冷静であれ、冷静であれ、冷静であれ・・・・・・・
 
弐号機のエントリープラグ内に入ってもそれだけを念じ続けた気がする。
 
 
その時点で冷静さを失っているわけだが・・・・・返答はいつでもよいと言われたからには、この移動中にしてもいいわけだ。他者には分からぬ符号にて、とか。もしくは。
あの場で即答してもかまわなかったわけだが・・・・・・
 
 
「できるはずないじゃない・・・・・・・・」
 
声にはならぬ声。発した者以外は聞き取れぬ声。こんな時にこんな爆弾投げてきやがって・・・・・いつぞやの見殺し脅迫の仕返しなのかもしれないが。いや、それで和解か。
 
 
冷静である、ということは思考し、なんらかの結論を見いだすことだろう。
それが不適であれば、次の思考を再開できる精神状態、ともいえる。
 
 
他にさらなる緊急の問題が立ち上がり、そちらを先に解決するべき、と判断し、思考を一時棚上げ保管しておく、という態度もそうであろう。
 
 
初号機の中の碇シンジは体力温存と称して、眠っている。いまさら神経をうんぬんゆうても仕方がないが、爆睡らしい。鬼眠らしい。四分の一くらい死んでいるらしい。
 
 
このタイミングで襲撃受けたら、どうなるのだろう、とは思う。
 
が、そうなりゃ、即起きるのだろうな、とも分かっている。
 
やらなければならないことを、やりにいく。早急に。あいつは。
 
 
どう考えても、離れるべきではない時に、本拠地である第三新東京市を離れたのは、
 
向こう、天京から「こちらで処理できなかっため」、ゴドム冷気を送り返されることを恐れたためだろう。それが可能なのかどうか、ミサトも赤城博士も説明しなかったが、できるものと考えた方がいいだろう。そうなれば、どうなるか。マギにも計算させたことだろう。適量をぼちぼち、なんて器用なことができればいいが、さすがに虫がよすぎるか。
 
 
人がわざわざ造らずとも、気象兵器の究極がそこにあったわけで。
 
もう一度初号機に同じ事ができる保証もない。東京スカイリムの悪夢ふたたび、だ。
 
 
ただ、裏を返せば、ほんとうにそうなのか?ということでもあり。初号機の力の底はどれほどのものなのか。真・碇シンジをパイロットに得たエヴァ初号機の限界はどれほどのものか・・・・それを間近で見れる、ということもある。まさに、実験機。
 
 
碇返り咲き総司令がどこまで考えているのか、分からない。
 
ただ言えそうなのは、瀕死になろうがまっったく弱気になっていない、ということだ。
踏んだ修羅場の数、などと陳腐な表現を使うまでもなく。
 
やはり普通の人間ではない。もともと勢いで物言う人間ではないからペースが変わらないのかもしれない。実の息子を先んじて、ド危険地に飛ばす、というのは評価すべきかどうか。あーゆー人間の子供じゃなくてよかったなあ、と思ってみたり大陸の空。いやしかし、
それに同行してりゃ意味ないじゃんとも思ってしまう天京の上空。
 
 
 
ぶちぶち、だか、ぷちぷちだか、音を聞いたような気がした。幻聴、ではない。
 
イメージだ。絡まる糸だか網だかを無理矢理引きちぎった突き抜けた、音だ。
 
 
天にバカでかい蜘蛛がいました、という話ではない。東洋ゴッデスが人界に釣りで垂らしていたわけでもない。
 
 
エヴァ二体がパイロットもろとも、第三新東京市を離れた、という事実を知らしめた。
さすがにここまで動けば、隠しようもない。それを看過するか?ということ。
政治的意図、軍事的パワーバランス、その他もろもろ・・・・・
 
 
それらに自分たちが巻き取られぬよう、葛城ミサトをはじめとするネルフが限られた時間内で最大限の努力をしたことは知っているが。
 
 
 
「マジ、帰れるんでしょうね・・・・」
 
 
ふと、言葉が漏れてしまう。ただの不安ではない。いろいろと、奇妙なものを内包した響きではあったが、なぜか不協はしなかった。ただの不安、では、ない。帰る、と。
 
「そう言ってくれるんだ。・・・・やっぱりさだソングはすごい」
 
寝ていたはずの碇シンジ・・・・いや、ここまで到着が近づけば起きるわな。というか、いつから聞いておったのかこやつは。いや、そりゃ非常時に備えて回線は開けてたけど。
 
 
「で、返答は?」
「まだ!急かすんじゃないわよ・・・」
 
 
「ふーん。まあいいや。あわてないあわてない・・・・・って、あれ?」
 
「何よ」
 
「なんか空飛ぶものが・・・・向かってくる、かな」
「敵じゃん!!慌てなさいよ!!いや、慌てちゃダメ!エヴァ弐号機、シンクロスタート!!」
 
 
「落ち着いて、ラングレー。考えないで考えて。・・・はて・・・あれは・・・・・・」
 
 
 
「え?・・・・・・・なにあれ・・・・・・・・・・・・」
 
 
かつて明暗であったもの、今は灰基督として治める天の京の空の上
 
 
そこで、見たものは・・・・
 
 
手招きする、「竜」、だった。
 
 
商売繁盛を祈願する猫が如く。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
紫の雨
 
 
降り始めは、ネルフ総本部のエヴァ二体、初号機と弐号機、パイロット2名が天京入りした直後であったから、
 
 
 
「始まったわね」
 
誰が言うでもなく。武装要塞都市、第三新東京市は腕を鳴らし肩をまわし屈伸した。
震えも多少覚えたが、噛み殺す。多量の流血の予感に目も眩んだが閉じることはない。
 
 
これが、災禍の雨であることは
 
わかりやすく共有されることが、せめて。
 
 
雨とともに十の巨大な人影が
 
 
向かいくる。
 
 
人型の巨大な災禍、であり、巨大な人型の災禍、でもあった。
 
 
どう違うのか。なにも違いはしないのだが、違っていてほしい、と”それ”を見る人間たちは願わずにはいられなかった。
 
 
 
「エヴァ・・・・・・」
 
 
誰が言うでもなく。その影の形は。第三新東京市に住まう者全て、見違えるはずもない。
紫の雨に煙ろうと。こうして見れば、なぜそんな形をしたモノたちが自分たちを守るのか、不思議にも思えてくる。
 
 
いや、そう遠くない昔にも、その形をしたモノが、害圧したことがあった。
 
対話も何もなく。脅迫も宣告もなく。ただ純粋な天災をおとされた。
 
 
使徒武装ゴドム。大陸級気象兵器。彗星のかたちをして、その軌跡に囲まれた地は四季を失い凍りつく。氷続ける。千年万年の牢獄となる。その力を使われてもなお、なんとか生き延びたこの都市はあるいは聖なる書物に記載され損ねたのかもしれないが・・・まあ、ギネスでもないからうれしくもない。
 
 
その彗星に似たものが、”もう一度”、都市の周辺を、十の人影の進行を遮るように神速で飛翔したのは
 
まさか、聖書級の災厄を二度も経験してしまった不幸が世界一であることを示すためではあるまい。
 
 
 
箱根の温泉方面から
 
 
ゴドムの半裂き、”ゴメット”、なるあだ名をつけてはみたものの禁断の使徒武装に鎮座するは、よもや常人のはずはない、使徒使い・霧島マナ。しもべとした戦闘系使徒たちを引き連れて。
 
 
十の巨人影は瞬く間に、天に伸びる八つの氷柱に封じ込められた。数が合わぬのは、二体が刹那にそれを逃れたのか退けたかしたため。どちらなのかどちらでもないのか、現時点の第三新東京市で最も五感の効く者たち、綾波レイ、火織ナギサ、真希波マリ、式波ヒメカらエヴァのパイロットたちにも分からなかった。
 
 
ただ、見当はついた。つきたくもなかったが。
 
 
 
「初号機と・・・・弐号機・・・・」
 
氷の人柱にされなかった二体は、エヴァ初号機とエヴァ弐号機と同じ形を持っていた。
 
弐号機の方は炎のようなATフィールドを纏っているため、おそらく。もう一体の
初号機の方は・・・・雷か、それとも、喰ったのか・・・・・こちらは見当のみで。
 
 
まさか、本物ではあるまい。
偽物に決まっている。あまりにも。タイミングが。
ありえまい。ありえない。
 
 
だが、使徒使い渾身の先手をかわしてみせたのは、間違いのない事実。
 
 
十の内、八、大半が氷柱に封じられたことを考えれば、奇襲は成功といえるのだろうが。
 
 
 
「エヴァ初号機」と、「弐号機」が、動いた。
 
 
まさしく比翼連理、非の打ち所がない完璧のラブラブシンクロであった。愛すぎる合い。
碇シンジと惣流アスカが乗っているなら・・・こうはいくまい。いくはずがない。
我ら二機で一体である、といわんばかりに見せつける
 
 
タワーリング・インフェルぷらずま
 
 
「雷」と「炎」の合体技。やっていることは二機同時にアッパーをぶちかましているだけなのだが、威力のほどが尋常ではない。まともに喰らえばATフィールドがあろうが月まで飛ばされること間違いない。威力といいセンスといい、マネができないしたくない、レシピ公開不可、碇シンジと惣流アスカの「スペシャル」に違いないその技は、完全な雷炎加減コントロールをもって氷柱一本を破壊、内に封じられていたエヴァを解放した。
 
 
機体の色は昏空色、ダークスカイ。
 
頭部には左右から角が生えており・・・・双眼には青い隈取りがある。
 
 
かたちとして多少の差異があれど、エヴァ。だが、見た目がどうであろうとその内に流れるものが、違うはず。ブラッドタイプ。パターン青、だと。マギは判断するはずだ。
 
 
唐突な出現ではあったが、さすがにそろそろその判断がなされてもいいはずだが・・・・
せめて、姿が同じなら。口に出す者はいなかったが、内心、機械の賢者の託宣を待っていた。間違いなく、あれらは我らの敵であると。
 
 
「パターン・・・・・・・・・・・・・オレンジ・・・・・・」
 
が、作戦部長総代行葛城ミサトの壱の子分にして発令所三羽がらすの一人、日向マコトが
エターナルサマージャンボ貧乏くじの特賞をひいたのような陰々滅々の表情で告げた。
 
これくらいはマギが自動音声で告げてくれてもいいじゃないか・・・と心の内で呟きながら。もしくは開発者かその血縁とか。とはいえ、
 
 
「まさか・・・あれは!!ウソでしょ!?」
「アナザー・・・・・・一体どうやって・・・」
般若になってる上司と当の東方賢者が顔色変えて何か話しあっているところ口を挟む度胸などない。碇司令・・で、いいだろう面倒だから・・・と、副司令・・・・でもいいだろう厄介だから・・・・で、あの二人がいるから、まだ落ち着いていられるけれど。
 
 
これは、いつもの使徒戦、では、ないのか・・・・・・・・
使徒相手に、いつも、などという言葉は虚しいけれど、それでも。
 
 
青色ですらない、となると。
 
 
実際に相手をする子供達は・・・・少なくとも、シンジ君とアスカ嬢がいれば。
この状況で連絡も出来ない。さすがに遠すぎる。国内であればまだどうにもできたが。
 
 
「なんだ、これ・・・・・・」
「なに、これ・・・・・・・」
 
同じく三羽がらすが二人、青葉シゲルと伊吹マヤが各々の担当モニター画面を見ながら呻いていた。同輩の貧乏苦境に同情する余裕すらない。
 
 
「赤ん坊の声・・・・?マジか?ウソだろ・・・しかし・・・確かに、内部から・・・・」
「10類、9類、8類、7類、6類・・・・・そんな、昔の適格者・・・て、先輩・・・」
 
ネルフ総本部発令所三羽がらす・・・歴戦のその実力はもはや本部の守護鳥といってもいい。その青葉シゲルと伊吹マヤにして、狼狽を隠しきれない。これまでとは違う、あまりの異常。その姿は鏡のようで、さかしま。つまりは、自分たちの陣営ではない。
明確な青の判断が出ていなくても。
 
 
十は敵影。・・・・・・・まさか、いまさら姿を似せての友好的コンタクトでもあるまい。
 
 
使徒は、人間のことを、よく知っているのだ。そして。
 
 
それを使いすらする人間がいるのだ。・・・・<使徒使い>
 
 
三すくみであれば、有り難いところであるが。
 
 
せめて、データの無い相手は可能な限り接敵するまでにその素性をさらしておきたい。
細身のエヴァに似た姿、ということは、弱点であるコアの収納場所も限られる。
絶対領域、ATフィールドを展開し始めれば、それを持たぬ者は傍観するしかない。
ネルフ本部勤務、特に発令所の者であれば、骨の髄まで理解している。
そこから停止するか、なんとか足掻くのか、が個人によって異なってくるだろうが。
 
 
使徒が十体来ました、の時点で、完全に凍りついてしまうのも、普通の人類であろう。
そこから使徒使いが横殴りしてきました、というあたりで根性が切れてパニくるのも。
 
が、そのあたりなら「想定内」の世界に住んでいるがゆえの守護の鳥。
 
鳥の目は戦場の見渡す。広く広く広く。深く深く深く。遠く遠く遠く。速く速く速く。
戦う者達がせめて迷わぬよう、少しでも有利な立場で戦えるよう。
 
 
三羽がらすのそういった技能もまた、普通の人類からすれば人超にして鳥人レベルであるが、それゆえ、最も先に「それ」に触れることにもなる。
 
 
氷柱から解放された機体はまだATフィールドを展開していなかったゆえに、データが
とれた。ゆえに、これは、この機体だけのことかもしれないが。
 
 
この時点での可能な限りの全手段を用いてそのエヴァの内部を探ってみれば、
 
構造は、ネルフ所有のエヴァとほぼ同じ。エントリープラグまであり、その中にパイロットが・・・・生命反応があり、なおかつパイロット、適格者の認定コードまでもっていた。
 
 
ずいぶんと古いコード・・・・もうエンシェント、と呼ばれ使われることはない「数字」。
もはや存在していないマルドウック機関が発行していた・・・・・分類数。
 
 
10類、9類、8類、7類、6類・・・・・・・・今現在、そのコードをもつエヴァのパイロットは・・世界に唯一人。エヴァ十号機のニェ・ナザレのみ・・・
 
 
コピーであるにしても、凝っている・・・・・・・というか、意味のない偽装であろう。
そんなこと、使徒には。なんの関係もないだろう・・・
 
 
だが、ありえない「間違い」もしている。エントリープラグには6人も入らない。
いくら子供でも・・・・・・赤ん坊でもない限り・・・・・6人も、入るものか。
 
 
10類コードをもつ6人分の氏名がモニターに表示されても・・・・・信じられない。
 
 
青葉シゲルの仕事を信用はしているけれど・・・・・・正直、赤子の声を聞いた、という
彼をブン殴ってやりたくなったのは、自分もまだまだということか。せめて赤木先輩に抱きついてこの震えを鎮めてほしかったが・・・・完全に般若の中の般若、般若クイーンと化している葛城さんと血の花咲く一歩手前の雰囲気で話し合っている勇気は無い。
自分もパワーアップしたかな、とは思うけど、先任たちがさらに強化されてるのは頼もしいと思うべきだろうか・・・・「なんなの・・・これ・・」他のことを考えても足下からくる冷えがおさまらない伊吹マヤ。
 
 
 
「あの機体群を、”アナザー”と呼称する」
 
 
碇ゲンドウの声が浮き上がり始めている発令所の空気を鎮圧した。多少の掠れはあるが、
この局面で自分たちの頭目が普段と変わらないというのはやはり大きい。
その名は伊達ではない。
 
 
「稼働している機体から、アナザー1,アナザー2,・・・・そこは分かりやすく初号機弐号機に対応するとするか・・・・今、解き放たれたやつが、アナザー3だな」
 
相談役の身となれば、名称のことなどでゴリゴリ押すわけにもいかない冬月コウゾウが面白くもなさそうに。なにか素敵なやつが閃いていたのかもしれないが、これ以上混乱させてほしくもない、というのが発令所の人間の素直な気持ちであった。
 
 
どうなるのか・・・・・・・・
 
 
使徒は使徒らしく青色ではなく
 
 
使徒使いは青い血が流れている・・・・という業界の扱いであり
 
 
 
この災厄を伝える雨すらも、
 
 
らしくはなかった。