに・・・おっととと」
エプロン姿の惣流アスカ(30+?)がバカな旦那の遅刻行為への怒りで我を忘れることなく、レアとんかつを次々と揚げていく。手際が良い。育ち盛りの子供たちは全員集合してるのに肝心の家長がそろわないのでは・・・せっかくの気合いれた赤とんかつなのに、味気ないものになってしまうのは腹が立つ。ちなみに、ここでいう赤とんかつ、つまりレアとんかつなど、料理ド素人がやりそうな細菌や寄生虫でひどい目にあうデンジャー行為のそれではなく、無菌豚でつくる本職の料理人でもようやらんハイレベルご馳走であった。
ただ、極秘ルートから高額で購入したわけでも、特殊人脈経由での献上物でもなく、自分ところで管理飼育したものであるから自産自消ともいえた。気合という名の家族への愛情は軽やかな菜箸に宿る。素材が良ければ何をつくっても美味しいが、毎日やって旦那と子供たちの笑顔が見れるのなら腕を磨くに決まっていた。そんなわけでかつての葛城ミサト(29)とは比べ物にならぬ料理の腕を誇っていた。まあ、それを見せるのは家族限定ではあったが。クッキングママ・惣流アスカ(30+?)。アゴが大きくなった、ということはなく、年を経ても美少女が順当に美女になり皆が羨む安産型の母となり、これを嫁にできた男は目玉も胃袋も掴まれて完全支配下におかれるしかあるまい。
「なにか、あったのかもしれない!パパがいない食卓なんてありえない!ママが赤とんかつ作ったのに遅れるなんておかしい!シンちゃんず、マッハで捜索開始!果樹界はいいから、春田と夏田と秋田を見てきて!」
家族であるが、とある事情で綾波姓を名乗る赤い瞳の少女「綾波アイ」が息子衆にスパっと命じてなんの疑問も年相応の反抗もなくその通り動き出す、というのは毎度の光景。
恐ろしくカンがいいのか、無意識に千里眼でも使っているのか、アイの見立ては当たる。
「じゃ僕は春田と夏田を見てくる・・・・・・・・・・・・・・・・からっ!」
あまりの速度に声が置き去りになっている韋駄天ぶりが次男のシン・ジロー。意気と勢いだけではなく、父譲りの速度は実際にその方が理に適うレベル。
「そうなると、秋田をぼくとシンイチロウ兄ということになるけど・・・ぼくだけでいいんじゃないの?」
三男の、アゴは割れていないし、手足も丸くないしネズミに耳を齧られたこともないが、シンエモン。ただ、時間を少々いじくったりタイム旅行をしたりできる。お気に入りのシャンプーの香りはラベンダー。
「アイが言うなら、おれが行ったほうがいいんだろう・・・・なあ」
背も手足も長い長男がシンイチロウ。それだけで十分威圧的であったが、エヴァ初号機と弐号機のお面を顔の左右にかぶっているのがどうしようもなく最終決戦兵器、怒らしたら絶対アカン終末オーラを醸し出していた。おまけにシンイチロウというのは日常使いの仮の名で本当の真名は「シンイチドウ」という。祖父の名からとられたそれは祖父をたいそう喜ばしたがなんせ発音しにくいため家族会議でそうなった。エヴァの適性が並外れて高く、現存するエヴァの大半とシンクロできる、”マスターエヴァ”の異名あり。
家業を継がねばならぬと思いつつ保育士になる夢を秘めている。
底も果ても知らぬ夜雲色の瞳のせいで、家族以外には誤解されがちだがかなりの照れやさんでもあった。
胸元に赤ん坊を固定していたのを外して置いてゆくか、このまま連れていくか躊躇するあたり指揮官には向かないタイプ。力がありすぎて配分とか考える必要がない。
「あ、でもでもシンイチローさん、サトカちゃんは連れていかなくていいから!デス・ストランディングじゃないから、おいていってくれて大丈夫!アスハちゃんとアスワちゃんがちゃんと面倒みてくれるから!」
「ええーー!!」「サトカはママとパパとシンイチ兄にしか懐かないじゃん・・・うちらだと泣くじゃん・・・アイ姉が言うからやってはみるけどお」
黒髪の赤ん坊を前にして慌てる炎髪の美しい双子美少女、アスハとアスワ。
一目でわかる念炎使い、戦火の乙女としての最上級の資格と才能。惣流の血統ど真ん中の継承体、温和に生きることは許されるはずもない破滅コーリング劫火体質が今のところはうまくコントロールされてるのは家族の絆と家長の器だろうか。まあ、暴走するようならぶん殴って止めるけど?とクッキングママは語った。やはり母はグレート。
サトカは、母親と父親が子供のころ世話になった愛すべき保護者からその名をとった。血筋からして、どちらに似てもただならぬパワーを発揮しだすだろういずれ。他の兄姉たちとかなり間があいているのは、深淵なる家族補完計画でも発動されたのか、それは誰にも分らない・・・授かってしまったのだから、まあ、そのあとは愛するだけであった。
これで打ち止めかどうかも誰も知らない。
「ただいまー!遅くなっちゃってごめんねー!」
この家の家長にして、惣流アスカ(30+?)の夫であるところの碇シンジ(30+?)が謝りながら帰ってきた。発見したのはシン・ジロー。果樹界からの帰り道、夏田で結界が一部崩れているのを見かけてその修理に手間取っていたらしい。
「連絡してくれればいいのに・・・・修理も私の仕事だし」
赤とんかつを皆がテーブルにつくタイミングばっちりで調理しなおしてかつ丼に仕立て直すのは見事な主婦スキルであり、「でも、直してくれてありがと。あなたも疲れてるでしょうに・・・はい、甘味補給して」とか言ってさらりとキスしていくのはフォンダンショコラよりあつあつの若奥様のそれであり、子供からの目からしてもこの母は年齢不詳。
「ママの大事な田んぼだし、それを守るのは僕の大切な任務だからね。赤とんかつは惜しかったけど・・・」
事情を知らぬものが聞けば奇言の類であるが、碇シンジの目は真摯な愛情に満ちている。
ちなみに、碇シンジの現職は調理人ではないので、赤とんかつへの比重はさほどでもない。
ママこと、子供たちの母親、惣流アスカをめっちゃ愛している。これでもか、というほど。
子供の総数が愛の総量を決めるわけでもなかろうが、参考にはできる。どう育てているのかも。
「おいしいっ!」「うまい・・・なあ」「うまうまうまっっ!!」「おいしい・・・あ、秋田の方は異状なかったから安心して」「ママの料理サイコー!」「全然追いつけないんでくやしーけど最高!」「いや、ママがアスハたちの年頃はこんな・・・あ、なんでもないです美味です美味すぎです。ミスター味っ子も脱帽まちがいなしです」子供も旦那も大好評。さすがに赤子のサトカはべつのもので栄養補給するのだが。豚よりも牛よりで。
エヴァンゲリオン弐号機パイロットにして、天京ソドラ管理監督官を務めていた惣流アスカがいきなり農業、それも専業単一種コメ農家に転身する、と言い出した時は大騒ぎになった。農家の嫁になる、というわけでもない、どこぞで見つけてきた古代米を自分の手で復活させる、と言うのだから。宇宙飛行士が地球に戻ってきて大地に密着する暮らしをはじめる、という例もあるが、惣流アスカのそれは唐突で、しかも向き不向き職業適性でいえば・・・選ばれた子供であった反動か、と精神分析もされたが、本人の意思は固く翻らない。栄光ある立場がより取り見取り、相応に重責を伴っているからそれがイヤになったのだろう、という理解くらいしか及ばない。ソドラに魂を焼かれて乾ききってしまった、という噂もたったが、真実は本人にしかわからない。経済的には遊んで暮らせる人生が10回以上送れるだけのものがあるから、説得もしにくい。まあ、何年かすればやりつくして戻ってくるだろう、というのが業界関係者の見立て。農業試験場にでもサンプルを投げて任せておけばよかろう、というのが常識的判断というもので。まさかエヴァ弐号機にこ広域農地開拓をさせる、というわけでもない。あくまで本人がやりたいのは「赤い米」なる大昔の品種を蘇らせる、という・・・・それで商売をするわけでもないらしいから、趣味の作品づくりだと言われても仕方ない。本人が全く聞く耳をもたないのもある。
狂気にとりつかれた、というのもまんざら間違いではなかったかもしれない。
天啓がおりてきて逆らえない、本人にしか見えない光景があって、それを言語化できない。
まあ、幻惑性の強い葉物を栽培して世界人類に共有する、などと言い出せば困ったことになろうが、お米はお米で、八十八の徳があり、赤飯を炊きやすい用途があるならめでたい話でもある。・・・・理解を諦めたわけではない。惣流アスカの目の光はあきらかにヤバかったが、対話は可能であったし、生産計画もすらすらと語る。当初は、己の求める赤い米ではなく、通常種の米をアドバイスを求めながら作ってみる、というのだから真っ当といえば真っ当。逆に言えば米つくりをしたくてたまらない霊が体をのっとって、という説が否定されてしまったわけで。この時期のネルフ関係者の苦悩、混乱をさらに増大加速させたのが碇シンジだった。
「じゃあ、僕は果物をつくろうかな。ネルフルーツ株式会社・・・カタカナだとなんか固いな・・・ネルフ臭も強いし・・・ねるふるーつ株式会社・・・これでどうかなっ!?」
どうかなっ!?じゃねえよ!!!と葛城ミサトをはじめとした関係者一同ブチキレそうになったが、本人はまったくかまわず大学進学をとりやめて怪しげな会社を始めてしまった。
大学入学が決まって一段落ついたら惣流アスカの説得に専念させようとしていた矢先。
子供と保護者のコミュニケーションがなかったわけではない、思いついたから始めてしまっただけのこと、らしい。厄介なことに中学のころから危険性の高い労働をさせていたため、それなりの金額を手にしていたのもあった。しかも父親の血筋は金儲けがことのほか上手い。何手かどうすれば福沢翁の雪ダルマを大きくできるか聞きだしていたのもあった。
金だけで会社組織がうまくいけば苦労はなく、ここで若造は苦労を思い知るのがお約束なのだが、十代からの救世クラスの大苦労を背負ってきただけあってそれに見合うつよつよ人脈を得ていたのでそのパターンにはならなかった。
それなりに堅実な段取りを地道にこなしていた惣流アスカとは正反対に、碇シンジ率いる(何人か有能な後輩を引き込んで、謎の後援者も複数いた)ねるふるーつ(株)は、いきなり「沈思黙考の実」なる、食べれば沈思黙考でき、それなりに美味、という特大ヒット商品をかっ飛ばしてきた。そこから毎年、大ヒット商品を出してきてこれまでの商品は年をおうごとに売り上げが爆発的に拡大していくのだから、モンスター呼ばわりされるのは当然のこと。人前に出るときは頭にスイカの大玉をかぶっていたのはネルフへの遠慮だったのかどうか、とにかくますます恐れられた。スイカ星から侵略にやってきたスイカ星人ではありませんよ?とかイケボイスでいうものだから商売敵ですら怖がって寄ってきてくれない。かつての保護者、親にも諦められていた。世間的には大成功の部類なのだが。
嫁も孫も、これはムリだろうな・・・・金は儲けたけど、あのキャラはなあ・・・
なんで果物なのか、いまだに分からんし・・・エヴァ初号機の電撃力で沈思黙考の実を作っているらしいのは最近分かったけど・・・・本人は楽しいみたいだから、まあ、いいか・・・と、綾波レイもしばらく放っておくことにした。自分の会社が忙しいのもあった。