聖☆綾波女学院の中央、いわば☆の真ん中に大きくはないが聖堂がある。
ここだけは他の異人館コピーのように赤く塗られてはいない。そもそもかなり年季が入っている。党首命令で孫を通わすために吶喊で造られた校舎群とは異なる理由でここにあるのか、そもそもこの聖堂が先にあったのか。そのあたりのいわれを一人放り込まれた碇シンジは知らない。ただ
「これ、朝になって僕が出てこなくてナツミちゃんが心配して確認にきたらバラバラ死体になってるとかいうパターンじゃないよね・・・ジュブナイル推理ものだったらそうならないとおかしいレベルの場所指定だよね・・・」
無礼極まるひとりごとを言いながらも段ボールハウスを組み立てていく。校長先生兼管理人の綾波神鉄の指示によると、ここに住まないといけないらしい。寮内の部屋には入れてくれないらしい。
ひとり避難所くらし。「いや、いいですよ僕は。ナツミちゃんがこんな扱いだったらキレるけど、ナツミちゃんはちゃんとした普通の寮部屋に入れてくれてるんだから」必要なものが入った段ボール箱を開封していく。ネルフ基地内でキャンプ生活も送っただけあって手際はいい。「さすがにトイレは男性教員用のを使っていいわけだし。食堂も使っていいわけだし・・・・・・・・・ナイトミュージアム的なイベントだと考えればぜいたくな」
わけあるか・・・・!!ホテルレベルとは言わないけど!なんかもう少し扱いを考えてくれてもいいでしょ!!と、聖人ならぬ碇シンジがキレ散らかさなかったのは、綾波レイにあとで言いつけてやる、とか、難しい立場にいるであろうそのメンツを考えたわけではなく。
聖像。
聖堂であるから、奥まったところに聖なるものが存在しているわけだが、この聖☆綾波女学院の中央聖堂には、聖像があった。黒い材質の紅の双眸、聖母マリア様、にしてはどこかで見たお顔のような気もして、ルビーアイが示すところは、おそらくは綾波関係者。
装いは西洋教会風の長衣、ウェーブのかかった長髪、誰でも何者であろうと快く迎え「おかえりなさい」と言ってのける底なしの包容を感じさせる優しい笑顔、赤子は抱いておらずこちらに向けて扉を開くように広げている。見ただけで、心の中で何かが動かされる。
芸術パワーなのか、像に秘められているソウルか何かの効果なのか、そのため碇シンジもしぶしぶとだが、納得している態度をとるしかなかった。この絶対逆らえない感・・・
綾波レイから感じるものにも似ているが、より強靭というか無双というか男には無敵感というか・・・こんなのが生身の人間として活動して街でも歩いていたらえらいことになっていたのではあるまいか。碇シンジがもう少し現地の伝説などに詳しければ、”ひとりの娘をめぐってふたりの男がそれぞれ妻にしたいと争い、娘はそれを不憫に思い自殺、男たちも後を追った”、というなんともやるせないウナイオトメの伝説を連想したかもしれない。
この聖像があるから、碇シンジを大人しくさせるため、余計なことをさせぬため、ここに入れたというのなら正解だった。
「シンジ、ほんまにこっちにおるんか・・・・ほっとしたような・・・いやスマン!ここは同情せなアカンやつやな!」
どこからか、風が囁いた。風の言いぐさが100%鈴原トウジであるので碇シンジも「何奴!!ぼ、僕を始末しにきたのか!?」と、キョロキョロ声の主を探したりしなかった。
なぜ無線も使わずすぐそばで親友の声がするのか、と問うこともない。
「来てくれてるのかなーとは、なんとなく感じたけど、来てくれてんたんだ。ありがとうトウジ」
自分たちがしんこうべに来ているのは、あくまで非公式、党首の綾波ナダに呼ばれたとはいえ、友人の綾波レイの祖母に招かれた、遊びに来た、というていであるから、諜報3課がそれとなく下支えするものの、戦力の大量投入ガチガチにガードを固めるわけにもいかない。そうでなければ、さすがに鈴原ナツミを連れていけない。
様子を見る、綾波レイの口から今後のざっくりした腹積もりやら聞いてさっさと帰る予定でいたのだ。せいぜい学園トラブル程度の見積もりが、下手をすると都市まるごとのデスゲームが始まるかもしれない、というのは話が違いすぎる。想定より早く荒く状況が流れ始めて、それを制御する者がいない・・・もしくはする気がないのか。「ほうっておいても仲間割れを始めますよ〜」とは誰の言葉だったか。跡目争いを血をみずにおさめるには。
「ま、まあな。礼を言われることでもないわ。たまたま、ワイも綾波の顔でも久々に見たろうかとこっちをバイクで流しとったんや。そしたらネルフから連絡がきてな、お前らもこっちに来とるゆうからな、伝言頼まれてん」
親友の間のことである。多少の虚飾は許される。かなり苦しいが、つっこんではいけない。
これはつっ込み待ちじゃないやつ。妹が心配で心配で心配で追っかけてきたし、お前が妹に土下座しとるのもバッチリ見てもうてこらタダ事やないと思うてな!などと正直に話しても誰もハッピーにならない。
「ところで、神鉄さんの許可はもらってるんだよね?」
「なかったら敷地に入った瞬間、しんこうべの外までぶっ飛ばされとるわ。とはいえ、長くは許してもらえん。何人か、えらく眼と耳がいいのがおるみたいやしな・・闇風語りでお前だけに聞こえるようには話すが・・・ちゃんと聞こえとるよな?」
「大丈夫。ばっちりクリア。姿は見えないけど」
鈴原トウジもすでに常人ではなかった。参号機と、その前操縦者の影と風がその身を鍛え変質させていた。「ただの功夫や、努力の積み重ねや」と言うには、その腕前は桁が違ってきていた。いくつか、科学では及ばぬ、仙人がやるようなこともやってのけた。それを誇ることなど無論なかったが。「操り人形みたいなもんや。こっちがどれだけ踊れるんか試して楽しんどる。それに飽きたらヒカリが的にされる。となりゃ死んでもくらいついていくしかないやろ?もとより門前の小僧みたいなもんや」必要とあれば躊躇なく用いた。
愛する友の為。愛する妹の為。それから愛する女の為。も、もちろんこれはヒカリのことやからな!誤解すなや!?ワイはヒカリ一筋一本道やから!って誰に説明しとんねん?
「長く話せないなら、愚痴とか聞いてもらってる場合じゃないよね」
「気持ちは分かるが、片付いたあとでナンボでも聞いたるから、な」
「約束したよ!約束したからね!ケンスケも呼んでね!」
「お、おう・・・(けっこうひとり中学生活でたまっとったんか・・?)」
「じゃ、これだけ聞かせて。綾波さんはいま、どこにいるの?」
碇シンジの綾波レイに対する「綾波さん」呼びの頑なさを平常時ならつっこむどころだが、
それを許す声色ではない。返答いかんによっては都市全域暗闇にのみかねかねないヤバオーラがバチバチと聖堂外にいる鈴原トウジを総毛だたせる。(やはり、こいつはヤバい・・・今さらやけどナツミもよう平気やな・・・)。闇を砕き裂く電光稲妻はこいつの一部分でしかなく、その本質も・・・友であることは一生変わりないが。うかつな返答やらかしてアホな真似をさせるわけにはいかない。かといって友としてウソもつけない。
「わからん。現時点でネルフも把握しとらんらしい」
「しんこうべ内にいるのか、外に出てるのか、それさえも?」
「すまん。党の仕事で国外に買い付けに自前の飛行戦艦だか飛空駆逐艦だか、あのバリブルーンみたいなやつや・・・あれで出てったのは間違いなさそうなんやが、そこからがもうウソかホントか、世界のあちらこちら、地球を8周くらいしとる・・・とかなあ・・・信じるか?」
「チンさんとか、他のお付きさんがいたらカムフラージュしてそれくらいできそうだけど・・・・目的が・・・あのバリブルーンみたいなやつは党首専用機だって聞いたしそれで移動とか・・・綾波さんらしくもない・・・・現時点でってことは、なりふりかまわず一直線に帰国しようともしてない・・のかな?おばあさんが危篤なのに?・・・・うーん・・・・」
「ワイも今から市内を調べにまわるが・・・地元で隙をつかれても、あの綾波がそうやすやすと取っ捕まって監禁されるとか考えにくくはあるが・・・・買い付けチーム全員の消息がつかめん。いつも背後に殻みたいにくっついとる護衛のツムリはんあたりをどうにかして言うこと聞かすとかはあるかもしれん」
「・・・・・・・・・・・・・・・ナツミちゃんを連れて第三新東京市に戻った方がいい」
「フン、夜中にバイクの2ケツとかそっちの方が危ないわ。・・・あー、いや、ナツミのこと気にかけてくれておおきに、な。ワイのことはまさか勘定に入ってないやろな?綾波のことならワイの友でもあるからな。なんぞ困っとるなら当然手を貸すわ。たとえ余計なお世話でもな。地元の都合は尊重するが、あの街で培われたワイらの友情もそないに安うはないからな。そうやろ?それとも何か?ひょっとしてオノレの方は友情だけやない愛情もトッピングしとるアレか〜?」
「そうかもしれない・・・・・ありがとう、トウジ」
肉親の情が友情に勝る、なんてことはない。板挟みをなんとか無理しているだけのこと。
「なんでナツミをこんな物騒なところに連れてきとんじゃい!!このボケ!絶交じゃ!」と怒鳴りあげられても仕方ないところで、なお助力してくれるという。こんなん惚れてまうやろ、とか胸の内がぽかぽかしてくるが、そんなことは言えぬのでふわっとした回答となる。
「え?・・・やっぱりそうなんか?・・・・まー、そうでなきゃここまでせんわな普通・・・いくらシンジでも・・・そうかー・・・そうだったんかー・・・」
親友でも言葉の意味がいつもいつも正確に伝わるとは限らない。軽口に深い思いを込めたりのせたりすることもあらば、軽口ゆえにまんまスルーすることも常考ではある。
映画やドラマならば、時間配分で「これ重要セリフ!」と分かったりもするのだが。
もともと、鈴原トウジは絶対に口にはしないが、他人のカップリングに言及など軟弱極まるので、ただ人間関係上、思考が及ばないわけではない。「シンジと綾波(レイ)略してシンレイ」、ええんやないか、と思っていた。こ難しいお家同士のことはあろうけれど。
首に縄付けて制御できるのは、なんのかんの言いながら綾波(レイ)しかおらん。
惣流は、一見従うとみせかけて口車でいいように躍らされて一緒に暴れまわるような所があるので、世間の平和的な観点からすると、それがいいのではないか。もちろん絶対口にしたりなどせぬが。ヒカリとケンスケは惣流推しであるし。そんなことで彼女親友と争いなどしたくない。言い負かされるのも腹立つし。しかし、今日、言質はとった。とれた。
ワイの目が正しかったことが証明された!ならば、男、鈴原トウジ、助太刀せねばなるまい。いや?この場合は弓矢になるんか?援護射撃か?まあええ。
「時間もないんで手短にいくが、とにかくウカツに動くなよ。少なくとも綾波と連絡がとれるまではな。党首はんが回復してくれたら一番いいが・・・」
「分かった。ナツミちゃんはこの安全な綾波女学院から一歩も出させないよ!」
「いや!オノレも同じやからな!?オノレの安全を確保すんのも超重要やからな!?導火線が歩くのとえらく変わらんのやからな!?勝手に市内の調査とかすなよ!?」
「大丈夫大丈夫、ナツミちゃんは連れていかないから」
「・・・・綾波の所在が知れれば、盤面は一変する。その為にもワイらは調査を優先させてもらう。ええな?シンジ、オノレがキズ一つついとらん身体でおることが、まず綾波のいっとう役に立つことやからな。まあ、望むことでもあるやろけどな・・・」
大人しく安全地帯にこもっているようなタマではない。心のままに電光石火するだろう。
大観すれば、碇家、六分儀、そしてネルフ、その3看板でももって「綾波レイ」の後ろ楯として現地に逗留するだけでも十分に役目を果たしている。それ以上は余計事。蛇足だ。
綾波党党首との対面を望みながら、安全な場所で、菓子でもつまんでいればいい。
その故に綾波神鉄も女学院への立ち入りを許したのであろうから。いるだけで安全装置。
この状況ではそれが最適解。参号機を駆り業界で代役ながらも立ち働くようになり鈴原トウジもそれくらいは理解する。同時に、碇シンジがそんな思惑、毛ほどにも思っていないことも。子供であるだけなら、そもそもこんな所におりはしないし送り出されてもいない。
「分かってますよう。危なくなったらすぐに逃げるからすぐに逃げるからすぐに逃げるから」
「なんで三べんも言うんや」
「大事なことだからね。今回の僕の瞳はランナウェイ・シンジ。やられる前に神速でその場を離れる男さ・・・ベルク・カッツェみたいにね・・・フフフ」
「よくわからんが、肝心なところは分かっとるみたいやな・・・信じるでシンジ。それを踏まえて警戒情報を教えとくで」
「”聖事派”の人たちにはもう会ったよ」
「ほー、そうか(実はその場におったけど、何も聞いとらんことにしとくか。男の友情で)」
「うん。(たぶん、その場にいたんだろうけど、聞いてないことにしてくれるみたいだ)」
「聖母派、聖レイ派、聖事派の3派は、勢力的には大きいが綾波党の制御が効いとるうちはまだ心配せんでええ。ここの神鉄はんも潜在的聖母派になるしな。この時点で厄介そうなんは、”アンチレイ”・・・まあ、綾波レイの後継指定に反対する一派、と、”外綾波”の連中やな」
「世襲反対っていうのも分かるけど、圧力に負けないとかよっぽど腕前に自信があるのかな・・・それと、”外綾波”の勢力ってのは、しんこうべの外、外国とかに異能の武者修行に行ってる人たちのことだっけ?それは強そうだけど」
「”アンチレイ”の方は、綾波のダチであるワイらに友好的には対応せん、もしくは敵意を?き出しにしてくるか、そのあたりがわからん怖さがある。顔にそう書いてるわけでもないしな。若すぎるトップ就任を歓迎せん者は腹の底ふくめると大勢おるかもしれんしな・・・・・ただ、地元の安全や秩序を乱してまでケンカ売ってくるかは疑問やけどな・・・そういう一派もおるゆうことで気をつけといてくれや。思わぬ地雷を踏むかもしれんからな」
「うん。絶対に手も口もコチラカラ出したらダメな人たちだね。分カッタ。綾波さんに個人攻撃をしてるとかジャナイんなら、分カッタ。街宣車とかで綾波さんの悪口を大音響で喚き散ラカしてるトカジャナインなら、分カッタヨ」
「・・・なんで一部ポンコツロボットみたいな口調になっとんねん。そないなことしたら綾波党が黙っとらんし潰すやろ。今のところ、そこまでやない。教育関係者を中心に正論を唱えとるだけ、ちゅうところや。今のところはな」
「なら、”世襲反対派”でいいんじゃないの?」
「ワイが命名したわけやないからな。ま、あくまで注意喚起のためのもんや。本人らがそう名乗っとるわけでもない」
ただ、存在を無視できるほど弱小でもない。むしろ、内圧に耐える強さと堅さがある、と判断されたゆえだろう。流動的状況において、燎原に火を放つがごときの。堤の決壊に至るかもしれぬ傷穴。それを忘れた者どもにきっとかならず泣くほどの報いを。恩讐を。
「ふうん・・・アンチこそ真のファン、愛情の裏返し、かもしれないアンチかな。それで、”外綾波”の人たちは・・「我こそがナンバー1なるぞ!党首の座をよこせ!」的な?」
「もちっと複雑やけどな。ピンキリではあるが、おおまかにはそんな感じやろ。とにかく腹の据わり方がハンパやない。ピンの方はワイも大陸と南洋の方で見えたことはある・・・参号機相手にケンカ売ってきたくらいやからな・・・・いやまあ、本家の方も似た様なことはしてのけとるけどな・・」
見えた、といい、捕らえた、とは言わなかった。見逃した、とも、逃げおおせたとも。
そこは本題ではないから、碇シンジも追求しない。楽しいケンカのはずもない。
鎧袖一触のはずの話をわざわざ伝えるということは。蟷螂の斧が鋼を裂いたが如くのことがあったのか、エヴァのパイロットとしてなら、その結末を最後まで聞くべきだが。
「やっぱり赤い目なんだ。綾波の血は強いらしいね。神様の血が混じった血脈にも負けない、とか聞いたことがあるよ」
「いや、それがそうとも限らんでな・・」
「?」
「ワイが見た”外綾波”の者の目は、”赤”だけやなかった」
「それは・・・同等の力がぶつかって合体して相乗パワーを発揮してる・・・とか?」
「法則とか知らんけどな。大陸の方は片眼が白銀、南洋の方は濁った緑やった」
「強い血統が拮抗してるのかな?相殺して弱くなってるなら問題ないけど」
「赤いんと、”もう片方の目が色違いになっとる”んは、シンジ、オノレでも十分気いつけよ」
これが本題。これを伝えに来た、と言っていい。「異国から強敵襲来!!」、とか異能バトルものの週刊少年漫画なら来週をドキドキワクワクしとけばいいのだが・・・強さを示すのに知り合いでなくとも現地住人がバッタバッタと薙ぎ倒されるとか、ぞっとしない。
総本家綾波党になんの遠慮も忖度もないのなら、むしろ碇シンジなど上等のターゲットだ。
「見かけたら即ダッシュで逃げるよ。絶対に関わらない。眼帯をしてても誤魔化されない。ちゃんと逃げるから。カラコンをしてる場合が悩むけど、とにかく逃げるから」
全部に逃げていたら、それはそれでただのトレーニング中の陸上部なのだが。
「まあ、色々想定するんは正しい・・な。使徒を相手にするんとは勝手が全然違うしな」
「あー・・・でも、その外綾波の人たちに、綾波さんがどこかに捕らえられて・・・・”こんな感じ”や”あんな感じ”や”そんな感じ”になってたりしたら、どうしよう・・・」
「こそあ、ときたならて”どんな感じや”?もいれとけや・・・いや、あからさまな敵対行動されとったら党本部がもうちっと派手に動いとるとは思うからな・・・とにかく、気合いれて探してはみるからな、全部こっちに任せて動くな、とは言わんから、ただ、ナツミが心配せんでええようにしたってくれ」
「合点招致。でも、トウジも休みながらやってね。それこそバイクで交通事故とか起こしたらナツミちゃんがブチ切れちゃうよ?」
「一週間は眠らんでもええくらいの修行は積んどるから心配すな。綾波の心配だけでアタマがパンク寸前やろ」
「え・・・・今の職場ってそんなブラックなの・・・・?24×7時間戦ってるの?・・・ミサトさんに一言言わないと・・・・」
「いやいやいや!!やめろ!やめえ!やめて!?シャレにならん!今のはハッタリ的な心意気や!」
「本当かな・・・・?心配になってきた・・・リツコさんに問い合わせた方が・・・」
「絶対にやめろ!ああ、もう時間がないやんけ!それじゃな、シンジ。大丈夫や、綾波はたぶん無茶忙しくかったり電波の届かん秘境におったりするだけや、この捜索も空振りしても笑えるようなハナシになるだけや!その場合はなんか美味いモン奢ってもらうけどな」
「うん・・・そうだね。きっと、そうだ。綾波さんは無事だよね」
鈴原トウジの返事はなかった。神鉄との約束時間を守り、もう行ったのだろう。
声だけで顔も見えなかったが、不安が紛れ、落ち着けた。その風に払われた。
もし、ここで鈴原トウジが来てくれなかったら、どうしていたか・・・・
手始めに、聖事派のアジトをつきとめて殴り込みをかけて綾波レイの所在を吐かせるべく
己の内にある高まり続けていた電圧を理不尽に解き放っていたかもしれない。
綾波レイを砕くように降りかかっているかもしれない「運命」の目が、こちらを向くように。こっちにおいで。こちらにこい。そんなのは妄想、妄念である。けれど、自分の胸の底から湧いてくるのも止められない。他人の運命の肩代わりなどできるはずもないのに。
とりあえず、ここは聖堂。丁度よく、祈れる。
「綾波さんが無事に帰ってこられますように」「綾波さんから連絡がありますように」
「綾波さんが監禁とかされてませんように」「悪い人に騙されて危ないところにノコノコ出向いたあげくに罠にはまったりしませんように」「ひどい目にあってませんように」
「身体を冷やしていませんように」「お腹をすかしてどこかで行き倒れとかになってませんように」「なにか望みがあるのなら、どうかどうか叶いますように」「紫の栞を渡してもらわなかった詰んでたので、多少の負債なら僕が肩代わりしますのでどうかひとつ!」
祈りながら気づいた。この聖像が誰に似ているのかを。
「これが聖なる務め・・・・を果たすための・・・・聖なる衣・・・・」
衣というより紐だと綾波レイは思ったが、わざわざ口にはしなかった。抗議する立場でもなし、何より時間が惜しかった。ただ、衣服ともいえぬそれは、結構な力は秘められていた。身体が火照る。下腹部の臓器が熱を帯びて踊りだす。瞳が潤み呼吸も蕩けていく。
聖なる務め、だと取引相手は宣ったが、このような状態にして何の務めを果たすのか。
たらり・・・・たらり・・・意識せぬうちに、涎が大量に流れていく。頬から首、胸元へ
臍から足首まで。事前に大量に飲まされた水分のせいか、喉は乾かない。代わりに理性は靄がかかり、判断機能に大幅に制限がかけられる。同時にそれは異能封じでもある。
「もう少し抵抗するものかと思っていたが・・・やはりATF絶対領域とやらは神聖加護ではないようだな・・・グレートではない・・・」
そんなスレスレの姿かつ状態状況の綾波レイをガン見するグレーター司祭の衣をまとった恰幅のいい男が今回の”取引相手”であった。「東洋の乳白・・・・肌の肌理はいいがどうしても脂のテカリが足らないな・・・これはマーゼンの垂涎で補うとして・・・だ。前からがいいか後ろからがいいか・・ハアハア・・・斜めからがいいか腹上か腿から沿うように・・・・最適なる神の角度は・・・この少女は天使を狩った・・・なれば、羽をもがれた背中のラインから・・・・ハアハァ・・」眼圧が凄い。呼吸が犯罪。祈りを唱えるはずの唇からはさきほどからどう聞いても清らかな乙女によからぬことを目論んでいるとしか。
社会的地位を考慮しても、まんまと罠にはまった世間知らずのいたいけな少女Aへの性的暴行開始待ったなしの空気感であった。いかんせん行方をごく限られた身内にしか教えていないので、ヒーローが颯爽とやってきそうな御都合感は皆無。やばい。
「どこから切り取るか・・・それにしても・・・この無警戒・・・男の本性を知らぬのか・・・?肉付きは平均以下だが、この白、この乳白の肌を我が獲物にせんと思わぬ男はおるまいや・・・・・・・・抵抗せぬな・・・・口答えすらなし・・・涎の量は大したものだが抑圧の反動か・・・求めたのはそちらだ・・・・極東から来た赤い瞳の少女よ、神聖なる西光の祝福を与えよう・・・」
そう言いながら、グレーター司祭衣の下から出てきた巨大なモノは
光がひとりの少女を蹂躙していく・・・・救いの手も護りの手も届かず間に合わなかった。少女自身がそれを選んで、のこのこやってきたとはいえ。こんな未来の現像は。
ここは英国の、とある特殊な教会の地下室。そんな記憶も揺らいでいく。
上はごく普通の教会であるが、地下に迷宮めいた大倉庫があり、公にはとてもできはしない、かつて最強だった時代に世界各地から回収強奪してきた「聖遺物」を隠匿保管してある。21世紀になろうと22世紀になろうと23世紀になろうと、現地に返還予定はないそうで、なんのために保管を続けているのか、ニセモノはともかく「本物」は帰郷を求めてこんなにも叫び続けているのに、嘆き続けているのに、神の声を聴くはずの耳になぜ届かないのか単に黙殺しているだけか、なんらかの目的があるのか、綾波レイには分からないし理解するつもりもない。ただ、己の目的が果たせればよかった。
13ある「人類のための保管教会」・・・どういうセンスなのか、本当にこういう名称なのだ・・・一般人はそもそも存在すら知らぬし、ミサなど行っている足元にこんな博物館もどきの大倉庫があるなど夢にも思わない。ましてや、そこで商取引が行われるなどと。13ある保管教会のうち、ひとつだけ、ここでだけ、人類の為に隠匿保管してある聖遺物が売買される。これがここの管理者であるグレーター司祭の独断なのか、それとも保管してある聖遺物のどれかに脳か魂を乗っ取られているのか、内内で細々と昔からやってきたことをワールドワイドに営業展開を始めただけなのか、教会トップからアンテナショップ的な運営を命じられたためのか、それも綾波レイの知るところではない。
必要とするブツが手に入れば、なんでもよかった。別に信徒でもなし。幻滅などしない。
求めるものは、「心臓」と「肺」と「腎臓」
免疫適合する天然臓器でも、それを正確に機能再現させるだけの人造物ではない。
そんなものなら、自前で用意できた。世界をあちこち飛び回ることもなく。
厄介なことに3つとも。要求スペックが恐ろしく高い。医学より魔術、異能寄りの診断。
綾波ナダを延命させるには、その3つが最速で必要となる。それも可能な限り。
リミットがいつなのかなどと、分かるわけがない。それほどまでにボロボロだった。
「嵐を呼ぶ異能」、綾波ナダがここまで生き延びて、追放者追撃者対抗者反撃者、ありとあらゆる敵から逃げ延び屠り沈めてきた天下無双の強異能には、相応の代償、反動の逆風が体内に吹き荒れていた。嵐を産む心臓と、それを受け吐き吸いながら肉体をピンと張ってとりまわしてきた肺でもって、生きてきた。道を切り開き開拓してきたからこそ今のしんこうべ綾波党がある。敵が多く闇街道で戦い続けてきた人生にもやはり相応の毒念怨念呪詛狂気メグマ波がしつこく沁みついてもおり、常人なら一秒で発狂死するレベルの高濃度でもインドの山奥でパワーアップしてもらったという腎臓が浄化して党首生活を送ってこれた。
だが・・・万物不変せざるものはなく、どうしても時が流れれば劣化もする。
他の臓器も年相応に衰えていっているのだが、まだなんとかなる。医療技術も異能としての治癒能力もある。綾波ナダの人生を支えてきたその3つだけがどうにもならない。
綾波本家の血筋として、能力治癒があるのもこの場合、まずかった。嵐を呼ぶ異能も老化し縮小弱体化していれば、まだ外科手術的になんとかなる、というのが綾波党医療部門のトップのキチローの診断だったが、しんこうべ最高のドクターの技をもってしても、どうにもならぬ。なれど、このままでは、綾波ナダが息を引き取ると同時に心臓に宿っていた嵐神は、肉体を吹き散らしながら彼岸に去るか、腎臓の浄化が追い付かず積年の重念にグシャリと潰されるか。実の孫にして後継者・綾波レイ以下、党幹部たちが許容できるわけがない死に様。綾波ナダ当人は「恨みを買って買って買いまくった人生だし、しょうがない」と悟りきっていようが。「前倒しに地獄がきても、そりゃ自業自得だ。孫を売って復興資金にするようなオニババだからね・・・それでも最後に孫が近くにいてくれた・・・差し引きでいえば、十分勝ち逃げだろ、こんなの」いつかは別れがくる。死期が目の前に。
「そんなのは・・・・いや」
「なんとか・・・してみせる」
理屈ではなかった。まだ。もうすこし。時間が欲しかった。死んでほしくない。
お別れしたくない。まだ。もうすこし。血のつながる肉親との時間がこんないとおしい。
けれど、神になど祈らない。その使いをさんざんボコってきた身で。
己の、己たちの手と足と異能でなんとかしてみせる。幹部連がそれを諫めも引き留めもしなかったのは、それが赤い瞳の詔だったせいなのか、単に気合負けだったのか、ナダとの時間が長かったのは自分たちだ、という思いがあったせいなのか。愚挙といえば愚挙であり無駄といえば無駄な行為。今ここしばらく、どうにかしても、いずれ近いうちに。
苦しまない最後を迎える方法を教える選択肢もあったのだが。
孫が祖母の為に奔走する、悪あがきなど止めるのが正解だったのだろうが、あいにくと
綾波党は怪人どもが支配する異形の組織であったので、悪あがきなど大好物だったのだ。
理よりも欲。世界よりも身内。傷だらけになろうとも茨の道を好きなだけ往く。
綾波の赤瞳はなんのために光るのか。
その統領におさまる資格とは。逆に言えば公職に据えてはアカン人物像でもあった。
抗争なども基本的に御馳走。老齢の党首が死にかけて、その後継の若すぎる孫娘がナワバリの外に飛び出せばどうなるか、などとだいたい見当がつく。さらにノノカンを呼んで未来図を拵えさせた。碇シンジの影響だけが読み切れない不確定要素らしいが、これで3回目であるから落としどころは探れる。<街はいつでももめ事、金歯に落ちるぜカミナリ>中島らももそう歌っている。
祖母を延命させるために、3つの超高性能臓器を求めて世界を飛び回る綾波レイ。
金に糸目はつけないが、金で買えるようなものはしんこうべにいたままでも購える。
そもそも医療用というよりは、魔術の秘宝といった方が近いような代物である。
そのまんま「綾波ナダという異能者にぴったり適合する魔法のように効果的な3つの臓器」など売っているはずがない。その機能をもった魔術パーツを組み合わせて、”ひとりのために”、造り上げる・・・・その行為自体もすでに狂気じみている、その道の専門家でも協力助言どころか「なめとんか」「なめんなよ」としか。魔術的な深奥を求めながら道行として逆行する・・・真央の秘儀は、たかが人間一個人のために、その扉は開かれたりしない・・・もうちょっと人類全体の役に立つ大義があるならともかく100%私情。
そんなものがうまくいくほど世の中甘くはない。悪魔も黙るほどのダダ甘の大欲望。
そんな都合の良すぎる望みを叶えられるものなど天上天下に無で零尊であろう。
個にして全、的な真理を解放するではなく、ひたすらに私の,個。個にして個だけの。
ただ、そのために、己がもつ全てのものを用い差し出す根性はあった。
使徒戦や、クセの強い特務機関の連中との交友で鍛えられたので並みではない。
特盛である、いやさ綾波であった。いまや、よだれでだくだくになってしまっているが。
バカでかいカメラがフラッシュしてくるので反射してキラキラ輝いたりもしているが。
「こうもっと、悩み迷い恥じらい決意しそれでも怯え惑い混乱し、”これが聖務!?ありえなーい!これが聖なる衣!?ただの紐じゃないー!せめてマダラ模様にしてホームズ色を出すとかー?実は蛇でしたーとか?そんな意外性を演出しなさいよ!”などと逆ギレし、それでも己の欲望を忘れられず魂を拘束される・・・(聖職者とはおもえんようなダメ出しが30ページほど続くが削除)されていく乙女の堕ちる散りゆく華をモティーフとする横顔こそアルティメットグレートだというのに・・・この瞳にフィルムに焼き付けたかったというのに・・・・」グレーター司祭のくせに出来の悪い下級悪魔のように悔しがっていた。
そんな演出意図など綾波レイの知ったことではない。霊的才能が抜きんでていたゆえにこんな秘匿性高い部門に配属され位階もあがってしまったが、ほんとうはキャメラマンになりたかったこととか。
求める聖遺物を渡す条件として、金ではなくてめえの考えたシュチュエーション写真を撮らせよ、ときたのだから否応もない。これが一週間ほど性奴隷になれだの、見目のいい綾波娘を2,3人夜伽役によこせ、などと言われた日には、エジプト十字架の刑にでもしてやるところであったが。もちろん非公開にするのは呪術契約にて縛り上げてある。グレーター司祭がこんな写真撮ってました、などと公にされたら即破門即抹殺にされるのもある。
そもそもこの取引自体が極秘中の極秘なのだ。双方口を閉じていれば秘密は守られる。
遺物「アトラスの心臓弁」をゲットした!
秘宝「若気の至り写真集」をゲットされた!
得られるものの貴重さを考えれば、多少の無茶は呑む、覚悟が決まった綾波レイである。
この道行じたい大っぴらにできるものではない。明らかにオーバークエスト。であるが、党員に命じて自分は祖母の傍らで待っている、などということができない性質である。
しかも祖母の延命のため、という目的がバレれば妨害されるに決まっていた。なんせ敵の多い人なのだ。党の保有する空中駆逐艦「アヤブルーン」をベースに、綾波チンの飛行能力バフ(本人は飛べないが他人を飛ばすことができる)と、優秀なテレポーターを3人連携で用いて、チンに飛ばせてもらったり、そのチンをテレポーターが回収してアヤブルーンで合流、など目がまわるような忙しい攪乱ルートを使い、交渉を行ってきた。言語的なこともあれば残念なことに戦闘寄りのこともあれば、今回のように変態的なものもあった。
ネルフの組織力を借りられればだいぶ楽にはなるだろうが、頼らなかった。
あくまで綾波レイ個人として。ひとりの孫として。100%私情で。
だから他人は関係ない。頼れない。まあ、表沙汰にできん案件が多いのもあるが。
メキシコでの「テスカトリポカホスピタル」アフリカでの「ガダラの豚の首」半島での「タコゲーム村」ギリシャでの「青銅大心臓」の一件など永久に秘密にするしかない。
だが、自分がネを上げればそこでこの旅は終わる。実のところ、完成図が見えているわけではない。それらしいものをかき集めているだけ。どうすれば祖母を助けられる代物が製造できるのか、誰も知らない。だが、やってのけなければ確実にその日がくる。
すでに綾波脳病院の、医療都市しんこうべの総力全知全能は結集したあとのこと。
それでも足りない。生き死にには届かない。祖母は去ってしまう。無力さと自己満足と焦燥で知らず唇を?み切るのでツムリによく叱られる。そのツムリとてメキシコで半死半生の目にあった。チンの到着があともう少し遅れていたら。世界は広く、人の命はすぐ遠くへいってしまう。・・・こんな時間の使い方は間違っているのだろうか。誰も教えてはくれない。そもそも命じられてもいないのに、こんなところに飛び出てきた。いるべきところはどこなのか・・・・己の立つところこそ世界の中心、などととても思えない。愛が自分を動かしているのか、ただのわがままの惰性なのか。弐号機パイロット、惣流アスカ彼女ならなんというだろう。葛城ミサトや赤木リツコ博士、碇(元)司令や冬月相談役、加持兄弟、日向青葉伊吹のオペレーター三羽ガラス、洞木ヒカリや鈴原トウジ、相田ケンスケ山岸マユミなど・・・渚カヲル、火織ナギサ、霧島マナ、真希波マリ、彼ら彼女なら・・・・・・・
ここまで頑固なまでに約一名の名前があがってこないが、他意はない。
そして、次の交渉現場に向かう直前に、祖母危篤の連絡を受けた。
<碇シンジへの好感度情報>
しんこうべ市民=変動なし
聖母派=変動なし
聖レイ派=変動なし
聖事派=変動なし
アンチレイ=変動なし
外綾波=変動なし
綾波党=変動なし
綾波レイ=心は千々に乱れつつ。戻れば終了、戻らなければ残された時の無駄遣い。思いは引き裂かれる。これで好感度のことなど考えられたらもはや好感度ジャンキー。