「多すぎる・・・よね・・・?」
「多すぎるだろ・・どう考えても」
「そんなこともないのでは?3で割れば・・・・いや、もちろんそんな未来はありえないという仮定のものであくまで数字的に見た場合の話なんですがっ!」
惣流アスカが3つの人格でそれぞれ好き勝手なことを話して、それに対応せねばならぬというのは聞く方の鈴原ナツミにしてみるとかなり精神カロリー、0時を越えたあたりは魔力、MPマジックポイントを消費してでもなんとか話の細かい点まで脳内に刻み込むように・・・重要機密を天井裏から盗み聞く忍者は話のポイントで己の体に傷をつけて記憶を強化する、という漫画で読んだ怪しげ知識を思い出しながら・・・便利な外付けの記憶媒体に頼れないならそうするしかない。・・・・「こんな話」、確かによそには出せない・・。
自分がよそではなく、うち側、インナーに入っているのは光栄と思うべきかなんとやら。
いやむしろ、口にできたことをその勇気を褒め称えるべきかもしれない・・・・
このまま溜め込んで爆発する・・・ことだってあったかもしれない・・・それくらい圧が強い夢想だった。夢というのは基本、儚く捉えどころがなく朝日を浴びれば霧散するくらいのシロモノであるはずだが、惣流アスカが語ったのは未来を体験、御年30+?まであの通りに生きてきて、今夜「現在」に戻ってきたかのように濃く、明瞭。3重人格分の再現度があるにせよ、あの話はおかしい。
現在の惣流アスカが心の底にそっとひそかに望んでいた、夢想にしては突飛すぎるというか、子供の数にせよ、いきなり農業を始めるにせよ、希望の反転、ということも考えられるが、・・・とにかく、ばっちりきっかり覚えているのに本人がそれをうまく咀嚼できず呑み込めない、というのはかなりのストレスではあろう。碇シンジとそうなることなんて絶対に認められない!許せない!というのならなおさら。悪夢認定したのなら病の元ですらある。この先は本職の精神分析のお医者さんが診断するようなことだけれど、
・・・秘密にせなあかんしなー・・・ずっとこの話、墓までもっていかんといけんのか・・・いや待てよ、ほんまにシンジはんと婚姻届け的にくっついてしまえば笑い話ですむかもしれん・・・すまんかな・・?
産んだ子供がシンイチドウ、アスハ・アスワ、シン・ジロー、シンエモン、サトカ・・・綾波アイ、というのはおそらく預かった子供なのだろうから・・・なかなかの多産といえるし、聞いたところによる赤い米の再現の道もなかなかの困難だった・・・再現するための手広い模索自体はかなりうまくいき、専用の肥料生産法としての無菌豚飼育やら魚の養殖にまで手を伸ばして悉くうまくいったのに、肝心の赤い米だけがなかなかうまくいかない・・・というのがなんとも夢らしくない。育成にふさわしい土壌を求めて、碇シンジ率いるねるふるーつ(株)と双方一歩も譲らぬガチンコバトルになったとかいうエピソードはらしいといえばらしいが、「一所懸命なサムライのハートがよく分かったわ」とか言ってたがまったく心温まらない。というか背筋が冷えまくった。よくそこから仲直りしてくっつけたものだが、そこは綾波レイが間に入って相当骨を折ったらしい。そんなところも夢らしくない。
結果的には赤い米の四季ごとの再現にも成功し、家族計画も順調に遂行したわけだ。
作ったはいいが、それでもって何をするのか?どうしてそこまで固執したのか分からない、と本人が言うあたりは夢っぽい。自分の次代がそれで何かとても大切なことをするのかもしれない・・・とか夢んちっくなことを言うでもない。炊いて食べてもそんなに美味ではない、とかいうあたり、神饌儀式用、神様向けのテイストだったのかもしれないがともかく夢の話だ。どうとでも、なんとでも解釈可能。どうとでも流せる、ともいえる。が
アブラハムには七人の子、ひとりはのっぽであとはちび、みんな仲良く暮らしてる。
さあ、踊りましょ
惣流アスカには七人の子、ひとりは親友の預かり養子で、あとは実子だけどみんな気にせず仲良く暮らしてる。
さあ、第一次産業しましょ
・・・あんまりうまくないな・・天才かもたつ(嘉門達夫)みたいにはいかへんな〜、ともあれ
子供がかなり多い・・・出産は命がけであるし、たくさん産んでお母さんの歯がボロボロになったとか・・・自分の体の栄養を分け与えるのだから影響はやはり出るだろう・・・多い少ないを言う立場にそもそもないから、これはイメージというか感想にすぎないけど・・・・
碇レンジ、シンセ、兄妹二人のことが念頭にあると、2と6で、
「多い・・・・・ですかな・・・」、とは思ってしまうわけで・・・・
「やっぱりー!!!多いんだー!!!」
「・・・そこは他人からうまく否定欲しかったんだが・・・」
「夢の話ですから。あくまでフィクションですから。誰にも関係しないわけですから」
これもよく話てくれたなあ・・・まあ、そのあたり秘密にされても聞く意味がなくなるけど。惣流アスカが悩むというかストレス感じているのもそこが原因と思われる。エヴァのパイロット、チルドレンのチルドレンを計画作成する、という話ではなく、惣流アスカからして誰にも理解されないような情熱というか狂熱に浮かされて爆進邁進しており、碇シンジもそれに対抗してか寄り添ったつもりなのか果物業界を支配しにいってるし、エヴァを駆る才能はあるが子供たちはのびのびというか自在放置というかむしろ奔放な親を見守っているというか、これはこれで、そんな未来予想図もありではないか・・・ただまあ、何があったのか、綾波先輩が若くして亡くなってる感じがちょっとアレですが。
三重人格をもってしても対処しきれない心の問題も、外に出すことで軽減された。
そうでなかったら鈴原ナツミがあまりにも報われない。この場での聞いて聞き捨て、とか
宮部みゆきの変調百物語みたいであるので、精神ポイントが少しは上昇したであろう。
「え?もう朝!?ほんとにゴメン!つきあわせちゃって!」
惣流アスカに拝まれて謝られるとか一生の自慢になるだろう。スプーン一杯ぶんくらいでも重責を背負ってる彼女のすくいになったのなら。
「こんなことでオールとかな・・・とはいえ、己の手入れは他人には任せられず己でやるしかない・・・眠い・・・・今日は仕事にならんな・・・・・ふわあ・・・・・ねむい・・」
「スケジュールはもう調整済み。特にアスカは本当の睡眠をとらねばなりませんからね・・・では〜おやすみなさいGuta Nacht 晩安明天見」
「あ・・はい。おつかれさんでした・・・おやすみなさい」
サンドバッグにされる覚悟はキメていたので、ダメージ的にはマシだった。けれど。
多少のモヤモヤは、ある。あった。ので、あとで鴻上尚史の「ほがらか人生相談」を何冊か読むことにする。さすがに誰にも相談も投書もできないので、心の中の鴻上さんに相談するしかない。ペンネーム「勇者なつみん」で。「なつみんさん、たいへんでしたね」とか慰めてほしかった。そんな、徹夜明け。大人になったのか少女をやり直したのかよくわからん奇妙な夜であった。
疲れすぎた・・・・ヤスさんには悪いけど、今日はもう日中行動は無理。そんなんでボスが務まりますか、とか言われても、フラフラ状態ではどうもできん!休む!今日は休ませてもらいまっせ!なんとか綾波ヤスへの伝言だけ頼んで爆睡する鈴原ナツミ。夢も見ずにグッスリしかばねのよーに休眠しよう、と思っていたのに夢を見てしまった。
しかも、異世界にて、勇者「いかりし」の嫁になってその子供が16になって魔王討伐の旅を始める朝、というところで目が覚めた。・・・これはもう絶対に誰にも秘密にするしかない。
なんというか、ひどすぎる。G・O・D制作者の鴻上さんにも相談できないレベル。
どういう脳の働きなのか、ばっちりくっきり敵対モンスターの戦力データまできっちり思い出せる。攻略本換算すればアルティメット級のやつでしかもシリーズ化されて7まで。
隠しエピソードまでしっかり攻略してあったやつ。この明晰ぶりはなんなのか?これ学業に応用できたら大学どころか難関国家資格も楽勝ですよ?脳の残り容量が心配になってきた。プロポーズイベントの豪華絢爛ぶりときたら・・・・いやだめだ!思い出すな!死ぬ!悶えキュン死ぬ!あんなところであんなことされたら、好感度がマイナス100でも指輪もろうてしまうわ!!・・・・惣流アスカの相談の影響はあるだろうけど、方向性を考えると・・・こっちは子供ひとりやったし・・・立派な勇者に育て上げんといけんかったから・・・ま、まあ、それはええとして。あくまで夢の話やから。荒唐無稽、堅実な現実ではない。うつしよはゆめ、よるのゆめこそまこと・・・とか、そんなことは。
「・・・綾波先輩は、相手の夢を読み取ったりする異能とかお持ちじゃないよね・・・」
「はあ?経営者とか統括者視点で部下の希望やら目標を把握するってことなら・・・」
「たぶんそれ、寝たときにみる方の夢のことじゃないの?」
「持っていても使う必要があると思えないでつ。公言する必要もないでつ」
綾波者ではないナオラーコらに相談してもしょうがないのだが、あまりの落ち着かなさに聞いてしまったりする鈴原ナツミ。もし、そんな力をもっているならこのまま第三新東京市にばっくれた方がいいだろうか・・・・・「いや・・・待てよ・・?」あの夢は異世界ベース。勇者とか魔王とか、つまり、どうあがいても現実ストーリーではない。なら、セーフやん?うん!「いかりし」もシンジはんのこととは限らんしな!雷の巨人を操って魔族とか天使とかぶちのめしとったけど!よっしゃ!セーフ!判定はセーフ!うちの心はうちのルールブックに従う!ちゅうわけでセルフ解決する鈴原ナツミ。
さすがの勇者メンタルであった。
さすがのおばあちゃんの知恵袋というか見立ての確かさというべきか、綾波レイの疲労回復、完全復調まで2週間を要した。その間、碇シンジとは何もなかった。
豪華にして広いとはいえ病院の個室に監禁、いやさ閉じ込め、もとい!逃げようとしたらアイアンクロー攻撃で捕捉され・・・改め!!急に倒れた綾波レイが心配で心配で心配でたまらず病気になるかもしれずその可能性は非常に高く事前避難的に同室で精神の安定を図り綾波レイをそばで見守ることで本人の快癒も期待できる・・・という致し方ない理由によって同衾一歩手前、強制既成事実成立直前の状況におかれながら「何もなかった」。
何もいたさなかったからなにもなし。綾波レイは簡単な食事や水分補給その他簡単に湯浴みその他の最低限の生命維持行動を行う以外は眠っているのだから、(その時も意識の大半は起動しておらぬ様子で会話なども無論できないし碇シンジを認識してるのかも怪しいので)何かするなら碇シンジの方からしかありえない。寝ぼけて綾波レイの方から襲ったりすればもう終わりのシチュエーションでもある。何せここは綾波党の本拠地であり綾波レイの味方しかいない。
積極的に碇シンジに敵対やら攻撃はしないが、眠れる後継者をさしおいて味方などするわけがない。どういうわけか、外部、つまりはネルフからの介入もない。事実上の監禁ではあるが、愛情いきすぎた看病だ、と認定されてしまっているのか。
外部と連絡ができないわけではないが、
「未来の自分の子供かもしれない存在がしんこうべ市街をうろつきまわってるのでそれを調査したい。綾波さんの事はセカンドの次にして」
などと言えたはずもなく。
正気を疑われ、やっぱりしばらく入院して診断を受けてゆっくりしなさい、と言われかねない。というか、プライド的に死んでしまうそんなの。やりたいことがあるのに、自分は天候的にも戦力的にも健康的にも体力的にも問題はないのに足止めを(それも一個人に引き留められて)くって出来ないというのはかなりのストレスであった。
絆を結んだ相手とともに居る場所こそが楽園・・・それこそがエデンを追放された人類楽園、約束の地であるはずなのだが・・・・正直、むっちゃストレスたまる碇シンジ。
これがまだ綾波レイの意識が回復せず生死が危うく、そのそばで祈り続けている・・・というのならそんな風にはならないだろうが、回復自体は順調で待つのが最善、待つしかない待っておけばよい・・・というのは。漫画や本、映像情報端末などなど時間つぶしのアイテムの差し入れは望めばいくらでも叶えてもらえた。が、それでも。自分がなにがしかの看病行動でもする、しなければならぬのならまだ。もちろんここは病院でありそんな必要は全くない。ショウガ入りおかゆでもつくって、ふうふう冷まして綾波レイの口元に運んで食べさせるなどというイベントも発生しようがない。そんなの邪魔でしかない。
一人暮らしの病身で気が弱って、その孤独をそばで癒してあげる、というのもない。
治療スタッフの仕事ぶりは有能さにしっかり裏打ちされた愛情と敬意があってみていて安心しかない。ネルフでの扱いが劣るわけではないけれど、リアルお姫様扱いはやはり違う。
護衛筆頭の綾波ツムリなど極端な例かと思っていたら、ただその表し方に職責の違いがあるだけ。皆、それぞれ後継者を愛し、想っている。信じている。自分たちの姫君を。
そんな人間が十重二十重に囲んでいるわけであるから、若造の欲望や野生が覚醒しにくい環境ではある。・・・・それならそれで近距離でいいから隔離してくれんかな僕を、と何度、窓の月に願っただろうか。衣擦れする影に熱い血の滾りが一度も発生しなかったといえば大嘘になる。惣流アスカという美少女との同居生活がいくらかの免疫になっていたとしても・・・タイプが違うので免疫ができてなかったかもしれないそもそも・・・・
それでも耐え抜いた碇シンジは男の中の男なのか、男の中の女をうまく作動させることで回避しきったのか、それは本人にしかわからない。チキンなのかアンリーズナブルエッグなのか、誰にも分らないし当人以外には果てしなくどうでもよいことでもある。
最大の難関はやはり、10日を過ぎたころ調査を任せていた鈴原ナツミから「犯人を見つけてそのカラクリも解明して止めさせたのでもう綾波レンジ・シンセがしんこうべ住民の前に現れることはないですよ」と朗報がきたことだろうか。
頼んだはいいものの正直あまり期待はしていなかったところこの大金星。有能すぎる後輩。これからはパイセン呼びになっても許容するしかない。さりとて。
朗報なのに難関に至るとはこれ如何に?というところであろうが、ぜひ詳しく説明してほしかったところなのに、通信ではいろいろ憚られるので、綾波先輩が回復後、二人一緒に直接お話します、と生殺しの報告だったことと、)
てめえが調査する案件が片付いてしまったなら、ムリに飛び出す理由もなくなり、寝台の上の姫君のお目覚めを待つことにド正面から向かい合わねばならなくなったこと。
互いに拘束しあい束縛を共にする。同じ速度で同じ方角を進んでいく。ほんの少しのズレも許せないのはせこいのか愛が濃いのか。据え膳がどうのというより、そういったシンクロ、同調問題を直視させられて考えねばならぬのがつらい。このひとのためにどれくらいのやせ我慢ができるかどうか。同時に、相手はどれほど己の為に耐えてくれるものか。
ここから綾波レイの芯の部分、性根が変わることはまずないだろう。容貌なり能力なり肩書は変わっても・・・・「母親」になる日もいつかはくるだろう。たぶん。その日その時自分はどこにいたいのか。隣なのかスープがさめぬ程度に近場か、はたまた風吹きすさぶ峡谷の向こうか。・・・・どのポジションを選ぼうが、覚悟を決める必要がある。
多くの人間の幸せがかかっている。白くやさしい光のネットワークが領域拡大してこの星まるごと包んでいく幻視をみる。エヴァ零号機が今回のようなムチャに応じてくれたのもそれだけの聖なる何かが、あるから。聖女と所帯をもってうまくいきました、というのは歴史上にも例がない。うまくいきたければ野郎の方も聖性を宿すなり解脱するなりせねばならんわけで。異類婚姻はたいがいがハッピーならずバッドかいいとこビターで。
綾波レイの芯の部分、性根に己を合わすとなると・・・・・できるか?いやー・・・・?
ハイスクール編、大学生編を経ても変わらない確信がある。いや?、今がハイスクール編だったか今まさに。自分以外は。・・・・ちきしょう・・・認めますよ僕はダブリです・・・・第三中学校2年ダブリ、碇シンジです!!・・・・
そんなことを自問自答しながら瞑想・・・・いつしか、悟りの境地に至るほど碇シンジには座禅の才能はなく、魔境にてヒャッハーするには綾波レイの寝姿が菩薩すぎ、結局は夢に近い汽笛の響く幻境にて碇レンジ、シンセと出会うことになった。
「見るべきものは見たので帰ります」と告げられ。最新式の銀鉄の車窓から。車掌や運転士、見覚えのある顔もあった。対話の時間はそう長くない。イルカが舞い名残の雪が降るまでだと知っていた。
「父上、ではまた!絶対の絶対の絶対にまた!」
「またね、と言いたいけど・・・言っちゃっていいのか迷うけど、(げ!シンセちゃんが泣きそう!!レンジ君が殺意400%の眼差しだし!!)ま、まだだけど、またね!」
そこでいろいろとハッパをかけられたような気もするが・・・よく覚えていない。
「正史では真希波マリにもっていかれてるし、鈴原ナツミに借りを作りすぎて助手ポジションからなし崩しに正妻ポジをゲットするかもしれないし後輩助手とか最強設定すぎるのでよくよく気をつけたほうがいい」とかなんとか・・・そもそも理解が難しかった。
それでも、綾波レイをデートに誘うくらいの漢気は存在した。
「起きて、碇君」
眠り姫の目覚めを待っていたはずなのに、そのお姫様にこう言われてしまうとは。
不覚すぎではあるが、目覚めないわけにもいかない碇シンジ。結局、唇も手も指も触れずにすませた聖者の覚醒ともいえる。時刻的には午前9時。日常生活的に判断すれば寝坊ライン。朝食の片づけが終わらぬため怒られるやつ。綾波レイ的にはもう少し寝かせてもいいかな・・・と悩むところではあったが、結局起こした。このまま碇シンジだけ寝かせて自分だけ活動を再開してもいいのだが、さすがに仁義違反であろうし、碇シンジもキレるだろう。ちなみに、綾波レイが起きたのはきっかり7時であり、処々の身支度を整えつつ
女子としての手入れをされつつ医療的なチェックを受けつつこれまでの状況説明を聞いてのことで、最速でスタンバイしてそばで寝こけている碇シンジの寝顔を見ながらも10分も待たず容赦なくウェイクアップさせたわけで。碇シンジが低血圧であってもなくともたちまち一戦始まってもおかしくはなかった。が。
「綾波さん、デートしませんか僕と今日」
目を開けたとたんにいきなりこんなことを申し込んできたのだから、綾波レイも目を丸くする前に、医療的常識から碇シンジの額に手をやる。高熱ではない。瞳もしっかり夢ではなく現実の自分を見ている。相変わらず心が読めない。真意が捕らえられない。ただ、言葉は誤解しようもなく明瞭で意味も取り違えようもない。今日の日を互いの親睦を深める日にしたいらしい。
「ええ。いいわ」
綾波レンジ・シンセの件は聞いていた。祖母が後ろで糸を引いて綾波クダンにやらせたことだと。それが鈴原ナツミの捜査によって中止に追い込まれたことも。情報戦、というほどのことでもない。まだ祖母は戻っていないらしいので文句も言えない。
休養をすませてみれば、ようやく自分が危険な状態にあったことを自覚する。頭では理解できていても体験体感するのはやはり違った。惣流アスカの仕事ぶりを無意識に参考にしていた部分もあった。自分はあそこまでのペースではいけないのがよくわかった。
会社の方ももう少しじっくりやっていこう。結果を早く出さねばネルフその他、このムチャを通してくれた人々の苦労が倍増すると思っていたけれど、ムリなものはムリで、慌てて駆けても転んで骨折するだけだ。手本や見本がないから無闇にダッシュするより慎重に先を見通す必要がある。それにしてもデートか。親睦を深めるんですか。碇君と。
碇君とはそれなりに親交があったつもりでいたのだけど・・・それを今より深めるとは?
どれくらい?いかほど?レベル上限まで?凸って再臨とか?何か他の形態にチェンジとか
「あの子たちの話もしてくれるの・・」
碇レンジ・シンセについては誰かもなんの説明もなかった。それを碇シンジはしてくれる。はず。でも、はっきり口に出せなかった。綾波レンジ・シンセは異能によるトリックのようなものだったけれど、そうではない方は一体なんなのか・・・・同じように幻の類で自分が動揺するようなことではない・・・のか。どうか。碇シンジは知っているはず。
もっとも、そのカタがついてないのにデートとかほざいているなら百裂ビンタだけど。
この場で口を割らして業務に戻った方が効率的ではあるけれど。まあ、覚えていないのだけど、碇シンジをかなり強めに引き留めてしまっていたとか。この個室の病室に夜も一緒だったとか。自分が目覚めるまで。非効率の極み、さぞ自分だけで動きたかっただろう碇君の役割分担構想をご破算にしてしまったのだから、それくらいはおつきあいせねば。
元々はこっちが接待するとかいう話だったのだし。
「もちろん。見るべきものを見たとか言ってたから・・・その後確認みたいな?たぶん、綾波さんにもわかる証みたいなものをさりげなく残してるとかね・・・え?」
ぽろぽろと涙を流していた綾波レイ。本人が気づいていない。どういう涙なのかさえ。
「もう、いないのね・・・・」
「いないというか、最初からいなかったというか!、すこし不思議なミステリー小話というか未来系ドッペルゲンガーというか、透き通った世界観のシュワーとさわや怪談というか夏の日のジュブナイルミラージュというか!遊び心に魔法ふりかけてみたというか!」
自分だけ出くわして、綾波レイがエンカウントしなかったのは幸か不幸かピンゾロか6ゾロかなど分からない。逆の立場だとしても涙の意味は分からない。泣くようなこと?などと言えばビンタではすまないので黙っている聖者にして賢者の碇シンジである。が。
ぎゅいっ!
股間をいきなり捕まれた。これは言い訳めいた小賢しい形容がムカついて目測を誤ったためかドンピシャなのか、不明。赤い目は片方だけ涙を流しているから視界が揺らいで襟元と間違うことも、まあ、あるかもしれない。人間誰しもあやまちはある。誤りはある。
筋肉量が多くダメージ軽減のある太ももに一撃いれてやる予定だったのかもしれない。
怒る筋合いも怒られる筋合いもないはずなのだが、人生にはたまに予想外のことも起こる。
「予約したから」
そんなことを言われて碇シンジは解放された。時間にしてそう長くはない・・・はずで、たぶんお婿にはいける範囲ではあるだろう。知らんけど。何に対する予約なのかも。
適当なことをかましてやって溜飲をさげただけなのか、はたまた・・・ガチンコなのか、さっさと身支度を整え直す綾波レイの顔色からはうかがい知れない。常識に考えるならば
碇シンジがデートに誘ったけれど、どうせ店のチョイスは中坊センスのしょぼしょぼのしょっぱマンであろうから、綾波党党首後継者の経済力と地元知識でもってハイソでセンスのいい素敵店を予約してあげましたわよ、というあたりであろう。支払いもすませとく的な?
「碇君の・・・・はじめての・・・」
背を向けて、こんなことを言ってこられれば震え、おののくしかない碇シンジ。
もしかしたら幻聴かもしれないので、聞き直して意図を確認したりしない。
言った当人が分かっていなければ思わぬ深みにはまることになるやもしれず。
おそらく、「デートにおけるはじめてのお店の予約を地元民のよしみで代わりにやっておいたよ」ということであろう。たぶん。そうに違いない。声色が妖艶だったりしても。
十分な休養を経て体力がフル満タンでちょっとばかりあふれているだけのこと。
デートに誘った手前、プランはもう頭にある。デート、と言ったものの、実際は碇レンジたちの行跡を辿る・・・正確にはおそらく行ったであろう地点をピックアップしてそれらを巡りながら綾波レイの頭と心を鎮静化させる・・・・この調子だともう少々落ち着かせないといろいろ危ない。ただの女子高生やるだけなら熱ある夢想にふわふわ浮かれていてもいいのだろうけど。彼女の扱うものたちはあまりにも巨大であり危険であり、息をするように慎重冷徹が求められる。幻想は幻想であり、未来ではない。綾波レンジたちの方がまだ未来に近い。それに自分たちが乗るかどうかは別の話だけど。全部それでした。碇レンジたちも綾波レンジたちも実は一緒でした、ちゃんちゃん、で済ませれば楽でいいのだが、それで納得するほど綾波レイは甘くもちょろくもない。そんな雑なウソがばれた日には冗談抜きで人生が終了する。時間が許す限りの誠実は示す必要がある。どれほどの時間を彼女に注ぐべきか、・・・・・悩みどころではあるが、判断決まった頃には今際の際だった、というのもよくある話。
さて、子供が親の若い頃に時間転移して見たいものベストワンは何かといえば・・・・おそらく・・・・若気の至り、やらかし現場であろうと思われる。次は、どうやって縁が生まれ絆が結ばれたのか・・・年齢的にプロポーズ現場は早すぎるから、告白シーンとかか・・・・現時点でそのイベントは発生していないため、やらかし現場、の方になるだろう。
エリアをしんこうべに限定するなら、だいたい見当はつく。順番通りにいったのかまでは分からないが、デートの目的としては綾波レイの精神を冷却することであるから可能な範囲で時間をかけた方がいいので、かつて自分が初めてしんこうべの地に降りたあたりから
徒歩を含めての再現コースを提供する予定。両親からどれほど伝えられているかによるがそもそもの情報量に違いがあるので、自分は自分の知っている範囲でやるほかない。
もう未来の子供、フューチャーチルドレンを探し出す必要はなく、綾波レイの感情が冷えればよいのだからそんなにマジにやることもない。「え?デート?嬉しいっ!わぁいわぁい!」とかぴょんぴょん跳ねたりしてくれたならもう少し別の事を考えないでもないが、そのあたり碇シンジは碇ゲンドウの息子であった。一個の行動で複数の利得が生まれないが知恵をめぐらしてしまう。仕事の上でやるなら、それも男の作法ではあるが・・・
この一見、地味なおさんぽデート、当人同士の意図が完全に食い違ったままやったらどうなるか・・・・しかも途中でやめさせられたものの、綾波クダンによる異能宣伝効果で地元の空気は完全に出来上がってしまっていた・・・・そんなところにノコノコとしかもデート装備で出歩くなど、バカのすること。碇シンジもまだ若かった。坊やであったのだ。
綾波レイも分かってはいる。未来の子供などという不確定謎存在に気をとられている場合ではないことを。心の金庫にとりあえずしまっておけばよいだけのこと。時間が解決してくれる。それは、間違いなく。ただ、それでも、その事象になんらかの名を、タグをつけておく必要はあり、そのためにはある程度、己の目で見極めねばならぬ。そうでなければ・・・・どうにも落ち着かぬのだ。綾波レイもまだ若く、小娘であったのだ。
浅い夢のように。胸を離れない。
おそらく、なんにもないだろう。何も残されてはないだろう。映画みたいに自分だけ、自分たちだけに分かる印、などどこにも。そもそも、自分にも会いに来てくれてもいいのに。
碇君だけだから、なんか・・・・・落ち着かないのだ。不公平は是正せねばならない。
同時に、レンジとシンセとは、碇シンジと自分との死の証、次代移行の契りでもある。
そんなものを今、直視してしまえば寿命がごそっと削られる恐れもある。
ゆきみる墓場はまだ綾波シグノが管理してくれているが、いずれはそれも引き継ぐ必要がある。ノノカンがやってくれれば適任かもしれないが、断れば綾波党党首が兼任するほかない。というか、自分と碇シンジはいつかこの地に眠ることになる。予約したから。
「では、いきましょう碇君」
「うん。いこうか綾波さん」
綾波レイがウィズライフ的に告げたかもしれぬその表情など解析できない碇シンジ。
死こそふたりをくっつけるような極レアな完成性を悟るには一万二千年ほど早い。
いつも通り迅雷の流儀でまかり通そうとして、手を差し出してエスコートの真似事をしてみせるのは多少の成長か。ただ、地元で一番のお姫様を連れ出すには足らないものが多すぎる。待ち構えていた綾波党広報部衣装部門スタッフが絢爛に飾り立てぬわけもなく。
「レイさまー、おまたせーしましたー」己の花嫁の時よりも豪華に決めた護衛筆頭、ここでドクターストップした奴は串刺しにすると顔にかいてある綾波ツムリが突っ立っており
「花魁道中じゃあるまいしこのばかでかいド派手な傘とかいるか?しかもなんで腕力のねえオレらが持ち役なんだよ!?」「いいじゃないっすか、チンの兄貴。名誉なことっすよ〜」馬子にもチンピラにも衣装的に飾り付けられたチンとピラが待っており、「社長がこんなことしてるんだから仕事は・・・まあいいか・・・こんな前例つくってもらった方が」「宣伝業務と考えればこれも仕事でしょう・・・・化粧箱はこれで大丈夫かな・・・・」「荷物は持ちます・・・・?・・・化粧道具だけでこの重量・・・?他に衣装箱もありましたよね?・・・芝居の公演を打ちにいくわけではありませんよね?」「・・・芝居というか見世物に違いがな・・・・・先導役ならいるだろうに・・・なぜいち旅館の主が付き合わねばならんのか・・・」綾波コナミ、綾波鍵奈、綾波虎兵太、綾波銀橋もスタンバっていた。それぞれ業務に適した最高級形式ではあるが綾波党後継・綾波レイ恒久無限推し!スタイルではあり、そのチグハグさが逆に強烈に地元民ウケしてしまうことなどこの時点では予期してしなかった。神でないものを祭ってよいものか、祭られし者、それは神の一種なのか。ともあれ、祈りも誓いも願いもないのに、それはしんこうべに突如発生した。
「あー・・・ここではじめてユトさんとタキロー君たちと合流したなあ・・・」
「今日も合流させていただいてもいいでしょうか?・・ちょっと断れない筋から命令されてしまって・・・お邪魔でしょうが承知してもらえると助かるんですが・・・」
「皆さん、おひさしぶりです〜あ、それからツムリさんとチンさんはお子さん生まれたんですよね〜いまさらですけど、おめでとうございます〜」
「あー、僕は歓迎なんだけど、綾波さんがどうかな〜?なんかすでにデートとは断じて言い難いパーティーになってるんですけど・・・いいかな」
「ええじゃにゃいか踊りみたいになってるから・・・・・あ」
「”ええじゃないか踊り”みたいになってるよね!すいませんデートなのに!怒りのあまりの噛みですよね今の!ごめんなさい誰も聞いてませんから!超気合入れてチンさんたちがスタンバってるからつい断れず受け入れてしまいました!これだからチンさんは・・」
「オレを筆頭にするなーーーー!!オレ主導みたいだろがー!!末尾に訂正しろー!!」
ねり歩く赤紫色の台風。その中心・目にあるふたりは知らないが、その情報を外部から見るものたちがどう判断してしまうものか・・・・・「婚約パレード!?なにそれ?冗談でしょ?え?マジ?嘘・・・」「え!?破局?破鏡!?途中で大喧嘩が始まって絶交?零号機と初号機を持ち出して!?やばい・・・世界、終わる・・・・?」「落ち着いて事実確認!シンジ君たちと連絡つかないの!?」「正史とは違う流れになる・・・?それも興味深いにゃあ・・・・」「これは・・介入して拉致して誰も知らないニフの箱に閉じ込めてしまってもよかった・・・?うーん、今からでも・・・どうかな?」
「手遅れやったかー・・・でも、うちはうちなりに全力尽くしたし!あとはシンジはんの役目やし!やっぱ、相手のホームタウンに入った時点で勝負ついとったかなー・・・・」
こんな感じのふたりが、やさしさを分かち合いながら要所要所で歩調を合わせるという一番大事なことを忘れずに、陽だまりの地に辿り着けるかどうか・・・・まあ、碇シンジの頑ななまでの綾波さん呼びが直らぬ限り、ダメそうではあるが・・・少年はそのうち成長する。碇シンジもレイ外ではなかろう。(誤字ではない)