「使徒使いってのは、人間なのかにゃ」
 
 
 
第三新東京市内の、とあるビルの屋上のことであるが、猫がしゃべったわけではない。
武装要塞都市にしては、ファンタジーすぎる。
 
 
それは、人間。赤いフレームの眼鏡をかけた眼鏡娘。
 
 
しかしながら、ただの眼鏡をかけた娘にしてはポジショニングが絶妙すぎた。ここは数少ない科学魔術両面の監視を抜ける穴。
限られた日時にしか使用できないが、それでも。最近のとんと隙のないネルフ総本部の目をごまかせる貴重な空間。普通の人間にしてみれば、ただの、幽霊が出るという噂のある屋上にすぎないが。夕方と夜のはざま。眼鏡娘の他にもうひとり、いた。
 
 
「さて。興味はない」
 
こちらは、片眼。左眼眼帯の片眼娘。斬り捨てるような物言い。普通の人間ならばそこで会話など即時終了させて避難するにちがいない。単刀直入というより真剣腹割といったほうがよい。そんな話などしたくはないぞ、と片眼娘は言うておるわけだが
 
 
「ちょっとくらいつきあってくれてもいいじゃないか。今しか、チャンスないし」
 
眼鏡娘は、真希波・マリ・イラストリアスは続けた。片眼娘、式波ヒメカの眼光にも怯むことなく。むしろ、言葉の裏を感じ取って、片眼の方が姿勢を調えた。
 
 
チャンス
 
 
それが、何を意味するのか、腹が読めぬわけもない。「命がきたのでござるか」
 
 
使徒使い、霧島マナを狩る、機会、は、今しかない。
 
 
そんなものは、本来業務ではない、といいたいところだが・・・・それが出来るとしたら、自分たち「獣飼い」しかおるまい。実力的にも位置的にも立場的にも。魔女は炎で焼き、聖人は獣に喰わせる。古来の作法によれば。使徒使いなど・・・まあ、よくわからない存在ではある。
 
 
そういう己もひとのことはいえまいが・・・・・セカンドチルドレン、惣流アスカラングレーのコピーをひとまず肉の器として、水上左眼の戦闘面を再現しようとした・・・よくわからない存在なのだ。最終的には碇ユイの対逆行式剣技を習得する・・・・輪廻闘争、用心棒的人生といえるだろうか。そんな己の駆るエヴァは、竜に近いモノとなる。
 
 
「最初は、とても手が出せるもんじゃないからって、断ってたんだけどねー。でも」
 
 
今なら、やれる、かもしれない。
 
 
上には上がいる、ということなのか、当初、業界のルールを無視した一人勝ち的人外自信満々だった霧島マナは、いまやただの小娘に成り下がっている。獣が感じる獲物オーラというか・・・神秘のヴェールがさらなる深奥神秘によって剥がされた、というべきか。手駒をほとんど失って、次は箒にのって出てくる、とかいうのだから。
 
 
「だが・・・・まだゴドムがあるでござろう」
 
使徒使い霧島マナの威を一気に高めた、奥の手。今、自分たちがこうしている場所も本来なら、氷雪の闇に包まれているはずだった。使徒武装・超兵器、ゴドム。都市ごと初号機をはじめとするネルフ総本部のエヴァ部隊をまるまるアイスプリズナーにした十三号機から、半分とはいえ強奪しその力を己のモノにしている・・・・使徒武装ゆえに使徒相手の今回のVSに使えないことにさぞ歯噛みしているのだろうが・・・・人間相手なら。
 
 
「だからこそ、ってこともあるよねー。この機を逃せば、誰も手が出せなくなる」
 
エヴァ初号機と碇シンジでさえ、あの有様なのである。誰が主人公なのか、分かったものではない。
 
 
「油断してるところを、心臓を潰すか、首を切り落として、生きてたりしたらもう人間じゃないよねー」
 
猫でも獣でもないだろう。そんな復活の奇跡を起こせるサポート使徒を所有されていたら終わりだが。「同時にやってみて効果がなければ、まさしく人間ではないでごさる」
 
 
「せめて、ニンゲンらしく、それくらいでどうにかなってくれれば、ね」
 
魔の牙、としかいいようがない表情で、真希波マリが。
 
 
「・・・・・・・・」
 
式波ヒメカは無言。ここでわざわざ真剣の抜き身を舐めたりしたら、あまりにも。
 
一応、ここまでの会話は、そこらへんに潜んで聞いている業界関係者に向けてのジャミングアナウンスのようなものなのだが・・・・半端なく感じる寒さに、真希波は本気で狩るつもりなのではなかろうか、と、ふと思った。だとしたら、止めるしかないが。
 
知恵がまわる、というよりは、キマイラのように頭部がいくつもあるような発想をすることがある。あんな目をしている時は特に。
 
こっちは碇シンジにまともになってもらわねば、困るのだから。剣式の継承は確かになされている。それを、学ばせてもらう。それ以降は好きにすればいいが。
 
周辺の気配を探ると、まあ、ドンドン退き、というか。真偽はともかくあの殺気だしなあ。
もしかしたら、真希波はやるかもしれない。世界の終わりのイニシャルFな魔狼のごとく。
もしもし、演技だよね?と確認するのも、シャクに障るのでやらないのであった。
 
 
そうなると、こいつの首こそチョン斬ってやらなくては・・・・・・
 
 
「もしもし?ヒメ、なんかこわいこと考えてないかにゃ?」
 
「いや・・・とくには」
 
猫眼鏡娘にもどっていた。猫の皮をかぶった魔物。だが、仲間でリーダーには違いない。
手、いや、足くらいで勘弁しておくか・・・・・・
 
 
「だから、こわいんだけど」
 
 

 
 
 
「風邪!?こんな時に?あほか!!」
 
紳士的ではないかもしれないが、鈴原トウジがこのように怒鳴ってしまうのも無理からぬ。
 
 
ひいた当人もそのように思っていたし、口にまではせぬものの周囲の人間もほぼおんなじように思っていたからだ。思ってないのは、ひかせた当人くらいなものだろう。
 
綾波レイが風邪をひいた。ひかせたのは、碇シンジ。その気はなくてもあっても。
 
あんな冷気場で寝こけていれば、当然そうなる。しかも、誰にも黙って行ったものだから発見が遅れた。鈴原トウジの怒気はそれも含んでのことだ。なにせ他の者には近寄らせもしなかったくせに、だ。すぐさま帰ったものだと思っていた碇シンジがたまたま寝返りを打って気づかなければ、そのまま凍死していただろう。
まあ、最低最悪のBADな死に様といえる。
 
 
 
「・・・・・・・・ごめんなさい」
 
ベッドの上の綾波レイは赤い顔で詫びた。もちろん、恥もあるだろうが、主に熱のためだ。
これで零号機に乗れ、と言われれば、綾波レイは乗るだろうが・・・・
 
 
「行くなら行くで、ワイらも連れていけばよかったんや・・・・日向さんたちもそないにしとるって言うてはったしな」
 
素直に詫びを入れられれば、それ以上ネチネチ言うこともない男、鈴原トウジである。
厄介な事態になったため、そんなことを言っていられぬこともあるが。
 
 
「でも、どうしましょう・・・・」
 
と、いいつつ剥いていた見舞いのリンゴを、さく・さくとなんか怖い速度で切りながら洞木ヒカリ。こちらは同じ女子であるからもうちいと反省を求められたが、行った場所が場所であるから責める気も減る。というか、責めるのはむしろ、ひかせた野郎の方。ばか。
 
 
「次の、VSは・・・・・」
 
霧島マナが箒にのるしかない、というのなら、実際に使徒とやり合うのはネルフのエヴァとなる。つまりは、零号機と参号機。綾波レイと自分たち、ということになる。参号機は実質、単純戦闘ならば鈴原トウジの担当であるから、今回の矢面は鈴原トウジのピン、ということになるが・・・・
 
 
「・・・・・・ごめん、なさい」
 
もう一度、綾波レイが詫びた。碇シンジのところへなど、行くべきではなかったのだ。
行くにしても、全てが終わってから。そうすればよかったし、そもそも必要がなかった。
なんで行ってしまったのか・・・・・・有効な情報が得られたわけでもなし・・・・
 
声のあまりの湿り気に、鈴原トウジと相田ケンスケも、少女の心を理解しかけた
 
「いいのよ、悪いのは碇くんだから!」
「そうですよ、碇くんが悪いと思います!」
 
が、洞木ヒカリに山岸マユミ、同じ少女たちに速攻でこうも確言されると、何か言いたくもなったが黙っていた。夜の海、というか、氷の大地を歩ききってくれ友よ、と内心で。
 
 
「でも、シンジは何か、言ってなかったのかい?」
 
実際、戦力減の対策は、日向さんや赤木博士たちが考えるのだろうけど、何事か、意外なヒントとかあるかもしれない。子供にこそ読み解ける、なんてつもりはないけど、一人でいる友人の言葉も聞いておきたかった相田ケンスケが、問うた。病人相手に無駄話もないだろうし。この見舞い時間もかなり無理しているのも分かっている。めったに湿らない相手が湿っている、というのも重たいものがあるし。
 
相田ケンスケの意図を読むほどの体力もないから、そのまま意外さに赤い目を、一瞬だけ、ぱちくり、とすると綾波レイは
 
 
「貝の火が、どうとか・・・・・・」
 
謎のことばを、もらした。それで何をわかれ、というのか・・・まあ、風邪で発熱中だし
 
 
「宮沢賢治の童話、ですかね」
 
と思ったら、彼女・山岸マユミが食いついてきた。彼氏発の話であったからフォローのつもりもあるのかないのか。とにかく、自分のターンであることを承知している目だった。
 
 
「ど、どんな話なんや」
いくらなんでも、その童話の中になんらかのヒントが隠されている、とかいう御都合なことにゃならんだろうが、綾波の気分転換にはなるかもしれない。
 
 
だが
 
 
「う、うわ〜・・・・なんちゅうか・・・・」
 
山岸マユミが語るダイジェストに、聞いておいて因果応報的な救いの無さにうまい返しも思いつかない鈴原トウジ。不吉な予感が満載で、胸の奥が重くなったというか・・・・
このことを碇シンジが、今の碇シンジが、言葉にした、というのが。
 
 
貝の火が砕け、破片が目にはいり、失明する・・・・・・といったあたりなぞ。
 
 
「あなたは、風邪ひいたらダメだからね」
 
遠回しに、今すぐにでも碇シンジのところへ本意を問おうとした彼氏を止めた洞木ヒカリ。
何を考えているのか、おなごはすぐに分かる。・・・・というのも男子にとっては恐怖譚。
 
 
 
「あとは・・・・・」
 
貝の火ダイジェストを聞いていたのか怪しいような、うわの熱っぽさで綾波レイ。
期限がきたな、と一同、察した。もう眠らせた方がいい。
 
 
「霧島さんが、霧島さんを、証明、するって・・・・」
 
まったく意味が分かりません。おつかれさまでした、としか。ゆっくり休め、としか。
そうか、そうか、と。あとはこっちに任せて休んでちょう、と一同は退室した。
 
 
 
一人になって、目を閉じる綾波レイ。治るまで使徒よ来るな、と念じながら。
 
 
それこそが、今回のVSの「問題」であったのだが、そんなタイミングで言われても皆もまともに考えられない。試験、テスト慣れ、という意味では、むしろ中学生の方が気づきやすかったかもしれないが。
 
 
 

 
 
 
「風邪だから?」
 
 
エヴァ八号機で竜尾道泳航体のステルス監視を行っていた火織ナギサが、ふいの帰投命令に呆れたように。この連絡をしてきたのが赤木博士や他のネルフ職員ならばもう少し違う反応をしたのだろうが、ここは素直に呆れていた。「綾波レイは・・・・」
 
 
「ばかなの?」
「しぬの?」
 
「「とか言ったらかわいそうだよー」」
 
 
相手は自分より幼い姿をした姉兄、サギナとカナギだった。どういうわけか、自分で禁じていた碇シンジとの接触を自分で行って、冷気にあてられ、体調を崩した、という愚かの極みのようなことになっているのだと。それで空いた零号機分、戦力不足を、とりあえず危険域を抜けた泳航体の監視にあたっていた自分と八号機が埋めろ、と。
 
まあ、リツコ博士と冬月副司令の命令ならば従うほかない。
監視任務もどうしてもやりたい、というわけでもなし。が、終時計部隊の捕獲から九号機を泳航体内に匿う、ということがあった。こちらはこちらで面倒なことになっているが、もとネルフ総本部の作戦部長が自由の身になったのなら、どうにかするだろう。
 
 
戻れ、というなら戻るまでだ。
目が離せない因縁の場所ではあるが、赤木の家が、・・・・いや、本陣が荒らされるわけにもいくまい。砦が崩されては、安住の地は消滅する。未来視がなくとも分かる。
 
 
ただ、あの獣飼い二人の動向が読めない。基本、静観であろうが、それは単に身を伏せているだけのことで、いつ牙を剥くか。それも、誰に向けるか・・・知れたものではない。
風邪ひきの零号機はむろん、参号機の二人では抑えられまい・・・・
 
 
そんな心配をする義理も必要もないのだが・・・・カヲルでもあるまいし。
 
 
 
「・・・了解。エヴァ八号機これより帰投す・・・・・なんだ?」
 
 
最新鋭の重力戦闘機よりも優雅に宙返りして日本・第三新東京市へ向かおうとした赤い瞳が、異様なものをとらえた。己の機体そのものが異形である火織ナギサにして、その異様に言葉が出てこない。奇怪な姿の使徒、ていどではその赤瞳が揺らぐこともない。
衛星軌道から下界を眺めていたほどの八号機の視力はほかの機体とは比べものにならぬほどに強力である。ズームで確認。距離は、ある。しばらく意表をつかれても、危険はない。
火織ナギサの感知力を誉めるべきだろうが、あいにくここには彼しかいない。
 
 
「どしたの?」
「なにかあった?」
 
敏感に心配するサギナとカナギにすぐさま返答できない。その目に映る事実は事実、だが、言葉にすると、一挙に嘘くさくなる。自分自身で信じられない。いくらなんでも・・・・しかし、観客も自分しか、いやさたまたま目にした自分を騙すイリュージョンをこんな上空で行う必要がどこにあるか。使徒の攻撃、というのなら、まだ分かるしこうも悠長な対応をしていられない。だが、これは・・・・
 
 
「ラピュタでも、みつけた?」
「ほんとにあったんだ!!」
 
やはり、自分たちは繋がってリンクしているのだ、と思わせるふたつ声。
それならまだいいが・・・・・ラピュタは空の上にあるものだから。だが、あれは。
 
 
 
「モン、サン、ミッシェル・・・・・」
 
 
それをそっくり模した飛行物体、としかいいようがない。それが、こちらとは交差しそうもないルートで移動している。旅客機よりもわずかに遅い程度の速度で。
ちなみに、サイズは原寸。まったくの縮小はなくそのまんまの大きさだ。
神の手で根っこから引き抜かれて、超巨大なガラス鉢に収められような
 
 
どこへ向かっているのかは・・・・・・・・分かるはずがない。
 
 
本物かどうかは・・・・欧州の地元ニュースでも聞けば、一発で分かるだろうが・・・・
 
 
「関わる・・・・・べきか?」
 
隠密活動中に、専用連絡線以外をオープンにも出来ず。報告も二の足を踏む光景だ。
これは、夢・・・・いわゆる夢幻的回想シーンというか、自省精神世界にしても唐突。
ATフィールドで包んであるなら、使徒の仕業であろうが・・・にしてもこんな真似。
未来視があれば、こんな事態にも慌てることがないのだろうが・・・・・それも脳にかなり苦痛だろうな、と思う。基底とする常識との休むことのない無限番勝負というか。
 
 
 
この局面で、クレセントたる火織ナギサが選んだのは、全速での帰還であった。
 
不完全なその背を押したのは、胸中を満たした「ものすごく悪い予感」。
 
 
しかも、松尾鯛雄なみの。
 
 
もちろん、的中した。