シオシオン
 
 
 
この水の星にあって、ありえぬほどに隔絶して乾ききった聖域。なまなかの生命系統では十秒も持たぬほどに干涸らび枯れる、神域は神域でも旱の神との独占契約を結んだかのような乾燥地獄ぶりで、こんなところに勤務となれば獄卒すら熱中症で倒れ、いやさその前に裸足で逃げ出すか。楽園、ではない、枯園。メンテナンスを許されなくなったエデン。
火星人か金星人か、もしくは太陽人の出島なのではないかとも。
 
 
とにかく、かわききっている。カラカラと。
 
 
遠方から望むだけで眼球はミイラとなり、その地を想うだけで心にヒビが割れる。
 
 
こんなところをいかなる何者が欲するはずもなく、全身全霊をもって秘匿し立ち入りを避けるべき。
 
 
だが、それを都合よく使える存在、というものもいるもので。
 
 
統括部門征服部門、という二種類の翼手でもって、星を包んでいる。
使い古されている表現こそふさわしい、世界を裏から操っている闇の強大組織。
 
 
ゼーレ、という。
 
 
ここに儀式用の神殿があった。塩で造られた聖なる宮殿で、塩柱の司祭達が、蝋燭を掲げて列をなす。もちろん塩で出来ているので、やることに一切のエラーも情もない。
儀式装置としてはこれ以上なく完璧な。いかなる巨大術式でも完全に処理していく。
どれほどのキャパシティを誇るのか、それを解明する天才は未だ人類の中から生まれていない。
 
 
 
   数字を刻印された特別あつらえの子供たちが、順に消えていく「儀式」。
 
 
 
 秘時石の上に、目玉模様が象嵌された七つの燭台。すでに灯火が三つ消えていた。
 
 
 
それから・・・・
 
 
 
 塩で出来た教皇が、玉座より秘時石に歩み寄り、穢れのない吐息で二つの火を消した。
 
 
・・・・・残りは二つ。これはべつに儀式装置も電卓も使わずとも、分かるだろう。
指で数えてもいいくらいの、単純な算数。7ー3−2=、である。2に決まっている。
 
 
ええっ!?何でやマンネン!
 
 
だが、間違いなどないはずの、塩賢人たちによる、この「判断」が、ほとんど神レベルの診断、つまりは「神断」が、業界を大いに揺るがす。語尾が特殊なのは受領した者たちにはそれだけ衝撃だったためだ。千年どころか万年の禍根を残すのではないかという歴史的視野によるものだ。別に全員が日本国内のとある一地方に集合してそれを聞いたわけではない。
 
 
フィフス、つまりは五番目が、「渚カヲル」が消えて、次は
 
 
フォース・チルドレン、「黒羅羅・明暗」
 
 
そして
 
 
サード・チルドレン、「碇シンジ」
 
 
のはずだった。4と3,の灯火が消された、ということは、フォースとサードも「消えて」いなければならない。
 
 
使徒の手によって。その存在を消されていなければ、儀式は進まぬはずなのだが。
 
それに捧げられる供物は天文学的にも地球形而上学的にも非常に「高額」であるわけだが、手順自体は非常に簡潔で単純なものだ。魔術的な知識も必要としない、ただの、算数。
 
 
力ある事実。
 
 
それが乱れてしまえば、なんの儀式か。進行自体は望ましいことではあるのだが。
 
 
実際。
 
 
黒羅羅・明暗と碇シンジは、生存している。
 
 
フォース、黒羅羅・明暗の方は、参号機に乗ることもなくこのまま衰弱死するのかと思いきや例のゴドム騒動の隙をついて単身、本拠地である天京に戻っていた。ただ明・暗、禁青、朱夕の四つ名を捨て、表には出ぬものの杯上帝会の灰基督・ハイアシュとして市街の復旧指揮を執っていた。
 
 
ただ、こちらは「半分に裂かれたあげくに半身消えた」という事象もあるので、それでよし、と塩賢人が判断したのも分からぬではない。要は儀式が進行することだ。どのような消え方をしようが、それは問題にもされない。供物の質は、どのレベルか。使徒の血を浴びれば浴びるほど、使徒の影を踏むごとに供物としての質は上がっていく。上昇しきったところで捧げられるのが一番よいに決まっている。それでも、現代人間の「質」は濁りきっていて、低い。ゆえに搭載されたヴィア・ドロローサの「第七実験」
 
 
かの神の子がただひとり十字架にかけられ、万民の無知の罪を贖ったのとは雲泥。
(まあ、公平に考えれば、この星に住む人間の数もその当時と違うと言えば違うのだが)
 
 
親は子に甘いのだとしても、質の差は歴然としている。だが、高額なのだ。供物の数は少ないに、越したことはない。大目的を叶えるための、必要経費ではあるが安い方がいい。
 
 
とはいえ、不当に値切るつもりもないのだ。代価は、払おう。
人類の種を今度こそ満たすために。次こそは、十全な補完を。
 
 
それに比べれば、他の実験群計画樹など、どうということはない。
能力?、才能?なんということはない。終時計部隊など完成せずともいい。
ウエルズHGの大撥条を作動させることが出来たとしても、それがなんだというのか。
 
 
供物としての質度・・・・供度、とでもいうか・・・・
 
 
そのための、三つ目。サンアイズ。
サード・チルドレン、碇シンジ。
 
 
七つの実験を施されたエヴァ初号機に搭乗したまま、使徒に消されてもらうことになるわけだが・・・・・・・タイミングとしては、5,4,ときて、ちょうどよい。まさに、
 
 
ここで消えろ、という時機ではあるのだが。塩の教皇は灯火を吹き消した。
 
 
間違いなく。残りは、セカンド、2,であると。それはいいのだが。望むところだが。
 
 
使徒の影を踏み使徒の血を大量に浴びたセカンド・チルドレンといえば、何名かいる。
そこから最も供度が高い者を選ぶことになるだろう。タイミングもあるだろうが。
まあ、運命だ。
 
 
だが・・・・・・本当に大丈夫なのか。先に進めてしまっても。サイには振り直しはないだろうが・・・・これは、重要な儀式。死んだ神などお呼びではないが、人類にはこれ以上ないほど重要な・・・・祭事。ヒトと他の生き物との違いなど、実のところ、”これ”を行うかどうかでしかない。ある意味、最も浮ついた、半翼の天使のような、地に足のついていない未熟生命体なのだろう。誰かがそれを行う必要がある。
人類の。補完でも足りぬのなら。
その誰かとはゼーレである。そのための、ゼーレ。
 
 
最低限、メンバーになるにはそのような先導者信仰が必要になる。掲げずとも理解するくらいは。血まみれのサイコロを、振っているのだ、という自覚くらいは。
 
 
それにしても・・・・・・
 
 
消しておかなくて、よいのか
 
 
神ならぬ身の迷い、惑い。それを気取っていられるならどれほど気楽か。
 
 
サード、三番目、碇シンジを。シオシオンの判断に間違いはない。儀式は進展したのだ。
 
 
が、一応、念のため、消しておかなくて、いいのか
 
 
かつて、そうしたように。マルドゥック機関が選出した66人のチルドレン。
 
 
 
見解が、分かれた。統括部門、征服部門の見解の相違はいつものことであるが、今回のコレはさらにそこから千々に分かれて、「積極的消去」から「確信的放置」にラインを引き、そこから「有効活用策」を頂点としたトライアングルを形成し、バランスがとれてしまったゆえに、”パワーの空白”が生じた。暗黒でない面のフォースとでもいうか。
 
 
不死の王子、ノーライフプリンスを自然引退し、それほど無敵でもなくなった碇シンジがなんとか死なずに済んだのは、この空白のおかげであった。他にも厄介な問題がもちあがってきているのもあり、いろいろ間がよかったのだ。さながら魔と間のクロスカウンター。
 
 
 
儀式聖域・シオシオンは停止する。
 
 
世界各地の闇舞台裏世界でギリギリいうてる歯車ならぬ軋りなど我関せず、といった白静で。
 
 
燭台の火は、ふたつ。
 
 
次の数字の子供が消えるまで。
 
 
灯火は語ることもない。
 
 
 
消えた子供のその後
 
 
 
新生は、成ったのか。
 
 
などということは。