手招きする竜は、三停九似。東洋でいう「りゅう」であり、西洋の腹のドップリしたいわゆる「ドラゴン」ではない。
 
 
色は三色、そこが猫を連想させた。いや、猫に興味が無ければまったくイメージしなかったかもしれないが。動きは優美で、瞳には深い知性があった。が、コアはなかった。
 
 
「使徒じゃ・・ない・・・・の?」
 
攻撃するつもりならば炎を吐くなり体当たりするなり、すでにやっているだろう。
てめえで言うのも何だが、エヴァ初号機と弐号機のタッグを「殺る」なら、絶好の機会だと思う。大地のリングに降り立てばたいていのものに負ける気がしない・・・裏返せば、現在超ビクビクものなのだが。
 
 
「竜と天使は、トムとジェリーのような関係なんだよ。仲良く、ケンカしな」
 
碇シンジの知ったげな口を究極無視してラングレーは、一瞬「コイツ今なんか無茶苦茶ひどいこと言わなかっただろうか?」と疑念したがそれも抹消させた。無視するしかないし、それどころではない。レーダーにも引っかからなかったのだ。運搬機の操縦士たちも仰天している。今は空であるから仰宇宙とでもいうべきか。
 
 
「どこから・・・・来たの・・・・?」
 
三色竜からは目を離さず・・・・かかってくるなら相手はするぞ、と油断はせずに・・・
・・・できることもかなり限られているが・・・目的地である天京の状況を確認する。
 
やはり日本なぞ広々とした原っぱがあるように見えても、所詮は,島であることを思い知らせる大陸大地。人間生活に有効利用できるかどうかは別の話として、ひたすらに広い。
 
エヴァサイズの巨人が寄り集まって100万都市を築いても(当然、そんなことになってりゃ人類は滅亡しているだろう)楽勝なほどに広大。もうちょっと温度や湿度が上昇していたら、恐竜とかが大復活とか爆再誕とかしてザウルス楽土を造っていてもおかしくない。
 
 
それほどに広い大地の土台に、これまた、三つの色がある。
 
 
黒と、白と、青。
 
 
形としては、数字の「8」というのか、それを横にして「∞」と表現すべきか。
 
 
○にもうひとつ○が、くっついている、といってもいい。片方の「○」には黒、白、の2色が渦を巻き始めるような・・・・「陰陽図」といったかな、アレに近い感じ。
 
 
もうひとつ隣接している「○」が、青。水色にも白にも銀にも見えるが、青水白銀色、とか言われてもしょうがないだろうから、潔く「青」ということにしておく。
ヘブンリーブルー、とか格好良く表現してもいいけど、悪い予感しかしないのでやらない。
 
 
どちらにせよ、ただの見た目だ。こんな上空から見た、実際とはまるで異なる色彩。
地球は青い星、とざっくりやってるのと同じだ。
 
 
問題は、サイズ、大きさだ。陰陽黒白の○、と、青の○、はほぼ同じ大きさなのだ。
 
 
黒白の「○」が、天京。これから向かう目的地。おそらく竜もそこからやって来たのだろう。迎えの役なのかどうかは分からないけど。竜が隠れ住むイイ感じの山脈は遙か彼方なのだ。それをさすがに感知できなかった、というのはないだろう。ないと思いたい。
 
 
天の京、と名乗るだけあって、お家が十数軒とかいう村レベルでは当然ない。
市街だ。高層建築はないけれど、というかその必要が無い土地はあるのだから、万単位の人間が生活しているのは間違いない大きさ。九つの巨大な門が囲むように・・・・その中の一つが、第三新東京市と「繋がっている」・・・・そして、ゴドムの冷気を吐きだした。
 
 
青の「○」は、ここからでも見える「凍った砂漠」・・・のようなものだろう。
 
 
それが、ほぼ同じサイズ・・・・・・・・
 
 
ここからだと今にも黒白の街を呑み込みにかかりそうな感じだ。
 
 
「うげっっ」
 
つい、言ってしまった。見なきゃ良かった、と思ったし、同時に、これを見ておかないととんでもないことになっただろうな、とも思った。もの凄い重圧がきた。心と頭のあちらこちらに。来るべきではないわこんなもの、と計算すると同時に、来るしかなかっただろうな、という諦め。なんだろう、碇司令は息子の骨をここに埋めるつもりなのか・・・・。
 
こんなもの、どうにもならんだろ、と思ったし、できるとしたらコイツしかおるまいな、とも思った。ただ、時間がシャレにならんほどかかるだろう。冗談抜きで孫子の代まで。
もちろん、こいつの子供とか、孫、とか?こっちには一切関係ない。ないといったらない。
 
 
これは・・・・・・恨まれまくっとるだろうな・・・・・・・
 
やばい。エヴァから一切降りるべきではないレベルかもしれない。葛城ミサトが尽力してくれたのは分かるが、物事には限度とか順序とかいうものがある。あるだろう。ある。
 
 
仕事人は碇シンジと初号機なわけで、その護衛として来た”自分たち”と弐号機はどうすべきか。実地に調査する前に、あれこれ思い煩うのも自分のキャラクターではないと思うラングレーであった。ドライは当然、この局面で出てくるはずもなく、アスカだろう。
防御人格であるし、そういうの得意だろ?という話である。
 
「出てこいや!!」
 
で、あろう。それなのに。
 
 
「何が?まだ何か出てきてほしいの?」
 
血がアツく猛るのもいいけれど、もう少し落ち着こう?的な涼しさで。
 
 
「あ・・・いや・・・別に・・・」
 
碇シンジの分際で・・・。
 
 
他の誰に言われても適正なツッコミだとは思うけれど、こいつには言われたくなかった。
こいつだけには言われたくない。くそ・・・・これからこいつと二人なのか・・・・・。
 
 
結局、三色の竜は完全にただの出迎えだったようだ。もしかしたら、結界の類いを解除していたのかもしれないが、そんなオカルト知ったことではない。解説役もいないし。
 
 
すいすいすいすい
そくそくさくさく
 
 
ただ、肌で感じる・・・直感があった。目には見えぬ糸が空いっぱいに編まれていくような。籠目のように、自分たちを取り込み、隠していくような。日本、自分たちの本陣を出た時に感じた網を破ったような感覚の、真逆というか。ここもまた異形の街ということか。
 
 
恐るるでもなく、巨人をその懐に抱く。それだけの度量がある、ということ。
 
 
まあ、この天京を仕切っているのは、もと明暗なのだから当然と言えば当然なのだが。
 
 
竜の誘導に従って、問題なく着陸。運搬機はエヴァを降ろした後、情報攪乱しながら戻っていくことになる。こんな、電気もないようなところで帰りの足を待機させなくていいのか?と問われたなら、いいわけないが仕方ない、としか。
 
最悪、もしくはそれに近しい、都合が悪すぎることが起きた場合、初号機が弐号機を担いで走って逃げる、という算段をしたためだ。さすがに運搬機はATフィールドが張れるわけでもない。何かあっても守り切れないし、何が起こるか分からない。
 
いっそ敵地であってくれた方がやりやすいのだけど・・・・友好条約締結の交渉役とかどう考えても自分たちには向かないだろう。年齢的には子供とはいえ、人類最後の決戦兵器とかに乗り込んでいたりするのだから。
 
 
 
門の一つが開いて、装甲車両の迎えがやってくる。
 
 
なんぼ頭をさげて愛想よくしても生活圏の中によそのエヴァでお邪魔するわけにもいくまい。ほんとの意味で邪魔だ。作業的な意味であれば、ここに独自にキャンプなり飯場をたてて、そこから上空からも視認できる巨大な青い○、肩代わりしてもらった聖書級天災、牢獄冷凍圏をどうにかする、どうにかしていく・・・というのが理想的な流れではなかろうかと思うのだけど。お互い、面倒にならない大人タイジンの距離感、という感じで。
 
 
「あ、お迎えが来てくれたよ。とりま、こっちも降りないと」
 
「あんたバカ!?」
 
碇シンジが警戒のけの字もなく、しかも、とりま、などと・・・親の顔が見たい。見知っているけど。ここですぐさま歓迎の意を表さないのは、それこそチキン!まったくもって!の略、ではあるまい。そんな大陸好漢的心意気によるものでは決して無い。
自分の中の三者一致。アスカもおずおずとだが賛意を示したし。こっちがまともなの!
 
 
「えー。なんで」
こんな所に飛ばしたのなら、もうちょっとこのへんを教育しときなさいよ!保護者!といいたいところであったが、これまた顔見知りなのであった。あまり言えなかった。
 
「なんでじゃないわよ!とりあえず、」
 
 
「それが正しい用法だな。とりあえず、自分たちが相手をするから君達はエヴァの中にいてくれ」
 
通信に割り込んできたのは、護衛役。運搬機からすでに降りて周辺の安全を調べていた。
とりあえず、このあたりは問題ナシ、という結果が出たのだろう。エヴァから降りたとたんにドカーン!とかバキューン!とかいうことはないようだ。
 
 
諜報一課、剣崎キョウヤ。すらりとした黒服のサングラス。本来、チルドレンの護衛は三課の仕事なのだが、今回のはちと勝手が違いすぎた。碇ゲンドウ、葛城ミサト、加持リョウジの指名とあれば相当できるのであろう。あと一人剣崎キョウヤの部下で、コードネームなのだろうが、”ポーク”、と呼ばれる黒服がついてきている。護衛役が男二人だけというのは、このような局面での「通常手段」を用いても構わない、ということでもある。
 
 
碇シンジが天京入りして、そのアタマと話をせねば(形ばかりだとしても)ならぬのは、義理上、致し方ないとして。それがイヤなら、そもそもその義理を踏みにじっておけばよかったのだし、それもこの世の「通常手段」では、ある。アスカはおそらく反対票を投じるだろうけど。
 
自分は、弐号機は、この天京を監視できる距離に居続け、葛城ミサトが必死こいて結んだであろう約定が確かに守られるかどうか、それを見届ける・・・綺麗な言葉を使わなければ、それを守らないとただじゃおかないぞという「警告装置」となる・・・・・
 
 
「やるなら・焼くぞ」と、無言のうちに言う係。沈燃機関とでもいうか。
 
 
ただ、それをやってしまえば、天京との関係は完全に完璧にダメになるだろう。
即座に冷気を送り返されるかもしれない。そうなれば、何しにいったのかという話になる。
 
 
とりあえずビール、じゃない、とりあえず、まーで、すめばいいのだが・・・・・
 
 
「・・・なに、あれ・・・・」
 
近づいてきた装甲車両だと思っていたものは、違った。亀だった。でかい亀でしかも速い。
長い首が生えているからふつうの亀ではない・・いや、サイズですでになんか違う生き物なのだろう。それを模した機械ではない、あきらかに生物。三色竜と同じく、このへんにしかいない新種なのかもしれない。
 
剣崎キョウヤたちの前で、それは停止した。うまいことスピードを緩める辺り、そこはかとない恭しさを感じぬ、でもない・・・・が、人間の案内はない。甲羅に乗れ、ということだろうか・・・なんかの昔話じゃあるまいし・・・・こうなると交渉のしようが無い。
 
「じゃ、行ってくるよ」
 
いつの間にやら碇シンジはさっさと初号機から降りて、巨大な甲羅に乗ってしまっている。
 
「ちょっと待つんだ!ポーク、来い!」
司令の息子の度胸に感心するところか、無神経さに怒号するところか、諜報一課の人間にして迷ったようだが、行動に遅滞は無く、ひらりと黒服二人も甲羅に乗った。即座に腹を決めたのか、碇シンジを降ろそうともしない。
 
「あっ!わたしも・・・・!!」
 
強烈な、驚くような激しい熱さでアスカが同行しようとしたが、ドライと必死で押さえ込んだ。野郎三人が特攻して玉砕するのは、まーいいとして、そういうこともある。
だが、こんなスーパー美少女が、こんないかにも異常でござい局面に切り込んで散る、とかいうのは世界の損失だ。許されるはずもない。そんな黄金ルールも一瞬で融解させるほどの我を忘れたアスカの発熱量でほとほと手を焼いたが、なんとか。
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああー・・・・・・・・・・・・」
 
思わず、ため息。プルートーンの門の前にて漏れるような、ため息。
 
「どしたの?」
珍しくドライが気を遣うほどに。それは、深い。阿修羅が考える人ポーズをとるほどに。
 
「ちきしょう・・・・・・・元来、あたしは、こんな時、一緒に乗り込んで天の京だって燃え上がらせるような性質だったはずなのに。問答無用で弐号機でいきなり砲撃するような性格だったはずなのに・・・・・なんで抑え役なんてやってんのよ!あたしにこんな役させて!あいつらズルいじゃん!!」
 
「いや・・・どうなのかな・・・そうなのかな・・・・逃げちゃだめなのかな・・・・」
 
ラングレーがアスカに浸食されてきているのか、マイスターカウフマンが想定していた統合がそれなのか、ドライにはよく分からない。思考がトライアングルにループする。
同時に、天京内で何かあれば、即座に狙撃できるよう計測を始めてもいる。
 
 
こんな局面で同行したのが綾波レイであったら、碇シンジに「綾波さん、行こうよ」とか言われたら、「そうね・・」とか言いながらのこのこついていったであろうから、その点、葛城ミサトの判断は正しかったといえる。
 
 
結果はどうあれ。
 
 

 
 
 
 
イレアナ・ニールランジァ
 
グレーゼ・スコルピア
 
イルルヤ・カシュ
 
火ノ瀬 リョウコ
 
司馬 電雷
 
ワシントン・ワシントン
 
 
 
すでに消失したはずの「10類」コードをもつ・・・もっていた子供の名前。
 
マルドウック機関に集められていた当時に十代。生きていれば・・・少なくとも、赤子ではないはずだ。しかも、そもそも存在していないはず。今、搭乗というべきか収納というべきか、そこにある”アナザー”、「機体」と合わせて。アナザー3,と呼称されることになった、とりあえず姿を現している昏空色ダークスカイの機体。左右から角が生えており双眼には青い隈取り・・・鬼というか悪霊というか・・・・敵役には違いない。
 
 
誰にとっての、何にとってかは別として。
 
尋常ではない理由にて、ここにいるのは確か。
 
 
幽霊のようなデータだけではない、絶対領域を持ち合わせた、この業界における殺使徒許可証を所有する実体として、目の前にいる。泣く赤ん坊たちを内蔵しながら。
 
青葉シゲルの幻聴ならば、どれだけいいか。外部信号によるエントリープラグの射出をダメ元で試してみるが、やはり世の中それほど甘くはなかった。泣き声はだんだんと弱くなっていた。アナザーだろうが、正規のエヴァだろうが、エントリープラグはそのように設計も設定もされていない。子供を突っ込むことが出来ても、赤ん坊を押し込むようなら。
 
 
 
”アナザー”・・・言うなれば,非正規のエヴァ。
 
 
ネルフさえもつい最近までその存在すら掴めていなかった。そんなもん造る予算や余裕があるなら自分たちのところに回せ、といいたいだろうが、かけられた予算や手間を知れば歯ぎしりのしすぎで総入れ歯になるのは間違いないので知らぬ方が良いかも知れない。
 
この業界の闇にはまっこと底がない。ラストダークというのはないのだろう。
天使の光に焼き尽くされるまで。おそらく。判明するまで探っていても,その頃には己の身がすっかり染まっていたりする。
 
 
チルドレン探して世界をあちこち回っていた葛城ミサトはその存在を掴んでおり、いつか「ぱくってやろう」と堅く心に決めていたところで、ここでお目にかかるとは思いもよらなかった。機体のスペックは、腹立つことに、正規のエヴァ・・・例をあげると改造前の弐号機の「三倍」。パイロットが同じ技量なら、三対一でなければ対抗できない差。
 
「ふ、ふんっっ!そんなのただの闇堕ちよ!闇にすべって落ち落ちよ!!」などと血の悔し涙を流しながらその時の葛城ミサトは吼えたという。ただ・・・・
 
「でも?コレ?誰が乗るの?」という疑問もあり、結局は自分たちのところに来るんだろうざまみろ、という計算もあった。
 
そうでなけりゃこのまま世界が終わるまで死蔵されるか。
 
「その方があなたたちも幸せなのかもね・・・」などというフラグ発言は断じて控えたしガマンもしていたのだ。乗り手がいなけりゃ、どうにもならぬ。ただの大きな人形だ。
ばーかばーか!と思っていたのだ。捨て台詞とともにその場をあとにしたのだ。
 
 
「それなのに・・・・・・」
 
どういうわけだが、今、ここに、復活した自分のラブ職場、第三新東京市にやってきており、しかも、業界の闇陣営というか暗黒コーナーから、とかならまだしも!
 
パターン青コーナー、使徒陣営からやってきたと、見せかけてオレンジ、とかもうワケが分からない。・・・・・まあ、使徒が隠していたアナザーをこちらに先んじてパクってしまったのだろう。腹立つが有効な戦術であるし、そんなもんを製造して秘匿していた奴らはもっと悪い!責任とれ!!と言いたい。絶対に公表せんだろうし謝りもせんだろうけど。
 
 
機体は、本物の「非正規エヴァ」であるのは、確認がとれた。
矛盾しとるが仕方ない。正規品より強いとかまことにムカつくが。
 
 
「・・・・・賠償はいかほどをお考えですかな?」副司令、じゃない冬月相談役が悪魔のような顔して悪魔のような交渉を始めているが、戦闘とは直接関係ない。
 
 
ここで負ければあとでアナザーを引き取れる交渉をまとめてもらってもあんま意味がない。だが、勝つしかないのなら今後についての話を有利なうちにつけておくのも大人の知恵。全滅させられる気などさらさらない。魂を売り渡して悪魔の知恵で乗り切れるならいいナ、とは思うが、ちょっとでも知能があればこんな鉄火場にノコノコ出てくるわきゃあねえ。野蛮な抗争現場に現れたりしないのだ。そういうものはかえって。賢いから。
 
 
使徒、と、使徒にぱくられた非正規エヴァ・・・プラス、初号機、弐号機のそっくりさん。
アナザーも怖いが、この二機がマジで不気味。中身も同じなら、3倍どころじゃないし。
 
 
使徒使い、と、それに従う使徒ならぬ使徒・・・・・味方って言いたいけど、敵なんです。
ウラギリモノ、なのです。そういうことに、なっているのです。
 
 
使徒、にあくまで逆らう人間たち。デビルの力は身につけてないけど、ネルフの紋を背負っている。エヴァも〜正規の奴がいるから、もちろん心強いっすよ?負けないっすよ?
 
 
あー・・・・・マギに丸投げしたい・・・・・・どうしたらよいものなんですか?と。
 
 
が、そんなコト、口にするくらいなら戻ってくる値打ちはないだろう。
被保護者の十代少女に救われちゃって、枯れ葉くらいの権威しかないし。
 
 
赤ん坊が泣いてるというし。
 
 
とりあえず、助けねばなるまい。なんか、胸が固くなってきてるし。
 
 
 
「全機、アナザー3に集中。エントリープラグを回収せよ」
 
 
使徒は人間のことをよく知っている。こんなものは油断を誘うワナだろう。通常。
実際、これがどれだけの高難度なのか、言ったとたんに作戦部の連中の、とりわけ日向マコトの顔色がサッと青く染まったことで分かる。
もしかしたら、自分の顔もそうかもしれない。殲滅より救出の方が遙かに難しい。しかも、これは救出と確定したわけではない。使徒使いとの共闘が許されているわけでもない。
 
 
地雷原を駆け抜けながら、爆弾解体せよ、というようなムチャ。
死の荒野を夢見て走れ、と言ってるようなもの。しかも先陣を。
 
 
まずは使徒使いの一軍をぶつけさせて様子を見ることだろう。それが定石。
横からかっさらう程度ならば、まだ実現できるかもしれない。
 
 
アナザーは、まだ、七体いるのだ。
 
 
アナザー1,アナザー2,初号機、弐号機のそっくりさんがゴドム氷柱から一体だけ解放した意図もまだ不明。他のもまとめて氷柱から出してきたらどうなるか・・・・・・
使徒使い側からの次弾もない。連続で撃てる代物ではないのか、他に意図があるのか。
 
 
もちろん本物の初号機と弐号機の緊急の帰還命令と要請は出したが、届いていない。
自然の摂理の如くの通信妨害。紫の雨は、使徒に都合良く働くようだ。
最強戦力の不在を狙うのは、あまりにも当然すぎる選択。
 
 
なのだが・・・・・
 
 
アナザー3体に、動きがない。残りを解放するでも、こちらに攻め入るでもなく、選択の適正さの割りに、のほほんとしている、というか。怒濤の電撃攻め壱択だと思うのだが。まさか兵糧攻め系の持久戦でもあるまいし、使徒使いの出方を待っているのか。アグレッシブに攻めてきて欲しいわけではむろんないが、奇妙な「待ち」ではある。まだ、何かあるのか・・・・
 
 
アナザー十体、マギの計算によると、同時展開されると第三新東京市、ネルフ総本部、最後の一人まで殲滅させられるのに壱時間かからないそうだ。くそ、リツコ先生め、もう少し希望っぽいパウダーとかふりかけなさいよ!と突っ込みたいが、まあそうだろうな、とも思う。単純に、ネルフVS使徒の図式でやればそうなるだろう。アナザー十体止めるのに三十機必要となりゃそうなる。
 
 
その上、「全員で取り囲んでどんな手でもええけん、殺ったれや!!」ではなく、「ワナかもしれないけどエントリープラグを回収して」だ。無茶ぶりが過ぎようというものだ。
 
 
こんなデスマーチ、誰が歩こうというのか。
 
 
そりゃ、惣流アスカと碇シンジならば。踊ったかもしれない。手をつないで。
疾風の、円舞曲のように。走りさえ。
 
 
「おっしゃああーーー!!」
「よおおおーーーーしっ!」
 
が、この時、発令所に響いた声は、今は天京にいるふたりではない。
 
それよりも力強く、熱く奮わせる気合いの鼓舞。日本人なら、いやさそうではなくとも、巨大な和太鼓がドドンと弾ける音を皆、確かに聞いた。
 
 
「え?」
葛城ミサトが目を丸くして。
命じておいてそれではイカンのだろうが、どうしてもこの地を離れていたギャップ、というものがある。その前は、この二人はただの子供だったのだ。どうしてもそのイメージがあった。言ってはなんだが、シンジ君とアスカのおまけ?、みたいな?もちろん、業界的というか、パイロット的には、というアレでだけど。まさか・・・この局面でここまで
 
鈴原トウジと
洞木ヒカリ。
 
エヴァ参号機の・・・・・パイロット。どちらも、機体から認められた正統な使い手であることを今や誰もが認める。なしくずし、こそ王道なのか?
 
「やりますぜ!鈴原トウジ、やったります!!プラグ、引っこ抜いて確かにあかんぼ、助けてきますわ!」
「ほんとに!ほんとに!!ほんとにもう!!何を考えてるの!?こんなことするなんて!ぜっっったいにゆるせない!鈴原!急いであげて!!」
 
まさに熱風陣太鼓。参号機もケージで吼えたというのだから。
 
 
「思考がそもそも僕たちとは異なるんだ。推察するだけ時間のムダさ。ただ、使徒という奴は、ムダなことはしない。そんな機能はおそらくないんだ。・・・プラグの中に誰かがいるのは、間違いない・・・」
「助けないとか」「ないよね?」
「いそごうか?」「ちょっぱやで!」
 
八号機の赤木三兄弟はもっとダイレクトにその存在を感じていたらしい。サギナもカナギも似たような環境にいた。そういった者たちを転用しただけなのかもしれない。
だとしたら・・・・・結論などいうまでもない。東方賢者、赤城リツコ博士の目の光もやばいレベルであった。
 
 
「・・・・・・・正直、”お返し”するのが目的だったんだけど、こうなると・・・やっぱ順序、あるじゃん?ねえ、ヒメ」
「・・は?ああ、聞いてなかったでござる。あの初号機のまとう気・・・・もしや」
 
獣飼い二人は噛み合っていないが、とりあえずスタートダッシュで全体の足並みを乱すのは止めてくれたらしい。やっぱり牙かけるつもりだったのか・・・使徒使いに。
 
 
意気は上がってきているが、勢いだけでどうにかできる状況でもない。恋と仕事の両立とかならパワーで押し切ればいいのだけれど。ドアの前で待ち続けてればいいのだけど。
 
その間も、三羽がらすを筆頭としてネルフ総本部全力を尽くしてアナザー群と使徒使いの情報を収集している。公表は出来ないが、綾波レイと霧島マナの神秘系ホットラインによる意思疎通も死命を分けるほどの鍵になるだろう。窓口が綾波レイであるから、その通訳に碇司令があたっている。使徒使いとの三すくみどころか、共闘ならねば全員、討ち死にどころか市民まとめて殲滅される、という計算結果だ。なんとかうまくまとめてもらわねば困るところだが・・・・レイだし。レイが引くとか想像できないし。レイがネゴとか。鈴原くんたちのプラグスーツ以上。司令がサポートについてなかったらマジ重圧で胃をまるごと吐きだしていたかもしれない。
 
 
アナザーどもが今にも襲いかかってくるかもしれない・・・・・・そうなれば、対処するしかない・・・・不気味に突っ立っている姿を横目で見ながら・・・集められた大量の情報を処理して対応策を考え各所に指示を飛ばし続ける葛城ミサト作戦部長総代行。
 
死の荒野を手ぶらで走らせるわけにはいかない。地の利は最大限マックスに生かすよう。
 
脊髄反射としか思えない速度でありそれを補佐する日向マコトも火を噴くような大車輪。
 
 
同時に、使徒の腹を読む。火織ナギサはああ言ったが、なんらかの意図があるのは間違いないだろう。ただこちらの動揺を誘う、などという表層的なことではない。ここまで用意をしてきただけの何かがあるはず・・・・・・連中は強大ではあるが、使命だのルールに縛られた存在だ。そこを突くことが出来れば・・・・・もしくは、すでに「詰み」になっていないかどうかの検証。顔色に出るとしたら何色だろうか。胃腸はともかく、葛城ミサトの脳みそは鉄分豊富に違いない。
 
 
「・・・・あなたの邪魔はしないし、させない」
「・・・・じゃあ、こっちもそういうことで」
 
綾波レイと霧島マナとの話がまとまった。碇司令がこの短時間でげっそり痩せたような気もする。神威ある少女二人のガチネゴを間近にすれば碇司令ですらああなるならば常人は死ぬのだろう。どのような対話が交わされたのか、死んだら困るので知りたくない。結果だけギブミーであった。
 
 
「・・・・・初号機パイロットを・・・待つ必要はない・・・」
 
「了解しました」
 
上司にしてムダなことは言わぬタイプであるし。共闘うんぬんは言うまでもなし、初号機パイロットのことを口にしたのは、そのようにカタをつけろ、という指示。
 
 
どうも・・・あの「初号機のそっくりさん」は、そのような存在であるらしい。
 
 
天京の碇シンジを待っていれば、敗れ去るしかないような。
息子のニセモノなど、出来れば息子の手で叩きつぶしてやりたかろうが。
 
いや、ニセモノなのは初号機だけで,その中に当人のニセモノまで入っているとは限らないし・・・もちろん弐号機もだけど・・・この二機にはなんらかのアクセスも不可、一切の情報がとれていない。使徒使いの不意打ちを回避したあたり、他のアナザーよりも強いもしくは戦闘慣れしている・・・判断力がある、のだとしたら・・・・エントリープラグの中には・・・
 
 
「よーやく準備が出来たのデスか?待ちくたびれたデース」
 
「え?」
 
葛城ミサトにして意表を突かれた。この死語っぽい語尾には覚えがないが、声色は確かに。しかも、通信チャンネルが弐号機専用。通じないはずのそれから、このタイミングで。
 
通信ジャックくらいたやすくやってのけてもおかしくはないが、わざわざこれを狙ってくる理由が分からない。弐号機の通信で、アスカの声、というのは。欺すつもりなら。
 
 
「似てない」
「似てない」
 
自分たちはそっくり同じ声同じタイミングで、綾波レイと霧島マナ。
敵意しかない冷徹声。敵に向けるのだから,当たり前だ、といわんばかりの。
 
「もー早く、弐号機なんて降りたいデス!初号機のそっちに行きたいデス!・・・いいデスか?
やっぱりだめデスか?ああーーーーーっ!!もう、さっさとするデス!比翼連理のふたりはいつも一緒にいるのがナチュラルなのデス!二人乗りプラグから弐号機を遠隔操縦できるよーにしてもらいたいデス・・・・こんな距離でも離れてるとさびしーデス。あー、使命とかどうでもいいデス。早く終われデス、一秒でも早く挙式エンドしてえデス・・・・え?この通信が他に聞かれてるデス?そりゃもちろん聞かせてあげてるのデース!」
 
ざざーーーっと、発令所のあちこちから口から砂糖を吐き出すような音が。
なんだこれはなんだこりゃ、とあまりと言えばあまりな・・・初号機の声が聞こえないのが救いなのかそうでないのか。
 
 
ただ、ニセモノだ、とは彼女たちは言わなかった。知れたことだから指摘しなかったのか。
 
この期に及んで式波ヒメカの一発芸、という可能性もないではなかったが、片目を光らせて彼女は無言。そっくり初号機を見据え続けている。他のことに気を回しているようではない。まるで、碇シンジ当人がそこにいるかのように。
 
 
「式波、ですらない、のか・・・・」
真希波マリは、射貫くようにそっくり弐号機を凝視している。
「なんて嫌がらせだ・・・・・」
 
 
「それ」は、禁じ手であろうが。使徒は使ってきた。
使徒にしてみれば、お前らのやったことをやり返しただけだと言われるだろうが。
 
 
そっくりさん、なのではなかった。そのもの、だったのだ。
 
初号機と弐号機に、元来宿るはずだった・・・・相互補完された人格。
 
もし、この都市にエヴァチルドレンが少年少女、二人しか、いなければ。
 
そうなっていたに違いない、互いに影響し合い引き合うようになった魂ふたつ。
 
互いを、乞う・・・関係を構築した・・・・
 
ひらたくいうと、らぶらぶ。
 
ななつの倍を生きてみても、他にいないのだから。似たような・・・アダムは。
 
難しくイングリッシュで表現すると、LOVE×2
数学も混入してしまったが、そういうことであった。
 
エヴァの中にて、それを見出すに決まっている。もう一つの選択肢、ファントムペイン。
 
これでアナザー1,初号機の方の語尾が「リバース」とかだったら最悪だと思った。
 
それを呼び戻す力を、使徒、それを使わす存在が、持っていない証明をしてくれる悪魔が訪問販売にきたら、速攻で葛城ミサトも赤木リツコ博士も、喜んで欺された。
 
だが、これまでの使徒との戦闘経験が、天使を殺害してきた自覚が、「そんなのアリかよ」という咆吼を呑み込ませた。ここにきて最大級の鬼札を出してきたわけだ。素直に「うぐっ」などというカワイイ反応はまさに歳が許さない。年相応の態度というものがある。
 
「こ・・・こんにゃろう・・・・・」アウトくさいが、ギリギリであろう。このくらいが。
葛城ミサトとしては、なんともいえぬ、なんともいえぬ!のだ。距離とか公平さとかで。
 
初号機も、弐号機も。だから、あの合体技も使えた。妙な表現だが、本人たち以上に。
 
惣流アスカがこの場にいれば出血多量で死んでいたかもしれない。口から血を吐きすぎて。
 
「じゃ、始めマスか?儀式は手順に従って、正しく行わないとネー」
 
同じ顔、同じ声、異なるのは、深紅のプラグスーツの両肩に羽織った真白の打ち掛け。艦船を模したような形の細長のヘッドセット。ダイアモンドのように輝く瞳。そして何より
幸せそうな表情。これから式でも挙げようかという・・・・いや、まさか儀式とは。
 
「アスカ・・・・・それから・・・・初号機は・・・・・」
 
さすがに我が子のことであるから、即座に見破ったのか,直感があったのか。
それとも先ほどの綾霧会談のテーマはそれだったのかもしれない。
碇司令が初号機を待つな、と言った意味が、やばさの底が理解できた。
 
どうやったのかは知らないが、アナザーなどではない、「本物」を連れてきたのだ。
いや、「本流」というべきか。もちろん、使徒側が出してきたのだから都合良く使い勝手良く改変してあるのは間違いない。つくづく使徒殲滅業界は甘くない。
互いに触れることが、交わることが、混じることの出来ない、もうひとりを。
 
 
碇シンジが使徒に対する最悪の毒物だとしたら、あそこにいるのは毒を消す最善の薬物。
 
 
「アナザー1,アナザー2,は、こうなると単体ではなく合一のものとして認識することにして、まとめて”ラスエ・・・むぐっ!!な、なにをする皆!」
悪魔のような交渉をまとめていた冬月相談役が、こんな時に満月のような輝かしい顔で何か言い出そうとしたので碇ゲンドウの指示で皆で取り押さえた。
 
今までさんざんやられてきた使徒がとうとう対抗薬を完成させたのか、それとも都市に拡散する毒霧のような得体の知れなかったのが、血肉という壺に収められて解析しやすい存在になってしまったせいか・・・・分かりたくもないが、この襲来のタイミングはこうなると、禍福いずれだったのか。
 
そして、アスカは・・・
 
 
「一度しか言わないからよく聞くデース」
 
目の光だけは輝くばかりに強烈だが、誰に向けて言ってるのか、それともただの独り言なのかわかりにくかったが、これは自分たち向けなのだと即座に理解できた。
 
 
”拒絶”
 
 
「あなたたちは、いらないデース。ネルフの皆サン。足りない分もこっちで用意するしますカラ、あなたたちは何もしなくてもいいデス。儀式はこちらで完成させるのデス」
 
絶対の拒絶。即座に反対の声が上げられないほど、その目には力があった。何者にも壊されることのない金剛の意志。アスカでありながら、アスカを失い、ラングレーを失い、ドライを生成させることなく、ただひたすらにマグマの心にて力という力を固めに固めた。
そんな、存在。ある意味、行き着いた先、ゼロアスカ、とでもいうべき一極。
 
 
「な・・・何を言ってるの・・・」
 
こうなっていたかもしれない可能性と直面する、というのは、怨霊に出くわすより遙かに恐ろしい。全身が硬直する。ドッペルゲンガーに三度会うと死ぬ、とかいうのもムリからぬ。おそらく多重ストレスのせいなのだ。他者のそれでもこうなのだから。発令所でも口がきけるのは多重ストレス耐性のある碇ゲンドウ、冬月相談役、葛城ミサトくらいのもので。ちなみに一番ショック受けているのが綾波レイで、尻餅ついて立ち上がることもできない。
 
「バカなんデスか?こんなに分かりやすく言ったのに。よけーな邪魔をするな、と言ったんデス。地上に人を配置しているなら、すぐに避難させるデス」
 
戦闘に備えて周辺設備を臨機応変に使えるよう、確かに人を配置してある。さらに今回はプラグを抜き取るなどという微妙な作業を行おうというのだからなおさら機械で追いつかぬ。危険なのは言うまでもないが・・・邪魔するな避難しろ、と相対する者に言われてはいそうですか、というわけに
 
「地上部隊の緊急避難!急がせて!!」
 
葛城ミサトが命じた。
 
「はい!?」
 
いかぬはずのことを、いきなり反転してきたのでさすがの日向マコトも面食らう。
 
「にげて!!雨が!!」
「・・・総代行の指示通りに。急げ」
 
何か感じ取ったのか、尻餅突いたままの綾波レイが叫ぶのを碇ゲンドウが聞き届ける。
さすがにそこまで重ねられたら呆けているわけにもいかない。その反転に従い動く作戦部。
 
 
これで何も無くただの敵方のハッタリだったら権威失墜どころではないが、その意味はすぐに分かった。
 
 
 
それは、溶岩色の豪雨。
 
 
紫だったそれが、一瞬にして深紅に橙に黄玉に輝き。破壊音の洪水は都市全域、地下の避難所まで一気に浸透し人々の精神を揺るがした。エヴァと使徒との乱闘に慣れているはずの第三新東京市民にして腰を抜かして悲鳴すら出ない。恐怖はまだ来ない。わざと理解しない。してしまえば耐えられない。これがただの戦闘開始の合図、などではなく。
 
 
先の・・・氷漬けにされるはずだった「あれ」と同種の災いである、などと。
 
 
分かってしまえば。
じっと目を閉じ、小さい者を抱き老いた者に寄り添って、忍ぶしかない。
祈りはしない。忍ぶだけだ。
 
 
ここでどうにかならんのなら、世界中のどこだろうとどうにもならんだろうな、という信の一字を握りしめながら。真ではないかもしれないけれど、ちがいなく信であるから。
 
 
「被害報告!」
葛城ミサトが喝入れ込みで怒号する。
 
 
こういったことの、つまりはひどい目にあうスペシャリスト集団であるネルフ総本部発令所の面々はさすがにしぶとく作動している。ここまで超デーハー百花繚乱的に攻撃されてポケッとしていたら市民の皆様に申し訳が立たない。正面モニターを凝視していた者たちは、自分たちが太陽の中に放り込まれたような、鉄腕アトムの最終回を目撃したような錯覚に囚われていたがすぐに現実に復帰した。だが
 
現実もその夢想とあまり変わらなかった。
 
数千の火の玉が”いきなり”降ってきたのだ。
 
それを迎撃してのけたのは、初号機と弐号機の新婚さん、じゃないLASエ・・じゃない、そっくりさんコンビ。
「タワーリングインフェルあるてま」とかいう合体技だった。
 
でかいのは逃さず破壊したが、壊した破片も天から降ってきた分、それなりのミサイルと化したりもしたが、そこは使徒使い・霧島マナがフォローしていた。
 
おかげで市街に損害らしい損害はなかった。細かいのはまあ、除外して。
 
 
「うっ・・・」
 
被害がないのは喜ばしいが、出る幕が無かったネルフ本部作戦部長総代行葛城ミサトは呻いた。自分たちに同じ事をやれ、と言われても確かに・・・・・・・・だったからだ。
 
だが、呑気に凹んでいる場合でもない。攻撃、それも都市全域に無差別攻撃されたのは間違いない・・・それも明らかに異常な手段で。ただ・・・使徒によるものではない。
アナザー1,2が防いだ、ということもあるが・・・・では、何者なのか。
 
 
これも、幸いといってよいものか・・・・・・・・・・すぐに、分かった。
 
 
 
       貴様たちか・・・
 
 
攻撃した当人が、名乗り出てきたからだ。 秘匿回線も使わぬのは、そもそも外部と話すことなど皆無だと思われていたから。そこらにあった手近なもので連絡してきたのだろう。
不幸なことに、業界における最古にして頂クラスのアクセス権、ネルフなどの特務機関に対する監査監督権すら持っていた。簡潔に言うと、上からモノが言えたのだ。
 
 
そんなことが、あるはずがない。
 
 
完成されることを許されない機体の中で・・・・土の棺桶から、番をするだけの
 
 
「アレを見るな!!画像を切れ!!通話のみにしろ!」
慌てふためく冬月コウゾウという極レアなものが見られたが、そんな驚きはすぐさま通信担当スタッフが何人も顔面から血を噴き出してぶっ倒れる恐怖に取って代わられた。
青葉シゲルがすぐさま対応しなければ、この時点で発令所の機能は停止していた。
 
 
貴様たちが・・・・
 
 
 
声は怒りに満ちていた。恨みに染まっていた。使徒ではなく、同じ人間にここまでの憎悪を向けられたことに静まりかえる発令所。しかも、エヴァの操縦者。
 
 
エヴァ十号機・専属操縦者・・・・・・ニェ・ナザレ
 
 
  カッパラル・マ・ギアにて、使徒武装「ソドラ」と「ゴドム」を守護する番人。
 
 
その任のためネルフと共闘することはなかったが、睨むだけで使徒を射殺す邪眼を持ち、何より二つの聖書級武装を所有する事実。大火傷のため生命維持をかねるエントリープラグから出てこれないものの・・・・業界の上に行くほど恐れ忌避する最大最凶の人柱。
 
それが、なぜこのような・・・・・さきほどの火球溶岩雨も、ソドラを使ったのだろう。
 
それも極限まで威力を絞りに絞った・・・もしや使った意識はなかったかもしれない。
何かの間違いで、ちょっと腰が当たってちょっと作動してしまった、ということであれば・・・・・・いいが。その声とその邪眼がそんな願いはありえぬと。
 
 
何を、誰を狙ってのことなのか・・・・・それによって戦況が全て変わる・・・・・・というレベルではなかった。戦場そのもの・・・どころか日本列島まるまる黒焦げになりかねない。明らかにオーバーキル。底なしの攻撃力。冷戦時代から似たようなことをやってきたわけだが・・・こんなものを剥き出しに個人の気まぐれでやられてはたまったものではない。いや・・・気まぐれではないのか。この局面で十号機が立ったのは・・・・・・
 
 
赤ん坊の声。だんだん弱々しくなってきている・・・というそれ。それしかない。
十類コードを持つ・・・事故で焼失したはずの者たちが泣き叫んでいる・・・・・
 
 
ニェ・ナザレは、マルドゥック機関が集めた子供たちの最後の生き残りである。
 
 
怪奇ではあるが、その事実が、ワナとしか思えない、それにしても不細工であるが、
 
異形の形であっても、かつての仲間達の命が保存されていた、かもしれないという
 
 
「おとぎばなし」
 
 
が、土の中で横たわり錆びつくままの十号機のエンジンに火を入れたのだとしたら。
 
 
神の子のごとく「十」を背負い、俗世と隔絶され、己の任を果たし続けた邪眼もつ聖者。
 
 
誰もが、人間など、やめたものだと、決めてかかっていたのだ。
 
 
十号機、ニェ・ナザレとは、そういった存在であると。
 
 
死ぬまで、十とともにあると。十号機の中にあると。
 
 
番人のままで。守護者のままであると。
 
 
土の結界の中で。不可侵のままに。
 
 
人の形をかろうじて保った、強烈無比の警備装置か何かと。
 
 
 
だから、こんな手にひっかかるとは、思わなかったのだ。
 
 
なんとしても、十号機を消し去りたかった者達も。
 
 
あるわけがない「未確認非常識情報」にまんまとひっかかって、カッパラル・マ・ギア、土の結界から出てくるなどと。土の棺は完成させることを許されなかった肉体を、弱点を補う鎧でもあったのに。さらには、睨むだけで敵を殺す邪眼が遠天を向いていた。沸くがごとくしつこく現れ続けた敵が潜む地を睨むことを初めて止めてしまった。
 
 
 
せめて、人間らしく
 
 
それを求めるなどと。
 
 
夢にも思っていなかった。
 
 
 
 
「A・V・Th,お仕事デース」
 
アナザー2がどこやらに呼びかけた。この世で唯一人、ニェ・ナザレの邪眼が通じぬ特殊な肉体を持つ者へ。