このタイミングで現れたのは
 
 
人面剣使徒
 
 
握手環使徒
 
 
鍵兜使徒
 
 
 
VSの前半戦において霧島マナの一軍戦力を三連続で潰して勝利を飾った、強使徒ども。
 
 
勝負のやり直しが許されるなら今度こそ負けるものか、と霧島マナは言っていたが。
まさかそれを地獄耳ならぬ使徒耳で聞きつけて所望カードの実現に動いた、のだろうか。
いまさら「パターン青」でもない。間違いなく、敵。天より来たる人類の、敵。
 
 
「嘘だろ・・・・・・・」
発令所の人間が何人か、疲れゆえの幻覚を見たかと目をこすっても。
 
 
「まじかよ・・・・・・」
まじであった。消えはしない。てめえたちの実力で排除せぬ限り、都合良く。
 
 
「そんなのありか・・・・?」
あるのだとしか、いいようがなかった。当然、予想される事態ではあった。そもそも合体巨像など、使徒でなかったのだから。その相手にあそこまで消耗するのが敗着であったといえる。消耗させるのが目的であったのなら、見事にその手は当たった。
 
 
「・・・・・・・・・・」
こいつらどこにひそんでいた、というのも後の祭りである。
 
 
これに抗すべきネルフのエヴァは、合体遺産巨像の相手でボロボロであり、とくに参号機はもう間違いなくスプーン一杯分の余力もないほどの限界突破。と、なれば
 
 
 
ある意味、「出番」ではあった。言うなれば・・・・・
 
 
 
「真打ち登場」
 
そんな、待ってましたのヒーロータイムの主役ターン。
 
口には出さないものの、発令所の人間は内心、「そろそろ・・・」「ここで来なければいつ」「いまでしょ!!」と、”彼”の登場を待ちわびていた。ただ、「無理に出てこられてまた都市が氷漬けになってもそれはそれでこまる」とも考えていた。そのあたり芝居の観客とは違う。使徒に情け容赦などあろうはずもない。すぐさまなんらかの対応策をとる必要がある。まだ使徒三体からの攻撃はないが・・・・・・司令、実質的には副司令の判断を待つ。
 
 
 
「”信頼する冬月副司令”」
 
「はい」
 
「”あれは・・・杖、は、使わせたのか、それとも使われたのか”」
 
だが、下の者には聞こえぬように交わされる言葉は目の前の戦場を越えていた。
 
 
「想定外のことでした」
 
主語が、使徒、ということであるなら、まさしく”使わせた”ということになるが。
 
神官の仮面を被っているかのような、内心をまったく悟らせぬ、乾いた声。
呪術元締めと地底神官の問答。正義科学の砦には全く似つかわしくない・・・・
 
使用実験者としては、現状況下において、彼女が最適であった、ということもある。
 
 
「が、人を導く聖者には、それなりのアイテムが必要でしょう。代価に高いか、それはこれから」
 
「”これで赤い海を止めるものはなくなった・・・・もしや、そちら側だったのか”」
 
「そこは否定させていただきますよ。なれば、とうの昔に投げ出して消えていますよ」
 
 
今の局面にしてもそうだ。ここでVSの使徒が現れた理由も推察できぬわけでもない。
が、それは老人のカンというか願いのようなもので、ひどい話だが自身の心底に高揚がある、心滅入るほど重い<もしも>を少女の身で背負えるか、それだけが・・・・・
 
 
レイはもちろん、碇の息子、碇シンジが、ここで出張ってこないことを、望んでいる。
 
 
初号機が出てくれば、殲滅して終わりだ。そうなる。それはそれで一つの結末だが。
 
 
未来に繋ぐチャンネルは多い方がいい。
 
 
霧島マナ、彼女がそうなるか、この局面を越えるかどうかにかかっている。
 
 
若さの辞書には不可能はない、たとえしくじることがあるとしても。
 
 
問われるのは、自分たち歳経た者の許容量であろうよ。巨大エラーを支えきれるか。
 
また、年寄りの<もしも>を背負うからこそ未熟であっても煌めきがある。
 
 
・・・・・などということを考えているとは全く悟らせぬ冥界番人面な冬月副司令。
 
口には出せぬ局面の変化までしばし待つよう、三羽ガラスにはウインタームーン念波で知らせておく。参号機をいったん回収したいようだが、現状のバランスを保たせる。
 
 
待ち時である、と腹を括る。自分にしても未来が見えるわけではない。これが正解である、という神の確信があってのことでは、断じてない。それが選択。後世、これが人類の大転落、歴史崩落の始まりであった、などと評価されようが。ここは、待ち時である、と他の道を切った。切腹でなければいいのだが・・・・・・つくづく思う。
 
 
 

 
 
 
「”マイク音量大丈夫・・・・?」
 
 
主人公の自覚があろうとなかろうと、ここは自分の出番であろう!と、またしても綾波レイを怒らすことになりかねなかろうと、ここはいくべきだろう、いまでしょ!いくでしょ!と自らを励ましながら、再び呪文を唱える気力を高めた碇シンジ。これがいかにもな呪文であったら「これはなんらかのワナでおいらは騙されているのではなかろうか」と考えるかもしれないが。他のことを考えていたら、せっかく高めた気力レベルが下がってしまう。
 
 
「チェック、1,2・・・・・”」
 
一気にいってしまえ、最後に、吉、じゃなかった、幾三、もっとちがう、よ・・
 
 
「シンジ殿」
 
「え?」
 
いきなりの呼びかけに、解凍呪文「オラダイサンシントウキョウヘイクダ」は中断された。
 
その程度で中断してしまうのだから、精神集中の低さは目を覆うほどであったが、逆に碇シンジの目は見開かれていた。「ヒメさん?・・・・・いや」
 
 
初号機ケージ内でありながらもはやネルフ本部の一施設ではなく、天国に一番近い人形倉庫などと悪名高い無敵冷凍庫状態のここまでやってくるのは並みの人間ではない。
 
並以上、異能特盛りクラスの人間、たとえば、綾波レイあたりも冷気にやられてあのざまであり、まあ、もはやナチュラルに凍結に強い雪男イエティとか雪女とかジャックフロストあたりしか近づかないのが賢明というものである。もしくは・・・・・
 
 
「やっとお目にかかれましたな。拙者・・・・・」
 
眼帯をしている点は同じであるが、他は違う。こんなところまで平然としてやってこれるパワー・・・・朱く赤く輝く生命力・・・・いや見間違いでなければ、口から細長く火を吹いているように見えてホントに赤い・・・・懐かしいようなプラグスーツの紅にジャンパーを羽織っている・・・・さすがにセーラー服なら、幻覚だろうと決めつけていた。
 
 
「アスカ・・・・・・」
 
「いや、ヒメカにござる」
 
惣流アスカにそっくりな、その火吹き少女はそう名乗った。声は同じで違う名を。
 
 
「え?」
まあ、初めてというわけでもないが。ヒメカ。違う名を。その顔で。独眼で。
 
 
一瞬、水上左眼が整形までして自分を騙しにかかってきたのかと思った。雰囲気だけで判断するならかつての同居人とはかなり遠く、ついこないだの捕獲者に近い。にしてこの物言い・・・・・いやまて、今はそんなところに驚いたり追求したりする場合ではない。使徒三体来襲で超ピンチなのだから。
 
 
「ヒメカさん?・・・・・・あ、あー、悪いけど、今は、忙しいから・・・・」
 
なんの用か不明であるが、なまなかのことでここまで来るはずもない。重要な用件なのだろうが、こちらにも都合があるし・・・・・・にしても、よく許可が出たなあ・・・・
 
あまり考えない。考えられない。無茶苦茶怪しいなあ、と肌で思うが。それよりも。
おそらく、呪文はキャンセルされただろうから、最初から唱えねばなるまい。
 
 
ちゃき
 
なぜか、ほんとうにそれは謎なのだが、いきなり目の前に、刀を突きつけられた。
業物かどうか、などということは分からないが、ただの見せびらかしの脅しかモノホンの殺気がこもっているかどうかは竜尾道の生活で思い知らされている。今は、後者。
 
 
思い出を裏切られた、とか、踏みにじられた、とかいう余裕はない。ひたすらヤイバ、ではなくヤバイ。
 
 
「きちんと入門して学びたいところでござったが・・・・残念なことに、時間と事情がそれを許さなくなったのでござる。このような危急の折りの押しかけ弟子、真に勝手な話でござるが・・・シンジ殿には、奥義を一手御指南いただきたい」
 
「でし?おうぎ?」
 
「名は知らず。ただ、因果の畳返し、といった技であると・・・・・非道を潰す外道の剣技・・・・碇ユイ殿が編み出し、一子相伝された・・・・・それを、学ばせていただきたいのござるよ・・・・・・この都市には他に用も・・・・ないはずでござったが野暮用が・・・・残念無念にござる」
 
 
「え?え?なにそれ」
もはやなにひとつ分からない。おそらく、彼女はアスカの顔をした宇宙人とかだろう。
 
 
「まずは、脳天唐竹割りからいくので、そこから”キャンセル”してみて頂きたい」
 
 
けろっと言って、刀を振られた。
 
 
 

 
 
「!!」
 
碇シンジがスイカのように頭を裂かれて死んだビジョンを見た。
 
 
 
周囲が休めといっても聞き入れないので薬で眠らされた綾波レイであったが、そんな最悪の目覚め。もしくは、ゆで卵切り器のようであったか・・・・・とにかく最悪。
 
 
が、覚醒には意味があった。これ以上、目を閉じて意識を停止状態にさせずにすむということ。使徒はいつ来るか分からぬし、こちらが来て欲しくないときに来るものだ。
なんにせよ、自分は零号機に乗らねばならない。VSは、続いている。
 
 
もしスイカのような目にあったのが、霧島マナであったりしたらそれは縁起悪いところではない。綾波の血の中には当然、予知能力も収められている。女のカン、などというよりそちらが発動していたら・・・・・・・体調は・・・・・戻っていない。熱さと寒さが渦を体内で巻き、ありていにいって、気持ち悪い。ベッドで寝ているしかない状態であるというのが自己診断でもあるが・・・・・・・周囲の様子が・・・・・おかしい、とあえていうまい。武装要塞都市、特務機関ネルフ、の本分。使徒来襲を迎えての戦闘態勢。
 
空気で、分かる。
 
 
行かねばならない。戦闘態勢にあって自分を覚醒させない、というのは事態が順調に展開しているのか・・・・・・それならいいが、それでも。それとも、覚醒したのは彼・・・・・碇シンジ・・・・・なのか
 
 
だとしたら、さきほどのヴィジョンはひどすぎる。覚醒して出撃したはいいものの、ブランクのせいであっさり返り討ち・・・・・そういうことではないだろうか。
 
 
なんにせよ、確認だ。いくら生々しかろうと、ヴィジョンはビジョン、観測確認するまで現実ではないのだ。たぶん、大丈夫、だとは思う。スイカは冷凍スイカではなかった。
あれがもし、赤い汁がシャクシャクとした冷凍スイカならリアリティの面で危なかったが。
 
 
「綾波さん!!」
 
と、ここに霧島マナが現れる、というのも、現実離れしているというか、反応が遅れた。
 
 
「・・・・・」
 
夢の続きか、熱で幻覚を見ているとしか思えない。箒に乗ったままドアを壊すようにして入ってきて大慌てで
 
 
「シンジくんを、助けてあげて!」
 
ときた。夢は己の発想をベースとして生まれるのだろうから、これは、現実、のようだ。
自分の内にはどうさかさまにしても、こんな展開はうまれない。「なにから・・・?」
 
 
「ああもう、時間ない!もういくけどお願いすぐに!!それからこれが約束の品の暗号!」
 
説明のない唐突さは不思議の国の住人か。言うだけ言ってメモ書きを投げるようにわたすと疾風の速さで病室から消えた。ドアの壊され具合は確かに今の事象を証明するが。
頭と心がついていかない。助けたいなら、自分でやればいい、とも思ったけれど。
 
 
体は、動いた。
 
 
メモ書きなど確認するより早く。
 
 

 
 
 
「おっ始めたかー」
 
 
後八号機内で呟く真希波マリ。見上げる上空には使徒三体。見下される地上には、わくわく(いろんな意味で)第三新東京世界遺産ランドと疲弊しきったふうのエヴァ戦力。
 
参号機はさすがにもうダメだろうが、自分と八号機は・・・まだ奥の手を隠している。
 
 
いろいろ微妙な戦場バランスであるが、発令所からはこれといった指示がない。
 
参号機くらいはひっこめてやりゃいいのに、とは思うけど、ここでエヴァが一体、エントリープラグの一人でも欠けることで崩れるバランスを誰が補正するのか、となれば、分からないでもない。まあ、VSで得られた戦闘データがあり初見でないぶん、まだましか。
一機一殺としても参号機をフォローする余裕はない、見殺しにすればなんとか、かな。
その前に、零号機と・・・・・・初号機がそろそろ出てきてもいいだろう。もったいつけるなお化けがでちゃうぞ。
 
 
けど、ま、冬月先生の判断というか信念としては、
 
 
使徒使い、霧島マナに期待、というところなんだろうなー。
 
 
実際、それだけの器を示してみせた。業界視点でいえば、どえらいことをしてくれた。
噂、疑いだけはあった・・・・・・”人類総ヒルコLCLとか冗談じゃないわよ・・・ぶっつぶしてあげるから”・・・・金剛より固い碇ユイの意志。知っている者は知っている。
凍結樹海の最奥、存在の真偽を明らかにしてしまった。人類補完計画への反抗の逆旗。
後戻りが出来ないレベルではない、もう最先端すらぶっちぎってくれた。
当分、誰も彼女の前に立つことはできない。ターボマナちゃんだ。新世紀のこわい話に収録まちがいなしだ。
 
 
神様とか使徒視点だったら、人類みんな赤い海スープになったらどう思うんだろうね。
 
 
・・・・・こういうセリフを吐いておけば、少しは長生きできるかしらん。
 
 
人類の夕焼けが何色になるか・・・・・・・「鈴原君、生きてるよねまだ」「死なすなや・・・・ごほっ」息も絶え絶えでよくいう。「霧島かシンジがくるまで・・・・ワイは」
 
快男子というか漢というか・・・・でもこれで、そんな彼がいなくなれば、彼女は女王蜂になっちゃうだろうけど。こちらはこちらの仕事をさせてもらうけど、ネルフの皆さんは早くなんとかしたほうがいいんじゃな・・・・・ム?
 
 
「うわヒメ!?」
 
相棒の予想外の行動に、思わず声がもれてしまった。仕事よりてめえの趣味を優先してくれたらしい。この絶好の機会に、南極物語じゃあるまいし、碇シンジの所に行って斬りかかってくれているらしい。うわーうわーうわー、ばっかなんじゃねえの?バカなんじゃないの?「どういうことだ!?」当然、発令所からも戦闘中であるが詰問がなされる。「おそらく、真剣な付き合いを所望しているのではないでしょうか」と答えて通信遮断。
 
 
やべえなー・・・・・・後八号機から降りたら、即逮捕拘束コースじゃないか。
 
このままトンズラするか・・・・・「杖」の実存確認と確保、ないし破壊が仕事であったが、とてもやれる空気ではない。ヒメの馬鹿女郎、盾兼道案内にさせるならまだしも・・・・・まあ、そのために生きているドラゴンが目の前に獲物があって後のモノなんか考えるわきゃないか・・・・・にしても、困ったな。加減を知らないヒメの刀で碇シンジの首が飛んでいたら初号機も動かない。ほんと、困っちゃうな・・・・
 
 
 
使徒もこちらに降下開始、やる気になったみたいだし
 
 
 
「やれやれ・・・・・・」
 
「どうする」
八号機のナギサちゃんから通信があるが、これも無視。その方がお互いのため。
 
 
逃げるならこのタイミングしかないが・・・・・「”Qセット、解放用意”」
 
やるしかない。こんなとこで奥の手を、いやさこの場合、腰の頭、か、使うハメになっても。
 
 
後八号機の右手に、腰に提げていた「首」をグローブのように、はめる。
 
 
ぐぱっ
 
 
提げていた首は「口」があり、牙が生えていたことが分かった。目が覚めた、といった方がいいか。双眼は、爛々と殺意に燃えている。それから・・・・・ダラダラと、金色のヨダレが。
 
 
「ぬるぬるする・・・っ」
 
と、当人がいうのだから、ぬるぬるするのだろう。それから、首付き右手をブンと振り、金色のヨダレを動けない参号機と、「なっ!?」動物的というかケダモノ的というかあまりのことでかわしそこねた八号機にかけた。このけもけもな所業に発令所もドン引きであった。例外なのは機体をセッティングした赤木博士くらいなもので。
 
 
「あー、ごめん。先にいっとけばよかったかな。それ、保険だから。毒じゃないから。おまじない。オバケに襲われないための」
 
簡単に真希波マリは言うが、その言い草と行動どちらも不気味に過ぎた。それでも鈴原トウジと洞木ヒカリと火織ナギサたちが異論を唱えないのは、その余裕もないため。
 
 
三体の使徒がゆるやかな三角フォーメーションで接近してくる。ヨダレどころではない。
 
 
「ついでにお願いしとくと、この三体は、私がどうにかするから、手を出さないでもらえるかな?やりにくいから・・・・・・かなり」
 
「一方的だね、ずいぶんと。・・・・こっちに来たら撃退はするから」
 
同じ異能機体同士、やりにくい、という意味を理解する八号機火織ナギサは了承する。
通常のエヴァには出来ない、何か、巻き添えを喰らうだろう、何かをやるつもりなのだ。
 
 
魔の牙、などと仇名された獣飼いのリーダー格。体の何かを欠損させることでようやくエヴァの適格者に成り得た、文字通りの補欠グループ。たかだか補欠の長に大業なその名は何かの冗談なのか、それとも・・・
 
 
 
後八号機の左手刀が閃いて
 
 
とくにコアでもない人面剣使徒の顔を削ぎ落とした時は
 
 
やはり、タダのハッタリだと思ったが・・・・
 
 
 
そこから、悪夢が始まった。