「そう、勝ったの」
 
 
VSの結果を告げられても、己の予想が的中したことにも、淡々とした赤木リツコ博士。
 
 
単純に疲労の色が濃いだけか、それともようやく一息いれた「遠隔作業」が芳しくないのか・・・・事後処理のクソ忙しい中、なんとか時間をほじくり出して賢者のもとへ足を運んだ三羽ガラスは心配になってくる。
 
 
「・・・・あっちもなんとか逆転したから」
 
一応、負担にならぬよう顔には出さぬようにはしてあるがそんなものはすぐに見抜かれ。うっすら笑ってくれたところからすると、逆転、というのは状況の好転のことであり、まさか船体の転覆のことではあるまい。たぶん。聞くのが怖いが、確認はせねばなるまい。
 
 
竜尾道泳航体の内部にとどめ置かれている四人、碇ゲンドウ、葛城ミサト、加持リョウジ、そして、惣流アスカ。碇ゲンドウが何者かに襲撃され瀕死の状態であり、その実行犯が葛城ミサトである、と現地の人間に疑われて拘束されており、ほぼ行動をともにしていた加持リョウジも共犯の疑いがかけられ、厄介なことに碇ゲンドウの意識が戻らず二人の疑いを晴らすことができない。・・・・・・まさか、本当にやった、わけでは、あるまい。
 
 
ただの地方都市の地方警察が相手ならばともかく。人類の天敵、使徒をも泣かす力を持ったネルフ総本部であるが、相手は海の上、いろんな意味での暗黒海域であり、おいそれと手出しが出来ない。そうできぬよう政治的バリヤーの段取りを調えたのが碇ゲンドウであるのだから皮肉ではあるが。
 
 
早い話が絶体絶命のピンチ中のピンチ。さらに間の悪いところに、そこに惣流アスカが降り立った。即座に離脱すればまだしも、本人の意思で残っているのだからもはや。
 
エヴァもない十代の少女が、疑心暗鬼の竜宮城でどんなもてなしを受けたのか。
 
これも考えるだけで胃が痛くなる話で、当の本人、葛城ミサトにしてみればどれほどの苦痛か。てめえが濡れ衣着せられるだけでも相当であるのに、これで少女が傷つけば。
 
 
 
「碇・・・司令が、回復なさったんですか」
 
伊吹マヤが問う。司令、うんぬんは口寂しいから言ってみたわけではない。さすがに発令所の表舞台ではまずかろうが、ここは賢者の秘密の小部屋。先の話を加味してもよかろう。
それだけに予想自体はごくまっとうなもの。碇ゲンドウが意識を取り戻して、真犯人を指摘すればそれでいいのだから。・・・・まさか、本当にやった、わけでは、あるまい。
 
 
 
「いや、アスカが、あの子が、解決したのよ」
 
警察の手の及ばない絶海の孤島で、その場にたまたまいた、学生探偵が事件を解決!!・・・・・・なんてことは、さすがの日向マコトでも口には出せなかったレベルだ。
顔には出していたが。
 
 
「碇司令が意識を取り戻したのは、そのあと。どっちにしろ、状況的にカタがつかないとまた襲われて、今度は全員まとめてやられるだけでしょうからね・・・場所柄」
 
推理小説じゃ、ないのよ、とは言わなかったが。まあ、現地人にしてみればこれは治安維持というかケジメというか、恩讐の手元の話なのだから。惣流アスカの解決、というのは、襲撃者に、襲撃の意思を失わせた、ということなのだろう。ただその手法というか手段は。
 
・・・・・・まさか、惣流アスカが、犯人を、ぶっ殺した、とかいう、話では、あるまい。
 
 
ですよね?
 
 
口に出すとなんか怖かったので、目で問う三羽ガラス。ゆえに、賢者も目で応じる。
 
 
DEATHよ
 
 
じゃない、ですよ、と。そういうことなのだろう。そうに違いない。
 
 
「碇司令が動かせる状態になったら、揃って戻ってくるわ・・・・・それまで」
 
何をすればいいのかは、分かっているわね、と。普通の人間ならば気合いを入れて悪い顔になったりするものだが、賢者とカラスであるので、そのへん、ナチュラル自然体である。いまさらその程度のことで気合い注入の必要もない。ベルゼ司令も副司令の言いなりであるからそうむつかしいことにもなるまい。・・・・それを思うと、あの黒い羽根はつくづく恐ろしい兵器だ。無関心の反転というのも。
 
 
「でも、解決したなら、パイロットだけでも先に戻ることは・・・・」
 
赤木博士にぬかりはないのだろうが、一応確認しておく青葉シゲル。揃って、というのならそれなりの理由があるのだろう。日向マコトの代弁に近いものだが、念のためだ。
 
 
「ああ・・・場合によっては、あの子が一番遅くなるかもしれないわ」
 
VSの参戦には間に合わないだろう、と。あの子はあっちでやることがあるのだと。
 
 
「犯人に、懐かれちゃったみたいでね・・・・安定するまでは」
 
 
離れられない。あの碇ゲンドウを刺した、相手だ。にしても、絶句するしかない。
 
 
一体、何があったのか。それはもう根掘り葉掘り聞き出したいところだが、運命の糸女神のように人知れず働いた赤木博士でなければ。そして、こちら側がもう少し余裕のある状況ならば。
 
 
 
「・・・・・残りは2回ね」
 
VSのことだ。まだ終わっていない。終わった後に何が起こるのかも知れぬ。
 
今回は、絶妙というか絶望的なタイミングで、物事が組み合わさったからなんとか勝てた。
考えてみれば、倫敦の時もそうしたものだったのかもしれない。
 
あれで良かったのか・・・・・・・・とも思うが、試されているのは使徒使いであり、自分たちではない。そして、試練というのは分かりにくいものだ。
 
 
 
「まだ試験が続いているのなら、来るのはエヴァのコピー、もしくは、破壊の使徒」
 
 
今回のアレで失格の烙印を押されて、今頃霧島マナはどこぞの神山の頂で転げ回って苦しんでいるのかもしれない。その可能性の方が高い、という声で金色の髪の賢者は。
 
少々、投げやり気味でもあり、また当たるかどうかは別として、三羽のカラスはありがたく承った。厄介極まるがこの奇怪な祭のおかげで、時間が稼げている、という理解がある。すわ次は自分のところでVSか、と業界では戦々恐々としているわけで、それの分だけ。
 
 
 
「だと、いいんですがね」
 
赤木博士の聖なる仕事場をあとにした三人は、ふと、そんな渋い外国男優めいた声を聞いた。
 
 
 
「・・・・・・・・・」
 
 
日向マコトと伊吹マヤはそっと青葉シゲルの方を見たが「聞かなかったふりをしとけ」的顔をしているので黙っていた。ロンゲの力をもってしてもどうにもならぬらしい。
 
 
「あんなお嬢ちゃんに約束を破られるなんて、ね。ま、時の人に手を出せないのがこっちのサガってやつだけど」
 
妖怪の声だ。それも業界の妖怪、大妖怪クラスだろう。知らぬ仏を護り手に。歩き去る。
声を聞かされたのは評価の証なのかもしれないが、嬉しくも何ともない。急がずに。
時の人、に手が出せぬなら、自分たちはともかく赤木博士には手を出すまい。
 
 
「計画、計画、で長いこと来たけれど、どうにも、流れが変わるのかね、この新世紀」
 
休憩する自販機の辺りまで声はついてきていたが、そこで、消えた。まさか缶コーヒーの匂いが苦手なのではあるまいが。
 
「ふう・・・・・・・・・・あれって」
「まあ、話には聞く」
「調律調整官・・・・・・・・凄いのは権力だけで十分・・・ですよ」
 
 
伊吹マヤが一服、つけた。とりあえず、消されずにすんだようだ。
 
 
「とにかく・・・・・・四人とも無事でよかった」
「そうだな・・・・・葛城さんがやったんでなくてよかった。なあ」
「その点は・・・・・まあ、間違いはないと思ってましたけど、はずみとかありますし」
 
 
赤木博士は、犯人の名まで告げなかった。興味はもちろんあったが、部外のこと、といえば部外のことだ。惣流アスカが制御する、というのなら、海の外から来た組織のヒットマン系ではない。泳航体の運行に深く関わる者だろう。下船の選択もあったはずだが。
 
 
が。それこそ責任あるいい公務員が学生探偵のような時間の潰し方などできるはずもない。
まだVSの対策対応に追われねばならない。使徒戦とは別種の忙しさだった。
ああいった妖怪が影からじっと見ているのだと思えば・・・・・・・
 
 
 
そこに綾波レイからの通信が入った。いつもと変わらぬ冷静すぎる声色。
 
 
 
「次の使徒は・・・・」
 
余計な前置きも一切無い本題。分かりにくいのは現実の唐突さに近い、わけではない。
 
 
海の向こうの事実を検証するより、この地の乱を鎮めねばならない。
とりあえず、惣流アスカは十代女子の身でやり抜いたらしいのだから。
 
 
 
「だけど、興味ひかれんな〜・・・・・」
 
髪がロングなのもこういう時に困りものだよね〜、と日向マコトは思った。
自分は最近ますます困らなくなったしね〜、と。後ろ髪はともかく前髪とかね〜。
 
 
「男性か、女性か、賭けませんか?。それで気持ちチェンジってことで。私は、女性で」
「イイネー。じゃ、オレも女性で。つうわけで、残った男は、マコトな。で、レートは?」
 
 
もちろん、言霊の煙幕として、だよね〜、ふたりとも。不謹慎とかいわないけどさ、でも。
 
目の色が、あんまし容赦なかった。
 
 

 
 
 
自宅のドアの前で、霧島マナがジト目で立っていた。
 
「ひどいよ、綾波さん」
 
 
祝勝会の予定はないが、こんなことを言われる覚えもない。
 
 
「なぜ?」
 
 
言ったとおりにあのタヌキを勝たせたのだから、なぜひどいのか。本当は勝ちたくなかったのか。それとも、こっちの助太刀がルール違反と認定されてしまったのか。それにしたって元来はそれを望んでいたのだからよけいにわけがわからない。
 
 
「・・・・・・・・・」
 
 
聡い霧島マナは顔色を読んだ。言葉が足りないぶん、コツさえ掴めば彼女の顔にぜんぶ書いてあった。伊達に声がクリソツなのではない。目的をはたすためには、なんでもやるぞ、と。その、なんでも領域の差を読み違えたのは自分の責任だ、と悟ることにした。強引に悟ることにしたのだ。むしろ、彼女こそ使徒使いにふさわしいんじゃないかと思う。
 
使徒をしもべとして、取り扱うのであれば。その純粋の実行力。そして。
 
容易に、信じることのない強さ。裏返しとして、そのやばさ。取り扱い要注意、だ。
 
鈴原トウジや洞木ヒカリの理解レベルに一気に追いついた。シンジくんがいたからこそ、そのやばさが目立たなかっただけかもしれない。あるいは渚カヲル君が。
 
 
ともあれ、話をせねば。
試練は、続行される。タヌエルはさんざんだったが、あれはあれでセーフだったようだ。
 
 
配下の使徒が裏切る、というのは、想像の範疇にはあった。そもそも裏切る、というレベルではないのかもしれない。元にもどった、といった方が正しいか。
 
 
けれど、それが自分の能力。666の容量をもった最新の使徒使い。
 
 
デビルマンですらない、エンジェルガール。うーむ、30年でダサイケのセンスは一回りするというけれど、これはもうこないと思う響きだよ。いや、そもそもきてないのか。
 
 
秘密にするしかないような存在。どう考えても、こんなのは、ない。
 
 
公表なんぞしようものなら、毀誉褒貶あるかもしれないが、最期は必ず火炙り十字架だろう。未来予知能力など無くてもそれはわかる。その数が大幅に増えぬ限り。一億人くらいになればおそらく大丈夫だと思うが、百人十人そこらでは。ましてやひとりなど。
 
 
チルドレンだって、けっこういるじゃん!!あげくのはてには、なんか鈴原君とか洞木さんまで参号機にのって活躍しちゃってるし!!あれ、なんなの?ずるくない?ずるいでしょ。こっちにきてくれてもいいじゃない!!チルドレンは複数形だから、いるんだし!
珍しいたって、たかがしれてますよ?ちょっと使徒使いになってくれてもいいじゃない!
 
 
酒をのましたわけではないのだが、ぶっちゃけている。
 
 
「聞いてる!?綾波さん!!いやもう、みそ汁とかいいから!話きいてよ!!」
 
霧島マナが。結局、上がり込まれた。必要事項だけ告げて早々に去るのかと思いきや。
本拠地はあるらしいので、いくところがないわけではないのだろう。
碇シンジのところへいくわけでもなく、なんで自分のところなのか。まあ、市民の生活圏から遮断されたこの幽霊マンモス団地ならいろいろとやりやすいのかもしれないが。
 
 
どういうわけだか、今日は饒舌な霧島マナであり、取り扱いに困った綾波レイは、夕食を煮炊きしながら鈴原トウジと洞木ヒカリに連絡した。「いや、そないな女同士の・・・」難色を示した鈴原君は「連れてすぐいくから」洞木さんが説得して連れてきてくれる。
どういうテンションなのか謎だ。逆効果かもしれないが、とりあえず風呂に入らせた。
ニセモノかもしれないし、単にお腹が減っているのかも知れない。
 
 
風呂に入れば黙るかと思いきや、「やめるわけにはいかない、やめるわけにいかない、やめるわけには、いかないじゃない・・・・」ぶつぶつそんなことを呟いていた。水音の中でも聞こえるのはそれはおそらく漏れる心。思い詰めている。あと2戦。試練の当事者は。
 
 
「本当は、こんな立場(ちから)、壊してもらいたかったの」
 
浴室から戻る直前に、そんなことを言った。誰に、と返す必要はない。決まっている。
壊せるものなのだろうか?でも、彼ならやりかねない。今はどうなのか。
 
それにしても、なにゆえ自分に言うのだろうか。他に適格者がいるだろうに、と思う。
 
 
 
「おじゃまさんでー」「こんばんはー」
 
さすがに急いだためか、手弁当は無し。その代わりによく冷えたジュースを土産に鈴原トウジと洞木ヒカリが到着した。その途端に、霧島マナはいままでの様子を嘘のように収めてしまい、その変化に少なからず憮然とする綾波レイ。それなら二人をわざわざ呼び出すこともなかったのだ。ふたりは納得してくれているようだけれど、と。
 
「あ、ナイスタイミング&ナイスおみやげ!もらっていい?」
「すきにしたら」
 
 
綾波レイは自分が霧島マナに何をしたのかは、分かっていない。血のなせる業かどうか。
赤い目の。
三つ子の魂百まで理論を応用すると、この先も理解することはないだろう。
 
 
ただ、このなにげない夕暮れ時、おそろしく重要なことを、彼女にしたのだ。
霧島マナにも面子があるので、こんなことまでぶっちゃけたりは、しない。
おそらくは、おばさんになっても、おばあさんになっても。
・・・・・・・・そんなつもり、なかったんだけどなー・・・・・(笑)
 
 
「次回もお手を拝借することになるとおもいますが!」
ごきゅごきゅサイダー飲みながら、霧島マナは次なる出場使徒を発表した。
 
 

 
 
 
 
「せめて死にぞこないらしく、生きなさいよ!!」
 
”真犯人”に、ガツンと一発、人生パンチをかました惣流アスカであった。
 
 
 
これが推理小説であるなら、まさしくクライマックスにあたるのだが、いかんせん、惣流アスカは学生探偵でも謎解きが趣味のお嬢様でもなかったため、これもひとつのバスタートラブルであった。てめえのために焼修羅場に手を突っ込んで拾いたいものを拾っただけ。
降りかかった火の粉を払う、なんて、上品ぶる気はない。
 
 
葛城ミサトのためならば、たいていのことはやる気でいた。
 
 
碇・・・もと司令、をめった刺しにした・・・ご丁寧に脳天にトドメまでいれていた、というのだから並大抵の恨みではない・・・・・・「犯人」が葛城ミサトである、とあほなことを告げられて・・・・その瞬間、どう思っただろうか。そんなことあるわけない!!義憤に炎と燃えた・・・・と、記憶している。ちらっとでも疑いなど、しなかった!
 
 
どういうわけか、碇もと司令は、この異形船体ではVIPというか恩人扱いされており、人徳とも思えないから相応の働きがあったのだろう、ともかく、そんな人物を殺されかけた、とあってはここの人間が黙っていない。第一発見者であり動機もありそうでなおかつ相応以上の実力というか腕っ節の葛城ミサトが拘束されたのは、無理からぬこと。
納得できるかどうかは別として。みすみすやられるような普通人類ではなさそうな碇もと司令、なんせあの碇シンジの父親、碇ユイの夫で、ネルフの総司令の席にあった傑物だ。
 
ミサトにとっては非常に不利な状況・・・・無法地帯でこういうことが起きればどうなるか、百も承知の加持さんもさっさと連れて逃げてしまえばよかったのだけど。
そうなれば、碇もと司令、シンジの父親は、今度こそ間違いなく、仕留められただろう。
 
 
碇もと司令が、ギリギリで死亡しなかった、というのが、やはり境目になった。
自分で口出ししなくてもこういうことになるとは、さすがの貫禄というべきか。
これが義理の父親なんかになったら大変だろうなあ、とは思う。まあ、さておき。
 
 
死んでいれば、ミサトも加持さんもそのまま一緒に葬られて魚のえさにでもなっていただろう。真犯人だろうが濡れ衣だろうが。基本、無法地帯というのもあるが、それどころではない事態になっていたからだ。
 
 
この船、実際はなんとも形容しがたいが、めんどいので島船、と呼ぶ、の基本方針を巡って厄介な争いが起こっていた。なんというか、出航してしまった島船に、「元の陸地に戻すように」というなんともいまさらの反対意見が、実力を持って島船内部に渦を巻いて暴れ回ったのだ。超よそ者である自分には超どうでもいいが、それが議論のみならず実力をもって島船内部を支配しよう、ということになれば話は変わってくる。
 
 
この島船を出航させた立役者の一人が、碇もと司令なのだから。陸に戻りたい派にしてみればこれほど憎たらしい相手もいない。ならば先に下船しろ、という話になるが、これがただの船ではない点がむつかしい。
 
島船とはいえ、船の運航は船長の決定するところであろう。が、そこが船ではない島船のこと、そこまで意思を押し切れる存在がいない。いや、いることはいるらしいのだが。
 
 
この島船の竜骨たる、ふたりの姉妹。人であった頃の名を、水上右眼と水上左眼。
 
 
浮くも沈むもゆくもかえるも、彼女たちが決めるだろう、と、運行実務を取り仕切る「竜尾道観光協会」も、基本、そのような考えでいたため静観の構えをとった。とるしかなかった、ということもあるようだが。いまさら反対を通してくるあたり、異能者がずらりとそろっているこの島船内部においても、その「力」は図抜けていた。有力氏族の「向一族」がなぜか寝返ったことで、島船の当初の運営計画はさっそく破綻に追い込まれた。水上左眼が人間時代にせこせこと貯め込んでいた隠し財産がなければ・・・とかいうのは余談。
 
 
隠し財産を削られても、島船の真の支配者、竜骨の姉妹が、動かない。というのは。
 
 
いまさら陸地に、元に戻れ、というのは、明らかに反逆だというのに。
どれほどの力があろうと、船の中では船霊たる姉妹には逆らえない。船板を外されて海に落とされてしまいだろう。しゃれではない。その無敵祟りがなぜ発動しないのか。
 
 
黒幕がいるのか、それとも心の底にある大多数の本音、だったのか。
 
 
正体、不明。
 
 
とにかく、そんな状況で、碇もと司令の襲撃を、100%間違いなくミサトがやった、と信じるほどここの連中も純朴ではない。疑いを捨ててくれるほどそうだったらよかったけれど。ゆるくないのは、あのチョーカーを見れば思い知れる。
外部の人間には説明しにくいどんよりとした非管理の空気。湿気高いのは当然だけど。
 
 
この「自然に帰れ」、じゃなかった、「いまさら陸地にもどれ」派が、島船の支配権を握ってしまったら、いまだ生死をさまよう碇もと司令とその「襲撃犯」たるミサトと共犯者の加持さんは、まとめて血祭りだろう。まあ、その三人の同胞たる自分もおそらく。
 
外部に助けを求めに出れば、その隙に、やられる。巣を守る母鳥の気分、といえばいい気になりすぎだろうか。隙を見せずに、自分でどうにかするしかない。重圧といえば重圧だが、ラングレーがいることでなんとか分担できた。潰されることなく。ドライはこういう局面、ホントに役に立たないが、まあ、それはそれだ。
 
 
命があぶない碇もと司令と身動きとれないミサト、ミサトのほうは加持さんにガード任せるとして、碇もと司令が殺されないよーに信用できるガードをこなしてくれる、こっちを裏切らない「味方」を作らないと動きがとれないので、それをする。
金銭面含めた情報的なバックアップはリツコ博士がやってくれたが、単純に寝ずの番をしてくれるような味方が必要だった。とにかく、やらねばならなかった。
 
 
まあ、そりゃ、助けに来てくれないかなー、とか思わないと言えば、嘘になる。
 
なんせ、自分の父親のことでもあるし、保護者役をかって出てくれた同居人のことでもあるし。とはいえ、実際そうなればなったで、厄介だろうな・・・・
 
 
これは苦労か。自らに問うてもラングレーが返してくるかもしれないので、がまんする。
ただ、まるっきりの白紙、というわけでもない。蘭暮アスカ、などと名乗って滞在していた下地があるのだ。葛城ミサトたちにしても、出航の下準備としてものすごーく危険な作業、先任の地元民でもドン引くくらいの、に従事していたことを知っている機関系の人間の評価が高く、「やるなら一撃だろう、あの手際なら。し損ねるなんてありえんわ」引き込むことも不可能ではなかった。
 
 
最初に、味方にひきこんだのは、島船に降り立った時に睨みつけていた暴走族みたいな連中。いろいろあって碇もと司令に「社長、社長」となついていたのだという。怪しい人材を呼び寄せる匂いでもあるのかどーか。第一発見者兼容疑者となってしまったミサトを捕らえたのも忘れ物を取りに戻ったこの連中なのだというから、見かけによらぬ腕前ということになる。あの司令が一応そばに寄らせていたのだから、それなりに使えるのも道理か。普通に考えれば、こいつらの方が怪しいわけだが。どういうわけだか・・・・
・・・・・・・・なんか疑えないのだ。「こいつらは大丈夫だろ」となぜかラングレーも。
パシリの中のパシリ、パシリキングだから仲間にいれちまえば、便利だ、と。
ひどいことを、と思っていたら。
 
 
「いやー、あの頃の葛城さんは、三分に一回は”あのヒゲ殺してやる”とか言ってましたからねー。しかも軽口とか冗談とかじゃなくてマジもうカミソリみたいな殺意込み込みで」
 
とか紙で出来たリスみたいな口調でほざいてくれるし。なにが三分に一回だ。サイコか。
それなのになんで味方になってくれたのか。まあ、ひどいやつなのだろう。主に頭が。
 
「ミサトセンパイは、やってないんだよな、な?そんなこと、ないよな?」
特攻服のくせにグジグジこんなこと言ってるこの女もなんなのかと思った。なにがミサトセンパイだ。なんでこういう系に慕われてるのか・・・・リツコ博士で慣れてたのかも?
 
妙な連中だからこそ、外見だけでいえば単なる十代美少女の自分の言うことに耳を傾けてくれたのだろう。その点は有り難かったが・・・・なぜかラングレーは黙っているけど。
 
 
そこから先も、苦労だろうか。ミサトの首にあるチョーカーを見ればそんなものは吹っ飛ぶ。あのバカを呼んで、みんな全部沈めて海の藻屑にしてやりたくなる。けれど。
 
 
使徒でもあるまいし。
 
 
なんとか人間の知恵でどーにか切り抜けるしかない。碇もと司令がふっと意識を取り戻してくれたりしたらいいんだけどねー。この問題の正体が「大多数の裏の本音」とかだったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・実際、どうにもならないだろう。
 
 
それを、恐れた。
 
 
けれど。
 
 
「あ、それはない」
 
と、地元住民の皿山たちが断定してくれた。住民代表としては怪しいところもあるが、住人には違いなく。彼らが声を揃えて言うには
 
 
「もし、そうなら、自分でケリつけてる」
 
 
その声は、恐ろしく真摯で。べそべそしていた特攻服の女までうってかわってギラキラした目で。誤記ではない、ほんとにギラ、キラ、していたのだ。その、両方で。絶対の信用と信頼を語る時、そんな目になるのだろう。そんな誰かが彼らにはいるのだ。
 
 
では、真犯人にアテがあるのか、と問うてみると
 
 
「どうしようもないところにいる迷子みたいなもの・・・・かな。自分で降りられなくなった仔猫みたいな・・・・・・いや、なんだよてめえらその目は!貧困な表現で悪かったよ!!あの二人にはもう手がないんだから、届かないんだよ!降ろしたくて降ろそうにも!!なんかそんな感じだろうが!・・・・・・いえ、すみません、ポエム禁止で」
 
ミスディレクションに違いないパシリ男のカン発言を覚えていたのは、やはり最初の味方補正がかかっていたせいだろう。でなければたぶん忘れていた。
 
黒幕捜しよりも外部の介入を考えてもいた。
 
・・・・元の地に戻る、ということはゼーレの天領化する、ということ。
一度逃げたからといってそれでチャラになるはずがない。むしろ面子にかけて再計画する。
 
 
人の情念、というものを、なめていたのだ。
介入はあるにはあったが、これはあくまで現地の騒乱。
 
 
隻念の恨み、とでもいうべきか。周囲の被害も考慮せず、ただひたすらに。己の目的を。
死にぞこないの状態でも、体をずるずると引き摺りながら。果たそうとする。
 
 
元気いっぱいスタミナ満点のタフな「黒幕」を捜していたら、永遠に見つからなかった。
 
 
作業内容的には、かくれんぼの鬼、だ。よっぽどあのバカを呼ぼうと思ったけれど。これを苦労といってよいものか・・・・あきらかに科学では手に負えない系の「危険物」がウヨウヨしているところに隠れていた。そこを発見するまでの苦労?なんか語ってもしょうがないので語らないことにする。リツコ博士のサポートのおかげで味方がそこそこ増えていたのもあるし。夢に近い乱神系のそれはどう対応したかも語りにくい。とにかく。
 
 
”真犯人”を目の前にした。
 
 
さっさと病院に行けバカと言いたくなる包帯グルグルの半死人状態では手加減しそうになったが、人質といっしょとあってはそうもいかない。行方が知れなかったという向ミチュ、という女の子。”モノに対して自分を神様あつかいさせる”、とかいう、一瞬、は?とか思うけど、考えてみると最強レベルの異能でもって島船の機能のあちこちを麻痺させていた。騙されてさせられていた、というのが正しいけど。この子の存在自体にちょっと慄然としたけど、ほんまにやばいわここ。・・・・・まあ、犯人確保が先。人質の安全確保も、まあ、だ。
 
手加減なしに首根っこ引きずり出してやった。これは、自分の情念。
 
え?燃やしたりなんかするわけがない。だって自白がとれないし。
 
 
 
水上ミカリ
 
 
 
それが、真犯人の名。水上左眼のシンパであり、門前の小僧でもあるまいけどエヴァの適格者でもあった。それが才能なのか、竜を操る憧れへの副産物なのかは分からない。
 
 
分かってやるつもりもない。理解するつもりはない。全くなかった。
狂ったように、もどりたいかえりたい、もどせかえせと見苦しく泣き叫ぶ姿に
それだけしか考えていない、人質にとった少女よりも幼く弱く見えた包帯娘に
同じく白い一番手と真反対のそのことに、単にキレただけかもしれない
 
 
ただ一言だけ。平手、にしようと思ったけど、ガツンとパンチだった。