「みんな、気づいているだろうけど」
 
 
洞木ヒカリが、あえて確認してみる。
 
 
「この、テスト・・・、試練がどういうものなのか」
 
 
次は四日後、と言い残して霧島マナが去った後も、残った面子。まさかこれからトランプ大会でもカラオケ大会でもない。使徒使いの提出してきた情報を元に作戦を練らねばならない。本質では、ネルフの作戦部がやるべきことではあるが、本筋ではない。
 
科学特捜隊がウルトラマンの登場を必ずしも前提に作戦を組めない、というにも似て。
 
ジュブナイルというべきかむしろ苦肉というべきか。ともかく、やるほかない。
 
戦闘力や熱意はさまざまであるが、使徒使いのとんでもない話を聞いてしまった仲、ということでもあり、この後、どのように動くかは別として、この座をともにすることに異議を唱える者はなかった。碇シンジに連絡だけとってみようか、という意見もでたが、綾波レイに即、却下された。
 
そして、洞木ヒカリがあえて確認してみたのは、さすがは委員長というところか。
 
一応、これまでの情報を見当してみれば、だいたいの見当はつく。とくにエヴァに乗ったこともない相田ケンスケらも、この試練の本性は理解していた。となれば、歴戦のエヴァパイロットたちは言うまでもない「はず」。基本の前提を全員が理解しているのならば。
時間を無駄にすることなく、話を進めるべきなのだが。
 
 
「異物同士の食い合いだろう。闘犬や闘鶏のような闘争遊戯なのかもしれないね・・・・・いや、文化といったほうがいいのか」
 
それは、理解不能のものだ、という理解をしている者がいた。火織ナギサだ。
ちろり、と何か言いたげに真希波マリと式波ヒメカが見やったが。無言。
 
 
「彼女の情報はすべて開放されたわけでもない」
 
ゴドム強奪の件といい、基本的に油断も隙もならない。レリエルがいなくなったと思ったら今度はあなた、という気分がある綾波レイも、火織ナギサと似たようなもので。
仕事さえ果たしてしまえば、とりあえず、殺ってしまえばいいんでしょ?的なことを腹の中で考えてるんだろうなー、と、この場の面子は分かっている。理屈はあとあと、みたいな。やることやりましょうや、ざくざく。っぽく。
 
 
鈴原トウジと洞木ヒカリが、”再確認した方がよさそうや・そうだね”、目を合わせて。
 
 
「に、しても、ただの腕試しってわけでもなさそうだしね」
「だいたい、七回もすることないですし・・・。一回目でやっつけられてたらもう終わりだし・・・一発勝負の総力戦にすれば、すぐに結果は出たはずなんですが。排除する気なら・・・どうにも甘いですよね」
 
 
その意を受けたわけでもないのだろうけれど、相田ケンスケと山岸マユミが・・・まだ余熱が残っている感じの彼女が眼鏡を光らせ物騒なことを言う。
 
 
使徒を勝手に身内に取込みコキ使う、邪な使徒使いを目障りに思った四大使徒が狩ろうと思っているのなら・・・・・そんな悠長なことをする必要はあるまい。
 
 
もちろん、火織ナギサのいうとおり、四大使徒ともなれば、人類の目から見ると趣味的デモーニッシュに感じられても、使徒同士を争わせることに単純な面白みを覚えているのかもしれない。が。
 
 
「おいらたちがこーして知ってるくらいのことを、大天使サマが知らないってことはアンリ・アーリマンだろさ。対戦カードを組む側のプロモーターが楽しんでちゃノウだろー。あ。ソウいえばこんな話があるんだ・・・昔むかし、あるところにエディ・マーフィとウーピー・ゴールドバーグが・・・」
「その話もう66回くらい聞いたからえーわ。でな」
「まだ話してもないだろ!!超タメになるのに!!おー、トウジ、そいつはデスフラグだぜ!絶対後悔するからな!!今の、今後の展開の超新星フラッシュな超ヒントだったのに!!」
「ええトコついてそうのは認めるからな。エディとウーピーの話はまた今度にせい、で」
 
 
「規模はすごいけど、あくまで戦闘というより、使徒使いと、業界の人間に対しての、テストなんだろうと思うよ」
 
相田ケンスケが引き取った。隣の山岸マユミがミカエル山田の話に超食いつきたそうな顔をしているが、そこは同調できない。サギナとカナギなど眠たげで。時間は選ばねば。
 
 
「業界の人間か、まあ、なるほどねえ・・・・・・」
真希波マリが肯いた。「ま、確かにこれまではそうだ。ベタニアベースにもいるからね、エヴァ。仮設五号機とかいうチキチキマシンというかドクロバギーみたいなのがねー」
 
 
「現時点で試し場に選ばれたところには、全てエヴァがいる・・・・」
式波ヒメカが静かに続けた。
 
 
「それに、あの使徒たち・・・・・あ、霧島さんが相手をした方の使徒ね、ややこしいけど・・・・一対一じゃ、勝てないようになってたんじゃ、ないかな」
 
これは洞木ヒカリ。なかなか言いにくいことを、兵(つわもの)ではない未来の女王が。
 
 
「実際、やってみんとなんともいえんところもあるが・・・・第一戦の人面剣型なんか分かりやすいな。おそらく、ありゃ両面から同時、二体以上で襲わんとどうにもならんで」
黒い風が囁かなくとも、その程度は読めるようになった鈴原トウジ。
 
 
「そうなら・・・」
ずいぶんと意地の悪い試練であり、そこを見抜けないのは不合格になるしかないのだろう。
使徒の試練など端から知ったことではないが、そう言われてみれば、もし自分が三戦目の鍵兜使徒との対戦に横槍を入れられる立場になれば。鍵菜の異能を零号機で拡大使用しギロチンロック&ロックギロチンを、あっさりどうにかできただろう。と、考える綾波レイ。
 
 
「2戦目決め手の扼殺も、他に誰かいりゃ外せただろうしね。誰かって、そりゃもちろんエヴァだけどね。戦車や飛行機がいくらあってもそんなマネはできない」
またもちろん、そこで助太刀をしなかったから、といって現地のエヴァが責められる話でもなかろう。なんせこれは使徒使いの話。業界の異端のコト。真希波マリはあの魔法の猫のような笑みをうかべて。
 
 
「だが、四戦目のマーリンズは助太刀しようと思ったわけではないだろう。むしろ、霧島マナ、使徒使いを捕獲しようとして出てきたんだろうさ・・・・今、ようやく倫敦が口を割ったそうだよ」
瞼の重いサギナカナギを見ながら、会話の中心からは目をそらし、携帯端末を眺めて、という器用なマネをしていた火織ナギサが。「まる焦げの十一号機はしばらく使いものにならないそうだ・・・・ま、もともとそうだけど。彼は」
 
 
「そのちょっかいのおかげで、ストレート負けにならんで済んだわけやからなー。一対一の呪縛を解きはなってくれた、いうなれば大金星の勇者さんや」
マーリンズ当人と会ったことがないため、そのまま同情的な鈴原トウジであった。
 
 
「魔法使いだけどね」「魔法使いなのだが」
当人を知っている真希波式波はそれだけで流す。どうせ日本にくることはなさそうだし。
 
 
「四戦目の情報も本部で解析後、回してもらえるだろうけど・・・・ここは再確認の場だったね。僕たちがどうするか、特に、綾波レイ、君がどうするか。可能不可能は別として、霧島マナを勝利させても、本当にいいのかい?」
 
 
「約束、したから」
 
 
迷いはない。ここから負けはない。ここから連続勝利で終わりまで。そうする。
赤い瞳には揺るぎはない。やるといったからには、やるのだ。他にすべきこともあるが。
自分には碇シンジを元に戻す義務と責任と権利その他もろもろがある。まずは、それを。
主役がどうの、と鈴原トウジが言っていたが、今の彼がらしくない、とも思えない。実は。
あれはあれで、とも思うのだけれど。それを彼が望んでいるようにも思えない。
あれはちょっと無茶ぶりだったなあ、と反省していたのだ。人間だもの。
 
 
使徒使い、という人間離れしてしまった霧島マナ、彼女が使徒を用いてさまざまな活動をしていることは知っている。セカンド・インパクトで荒れに狂ってしまった環境を復活させようとしている。それは約束の地に導く、時計を巻き戻すかのような、人ならざる力が必要になる。そうでなければ追いつかれてしまうのだ。眠る前にだけ、そっと見られるような・・・・なんせ不経済な話だ。そんな不経済な彼女がこれからどうなってどうしようと、それを勘定に入れることはない。それでいい。
 
 
綾波レイがそんなことを語ることはない。霧島マナも理解されることはないだろう。
試練踏破の暁に、調子こいて世界征服に乗り出したとしても、それはそれだ。
 
 
語ることはないが、なんとなく理解はされる。この違い。声は似ているのに。
 
 
 
「約束は」
「守らないと」
「「さびしいね」」
 
眠たげだったサギナとカナギが寄り添いながら、歌うように。
 
 
 
その歌の続きを待つような、しばしの沈黙が、降りた。
 
 
 
 
「それで、話をまとめるけれど」
 
言い出したのと同じく、洞木ヒカリが。束ねて。
 
 
 
「これは二重のテスト。一人では、勝てない。そこを越せないと、抜けられない」
 
 
天下無双の使徒使い、使徒使いは一時代に唯一人。エヴァのパイロットよりさらにレアな。
 
かといって偽預言者のように待ちわびるものがあるわけでもない。その終わりない孤絶。
 
しかしながら、普通の少女に戻ってよいものか。命じてくれるものはなく。
 
時代が、おそらく最後の機会が、それを許すのか。隠れ続けることもできたのに。
 
 
大使徒、四大の意図は・・・・・・・・・それをこの面子で見極められないなら。
 
 
業界の先行きは、かなり暗い。と、いわざるをえない。って、まるで大人みたい。
 
 
 
「霧島さんが、どうなるのか、分からない。・・・・・わたしたち、自分たちと同じくね」
 
 
天然記念物を保護しようというのではないのだ。下手をすれば世紀の大悪魔になるのかもしれない。神話などはそんなことを教えてもいる。例をあげるに暇がないほど。
自分たちと真正面からぶつかる日がこない保証など・・・・・・・・・・ない。
 
 
けれど、と、その目は、月の弓のように。
 
 
「とりあえず。そのことは碇くんに一任したいと思います/異議のある人」
 
三連射、ではない。委員長スキルによる、/すぱっとした一息だ。さぱっとしている。
効果としては、どのような話をふられても異議を唱える気にならなくなる、と。
 
 
「全員、異議無し、と。霧島さんが”むつかしいこと”になったら、とりあえず担当は碇くんで」
 
 
うーわー・・・・
 
これには真希波マリと式波ヒメカも若干ひいていた。なんかひどいのだが、異議が唱えられなかった。いやまあ、そこまで碇シンジが大事マンでもないのだが、同情はする。
ハードだなあ、と。これってもしかして悪じゃね?とも思ったが。野郎友が黙ってるし。
 
 
「いやはや、ダイ・ハーバード大学にご入学だぜ・・・・トウジ、ケンスケ、いいのかい?」
「いや・・・・まあ、のう」
「決定されちゃったし・・・」
熱い友情で繋がれているはずの野郎二人も、顔を見合わせて、せめてこの場の正義の女神の方を伺うくらいしかできない。火織ナギサたちもいうまでもない。もう結論でているが。
 
 
 
「確かに」
 
さきほどと同じく、迷いも揺るぎもない赤い瞳が、ゴッサム了解していた。
もしかして、綾波レイは碇シンジを地獄に落としたいんじゃね?と皆が思うほどの強い。
 
 
「そのためにも、次の試練も切り抜けないと、いけませんね。この使徒を、勝たせないといけない」
 
そう言ってちゃぶ台テーブルの上の、霧島マナが残していった一枚の使徒カード・・・次の試練にはこれが出る・・・・を、指さした。そこには・・・・・・
 
 
 
たぬき
 
 
が。信楽焼っぽい、二本足で立っている感じのアレだが。まるまる太ってぽんぽこな腹部を持つ、いわゆる狸。名前は「タヌエル」。まんますぎて、むしろ邪神合体で産み出したとしか思えぬ造形であった。
 
 
「合戦向きだよ」などと、一応は、霧島マナも言ってはいたが。ガチンコ戦闘系ではないのは見れば分かる。だろうこれは。腹部の中央にこれみよがしにコアがあるのだからもう。人材ならぬ使徒材枯渇も甚だしい。それは、まあ、見た目で判断しては、使徒戦においていかんのかもしれないが・・・・・。
 
 
にしても・・・・・・・・
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
カードを指し示されて、そこに集中する視線の数が少ないのは、現実を直視したくない弱さのせいではなく、
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
なぜか皆、片眼をつぶっているためだった。。減量に失敗したボクサーを見る隻眼のトレーナーのような光が宿っていた。式波ヒメカはそのまんまだが。ちなみにサギナとカナギはもう両眼を瞑っている。
 
 
「こいつを、勝たせんと、いかんのか・・・・・・・・・」
 
 
そこから逃げていたわけでは、ないのだが・・・・・・・・・・再確認した鈴原トウジ。
 
 
美少女を相手にする分、碇シンジに課された重荷の方がまだいいのではなかろうか。
 
 
「相手がきつねで、うどんをつくる勝負とか、なら・・・・・・・・・」
 
この場にいれば、そんなことを大真面目な顔でほざいてくれたのだろうが。
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・」
 
 
さすがに、皆、無言になる。解説文を読んでも、せいぜい腹鼓の音波攻撃がある程度で。
それもあまり無理すると腹が破けるらしい。得意技は、「化けること」。下は自動販売機ていど、上は高層ビルていどの大きさに変身できるらしい。内部機構も再現できる。ただ・・・・・「この子はシャイだから、人間が先に見てると化けられない」とかいう残念無念な弱点があるのだという。使徒というより妖怪だ。どこらへんが合戦向きなのか。
 
 
しばらく考えるが・・・・・・「こいつは後ろにさげてこっちの乱入戦力で仕留める」ようにしか、考えつかない。真希波式波と火織ナギサなどはそもそも真面目に考えていない。
そもそも四大が次に何を出してくるのか、分からないのだから。考えても無駄であるが、あまりに戦力が隔絶しているなら、基本、そういった手段しかあるまい。使徒使いの使徒がやられれば負け、なのだから。エヴァ的には優勢でも、旗艦大破による戦術的敗北、というやつだ。これは誰の頭脳を経由してもあまり変化のない結論であろう。
 
 
だが。
 
 
そろそろサギナカナギ用であろう赤木博士からのお迎えがくる前に、
 
 
 
「ああ。そういうことね・・・」
 
秘策を思いついた、というような顔をして
 
基本無言な部屋の主がそういったので、今日の所は散会となった。
 
 
 
 
「に、しても・・・」
 
夜風に吹かれながらひとり歩く鈴原トウジ。相田ケンスケは当然、山岸マユミを送っている。洞木ヒカリはもうそのまま綾波宅にお泊まりだった。呼んだ手前、断らない。
 
 
「ほんまかいな・・・」
綾波レイがその場しのぎの適当なことをいうはずもないが、説明もないので不安にはなる。
 
 
当人が当代随一のファイターであることは疑う余地もないが、これが他の者を勝利に導くセコンド役となれば話は別だった。第四戦のように、実力伯仲しているところに、思わぬ乱入が入り、均衡が乱れたところにギリギリ骨を断ち、勝利を掴む、ということはあるかもしれないが・・・・・・・・そもそもレベル違いで瞬殺された日には。どうするか。
どうするのか・・・・・・・。人の話を聞かぬ訳ではないが、最終的にてめえのやりたいようにやる最終兵器な女だ。
 
 
もうひとつの、人類血脈の秘密兵器のような女は・・・・・・・もし、負ければ。
どうなるのか。自分たちの従えていた使徒どもにガツガツと喰われる・・・・・
などというグロホラーな最期は・・・・・考えたくもない。
 
 
 
「あほな約束を、したもんや」
 
 
対価のアンバランスな。ものすごく有利と不利と。先に明言したのだから世話はない。
これがもし、うまいこと切り抜けられたとしても・・・・・そこに待つのは。
 
 
そんな二人が取り交わした・・・・赤いもんがポタポタたれてそな糸の上。
 
 
その上をいったりきたりの碇シンジ・・・・・・・・・うーむ、乱歩シュールな想像をしてしまった。縁起の悪い。すまん、シンジ。異議も唱えられんでホンマにすんません。
 
 
 
「けど、な」
 
そんなことを考えられるほど、自分もこの約束が果たされるものだと、思っているらしい。
綾波レイのやばさは骨身にしみて知っているのに。
セコンドやらトレーナーやら、そういうのには、向かんぞ!!あいつは!!絶対!!
 
 
 
しかし実際。
 
 
 
第五戦目、綾波レイは、タヌエルを、勝たせてしまうのだった。