「ホウキ?」
 
 
冬月コウゾウ副司令が日向マコトに確認する。完全静音の副司令執務室であれば、聞き間違いなどあろうはずもないし、理解能力はさらに言うまでもない。再確認の時間のムダをあえてやった、というところであろうか。まあ、理解したくない気持ちも分かる。
 
 
「そうです、ホウキです」
青葉シゲルがあえての言い方。謹厳の執事のような表情でもって。それ以上語らず。
 
 
「物事を途中でやめる方の、放棄、ではなくてですね」
時間のムダを嫌った伊吹マヤが続けた。タイムイズマネー・タイムイズライフ・タイムイズ嫌気性チャンス。
 
 
「”箒型使徒である”、ということです。魔女っ・・のごとく跨り、飛行できますが、これといった戦闘力は皆無、ということです」
 
日向マコトが誤解されようもない見事な発音で答えた。一部がジャンプしたのは、ついいらん表現を用いてしまいそうになったからである。魔女でいいのだ魔女で。これを若くするとなぜか周囲の視線が冷たくなる。とりわけ、この上司の前では避けるにしかず。
 
 
ただでさえ、和やかになりようもない話なのだ。
綾波レイから伝えられた、使徒使い霧島マナが次戦に使う使徒の話である。
 
戦闘力、零。とか。
 
まあ、出し惜しみをしているはずもなかろうから、順当に手駒が尽きた、ということなのだろう。これで勝ったとしても最終戦もどうなるか・・・・奥の手を温存している、とかでなければ。その先に何があるのか・・・・・正直、自分たちの手にはあまる。
つい先ほど通路で出会ったしまった人界の妖怪でさえ、どうにもならぬのに。
 
副司令、司令の領域であろう。なんとかがんばってしてください、としか。
 
 
「なるほど、箒か」
 
もちろん、冬月副司令に余裕がある、と言うわけではない。その顔色のドンヨリ具合も自分たちとあまり変わらないのだ。竜尾道の顛末は当然、聞いているのだろうから・・・・
 
「九号機を、終時計部隊が追いかけ回している・・・・今回はすんでのところで逃れたようだが、時間の問題だろうな・・・」
 
「・・・・・・・・・・」
 
暗いを通り越して闇の話題だ。惣流アスカの活躍で感じた暁の気配が一気に塗り潰される。
VSの間くらいは停止していてもよさそうな、業界の魔波は。止まらない。止まらず、
 
「サード・チルドレン、グエンジャ・タチ。・・・・今、この時にも捕獲完了しているかもしれないが・・・・」
 
子供を、呑む。それをどうこう言える資格は、自分たちにはない。ないが、この身が重い。
鉛を呑んだような、というか、鉛の雨が降ってきたように。天罰ならぬ人罰か。
 
こんな情報、聞かせてもらってもどうしようもない。時計部隊がこの都市に来なくて幸いだった、と思ってしまうだけだ。律儀に三番目を消そうとする潮がある、ということ。
暗くて大きな潮流が。それは年期の入りすぎた人の意思そのもの。単純に相殺するなら相応の時間がかかる。もし、自分たちが生きているうちにそれを見よう、とするなら。
別の、別種の力に頼るしかあるまい。たとえば、使徒を使うような。
 
 
「しかし、なんとか逃げおおせた、ということは、そのタチ君は、相当力のあるチルドレンだってことっすかねえ・・・・一対一、じゃなく、一対多、なんでしょ」
 
ここで軽い口調で話せるのは、そのロングの毛のせいか。直属直下として副司令に慣れている分もあるのだろうが。同じような重みを感じているだろうに、大したやつだ、と青葉シゲルを見る日向マコト。伊吹マヤは眉間に深い皺。遠い海の少年を案じているのだろう。
 
 
「場所が九号機の独壇場である海洋、ということもあるが・・・・・部隊のメンバーが揃っていないことも大きいだろうな・・・・・」
 
 
ぞく。
 
一応、上役でなければ即時悪役認定したであろう、笑みをうかべていた。いや、笑むところではないと思うのですが、と、異議を唱える勇気などはない。揃わない理由を知っているゆえの笑みなのだろうけど、聞きたくない。こうなると、こっちもこっちだし。
能力的にも、とくに耐久力的に、とても信用に足る上役なのだけれど。
葛城さんたち早く帰ってきてくれないかなー・・・・日向マコトは祈った。
 
 
しかしながら、天の使いを敵にしている身の上、何に対して念を送るべきか。
 
 
口に出したわけでもないそのいい加減を責める存在も、地上にはおるまいが・・・・
 
 

 
 
 
人の世の迷い加減よ・もはや待てぬ
 
 
それ以外にはいた。天上から降りかけの、あの地平線が輝くところに御大ジブエリル。
 
その内部に数多の使徒を宿すため、性格的にはえらい系爺さんぽくとも一人で出歩こうが護衛というものは必要としない。単一の全軍団といった破格の存在であるが、ここ最近、なんとも腹立たしいことがあった。これは性格がキレやすい爺さん系だからではなく、内蔵していた使徒たちを何体も盗まれたからだった。使徒って盗めるの?と聞かれても困るが盗まれたのだから仕方がない。それこそが、使徒使いなる厄介な存在。どこぞの毒の槍と違い、抗えぬ蜜、とでもいうか。天の主の気まぐれか、いかなる采配か、そういった引力をもった人間が暦の時と血脈の中に、飛び石のように存在し、波紋の如く伝達する。
その力自体が消えることはないのだろうが、人の命はかんたんに爆ぜて失せる。
内的要因もあれば外的要因もあった。生命自体を強固に保持する使徒を得た者も結局は時の流れに去るはめになる。まあ、すこしばかり待てばよいのだ。百年もかからぬ・・・・
 
 
と、自分が取られたのでなければ、そう思えたのだが・・・・・・・・・・・・
 
 
現代時の使徒使い、神の食料を名にもつ小娘は、けっこうな容量を備えており、ごっそりをやられた。下手をすれば、この身も惑わされていたところだった。が、そうなればそうなったで容量オーバーで小娘も破裂していたことであろうが・・・・・おそらく。
 
儀式が始まれば、使徒たる己たちは目を塞がれ、手を出せなくなる。
それ自体はかまわない。宿命である。なんの異論もない。待とう。
 
だが・・・・・やるなら、さっさとやれ、と言いたい。
やるやる、と見せかけて、途中、中断、一休み一休み、ということを繰り返す。
猶予期間を終わらせ、次の扉を開放し、階段を昇れ、と。
 
百年ほど貸与してやってもかまわぬではないか・・・・・・と自分のでなければ思えた。
取られたものは、天の庭を維持するような、人間好みの戦闘用でないものも多い。どのように使われているかと思うと。
 
 
とにかく、一刻も早く、盗まれた部下使徒たちを取り戻さねば。
 
 
と、思っていれば、とんでもないイベントが始まっていた。
 
 
四大使徒、LA・Fエルによる使徒使いのテストだ。使徒、とついても四大ともなると使徒使いの手には当然、負えない。別格別次元の存在といった方が近い。深淵にして唐突。
いまひとつ意図もよくわからぬところがあるのだが・・・・・のんきに傍観もしていられない。使徒の身にして四大の意図がかなり不明なのだから、使徒使いとはいえ人の身で推し量れるわけもなく。
 
 
神の食料の名をもつ使徒使いは、とんでもない勘違いをしながらテストに臨んでいた。
 
 
人間の発想というやつは・・・・・・・・・・・
 
 
ともあれ、ワリをくっているのは、盗まれた部下使徒たちだ。部下でないものもまとめて全て回収してしまえば、さすがに目が覚めるであろう。その後、地獄でもなんでも似合いの住処に移住すればよい・・・・いっそ、この身を喰わせると見せて満腹バラを割り裂いてくれようか・・・・・・
 
 
そのようなことを考えていたら・・・・・・・進路に迷った。え?御大使徒が道に迷うの?と聞かれても、迷ったのだから仕方がない。とはいえ、あり得ないことだが・・・
 
 
いつの間にやら、輝く地平線を睥睨しながら使徒使いの居場所へ下っていたのが、満天の翡翠の星の輝く空間へ。翡翠の星ばかり、そんな宇宙空間はない。巧妙かつ強引の足止めであった。己にこんなマネができるのは・・・・・・・・・四大LA・Fエル。
 
 
なんのまね・ですかな
 
翡翠の星を百ほど壊す怒声を発してみたが、さすがに揺るぎもしない。
こちらの意図は承知の上であろうから、あとは四大の意図次第。え?御大使徒もシャレを言ったりするの?と聞かれても、シャレではないのだから仕方がない。
 
 
「なぬ?ヒントを与えるのを忘れていたから、お前が代わりに?いまさら?ですな?」
 
四大の声はまったく悪びれていない。分かるのはそれくらいでまったく裏が読めない。
聞けば、一億年前から決定していました、と納得しそうな神韻なのだが。
こちらがやろうとしていたことと合致するから構わぬといえば構わぬが、遅すぎるだろう、ヒントなど。いまさら。甘いのか厳しいのか、分からぬ。その両方か。わざとかうっかりか。これは両方、だとすると、矛盾する。とにかく、了解するジブエリル。
 
 
「とはいえ、虚鎧どもが邪魔をするかもしれん・な・・・・・」
 
連中が手出しできぬようなお膳立てをする必要がある・・・・・御大だけあってそのあたりの知恵もある。人間の弱い部分もよく承知していたのだ。
 
 
 

 
 
 
「こんばんは、シンジくん」
 
相変わらず極寒冷めやまずの初号機ケージ、碇シンジのもとに霧島マナが訪れた。
 
 
「誰かと思ったけど・・・・・霧島さん」
 
黒い衣に朱紅い涙滴形のヘルメット、となれば見違えるのも無理はないが、あまり詳しく視認する気がないのだ。声だけで判断したため別人かもしれなかったが、綾波レイと混同することもない。
 
 
「お加減はいかが?っていいわけないか・・・・・」
奇妙なヘルメットを脱ぎながら霧島マナ。美少女が来たというのに、起きあがる様子もないのだ。それはいいわけはない。この殺人的冷気さえなければ、不登校学生とクラスメイトの図・・・にもならぬか、双方とも業界を揺るがす力をもつ恐るべきヤングであった。
 
 
「ごめん、こんな調子で・・・・・・・」
起きあがろうとして、途中で断念してしまう。その気力が続かないのだ。もはや末期症状。
何事も一秒くらいしかやる気が続かないのだ。その血熱具合で凍死もしないのは神秘ともいえるが。
 
 
「いやいやそのままそのままで。というか、それ、私が原因だから」
 
「え?」
 
「シンジくんの大事なところを、拾ってたの・・・・・これ、なんだけどね」
そう言って朱紅のヘルメットを見せた。そんなヘルメットに見覚えはないのだけれど。
 
「大事なものだから、肌身離さず・・・・ペンダントとかパッドとかにも大きいから、ヘルメットに加工したんだけどね、一時的に物質化してるだけでシンジくんにすぐに溶けこむよ」
 
「へえ・・・」
なら返してくれるものかと、一秒のやる気を用いて手をのばしたが。返却されない。
「霧島さん?」
 
 
「マナって呼んで」
「マナさん」
「呼び捨てで」
「マナ」
 
 
怒りも湧いてこないが、まあ、奇妙なやりとり。
 
 
「返してあげたいんだけど、事情があって返せないの。今は」
 
「では、いつ?」
 
「綾波さんが返してくれると思う。そういう約束だから・・・・ごめんなんだけど、賭の賞品につかっちゃって」
 
「賭け?」
 
「そう、賭け。とても公平な取引とは言えない、賭け。蹴られるかと思ったんだけど」
 
「まー、綾波さんだから」
 
「でも、シンジくんがどうしても今、返してくれっていうなら」
 
「待つよ。そういう約束なら」
 
「・・・だよね。約束破ったら綾波さんに斬り殺されそう。けどま、ここからは事務手続き的な連絡事項なんだけど、わたしが綾波さんに渡せなかったり、綾波さんがシンジくんに渡せなかったりするような、不慮の事態が起こらないとも限りませんから」
 
「出ておいで、クロクロエル」
ぽこぽこぽこ、と霧島マナは袖口から、手品師のように、黒いマリモのようなものをいくつか出して集めると、そこに朱紅のヘルメットを置いた。と同時に、ヘルメットごと見えなくなった。
 
「ケージのどこかに隠してあげる。合い言葉を唱えると、動けないシンジくんの手元に届くから。もちろん、賭が終われば、綾波さんにも教えるけどね、どう?」
 
「なんだか危険な事務連絡・・・・・けど、分かった。教えて」
 
熱き血潮どころか言の葉も凍る庭でのこと、余人に聞かれる心配はない。
 
「”マイク音量大丈夫・・・・?チェック、1,2・・・・・よし”」
 
「・・・・・・・」
 
のだが、いきなりもったいをつけるなあ、と思いつつも、できるだけ温かい視線で続きをうながす碇シンジ。しかし、霧島マナは
 
「覚えられた?」
 
これで大丈夫、という顔をして確認してきた。
 
「え?」
まさか、今のが合い言葉だったのか。すみません、聞き逃しました。こんなことでは20才になってもアヴァンティには通えませんね。しかし、ほんとに今のでいいのか。
間違えて、発令所の誰かが唱えてしまいそうな。その表情で悟ったものか
 
「じゃ、もう一度。よく聞いててね。メモをとる気力もないだろうけど・・・・・」
 
霧島マナは先ほどの合い言葉を繰り返した。簡単と言えば簡単で、長くもないし、さすがに碇シンジも覚えたので三回目は必要なかったけれど。自分でこれを唱えるとなったら。
 
「・・・ないから、いいか」
 
体勢と顔の色だけ見ると、遺言にしか聞こえない。腹が立つなりするかと思ったけれど。
残念、とは思う。いろんな意味で。こんなコールドボディにしているのは誰か。その心はコールドハートか。今の彼に寄り添ってみたら、どうなるか。この、使徒使いの中身は。
 
 
「でも、使徒テストが大変だったら、逃げてもいいんだよ・・・・霧島、マナ」
 
しびとのような、甘みのある言い草であった。目の前の凍死体っぽいのがよくも聞いたようなことを。いや、繰り返しになるけれど、自分のせいであるのは弁えている。いらんところで修正かけるところがちょっとイラっときただけで。
 
「あ?」
 
いちおう、女子らしく、え?と言ったつもりでも、自己採点で般若の響きが強かった反省。
 
「そのためなら、霧島教授が、お父さんが管理してた”ニフツリー”も使ってもいいんじゃないかな。実際、ちょっと環境が具合良くなったせいか育ちすぎてる感があるんだよね・・・・なんかユリみたいな花咲いているし」
 
「”ニフツリー”?」
なんですかそれは。聞いたことがない。まあ、戻って聞けば済むことだけど。
育ちすぎたらユリみたいな花が咲く、ってどんなものか。しかし、万事においてやる気がない状態の今のシンジくんが把握しているってことは・・・・・すぐそのへんにあるものか・・・・。シンジくん?女の子相手に、暗号はよくないですぞ。今回はうまくできた。
 
「あ、やばい」
「どうしたの」
 
「綾波さんがくる!!」
 
跳ね起きて両手を頬に。目玉をグルグルさせて叫ぶシンジくん。
確かにそれはやばいけれど、その言い草もどうだろう。魔太郎じゃないんだから。
マイナスにブルってマイナスをかけたせいか、冷気もかなり弱くなった。
 
 
「にげて!霧島さん!」
 
そのセリフ、深読みすべきかどうか・・・・・・まあ、考えるのはあとでも出来る。
退散するとしよう。にしても、やっぱり人間離れしてるなー・・・・氷河期を生き抜いた哺乳類な方向だけど。最強でも不死身でもなくなっても、最期に生き残るのはやはり。
 
 
けど、まあ
 
同い年の女子にここまでビビる、ビビビな男子が主人公でいいのかしらん。
 
こちらはこちらで、いけるところまで、らしく、させてもらうけど。