体育館裏の木陰にて。
 
 
少年四人で反省会をやっているところに、ターゲットの張本人碇シンジから
 
 
 
「昨日は、ありがとう」
 
こんなことを言われた日には、十中八九、「イヤミ」であろうし、普通そう考えるべき。
 
 
では、あるが。
 
 
「お、おお!!ほうか?時間が遅かったんやが、ちょう、顔が見とうなってな。日向さんたちに車まわしてもろうてな、あ、しかし、電話もせんで押しかけですまんかった」
 
鈴原トウジの返答は、残り一、二、の方をベースにしていた。文字通りではなくとも、感謝の心に間違いはない、と。自分たちがあの夜、何しにいったのかは、伝わっている、と。
 
 
「ま、とにかく改めてよろしくな、ブラザーシンジ。おいらはミカエルでいいぜ。そっちのジャージが、トウジ、メガネがケンスケ、ホワイティなのがナギサだ」
「いや、なんでオノレが紹介しとんじゃい・・・・」
「仲間になった覚えはないんだけど」
「とにかく、おかえりシンジ。いろいろあったけど・・・つい昨夜もあったわけだけど、ま、よろしく」
 
 
義務教育であるから、中学に通うのは当たり前といえば当たり前なのだが。
相田ケンスケの言ったとおり、いろいろあった第三新東京市で、そんな小さな当たり前が実現できた、というのは、そんな小さい話が通るほどに世間が安定してきた証であり。
 
 
それを碇シンジが望んだ、ということもある。それを当たり前として。
 
 
今日、このクラスに戻ってきたのだ。生徒の大半もレベルの差はあれ事情を察している。
 
 
見かけはあれでも、触らぬアレになんとやら、の類であるというのは。
先の転校生たちと同じ。あるいはあれ以上であることは。オーラとかないけど。
 
 
 
「これは、お礼、というか、気持ちだよ」
 
碇シンジはジュースを買ってきていた。事情を知らなければ、思い切り復学初日にパシリに使われているようにしか見えない。下剤でも入っとりゃせんか、と、邪推も出来るわけだが、鈴原トウジたちはあっさり受け取ると、ごくごく豪快にいってしまう。
木陰とはいえ、それなりに暑い。火織ナギサにしても汗もかかぬ、というわけでもない。
 
「うーむ、ごっつぁん。甘露やなー」
「OH・・・なんて繊細なカインドネス。もうちょっと血に飢えて開放的な感じのビーストキャラだと思ってたけど、ブラザーシンジ、むちゃくちゃマザーじみてイイ奴じゃないか。なあ、ナギっち」
「・・・・・ここまで何一つ賛同出来かねると、逆にすごい」
 
 
「それで、昨日、綾波とはどうなったんだ?」
 
野郎四人いれば、当然、興味のないはずのない確認事項であるが、上記三人に任していたらいつになるかわからんので、さっさと聞いてしまう相田ケンスケ。可能性としては低いかも知れないが、昨夜の自分たちが「ラブコメ漫画におけるおかん」「恋愛漫画におけるお邪魔イノセントモブ」ごとくの立ち位置であったとしたら。もう少し深く謝罪せねばなるまい・・・・・もちろん、因果応報的に、自分とマユミちゃんがそうなった時にやり返される未来を恐れてる、とかではない。あくまで、友情的に。日向さんたちは仕事も込みだったのだろうけど。まあ、アルコールもいれられてちょとメートルが上がっていたのも事実だし。ドラマなら、あそこで男友達の乱入とか「ない」だろうしなあ・・・・それが女子、友達以上彼女未満だったら・・・甘ずっぱすぎる!
 
 
「プリントを届けに・・・・・てのは、嘘だけど、様子を見に来てくれたみたい。食べ過ぎてお腹がもたれていないかどうか」
 
相田ケンスケの心情を読んだのか、読んでないのか、そんな答えの碇シンジ。
 
 
実際、「ちーん」して、茶の一つも飲むことなく綾波レイはさっさと自分の棟に戻っていったのだ。少年としては、見栄の一つも張りたいところであろうが。それにしても、腹がもたれていないか様子を見に来る少女、というのは、普通、そんなのファンタジーの世界にもおらんわ!!というツッコミ十字砲火がくるだろうが、綾波レイである。
 
半回転して、あるかも・・・・・・・・と、火織ナギサあたりでも思ってしまうのだった。
 
 
「あー、そうか。イヤイヤ、実はちょっと気が咎めとったんや。ワイらもしかして超邪魔モンやったんやないかと。それで、ここで反省会をしとった、ちゅうわけなんや」
 
もちろん、野郎四人そろえば、「そんなワケあるか!ここは男らしゅうきっちり武勇伝、語ってもらうで!」という方向に話が進撃してもおかしくはない。
 
が、そんな艶笑なタマなら、そもそもあの夜、自分たちが大人も含めて様子見などせずともよかった。まあ、逆ベクトルの可能性を大いに恐れたわけではあるが・・・・いつぞやの「お祓い」ではないが。
 
 
「そーいえば、エヴァの女子パイオンリーの女子寮なんて、ドリーミングな施設ができたらしいなー今度、遊びにいかせてもらわないか?ナギサティーチャーの引率で」
 
もう少し昔から付き合いのある他の者なら地雷に近いような話題であったが、碇シンジの顔色も変わらず、あっけらとしたミカエル山田に苦笑してみせた。「いやー、それは」
 
「いや、あそこ職員以外はマジで男子禁制やろ。ま、ガードがきっちりしとるのは安心やけどな、ワイも中がどうなっとんのか教えてもろうてへんくらいや」
 
女子寮造って男子寮ないのは、不公平だ、などと唱えるはずもない鈴原トウジである。
 
ムリヤリ、まとめられてもなあ、とは思う。元々、自分は強引に割りいった補欠程度でもある。女子メンバーの顔と事情を知れば、やもうえない処置であろうとも思う。
 
もちろん、情報源として洞木ヒカリが中にいるのだからそれ以上確かな話もないのだが、警備の都合か、口を濁して雑談レベルでも教えてくれない。専用の携帯からは話もできるのだが、そのように管理人、葛城ミサトから言われているようだ。意外な感じもするが、一方、安心感もある。実家があるのに、わざわざ寮暮らしは本人の了解あってのこととはいえ。気苦労があるのだろうが・・・・・学校やら本部で会う分には、肌がつるつるしとるような。もちろん、わざわざ行ったこともないし、入らせてもらう、という発想が。
 
 
 
「入ったことは、あるよ」
 
だが、火織ナギサがあっさり言ってのけて驚く。
 
「あるんかい!?」
 
「とはいえ、一度だけ。サギナの入寮をもちかけられて、その下見のようなものでね。付き添いだよ。ま、気に入った点はあったみたいだけど、赤木の家から出るほどじゃない」
 
「いやいや、サギナとカナギとナギサっちは、三位一体。いつでもいっしょにいないと世界のバランスと女子寄り率が狂ってくるから。ピンにしちゃダメダメ」
これもまた他の者が口にすれば、とんでもないことになるのだろうが、もう諦めている、という顔で反論も口にしない。それとも、無言の肯定であるのか。また希望であるのか。
さすがにこの場には、サギナとカナギは来ていないわけではあるが。リトル渚カヲルたち。
 
 
首を、少し傾ける、碇シンジ。
 
ほんの少し。頷きでもなく否定でもない微少の角度。
 
 
「・・・・・・・」
渚カヲル、ではない。明らかに違う。これだけ同じ顔をしながら。
それは、式波ヒメカなども同じ。同じ顔で片眼を覆ってるだけなのに。
変化せぬものなどなし・・・・己ひとつも、周りの流れも。
寂しくもあり、それでもどこか。
 
 
「まさかシンジ、お前も・・・・・?」
「ないよ!ないない!外観も見せてもらってないくらいだし」
相田ケンスケのお約束めいた疑いのまなざしに、いろいろ振り払うように手でワイパー。
 
ちなみに、いろいろ検査やら調査やら事後処理やら忙しくて、いろいろ妙な噂がたっているエヴァ女子寮、通称、「カツラギ寮」のことはほぼノータッチ。聞かされてもしばらく笑って信じてなかった、というのもあるが。どーなっているか、ほんとに知りません。
 
 
ちなみに、父さんとの同居とかも打診すらされませんでした。いわゆる家庭、庭ついてる家、というものを現在所有していないらしい。少なくとも第三新東京市内には。
その気になれば執事さんメイドさん付きの屋敷を一日で構えることもできるらしいけど・・・・・・まあ、不必要だろうし。以前のようにホイホイ出張は出来ないだろうけど。
たぶん、パイプ椅子で仮眠、しかも三時間、とかでも苦にならないんだろうなー。
こちとら、もう少し味のある生活がしたいもの。楽というか楽しいというか。
いやまあ、今の内から父親の仕事ぶりその他全般をそばで見て学び、将来有為な人間に、という向きもあるかもしれない。ひそかに期待されているのかもしれないけど。
 
 
 
けどまあ、しばらくはあの幽霊マンモスでいい。境界、岬で待つ人間も必要だろうし。
 
 
我こそは第三新東京市の道祖神、なんて気負いはないけれど。
 
 
根付いては、いる。もうどこへもいかない。出張とかはべつとして。
 
 
訪問(おとずれ)があるような、気がするから。
 
 
 
彼女の。綾波さん、ではない方の。彼女の。
 
 
 
「ウーム・・・あれは、ナオンのことをシンキングしてるサイドフェイス。どうするトウジ?」
「・・・どないするもないやろ。べ、べつに普通やろ。タイムとったれや。むしろ、この流れでワイらをターゲッティングされとったらやばいわ、なあナギサ」
「なんで僕に・・・そろそろ戻らせてもらう・・・一応、ナオンというのは女子のことだろうね」
「しばらくは、時をかけない少年、だろうからなー。温かく見守ることにしよう」
 
 
地下の穴蔵で雪の王子をやっていたとかいう友人がただ浦島ボケしているのか、この暑い日に照らされて、ぽたぽたと本調子に向けてアップロード作業中なのか・・・・判別がつかぬようなら、もう一度反省会をする必要があるかもしれないが。
 
”いけそうやな・・・・・いや!いけるな”
 
気合いが抜けているのか、気合いの注入をすでに始めているのかくらいは。
分からぬはずもない。もしも友と呼べるなら。
 
その分も、充電している。
夜雲色の瞳をしながら。男の友情電流を、じんわりと。
 
 
そう、今、この体育館の木陰は、おなごなど立ち入る隙のない絶対領域・・・・・!
制服が学ランでないのが惜しいくらいの、ナオンなどなんぼのもんじゃい聖域・・・!
萌えなど燃えつきてしまうがいい押忍!彼女持ちなど軟派の極みでごんすの世界!!
 
 
だと、思われたのだが
 
 
「シンジー」
 
 
美少女が迎えにきた。漢の充電はただちに中止された。「あ、アスカ」
 
 
「おべんとー」
 
 
を、ここまで持ってきてくれた、わけではない。そんなこと、この絶対領域周辺で許されるはずもない。もちろん、もちろんのことだ。しかし、不穏な、不穏にすぎる単語の投げ具合。スープレックスでいえばウルトラスーパー級の。気づいたら投げられていた、というか。
 
 
「うん、持っていくー。じゃ、僕行くから」
 
てっ、と駆けだしていく碇シンジ。事情を知らぬ者が見たら復帰初日にパシリ以下略。
 
 
「はあ?」
カウントが10過ぎてもしばらくは動けなかった野郎友である。
 
「ちょっ!?ワシらと食わんっちゅーんか!!」「別にそれでもいいだろうに・・・」
「えーと・・・いいのか?こんなところ以前通りで」「Eーんじゃないのかー?ランチの絆。しかし、さっき考えてたナオンは・・・・・、ま、Eーか。面白そうだ。ぜひご相伴させてもらうとするぜ!」ダッシュするミカエル山田についていかざるをえない三人。
このあたり理屈ではなく、野郎の習性というか。ほっとけないというか。
 
 
役者はそろいすぎている。単なるパワー・ランチではなく、さらに危険な感じがモリモリのパワフリャーランチになるのが目に見えていたからだろう。未来視などなくとも。
 
 

 
 
 
周囲の生徒に万が一被害が及ばないよーに、君たちは集まって屋上で食べたりしなさい、と大人達から命令されていた、わけでないのだが。日よけのテントとなけなしの扇風機が用意されていたりもしたが、まあ、公式には自由意思で集まったということになろう。
 
 
二昔前の少女漫画にあったかもしれない、すてきなおねえさま生徒会長が主催する雅でハイソで選ばれたものだけが参加できる名誉ある昼食会・・・・・・的なものではない。
 
 
それよりもっとボンバー系の。「こわいもの?なにそれ、おいしいの?」的といえそうな。
 
 
爆弾系と爆弾魔系と爆弾処理班系の複合寄り合い所帯というか・・・・・・・
そんなわけで、好奇心旺盛で物見高い者たちすら近寄りものぞきもできないデンジャーゾーン、学園D地区というべきか・・・・
 
 
 
「じゃ、いただき魔性。いただきます」
 
碇シンジの一礼のもとに始まる昼食会。面子は、碇シンジ、惣流アスカ、洞木ヒカリ、山岸マユミ、綾波レイ、式波ヒメカ、真希波マリ、赤木サギナ、赤木カナギ、鈴原トウジ、相田ケンスケ、火織ナギサ、ミカエル山田、と、何とかの晩餐を彷彿とさせる人数。
 
 
碇シンジが音頭をとったのは単純に作成弁当の数によるものであった。自分のものと惣流アスカと式波ヒメカの三人分。その事実を知ったとき、「ヒイイイイイッッッ!!」鈴原トウジたち野郎どもは小娘のような恐怖悲鳴をあげたわけだが、事前になんらかの調整があったようで、そこで惣流アスカがブチキレて喚き出す、ということはなかった・・・。
 
いただきましょう、が、いただき魔性、などと聞こえたのはそのせい。
むろん、当人はへのかっぱえびせん、みたいなツラをしているのはいうまでもない。
 
職員室から特別寄付された大きなヤカンの冷えた麦茶を一通りまわしていく。サギナとカナギがやりたい、というのでその係になったが・・・・「「「ほわぁ・・・」」」」赤木博士が手放さない理由が分かる気がした。ひとり火織ナギサだけが置き所のない赤い顔をしていたが。
 
「こいつは、うちのチャンカーから。実験農場の新作佃煮フルコースだ。味はともかく効果はギンギンのビンビンのはず!あ、もし副作用があったらすぐにおいらかチャンカーに連絡してくれよ!おいらが朝に味見したから、80%は大丈夫だと思うぜ」
「これ、つくりすぎたから、みんなでつまんで。よかったら」
「こっちも、ちょうど田舎から果物がたくさん送られてきて・・・・口にあえば」
「ああ、シンジ殿。ちょうど海に向けて素振りをしていたら何匹か、ひっかけてしまったのでござる。どうすればいいでござろうか?」
 
ミカエル山田がタッパーをいくつも取り出しゴザに座る皆の前に広げてみせれば、
ツッコミがくるまえに洞木ヒカリが、いかにもお弁当の余りですよ的なでも分量を考えるとちょっとおかしいですよ的な大きめタッパーを取りだしてみせて。
そのタイミングに合わせるかのように、山岸マユミがスライス果物のタッパーを展開。
 
昼食会、といえど、同じものを食べているわけでもなく、パン食の者などすぐに終わってしまうだろう。そうしたことに配慮したものと思われる。なんせ第一回目でもある。
 
そういった気を遣う者もいれば、そうされてはじめて感心する者もいれば、発想の次元が違うものもいる。式波ヒメカが魚など持ってきているのは、授業にも出ずに剣の修行、などと好き放題に歩き回っているからであった。本人が堂々と申告しているためもはやつっこむ者もいない。真希波マリではなく碇シンジに相談をもちかけているのは、「剣の師匠」であるかららしい。どこまで本気の話なのか・・・・よく惣流アスカと綾波レイがガマンしとるな、と周りの者は恐れおののくのだが。コケにされているわけではない、からいいとしているのか・・・・
 
「刃物はあっても醤油とワサビはさすがにないから・・・・洞木さんに預けて寮で料理してもらうとか」
「では然様に」
 
なんとも腰が落ち着かないようなやり取りであった。ふつうに碇シンジの弁当をぱくついている惣流アスカの態度は。箸でもベキリとへし折るようなわかりやすい反応があればまだ。とはいえ、同じ寮で暮らしているのだからそんな過剰反応を続けていれば身がもつまい。自分と同じ顔の人間が、かつて同居していた者に、あんな次元超越した会話をしていれば・・・かなりのストレスだと思うのだが、なんか肌つやとかはキラキラしているのだ。
 
 
 
「そういえば、水上はきとらんのかいな?」
 
いまさらの鈴原トウジの確認であるが、探りに近い。どこへいくにも惣流アスカべったり、とかいう話は聞いている。ならばここに来ていない、というのも・・・式波でさえ来ているのに・・・おかしな話で。何かあったか・・・・・。スルーするのも知恵であろうが。
地雷覚悟を承知であえて、というのが、らしい。
 
「ああ、ミカリ?番台の設置をするからって今日は業者と相談・・・・・」
 
惣流アスカの反応自体は、不在理由は水上ミカリの都合である、と普通だったが
 
「アスカ」
「おやおや、その話は」
「惣流」
 
なぜか、洞木ヒカリ、真希波マリ、式波ヒメカ、女子寮組三名に注意された。
 
 
「あ」
 
弁当を食べる手を止め、はじめて、「しまった」という顔を見せる惣流アスカ。
この場この空気に油断しきっているというか信用しきっていたというか。
解放されて気が緩んでいた、というか。そこまで野郎達には分からないが。
 
 
「ばんだい?」
 
事前説明なしに、いきなり単語だけ聞かされるとなんのことか分からないのは確か。
しかも、それを設置するらしいが、設置業者と相談って・・・・・学生のすることか?
 
 
「いや、まあ、あの子、ちょっと変わってるから」
 
同じ顔で学校さぼって昼飯時に戻って捉えた魚を見せる子もいたりするが。
 
 
「はあ・・・まあ、混ざりたくなくて一人飯食ろうとるわけやないんやな」
 
下手売ったところを追求するのも男らしくないので、それなら、と、話を変えようとした
ところ、先に惣流アスカが続けた。
 
 
「学校も、あんまり来ないかも・・・・」
 
「おいおい」
 
と、反射的にあたりさわりのない合いの手を入れたが、違和感があった。
すでに大卒並みの学力があり、学校などちゃんちゃらおかしい、としても。
水上ミカリには、惣流アスカとべったりしたい、という特別な理由があるのだ。
惣流アスカが来る以上、ついてくるのが自然。
 
されるほうは、疲れるだろうが・・・・・。
 
所属学年こそ一年下だが、なればこそこの機会を逃すはずもないだろうに、と。
いろいろと謎に包まれた・・・・他にもおるけど・・・・・奴であるな、と。
 
単純に邪推するなら、あまりのうざさに惣流アスカが「アンタは学校に来るな!べったりは寮内だけ!」と厳命したものか、などということになるが。まあ、それはなかろう。
 
エヴァを操る能力はある、らしいので・・・・・・専用の機体はないが・・・・・
ちょっと変わり者でも、学校来なくても、それはそれで仕方ないのか・・・・・・
 
 
「いやまあ、事情はおいおい明らかにされていった方が面白いでしょ」
 
フォロー?なのか、真希波マリがそんなことを言った。じらす気満々。楽しんでいる。
そうなると、男には切り込みにくくなる。女子寮的なミステリーとなると。
知りたい、けれど、快刀乱麻にズバズバやるわけにも・・・・・・いかないよなあ、と。
 
 
 
「なぜ、集まれたの」
 
 
そんなとき、状況を打開というか、切り裂いてくれるのは、いつも綾波レイだったような。
そこに痺れる、憧れるゥ!!などと野郎どもが内心の喝采を送ったかどうか。
 
いつもの調子の昼でもズバっと、おそらくは切れ味日本で一番、綾波レイの居合い問い。
 
これは、女子寮連にむけて、「あなたたちは、どう考えてもふつう、ひとつところにおさまりそうにない面子だけど、葛城さんの招集とはいえ、どうして大人しく集まれてるの?不思議でしょうがないんだけど」というようなことを、問いかけているのだった。
 
すごい圧縮率であるが、少なくとも、この場にいるメンバーにはこの程度の解凍は可能。
 
 
ネルフ職員、事情を知る関係者たちも不思議でしょうがなかった。実のところ。
命令であるから、集まるには集まるだろうが・・・・すぐに崩壊するだろう、と皆、思っていたのだ。いくら葛城ミサトの手腕であろうと、無理すぎる面子であろうと。
事故も起こさず。各自、独房にでもぶっこんであるならともかく。
 
 
自分が呼ばれなかったことには疑問にも思わないし、それで疎外感など感じるはずもないが。なかなかの超常ミステリーだと思っていた。こんな無茶、よくやるわなあ、と。
問いただすには、ちょうどよい(綾波レイ的には)機会だと思ったから。
 
 
「め、命令だからよっ。決まってんじゃん」
 
やはり、動揺したものか。惣流アスカの、一秒ももたずに見破られる言い訳。
 
他に、なにか、「釣られるネタ」がありましたよ、とゲロったに等しい。
 
それは、綾波レイのように心が読めるわけでもない者たち全員が理解した。
友達であるから、「もすこしなんとかできんか」とも思った。「がんばりましょう」とか。
 
 
外側を固く鎧うのは、システム的に命令権力でもやれるだろう、馬を水場に連れて行くまでのことはやれる。が、実際に水を飲ませるのは。内部の人間関係をそれなりに潤滑にやわらかくするのは・・・・・本人達がその気にならなければ。その程度に彼女たちが大人であれば。まあ、大人であれば問題が解決するなら、世の中もっと平和であろう。
 
 
どいつも、(洞木ヒカリはべつとして)そんなタマではないから、心配している。
 
心配の形、深度は人それぞれ。中でも、同居人が新しいところで苦労してないか、そんな心配だってある。梨とかしゃくしゃく食べながらでも。
 
 
しかし、先に惣流アスカが失言しかけたところを堰きとめようとした、三人のあの呼吸。
仲がよい、というものではないが、互いの生活拠点の平穏を守ろうとはしていたような。
 
 
いや・・・・・・・あれは、「共通の秘密」があるのだ。おそらく。
 
 
鈴原トウジあたりでもピンときた。洞木ヒカリの寮についての口が重かった理由。
なんか・・・・・「イケナイこと」が、女子寮内部で行われているのではないか・・・
 
 
「うわ・・・」「うわぁ・・」
相田ケンスケと山岸マユミが同じような深紅具合に顔色を染めて。
 
 
「いやいや、そのような。どのように外から見られているか知らず、拙者達は意外なことに気が合う同士だったのでござる。そう、いわば同志。確かに当初は、そのような戯けた命など従う気は毛頭ござらんかった。シンジ殿が地上に戻られた以上、そのおそばに控えさせていただくのが本来の務めでござるによって」
 
同じ顔であるが、こちらも自信満々なのはいいが、なにか葛城ミサトに”してやられている”のだろう・・・・隣の真希波マリの表情を見ると、そんなところのようだ。
 
 
ただ、それを表沙汰にしたくはない、というのが共通している。何をしているのか。
まあ、女子寮の秘密などその気になれば、すぐに分かる・・・・・わけだが
 
 
 
「行ってみてもいい?」
 
「だめ」
 
碇シンジの、思春期の少年にありがちな下心系好奇心を見事なまでに感じさせなかった、「落ちた消しゴムをひろってください」「はい」レベルの、自然すぎる申し出を
 
即座に蹴った惣流アスカ。このように今日のべんとうまで作ってもらいながら。
鬼の、鬼少女の所業であろう。外面も般若になっていた。美少女にこんなことやられた日にはたいていの少年は二度と立ち直れまい。が、ボールは友達、みたいな顔して
 
 
「じゃ、式波さん」
「ヒメカとお呼びあれ」
「じゃ、ヒメカさん。行ってみてもいいですか?」
 
いったんは、斬殺しかけた身と斬殺されそうになった身である。それでこんな調子である。
なまなかな神経ではこの稼業は務まらないということであろう。同じ顔の相手に。
「くっ!!」惣流アスカが発火石を弾くように呻くが、聞こえないふり。
 
「むろん、シンジ殿の頼みとなれば、応、と返じたいところでござるが・・・」
真希波マリの方を見た。
 
「まだ完成してないらしいからねえ。管理人さんによると。んー、そんなわけで全部出来てから見に来てもらったほうがいいんじゃないのにゃ・・・化粧が終わってないのに見られたい女はいないな」
逆さ招き猫、とでもいうような腕の動き。完成していない、というのはさきほどの水上ミカリの不在理由とも合致する。なんせ急の話でもあったのは確か。権力と財力でたいていの無理は押し通すネルフとはいえ。
 
 
「それなら、しょうがない、かな」
 
どこまで本気であったのか、あっさり碇シンジは引き下がった。最も近くて、遠い、碇シンジがそういうことであれば、他の者もあえて押したりはしない。急ぐ話でもなし。
 
 
「とはいえ、レイちゃんとマユミちゃんは女の子だからね。構わないよ?今夜あたり寄ってみる?」
楽しんでいるのか、真希波マリはそんな誘いを。「う〜〜〜」惣流アスカがまた唸った。
 
「いえ、いいわ」
「え?・・・じゃ、遠慮します・・・今日は」
山岸マユミはメガネを光らせ、かなり興味がありそうだったが、綾波レイが即断となると。
 
 
 
まあ、女子寮の秘密など、どうということはない・・・・・・・・
 
 
がんばって早く知る必要もあるまいし・・・・・
 
 
それを解明しなかったばかりに、世界救済フラグが立たずに、人類全滅・・・・
 
 
ということもあるまい。
 
 
 

 
 
 
「と、まあ、そんな感じでした・・・・」
 
「ふーん・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
 
湯煙に、女の声。気持ちのいい湯に浸かっているのだから仕方ないが、声は弛みきっている。相手の話をほんとうに理解しているのか、かなり怪しいが・・・・聞かせた方もあまりそのあたり、頓着がない。気持ちのいい湯に浸かっているのだから、仕方がないのだ。
 
 
かぽーん
 
 
鹿威しの音が、響く。ここが、かなりでかい浴場であることが分かる。
 
 
すいー、と湯煙の向こうから影が移動してきた。当たり前だがバスタブでこんな真似はできない。個人宅では、まあ、トンデモ金持ちでもなければありえん風呂場の広さ。
 
 
「惣流の反応が面白かったでござるなあ」
 
 
湯煙を抜けた影は、式波ヒメカ。タオルも・・・・眼帯も、つけていなかった。
 
眼帯の下は、三種類の金属片が刺さっていた。見せる相手を選ぶ、生の真であるが。
 
 
「ふふ、まぁ・・・・だろうねー・・・・・」
「かわいいっていうのさ・・・あーいうのは・・・・ふふ」
 
晒された方にも当然、驚きもない。これはただ気持ちのいい湯に浸かっているせいではないだろう。葛城ミサトと、真希波・マリ・イラストリアス。知っているゆえ。
 
ふたりも、当然の如く、裸身。旅館の風呂ではないので、タオルもいらない。
サービス、サービス、でもない。ここが、女子寮、カツラギ寮内の風呂であるからだった。
 
 
ちなみに、ここは第一号。緑の湯をたたえた巨大露天風呂。旅館でもないたかが女子寮にはありえへんサイズであった。
 
 
現在のトコロ、第七号風呂まで完成している。何号まで造る気でいるのか、管理人しかしらないし、嘘か本当か「フルーツ風呂までいきたいわねえ・・・・なんかこう、鎧チックな・・・五右衛門風呂みたいな」などとほざいているという。中国王朝のお后さまでもあるまいし。反則であった。反則であろう。いくらサービスとはいえ。誰にサービスしとんかよくわからんし。ただ葛城ミサトのドリームを形にしただけというか。惨事に近い。
 
 
ただ造っただけなら、葛城ミサトすわ乱心か!?というところだが、それでもって女子パイロットたちを釣り上げてきたのだから、文句のつけようがない。釣られた方も正直、なんといってやればよいのか・・・魔の牙・真希波・マリ・イラストリアスでさえ、さすがにあっけにとられて。「神隠しにあった気分ですよ・・・・」この件は白旗をあげた。
 
「だって、アマゾン風呂とか海底風呂とかあるし・・・・・」馬鹿じゃなかろうか、と思いつつも。誘惑断ちがたし。しかもそれを自分たちだけが使うリッチさといえば。
 
 
そこらへん、水上ミカリは気にくわなかったらしいが。「これで儲けないのは間違っています」とか。水上左眼の戦闘因子のみを継承した式波ヒメカは、まったくそのあたり気にならないが。「修行の後の風車風呂は最高でござる!」などとなんの疑問ももたない。
 
 
女子寮内で葛城ミサトが作ったルールも、「皆が揃ったら、皆でお風呂に入ること」という・・・公にはけっして出来そうにない其れ一つのみ。外出制限連絡制限門限すらない。
実質「各自の判断で勝手にやってね」という・・・・・なんというか、趣味の城だ。
それを支えるスタッフ、裏管理人とでもいうべき加持リョウジの苦労が忍ばれる。
 
 
だが、そのおかげで、惣流アスカは早々に、式波ヒメカの正体を知り得て理解し、咀嚼しようとしている。水上ミカリも、間違いなく水上左眼のコピーである式波ヒメカに対する距離を決定できた。湯煙の中では、かえって幻想もない。
 
獣飼い二人も、作戦部長総代行葛城ミサトの腹と懐が早い内に見えたのは都合がよかった。
 
 
とはいえ、そんなことは外にいる人間には分からない。分かってもらっても困るが。
碇ゲンドウや冬月相談役でさえ「葛城くんはうまくやっているようだな・・・」などと理解されてもかなりきもい。そういうものなのだ。
 
 
 
「シンジくんも・・・・・男衆が見ててくれる、か・・・・・・」
 
そう呟く葛城ミサトの表情は。満ち足りた、寂しさ、とでもいうような。煙っていて。
 
 
「アスカたちは・・・・・・・」
 
 
「ミカリちゃんの番台設備の説明を受けて、ますよー・・・でも、ありゃ当人にしか扱えないでしょー・・・・10円、100円、の現金扱いながら、客のいない時は端末で億の金を転がすなんて・・・・どっちかならともかく・・・神経、もちませんわ」
 
「銭湯でも旅館でもないのに、ネルフ職員限定とはいえ、開放する必要は・・・ござったのか・・・・・むーん・・・・・・ぶくぶくぶくぶく」
 
 
「だってあの子、スポンサーでもあるんだし・・・・・お金を稼いでないとどうにも落ち着かないとかいわれると・・・・返す言葉がないわあ・・・・・」
 
 
まあ、このカツラギ寮もいつまで続くのやら。すぐに終わるかも知れないし、意外に長く続くかも知れない。ほんとにフルーツ鎧五右衛門風呂が完成するかも知れないし、七号作った辺りでもういい加減にせよかもしれないが。
 
 
しばらく、そんな調子でよしなしごとを、だべっていた。
 
 
「今頃・・・・・・使徒使いは・・・・・なにをしてるんですかねえ」
 
返答はあまり期待していないのだろう、湯煙の向こう、遠ざかりながら真希波マリ。
その行動が、今後の業界の流れ、未来に大いに影響を与えることは知れきっている。
 
 
「さぁねえ・・・・・・・・・でも、もしかしたら」
 
現在の行方は不明。世界各地のマナリアンキャンプにも戻っていない。
もしかしたら・・・・・などと、思うのだけれど。
こうして同じ湯船につかることだけはない。その身は使徒使い。
せめて中立であってほしい。中の、人間らしく。中の人らしく。
 
 
「温泉につかっているでござるよ」
 
あっさりと式波ヒメカが、実際見聞してきた情報を開示した。
あれは毒ガス斬りの修行中のこと。
箱根の温泉に潜伏して、しもべ使徒たちの傷を癒しているところを、その目で、見たのだ。
 
真希波にも口止めは特にされていないし、話したくなれば話す性分である。
 
 
「・・・・・・・・・ほお・・・・」
 
いくら暴走気味とはいえ、寮生各自の個性、それが分からなければ、女子寮の管理人など務まるまい。半落ちとはいえ、竜の後継、まさか湯にのぼせるなんてのはあるまい。