碇シンジという札付き、それも鬼札付きの危険人物が無事五体満足で聖☆綾波女学院の女子寮に入寮できたのは、綾波党からの事前連絡のおかげだった。当たり前すぎる話ではあるが、それが 上手くいっていなかった場合、碇シンジの五体、または四肢のどこかは無事にすまなかったかもしれない。連絡は大事。もちろん綾波イヌガミも行っていた。
 
 
綾波神鉄という地元最強、しんこうべから出ることはないだろうが、日本でも世界でも上から数えた方が確実に早い強強存在。それが校長兼寮管理人として守護する綾波女学院は絶対の安全結界といってもよい。ここで安心できねばしんこうべで気を抜ける空間はない。
 
もちろん、当の神鉄が認めたのであれば、という話だが。実力はあるがオレ様流儀優先で途中で気が変わられてもたまったものではない。自分ひとりならまだしも鈴原ナツミがいる。これは男の責任である。腕を千切られようが守り通さねばならない。ならぬのだ。
 
 
そのへんはよくよく確認しておかねばならぬのだが・・・紙の契約書などでどうにかなる相手でないのは百も承知・・・問答無効なるパワーの化身。一度コテンパンにやられての気後れとか位負けとかではないのだが・・・どう切り出したものか困っていたら、鈴原ナツミが話を通してくれた。
 
 
「党首はんから命じられとるから、よほどの悪事やない限り見逃してくれるし、寮の規則をちゃんと守るんやったら、うちらの身の安全も保証してくれるそうです」
 
「そ、そう。それはたすかった、なあ・・・」
 
「そやけど、”よほどの悪事”て。信用されとんかそーでないんか分かりませんなあ」
 
 
カラカラと笑う鈴原ナツミを綾波神鉄も好意的に見ている・・・気がする。2人の話を聞くに神鉄の方は「ガオ」とか「ガガオ」としか言ってない聞こえなかった。なんでそれで会話になっているのか・・・?自分の恐怖が神鉄の言葉を理解不能に、認知を歪めてしまっていたのか・・・少なくとも方言では絶対にない。しんこうべは初めてでないし。大橋の上で対峙した時もそういえば咆哮はしてたけどセリフはなかったような・・・
これも勇者の異能なのか?ともかく助かった・・・・かつてこらしめられた相手に保護されるとかカッコ悪い、とかは・・、まあ、思ってませんけど?気持ちが落ち着かないのは事実ですけど?・・・・そんなものクールに胸に秘めてやるべきことをやるのが男だと分かってはいるのですけどお・・・正直真実、ナツミちゃんが相手してくれて助かった。
 
も、もちろん、こんなことをさせるために連れてきたんじゃないんだからねっ。でも、少し胸キュンする碇シンジであった。
 
碇シンジのかつての「やらかし」を知らない鈴原ナツミにしてみれば、ビビる理由は特にない。地元のトップに呼ばれてきて、そもそも碇シンジは綾波先輩、綾波レイの学友、「御」をつけた方がいいのかは分からないけど、仕事先の「同僚的ポジション」でもあった。
エヴァのパイロット、選ばれたチルドレン、をうまく表現する言葉を思いつかない。
 
とにかく、あからさまに無礼な言動、ケンカを売るような真似をしなければ攻撃排斥されることもあるまい、と信じきっていたのもある。自分たちをここまで乗せて連れてきた綾波イヌガミたちも普通に送り出したのだから危険はなかろうと。女子寮に閉じ込められて危険な・・性犯罪行為とかさすがに・・・綾波先輩が絶対に許さないだろうし。
 
そういえば・・・はじめはその名前から、ここに来れば綾波先輩に会えるかもしれないと思っていたのだけど・・・どうもそうではないようで。連絡が物理的にも精神的にも許されない、そんな空気がある。肉親が危篤となればなおさらだけど。予感がある。
すれちがい・・・君の行方は、的な予感が。会えそうでなかなか会えない、会えそで次回、みたいな。少女漫画とかで読んでる分には納得できるが・・・いざ自分の身、というか関わる身となれば納得ハードルはだいぶ高くなる。いやまあ、こちらはあくまでお付きの、おまけの身だけど。その分、サポート業務は積極的にこなしていかねば、と自覚はある。碇シンジに胸キュンさせとる自覚はもちろん微塵もない鈴原ナツミである。
 
 
聖☆綾波女学院になんとか、到着した。小さな一歩かもしれないが、困難なミッションもそこからだ。
 
なんか名称がアレだと思ったら校舎も女子寮も一風というか、強風変わっていた。
 
 
というのも・・・有名な北野異人館街の風見鶏の館やら萌黄の館、うろこの家っぽい洋式館を星形に並べて屋根付き廊下で連結されて色も外壁も赤に塗ってある。綾波一族の赤瞳をイメージしたのかまんまパクリといわれるのを避けたのかは・・・よくわからない。デザインを細部まで比較したわけでもないし、そこまで詳しくもない。まあ、内部は学校寄り現代学生生活寄りにしてあるのだろうと入ってみたら案の定そうだった。インテリアが逆に純和風、ということはない。全寮制の女学院というからマンモス校ではないと思っていたけど、これだと生徒数は30人もおらんのではなかろうか・・・お役所の許可も下りてるのかどうか・・・未来の党幹部を育成するための教育機関なのかもしれない。
 
 
まさか綾波先輩のためだけに造られた・・・・とか?そこはかとなく漂う後先考えてない
感・・・ここに・・・ここで・・・寮生活をせねばならんのか・・・しばらく?数日?
いつまでは不明。素行が悪くて元の学校を追い出されたわけじゃないけど!
 
果たすべきミッションが完了するまで。拠点はこことなる。どうせ宿るなら最強の看板を掲げている軒下がいい。自分たちは招かれてきたけど、それを地元住民全てが歓迎してくれるわけもない。そんな幻想は早々と打ち砕かれた。沸騰はじめる覇権争いとか。その渦の中に自分たちの知り合いがいるとか。その姿もその声もまだ、見ても聞いてもない不安がある。最後まで追いつけない、どうしようもない、なにひとつできず届かない終わりまで。もう、住んでいる世界が違うのだとしたら。弱気と正確な認識の境界とは。揺れて、
震える。見たくもないもの、聞きたくないものを、聞いて見る羽目になったら?
 
 
それでも。ここで、この時点で、逃げる算段をする碇シンジなど見たくもない。
聞きたいのは、自分がサポートしたいのは、兄が親友と呼ぶにふさわしい背中の語り。
綾波さん(先輩)がもし、困っているなら、ダメだろうと自分がどうにかするよと。
なんか勝手な注文だが、そういう男、男たちでいてほしいのだ。自分が。これは後輩特権。
彼女でもなんでもないけど、ええんや!のぞみ、かなえ、たまえ。うまくいきますように。
シンジはんと綾波先輩がどうかふたり納得のハッピネス未来を迎えますように。
そのために
 
 
具体的になにをすればいいのかもわからんけど!
 
 
・・まあ、落ち着いてご飯と風呂をこなしたあとにでも碇シンジから説明があるだろう。ちゅうか、状況がごっつ変わったからネルフから呼び戻しの命令がきとるかもしれんけど。
「・・・むっちゃ腹へった・・・」
ぐう。腹の虫も盛大に鳴って、シンジはんにも聞かれてもなんてことはない。今さらだ。
 
 
神鉄はんが食事の用意をしてくれているらしいので食堂に向かう。この心遣い。寮管理人は伊達ではない。碇シンジにそのことを告げると「なんで分かったの?」首を傾げられたが、なんで分からへんのか分からん。腹の減りすぎだろうか。「こっちです!いきまっせ!」説明もめんどいのでもうズンズン引っ張っていく。「最強のやることだから・・・毒とか入ってないよね・・・」「はあ?聞こえまへんがな」「毒見は僕がやればいいか・・でも・・・綾波さんもお腹減ってるかな・・・それも感じないようかな・・・・」
 
 

 
 
 
「ごはんですよ」
 
毎日三食、それを家族全員で食べられるということの幸せ。御馳走、というのは客人のためにほうぼう駆けまわって良さげな食材を集めてもてなす、という意味だけど、家族相手に毎日毎日そんなことやってられない。というかそんなの時間的に無理。しかも美食は飽きるし。美人も三日眺めると飽きる、と同じこと。「いや!ママの顔は毎日見てても飽きないよ!美人だけど!!」パパはよくそんなことを言ってくれるのだけど。この場合のパパは自分の亭主というか旦那ポジションのことで、父親やその他の援助的な人物は除外。
まあ、こんな男は世界中探しても一人しかいないけど。比べようもない。オンリーワン。
 
世界にひとりだけのわたしの旦那様。
 
 
テーブルには、一事危篤を乗り越えたらすっかり元気いっぱいになった「こうなりゃひ孫の結婚式まで見届けることにしようかね」祖母のナダ。「おばばさま、これ・・」毎食ごと必ず祖母のもとにソース(祖母はソースがかけてあればなんでも食べるが、子供たちがマネしないかちょっと心配)を届ける長男のレンジ。けどまあ、この優しさ行動を止めるわけにもいかないし。昔の自分のように、いや輪をかけて無口な子だけど、人のことをよく見ている。
 
直系の強い強い力を秘めた子だからこそ、そんな心はこの先も大事にしてほしい。
 
「とんでもないのが生まれると思っていたけど、予想以上だった。こりゃ育成をしくじるとえらいことになるかもしれない・・・それを思うとまだまだ死ねないね」祖母の贔屓目はあるにしろ、親の欲目でも底知れぬものを感じるので、小さいうちに祖母の薫陶を大いに受けさせておきたくもある。・・・親になって己の未熟、修行不足を思い知る日々でもあり。自分たちも親のすぐそばで育っていない、何が欠損しているのかそもそもよく分からない部分もある。育児書とかも山ほど読んではみたものの・・・子供はひとりひとり違うし・・・そもそも、自分たち夫婦も、ひと様から見ればかなり変わっている部類に入っているらしいし。「何を気にすることがあるんだい」と祖母に言ってもらえるので気にはしないが、変わっている自分たちから生まれる子供はやはり変わっているのだろうか。
 
 
「おはようございまーす。あー、なんて美味しそうな匂い。今日も美味しいに違いない」
「おはよう、婿殿、シンセ」
「おばーちゃん、おはようございます!母上、兄上、おはようございます!シンセは今日もげんきです!」
 
旦那というか夫にして子供たちの父親が娘のシンセの手を引きながら現れた。今日も朝からご機嫌なのは、大好きな父親に空色の髪を梳かして結ってもらったからだろう。どういうわけかどこで覚えたのか、旦那は女の髪を梳かしたり結うのが異常にうまい。自分ではとても敵わない。今や愛する長女は父を第一、こちらを第二候補として積極的に触らせてくれないのでかなり寂しい。なにが違うのかテクが違うのか、そのあたりを問い詰めようとしても「か、母さん直伝の技ですから」とか言って誤魔化される。それを言えば回避できると思っている。その通りで悔しい。
 
空色の髪、雪のように白い肌、そして、赤い瞳。息子の黒髪、夜雲色の瞳は父親の形質を受け継いだのだろうから、こちらは自分のそれを引き継いだ、ということになる。
 
自分の子供時代幼年時代を振り返って、可愛かった自覚などないが、娘は愛らしい。
そうなると客観的視点からすると似てない疑惑もあるが、可愛いものは可愛らしい。
自分の内からそんな感情が湧き出るとか噴出すとか考えたこともなかったけれど。
 
まだたどたどしい口調で時代がかった「母上」呼びとかされた日には・・・都度都度抱きしめたくなる。どこで覚えてしまったのかは不明なのだけど。賢さと愛嬌があって我が道を探し求める魂の明るさ、のようなものがある。何にも代えがたい価値。存在である。
 
 
けれど・・・
 
この子には異能がない。
 
外見だけは完全に綾波直系なのだけど、能力が、ない。赤い瞳の者たちを率い天獄魔境を抜行し照導する光が。息子の場合は相乗し、娘の場合は相殺したのか。血筋の力が。
 
けどまあ、どうということはない。健康であるし。エヴァもたぶん動かせないけど。
 
「平和、ってのもしらじらしいけど、危なくなったらその土地を捨てて逃げまくってたこの血筋が、もう逃げなくてもいいって話ならむしろ吉兆だろ」と、祖母が言ってくれるので納得もする。この地に根を下ろし、血筋を、命脈を続けて流れて保っていくのなら。
 
そういうことが許されたなら、それはいいことだ。自分の娘が体現するなら喜ぶところ。
 
異能生活も、それなりに苦労の連続であったし。なかったらなかったでやっていくだろう。
家族仲良く、家庭パワーで。それが一統をも長続きさせる秘訣、ということにしよう。
 
 
 
「いただきまーす。美味い!やはりママの料理は世界一!」
 
とかく口が巧いことで有名な旦那様であるけれど、毎朝同じようなことを言いながら真実味をもたせられるのが才能なのか口が巧いということなのか。ただのお世辞のように上滑りしないのは自分でもかなり料理をやるからだろうけど。祖母の前だからカッコつけるようなタマでもない。だいたいもうウソなら分かるようになっている。子供のころは分からなかったけど。彼の心だけは知れなかった。不思議な存在だった。人というよりは珍獣怪獣カテゴリーに入れていた時期も長いけど。よく考えたらひどい話だ。夫婦にも秘密は、ある。妻から夫へは特に。それも家庭円満のコツだろう。そういうことにしておこう。
 
 
「でも、そろそろお料理担当をチェンジしてもいいんじゃない?双子だから、今までとは勝手が違うかもしれないし、ね?僕に任せて」
「まだ大丈夫。まだ働けるから」
 
自分のお腹には3人目、四人目がいる。双子だ。男の子と女の子。この時点でものすごいパワーを感じる。シンセの時は大人しかったら、そういうことかもしれない。名前ももう決めてある。このパワフルさ、あの名前しかない。母のカンでいえばパワフルな女の子を男の子が支えているような・・・誰に話しても「そんなこともあるだろ」しれっとしてる祖母以外には笑われたけど、そんな気がするのだから仕方がない。ちなみに祖母は73人子供を産んでいる。自分はまだまだだ。「時代が違う。マネするな」とは言われてるけど。
 
男には全く分からない領域だろうから、旦那ほどに間合いやらタイミングを読むのが巧い人でもこんな過干渉的なことを言い出すこともある。優しいのか単に自分が料理をしたいのか・・・どっちでしょうかねえ。けどまあ、そう簡単にOKは出せない。祖母が口を出してこないのはいろいろ深い理由があるんだろうけど。自分としても。なにせ・・・
 
 
 
「あなたは、綾波党の党首なんだから」
 
 
綾波シンジ。碇シンジが「綾波」の婿養子になった、なってくれた。
 
党首の座にもついてくれた。綾波姓を名乗るのはそれもある。碇姓には思い入れがたくさんあるけれど。「さすがに綾波党党首の碇シンジですってわけにもいかないし」そう言われると引き下がるしかなかった。・・・なんかいつも大事な場面では言い負かされてるような・・・それでも最終的には自分の大事なものを守ってくれた。守るために無理をしてくれた。選んでくれた。そのまま、碇シンジとして、人類全体のための大きな道を行く選択肢もあった。碇ユイと碇ゲンドウとの一人息子。歩く電撃生きた雷人座ればエヴァ初号機のパイロット。雲の上のステージで大暴れする姿だってふさわしい。世界狭しと駆け抜ける速度につきあえるのは進撃の彼女。歴史に名の残す、数ページ使って記載されるナポレオンレベルの英雄になっていたかもしれない男を日陰組織のマスオさんにして。男の価値をさげてしまった・・・のかもしれない。党首とか自分ひとりで背負うべきだった。
助けなど求めては、ならなかった。綾波の地のことは、綾波の血が解決すべきで。
 
 
 
「母上・・・?」
「・・・これを」
 
いつのまにか、左右にシンセとレンジが立っており、シンセはこちらの手を握って心配そうに見上げてきて、レンジはなぜかティッシュを差し出している。泣いていた。
なぜか、涙を流していた。これは、ほほえましい日常光景のひとつのはずなのに。
 
 
「え・・?そんなに料理を続けたかった・・・?それならいいんだよ。ママが大変かな〜って余計な心配しちゃった。ママなら院長の仕事こなしながらだって楽勝なのにね。ごめんごめん。党首の仕事ももっと頑張るよ・・・・って、あの〜義祖母さまにして先代のナダさん、僕の仕事ぶりってそんなヤバかったですかね・・・泣かれるレベルでしたか・・?」「そうだったらとうの昔に引きずり降ろしてるよ。気にせんでいい婿殿。腹に子供抱えてるとたまにあるんだ」
 
 
ここは、綾波脳病院の敷地に建ててもらった綾波本家のアパート。自分たちだけまるまる使うのだから贅沢といえば贅沢。城のような大豪邸に住んでもらわないと困る!と大幹部以下党員全員から文句があったけど却下してもらった。なんだかそんな暮らし方が性にあったのだ。「貧乏が沁みついてしまわれて・・」「清貧もほどほどにしてもらいたい」とかいろいろ言われても聞く耳もたない。これなら通勤時間が最短だし。安全面でもいうことないし。こうしてしまえば、絶対に逃げられないし。・・・何か空事が聞こえたか。
 
 
 
「ああ・・・・・」
 
 
いや、これらすべてが絵空事。こんなこと、あるはずがない。夢幻だ。
 
 
綾波レイは夢から覚めた。覚醒すると霧消するタイプの夢で、赤い瞳が開いてしまえば記憶のどこにもそんな物語は残されていない。
 
 
でも、涙が一筋流れていたから、悲しい夢を見たのかもしれない。
そう、思った。
何が悲しいのかもわからなくても。誰かに会えなくなること、誰かに会えなかったこと。
 
そう考えると、この世はかなしいことだらけ。
 
 
 

 
 
 
「うみゃ〜〜い!!」
「うみゃ〜〜い!!」
 
綾波女学院・女子寮食堂に用意されていた温かい神戸ごはんに大喜びで名古屋の人でもないくせにみゃーみゃー言いながらパクパクがっついていく碇シンジと鈴原ナツミ。
 
大盛ご飯は学生胃袋への基本対策として、5,6本セットの赤ウインナー、神戸中華の蒸し春巻き、車エビのマヨネーズあえ、揚げワンタンあんかけ、ミル貝味付け、ジャスミンティー、デザートは当然のように神戸風月堂のミニゴーフルであった。
 
 
正規の食事時間から外れているせいか、食堂には他に学生はいない。「男が一匹くる」という連絡は女学院内にすでにまわっているそうで、碇シンジの姿を見て「キャー!男よ!」的お約束いや〜んイベントは発生しない。そもそも、校長先生兼女子寮管理人のしんこうべ最強の綾波神鉄が門で検分しているのだから間違いの起こりようがない。問題のある者は男だろうと女だろうとそれ以外だろうと侵入は絶対不可。それが聖☆綾波女学院。
 
名義のみならず、実際に現場実務をやっている、最強の大看板にやらしている綾波党の人事センスはどうなっているのかと疑問に思わないでもないが、嘴をつっこんで得することは何一つなし。鈴原ナツミが指示することもなく、そのへんは碇シンジもわきまえている。
ひたすらエネルギー補給に集中するのみ。それにしても料理がおいしい。しんこうべ到着直後に怪人たちに囲まれたり、当初計画全白紙級の緊急連絡が入ったり、それはエネルギーを消耗するに決まっている。途中でどこぞの店で買い食いでもできればよかったが。
十代の身でなによりつらいのが空腹エンプティのデバフ状態であった。
こうなれば、時間帯かまわず満腹になるまできめるのが若さの特権。
 
 
 
「ごちそうさまでした〜」
「むっちゃ美味しかったです〜、あったかくて熱うて。ほんまごちそうさまでした!」
 
料理は明らかに電子レンジで加熱したものではない。出来立てつくりたてだった。
食堂内にある厨房でこっちの到着時間を計算して出してくれたに違いない。
正規の寮生徒相手ならともかく、こんな突然転がり込んできた・・しかも片方は男なのに。
レトルトカレーでも十分にありがたかったはずなのに。業務とはいえ、大いに気持ちを伝えたくもなる。食器を厨房に運んで調理スタッフの人にそう声をかけると
 
 
「・・・・なんで弟子の方が感謝の言葉と感激量が少ないんざます?」
「は?」
「はい?」
不機嫌そうに文句をつけられた。意外過ぎる反応だったが、声に聞き覚えがある。というか語尾に特徴がありすぎる。現代日本で十人も使用しないだろうハイソ系語尾。男ならなおさら。しかしながら碇シンジには聞き覚えがあった。しかも弟子呼ばわり。
 
 
「師匠であるミーのおフランス式の繊細な味付けをその舌はしっかりラーニングしてるはずざます!それなのに、何の感想も感動もなく、ただルーティン的にごちそうさま、で完結とか!」
調理スタッフとしてマスクやキャップや白衣やら十全ないで立ちであるが、この言いぐさ。
 
間違いようがない。居闇カネタ。抜刀術ならぬ吸刀術の達人、であるけれど料理もかなりうまい。竜尾道で水上左眼が引き合わせた関係で、碇シンジがその技に惚れて門を叩いて師と仰いだ、わけではない。技は確かに瞠目に値するし、真似をすることすら困難な極みに至った匠、と言えるのは言えるが・・・・どうにも人間性というかビジュアルというか口調が・・・どこから見ても「おそ松くん」に出てくる「イヤミ」そっくりというまんまで・・狙ってやってるならまだ分かるのだが素らしい・・・マンガのキャラに憑依されるわけもないし・・とにかく尊敬させる気をかなり減衰させるもので・・・なんか渡る世間に苦労が多かったせいだろうか・・・・金銭関係にかなり弱いのも、まあアレで。
 
 
ねずみ男みたいに積極的に転んで裏切るようなことはないけど・・・ここで再会とか。
料理はおいしかったけど・・・・「中華料理多めでしたけど・・・フランス式、とか?ネタですか?つっこみ待ち?ですかね・・・・」鈴原ナツミに小声で聞かれるが答えようがない。「それから師匠、とか・・・・どういう弟子やったんですか?それともそっくりさんとか・・・」答えられるが、答えたくない。他人を騙して金銭を巻き上げるような人間では決してないけど・・・こうしてちゃんと労働して料理の腕も素晴らしいけど・・・
 
なんでこれで尊敬してあげられないんだろう・・・僕の器が小さいのかこれ・・・?
 
それにしても・・・・なんでここにいるのか。まさか吸刀術を教えてるわけでもあるまいし・・・神鉄さんが校長先生と寮管理人を兼務しているように、教師役と調理スタッフを兼務しているのか・・・そうなると、かなり信用されてることになるわけだけど・・
 
この人の長話に付き合いたくない・・・・という念が顔に出てしまったのか、またしても
 
「あ、すいません。お風呂も焚いてもろうとるらしいですけど、こんな時間ですからうちらも早めに入らんと経費の無駄遣いとかに・・・なってまいますかね?」鈴原ナツミからの助け舟。一目で人格、弱みを見抜いているようなのは勇者の眼力、ブレイブアイなの?
 
とにかく助かった。「そ、そうざますね。早いにこしたことはないざますね。場所は分かるざますか?」「あ、分かります。地図のあのとおりですよね?」「・・・弟子の恥は師匠の恥ざますから、迷って女子風呂に入りこんで校長に撲殺されても困るざんすから」
「いえいえ!迷ったりしません!僕は実は地図を読むのが得意で!趣味で!」皿の片づけを手伝わされた挙句、案内ついでに男風呂に一緒に、とか勘弁してほしい。女子寮でまさかオジサンの背中を流すイベント発生とか・・・バグすぎるエラーすぎるそんな展開。
しかもヘタなことをすると問答無用に撲殺とか。アドベンチャー人生すぎる。
 
 
結局は、「案内役を呼んだから、ちと待つざます」ということで。常識的なセンに落ち着いた。着替えその他の生活用品もすでに届いているそうで、それを受けとってからゴートゥー風呂に。命の洗濯だ。もちろん誤解のないように、そもそも女学院なのでしようもないだろうけど、混浴などではない。きちんと男女分かれて二つある。女生徒の存在しか想定してなかったので、仕方ないので男も一緒に入るなんてヘブンイベントは起きない。
起きようがないし、起きてはならない。時間をずらすか、野郎など外の銭湯にいけばよい。
 
 
案内役は、意外といえば意外だが、妥当といえば妥当な人物、人物たちがやってきた。
 
 

 
 
<碇シンジへの好感度情報>
 
 
しんこうべ市民=しょせんはよそ者。しばらく滞在してもいつかは帰る。だからよそ者。
多くは望まない。ただ、もし、どういう風が吹いたのか同化を求める日がきたらそれなりの覚悟は見せてもらわねば。でも、しょせんはよそ者。そのうち消え失せる。
 
聖事派=忙しくなってきたので邪魔さえしなければ放置。最強が守護する結界である綾波女学院に入られたからにはウカツに手出しはできない。やはり神鉄はこわい。積極的に敵にまわしたくはない。とはいえ、ただの小僧だし。この先何ができるものか。
 
綾波党=コトが片付くまで、そのまま安全地帯にいてほしい。というか、いろ。しょせんはよそ者の小僧。ここで骨を埋めるわけでもない。あくまで友人、後継者のご学友扱い。
党首候補?・・・・・ジャンボドリーム宝くじよりもまだ確率が低い。寝ぼけないように。
 
 
綾波レイ=夢を見ていた。夢を、見ていた。実現するはずのない、ビジョンを。どこかで。