転校生も四人ともなれば、受け入れる方にもそれなりの消耗がある。
 
 
ひとりひとりが、明らかに「ただものではない」場合はなおさら。
 
 
外見でひとを判断しては痛い目をみるかもしれないが、どう見ても場違い以外のなにものでもない赤木カナギ、サギナの幼子ふたりは、火織ナギサの担当、ということで一応の落としどころがあったが、残りの二人は
 
 
式波ヒメカ
真希波・マリ・イラストリアス
 
 
「どこからきたのー?」「どこらへんにすんでるのー?」などといういたって当たり前の転校生への質問トークが、命取りになるかもしれない・・・・・そのあたりの見極めがつく2年A組の面々も大概と言えば大概であるが・・・・そんなわけで、休み時間におけるお約束、転校生への囲み取材も行われずに、昼休みになった。初日のせいか、宣言したようなエスケープもなく。大人しく、淡々と、自分たちの席にいた。授業を受けていた、という感じはない。こちらはこちらで、要するに”任務”、なのだろう。
 
 
一時間目が終わった直後に、綾波レイと洞木ヒカリにはネルフ本部からの通信でクレセントの2名以外の転校生の存在を知らされた。遅すぎる。護衛体制とかどうなっているのだろう、と言いたくもなるが、向こうが上手、うまいことやったのだろう。その巧さ具合は、また聞いておかねばなるまい、と綾波レイ。もしかしたら、そのことも目的に入っているのかも知れない。
 
 
主たる目的は、まあ、見当がつくけれど。あからさまだったし。
 
 
 
「屋上に」
 
 
待っていたかのような表情を浮かべる真希波・マリ・イラストリアスに、それだけ告げて、さっさと屋上に向かう綾波レイ。これで教室がざわめかないのは、まあ、綾波レイならそうするだろうなあ、と皆が分かっていたせいだ。その割りには誰もその言葉を補わない。補完しない。
 
 
「にゃあ」
告げられた相手には十分に分かっているようであるし、「ヒメー、お声がかかったよー」「うむ」意図は伝わっていた。弁当箱に手をかけていた式波ヒメカもそれをいったん閉じ。
 
 
 
ふたりで屋上へ。
・・・・当然、興味本位程度で追える背中ではない。
 
 
「鈴原」「おう」
「僕は遠慮してお・・・・」「いこうよー!」「いこうよー!」「ひ、引っ張らないでくれ」「相田君、私たちは・・・・・」「行きたいし行くべきだろう、みんなへの説明、解説役も大事な仕事さ」「そのとおりだYOケンスケ!解説役というかリアクション要員として!存分にアンブリーバブってくるとしようZE!」
 
洞木ヒカリ、鈴原トウジ、赤木カナギ、サギナ、火織ナギサ、山岸マユミ、相田ケンスケ、ミカエル山田がそれに続く。
 
もし、惣流アスカがいれば、綾波レイの隣かわずかに先行していただろう。
 
 
そして。
 
 
もし、ここに碇シンジがいたならどうしただろうか。
 
 
あまり、意味のある設問ではないが。
 
 
 
屋上は曇天、いまにも降ってきそうな色で、平和な昼食を楽しむ他の生徒もいなかった。
 
 
 
「あなたたちの目的は?」
 
 
天候を考慮したわけではない、これが綾波流。とにかく初太刀でざっくりと。
ほとんど殺人鬼に近いような問答無用感。後ろで聞く鈴原トウジ達の敵に回したくねえ・味方にしてもちょっとやばい感も最強に強まっていた。
 
 
「いや、いきなりだねー。同じエヴァ使いなら、目的も同じだよ。きみたちとね。大きくいうなら、世界の用心棒、いやさつっかえ棒か、中くらいにいうなら、使徒殲滅、ちっちゃくいうなら、偵察調査、ってところかな。きみたちのせいじゃあないけど、この都市の外はいろいろ大変なんだよ。ここが”なくなる”前提でいろいろと準備してたからねー」
 
 
真希波・マリ・イラストリアスの言に、式波ヒメカもだまってうなづく。
 
 
「ま、黙ってほうっておいてもらえるわけがないじゃないか。多少のことはがまんしなよ」
 
綾波レイの凶悪な赤眼光にまったく動じることもなく、あっさりいなした。
 
「あ、それから、イヌガミのことは感謝してる。連絡つかないけど元気にしてる?」
 
「治療は終わったわ。今は、リハビリ中」
 
「その点、きみたちには借りひとつってところか」
ミカエル山田にもウインクよこす真希波マリ。ちなみに山田は獣飼いでもなんでもない。
 
「借りじゃない」
 
「そう?」
 
「そう」
 
 
「ならいいか。貸しも借りもない。イーヴンな関係ってことで。こっちからも教えてもらえる?・・・・・・碇シンジ君は、どうして学校こないの?」
 
 
今日来た転校生の聞く事柄ではないが、それが目的なのだろうから、当然それは。
 
外の世界から見れば、最も不気味なところであろう。分析解析不可能、不死の王子が砦の最奥から日の当たる場所に出てもこないとなれば。どのような超悪な謀を巡らしているのか・・・・少なくとも十三号機への復讐は間違いないところであろう、とか。
彼の情報だけは、完全にガードされてまったく外部に漏れ出さない。死亡説が出ているくらいだが、この真偽を違えたなら、業界で生き残れるわけもない。
 
 
 
「あ、あなたたちには関係ない」
 
通常人には、ちょっと噛んだ程度にしか思えぬだろうが、ここにいる面子は全員、見抜いた。綾波レイが、動揺したと。それも超。しかも、あの無敵の赤眼光を一瞬、逸らすほど。
 
 
「聞くくらいいいじゃん。こっちは大中小、とりそろえて目的を教えてあげたのに・・・」
 
真希波がふて腐れてみせたのは、礼よりフォローに近い。関係ないことはないだろ。
少女のあまりにもあまりな態度が。ともあれ、碇シンジ、生きては、いるようだ。
式波ヒメカに目で会話。タッチ交代だ。
 
 
「して、シンジ殿はこの先、学校には来られるのか」
 
「え?」
 
眼帯付きとはいえ、顔の造りやスタイルはほぼ惣流アスカなのだ。その口で、そのようなことをいうので、どうにも反応に困る。別人なのだ、と頭では分かっていても。
「「殿、なあ・・・・」」鈴原トウジと相田ケンスケが唸る。なんの冗談かと思うが、式波ヒメカはまったく真面目に
 
 
「これは、内密の話にしてほしいのでござるが」これまた反応に困る前置きをして
 
「拙者が学ばねばならぬ剣技、というのが、他ならぬ碇シンジ殿の技でござってな。この学舎で会えぬのであれば通う必要もなし。直接、伺って入門を願おうと思うのでござるが」
 
 
「・・・・・・さる使い」
綾波レイが、ぽそっと。さすがの小声を、それでもとらえたのは、真希波マリと、同調力に長けるカナギとサギナだけだった。特に深い意味はない。思いついただけのことだ。
 
 
他の者は、もっと、「シンジの剣の技?料理の包丁とかいうんでなく?」「入門を願う?それって門を叩くってこと?師事するってこと?お仕えして世話を焼いたりするってこと?」「水上左眼か、それとも碇ユイか、または両方か・・・・」混乱しつつも真面目に考えているというのに。ノートの隅にぱらぱらマンガを描くかのような。
 
 
「如何か」
 
 
「むり・・・・だと思う」
 
「それは、シンジ殿が学校に通う、ということでござるか、それとも拙者の師事のことでござるか」
 
ズバッとやりかえされた。綾波レイの理解が及ばないせいではない。式波ヒメカのいおうとするところを、理解していた。彼女がここに何しに来たのか。端的すぎるほどに語られた。”剣技”碇シンジの、というよりは、初号機の、といった方がいいだろう。
 
 
必殺技、というか、天逆、いやさ、それをひっくり返すのだから転逆技というか・・・・
 
 
ゼーレの世界征服部門の一つ。終時計部隊と言う名の巨大すぎるリセットボタン。
 
 
ユダロン、といい他にもそういった超越反則手段をいくつか保有しているのだろうが
 
 
時を逆戻りさせて、てめえたちに都合の悪い事象をなかったことにする。
その力があれば、己の有利に物事を運ぼうというのが自然ならば、それに対抗するのも。
それが気にくわない、と思うのも当然の成り行き。だったのだろう。
 
 
アンチリセット
 
 
ユイおかあさんは、そんな技を、編み出した。一子相伝で、それは碇シンジに伝わってる。
はずだ。たぶん。そうでなければ・・・・今、自分たちはこうしていない。
 
 
式波ヒメカは、それを学びに来た。学びに行かせた者がいる、ということでもある。
出来るかどうかは別として。彼女の隻眼には迷いも驕りもない。ただ、やるのだと。
さるまねと呼ばれようと。また・・・・彼女も、惣流アスカのコピー・・・なのか。
 
 
 
「両方だよ」
 
返答したのは、まったく別の声だった。しかし、この場にはおらぬはずの、少女の。
 
 
「誰?」
 
真希波マリの声が、今までのものとはまったく別なる。魔の牙。二つ名を想起させるものに。裏をかえせば、彼女の感覚にもまったく引っかからず、ここまで来れた、ということでもある。完全に意表をつかれた。それに対する怒りもあった。これが襲撃だったら皆殺しのタイミングだった。声を聞いたのに、まだ位置がとれない・・・・・。手練れなんてものじゃない。小さく歯噛みする。戦闘モードに入った式波ヒメカにもまだ感知されていない。
 
 
「この声・・・・・霧島か!?」
鈴原トウジが反応する。異常事ではあろうが、声の記憶が体を動かすまでにさせない。
声には、敵意はないのだ。あたりまえに会話に参加してきただけのような。しかし。
 
 
そんなことは、ありえない
 
 
「あそこだ」「あそこに」
カナギとサギナが指さす先には、給水タンクの上の人影。おおきめのむぎわら帽子にワンピース。ひとつなぎの大秘宝ではない方の。風に揺れていた。砂色少女のシルエット。
 
 
帽子のせいで、表情がよく見えない。曇天をバックにしているせいか、雰囲気が以前とは。
異なる。口元は、笑っているようでもあるが・・・・その目が、見えない。
 
 
 
霧島マナ
 
 
 
いまや業界どころか人類勢力まとめてその行方を血眼で追っている・・・・使徒使い。
 
 
人でなく使徒でなく、不可侵の第三勢力。
 
 
 
「シンジくんは引退したんだよ。もう、エヴァとかネルフとか、いいじゃない」
 
その物言い。文字通り、実力通りにして、上からの。言霊に重力がある、と錯覚させるほど。上には上。エヴァを駆ることなく、その身にそれ以上の力を宿し使役する異能存在。
へたに宗教的感受性などあれば、この場で平伏して信徒になることを誓ってしまったかもしれない。ケタが違う。もうあの頃の、同じクラスで席を並べた、あの少女ではない。
 
 
「このまま、ほっといてあげなよ・・・・」
 
慈雨の涙流す聖母の如く、または関東一円をまとめあげた伝説のレディースの如き貫禄で
 
 
「う・・・」
いきなり現れて、論理のろの字もないが、それだけに納得しそうになる女子陣。
 
 
都市を救い深く疲弊しきった(だろう)彼の少年のことをいちばん寄り添い奥深く考えている・・・ような気が
 
 
男がいうなら反論のしようもあるが、同じ女にそういうことを言われるとやりにくい。
引退うんぬんは綾波レイにしてもかなり痛い腹であり、不可侵の第三勢力頭目が相手となると真希波式波の二人もわざわざ言い返す言葉もない。もちろん当人の現状を知る洞木ヒカリにしても強くは返しにくい。惣流アスカがいれば「あのセリフ」で反撃してくれただろうけれど・・・
 
 
神託を告げるがごとく、厳かに。約束された勝利の剣を振り下ろすかのような神妙な顔で。霧島マナが続ける。とりあえず先制攻撃で女子たちの心を折っておく計画であった。
 
 
「このまま、ただのスーパーシンジくんとして」
 
「”ただのスーパー”ってなんじゃい!!!」
 
鈴原トウジ、相田ケンスケ、火織ナギサ、ミカエル山田、野郎四人で突っ込んだ。
たとえるなら、一世を風靡したセピア色の流星拳のように。
 
威圧に怯んでこのツッコミポイントを逃すなど、日本男児にあってはなるまい。
天地ほどの実力差、月とスッポンほどの格の差があろうとも、これは天をも破るツッコミ。
 
 
「あ、しまった」
 
あ、しまった、と霧島マナが言った。
純粋100%の真心で碇シンジの身の上を考えての発言、ではない。
どうも腹に一物あるらしい。自分たちと同じように。そうであるなら同格だ。
考えていることが同レベルなら、恐れ入る必要はない。畏れ入って損した。
 
 
「とにかく、もうシンジくんは引退したんだから。期待をかけちゃだめだよ。普通にさせようだなんて絶対だめ。・・・・あんまり長居すると、警報にひっかかるから行くね。それじゃ、また様子を見に来るから」
 
 
動揺したようでもないが、一方的にそれだけ言って、霧島マナは「消えた」。
そうでなければ、とうの昔にどこぞの組織が手に入れているだろうが。
 
 
「・・・ありゃ、狩られるタマじゃないにゃー」
真希波マリが皆の感想を代弁するように。ついでに名前も長いから略することにした。
正確な収穫刻を見極めて、刈りにくる方だ。鎌をもった黒神よろしく。
 
 
消えたと同時に、チルドレンたちの通信端末に本部から連絡が来た。
 
 
パターン青「使徒来襲」。
 
 
「・・・・・・・・」
それぞれ顔を見合わせる。さて、どう返答すべきか。この、ものすごい出戻りに。