「ふーむ・・・・”外綾波”の勢力、ねえ・・・」
眠る場所、生活空間が違うのだから、情報共有は自然に同席できる食堂、朝食の席ということになる碇シンジと鈴原ナツミである。女学院らしい清い棲み分けではあるが、速度の面で問題があるが、女学院内では通信端末の使用は禁止されており状況的に致し方なかった。安全圏の安全度を高めるためである。おまけに、碇シンジの方は鈴原トウジのことを黙っているのだからそも共有、にはなっていない。
ただ、情報の質的にはレクチャーに近い。
立場の上下とは、などと考えてしまうような細い神経ではない碇シンジは鈴原ナツミの話にじっくりと耳を傾けた。
もちろん、朝食を味わいながら。パンは焼きたてでやはり美味しい。これで話の内容が本日のしんこうべ観光について、とかなら言うことないのだが・・・「そうなんです、シンジはん。要注意ちゅうか特別警戒ちゅうか、エンカウントしたら逃げた方がええ人らですわ」・・・兄と同じようなことを言っている。
綾波レイの親戚筋だろうから、なんて甘く考えてぼんやり構えていたらひどい目にあわされる可能性が高い。綾波党党首、綾波ナダに呼ばれた、つまりは未成年であろうと客人の立場(もちろんネルフ的なそれもあるが)である碇シンジに、しんこうべの住民は積極的に手を出してこないだろうが、外綾波にはそれがない。綾波党とはまた別の勢力、別の理念で動く。客人扱いはまずされないであろうから、関わらないのが一番。高価値な人質に使われる可能性すらある。鈴原トウジの早めの警告は全く正しい。
党首は危篤、この地で最も頼りにすべき知り合いであるところの綾波レイも不在どころか行方知れずときている。これでそんな、何を考えているのか謎なヤバ勢力と関わるのは愚か者のすることである。安全地帯から鉄の火花が散るのを遠くから眺めているのが賢い身の処し方である、と、リアル現代賢者の血筋の者たちからの警告であった。
まあ、綾波レイがこの地に立って風雲を迎える背中などをその目で見ようものなら
別の心配をせねばならないのだが。
きっと。
安全圏で危難が去るまで膝を抱えてテーブルの下で耳をふさいで何も見ずに隠れている・・・なんてお利口なマネができるかどうか・・・・震えるよりも震わせるほうだからな・こいつはこのひとは・・・・離れていても鈴原兄妹の認識はシンクロ100%。
ただ、なるたけ正確な情報は与えておいた方がいい。なければ足りなければ己で取得しにいくタイプ。
外綾波、なるザッパな名称の中の「何」を「誰」を警戒すればいいのか、赤木ナオラーコらは鈴原ナツミに伝えていた。それ専門の情報分析官でもなんでもない中学女子ではあるが、それを伝えてくるナオラーコたちのことを知っている。
データ的に危険度判定できたわけでもないが、「あれだけ」のことをやらかせる彼女たちが「気をつけろ」というのだから従わない理由がない。
自分に言ったわけではない、「あの」碇シンジに伝えること前提でそう言うのだから。
どうやって伝えればよいのか見当もつく。逆に言うと、分かるように伝えねばならない。
血族系の話など、込み入ってややこしいに決まっておりどこからどこまでが真実なのかウソか大げさな紛らわしいホラ話なのか分かったものではないので、綾波ナダの血筋が本家で本部、今回問題になっている、なりそうな外綾波が分家で海外支部、というザックリさをベースとする。仲がいいのか悪いのか、なども部外者が分かるわけもない。仮面ライダー的な展開だと、番組後半でやってくる海外幹部が本部メンバーとうまくやっていく描写は少なかったような・・・まあ、悪人だから、という面もあるだろうけど。ともあれ、単独で強烈な異能を誇る人材もいないわけではないが、集団として異能が優れて強く、数を代表してやってきた、というのは重みが違う。本家の代表が死にかけた状況ならなおさら。ただの強さ比べである喧嘩なのか、領土を奪う戦争なのか。
それを開始する能力を備えているのか。限定されたルールで行うのか、全て無視して拡大解放していくのか・・・収集した膨大なデータをもとに予測演算し、天才なら分かるようなレベルでナオラーコたちは一生懸命伝えようとはしてくれたのだが、鈴原ナツミも残念ながら勇者であっても学力は一般中学生のエリア内であるのでカンで把握して。なんとか。
危険度SSR!絶対にかかわってはいけません!見かけたらすぐに逃げること!
「吹雪神林」・・・左目が白銀色
「綾波緑豹」・・・右目が濁った緑色
「天霧オボロ・ウシオ」・・・常に薄目状態でうっすら赤がのぞく。寝てはいないらしい。
「裏綾波カイ・カイニ」・・・目は健康状態なのに包帯でわざわざ左半分を隠している。
とはいえ、分かっていることが名前と目の特徴だけ、というのがなんとももどかしいが、顔写真その他のデータは門外不出。名前すら微妙なラインだが不要な接触を避けるためギリギリ許可が出たのだという。達人ほど殺気を抑えるのが上手く、初対面時は弱キャラに見える、というのがお約束であるが、身内として血の掟的な何かがあるのだろう。
VIP情報をわざわざばらす、というのは敵対行動以外のなにものではないのだし。
鈴原ナツミにもなんとなく分かるのでそれ以上の追求もしなかった。やばいと分かっているのだから現地のえらい人たちがトラブルが起きんように囲うなり安全距離をとるなりなんかするやろ、と思ったのもある。ナオラーコたち直近で保護しているのは綾波党であるのだし。
その義理は当然守らねばならないだろう。女学院内に踏み込んでくることもなかろうし。
ただ、不思議に思うことは尋ねた。これは碇シンジのためというより単純な好奇心。
裏綾波、あたりはまだ分かるけど、「吹雪」や「天霧」姓は、なんなのか?綾波でなくなってるし。それでも外綾波の分類にしてある、ということは血筋はそうなのだろうけど。
駆逐艦にも、艦船を擬人化したゲームにもさほど詳しくない鈴原ナツミは疑問に思う。
女子なので、異能バトルの強度とかにはあまり興味がないのであった。
聞いた感じ偽名でもコードネームでもないらしいのがまた。ナオラーコたちがよろこんで説明してくれたのだが、綾波の姓をものすごく意識してそうなっているらしいことは分かった。そういうものなのだ、と暗記してしまうしかない。藍より青し、みたいなもので。
危険度の高いらしい外綾波のメンバーもこの6名だけでは当然なく、それぞれに同行者がそれなりの数ついている。
それらまで把握して対策を練る、というのも現実的でも中学生のすることでもない。
危険な場所、危険な人物、危険な空気からは遠ざかる。それが君子の道というもの。
戦闘準備に時間と物資を必要としないのが異能バトルの便利なところであるが、それでも
「まだ」戦争は始まらない、というのがナオラーコたちの現時点での判断。
「まだ、いっしょにいてくれても・・・大丈夫だと、おもうのら」
「また会えてうれしいけど、いつでも戻る準備をしていた方がいい・・よ」
「危険度は上昇する一方でつから、帰れって言う方が親切じゃないでつ?」
戦争は始まらなかったけど、3人幼女のケンカがはじまったのでなだめるのに苦労したとか。
「よく分かったよ。ありがとう、ナツミちゃん」
きちんと礼の言葉をのべるのもまた。鈴原トウジも告げなかったことをその妹から説明されるとは内心驚きであったが、同室メンバーの情報収集レベルからすると納得ではあるがそこからあっさり引き出せるのも勇者パワー、いやさ人徳であろう。感心する碇シンジ。
やはりついてきてもらってよかった。我ながらナイス判断!やっぱり女学院に男がそのまま混じれるわけないでしょ!!18禁のゲームじゃないんだから!!通訳というか意思疎通役の女子は必要ですよ!
「いやあ。お役に立てましてなによりですわ」
しかもこんなことを言ってくれる。勇者・・いやさ人間力がお高い!。グッドガール!
トウジのこと、秘密にしててごめん!この安心感を共有したいけど、ごめんなさい!
人間力が低くてすいません!笑顔の碇シンジが腹の中でそんなことを考えているとは・・
・・・(なんか言うてないことがあるな・・・)だいたい察している鈴原ナツミである。
ただ惣流アスカのようにぶん殴ってゲロらせたり綾波レイのようにズバッと切り裂いたりはしない。とりあえずは待ちの一手。まあ、いきなり部屋もなくひとり聖堂に放り込まれて寝袋、という身の上に同情したのもある。寝不足気味でもなさそうなので抗議したりはしない。これからも聖堂生活であろうけども。ある意味、貴重な敬虔経験として清らかに生きていってほしい。綾波先輩が知ったらなんて言われるか、予想つかんけど・・・・
「あ?もしかしてお前、碇シンジか?」
他の生徒が来ないうちに特別に早めにあけてもらっていた食堂に誰何の声。声はそれほど変わらない。碇シンジは知っている。鈴原ナツミの知らない女の声。敵意ではないけど完全に上から。碇シンジの身分や身の上を知っているならもう少し配慮しそうなものだけど・・・いや、昨夜の師匠さんのこともあったか。それなのに、「もしかして」とは。
「え?生名サン?・・と、向さんと・・・弓削カガミノジョウ、くん?」
碇シンジがあっけにとられている。完全に予想外のメンバーが現れたらしい。師匠の時も予想外だったので2日連続となる。声をかけてきたのが生名、という女性で眼力といい身にまとう迫力といい、見た目年齢が明らかに卒業年齢をオーバーしているあたりスケバンにしか・・・いや、スケバンだから単位が足りなくて留年しまくった結果なのか・・・
ジャージなのは改造制服を没収されたせいか・・・そうなると、両脇の向、という可愛らしい女の子・・小学生か中学入りたてか微妙な初々しさの体操服姿は・・・もう一人の弓削カガミノジョウとか呼ばれた眼鏡の知性煌めく面差しのクール美少年は飛び級で大学に通っていてもおかしくはないけど、ここが女学院ということを考えると・・・え?美少年だよね?体操服も男子用だし。胸から判断するのもアレですけど・・え?マジ男子?
つっこみたい!つっこむしかないメンツが登場してきたけど、シンジはんのお知り合いなら失礼なマネでもできん!黙って紹介してくれるのを待とう!ホンマに男子なんかとかも
「かわってないけど・・・碇さんですよ。おはようございます!」
「成長期なのに成長していない・・?この人らしいといえばそうかもしれませんね。でも向さんが言うなら間違いありません。弟さんでもなく本人ですね。おはようございます、おひさしぶりです」
「ウソだろ・・・あの時のまんまじゃねえか・・・いや、まあ、こいつならアリか。そういうのもな。こっちを覚えてねーんならシバいて思い出させてやろうかと思ったが」
「それ矛盾してません!?覚えてないなら別人の可能性もあるし!任務の都合で知らないふりをしないといけなかったかもしれないでしょう!?」
「知るかよ。てめーの都合なんざ。ま、元気に生きててなによりだ。あ、テーブルこっちに寄せるか、お前そっち持て」
「いいんですか?こういう学校食堂のテーブル移動とか・・・教室じゃないんですから」
言いながらすでにテーブル移動にとりかかっている碇シンジ。動きがナチュラルにパシリすぎる。「うわ、師匠がにらんでる・・・あ、生名サンがガンつけたら何事もないように味噌汁鍋の方へ」「睨んでねえだろ。人聞きの悪いこというなよ。こっちにゃ立場があるんだ」「ダイサンさんはいないんですか?」「来れるわけねえだろ、こんな女学院によ」
「僕は交換留学生枠なんです。今年度初めての試みのようですが、それ用の館をまるごと用意してあるのは驚きでした」「コーヒーのおかわりいりますか?それともお紅茶?フルールジュースがとってもおいしいよねえ」流れるように、テーブルが合体されて5人席に。
コンビネーションの滑らかさはもはや日常レベル。え?この人たち、ひさしぶりに再会したんだよね?・・・・・鈴原ナツミは勇者、いやさ人間力が高めなので突如発生したちょいハブ距離感に嫉妬したりしない。
ちょっと驚いただけだ。ダブリをルサンチマンしているシンジはんがこんな滑らかに・・・・どう見ても年齢3人バラバラやし、どこで一緒になってたのやら。夜間学校的な?
「それで、こちらが鈴原ナツミさんです。同じ学校に通っているクラスメイトで、僕の親友の妹さんでもあります」流れるように紹介もされた。「「「・・・・・・・・」」」3人が目を合わせて何か言おうとしていたが、結局何も言わなかったのはなんだったのか優しさなのか同情なのか。この3人が碇シンジのことをどこまで把握しているかによるけど!
「あたしは生名シヌカ。こっちの小さいのが向ミチュ。あっちの眼鏡野郎が弓削カガミノジョウだ。この碇シンジとは、島の学校で一緒になった仲でな。まー、そっちも似た様な事情だと思うから説明は、いらねえよな?・・・「TRICK」の上田と山田みたいなもんだろ?こっちはそうだな・・・「神宮寺三郎」の熊さんと明治組若頭の今泉と秘書の洋子さんってところだ」
「あっ。はい・・・・よろしゅうおねがいします」
わざとなのか、たぶんわざとなのだろう。テキトーなことをほざいているようでいて高度な会話術なのだろう。・・・異論を挟める眼力でない。絶対にただの学生なんかではない。
でも、どっちが山田で上田なの?・・・むむむ・・・つっこみたい・・・・
「いりますよ説明。竜尾道からの交換留学生、とかいうのはまだギリギリ許容できますけど、生名サンの女学院立ち入りはアウトでしょう・・・どうやって神鉄さんの目を誤魔化せたんですか?後学の為にぜひ」
「教職研修と警護の合わせ技ってところだな。こんな機会でもなけりゃこいつら外に出してもらえねえからな。短期間だが、そういうのもいいだろ」
「僕はそこまでではないですが、向さんは・・・。無理を聞いてもらって生名サンには感謝していますよ。まさか、ここで再会するとは思いもよらなかったですが・・・ああ、念のため確認したいのですが・・・性別は、変わってはいないのですよね?」
「ここのパン、おいしいよねえ。あ、このバター塗ってみて?すごくおいしいから!」
「あっ、はい。ぬりぬり・・・・ほんとだ!美味しいわあ」
この3人の詳しいことはまたナオラーコたちに聞けばいいのかな・・・それとも聞かない方がいいのかな・・・偶然の再会・・・この地がこんな状況でないなら、ただ楽しんで祝っていればいいのだけど、知り合いであるからこそ、シンジはん、碇シンジ、この人を背中から狙えるとかなら・・・興覚めなことを言ったりせねばならないのは。こんなにパンもバターもジャムも美味しいのに。「綾波党との協定で僕たちの情報は制限されています」
「え?」
クールに、アイスコーヒーが絹のように喉を通り過ぎていくように美少年ボイスが。
「ですから、怪しまれるのも当然です。さまざまな勢力、派閥から買収されて彼の背中を差し貫くかもしれない・・・」言っていることはずいぶんと剣呑なのに、場の空気が悪くも乱れもしない。向ミチュですら平然としている。そもそも、内容を理解してないのかもしれないが。「でも、信用していただきたいのです。碇さんの亀山君役である貴女には」
キラキラと理知の輝きをまとうセリフにはたいていの女子が無条件でOKを出すに違いない。碇シンジがそのままであっても、時が過ぎゆき、弓削カガミノジョウは高校生ながら遠隔で超有名工学系大学院で熱心に講義を受ける、その名の通りの学生の鑑というべき真面目スチューデントとなっており、それとキラーホスト真っ青のイケメン眼鏡イケメガネともなれば合わせ技でさぞかしモテモテ無双の女子ハートエレキングのはずだが、そのあたりは中学一年のあの季節とあまり変化はなかった。もう小学生ではないからあともう少し待てば、罪作りな年下好き、なんてことはストライクゾーンが兄寄りの鈴原ナツミには全く関係ない。
「あ。亀山くんはカヲル君だから、神戸さんかなあ。及川ミッチー、鈴原ナツミッチー、みたいな」
碇シンジからなんか頭悪そうな謎の修正要求が。「左様ですか」「さようでっか」でスルーしておく。イイ感じでハモってしまった。それが決め手でもないが、信用する。
自分なんかを、言葉遊びの一環とは言え、相棒ポジにすえてみせるとは・・・その眼鏡が節穴ではないところを見せねばなるまい。そういえば、この人たちは自分が碇シンジと同席していることになんの疑問も感じてない顔だった。この綾波女学院で不意に出会って、そんな反応とか。どんだけ器が大きいのか。普通考えたらおかしな話なのに。
「ま、何か困ったコトあったら声かけろや。バイト代次第で考えてやらあ」
朝食を終え、立ち上がりながら生名シヌカが言った。碇シンジと鈴原ナツミ、両方の目を見ながら。強きをくじき弱きを助ける、もう絶滅したはずのスケバンアイズで。
ちなみに、生名シヌカらがジャージだったり体操服だったりしたのは健康のための早朝ランニングをしていたわけではなく、深夜に何かあってもそのまま逃げられるように、という心構えのためだった。日常的にそうなのか、現地の空気がキナ臭いからそうしているかは分からないけど、「タイミングがあえば、連れて逃がしてやってもいい」といってくれる存在は有難い。仏的キャラクターではないけど。更生し損ねた純正スケバンだけど。
まさか、現役でもなし、ケンカするならつきあうぞ、って話ではないよね?
緊急避難のことだよね?そうだそうだ、そうに違いない。武闘派こそ退くタイミングをよくわきまえているもの。向さんとか絶対バトルとか無理でしょ?・・・・だよね?
思わずその後姿を拝んでしまう鈴原ナツミ。「どうしたの?」「いえいえ、有難いなと」
「そうだね。縁は異なものありがとう、だね」
そんなことを言いつつ、竜尾道での物語を鈴原ナツミに語るでもない碇シンジである。
「じゃあ、僕はいったん聖堂の方に戻りますよ」
「の方、とかいってそのまま市街に出る気やないですよね?自分ひとりで」
「いやいや、聖堂にて綾波さんの無事とお祖母さんの回復を祈りますよ」
「じゃ、うちもそうさせてもらいますわ」
「未婚の女の子が男と名のつく生物といっしょに祈りをささげてしまうと、婚期が遅れるらしいから、ナツミちゃんはちゃんと授業を受けた方がいいよ!」
「片づけられんお雛様か!どんな呪いですか!ウソつかんでくださいよ!」
この野郎・・・やっぱり一人で市街をサーチ爆走する気でおったんか・・・・
まあ、そうやろうな・・・大人しくここで待ち続けるタマやない。とはいえ、一人で行かせれば、トラブルをこさえ続けるだろう。その可能性が非常に高い。兄の親友に向かっていうのはあれだが、碇シンジの内部何割かは、確実にひとでなしセンスで占められている。
文学的好意的に表現すれば、星の心、ビッグ・ユー、ジャイアント・ハートということになろうが、一般市民が迷惑する率は減少させたい。
なんせここは綾波先輩の地元なのだから。愛着があるだろう。
そこまで気をつかわんでもええやん、と自分の内から声もするのだが、現状、碇シンジの傍には自分しかおらんのだからしょうがない。エヴァとか異能とか封じられて、素の体でいっぺん痛い目にあわんかな・・・と、までは思わんけど。
置いてかれそうになってこうもアタマに血が上るとか・・・あかんな・・・自重せねば。
碇シンジの碇にならんといかんのやから。あ、もちろん、碇姓になるとかやないですよ?
安全圏を意識するための足手まとい。それが己の役割。誰かが引き留めてやらねば。
「なにかいいアイデアはある?ナツミちゃん」
ここで待っているのが一番正解なのだが・・・それでは彼を止められない。
そこそこ安全で、周囲にあまり迷惑をかけないやり方・・・・・なんか冴えた手段を提案しなければ・・・この高度情報社会において、当人に連絡がつかん、というのは歯がゆい。
どこですれちがっているのか認識できないのは、もう苦しい。心は手でつかめないあたりは古代から変わりなしなのだけど。・・・それから、もしかしてこやつもノーアイデアだったんじゃあるまいな・・・情動のままに駆け抜けてロックンロールする気だったのか。
「回復を、祈願するとかどうですかね・・・?」
もし、綾波ナダが意識を取り戻して元気回復したら、状況は一変する。現地の問題が全て解決するわけではないけど、少なくとも自分たちが右往左往往生することはなくなる。
キナ臭くてグチャグチャな雰囲気になろうとも、惑わされず通すべきスジは通す・・・
兄やんならそう言ってくれるのではないか。自分の知恵程度で碇シンジをどうにか制御できるなんて思わない。それでも、自分が信じて納得できる方法を提案するしかない。
「地元の、霊験あらたな神社さんとかお寺さんとかでもええですけど、もちろん教会とかでもええですけど、まずはそれをお祈りするんはどうですか?綾波先輩も、そうしたい・・・かもしれんですし」
女子供の浅知恵だと笑われても。お医者はんにそんなんどうなん?とも思うけど。
むしろ医学優先でそういうことまで手がまわらん、ならこっちがカバーしてもそれは悪い話ではない、と思う。もちろん、ガチンコの信仰をもっているわけではない小娘の、ただの思いつきにすぎないけど、まあ、単に自分がそうしたいだけなのもある。綾波先輩が祈る、というのは実はあんま想像つかない。黙ったまま己の実力ひとつでなんとかしそうな。
「それはいいよ!そこは盲点だったよ。綾波さんはあくまで自分の腕力でなんとかすることしか考えないだろうから、そこを僕たちがフォローする!冴えてるねナツミちゃん!」
両の親指をこちらに向けて高速連打してるのは、見えない「いいね!」ボタンでも押してるのか。評価してくれるのはうれしいけど、動きが芸人くさくてリアクションにこまる。
笑えばいいのか照れとけばいいのか。綾波先輩に対する人物評が同じなのは密やかにウケたが。ともあれ、納得してくれたのは助かった。「そんなことしてる場合じゃないだろ!綾波さんの一大事なんだよ!!」とかキレ気味に怒られる可能性も考えてはいたのだ。
もちろん100%、それでよし、と思ってるわけでもなかろうが、後輩を前に先輩らしくふるまえるのは、その程度に精神的な余裕があるのはいいことだ。何様目線か、と己につっこんではおくけど。そんなわけで、「綾波さんのお祖母さんの回復祈願・寺社めぐり」プランは、あっさり女学院側の許可がもらえた。安全圏から外に出たなら勝手にくたばれ、という・・・ことではなさそうだったし、名目が名目だから「ダメ」とも言えなかったのだろう。その点は考えてなかったのだけど、シンジはんはそのあたりを考慮して、いいね、と喜んでいたのかなあ。そうなると、ただの言い訳に利用されただけかもと思うと複雑な乙女心。女学院を出たとたんにそこらでチャリンコを自分だけ調達してマッハで消える、なんてことは・・・
とか考えてしまって、ごめんなさい。
長田神社、生田神社、湊川神社、といった有名な大神社にタクシーで直行すると、めっちゃ真剣に祈ってました。神前において鬼気迫る、というか、ゴリゴリ、と音がするほど。
どのくらいの精神エネルギーを消費したのか測る尺度などないけど、それぞれ一時間ほど、人様のお邪魔にならぬ片隅でやっていてもどうしたって目立つ。
周囲の様子を見ながら、そろそろ限界かと判断して袖を引くと次にいく、というような調子。
「綾波党の党首はんが回復されるように祈ってます」などと言えば排除されることはないだろうが、神域にも人の常識というものがある。少なくとも人目があるエリアではそうするべき
・・・大汗を流しながら真剣に祈り続ける碇シンジの横顔の色気ときたらもうたまらんものが・・なまめかしくも性を超越した・・・いやいや・・・神聖なるものがありまして。
30分は見惚れてしまうからもう少し早く移動要請すべきなのかもしれないけど、どこまで想っているからこういう横顔になるんだろう、とか考えると女子としてこれは。祈って問題解決するとは思えないけど、本来爆発発散される精神エネルギーがここまで真摯に凝縮されたのだから、どこかになにかに届いてもいいのではないか・・・自分としては、それを祈った。綾波先輩の身の安全とかもないわけじゃないけど。
事情知らんとなんかヤバいヒト、迷惑系の何かと誤解されんよーに、説明役を果たすのが大変なんもあるけど。貴人のオーラはあるんやけど、同じ分量で鬼神かつ奇人でもあるからなこの人・・・。大人しゅう祈るだけでも面倒みんとあかんとかホンマに・・・。
イー!
(とても良いの意)
鈴原ナツミのそんな優し気な横顔が、ひそかに監視かつ護衛を命じられている戦党員たちの好感度爆上げ、ハートをゲットしていることなど、本人は知らない。おおっぴらな党首ナダの回復祈願などは、実は彼らがやりたくてもできなかったことであり、それをまさか危険厄介(過去には後継者の誘拐歴あり)人物、デンジャラスボーイ・碇シンジがやる、やってくれるとは夢にも思っていなかった。しかも安全圏からわざわざノコノコでてきてである。学生が授業時間に、と指摘するほど戦党員の器も小さくない。
仕事には厳しいが、戦党員ひとりひとりの家族の事情もしっかり把握し声をかけ場合によっては金も出す、ゴッドマザーたる綾波ナダの危篤には彼らも心が折れかけていた。
出来ることなら神でも仏でも七福神でもなんでも祈って回復を願いたかった。だが、立場上、そんなことを公には出来ぬし、場合によっては戦争状態になりかねぬ微妙な時期であり、それが外敵であろうと血族であろうと、戦うことを恐れも厭いもしないが、大恩人党母たるナダの死を悲しむ時間もなく次代に行進し続けるのは・・・いやさ、ただ死んでほしくない、まだまだ生きて自分たちを見守っていてほしい・・・ただそれだけの願いを代行してくれた・・・もちろん、そんなことまで考えてはいないだろうけど思いは救われる。
戦党員たちへの地道アピール・・・まさか鈴原ナツミもそんなことを考えてはいない。
碇シンジ本人はどうなのか、分からないが・・・中学ダブリとはいえ、あの碇ゲンドウの息子であるのだ。禁断の知恵の実がワンサカ成るネルフの樹下で育っている。
戦党員たち以外にも、その祈る姿を見ている者たちがいた。意図を測りながら。
小僧の小細工、と見る者もいたし、神前において浄化されぬケタ外れの邪悪を感じた者もいれば、天使を虐殺しまくっておいて唯一でもない転写されまくった神に首を垂れるアンバラ愚行を笑う者もいた。その行為をそれぞれの立場から自由に評価し疑問し納得していた。音も光もサイオニクス戦士たちが感じる予感とかもなかったが、波紋が疾走したのだ。
綾波党が支配する、このしんこうべの地に。支配者などはころころ変わり、これからも。
地に波紋がひろがるのを天上から観る者がいれば、どう感じたか。
「そろそろお昼にしまへんか?女学院に戻ってもええし、次の神社はんにいくんやったらどこか途中のお店で食べても・・」
サポート役の鈴原ナツミとしては気のすむまでやらせるほかない。ここまで入り込むような有様になるとは思いもよらなかったけど、疲弊具合もハンパではない。シャワー浴びせて着替えさせた方がいいとも思うが、そこまで言うとオカンになってしまうので。碇シンジが納得するまでつきあうつもりではいたので、希望を聞きつつこちらの判断に沿ってもらえるよう
「もう戻るよ」
気をつかったのだけど、意外な返答。「あら。そうなんですか」今日はまる一日、これに費やすのかと。もうエネルギーがカラカラに尽きた、というわけでもなさそうなのは眼の光を見ればわかる。光、というか、怪しく渦を巻いている。
これは・・・神のお告げを聞いた、とか言い出すんやあるまいな・・・?
「僕なりに、綾波さんを呼び戻す努力をしなくちゃね。無駄かもしれないけど、僕なりに」
「シンジはん・・・」
こうなると、綾波ナダの回復についてはどれくらいの真剣度だったのか知れたものではないけど、どうせ他人に分かるわけがない。もしかしたら神様にも。とにかく葛藤があったのだろう。それを抑えて、なんか理性的に、効果的ななにかの手法を思いついたとか。
これでシンジはんに対する綾波先輩の好感度がゼロとか、それに近かったら、なんかまずい行為に発展しそうで恐ろしいが・・・多少はあるよね?ちょっとスレ違いがあってもあとで話せば許してくれるくらいの関係性は構築されてるというか担保されてるよね?
鈴原ナツミのえらいところは、こういうことを考えて内心汗タラタラでもとりあえず顔には出さないで話を聞き続けられること。悪い予感がしないでもなかったが、先を促した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
碇シンジが語った「とあるキラーコンテンツ」を利用する手段には絶句するしかなかった。
タイトルは・・・・・「帰ってきてくださいウルトラマンモノ」