声はよく似ていると言われていたが、胸の大きさはどうだったであろうか・・・・
 
 
などと、考察する者もいるはずのない箱根の秘湯である。
 
 
夕日を溶かし込む露天の湯には少女ひとりきり。
 
 
貸し切り、という意味ではなく、単純に彼女一人しかいない。
 
 
結界であった。
 
 
そこに結界がある、ということが分からぬようになる、いわば、世界の区切り。
それが箱根という温泉地において、とある露天風呂だけを宣伝文句でない神秘の秘湯と化していた。
 
 
少女にはその力があり、現在使用中。目的は・・・・何もひとりでゆったり湯につかりたかったから、ではない。そうせねば、ならぬ理由は・・・・
 
 
ぽこり
 
 
湯の中につけておいたらしい、スイカほどの赤い球体・・・・まさかほんとうの赤スイカではあるまい・・・・・が浮かんできたので、少女は
 
 
「ほら。もう少しつかって」
 
子供をあやすような感じで、その赤い球体を湯に沈めた。ちなみに、他に誰もおらんので少女はとくにタオルでも水着でもない。赤い球体も中学生男子の眼球や鼻を装備しているわけでもないのでガン見することも鼻血を吹くこともない。
 
 
 
ぽこり ぽこり
 
他にも何個も沈めていたらしい。ところどころひしゃげている赤い球体が浮き上がってきたが「あー、だめだめ。もう少しつかってなさい」少女は、沈めてしまう。
 
 
何をやっているのか・・・・・・
 
少女の名は、霧島マナ。世界唯一の使徒使い。おそらくは、歴代最強。
 
 
赤い球体は、議定心臓、いわゆる使徒コアであった。それを、湯に沈めている。
 
異界の光景であろう。
 
使徒のコアを湯責めにして虐待しているにしても、はたまた傷を癒しているにしても。
 
恋の悩みも治せぬ草津の湯程度では、使徒のダメージは回復しない、ということなのか。
それとも、単にネルフ、第三新東京市に近いため、なにかと便利、ということなのか。
 
 
半分とはいえ、禁断の使徒武装「ゴドム」を手に入れ、
大使徒LA・Fエルの試練を、多少のしくじりや惑いがあったとしても、ガップリ四つに受け止め、高レベル戦闘系使徒を手に入れた。
箱船の男の瞳と、モーゼにも似た赤い海を割り裂く杖を発動することを証明してみせ
 
 
もはや、「ひとり特務機関」状態の聖書級女傑・霧島マナ。これで調子にのらならければ逆にもはや人ではあるまい。業界も戦々恐々としていた。エヴァの暴走などこれに比べれば児戯もいいとこ。
 
 
だけれど
 
 
 
「あー・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
ここで、こうして、彼女は、箱根の湯につかっているわけである。
単純に疲弊した戦力を修復しているだけ、という見方もあろうが。
 
 
「ういー・・・・・・・・・・・・・・・」
 
顔が紅葉色なのは、夕日のせいばかりではない。誰も見ていないからといって呑んでみた冷酒のせいでもない。いや、それはあるかもしれないが。
 
 
今後のことを考えていた。天下無双、膨大な力を持った人間が陥りやすい百年計画や千年王国の夢想、ではない。間近に迫った課題のことだ。VS,大使徒の試練は終わっていない。むしろ、ここが本番といえる。
 
 
「シンジくんは・・・・・・・・・・」
 
彼が欲しいな、と思う。彼の根をしばらく手に入れていた者として、最終的な根っこの部分でいうならば、「同じ病におかされた者同士」として、彼が欲しい。もちろん、彼に付随するものたち、碇としての血脈、家門としてのネルフ、鎧や鉾としてのエヴァ初号機、その他もろもろ魅力的ではあるけれど。
 
 
彼がそばにいてくれれば、
 
おかしくならずにすむのではないか・・・・。
 
そうでなければ、遠からず、自分は、おかしくなる。
 
鏡として、薬として
 
 
彼を近くに・・・・抵抗力は二倍に、進行速度は半分に
 
うまくいけば、回復、そして、克服できるかもしれない。
 
ひどく傲岸な考えではあろうけれど・・・・・・綾波レイも、似たような素質はあるし近いのだけど・・・自分のものにはならないだろう。同性がどうの、ではなく、あの赤い目が。自分とまったく違う道を進むのが、分かる。この懐に取り込めるタマではない。
 
 
好きとか恋とかでも、いいのだろうけど、理屈をこねずとも。しっかし、そうなると、好みに宿す力は巨大すぎて。「フラレ気分で世界は火の七日間」とかいうのも悲惨すぎる。
 
 
 
「うーーーーむ・・・・・・・」
 
 
手に入れる方向で動いて、手に入れよう。ネルフ本部のチルドレン所帯も大きくなって、いろいろとラブラブしたいのかもしれねいけど、知ったことではありません。
代価として欲しい、とはいいません。刈り取って、しまおう。
その後のことはその後のこと。
 
 
病の名は「停滞破壊病」もしくは、「ブレイクスルー期待され症候群」
 
 
袋小路、もしくは、詰んでしまった迷宮の壁を破れる、「つるはし」マトックを手に入れた運の強い冒険者。ゼルエルを宿した「鉾」のコードネームに、ドルアーガの塔、などという仇名がつけられたとかいうのも、こうなれば納得する。
 
 
あいつらは、やるぞ
 
あいつらは、やるかもしれない
 
あいつらは、やってほしい
 
 
自分たちは、期待されている。望まれている。祈られている。信じられている。
呪われている。恐れられている。呆れられている。
 
輝かしい意味でも、底無しに暗い意味でも。
 
さまざま目が、七つの目が、注がれている。自覚があろうがなかろうが。人以外にも。
 
使徒使いとなって世界を飛ぶようにふらつくようになってから、明確に理解した。
 
そこらへん、穴蔵マンだったシンジくんは気づいていないかも知れない。ないだろうなー。
 
 
剥き出しの、目の重圧。深海よりも尚。神でも怪獣でもないのに、破壊を願われている。
 
 
その一点において、目に見えるものと数字を相手にするエヴァチルドレンと異なる。
 
 
風穴を穿つ者。自分たちは。・・・・あー、いや、もしかしたらシンジくんは、違うのかも知れない。けど、わたしは、そう思い、そう望む。そういうものだと、信じてる。
 
わたしからの。呪い、なのかもしれない。
 
そうでなければ。自然現象のように、巫女のようには、生きられないし。
 
どうしても、人のサイドに。人との絆を意識しながら、生きてしまう。
 
自分がいなくなったあと、この手にした膨大な力を託せるのは、やはり彼しかいない。
 
同じ病、同じ呪いにかけられて。それでも元気な姿を見るというのは、どれだけ。
 
 
「そろそろ、あがろうか・・・・さすがにのぼせちゃうしね・・・・ああ、あなたたちはあと十時間かぞえるまであがってきちゃダメだからね」
 
湯から裸身を引き上げた。結界にして人払いしたはいいが、こうして自己管理がなっていないと湯あたりした時などがやばい。いくらなんでもそんな最後はないだろう。
 
「使徒使い様を殺ったのはダレだ!?」「湯だ!!」・・・・ないない、なさすぎる。
 
冷や酒セットを片付けながら、馬鹿なことを考えてしまう。
 
 
 
「そんなわけで、最後の試練、あなたたちのいうVSは、第三新東京市近辺で行いたいと思ってます。どうぞ、よろしくお伝えください・・・・・式波さん」
 
なにがそんなわけなのか、式波、ならば分かるだろう。チルドレンのバックアップ、後釜人間、「式波シリーズ」。技術革新の中、貴種流離譚、なんて物語はなくなるかもしれない。貴重なる才種こそ、念入りにバックアップをとるべきなのだろうから。
現時点で、卵器ノ塀(ランゴッチ)の正式な飛び越え許可が出たのは、一名のみ。
 
こういった結界、隠れ里生活における泰斗、水上左眼のコピー、式波ヒメカ。
 
コピーに期待されているのは、補填、それから後始末。元来あったはずの時空間復元。
 
 
どうやってつきとめたのかは分からずとも、視線が鋭すぎてすぐに気がついた。
殺気はないものの、ただ見ている、というか。乱歩な感じでちょっとゾクッとしていた。
 
もうちょっと独り言でサービスしてもよかったかもしれないけど。口に出しては「うーむ」「しんじくんは」くらいしか言ってないし。でも、それって普通だよね。ひとり温泉でここぞとばかりにてめえのことを語り出すってヘンでしょ?
 
 
返答はなく、もともとないのだから気配が消えた、というのも妙。こちらの盛大な勘違い、というのであればドジッ子すぎるが、それもない。使徒使いの名にかけて。
 
伝わろうと伝わるまいと、そのように決めたし。選択肢もそれしかないだろう。
 
必ず試練を無事に終えるという保証はどこにもないし。その後始末ができそうなところは・・・・第三新東京市、ネルフ総本部しかない。総、とつくのだからそうであってほしい。
短い間でも、そこに住んでいたのだから。そこが墓場になるかもしれないけど。
 
 
黒衣に着替えて、冷たい水を飲む。「うまい」
 
 

 
 
 
「ところで、あの首、なんやねん」
 
タイミングを狙っていたのかも知れない。丁度、訓練時間の狭間、休憩よりも短い、設備の稼働に合わせたちょっとした時間調整、といった端切れの間合いで、自販機エリアで真希波マリと二人になった鈴原トウジが、聞いた。本人に直接、と言うのが彼らしいが、
 
「あの首って・・・・・どの首ー?」
 
しゅ、と、ヘビのように、ピンクのプラグスーツの腕が伸びて、鈴原トウジの首を掴んだ。噛まれた、と一瞬錯覚するほど、速い。意表を突かれたのもあるが。指先の力も強い。
 
「う、くく・・・・・オノレのエヴァの腰につけとった首のことに、決まっとるやろ」
 
あえて、剥がそうとはせず、首をつかまれたまま、ガンだけを飛ばし返す鈴原トウジ。
ここで目をわずかでもそらせば、血脈とツボ押さえられて落とされる。
 
「ふーん。霧島マナに刎ねられた件かと思ったよ。そっちの方かあ・・・・でもね」
 
にしても、腕はヘビだとして、その目は。メガネなどなんの和らぎにもならぬ、獣の目。
 
「知らない方がいいこともあるよ、鈴原クン」
 
指先の力が増したわけでもない、ただ、そっと人差し指で撫でただけ。それだけで。
 
「ぐっっ!?」
 
激痛と、なんともいえぬ快感が。参号機に乗らぬままの鈴原トウジであればここで小便をもらしていただろう。というか、たいていの男がこれには対抗できない。魔性の技術。
 
だが、なんとか耐えたのは、根性プラス、やはり積み重ねた功夫があったせいだろう。
 
 
「へえ・・・」
ここで格の違いを調教しておこうか、という気まぐれをちょいと起こしてしまったけれど、耐えるとはなかなか。いろいろ染み通っているものがあるにせよ。たいしたものだ。
黒い、風の匂いがする。虚ろの木を渡る、黒い風の匂い。
真希波・マリ・イラストリアスは感心し、鈴原トウジの首を解放する。
 
「女の秘密を知ろうってのに、手ぶらってのはいただけないねえ・・・まあ、今回はレアな男の涙でちょっとだけサービスしとこうか」
 
「な、泣いてへんぞ!ちょっっと目玉が驚いただけやからな!ちゅーかいきなり首絞めっておま」
 
「装備名はQセット。残念ながら後期八号機・・・・というより私専用の兵装。興味があるかもしれないけど、そんなわけで借用は出来かねます。機能は見ての通り、使徒の構造体をこちらの武装に転化する。永続戦闘には欠かせないステキ機能、かな」
 
「・・・・・それだけなら、単なる狩りゲームの実体験、ちゅうか、原始時代に戻っとるちゅうだけやから、分からんでも、ない。使いたいわけでもない。聞いときたいんは」
 
「使徒を自解させること、だね。なかなか鋭いね、鈴原クンは。そんなことには、興味がないタイプかと思っていたけど・・・・・・参号機、だからかな」
 
「なんで、そんなことができるんや」
 
「エヴァも使徒も似たよーなもんだからね。体が欲しいんだけど、首だけだから、何が欲しいのか、実はよく分からない・・・・・そんなところかな。おっと、そろそろ時間だね。お先にー」
ゆるやかに、真希波マリは通路の闇に消えていった。
 
逃げられた、わけではない。語りたいところをあますところなく語ってはくれたのだろう。代償として、けっこうな目に合わされたが。何が分かったわけでもないし、技術的なことを語られても理解は出来ない。唯一、感じ取れたのは、あの首を、真希波の奴は、必要だと思えば、出し惜しみなく使うだろう、ということ。まるきり、悪びれることも恐れることもない。単なる一機能だと。エヴァも使徒も似たようなものだと。それは、つまり。
 
 
ぶるっ
 
 
震えが来る。さすがに追撃する度胸はなかった。必要とあれば、同種をも喰らう性。
ある意味、敵であるより厄介な。が、それを隠さなかったのは。
 
 
「おっかない女やなー・・・・・・・・いや、女がみなおっかないんか・・・・」
 
再び、震えが。
こんな恐怖を感じとるのは、もしや自分だけではないのか。いやいや、シンジもナギサも感じとるはず。それとも単に気合いが足りていないのか。
 
 
「甲コウ・・・・・・」
鈴原トウジは呼吸を整える。そうしたら、少しはましになった。今、この時に呼び出しがかかるかもしれない・・・・などという考えはもう無意識に馴染んでしまっている。
 
この時点での鈴原トウジの強さは実のところ・・・・・・プラグスーツにそのような計測メーターがついていれば分かりやすかったが
 
「格闘戦最強の看板、か・・・・・・張り子のトラだと思っていたけど」
 
冷えた獣の目で考えねばならぬほど。真希波・マリ・イラストリアスも、うっすら汗を。
 

 
 
 
「えー、出張に行ってもらわなくてはなりません」
 
訓練後のミーティングと称して作戦部長室に呼び出されたチルドレンたちを前にして唐突に葛城ミサトが。表情だけは冷静を保ちつつ頭の横に大きな汗玉をはりつけながら言った。
 
出撃、ではなく、出張。だと。言い間違いでも聞き間違いでもない。
 
ここにいる全員、綾波レイ、惣流アスカ、碇シンジ、洞木ヒカリ、鈴原トウジ、火織ナギサ、赤木サギナ、赤木カナギ、真希波マリ、式波ヒメカ、さすがに訓練には参加した水上ミカリ・・・・・隔世の感もある人数であるが、全員、間違いなく、聞いた。
 
「えーと、出張・・・ってえと、フネに戻って作業、とかじゃないわよね」
 
説明も待たずにこのように問うたのは、フォローというか間をおく意味があったのだろう惣流アスカ。フネ、というのは、この場合、竜尾道泳航体のことを指す。エヴァチルドレンにこの時期、わざわざ陣地を離れさせるようなバカな作戦を立てるようなバカが自分たちを指揮するようなことはあってはならぬことを、重々承知の上で。汗玉を見ながら。
ずいぶんと急な、しかも強力な話なのだろう。道理を曲げても断じても、受けねばならぬ重大案件。そんな用件は二つしかない。一つは、ゴドムがらみのカッパラル・マ・ギア。
 
 
もう一つは
 
 
「行き先は、天京・・・・・明暗の本拠地、なんだけど」
 
 
皆、それで納得した。まずは誰が行かねばならないのかも。
 
ゴドムによる冷凍攻撃で、無期の極寒牢獄になるはずだった第三新東京市をなんとか救ったのが初号機と孫毛明こと黒羅羅明暗の部下であった蝦剥王によって持ち込まれた<天災転送門>白四械・臥羅門だった。転送の接続先が天京であり、そこから恩を返してくれ、と言われれば、断る言葉などあろうはずもない。どのような代償でも。
 
 
「シンジくん、行ってくれる?」
 
最強戦力に、昨日の今日で出張を命じねばならない葛城ミサトの心中は。
 
 
「はい。氷をさらってくればいいんですね」
 
この街の守護者を自任し、運命の少女の待ち人を予感してもいた少年は承諾した。
昨日の今日でやれることはやりますよ、と言った手前もある。
 
 
はあ・・・・・・・・・・・・・・
 
 
他の全員(サギナとカナギのぞく)から、なんともいえぬため息が漏れる。
 
ため息の色はさまざまであるが、いきなりといえばいきなりの話であるし、碇シンジの言うように、「現地の氷をさらってくるだけ」で済めばいいが・・・・。
 
 
「拙者、立候補するでござる。是非、此度の同行者に」
 
すぱっと、刃を掲げるように、式波ヒメカが。全員が呼ばれたのは、最大戦力のしばらくの留守を知らせるのとそれによる戦力バランスの調整であろう。しかし、初号機、碇シンジを単独で行かせてよいものか・・・・エヴァを駆るサポート役というか護衛役をつける必要が、かなり、あるのではないか・・・・早めにかつ確実に彼と彼の機体を戻すためにも。なんらかの・・・時計部隊がらみのワナであれば、弁が立つだけの随行員がいてもどうしようもない。エヴァの戦闘力が、必要になる。恩義には応じねばならないが、だ。
 
「いやいや、式波さん」
「ヒメカとお呼びあれ」
「じゃ、ヒメカさん。僕一人だけで大丈夫ですから。さくっと呑んですぐに帰りますから」
「いやいや、さりとて」
「いやいや」
 
他の機体でこの義理に応じることができるなら・・・・・と、葛城ミサトもさんざん考えた。だが、初号機、碇シンジでなければ、この場合、ダメなのだ。
ゴドムの威力はしぶとく、自然蒸発もせず、じわじわと冷凍領域を拡大しているとかで、根本から断ち切らねばならない。誰かが腹に呑まねばいいように拡散する。
胃腸神経その他が頑丈な、鉄で鋼で雷な誰かさんが。
 
息子の復調報告の三秒後にはこの話をまとめにかかったという碇ゲンドウ司令代行。体力の衰えが全く仕事の速度に影響しない。そのすぐ下にいる者として尊敬すべきか呪うべきか。
 
 
頭の痛いところだ。心が、なんて、とてもいえた義理ではないけど。
 
 
「ヒメ、あんたには大事な用があったんじゃなかったっけ」
 
真希波マリが押し続ける式波ヒメカを抑える。葛城ミサトがそれをしなかったのは、真意が読めなかったため。使徒使い霧島マナが、箱根の温泉すぐそこに潜伏しているのを報告したのは彼女であり、最後のVSが第三新東京市近くで行われることを知らせてくれたのも彼女であり。それを承知でこのタイミングでこの地を離れる理由が、わからない。
 
 
「?シンジ殿に師事する以上に大事なことなど、拙者には・・・・ああ、そういえば近く」
 
マジで忘れていた、なんてことはなかろう。たぶん、フェイク。だと思う葛城ミサト。
ピリピリと空気がキナ臭くなってきているのはリアルだけど。特にマリとアスカとミカリ。
 
 
「急用を思い出したでござる。さきほどの立候補、取り消させてもらうでござる」
 
ぬけぬけと。完璧にてめえの望むことしか考えていない。まさしくあの独眼竜の写し身。
娘三人がキレそうになっていなかったら、ちょっちキレてたかもなー。坊主袈裟なのはわかってるんだけど。
 
 
「ま、いいわ」
でも、仕切り直すことにする。碇シンジに一名一機つけるかどうか、難しいところであるが、パイロットたちはそろって「そうした方がいいでしょうな」的表情であり、ある意味、まとまっているというか。空気が読めるというか。詠み人知らずが2名ほどいても想定内。
 
 
「アスカ、同行を」
 
葛城ミサトは、同じ顔でも眼帯のない方を指名した。事前の話を通していたわけでもないが、驚くでもなく惣流アスカは「うん」と肯いた。
 
まあ、消去法であった。
 
先の式波ヒメカは別として、使徒使い霧島マナに一言か一矢か投げてやりたいに違いない真希波マリが行くわけもなく、逆の意味で恐ろしくて同行などさせられぬし、参号機の故郷とも言える杯上帝会の基地、天京に里帰りさせる・・・・こちらも取り込まれて二度と戻ってこない可能性が高い。実務経験値的にも鈴原トウジと洞木ヒカリでは不安が残る。では、火織ナギサとサギナ・カナギたちは、赤木博士が許可しない、というのは冗談だけど、実務経験はもちろん高速飛行能力があり、いざというときの援軍遊軍として手元に置いておきたい。
ミカリはまだ専用の機体がないし、さすがに遠地で二人きりは重いだろう。
ここにいないグエンジャ・タチにしても、基本、出番は海であるし。
 
 
綾波レイか、惣流アスカか、という話になってくるわけだった。
 
一長一短あるけれど、どちらでも仕事をやり遂げてくれるだろう。本音を言えば、出したくない。さらに言うなら、碇シンジだって出したくない。司令代行にも他の部長たちにも判断は一任されている。が、碇シンジを出さない、というのは、残念だが現時点では、「ない」。座目楽シュノが不調続きなのは転送門の使用判断が未だに重くのしかかっているせいもあるのだろうし。一歩、踏み込まなかったら、未だにここは氷の中かもしれないのだ。
特殊業界でも超法規的世界でも、この義理を果たすことがないのなら、この先の道を失う。
 
 
アスカにしたのは・・・・・・氷を祓う実績に関していえばレイだが・・・・・イメージ的にファイアーっぽかったからかもしれない。禁青への接触も考慮・・・・
 
いや、ただのカンだ。別にサービスとかバランス感覚とか背中を押すとかじゃない。
 
 
「いえ、ミサトさん。僕なら一人で大丈夫ですよ、大掃除みたいなものでしょうし」
 
はい、大丈夫じゃないことが判明。鈴原くんでさえ何か言いたげな顔をしているわよ。
これ、解釈によっては超悪役ゼリフだし。
 
「じゃあ、大丈夫な分、何かあったらアスカを守ってあげて。マスラオな感じで」
 
「マスオってあのマスオさんですか・・・・はぁ、わかりま」
 
「それはサザエさんやろ!!」「しかも分かるのかい!」鈴原トウジと火織ナギサの連動ツッコミ。「マスラオっていったら、メキシコの覆面レスラーや!こう、空中殺法でや!」
 
「アスカを守るの?」「そうや!守ったれや!そんなタマやないけど!」
 
「いや違うよ碇君!鈴原も嘘教えないの!」「え?守ったらダメなの?じゃ、何殺法で」
 
ぽわぽわぽわ・・・・
異様に頭のでかい覆面レスラーを思い浮かべてしまった真希波マリ。「くくっ」
ツボにはまる。
 
「どちからというと・・・・・お相撲?」どういうつもりか綾波レイが余計なことを言う。
「はあ・・・体重が足りないかも知れないけど、がんばります。がんばるよ、アスカ」
 
 
「はーそー、がんばってね」よけーなことをいうな、と葛城ミサトを睨みつけながら惣流アスカ。信頼されているのは、分かってるんだけどさ・・・。シンジと、二人か。
 
まあ、実際には他にもスタッフは同行してくれるんだろうし、自分も”一人”ではない。
 
それが、ラングレーとかドライのこととか考えると
 
 
気が、重い・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
「かお、あかくない?」
「あかいね?どうしたの」
 
ミニ渚たちに指摘されるまでは、フェイスをポーカーできていると思っていたのに。
なんせ、昨日の今日だしなあ・・・・・・・そうでなかったらもうちょい心を平常に
 
 
じいっ・・・・・・・・・・
 
全員に、見られている。なにそれ。さっきのようにバカな漫談を続けていればよいものを!
くそ、絶滅寸前の珍獣をみるかのような目で。うわ、ヒカリまで。なにそのラブリー視線!
 
 
「べ、別に・・・・・」
 
ドツボにはまったかのように、思い通りのテンプレ回答をしてしまった・・・バカなの?
くそ、半数以上が笑いながら喜んでいる。いつかしかえししてやる。鼻で笑った奴も!
 
「うーん、アスカが体調悪いなら、しかたがない。レイ・・・」
 
「ふ、普通だからっ」
「あ、守りますから」
 
同時に。コケにされているとしか思えないタイミングであるが。
そうでないのを知っている。そういう奴なのだ。碇シンジは。
 
 
しかしこの流れ。自分がむちゃくちゃ行きたいよーな感じになってないだろうか。いや任務なのだ。ミサトの指示だから行くだけだから!敵地とはいわないけど、よその天災を半分引き受けるなんぞ、現地住人の気持ちを考えると、かなり面倒なことになってるのは容易に想像がつく。最低限の受け入れ準備くらいは司令たちがしてくれているのだろうけど。多分。
先のフネの中みたく。そういったことを期待されているなら。
 
 
「じゃ、アスカよろしく。細かいことはまた伝えるから」
 
こくん。
肯くしかない。黙っていれば余計な介入を受けることもない。ふふん。誰かさんっぽいのがあれだけど。平穏無事に済めば一番いいけれどねえ。やるしかない。
 
まあ、本当に大変なのは、こっちに残る方かも知れないけど。
 
なぜか、暗さはない。不安もさほどに。状況が分かっていないわけでもない。
パイロットの面子が増えたせい、だけでもなかろう。けど、
 
 
「すぐ片付けて、すぐ帰ろうね」
 
すごい正論なのに、なぜかイラッとする不思議太郎のおかげ、ではないだろう。絶対。
 
「えー、えー、そうね。最大戦速60秒くらいで?」
 
「凄い気合いさすがアスカ。ところで、出張のお土産って一人の予算は三千円くらい?」
 
「ああ、だいたいその程度だよ。何がもらえるのか、楽しみだなあ、ヒメ」
「いやいや、拙者、シンジ殿の身命が無事でありさえすればなにもいらぬでござる、ござるが、天京には他には目にも出来ぬ珍しい動物の皮素材があるとか。もし、余力ござれば」
 
「現地にお金を落とそうって魂胆はいいとして・・・・・・たぶん、そんな時間ないから」
すぐ帰るんじゃないのか!とつっこんでやろうかと思ったけど、やめておいた。
 
時間がない、と言いつつ、現地天京の氷をかたすのにどれほどかかるのか、分からない。
まだ作戦部その他で数字が出てこないのだろう。下手すれば年単位。一括か分割か。
これを時間の負債と見るか、どうか。
ヒドイ話、碇シンジのやる気次第、といったところ。弐号機が巨大火炎放射器で溶かす、といった乱暴な手段はとれないのだろうし。その意味で、碇シンジの言うことは正しい。
正しいのだし、これが碇シンジだとも思うのだが・・・・・
 
 
「任務もいいけど、せっかく大手をふって外地に出れるんだから、多少は見聞を広めてみてもいいんじゃないかにゃあ。早めの新婚旅行、とは言わないけどさ」
 
「アンタバカ?」
 
無視するに限る、と思ったのに、つい反応してしまったのか。なにが早めの新婚旅行だ。
早めも遅めもあるか!旅行だったらもう少し楽しげなところにいくわ!いや違うか。
 
「お姉さまが結婚なんてするわけないじゃないの絶対」
 
ミカリだった。さっきまで黙っていたのに。ついに堪忍袋の緒が切れた目つきで決めゼリフをコピーされちゃった。されちゃったよ・・・。それにしても、こんな一刀両断みたいな目つきで言ってたっけ・・・・・・「そっくりだ」とか言われた日にはちょっと落ちるなあ。しかも、そこまで未婚を決めつけられるのもちょっとなあ・・・・それも絶対て。
 
「そうですか、絶対ですか。それはすいませんでした」
 
魔猫めいた目で謝りはしたが、腹の中で真希波は絶対に大笑いしている。周りもなんとも言いようがない顔で。自分も監視でついていく、とかなんとか言うかと思いきや、それはなかった。水上左眼の付き人を務めていただけのことはある。が、腹の底は分からない。
そこらはミサトがなんとか抑えるだろう。
 
 
出張の人員が決まれば、残る戦力の構築であるが・・・・・VSが第三新東京市近辺で行われる想定でざっくりと。使徒使いは温泉に入っているらしいが。碇シンジたちが戻るまでずっと浸かっていてくれればいいのだが・・・・・・