「せめて、もうちょい主役らしくしてもらわんとな・・・」
 
 
鈴原トウジの発言でなければ、メタなことをいうな!と警告の入るところだが。
 
 
彼のいわんとするところはここにいる皆、だいたい呑み込めていたのでその点に関しては誰も何も言わなかった。要点は同意している。つい、そのように言ってしまったのだろう。
 
 
誰あろう、碇シンジのことである。
 
 
人はそれぞれの人生において、主役である、という題目はひとまず、おいておき。
 
 
「そうね・・・そう、らしく、してもらわないと・・・・」
 
歯切れが悪い、というより、言葉を探して、探しきれなかった綾波レイが続いた。
 
 
ここで「主役ってなに?」などという根源論にいきだすと面倒なことになるが、実務優先系の主役のひとりである彼女が流れを決定したことで、他の者も本腰をいれて話し始めた。
 
 
 
第三中学校の屋上でのことである。
 
 
さすがに特務機関ネルフ総本部の中でできる話ではない。いろんな意味で。さまざまな意味で。
 
 
空が青い・・・・・・・・昼休み。日光を直接浴びてもかなり過ごしやすいのは、これが
 
 
「春」めいた季節温度、というやつだろうか。若者達は知らない。若者達こそ、知らない。
 
青い、春っぽい、空気。ブルー、ニア・スプリング、アトモスフィーア。意味不明。
 
 
「主役うんぬんは正直、意味がわからんでござるが。活動的になって頂きたい、というのは分かるでござる。まだ顔見せも叶わぬとは・・・・・・にんともかんともでござる。
まあ、反逆の英雄というものは一時期、牢に繋がれていたりすることがよくあるでござる」
 
にんともかんとも、とか言いながら忍ぶように、ではなく、堂々と当然のようにいる式波ヒメカ。また当然の如く、隣には真希波マリがいる。「そうだにゃあ。表舞台にまた出てきてもらわないとね・・・・・尾も白く、じゃない、面白くないよ」
 
 
「可愛いからってすべってもいいとは僕は思わない。けど、メガネだから許す」
 
相田ケンスケが。その隣には山岸マユミ。べつに眼鏡だから臨席を許可されたわけじゃない。碇シンジが心配だから、ここにいる。もちろん、惣流アスカも心配で、ゆえに顔だけはそっくりな式波ヒメカとどう距離をとってよいのか迷っている。この同席は。かなり、疲れる。隣の眼鏡彼氏も同じだろう。それでも、ここにいる。いるべきだった。
 
 
「なるほど、眼鏡には目がねえ、ダナ!ケンスケ!マリーのわんこちゃんジョークもなかなかインタレスティングだったゼ。で、話をハリー・コンティニューしようか」
 
肉巻きおにぎりを食べながらルー語で先を促すのはミカエル山田。友人の友人はやはり友人であるから、心配してここにいるのはナチュラルだというわけで今回もここにいた。
ルー語が理解できるのは、山岸マユミだけだったので、皆に通訳していた。うーむ異邦人。
 
 
 
昼休みの時間もそう長いわけでもない。そして、結論自体は出ている話だ。
 
 
問題は、
 
 
「具体的に・・・・・・どうするか、だけど」
 
 
委員長たる洞木ヒカリの言ったとおりで。そもそも最近、碇シンジと会えてさえいないのだ。これは入門を強く望む式波ヒメカだけではない。同僚パイロットたる綾波レイや鈴原トウジでさえ同じ。もこもこの防寒着を着て碇シンジのいる初号機ケージに会いに行こうとしても「風邪をひいたら大変だからやめてください」などとぬかして面会に応じない。
 
「くしゃみして、それで氷漬けになったら責任とれません」とか、あの似合いもしない宇宙人キャラはさすがにやめたらしいが、雪女、いやさ雪男ぶりはキャラクターでもなんでもなく、まぎれもない生態であるのでごまかしようもない。能力、というレベルでもない。
 
 
そりゃ、主人公と言えば、しかもロボットが出てくる話の主役、と言えば、熱血、と相場が決まっている。冷血でロボットに乗る主役は、軍人さんか。とあれ
 
 
彼は、人間か。
 
 
たとえば、貴男が べつの星のひとでも、わたしは、かまわない
 
愛したなら
 
という歌もあったが。確かに今、同じ星の上に居住しているわけだが。
 
 
・・・・これは、なんというか、ここはひとつ超人の視点が必要なのではないか・・・
 
 
「・・・・・・僕をあてにされてもな・・・・・・カヲルとはちがうんだ」
 
 
そもそもこの場にいるのもイヤなのだ、という表情も隠しもせずに、火織ナギサが。
 
確かに、ここに渚カヲルがいれば、まるで未来を見通したかのようなナイスな答えがかえってきそうではあった。まあ、本当に未来が見えていればそれを変えるべく手を打つだろうが。「そもそも君たちの・・・・七割以上が本人だろうけど・・・・問題だろう。僕には関係ないよ」
 
「ナギサには、荷がおもい」「はたらきものだけどねー」ミニサイズの渚カヲルたちにもやはり期待できそうもない。
 
 
「ナギサちんは自分のことだけで手一杯だろうから、それはコクってもんでしょ」
「まあ、なぜ生かされているのかわからんレベルでござるからな。貴殿は」
獣飼い二人が押し出したのは助け船でもフォローでもない単なる事実。コアパーツのマザーマシンたる福音丸・・・エヴァ・オルドオルタの殺害、シオヒトの直下にあった彼の業界での立場は非常に微妙なものがあった。人の心配などしている場合ではなかった。
副司令冬月コウゾウと赤木リツコ博士がちょっとでも交渉のさじ加減を違えれば・・・。
 
 
「なにっ!?そうなんか!?」
 
初耳なのか鈴原トウジが目をむいた。そんなむつかしいことになっているとは・・・・業界の複雑怪奇にも慣れてきたと思っていたが、まだ底には底があり。
 
底などないのかもしれない。
 
ここが、底だと、決めてしまう努力と根性と気合いなしでは。ここから上を目指すと決めないのなら。這い上がる力もないほど弱り切った時などは。目の前の渚カヲルと同じ顔して違う心をもつダチ公を射抜くほどに見る。今のこいつがどれほどの状態なのか・・・
 
 
「それは、副司令と・・・赤木博士に任せておけばいい。あの二人でも無理なことが他の誰にできるというんだい?」
底無し沼にもがいて助けを求めている声色ではない。その両脇にサギナとカナギが手をつないで。翼もないが立っている。ここが底だと決めている声だった。
 
理解された、というのが、癪だとも思った。
ふふふ・・手のひらから伝わるようにだけしてサギナとカナギが笑んだ。
 
「そもそも鈴原トウジ、君も似たような立場だろう。契約は終わり、参号機は正統な乗り手を得た。そこから降りても誰も文句は言わないよ?この中で一番先に君が死にそうだけど」
 
同じ顔をした彼には未来視があった。それを知っても知らずとも、仕返しにしては、強烈な脅しであっただろう。なまなかの胆力では耐えられぬ赤い目の魔力・・・・・しかし
 
 
「大きなお世話や!しかし、そのちっこい親切心には礼をいうとくな、おおきに」
 
それは虎の豪毅か。鈴原トウジは男が惚れるような笑顔を見せた。フォー!!トウジフォー!!とかミカエル山田が興奮した。眼鏡に目がねえ相田ケンスケは苦笑するだけだが。
 
「い、いや・・・」
魔力が一瞬で霧散されて丸くなる目で、らしくもない感情を表にした火織ナギサ。
 
「ナギサちんはナギサちんって言われても異議がなかったから、これはイキでいいよねー」
「は?な、なんだいそれ・・・・」
「フォー!!ナギサちんフォー!!決定!おいらもこれからそうコールさせてもらうぜ」
 
 
渚カヲルと同じ顔をした人物がいじられ役になっている・・・・・・・・・・綾波レイや洞木ヒカリ、山岸マユミにしてみると、なかなか感慨深いものがあった・・・・ほんとにここに惣流アスカがいたら・・・・・・・・かえって頭に湯気立てて怒ったかもしれない・・・そんな想像も、また。
 
 
 
「話を戻すでござる。今の議題はシンジ殿についてのはず」
 
そこを、ばっさりと。
 
 
熱ではなく、冷気でもって割り裂く声は、式波ヒメカ。その独眼が、昔日の記憶などまさに眼中になく。一同を睨めつけた。とくに真希波マリを。時の無駄、悪ふざけとしか思えぬそれを咎めたのか。
 
 
「それは、そう」
 
綾波レイが同意した。無言の議長、というのもあまりおるまいが、場の空気が直った。
存在感か、願いの重さか。それにも増して求められるのは、議論の核となるアイデアを投入できることであろうが。
 
 
「なにかが、足りていない気がする・・・・」
 
彼は変質した。不死の王子から、天下無双の冷凍人間に。普通の人間になるはずだったのに。
 
確かに、人間というところのうえに「冷凍属性」をつけた、つけさせたというか呑み込ませたのは自分だ。自分。かもしれない、などという逃げは打たない。その責は負おう。
 
 
しかし・・・・・・・
 
 
なにか、おかしい・・・・・気がするのだ。
 
 
力は、十分。充ち満ちている。エヴァに乗れないわけでもない。どころか、雷に冷気まで自在に操るとなれば、どんな無敵街道なのだろう。主役としては申し分ない。
 
 
完璧な人格を求めているわけではない。
慈悲深い魂を信じているわけではない。
熱に満ちた心で伝導してもらいたくもない。
 
 
むしろ
 
 
大人しいふりをしてやりたいことはやる螺旋めいた槍のような人格
バカではない、むしろ小賢しいことこのうえない邪悪チックな魂
丁度よい湯加減を探すのが楽しいといった薪藁レベルで変温するこころ
 
 
目には見えぬし聞こえぬし、今さら彼の腹を裂いてそれを確認するわけにもいかない。
どんなホラーだ。
 
 
ただ、一音足りぬというか、ひと味足らぬというか・・・・・
多少の無茶をやらされようと、寝くたばっているイメージをどうにも認められない。
 
 
旧い神を呑んだに近い膨大な力に押し潰されているのか、
そもそも部品がひとつ足りないのか
 
 
前者であればそりゃ碇シンジにはどうしようもない。他者の助力を仰ぐしかあるまいし、その筆頭として綾波レイがあって当然、だけれど。
 
 
彼の、部品が、足らないのであれば、百年待っても自力で立ち上がることはない。
 
 
これは、欠損をあげつらおうとか、未熟を成熟させよう、という話ではない。
妄想と言えば妄想に近い。デンパといえばデンパだ。その発想こそ恐ろしい。
 
 
もともとあった、大事ななにかを、”とりこぼしている”、なら・・・・・・
 
合体時のトラブルというとザ・フライ的なことを考えてしまうが・・・・合体ロボにおける合体失敗とか。それが変化であるのか、変調のサインであったのか。
 
 
それを、拾わねばならない。
彼の元に、届けてやらねば。
 
 
しかし、それってなんなのか・・・・・・・・・・?
 
 
それが指摘できねば、妄想というよりは幻想に近い。
 
 
 
「ふーん。だから”この場”を選んだってわけだねー」
 
最も早く意図を汲んだのは、真希波マリだった。洞木ヒカリも山岸マユミも及ばない。
こういった所は鈴原トウジには期待しないほうがいい。カンは野郎の不得意フィールド。
 
「なるほど!ザ・PECULIAR屋上!エンジェーボイス、ベントラベントラ名を呼んでスペースエコーってところダナ!」
のはずなのだが、カンとはまた別のヒラメキがあったのか、ミカエル山田がガッテンした。
火織ナギサが「え?なんでお前が」という顔をしたが、当てずっぽうなどでもなかった。
 
 
「かーごめ、かごめ。かーごのなーかの、とりは、というところでござるか」
 
女でもカンよりは理屈先行っぽい式波ヒメカでさえついてきてみせた。惣流アスカのゴーストがささやいていれば外したであろうから、これは自身の閃きか。
 
「・・・・・・・・・」
 
こうなると、洞木ヒカリや山岸マユミ、相田ケンスケにはプレッシャーになる。まさか自分たちを差し置いて、綾波レイの(部外者にはさぞ分かりにくい)言の奥をとらえたというのは。ビリケツ決定というか、もう解説をまっている顔の鈴原トウジは別として、自分たちはなんとか解答が出る前に悟りたいものだが・・・・・・
 
 
 
「いるんでしょ」
 
 
綾波レイの口から先に答えが出された。しかしながら、分かりにくいが。
 
 
「誰がやねん」
 
理解してないと、こうつっこむしかない。つっこむしかなかった。鈴原トウジ以外に何名いたかは武士の情けで割愛するとして。
 
 
 
「同じシュチュで芸がないかもしれないけど」
 
また同じ給水タンクの上。また同じワンピース。ひとつなぎの大秘宝でない方の。
 
 
「使徒使い、霧島マナ 推参」
 
 
おおきな帽子で口元しか表情が分からない。
 
 
「なんてね」
 
 
などと舌をぺろっと出しても。
 
 
重圧がハンパではない。生命体としての格と違いというものか、理由もなく自分たちがこの場で皆殺しにされる白昼夢を見る。気が弱い者はこれで卒倒するはずだが、山岸マユミ以上全員、なんとか耐えきった。綾波レイが生身でATフィールドを展開したわけでもないが。これがつい最近まで同じ学校のクラスメートだったとは、というのもああ無情。
 
 
「落とし物を、拾ってない?・・・・碇くんの」
 
また様子を見に来る、とは確かに言っていたが、それを額面通りに受け取るのはさすがのファーストチルドレン。まあ、校内での授業中にやって来られても対応に困るが。
 
 
挨拶は抜きで、さっそく用件を。式波ヒメカですら瞠目ものの切り出しぶりであり。
 
 
「やっぱり、気づくのかなあ・・・・・・・」
 
隠れる気でいればいくらでも隠れていられた身で姿を見せたのだ。話に応じるのは道理であるが、ガッチリとした見事な受けぶりだった。いつぞや、結局は見られなかった文化祭ステージの鉄火花散を見た気がした。双方、口調は静かなのだが秘めた気合いが非尋常。
 
一人の男子をめぐって、美少女同士の鞘当て、などと形容するには、パワーレベルが。
 
 
「碇くんに、返して」
 
借りたノートを代わりに返しにいくわけではないのだが、その程度の簡潔さで綾波レイは。
 
 
不可侵の第三勢力、使徒使い、霧島マナが、こうして二度も現れたのは当然、彼女の方にも「理由」があるからだろう。学園オカルトじゃあるまいし、使徒使いが召還されてやってきたわけではない。天秤、業界のパワーバランスが狂う。この、応答次第では。
 
 
ただで、かえすはずもない・・・・・・・・・この使徒使いが何を考えているのか
 
 
世界中の秘密組織がプロファイリングをかけているが、その意図は謎。人中の神秘。
 
 
獣飼い二人真希波・マリ・イラストリアス、式波ヒメカ、
ネルフ総本部所属、エヴァ参号機双操縦者洞木ヒカリ、鈴原トウジ、
ネルフ総本部預かり、エヴァ八号機操縦者火織ナギサ、操縦補佐赤木サギナ、赤木カナギ
第三中学校2年、相田ケンスケ、山岸マユミ、ミカエル山田、
 
 
貸したノートを代わりに返すのを受け取るのとはケタが3,4違う緊張感を持つ者、あまり変わらぬ者、さまざまだが・・・・・同席した以上、見届けるしかない。
 
 
ネルフ総本部、エヴァ零号機専属操縦者、綾波レイが、どう言葉を射て
 
使徒使い霧島マナが、応え、どう語ったか。証人になるしかない。
 
 
よく似た声をもつ、このふたりの応答を。
 
 
「交換条件があるの。それも、ものすごくそっちに不利で、わたしに有利な」
 
「いいわ。受ける」
 
 
ヲイッッ!!!
 
あまりのショックで声帯がパラライズしてしまったのか、音波として発音できなかったのだが、サギナとカナギをのぞく全員がそんな深海怪物艦めいたツッコミをあげた。
 
せめて内容を聞け!!聞くだろ!こんな挑発、抗争中のレスラーでも乗らんわ!!鼻血が出そうに、中にはほんとに出てしまった者がいるが、なりながら綾波レイの袖を引こうとするが
 
「さすがは綾波さん!私が男だったら惚れてるよ〜(絶対、結婚はしないけど)」
 
声は似ていても、こと交渉領域に関しては、月の女王とすっぽんの調理場下働きほどの違いがあった。
 
「で、条件は」
「あ、その前に、神様・・・はどうでもいいか、そうだねー、碇ユイさん、シンジくんのおかあさんの名前に誓ってもらいましょうか。文句のつけようもないゴッドマザーだし。今のナシとか練習とかなしだからねー」
 
「いいわ。誓う」
 
くそうっっ
 
「ジブン、あほあほあほあほあほあほっちゃうん!!!この・・・スペシャルローリングあほ!!」
鈴原トウジなどのたうちまわって悔しがったが、もうどうしようもない。まだこの事実を綾波レイ当人だけで呑み込まず、自分たちも知った、ということで良しとすべき、と思っても、思うことにしても・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぐぬぬぬ、苦しかった。
霧島マナを憎もうともあまりに綾波レイがあまりだった。むしろ綾波レイの方が。方を。
この女の口を先に塞ぐべきだったんや・・・・・・・・・しゃべらせれば、負け。
 
「こ、ここここんなことって・・・・・・・・・愚か者の極みだ!!」
その次に髪をかきむしって悔しがっているのは、意外なことに火織ナギサだった。
 
 
「条件っていうのは・・・・・まあ、報酬の話からしようか。お察しのとおり、シンジくんの”重要なところ”をわたしが拾ってもってます。もし、こちらの要求通りのことをしてくれて、ちょっとしたクイズに正解したら、それをシンジくんに返します」
 
 
「あっけらかんというなあ・・・・・・」
真希波マリが呆れを通り越して感心したように。完全にタダ働きをさせるつもりだ。
 
要求がどれほどのハードルなのか知らないが、それに加えてクイズだと。おそらく当たるはずもない。ただ・・・・単にからかうためでもなさそうな。
 
天下無双の使徒使いが助力を求めている、というのは間違いない。
 
詐術にしても、たいていのことはもはや彼女は独力でしてのける力がある。なにより自分たちのような鎖につながれているわけでもない。幸せかどうかは、また別として。これもまた人の形をした天災であろう。ある意味、綾波レイのように受け入れてしまうしかない。
 
そこに活路を見出すか。鈴原トウジがいうほどローリングあほあほ少女、というわけでもないだろう。・・・・・・たぶん。
 
 
「クイズ・・・・なぞなぞのこと?」
 
「そう、三択じゃない。自分の頭と心で考えて、答えを出してもらう。まあ、綾波さんなら簡単だろうけど。要求の方がちょっと難しいけどねー」
 
 
「答えはもう、わかってる。碇くんの足りないところ・・・・おとしもの」
 
 
「ふーん・・・・・・・・・」
 
 
たまにこういうことを言い出すから、かろうじて、綾波レイは。
 
 
「それで、要求って」
まさか偽預言者の誰それの首、とかいう話ではなかろうな、一応これ新世紀の話だよねと周りの者はそわそわぞわぞわするが。
 
 
「それがなんとも頭が痛い話でね・・・・・・・証明をしろ、って話になったのよ」
 
実際に頭痛がしたように、いままでけろりんとしていた霧島マナの表情が、苦しげにしかめられた。その分だけか、話が分かりにくい。意図したものか忌避したものか。
使徒使いが。
 
 
「証明?」
綾波レイでなくとも先をうながすほかない。しばらく相手が言い淀んでいても。
 
 
「わたしが、・・・・・に、ふさわしい使徒使いであることの、証明」
 
 
「何に相応しいって・・・?」
 
 
「ま、まあ、それはいいじゃない!とにかく、綾波さんたちにやってもらいたいのは、あー・・・なんというか、八百長というか、乱入というかノーコンテストというか、一部セコンド業務というか・・・いつつ・・・」
 
どうにも要領を得ない。頭痛がしているらしい。表情がこわばっている。演技ではなさそうだが、どうにも聞き逃せない単語もあった。
 
「たち?私とあなたの話でしょう」
 
「トウジくんたちは・・・・・ほっとかないでしょ。他の面子はわかんないけど。それで、わたし、試されてね、・・・・・いやー、現在0勝3敗。強くてね、相手が」
 
 
つつ、と霧島マナの額と、左手と右手の手のひらから、赤いものが流れるのを、見た。
 
 
「負けた・・・?相手?だれ?」
 
使徒使いの行動というのはネルフ本部でもほとんど掴めていない。支援勢力が広がっていることだけが追跡できる程度だ。範囲も速度も自由度も、既存の勢力とは別次元。
 
 
「できれば、シンジくんにスーパーヒーローみたいに助けて欲しいけど、それが出来ない」
 
 
赤い流れが、止まらない。血液なのだとしたら、けっこうな量になる。涙ではなく。
 
 
「・・・・自分で乗り越えなくちゃね。ま、利用できるものは利用させてもらうけど」
 
 
「相手は?・・・・まさか、時計の?」
 
試す、という言葉に違和感があるが、実力的にそれくらいしか考えられない。
まさかジャンケンや将棋、と言う話でもなかろう。
もどかしく、もう一度、問う。さすがにこの場の全員の目が鋭く光っていた。
 
 
 
「まさか。使徒ですよ。それも、四大使徒。名は、LA・Fエル」
 
 
 
「・・・・・・・・・」
 
 
ざざざ・・・
 
 
沈黙と、後ずさる音。沈黙はその名の意を知らず響きの神韻だけをとらえた者。
意識か無意識か、足を退いた者がその名の意と威を知っていた。使徒名鑑の最上位。
 
 
「前に、レイちゃんがつっかかっていった(VΛV)リエル、あれと同格の存在。御気性が・・・・あれほど甘くないけどね、痛つつ・・・・」
 
 
四大・・・・・そんなものとの試練に関われ、というのならば、断るほかない。
 
 
下手にかかわればどうなるか・・・・・・・、思い知ったのが先の綾波レイのはず。
さすがに、後悔の色が、わずかに、よぎった。綾波レイも人間である。
 
そういった皆のドン引きは予想の範疇にあったのだろう、霧島マナは言葉を続ける。
 
「正確には、その四大とガチンコで試されていたってわけじゃないの。さすがに三戦もできないって。制約が多すぎてほとんど身動きできないから、手さえ出さなければいいって、安心してたんだけどねー。まさか部下を使ってテストされるなんて・・・・・」
 
 
「部下ちゅうと、使徒のことかい」
 
参号機は駆るが、業界にずっぽりというわけではないから、まだ口が動いた鈴原トウジ。
不穏なものを感じるが、怯えてばかりもいられない。参号機とその魂に笑われる。
 
 
「そう、使徒使いの使う使徒、VS、大使徒LA・Fエルの命に従う使徒、との腕比べ」
 
 
くらっ・・・!
 
 
赤いものこそ流れないが、霧島マナの頭痛がほぼ全員に伝染した。エヴァには乗れないが感じやすい山岸マユミなどもう卒倒寸前だった。
 
 
「もっか、三連敗中・・・・・・七戦中・・・・・一勝は間違いないけど、あと三勝分がどうしても・・・・・読めないくらいなら、いっそ無効勝負にしてもらいたい・・・・その結果、どういう裁定を下してくるか分からないけど、もう一度最初からやり直し、ってなら、今度は負けない・・・・・!」
 
 
人間ならぬ神に近いだろう大使徒によるテストの裏必勝法など分かるはずもない。
 
すでに三敗、ということは動かせぬ事実として、あと四勝せねば、それで終わり、という試練であるなら、もうどうにもならぬ。その理が分からぬはずもない霧島マナがこのようなトンマな感じのものを言うのは・・・・・・・・・まあ、これまでの部下使徒たちがたいそう腕が立ったのだろう。エヴァなどが途中で乱入しようが、ものともせぬほどに。
 
いや、うまい具合に不意打ちが決まったとしても、それは試練とは関係なし、むしろ反則負け、などということになったらどうするのか。なんにせよ、頭の痛い話だ。
 
 
こちらを騙す嘘にしても、もう少しマシなことを考えてくるだろう・・・というのが救いか。
 
 
 
「その証明に失敗したら、どうなるの」
 
全てを聞き終えてからおもむろに、という通常の段取りを越えて綾波レイ。
よく聞けるなあ、と火織ナギサですら苦い顔をしていたがおかまいない。
 
 
「使徒使いの力だけを剥奪されて、ふつうの女の子に戻る、とかだといいんだけどね」
 
 
当人もそこまで聞かされていないのかも知れないし、誤魔化しているのかも知れない。
まあ、神様だの天使だのはそこまでサービス良くない。むしろ悪魔の専門分野だろう。
 
 
この新世紀、この時代に、使徒使いが存在する、というのは、天の配剤っぽいが、資格テストなんぞあるとは・・・・・・なかなかに世知辛い話だ。いやさ、試練こそ長い友達か。
 
 
えらい話を聞いちゃったなー・・・・・・・・でも、これをまんま伝えても信じてくれないだろうなー・・・真希波・マリ・イラストリアスは考えた。
その心配はまったく無用であることを、すぐに知るのだが。人類皆、考えることは同じだったのだ。