「あーあ、拙者もいきたかったでござるなあ・・・・・天京」
 
 
気に入りの風車風呂にて、式波ヒメカが冗談ではなくほぼ本気で言うものだから、他の二人、真希波マリに水上ミカリが呆れたような息をつく。「はあ・・・」「ふう・・・」
 
 
「どこをどうすりゃそんなセリフが出てくるようになるんだよ・・・ねえ、ミーコちゃん」
「前半は同意しますけど、最後の早死にしそうな謎ネームは無視します」
 
 
「それこそが拙者の拙者たるゆえん。まあ、縁がなかったのでござろう。いずれいずれ」
 
「執念深いところが写されてるのかねえ・・・・どう思う?ミーコちゃん」
「完全に別人ですから。左眼様とは。比べようもありません」
 
 
湯船からいったんあがり、風車の前で強風にさらされる「うーぅぅ、最高でござるーぅぅ」式波ヒメカをほっといて
 
 
「しかし、ネルフもよく出すもんだね。よりにもよってこの時期にあんなところ」
「出したくはなかったでしょうが、仕方がないでしょう。二機は微妙ですが」
「先まで見通しているつもりで、足下掬われなきゃいいけどねえ」
「あなたがそれをいいますか。真希波・マリ・イラストリアス・・・・お姉様の邪魔さえしなければなんでもいいですが」
「依存することで最大の能力を発揮する依存系能力者・・・・・七瀬ふたたびじゃあるまいし、実在したとはねえ」
「どうぞ、なんとでも。個人資産ならネルフ本部のどなたにも・・・・・ああ、総資産の読めない何名かを除きますが・・・遅れはとりませんし」
「いやー、お金は大事だけど、それだけじゃないでしょ」
 
「そうですね、お金をいくら積んでも、もう左眼様はもどってこない」
 
 
「なるほどねー。で、この先、機体が来たら、エヴァに乗るの?なんならヒメの仮竜号機に試し乗りでもしてみる?」
「余計かつ無茶なことを言いますね・・・・乗れた、としても戦闘は無理でしょう。盾にはなれますが、矛は無理なレベルですね」
「鈴原くんみたいなのが乗ってるけど?」
 
「参号機ですからね。初号機と同じで、何が起きても不思議ではない。神秘、ですかね」
 
 
「ほほー、そうきますか」
「とにかく、巻き込まないでくださいね。ネルフもその他も興味がないので」
「その執着で、今回の天京いき、よくほっとけたにゃあ」
「・・・・自分の立場は分かっていますから。同じことを考える人間はどこにでもいますし」
 
 
「非難囂々、災いを押しつけられ敵意にも近い現地住民の怒りや苛立ちの嵐の中、互いを頼るしかない状況下、少年と少女の絆はいやでも意識され強まり鍛えられ研ぎ澄まされ、ふとした、そんな瞬間、大人への境界線を突破する・・・・・」
 
「誰に対しての講釈なのか分かりませんが・・・・ここで焦ってみれば、楽しいんですか」
 
 
「ミカリ殿もこちらへこられぬかー、気持ちいいでござるぞーぅぅ」
楽しそうな式波ヒメカの呼び声・・・・どう見てもあれでは風邪をひきそうなのだが
 
 
「ふん・・・」
湯船を出る水上ミカリ。そのまま脱衣場へ行くのかと思いきや、式波ヒメカの横の風車前へ。「あ・・・・」ヒメの真似をしない方がいい、と言おうかと思ったが、やめた真希波マリ。完全な別人、といいつつもあれは。「御苦労だなあー」
 
 
 

 
 
 
「はくしょん!!」
 
 
葛城ミサトが作戦部長室で打ち合わせ中に一発かますと
 
 
「大魔王でも呼び出せそうな、見事なくしゃみですねえ」
「温泉に入りすぎなのよ。温泉に。少しは自重しなさいよ、いくら寮だからって」
「女性職員にも開放されるのはいいんですけど、一回770円って高くないですか」
「男性職員にも開放してくれるのなら、その値段でもかまわないけどな倍でもいい」
 
誰も、風邪ですか?お体いたわってくださいね、とか、誰かうわさしてますね、とか普通のリアクションをかえしてくれなかった。当人もそんなの期待もしてなかったが。
 
「あー、ごめん。で、とにかく天京の方は命まではとられずにすみそうだから、こっちのVS予想の話に移るけど」
 
「シンジ君とアスカ、初号機と弐号機は不在の前提ね」
女子寮温泉に入りすぎだと非難したのとあまり変わらない顔つきで赤城リツコ博士。
 
 
天京入りする碇シンジと惣流アスカがとりあえず、「命まではとられない確証」を得るまでにこの短時間でどれだけの手を打ったのか、この場にいる全員が知っていた。
基本の「毛の一筋でも傷つけたらタダじゃおかん報復保証」はいうまでもないが。
 
ただ、まあ天京というのは謎の都市で、一筋縄ではいかない。杯上帝会が支配する、内奥の情報が遮断された状態。カッパラル・マ・ギアとはいわないが、手が出しにくい地帯ではあった。生きたキリストだのモノホンの竜が生息するとかいう怪しさ満点の幻想郷。
災禍を半分引き受けてくれた、文字通りの義兄弟桃園の契約都市、というか。それに対してえらく薄情なことではあるが、実際そうであるのだから仕方がない。人ではない明暗一統が勝手に行った、というところであろう。
 
行ってみればただの虚仮威し、という可能性もあろうが、確認のしようがない。諜報員のたぐいをあっさり発見し、つまみ出す実力は持ち合わせているうえ、なにやら超神聖なアイテムが眠るとかで各宗教組織の親玉クラスからも可能な限りの静観を強制されている。その反動の調整もまた葛城ミサトの仕事だったわけだが。後腐れのないように。
使徒が来襲するこの世紀に馬鹿じゃね?ですまないこともあるのだ。
 
 
作戦部長総代行とかいう謎の肩書きであるが、葛城ミサトがやるしかない。そもそも。
他の者に任せるはずもない。どれだけのカードを切ろうとも。やるだろう。
 
その葛城ミサトがそう言うのだから、話はついたのだろう。命まではとられない確証を。楽しい出張になるはずもない。が、それ以上はどうしようもない。
 
 
まさか現地で大歓迎を受けるなんて、ありえまい。
 
まさかご馳走責めにあって、二人してデブデブになって帰ってくるなんて。
 
まさか毎日三時間ほど作業したら、あとはお土産買い物三昧とか。
 
まさか現地でいろいろとイケナイ遊びを覚えてしまってダメ大人予備軍になるとか。
 
 
そんな、蜂蜜色の罠にひっかかるとか・・・・・・まさか、ないだろう。
 
 
「ま、基本はね。瞬間移動で戻ってこれるわけでもなし。二人が戻ってきた時にはぜんぶ終わってる、って可能性の方が高いでしょう。残りで抑えきれない場合」
他のチルドレンがいれば聞かせられないが、これも使徒戦の怖さを知る故のこと。
それもこの場にいる全員がそうであり。頷きすらも必要ないほど。
 
 
「正直、今なら時田さんの気持ちがわかるわー・・・・・・・」
 
さすがに全員は同調しかねたが、葛城ミサトがそんなことを言い出した。
 
 
「主役をとられたって感じ・・・・・・・いや、つっこまないで。分かっては、いるから」
 
女神になんてなれないまま、とでもいうような表情で。ほんとに分かっているのか、という目で皆に見られようとかまいはしない。
 
 
「勢いがあるっていうのか、中国大返しをした頃の豊臣秀吉クラス?」
 
微妙なチョイスのたとえ話であった。なぜ織田信長ではないのか徳川家康ではないのか。
というか、使徒相手に戦国武将の話してもしょうがないであろう、という目の皆。
 
 
「このまま天下を握られても、わがネルフ藩は困ったことに陥るでござろう」
 
いろいろ混乱している。ああは言ったものの、心の半分がまだ天京の処理にあるのだろうか。「ミサト、90分ほど仮眠してくれば」赤城博士が提案する。「というか、しなさい」
 
 
ぱちん、指を鳴らすと、戦闘員1号2号、ではない、日向マコトと青葉シゲルが作戦部長総代行殿を仮眠室に連行していった。正義のヒーローに連敗をくらった悪の幹部が更迭くらった図、に見えないこともない。まあ、人間だれしも限界はあるものだ。しかも、代わりはいないときている。
 
 
「まだ時間はあるわ・・・・マヤ、キャンプの様子は」
「変わりありません・・・・・・規模は拡大しているのに。平穏です」
「そこを守護してるのは、使徒だっていうのにね。・・・・この間、手に入れた戦闘系かしら。いつしか、そこが大都市になってたりしてね、使徒を崇めながら」
「こっちもエヴァを拝んでみましょうか・・・・ふぁ・・・・あ、すみません!」
 
 
「ほんと、温泉でもなんでも命の洗濯をしたいところよね・・・・・。始まってしまえば、
それどころじゃなくなるでしょうから」
 
「いきます?」
 
「え?」
 
「カツラギ寮温泉」
「え?」
 
 

 
 
「アスカと ともに ゆく前に♪」
 
「はあ?」
 
「いっておきたい ことがある♪」
 
 
なぜか、さだまさし「関白宣言」の節回しで碇シンジ。超法規的調整をすましてしまえば
ネルフの、というか碇ゲンドウ、葛城ミサトのやることは早い。エヴァを二機、本陣から遠隔地に出すというのに遅滞も迷いもない。一時期離れていようが、全く問題なく組織を掌握しきっている証でもあった。もう出発である。すぐさま作業にとりかかれるように、という建前のもと、エヴァに乗り込んだまま大型全翼機で運ばれての現地入り。
あくまで、出張であり、出撃では、ない。現地住民の心情を考えると微妙なところだが。
 
 
ともあれ、碇シンジと惣流アスカが出発前、二人でそれなりに気兼ねなく話せるのは、ならんで更衣室に向かう、この通路、ということになる。野郎同士であれば、まだ更衣室内でいろいろ話せたりもするのだが。プラグスーツに袖を通してしまえば。
 
 
雑談なのに、そうではないことなど、口にできない。
 
 
 
「僕より先に、死んではいけない♪」
 
「いきなり?」
 
「僕は浮気はしない♪たぶん、しないと思う♪しないんじゃないかな♪」
 
「ぜんぜん覚悟がないんですけど」
 
「かなりきびしい話もするが♪僕の本音を聞いてくれ♪」
 
「ふっ」
 
「鼻で笑わらない♪いつも綺麗でいて♪できる範囲でかまわないから♪」
 
「あのね」
 
「ドライラングレーかしこくこなせ♪たやすいことだ愛すればいい♪」
 
「え?」
 
 
「そんなわけで、和解しませう。”ラングレー”」
 
 
「え?」
 
 
「向こうじゃいろいろ大変だろうから、ここで言っておきます」
 
「え?え!?え!?」
 
 
「おっと更衣室到着。ひとまずのお別れ。返答はいつでもいいですけど、なるべく他の人に聞かれない形式がおすすめかなー。じゃ」
 
照れ逃げた、わけではないのだろう。まったくの平静、蛙の顔にウォーターみたいな調子で男子更衣室に入ってしまう碇シンジ。
 
 
「え?え?・・・え?」
 
 
阿修羅のごとく、その三つの心情が一致することはほぼないのだけれど・・・今は。
舞上がってよいものやら下がってよいものやら。くるり、迷っておけばよいものやら。
 
 
このタイミングでいうことか・・・・・・・・・・・・
 
 
あくまでクールなサポート役としてゆくのだ。万事における監視役というか。それが。
 
 
それを・・・・・・・・・・・それなのに・・・・・・・
 
 
どうにもやはり、このバカは没落の憂き目にあわしてやらないといけないらしい・・・