名を、与えよう
 
 
綾波レイの病室は寄り道であったから、さらに急ぎで高速で上昇する霧島マナ。
 
 
再戦、もしくは再会の、場へ。
 
 
”見合って、見合って”
 
 
リングというよりは土俵に近いか。氷結の地の底にはさきほど参ってきた。
次に梯子するは天国か、天牢獄か。
 
 
ジブエリルの降臨を感じたものの姿を見せず、ネーメジスなどを使わし、このタイミングであの三体が現れた、というのは、間違いなく、そういうこと。自分は試されている。
 
 
器限界ギリギリまで、試されている。むしろ、壊されることが前提で。
 
 
人面剣使徒
 
 
握手環使徒
 
 
鍵兜使徒
 
 
大使徒 LA・Fエルが使わしてきた試練の使徒。それに、自分の手持ちの使徒を駒のようにぶつけても、意味はなかったのだ。ぶつかるべきは、自分。はだかの、自分だ。
 
 
ただ、使徒相手に人間のサイズやプロフィールを開陳してみても、あまり意味はない。
機能より、どのような役割を果たそうとしているのか・・・・それを明らかにする。
星のように。あまりに距離が離れていると、分かるのは、立ち位置だけ。それほどの隔絶。
 
 
それを示さねば・・・・・・・なにひとつ届くまい。壊されるというより潰されて終わり。
 
使徒使いにして、人間霧島ハムテルの娘、霧島マナとして、三体の使徒に刻んでやる。
 
 
使役とする契約としての、その名を。
 
 
昔日の、魔術のように。
 
 
この新世紀に。
 
 
 
 
そんなわけで、超特急で戻ってきた霧島マナであったが
 
 
 
「えええっ!?」
 
地上には、度肝を抜かれる光景が。儀式とか魔術とか、そんな高尚不思議テイスト一切無しのワイルドな野生の帝国な展開が繰り広げられていた。
 
 
まず、人面剣使徒がもはや、使徒ではなくなっていた。真希波・マリ・イラストリアスの乗るエヴァが腰につけていたエヴァ首にのっとられていた。完全に悪者の技であろうが、実際実現するその能力を称えるべきか・・・・いやさ、不気味さに耐えられない。寄生脳とかハカイダーすぎる。いや、ちょっと違うか、それにしてもウゲゲだ。そして・・・
 
 
後期型八号機 乗っ取られた人面剣使徒 VS 握手環使徒 鍵兜使徒
 
 
という図式なら、まだ、なんとか、理解できないことも、ない。戦闘に綺麗も汚いもない・・・・・・ただ悲惨なだけ。だが、悲惨の度合い、というものがある。
 
 
なんのために、乗っ取ったのか?己のタッグパートナーとして数の不利益を補った、というのならまだ分かるが・・・・これは、違った。分解、というか、解体させているのだ。
悲鳴が聞こえる・・・・というのは幻聴だろうか、共鳴だろうか。己の体を強制的に自解させられて苦しまぬ存在などおるまい。ただ、その解体には目的があるようで、攻撃的な荒さがない、責め苦ではなく、作業的な行為である、と見抜いたのも発令所の冬月副司令と赤木博士と三羽ガラスくらいなもので、霧島マナも実証を目にしない限り、後八号機パイロットの獣性を感じるだけだっただろう。分解・剥ぎ取って、使っていたのだ。
 
 
後八号機の手には人面剣使徒の「剣部分」があり、それをふるって二体へ襲いかかっていた。パイロットが武芸に長けている、というよりは異形の剣であるが、もともとそのような専用装備であったかのような、自在さで。それが、自らの牙であるかのような。
 
 
その後ろで、寄生首は「盾」をこねこねと造り出している。女体と男体が交互に盾面に湧いたり沈んだりしているが、あれはおそらく、調整しているのだろう・・・・後八号機が、真希波マリが使いやすいように。直感であるが、間違いない。
 
 
使徒のボディ、というのは、議定心臓、コアの命じる使命を果たすために生成され形作られているものであり・・・・・それが、外部からこのように、使命以外のことに使われるというのは・・・・使徒にとっては、どれほどの。後頭部に、ぐわっと熱を生じる自分。
 
 
鈴原くんの参号機やナギサくんの八号機が傍観しているのは機体がもう限界のせいもありそうだが、やはり「加わりようがない」というのが大きいだろう。
 
 
「なによこれ・・・・・」
 
完全に霧島マナオンステージ、使徒使い人生一発大勝負の場面のはずが、おまけにも参加できようもない激しい戦闘、いやさ、解体ショー。太古の洞窟壁画でも見ているかのような現実味の無さ。使徒はともかく、エヴァに対する理解が決して深いものではないのは自覚があったけれど・・・・いくらなんでもこれは
 
 
・・・・どのような勝敗がつくか。想像もしたくなかった。
 
 
だが、こんな局面を招いたのも、自分の迷いと惑いのせいでもある。
この目で、こんな光景を見ることになったのも。
 
 
その時の霧島マナの目の色を見たのは、碇シンジ(真剣両手に挟み中)と冬月副司令とル・ベルゼだけだった。
 
 
その再臨は把握していたものの、箒にまたがっただけの彼女に出来ることはなにもないだろう、と発令所の三羽ガラスでさえ思っていたし、正直、後八号機真希波マリに圧倒されていたのだ。その燃える目に、狂奔する笑い声に、それでいて狡猾極まるヒットアンドウェイに。おそらく、一体目の解体が終われば次にとりかかるのだろう。それは、もう
 
 
 
「命じる」
 
 
だから、一人の使徒使いの一発の砲声にも及ばない小さな声など誰も聞こえない。
 
 
「大使徒に挑む一艘の使徒使いにして、赤海の切り裂き手霧島ハムテルの娘、マナの名において」
 
「命じる」
 
大業な身振り手振りもなく、言語もヘブライ語だったり古代オカルト語だったりしない。簡潔な日本語だった。意味深な魔力など籠もりようもない。だが、その目の色で唱えられるその言葉は。
 
 
雨の海の色
 
 
かの箱船の男と同じ色。
 
 
「”乗船せよ”」
 
 
もうすぐ、船出するから、乗れ、と涙をがまんするようにぶっきらぼうに、あらゆる生き物にむかって言ったあの男のように。
 
 
「”我が左方に、グロポリエル”」
 
そうなると、これは神話の再現力のようなものが作用したかとしか思えない、解体され、一部は後八号機に凶器として振るわれていた剣部分も一緒に、手際よく分解調整していた寄生首をきれーにさっぱり排除した形でのこる盾部分も、霧島マナの左に瞬間移動してきたというのは。さすがに合体復活までは果たしていなかったが。
 
 
「”我が右方に、ハンドレッドハンズエル、略してハンハンエル”」
 
百もなかったが、たくさんあるという様式美なのであろう、どうせ略されてもいるし。
同じく応戦中であった握手環使徒が霧島マナの右に瞬間移動した。これを戦闘で使えば後八号機もやすやすと狩られていただろうが・・・・まさしく、手を抜いたわけではなかろう。・・・・うまくないが。同様のことを日向マコトがぽそと呟いて同僚にパンチされた。
 
 
「”わが前方に、」
 
 
突然のことであろうが、さすがにこんなド奇跡アクションが起これば、注目せざるをえない。注目できなかったのは「遊んでないで、真面目にやってほしいでござる」「たすけてー!ゆるしてー!」真剣を挟んでいた手のひらが汗で滑ってきた碇シンジと式波ヒメカくらいなもので。
 
 
「来る前に、”けじめ”をつけろ、ユルサンゼル”」
 
 
マイクを通したわけではない霧島マナの言葉を現地の国連系特務機関職員たちは聞いていたわけではないが、それを彼女が命じたのかどうか、後世の歴史家はかなり悩むことになるだろうが・・・・起きた事実は
 
 
鍵兜使徒が、さすがに異変にあっけにとられていた後八号機の首を、先のVSでやったようにロックギロチンで、”ちょんぱった”、ということであり、戦闘不能に陥った。
 
 
かわいく表現してもスプラッタはスプラッタで、発令所のあちこちで悲鳴が上がった。
 
エントリープラグは無事であったから、「ちぇっ、ここまでか」パイロットは生きていたが。「ああ、疲れた・・・・」と真っ白に燃え尽きたりもしていない。
 
 
己の舞台を己の手で取り返したともいえる霧島マナは、箒に乗ったまま三体の使徒を引き連れて消えた。見方によっては、使徒使い霧島マナを、三体の使徒が追跡したかのようにもとれんこともないが、真偽のほどは、”誰にも分からない”。
 
 
むろん、善悪など。